『これでいいんだろうな、隊長?』
「……」
フランチェスコの問いにアミは答える術がない。アキナケスたちの部隊を基地に向かわせ、自分たちは今、別働隊救援のために移動している。操兵キャリアーの陸上艇に揺られながら、彼らは沈黙することに耐えられない。
フランチェスコの問いは、他の隊員も同様に抱く懸念だった。
「今はこうするしかない。我々は地球軍が何をしているか知る必要がある。アキナケスが基地で何かを見つけてくれれば……」
『何も無かったら、あいつら危ないな。基地の近くは敵だらけだし』
『……今は別働隊を助けることに集中しましょう』
マッシーモが間に入ったため、再び沈黙が漂った。
金色の宇宙1.1 〜我ら竜騎兵隊〜
シーン6
長距離砲戦機トレバシェッター。この機体は車両と機動マシンの中間に位置する兵器で、アメリカが誇るスーパーロボット『デストラクション』の設計思想を引き継いでいる。機体のパーツも本家から流用したものが多い。下半身にはキャタピラと補助用のホバースラスターを備え、地形状況に応じて移動が可能だが、何分機体重量が半端ではないため、移動力はかなり低い。
トレバシェッター最大の特徴は、ツインタワーとも称されるマスドライバー二基である。電磁誘導で物体を加速し、高速で撃ち放つレールガンの一種で、元は宇宙開発事業の実験用だった。
アムステラが宇宙に展開してからはお蔵入りとなっていたが、カナダ統合軍特殊作戦執行部の一技術者が新型兵器開発のため、無理を言って買い取った。よって、このトレバシェッターはカナダで組み立てられたが、部品の多くは外国産だった。
また、パーツを揃えただけでは不十分だった。開発チームには機動マシンを設計する力が無かったため、構想を形付けるにはリニア=ヒュカインの協力が不可欠だった。そして試作機がようやく完成間近となった時、アムステラ軍が基地に侵攻してきた。トレバシェッターは武装も整えないまま、初めてアムステラ軍相手に実戦投入された。
前線で戦っているリニアから新しい戦況データが届いた。第一射、二射と撃ってきて、そのデータと合わせれば狙いは更に正確となる。戦術レベルでの砲撃支援を目的に設計されているため、弾頭の着弾点は数m単位で調整できる。と、理論上は言われている。
長大なマスドライバーが軋む音を立てながら、次の狙いを定めている。その姿をアキナケスは見ていた。
あれはいったい何だ? アキナケスは隊員数名と操兵を降りて、敵基地の様子を偵察していた。いくつものコンテナ。10機を超える機動マシン、それを更に上回る戦車群。それら全てに囲まれて、その巨大な物体はあった。
「アキナケス小隊長。あの物干し竿が地球軍の切り札でしょうか?」
「多分……。別働隊をこの位置から攻撃しているのか……」
アキナケスはここにいる部隊の統率をアミから任されていた。だがどうしていいか迷っている。基地に変わった様子が無ければ、アミたちを追って別働隊を助けようと考えていた。また、守りが手薄なら、基地に奇襲を仕掛けてみようかとも。しかし、守備は厳重で、とても重大な光景が眼前で繰り広げられていた。
「小隊長、どうします? 我々で破壊しますか?」
「……基地にはまだまだ機動マシンがあるはずだ」
その場所は基地から目と鼻の先にある。あの物干し竿マシンに攻撃をすれば、直ちに基地から増援が出てくるだろう。
操兵はレーダーにジャミングをかけ、隠してある。だが、いずれは見つかるだろう。ではその前に、奇襲をしてみようか? 物干し竿を破壊できなくとも、近くに敵が現れれば砲撃はやむかもしれない。
奇襲。自分にできるだろうか? アキナケスは自分を抜擢してくれたマッシーモの顔を、そして自分を若輩と言ったアミの顔を思い浮かべた。
「俺たちでやるぞ」
「……了解しました」
そう決心すると、彼らはすぐに操兵の下へ戻った。味方の数は8機。これだけでどこまでやれるかは分からないが、考えるよりも行動したかった。
アキナケス隊の戦いが始まった。
アムステラ操兵部隊が作る防御陣は、地球人相手に三度目の突破を許してしまった。
リニアの乗るディセンダント・リニアルを筆頭にした機動マシン部隊。そして後方からのピンポイント長距離支援。これほど正確な攻撃をしてくるとは誰も考えていなかった。
「敵が近づいて来ます。もう戦闘の様子が視認できるほどです」
別働隊の地上戦艦は主砲とミサイルで味方の援護を始めた。そのおかげで、地球軍の前進は止まりつつある。後方から支援を受けている点で、ようやく互角に持ち込めた。そう考えていた矢先、また地球軍の基地から攻撃が来た。アムステラの操兵たちは地形の窪みに身を隠して砲撃をやり過ごしていたが、彼らの頭上で異変が起こる。
『何かが浮いているぞ』
『何か……って何だ?』
見上げた時にはもう遅い。それは鏡。彼らの死を映し出す鏡だった。ディセンダント・リニアルの轟雷砲・改から放たれる、高出力のビーム砲。それはアムステラの雷殻が持つものと同じで、リフレクタービット『偏鏡符』をも備えていたのだ。
ビームの帯は偏鏡符に反射し、窪みにいた操兵を丸焼きにした。予想外の攻撃にアムステラ軍は動揺した。
『リニア、今のは上手いな!』
「私を誰だと思ってるんだ?」
リニアの声は高揚していた。その途端、10時の方向で敵のマシンが爆散した。ユイマのミサイルによるものだ。
『けどもう少し周りに注意しような。狙ってきてたぜ』
「う、うるさい!」
リニアは慌てて、恥ずかしくて声を荒げた。ユイマは笑いながら彼女の上空を旋回していたが、ふとその笑いも止む。
アムステラの地上戦艦が回頭を始めた。これは、敵が攻勢を諦めて撤退するということだ。緊急の判断だったのだろう、前線の羅甲たちは戸惑ったように、応戦しつつも後退していく。
『こちらトービノ中尉。敵が後退する模様』
『了解。間もなく増援のグラニ隊が追いつくだろう、逃げ切られる前に殲滅するのだ』
『了解! リニア、聞いての通りだ』
「ああ、聞いたさ。逃がしはしない!」
偵察部隊の情報によれば、この戦いに敵が投じた戦力は戦艦三隻から編成される大部隊だ。なのでリニアたちは敵の三分の一を相手取り、まさに優勢に立っていることになる。こいつらを敗走させればアムステラ軍本隊も孤立し、撤退する見込みは高い。だが、そこに――
「アラート! 側面から敵だと!?」
リニアたちからすれば側面、戦場の南から、竜騎兵隊が雪を掻き分けて現れた。新手の敵に彼女とユイマは、再び気を引き締める。
『南方の防衛線で戦闘があったそうだ。きっとこいつらだろう』
「出会った以上は倒してやるよ」
『落ち着けリニア。連戦のし過ぎは危険だ!』
「連戦は相手だって同じことだろう! それに、黙って逃がしてくれると思う?」
激突は始まった。機動マシンと操兵、互いに火砲を放ちながら突撃する。ディセンダントが三機、ホバー走行で素早く展開すると、自慢の獲物レール砲で敵を狙った。標的は大剣を引っさげた荒武者の操兵。マッシーモの緋弓爬X。
飛んだ。右に激しく。左手に盾を構えながらだと、右に動かなければ上体が開き隙が生じる。それを地球軍パイロットは読んでいたため、対応して砲撃する。だがその緋弓爬Xは彼らの予想を上回る速さで移動し、三発の弾丸が全て空を切る。マッシーモは最初から彼らと剣を交える気が無かった。ただ駆けることに意識を集中して攻撃を引き付け、そこにフランチェスコが飛び込む。
振り下ろされた大剣がディセンダントを襲った。火花が散り、装甲材が飛散する。
『けっ、堅い奴だな!』
切りつけられたディセンダントは外見どおりに頑丈な装甲を持つ。しかしこの機体は接近戦に弱い。間合いを取ろうともがいたが、フランチェスコには許してもらえず、盾で殴打された。ガードのがら空きとなった上半身に重い一撃。
『やられたか!?』
グラニMで上空を飛びながらユイマが歯噛みした。変形した状態のままでは足元の乱戦に加わりにくい。だが、可変機にとって変形時は無防備な状態となるため、易々とその機会は訪れなさそうだった。
『てめえらぁ、俺から逃げられると思うなよ!』
「うるさいぞ、この下衆!」
フランチェスコの前にリニアが立ちはだかる。といっても、この戦場で立ち止まってなどいられないため、両者はすぐに左右へ走り出した。
『今の声、お前女か? それもガキっぽいな』
「ガキだと……!? それでもお前なんかよりは強いぞ!!」
『フランチェスコ! 一人で突っ込むなよ』
マッシーモに制止されずとも、まだフランチェスコは冷静だった。彼ら二人が敵に楔を打ち込んだ一方で、アミが残りの部隊を率いて敵集団の外を取り囲んでいく。この包囲が完成すればそのまま殲滅する腹積もりだった。だが、それを許さない獣がいる。
リニアはフランチェスコに向けてレールカノンを構えた。
「そこの下衆野郎、かかって来れるか!?」
『ガキは帰ってママに抱っこしてもらってろ!』
「来れるのか来れないのか!」
『ああん!?』
よく見てみれば、その機体は他の機動マシンと少し違う。装備が多く、体格は一層いかつい。指揮官機だろうが、それに乗っているのが子供だとは、一体どんな相手か。フランチェスコは大剣を構えなおし、リニアめがけ走り出した。
『フランチェスコ……! 待て、挑発に乗るな!』
『度胸比べだ、ちびるなよガキ!』
盾を前方に突き出して、緋弓爬Xが突進する。だが、攻撃は真横から飛んできた。
音も無く。ディセンダント・リニアルから放たれたビームは偏鏡符に跳ね返り、緋弓爬Xの頭部を消し炭にしてしまった。急に視界が暗転し、訳も分からないまま、彼は転倒した。
『隊長、フランチェスコ機中破!』
『あのバカ!』
中核を一人失い竜騎兵隊の攻撃は勢いを減じた。その上空をグラニMや戦闘機の編隊が通過していく。アムステラの地上戦艦はようやく回頭を終えたところで、これから戦線を退く気だが、これらの敵に爆撃攻撃を被った。
空中の敵に対して対空気銃やミサイル群がありったけ放たれ、空に火と煙の絵画が描かれる。その間隙を突くように新たな物体が、トレバシェッターの新たな攻撃が舞い込んだ。今度の弾頭もやはりコンテナだが、これは直撃する前に空中で分解し、地上戦艦に爆薬の雨を降らした。船の装甲を破るほどではないが、むき出しの砲塔や銃座がぐしゃぐしゃに破壊されてしまった。
対空戦闘能力を失った地上戦艦は、カナダ軍からいいように叩かれだした。
『アキナケスたちはまだ敵の攻撃を阻止できないのか?』
『交戦に入ったと報告が入ってから、まだ何も言ってきません……』
じわり、じわりと、アミとマッシーモの不安が高まる。
フランチェスコが倒されたことで竜騎兵隊は色めきたった。その隙を見逃さない男がいた。ユイマが空中からアミたちめがけミサイルを見舞うと、それを回避するために散開を強いられ、完成しかけていた包囲陣が崩れてしまった。空と陸の敵を同時に相手取ることは言うまでも無く難しい。別働隊の操兵部隊はまだ残存していたが、母艦を守るために後退してしまっている。援護は望めない。
『おのれ……!』
『隊長、この敵は強力な上、味方も劣勢です。ここは撤退も視野に入れて戦わねば』
『駄目だ、アキナケスたちが戦場に孤立する。それにこいつはここで倒さなければ、今倒さなければ……!』
そう、今戦っているリニアたちが無事基地に引き返せば、それだけ別行動を取っているアキナケスたちに危険が及ぶ。それはマッシーモも分かっていたが、何が正しい判断かも分からなくなってきた。戦況はそれだけ混乱しており、彼らには情報が少ない。
アキナケスらを残したことは誤りだったか? アミたちの焦りを他所に、むしろ付け込むように、敵が攻勢を強めてくる。
『リニア、弾薬は?』
「もう少しはいける。くらえ、コールドバレットカノン!!」
ディセンダント・リニアルのレールカノンが火を、否、氷の魔法を撃ち放つ。標的になった羅甲は盾を構えたが、その姿勢のまま氷付けにされてしまった。物体を凍結させる特殊弾頭をレールカノンで敵にぶちまける、この機体が持つもう一つの牙だ。寒冷地では一段と威力が増して見える。
身動きの取れなくなった羅甲に、グラニ隊からすかさず爆撃が加えられ、羅甲は瞬く間に破壊された。
『デニー機大破!』
「脱出は!?」
咄嗟にアミは確認しようとした。だが、マッシーモの返答も苦々しい口調で帰ってくる。
『あの状態では……おそらく……』
子供と侮れる敵ではない。機体性能の差など、考えてはいけない。ハンデを負っているとは、考えてはいけない。アレは敵だ。強力な敵だ。
戦いを求めていたはずだった。そのために、それが第一で竜騎兵隊の隊長に志願したはずだった。
シアンとの模擬戦で感じたあの高揚感。アミは敵を求めていたはずだった。強力な敵を。だが何だこれは?
「う……」
緋縅のマニピュレーターが刀を握りなおした。
「……も……」
弾丸。緋縅の頭部を掠めて、装甲の一部を剥ぎ取っていったが、アミは微動だにしない。
「よくも私の部下をおおぉぉぉ!」
咆哮と共に突進し、ディセンダントの一機に斬りかかる。それに応じてレール砲が放たれたが、アミは走ったまま機体を捻らせ、一回転。前進の勢いをそのままにかわして見せた。パイロットは驚愕し、次いで近接武器を構えるも、振るわれた刀に胴を割られた。
振り回すような一撃で、ディセンダントが真っ二つになる。その様を目の当たりにしたマッシーモだが、敵機撃墜に歓呼する気は起きなかった。
『隊長、突っ込んではいけません! 誰か、援護しろ!』
マッシーモの心配を他所に、アミは戦った。カナダ軍の集中砲火をかいくぐって、もう一機のディセンダントに肉薄。刀を叩きつけ、一撃、二撃。最後は鎧通しで機関部を貫いたが、その頃には体中の装甲・甲冑が剥げ落ちていた。
そして、点けてはならない火を点けてしまったようだ。
『お前……お前よくも!』
味方を目の前で倒されて、リニアの怒りも頂点に達した。怒れる女同士、殺気の混じった視線が交差する。
光。
『アミ隊長、ご注意を!』
重装型の羅甲がアミに追いつき、並びかけた。その途端、あらぬ方向からビームが襲って来て、羅甲は粉砕された。またもやディセンダント・リニアルの轟雷砲・改による攻撃である。
その一撃は、味方が駆けつけなければアミに当たっていただろう。その事実が一時アミを静めたが、味方を巻き込んだことで自分が許せなくなり、アミは再び怒りに囚われた。リニアのレールカノンとアミの刀。両者は再び激突を望んだ。そこに、突如マッシーモが割って入った。
『隊長冷静になってください!』
敵の特機をマシンガンで牽制し、彼は二人の間に立った。
「どけ、マッシーモ!」
『どかない! 俺が抑えるから一旦下がるんだ!』
普段は上官としてアミに敬語を使う。そんな彼も今は余裕が無かった。
「どけと言っている! あいつを――」
アミが再び言おうとすると、盾で殴られた。マッシーモに殴られた。
一瞬、何をされたか分からなかった。だが彼女には考える暇も無い。
(……来る!)
マッシーモは緋弓爬Xで緋縅を抱え、横に飛んだ。同時にレールカノンの弾が駆け抜けていく。
『立て! すぐに!』
「くっ……!」
足で地面を蹴って緋弓爬Xは素早く立ち上がる。アミも、反射だけで緋縅をすぐに立ち上がらせた。
その技量、見ただけで熟練したパイロットだと分かる。それが今は二人、リニアの目の前に。上空から見降ろしながら、ユイマは彼女の身を案じずにはいられなかった。
アムステラ軍本隊は戦況の情報を集め、その分析を進めていた。竜騎兵隊の行動は空振りに終わったようだ。逆に敵の攻撃で別働隊が壊滅的打撃を受けている。その攻撃に中心となっていた地球の特機――スーパーロボットと呼ぶべきか。アムステラのデータバンクにも登録されていた……。
奴の戦闘データは十分に取れた。それに、敵にも一応の損害は与えられている。
本隊は侵攻ルート上のトラップを回避しつつ、カナダ軍の基地を目指していた。途中に現れた敵は全て排除した。だから、敵も無傷ではない。だがあれは、今にして思えば足止め程度でしかなかったのだろう。敵の切り札は例のロボットと、奥で縮こまっている物干し竿。別働隊を追い返したら、あれを本隊に振り向けるつもりなのだろう。
ギョウブ大佐は冷静に戦況を分析していく。この作戦はもう失敗するだろう。本隊は未だ健在だが、戦えば消耗戦になる。今回は敵の出方が見られただけで満足するべきだった。それにしても別働隊の醜態は目に余る。いくら強力な特機が混じっていたとはいえ、守勢に徹して時間を稼ぐこともできないとは。
「ううん? 貴官も撤退を支持するのかね?」
ボイヤー司令は不満そうだった。自分の戦い、彼の作戦、老いぼれの手柄。それを、味方が被害を被ったために諦めることは、彼にとって不満なようだ。だが捻りのない作戦を立てたのもあんただ。ギョウブは心の中だけで呟いた。
貴様も参謀長のくせに何もしていない。人は言うだろう。だがこんな無能司令官を頂いて、どうしろと言うのだ。まったく。
何度目になるかも分からないカナダでの会戦は、アムステラ軍の撤退命令で終息することになった。だが、彼らは、彼女たちはまだ戦場で戦っていた。最早戦況も何も無い、彼女たち自身の意地を賭けて戦っていた。
続く