地平まで続く真っ白な雪原。吹き付ける寒風。国教騎士団は、いや、アムステラの兵士たちの多くがその寒さに辟易していた。
アムステラ本星では雪が降らない。他の惑星からの出身者も、雪が降る寒冷地出身の者ばかりではない。見たことはあっても慣れたものではない。それが雪。
アミ=ナベシマも比較的温暖な地で生まれ育った。彼女の出身は、アムステラの属星センゴク星だ。タケダリンク一族の治めるセンゴク星では、華族と呼ばれる、アムステラの貴族に当たる上流階級が存在する。その中のナベシマ家に、八人兄妹の末娘としてアミは生を受けた。
幼い頃から活発な娘で、城から出歩いては友人を集め、戦ゴッコをしていた。歳を重ねるにつれ遊びの――否、それは遊びと呼べるものではなくなっていき、彼女が十二歳の時、ナベシマ家の機動兵器を持ち出して、兵器工場を粉砕しかけた。ナベシマ家の当主は頭を抱えた。
ナベシマ家の女子はアミを含めて六人おり、姉は他の家に嫁いで行った。末娘のアミには政略的な役割が回ってこず、父も手元に置いて可愛がっていた。彼女が習い事よりも剣術を好んだため、師を招いて教えさせた。旺盛な遊び心にも目をつむってきた。
だが、アミに段々手を焼き始める。彼女が自由に遊び歩くことは危険と考え、家に留めた。それからのアミは一層剣術に打ち込み、彼女に付けられた師も手を焼いた。稽古の相手を求めて、アミが城内を歩き回ると、家臣たちは姿を隠した。次第にアミは家中で孤立していった。
そんな折に、アムステラ国教会の関係者が城を訪れた。アミの父は国教会の、国教騎士団の存在を詳しく知ると、娘の扱いに閃いた。父はアミに甘く話しかけ、国教騎士団入りを勧めた。
アミは自分が疎まれ、追い出されようとしていることを自覚していた。それと同時に、このまま家に留まっていても、将来はどこぞの華族に嫁がされ、そのまま一生を終えるかもしれない。そんな予感もしていたため、彼女はほどなく承諾した。それが十四歳の時。以後、十五年に渡って彼女は自身を鍛えぬいた。戦場にも何度か出た。
それだけでは、アミは段々満足できなくなって行く。国教騎士団が他星の華族出身であるアミを積極的に戦わせようとしなかったからだ。アミは飛びたかった。今いる場所よりもっと高く、更に遠く。
戦闘に関するアミの能力は上層部も認めていた。そこで彼女の願いを叶えるため、人事部と調整を始めた頃、ちょうど部隊長が不在になった部隊があった。
それが竜騎兵隊だった。
金色の宇宙1.1 〜我ら竜騎兵隊〜
シーン4
アミの着任から数日後、竜騎兵隊はカナダに転戦していた。彼らの境遇はとても悪く、各地をいい様にたらい回しにされていた。竜騎兵隊はこれより前、『ベヌウ紛争』において一時的に反逆者の汚名を受けた。この一件は、アムステラの第一皇女ヒルデガードの口添えと、アムステラ国教会との関係を鑑みた本国の意向により、一旦の解決を見る。しかし、国教会は竜騎兵隊をお荷物と見なして地球の戦場に留めた。アムステラの正規軍は彼らにいい目を向けなかった。その境遇に耐え切れず、部隊の縮小命令を待たずに除隊した者は数知れない。
それはさておき、彼らは寒風吹きすさぶカナダ北部にいる。アムステラ人には雪を知らないものが多く、緯度が高まるほど戦況は悪くなる。
「観光で来たかったぜ。星中が小さい国でバラバラ、どこでも上手い飯が食える」
フランチェスコが漏らした。丸い体が厚着をして余計に丸くなっている。
カナダに来る前は赤道付近の熱帯地域でも戦った。フランチェスコは配置が換わるたびに出歩き、その土地の産物を堪能している。
マッシーモとフランチェスコ、そしてアミの三人は、訓練に勤しむ隊員を眺めていた。しかし、訓練というのは寒中マラソン。それもシャツ一枚での挙行となっていた。周囲からは奇異の視線が集まっている。
この訓練はアミの発案だ。隊員を見て生ぬるいと言い出した彼女は、母国の鍛え方と称して、この寒中マラソンをやらせた。先日の模擬戦での敗北から隊員たちは強気に出られず拒む者は少なかった。
傍目に見れば愚行に違いない。マッシーモもそう考えている。逆に体調を崩せば戦うこともできないじゃないか。だが不満に思いつつも表には出さない。マッシーモはアミとの衝突を避けている。それよりも、隊員の不満が直接アミに向かい、部隊が瓦解するのを避けるのに賢明だった。
「マッシーモ。我が隊の操兵は換装作業に入ったか?」
「一部の操兵のみですが」
急な配置変更だったため、彼らの装備はまだ寒冷地用の物に切り替えている途中だった。しかし、竜騎兵隊への物資支給と操兵の換装作業は若干遅れていた。彼らの境遇からどうしても嫌がらせという邪推が浮かんでしまう。
「隣の部隊は俺たちと同じ日に来たのに、もう作業が済んでるぜ」
「やむをえないだろう、元々数にも、人員にも余裕は無い」
フランチェスコの愚痴にマッシーモが答えた。言っている事は事実だった。しかし、鬱屈しかかっている部隊員の気持ちを、この言葉だけで慰めるのにも限度がある。
「装備の換装も済まない内に戦わされることが無ければいいが……」
マッシーモの呟きが風に吸い込まれていく。
現在の新体制で竜騎兵隊の再建が果たせるか。それは甚だ疑問である。そもそも就任したアミにそういう意図は無いと誰もが承知していた。国教会から伝え聞いた噂では、アミは好戦的な性格で、今回は戦いの場を求め、自ら隊長の職に志願したらしい。
ある日、別部隊の国教騎士がマッシーモらに話したことがある。「センゴク星のナベシマ家は、主家だったリュウゾウジ家に取って代わった。ナベシマは竜を食う」と。面白がって喋るその男にマッシーモは短く答えた。「今の俺たちは蛇だから関係ない」。
「マッシーモ、あの男のことだが」
アミが訓練中の隊員に視線をやった。一人、元気に先頭を走る男が目に付いた。若くして分隊長の一人に抜擢されたアキナケスである。
「まだ二十歳だというのに、分隊一つをまとめられるのか?」
「彼には素質があると思っています。それに、今の竜騎兵隊は若い将校を鍛えておかなければ、この先が思いやられます」
部隊が縮小された際、ベテランの隊員が相当数、他の部隊に引き抜かれていた。アミが就任するまでの間、マッシーモは隊員名簿に何度も目を通し、部隊の指揮ができそうな人物を探した。だが先に述べた理由と、一名足りなかったために、年少のアキナケスを任命したのだ。
アキナケスは若者らしい活力と、操兵の操縦技術に恵まれていた。マッシーモは彼に早い時期から大任を課すことで、竜騎兵隊の中核に育てようと考えている。このことはアミにも何度か話したが、彼女はやや懐疑的だった。
「若いって言うけどよ、俺もマッシーモも、十八で敵の首を挙げて、二十歳ごろには小隊を率いてたんだぜ」
「そうです。我々でサポートすれば上手くやってくれますよ」
「だが、今の貴様たちは戦功が欲しいのだろう?」
将来を見据えながら、現在の功績をも求める。それは苦しい二律背反だった。マッシーモはその矛盾を整合させようと苦心してきたが、結果は芳しくない。
二人は返す言葉も無く、ただ訓練を見つめ続けた。
日が落ちる前に訓練を切り上げ、彼らの配属されているアムステラの地上戦艦に駆け戻っていった。寒さに耐え続けた竜騎兵隊の一同は、服を何重にも重ね着し、暖房の側に固まった。そのうち三人が風邪をひき医務室に運ばれた。案の定、分かっていたことだ。
格納庫ではようやく彼らの操兵に雪原対応型のモーターが取り付けられていた。これさえあれば操兵も、雪原を更地同様に動けるようになる。作業の様子を一度視察してから、アミとマッシーモは作戦会議に出席するため、会議室に向かう。
現在、アムステラ軍の地上戦艦が三隻、カナダに上陸して作戦行動をとっている。沿岸の軍港をいくつか確保したアムステラであるが、未だに橋頭堡を築くには至らず、陣地の奪い合いを演じていた。寒冷地でのアムステラ軍は甚だ不利で、基地を占領しても長期間維持できずにいる。
そこで、「大規模な戦力を投入して地球人の主要基地を奪い、カナダ全域を攻略すべし」と作戦が立てられた。マッシーモの目から見て、大した作戦では無い。ただ戦力を断続的に投入し、物量で勝つ。それが今作戦の主旨だった。これまでの轍を踏む確率は非常に高い。
この作戦にアミは幾度か作戦案を提出していたが、司令部には採用されなかった。彼女は不満を漏らしていたが、もし採用されたとしても、勝利を決定的にすることはできないだろう。そういう作戦案だった。アミは兵法家・戦術家としてはいくらか才がある。しかし、戦艦で編成された大部隊を指揮したことなど無い。どうしても戦略を練る経験が足りないのだから、司令部に付き返されても仕方がない。
「今回の作戦では部隊を二つに分ける」
会議の席で司令官のボイヤー准将が言った。三隻ある地上戦艦のうち一隻を、まず敵の正面からぶつける。その隙に本体を側面から進め、基地に攻撃を加える、という作戦だった。
しかし重大な不備がある。慣れない地形では移動に支障を来たす可能性があるので、二つに分かれた部隊のどちらかが遅れれば、連携は意味を成さなくなる。別働隊が遅れれば、兵力を分散しただけに不利となる。逆に主力部隊が遅れれば別働隊に甚大な被害が出かねない。
会議に出席している者たちはそのことに思い至ったが、異論は挟まなかった。他に代案を持たないからだ。
マッシーモにもいい考えは無い。地球人の基地に真っ向から攻め込んだ場合、相当な被害を出すだろう。そして敵の戦力、地の利を見誤れば、敗北もあり得る。ではどうするか。何が最善か。
考えているとアミが立ち上がった。
「ボイヤー司令。意見を述べてよろしいでしょうか?」
「言いたまえ」
「この作戦は二つの部隊が連携を損なえば失敗する可能性があります。ましてや、この雪のせいで移動のリスクは高いと言えます」
ボイヤー自身もそのことは分かっている。なので、アミの意見に首肯だけして、次の言葉を待った。
「ですから、司令。我々竜騎兵隊に別行動をとらせてください。最初に私たちが基地を攻撃します。次いで、一隻目の戦艦を接近させれば、地球人はこれを主力と勘違いするでしょう。そして最後に、本当の主力で基地を攻撃するのです」
参謀の何人かがアミの意見に耳を傾けた。マッシーモも、中々考えたとアミの提案に感心している。竜騎兵隊が先行すれば単独でリスクを負うことになる。司令部としては重荷を降ろすことができるため、採用されるかもしれない。……竜騎兵隊が使い捨ての駒のように見られていることは否めない。
そして、竜騎兵隊だけの単独行動ならば、他の部隊に邪魔をされず、武勲を挙げる機会が増すのではないか。アミの提案はこの二点を上手に満たしていた。作戦が成功するかはやってみなければ分からない。だが竜騎兵隊にとってはチャンスだ。ボイヤーの反応をマッシーモが伺う。准将は、すぐには頷かなかった。
すると、参謀長を務めるギョウブ大佐が、取り成すように口を開いた。
「ボイヤー司令、私はこの案に賛成です。竜騎兵隊は我々正規軍と異なる流儀の部隊です。通常の指揮系統に組み込むよりも、自由行動を取らせた方が力を発揮するかもしれません」
ギョウブの言葉に他の将校たちも賛同したため、アミの具申は採用された。その際、アミは口元に微かな笑みを浮かべていた。勝気で好戦的な女だ。しかし、今はありがたい。
竜騎兵隊の先行出撃が決まると、換装作業も急ピッチで行われた。大任を任されたことに刺激を受けた隊員たちは精力的に出撃の支度を整えている。
「上手かったね、御宅の隊長は」
マッシーモに声をかける者がいた。振り向くと、相手はギョウブ大佐だった。
「私も囮部隊を用意する手は考えていた。しかし、私の口から誰かを指名すれば、生贄に奉げるようで……」
「我が隊のことでしたら気兼ねなく」
ギョウブは竜騎兵隊に対して偏見や嫌味を見せない稀な人物だった。だが、けして好意的なわけでもない。言うならば、彼は合理主義のリアリストだった。勝利につながると思えばこそ、アミの作戦に賛意を表したに過ぎない。
マッシーモとしてはギョウブに不満があった。司令部の作戦が立てられる時、彼は参謀長として次々と出される意見の調整役を務めたが、自身の考えを主張することは無かった。しかし、参謀連中を見た限り傑出した人物はおらず、ギョウブこそ一番の作戦立案能力がある様に思われる。周りにも、彼にもっと積極性を求める人は多い。
だが竜騎兵隊は彼に貸しを作ったことになるので、マッシーモは何も言わなかった。以前ならば、竜騎兵隊の右腕と言われたマッシーモは、このギョウブと同列ほどに立っていたものだが、今は誰にまで敬語を使うべきか分からなくなってきた。
「我が隊は準備が整い次第、発進します。情報によれば地球人も戦力を集中させつつあるようですから、先に出鼻を挫いてやらねばなりません」
「今からだと夜明け頃かな? 一番冷える時間帯だ、大変なことだね」
温厚そうな顔で会話するギョウブ、どこまで信用していいか分からない。ボイヤー司令も老齢の軍人で、手腕にはあまり期待されていなかった。考えれば考えるほど、この作戦に信用が置けなくなるようだった。基地を占領することはできるかもしれない。しかし、それを維持するだけの戦力は残るだろうか。
埒があかない。作戦の鍵は竜騎兵隊が一つ預かったのだから、今は実行するのみだ。アキナケスが駆け寄ってきて、マッシーモに整備の進行状況を伝えた。彼の乗機、緋弓爬]。各種装備の羅甲。そして緋縅。それぞれが雪原戦闘仕様に換装されていた。これらの剣が果たして敵を討つことができるか。
山間から太陽が顔を覗きだした頃。竜騎兵隊は一足先に出撃した。彼らはカナダ軍の基地へ、迂回して南から攻め込み、敵の目がひきつけられたところで別働隊が東から攻撃をかける。そして仕上げに本隊が基地に肉薄できれば……。
同じ頃、カナダ軍の基地から出撃する一つの部隊があった。地球軍の中でも最新の機動マシンを配備されたカナダ統合軍特殊作戦執行部特別機動兵器試験大隊所属・第一中隊。雪に覆われた悪路をものともせず前進する人型兵器『ディセンダント』、空中を飛ぶグラニMの編隊、そして一際巨体を誇示する漆黒の機体、『ディセンダント・リニアル』。カナダ軍でも名高い“シャープフォックス(ずるがしこい狐)”こと、リニア=ヒュカインを要する精鋭部隊は、基地から真直ぐ東へ進んでいった……。
続く