金色の宇宙1.1 〜我ら竜騎兵隊〜
シーン2
認めざるを得ないらしい。竜騎兵隊の新たな隊長は29歳の女だった。
「アミ=ナベシマ……か。しかし何故連絡が遅れた?」
「そのう、伏せられていたんです」
情報士官はマッシーモに説明した。あの女は自分の着任を知らせず、彼らの日ごろの振る舞いを観察していたらしい。そうすると、あの日の様はとても評価を下げたことだろう。
「……ともかく、あの女のことはよく知らない。すまないが、できるだけ早く経歴を調べて、私に伝えて欲しい」
「それはかまいませんよ。けどいいですねえ、あの人は美人ですよ」
「戦場では関係ない」
彼はすでに隊長代理ではなくなっていた。これからはあの女――アミ=ナベシマの指揮に従って戦うことになる。だが、果たして信頼の置ける人物か。それが知りたかった。
彼の部下が一人マッシーモを呼びに来た。竜騎兵隊の幹部は今、一室に集まってアミと先に面会している。着任の挨拶と呼ぶべきだが、穏やかにはいかなそうだ。
「国教騎士のナベシマだ。これからは私の指示に従ってもらう」
女の第一声をフランチェスコは聞き流した。その不逞な態度は、他の幹部たちにも若干見て取れる。誰も話を聞いていないようだ。メガネを指で上げたアミ、かまわず話を続ける。
「今日の貴様らの戦いも遠くから見ていたぞ。国教会のエリートが聞いて呆れる。兵卒からやり直したらどうだ?」
「チッ」
両者、フランチェスコとアミの間に火花が散っていた。片や挑発的な態度。片や露骨な反発。「聞いているのか?」アミの詰問を嘲笑うかのように、フランチェスコは彼女を見下ろした。
「戦処女が偉そうにピーチクパーチクと」
その言葉にアミの眉が釣りあがる。
「あれは邪魔な奴らがいたからしくじったんだ」
「そうだ、俺たちの実力はあんなもんじゃない」
唱和するように幹部たちが口を開く。
「デブ、貴様名前は?」
「口の利き方があるんじゃねえの?」
「隊長の私が尋ねている。答えろ」
一触即発の空気が漂うかに思われたが、一人の若い隊員がそれを阻んだ。
「私たちの隊長はマッシーモ殿です!」
「貴様の名は?」
アミは、この青年にはごく平然と対した。
「私はアキナケスです」
「子供に見えるが、いくつだ?」
「二十歳です」
「音に聞く竜騎兵隊も人材不足か」
青年、アキナケスはたちまち声を荒げる。
「私を任命してくださったのはマッシーモ殿です! 今の発言はマッシーモ殿への侮辱と受け取りますよ!」
アミはこの九つ年下の青年に肩をすくめて見せた。
「貴様らは私を隊長と認める気がないようだな」
「女だし」
言ったのはフランチェスコだった。アミは観察しながら、考える。どうやらマッシーモとこのデブの二人が、実質的に部隊の支柱になっているようだ、と。
表向きは硬い表情のまま、彼女はほくそ笑んだ。
「デブ、私を女と軽んじるからには、私より強いのだろうな? いや、貴様に限らず部隊の全員が……」
「……」
「この女!」
数分後、マッシーモが来た時、部屋にはアキナケスしか残っていなかった。
「……これは。アキナケス、何があった? 他の連中は?」
「は、はい。皆を集めてシミュレーションルームに」
「皆……パイロット全員か?」
細かい経緯を説明され、マッシーモは言葉を失った。アミが全員とシミュレーションで戦うというのだ。彼女の挑発にフランチェスコが乗ったらしい。
大バカモノが。怒りに震えるマッシーモだが、そんな暇はない。すぐに後を追った。
シミュレーションルームには、二十を超えるカプセル状の箱が置いてある。これがコックピット代わりだ。大規模な基地ならば百人同時に戦闘可能だが、ここではこれが限度である。
広い部屋の中央には巨大なスクリーンが配置されていて、仮想空間で行われる戦闘を、あらゆる視点からモニターが網羅する。映し出される光景はさながら本物の戦場だ。そう見せることにもお金がかけられているのだろうか。
「ここにいるだけで50人といったところか。面倒だ、まとめてかかって来い」
パイロットスーツに着替えたアミはそう言い放った。大の男が、女にこう言われてどうできるだろうか。ましてや彼らは、曲がりなりにも騎士であると自負している。
一人が進み出て、一番手を務めた。
両者がシミュレーターに入ると、担当者がコンソールを操作して戦闘準備が進められた。場所は平原。そこに、互いに選択した操兵が映し出される。そこにちょうどマッシーモがやって来た。
もう始まっていたか……。彼はスクリーンに現れた操兵を見た。そして、その見慣れない姿に眉をしかめる。
「あれは……、緋弓爬シリーズか」
確認のためにモニタールームへ入った。職員にデータを見せてもらう。
緋弓爬は接近戦に強いため、騎士道を重んじる国教騎士に好まれた。マッシーモらが乗る緋弓爬Xにしてもそうである。そしてアミが選択した機体もまた、緋弓爬の改造機『緋縅(ヒオドシ)』だった。射撃武器を持たず、厚い装甲と格闘武器で押し切るパワー型操兵である。
(あの女、見た目に反してこんな機体を使うのか)
戦いは一対一で始まった。アミの緋縅に対するのは羅甲だ。羅甲のパイロットは相手に射撃武器がないと見て取るや、マシンガンを構える。すると、
『刀で勝負だ』
アミは静かに、堂々と、鋼の塊を鞘から抜いた。
(サムライブレードか……)
その挑発は相手の騎士道精神を狙ったもので、成功した。相手はマシンガンとバズーカを捨てると、斧を片手に襲い掛かった。
アミの緋縅も前進し、二人は馳せ違った。羅甲の腕が空中に舞う。羅甲のパイロットは何が起きたか理解する前に、返す刃で頭部を砕かれた。「一人」
モニターが暗転し、撃墜を告げられたパイロット。シミュレーターを出ると、悔しそうにヘルメットを床に叩きつけていた。簡単な挑発に乗るから。マッシーモは彼に同情できなかった。
その次に挑んだ男も格闘戦に引きずり込まれ、一撃で敗れた。その次の男は四足歩行型の操兵・咆牙で挑んだが、アミに触れることもできないまま屠られた。
練度が落ちている。マッシーモはそう思い知らされた。最近は部隊の再編と、各地の戦場を駆け回って訓練を怠っていたことは否めない。それ以前に、エリート部隊と奢って、己を磨くことを忘れていたかもしれない……。
その後、五人が立て続けに倒された。一人だけ銃器を用いた者がいたが、それも虚しく終わった。緋縅の損傷率はまだ20%に達していない。その場にいる誰もが舌を巻く手管だった。
「よう、感想はどうだ?」
「フランチェスコか……」
饅頭を食べながら現れたその男に、マッシーモは非難のこもった視線を向ける。何故こうなる前に止めなかったかと。
「強いな、相当。我々より強いかもしれない」
「そう思うか? ……まあ、あいつらじゃ勝てねえだろうな」
彼はちらりとスクリーンを見やった。そこには二人がかりで戦いを仕掛ける羅甲がいた。遂に一騎打ちの制約を捨て去ったようだ。
一機が正面、もう一機が背後から挟み撃ちにしたが、彼らは格闘戦に拘ってしまい、それが仇となった。アミは片方だけに意識を集中して、一太刀で倒すと、残った一人に向き直った。そのパイロットは、優勢を瞬時に覆されたことで動揺した。結局、闇雲に突進して返り討ちに遭った。
「あの女、よく考えているな」
マッシーモの分析はほぼ終了していた。
「奴の目的は俺とフランチェスコの二人だろう。俺たちを倒せば実力で上回るものはいなくなる。実力で屈服させて、指揮をしやすくする腹積もりだ」
だから、今の戦いは前座に過ぎない。巧みに相手の心理を突いて、一対一、格闘戦と、自分の得意な状況を作り出している。そうしつつ彼女は、マッシーモとフランチェスコが出てくるのを待っていることだろう。
「なら話は早いぜ、マッシーモ。俺とお前、二対一でやつを潰そうぜ」
フランチェスコの意見にマッシーモは頷かなかった。
「俺は戦わない」
「何で?」
子供っぽく彼は問うて来た。フランチェスコは思ったことをすぐ口に出すため、幼く見える時がある。
「いいか、あの女が隊長になったということは、俺は副隊長に任じられるだろう。だから俺と隊長が対立するという構図は、そのまま竜騎兵隊を分解させかねない」
「あー、ん?」
「……だから、俺が奴に面と向かって反抗してみろ。隊員は全員俺につくさ。そしてあの女が隊長を辞めれば、多分誰も後任は来ない。誰も引き受けない」
「ああ、そうか」
フランチェスコもようやく納得した。
「だからあいつは、フランチェスコ、お前が倒せ。もしお前が負けるようならば、あいつの実力を認めようじゃないか」
逆に、女一人に屈服するようならば、栄達を目指す資格もない。
「仕方ねえな。まあ俺の出番が来るか、まだ分からないぜ」
再びスクリーンに目を向けると、一機の羅甲パワードが緋縅を戦っていた。先ほどマッシーモを庇っていたアキナケスである。これまで長くても五分までしか戦えなかった連中と違い、この青年はすでに十分近く戦っている。それは彼が防御に徹しているためだが、若い彼にしては上出来といえた。
『口先だけではなかったか、坊や』
『坊やじゃない!』
怒号と共に繰り出したヒートソードは、刀で巧みにいなされた。アミの反撃は、何とか盾で防いでいる。だがそれも限度が近づいていた。両手持ちで叩き込まれる重い刀はかなりの威力で、盾はあと数発で割れてしまいそうだ。
ここで、アキナケスは賭けに出た。一度間合いを取ってから、盾を捨て、両手で剣を持つ。防御を捨てて捨て身の攻撃をするつもりだ。
『ふふ、ここまできても飛び道具は使わない気かな? 意地っ張りな坊やだな』
緋縅が跳ねた。全速力での突進に、アキナケスは立ち向かう。
剣と刀。激しくぶつかり、押し合い、けたたましい音と共に折れ飛んだ。剣のなくなったアキナケスは直ちに、機体の拳を突き出すも、カウンターに出されたアミの一撃が、決着となった。
緋縅の両腕には、「鎧通し」と呼ばれる短いビームソードが内蔵されており、その差が勝敗を分けていた。ビームの刃にわき腹を貫かれ、羅甲パワードは動きを停止した。
『負けた……?』
『だが、悪くはなかったぞ、坊や』
敗北したアキナケスの機体は仮想空間から排除される。アキナケスは、しばらくシミュレーターの中で動けずにいた。心臓の鼓動がやかましかった。
マッシーモたちはいつの間にか、一部始終を食い入るように見ていた。
「あの小僧も負けちまったか」
フランチェスコも、今はこの状況を楽しんでいるようだった。
「俺はいつ頃行けばいい?」
「……うん。名乗り出る奴がいなくなったころに頼む」
挑む気概がある奴は戦っておいたほうがいいだろう。そう思った。こと剣術に関して、これほどの人物には簡単に会えないだろう。
既に夜になっていた……。
続く