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空気が荒んでいる。砂塵と怒号、狂気と狂騒にまみれた戦場の空気だ。肌で、その空気を噛み締める。

『マッシーモ隊長。前方、2200m先で味方部隊が交戦中。援護に向かってください』
「隊長代理だ。……すぐに駆けつける」

 通信機の声に答えてから深呼吸。震えてはいないが、これが彼の、国教騎士マッシーモの癖だった。油断を一切排除した謙虚な気持ちで戦闘に臨むためだ。彼の乗る操兵が戦場に着くまでの僅かな間、彼にとってはすでに戦いが始まっている。
 その時、回線に割り込んでくる男がいた。モニターに色黒で丸々とした顔が浮かぶ。

『マッシーモ、敵はどれだけいるんだ?』
「……フランチェスコか」

 思わず声が低くなった。戦況ぐらい把握しておけと怒鳴りたくなる。

「敵はおよそ2個大隊。人型兵器は僅かのようだ」
『何だよ、つまんねえの。そんな奴ら倒したところで自慢になりゃしねえ』
「地球軍を過小評価するな。イタリアでの敗北を忘れたか?」

 過去の失態を突かれてフランチェスコは黙り込んだ。地球のとある戦場で、彼らは盛大な敗北を喫したことがある。もっとも、その時戦った相手は地球人ではなかったのだが、本筋を逸れるため割愛する。

「それに我が隊は以前のような力が無い。数も立場も。お前の油断一つで部隊の首が飛ぶと思え」
『へいへい……』

 話しているうちに、丘陵を越えて戦場が臨めるようになった。地球軍の戦車部隊を相手取って、数機の操兵が渡り合っている。
 しっかりと劣勢になってくれているな。マッシーモは心中で感謝した。今の彼らには武勲が必要だ。それもただの武勲では足りない。彼の率いる部隊の困窮した状態を打破するためには、目を見張るような、輝かしい功績が必要だった。

「総員、地球軍に向けて突撃だ!」

 デコボコとした丘を駆け下りていく操兵たち。その先頭にいるのは、大剣を引っ下げた『緋弓爬X(ひきゅうは・くろす)』。

『援軍か!? どこの部隊だ?』
「我々は――!」

 高らかに吼える。


 ――国教騎士団の竜騎兵隊だ!



金色の宇宙1.1 〜我ら竜騎兵隊〜

シーン1



『んだよっ! 役立たずの坊主部隊じゃねえか!』

 敵の攻撃に先んじて、味方の舌鋒がマッシーモを撃った。感謝や喜びのこもらない発言に部下一同怒りがこみ上げる。

『おいっ、俺たちは助けに来たんだぞ!』
 たちまち一人が怒鳴った。
『お情けで拾われた反逆者どもだろう。そんな奴らに助けてもらいたいとは思うわねえよ!』

 これで何度目か。マッシーモは呆れつつ、檄を飛ばす。

「お前たち、いちいち腹を立てるな! 敵は目の前だ、よそ見するな! ……って、フランチェスコ、どっちに行くんだ。気に食わないからって味方を襲うな!」

 フランチェスコの緋弓爬Xはちょうど剣を振り下ろすところだった。その思わぬ行動に、味方であるはずのアムステラ軍はおののき、地球軍は呆気に取られる。仲間の愚行を止めるため、マッシーモは大慌てで駆け寄った。

「バカなことはやめて戦いに集中しろ!」
『俺を止めるなー!』

 彼は、口で言っても通用しないと決を下した。緋弓爬Xの剣を持ち直して、剣の腹で思い切りフランチェスコを殴りつける。アホらしい金属音が響く。余計に怒りの増したフランチェスコが何か怒鳴っているが、もう聞かない。マッシーモは剣を構えて敵に向き直った。
 もう行動で示すしかない。彼が敵陣に突撃を開始すると、部下たちも慌ててそれに従った。

「突撃! 突撃!」

 喧嘩をしているうちに、地球軍はとっくに撤退を始めていた。突然十数機もの操兵が現れれば当然の判断だ。しかし追う側も必死だった。今は手柄が欲しい。
 自分は必死の形相になっているとも知らないマッシーモ、全力で駆け、ついに敵の最後尾に追いつくところまで来た。緋弓爬Xのマシンガンを構え、動きの鈍い戦車に弾丸をばら撒く。
 するとその戦車は、後方からの砲弾で粉々に爆ぜてしまった。驚いてマッシーモが振り返ると、彼らが手助けした――と思っていた味方の攻撃だった。続けて放たれた砲弾の一つは緋弓爬Xの足元に炸裂し、さすがに彼も怒りの沸点を見る。

「味方がいるのに撃つとは何のつもりだドアホ!」
『元々そいつらは俺たちの獲物だ!』
『バカッ、圧されてただろお前たち』
『これから盛り返すところだったんだ!』

 遠い視界で、突撃に加わらなかったフランチェスコの姿が見えた。彼は口論相手の羅甲を見つけ、その後頭部にトゲ突きの鉄球を見舞っていた。コントのような風景だと、マッシーモは思った。


 この時の戦いで逃げ延びた戦車隊は、アムステラの操兵十数機相手に撤退戦をやってのけたとして、しばらくもてはやされることになる。だがそれは別の話だ。


国教騎士団の竜騎兵隊は、元々国教会のツワモノが集まるエリート部隊だった。だが彼らの憎む『宗教結社ベヌウ』との戦いが、彼らに厳しい試練を課した。ベヌウを討つために地球へとやって来た竜騎兵隊は、当時の指揮官バーネル大司教の命令で、地球のイタリアへと侵攻した。
 今にして思えば意味のない戦いだった。マッシーモは悔やむ。ベヌウを追うはずが地球の宗教勢力にちょっかいを出し、乱入者のせいもあって敗北した。
 その後も思ったほどの戦果は上がらなかった。その一方で、彼らよりはるかに小規模な『クレイオ隊』がベヌウ相手に活躍していた。それから複雑な経過を経て、竜騎兵隊はベヌウとの決戦に加わり、敵の首魁を討ち果たした。そのはずだった。

 あれは何だったのだろう。突如、指揮官のバーネルが発狂し、クレイオ隊と戦う羽目になった。しかも、逆賊の汚名を着せられて。結局戦いにも負けた。そして、その後が本当の地獄だった。
 最寄りということもあって、竜騎兵隊はアムステラ地球方面軍に合流した。待っていたのは侮蔑の視線だった。隊員は拘留され、部隊の主だったものは厳しい尋問を受けた。覚悟していたこととはいえ辛かった。
 マッシーモは尋問されつつ機会を待った。度々司令官のヒルデガード皇女に謁見を願い出て、何度も無実を叫ぶ。この時ばかりはフランチェスコも頑張っていた。二人で、惨めに見えようとかまわず叫んだ。
 間もなく、竜騎兵隊の拘留は解かれた。ベヌウ戦の処理を済ます過程で、皇女と本国の交渉が行われ、恩赦が出たと聞かされた。
 謁見も僅かな時間だけ許された。その時には、マッシーモは酷くやつれ、焦燥していたためヒルデはとても傷ましそうな顔をしてくれた。フランチェスコはあまり変わっていなかった。


 戦闘が終わり、マッシーモが操兵から降りると、先刻の喧嘩が再発していた。部下たちが平民出の一般兵たちと怒鳴りあっている。本来ならば彼らは、竜騎兵隊の操兵乗りとしてもっと高みにあるはずが、今は相手とほぼ同格である。
 恩赦は出されたが罰則は科された。竜騎兵隊は規模を5分の1に縮小され、大半が他の部隊か本国へ異動した。隊長人事も滞り、今はマッシーモが代理を務めている。今いるのは特に残留を希望した者たちで、マッシーモは彼らを選りすぐりの戦士たちと信じている。そして、引き上げてやりたかった。――そのためには戦果がいる。
 敵を倒し、下し、再び栄誉を掴みたい。そのためには今喧嘩中の相手も利用して勝ち続けなければ。争っている暇などない。仲裁に入ろうとしたマッシーモだが、ふと、歩み寄る一人の女が目に留まった。

「ここには山猿しかいないのか?」

 刺すような声に皆が振り向き、止まる。その女の外套には国教騎士の紋章が刻まれており、竜騎兵隊の一同はそれを見て静まった。
 逆に、相手はそれを見て憤慨した。

「お前も似非坊主か?」
「引っ込んでろ!」

 声を荒げながら一人が殴りかかる。その腕をひょいと掴み、女は男を投げ飛ばした。まるで演舞のように、鮮やかに。
 男は仰向けに投げ落とされた。そこに間髪いれず、腹部に女の軍靴が叩き込まれた。カエルのような悲鳴を上げ男は悶絶するも、その女は見向きもしない。否、もう兵士たちも見ていなかった。その鋭い視線は敵を見るかのように、竜騎兵隊に注がれていた。

「竜騎兵隊だな?」

 尋ねて来る女にフランチェスコが答える。

「そうだが。あんた誰? 何か用?」
「口の利き方に気をつけろ。――私はお前たちの隊長だ」

 澄んだ声がそう告げた。





続く