SPEEEED KiNG Act2


旨い飯を食えば幸せな気分になれる、そう言ったやつは誰だったっけ?
 今の俺はまあ、一応は満足していると表現しても差し支えはねぇか。

 生き物っつーのはアレだな、難儀だなァ。食うもの食わなきゃ生きてられねーし、その食うもののために金を貯めたりしなきゃならねぇ。
 ちょっちめんどくさくなっちまうぜ、へっ!
 ま、それは俺の味覚が人の数倍悪いから言える事かもな。

 何を食っても味がよくわからねーから、ほんと、自分でしっくりと『辛い』だの『甘い』だのを感じるまでにスパイスをかけまくるからな、周りの人間からは気味悪そうに見られるぜ。
 んでもよ、味がわかんねーんだ、仕方ねえだろ? 文句はしっかりとした味を出してくれない調理師に言えってんだ!

 ま、あれだ、おれは食事に関してはだ、食えるものなら何でもいいって諦観してるがな、酒に関しちゃうるさい方だろう。
 あの喉を下る感覚! あの焼けるような味わい! そして高揚する気分!
 この世に酒がなかったら、俺はきっと食事の要らない機械化手術でも受けてただろうな。

 と、まあクソくだらねぇ感慨でも浮かべながら、俺は『オペル』の元へ帰ってきた。
 俺の腹は飯パンパンだが、あいつの腹の方がもっとパンパンだろうぜ、ケケ。
 ンまあ、ぱんぱんっつってもだ、『オペル』の場合はちゃっちゃと消化しきって自分の体の一部しちちゃってるんだけどな。身の丈、輸送用大戦艦一個分の大巨体よ!

 案の定、俺の『オペル』の食いっぷりを目撃してた奴らは唖然と見上げてやがる。へっへ、どうだ俺の『オペル』は、すげぇだろ!?
 特に俺のことを生意気にも蔑んでやがったあの小僧。あいつは見物だなぁ! こっちを向いた瞬間青かった顔をさらに真っ青に染めてるぜ。
 クケケ、青二才ってやつだぜお馬鹿さんよぉ!

「ヨォ、またせたなぁ! 俺も『オペル』も『食事』は終了だ、いつでも出られんぜ?」
「おや、ミスター・ベイリ。これはこれは、お早いお帰りで」

 よく言うぜ。この金髪、いけしゃあしゃあとしやがって。他の連中はビビって何も言えないってーのに、平然としてるんだ。もちろん肝っ玉が据わってる可能性もあるってもんだが、多分そいつは違うな。
 アドニスの爺――じゃなかった、娘っこから色々告げ口されてるに違いない。
 あンにゃろう、俺の秘密とかペラペラ吹聴して回ってるんじゃないだろーな、畜生(ヨシャバテ)!

「んで、もうとっくに出港手続き終わらせたんだろーな? まだ、とか言いやがったら怒るぞ、俺は」
「ええ、そこは抜かりありません。もうすでに十分ほど前から要請は済ませてあります。あと五分もしないうちにゲートが開きますので、お早めにご搭乗願います」
「へっ! 細工は上々、あとは結果をごろうじろ、か? ったく、わーったよ。『オペル』! 『ランナーズ・ハイ』のお出ましだ、ちゃっちゃか行くぞこの野郎!」

 煮ても焼いても『食えない』野郎に興味はない。俺はさっさと『命令』を下し、そして『オペル』はそれを忠実に実行する。


ぎちり……。

 世界が軋む音、ってか? 我ながらちょっと詩的な表現だな。んでもまあ、実際そういう音が鳴ったんだ、誇張ってやつだな、ふん。
 ぎちり、ぎちり、極小機械群生体『オペル』がその形状を、特性を、姿かたちを変えていく。悶えるようにその身を震わせ、次第に『船』のような形へと変化していく。

 このサイズにまで膨れ上がっちまったら、起動兵器の姿よりも船の方が便がいい。というか、出口がそこまで広くないからな、人型なんてとっちまったらきっと頭がつっかえる。
 かといってだ、四つんばいで這い出て行く姿を想像してみろ。恰好がつかねーだろ?
 なんで、今は船の形をとらせることにする。せっかくなんで、さっき食いつぶした大型輸送船と同じ姿でな。

 ぎちり、ぎちり。変動していく俺の『オペル』。それを目にするボウヤたちは、恐れのあまり気絶してるやつまでいる。
 おいおい、今時処女な乙女でもあるめーし、そんなくらいで気ィ無くしてんじゃねーよ、軍人。あきれてものも言えねーよ。
 け、け、け。んでもまあ、それだけ俺様がすごいってことが判ったんならそう悪い気もしねーわな。
 ンなこと思いつつ、指をぱちんと鳴らしてみる。

 おお、おお、あいつらビビってやがる。けっけ、ガキをからかうのはコレだからやめられねぇなァー!!
 自分でもそうとわかるくらいのニタニタ笑いを浮かべながら、俺は振り向く。
 目前にはあれだ、『オペル』から切り離された小型の『オペル』が四足機械に変貌しながら、ガシンガシンと歩み寄ってくる。

 コイツは俺の『脚』。俺の移動手段。でかい方の『オペル』に癒着する『コクピット』。
 俺のすぐそばまで着くや、装甲の一部が変化して椅子のような形をとる。その上に俺はよじ登りながら、俺を『観察』し続けている金髪野郎に一声。

「――お前、名前は?」
「パリス、と申します。とある部門の子飼いにされてるある情報操作班の隊長をしています」
「パリス、パリスね。『覚えた』よ、俺はお前のことを『覚えた』からな。忘れない事だ、俺は仕事はキッチリとやる方だが――」

 ――俺の仕事を反故にしたやつは、許さない。必ず、死なす。

 その先の言葉は、告げなかった。





 その後の出港なんざ、なんの変哲もねえ糞つまらない平凡なものだった。
 ま、当然っちゃ当然だわな、そんな面白可笑しい出撃劇なんざ早々あるもんじゃねーし。ったく、あのいけ好かねぇパリスって野郎をノしてやりたかったが、まぁしゃあねえか。
 んでまあ、今はゆっくりと宇宙遊泳中ってやつだ。光速の三倍ってとこだがな。
 ちょいと腹にもたれてるんで、『オペル』にゃいつもの速さを発揮させてない。俺にとっちゃすっごく遅い速度なんだが、まぁしゃあねえ。安全第一ってやつだ。

 なんだっけか、パリスの生意気そうな部下が言ってたな、光速に耐えられないだとかどうとかってよ。あいつはどうにも疑ってたみてーだが、ほれこの通り、ホントの事よ。
 詳しい原理はアドニスから聞いたんだが、俺もあんまり正確にゃ覚えちゃねぇ。だが掻い摘んで説明するとだ、群体である俺の『オペル』は水に似た特性を持つんだと。
 つまり重力やら慣性やらの影響を受けにくいってやつだ。


無論それだけじゃない。機体表面をわざと柔らかくし、後方にずるずる流れさせることで影響を受けにくくするだとか、内部構造がどうたらとか、隆起する装甲がなんたらとか。
 うんたらがかんたらでどうたらでこーこーで、とまあ、ホント俺にもよくわからん。ま、判りやすくいえばにょきにょきと伸び続ける竹の子みたいに生える、とでも言えばいいのか?
 今ある装甲が後ろにいって、その流れた装甲の下からさらに装甲が現れて、の繰り返しだ。まあ当たらずとも遠からずだろうな、竹の子ってーのは。

 そんな感じで、俺の『オペル』は光速を超えるのだ、完。

 ……って、終わりゃしねえよ。まだ仕事の序の口だからな。今までのは前座程度で、本番はこれからだからな。
 そろそろ、亜空間ワープ航法が可能な星域に到達するころだ、いよいよ『オペル』の真価が発揮されるってことよ。
 エンジンはすこぶる好調だ、速度を急激に緩めつつ、内部期間に大型ワープ装置を『生成』させる。

 常日頃からそんなけったいな装置つけてたら足が遅くつく、だから俺は必要な時期にならない限りはその装置を『削除』している。こいつの有る無しだけでも速度がかなり変わるからな、一々作り出すのも面倒だが毎回作り出す形にしてる。
 なんせ俺は『速度狂』! 速さのためだけにすべてを捨てた男だからな!
 速さに依存しきった俺様にゃ、鈍足千鳥足のへたれ宇宙艇なんざ耐えられないぜ。

 ぎちり、ぎちり。船が揺れる。
 ぎちり、ぎちり。『オペル』が吼える。

 俺の『オペル』は円錐状だったフォルムから一転、無骨でダサくて見栄えの悪いごつごつとした船へと姿を変える。ごく普通の量産船、だが大きさはカタログの約二倍。
 今日日、腹いっぱいの相棒はとにかくでかいからな、文字通り倍の大きさでのワープ船が御登場、ってな。
 もちろん素粒子単位すらの誤差もない、正確に巨大化された船さ。データさえ教えてやれば、『オペル』はたとえどんな大きさにでも変化可能だ。例えその命令が倍の大きさでも、逆に十分の一の大きさでも、自分で計算しつくしてきちんと変化してくれる。
 データと命令と材料。その三つがそろえばなんだって『成れる』しなんだって『出来る』。それが、俺たちだ。

 さて、そんな俺様からの命令だ。
 ただ一言、『開けろ』と。

 同時に、眼前に二重螺旋の渦が舞う。いやぁ眼前ってーのは間違いだな、正しくは俺たちの前に発生、だな。
 その渦はぐるぐると回転しながら俺たちと同じ速度で宙を飛ぶ。だがそれと同時に渦の末端が広がるように後ろへ流れ『オペル』を包んでいく。同時に、螺旋の渦は白と黒の二重の色へ変化。


二色は亜空間から保護してくれる、まぁ膜みたいなものってやつだな。そいつが破れるとあっちの世界でバラバラになっちまうっていうが、試したことは無い。もし本当だったら死んじまうしな、へへ。
 ま、そんな事はどうでもいいか。ともかくコイツに包まれちまえば準備が完了、ついでもう一発ワープ装置の出力上げれば、螺旋の中心が裂けてあっちの世界にいけるって訳さ。

 あっちの世界。言わねーでも判るわな。
 亜空間、裏側の世界、あの世――地獄のほうな――だのと色々と言われるが、ま、こっちの世界と繋がっていて、んでついでにものすごい速度で移動できる便利な世界ってやつだ。
 そこに今から俺たちは突撃する。誰にも真似出来ない速度で、誰にも真似出来ない航法で、俺たちは突き進むために!

 そして、宇宙が『捲れた』。

 その『空間』に入った瞬間、世界は『色彩』を変える。
 ぎらりぎらりと不気味に輝く変な球体ばかりが浮かんでて、しかもそのどれもが歪んだ形をしてやがる。もちろんそれは目に見える『色』なだけで実際に球体なんざ浮いてない。
 ただ、見えるだけだとよ。ケッタイなことだぜ、ヨシャバテ!

 ここの空間の中ならだ、遅遅として進んでない程度の速度しかでねーんだが、実際表の世界の方ではものすごい距離を進んでることになる。
 なんで、目標のある方向にむかって機械で算出した距離進めば、ドンピシャ! そこが目標地点ってわけだ。

 と、ここまで言えばすごそうなんだけどよ、問題が一つあるんだわ。
 この空間ではあらゆる物質が停滞して進むんだとよ。つまり宇宙船だろうが起動兵器だろうが、それどころかビームだろうとものすごい低速でしか進めない。
 なんでこの空間での戦闘は正直無意味だ。なにせ迫ってくるのが目に見えて判るからな、攻撃されても回避余裕でした、な世界なんだわ。

 だから基本的にゃ、この空間で戦闘行為は行えない。泥沼か水中、あるいは雪原の中を歩いて進もうと必死にもがいてる人間並みの速度しかない連中に、ここでの高速戦闘は無理ってもんだ。
 ……普通は、だがな。
 つまりあれよ、人間は水中を歩いて進むことが出来ないだろうが、魚は比較的素早く泳げるだろうなぁ。

 クク、もう何も言わなくてもわかるだろーな。
 ああそうさ、俺のオペルは例えで言えば『魚』だ! この亜空間を自在に泳ぐ、一匹の魚だよ!


ぎちり、ぎちり。
 『オペル』は啼いている。
 自分の性能が最も発揮される、この世界に来た喜びで!

 変化は一瞬で済んだ。泳ぐに適さない『足』など要らないからすぐに消し、相応しい『ヒレ』を持つ。
 ごつごつとした無骨で醜い『皮膚』を剥ぎ捨て、滑らかな流線型をかたどる『鱗』に変わる。

 動力なんて要らない。それはここでは遅いからな。
 装甲なんて持っての外。攻撃なんざ当たらないからな。
 ただ一つの尾びれさえあればいい。

 重く、鈍く、淀んだ世界を、脱皮した『オペル』が泳ぐ。
 みるみるうちに速度を増して、前方にいた他の船たちを一気に追い抜く。
 無様な奴らが、俺たちをみてきっと驚愕している、それが愉快で仕方が無い!

 はっは、いい様だ、見物だ、遅ぇ遅ぇ! 俺たちを、俺と『オペル』の邪魔でしかないんだよ、お前らはなぁ!
 すいすいと、船と船の合間を抜ける。何十倍どころじゃない、それこそ何百倍とも呼べる速度で泳いで、前へ、目的の場所へ、俺たちは進む!
 先の、表の世界で発揮した速度なんざ、正直おまけ以下よ。

 俺たちの本領はここだ。あんなもん、その気になれば光速くらいまでは誰だって出せるだろうよ。
 だがコッチはそうは行かない。俺たちだけの特権だ。
 俺とこの、俺に従い俺に駆られる俺のためだけに作られた俺の『オペル』だけに許された、最速の伝説よォ!

 とかなんとか自己陶酔に浸ってるうちにもう到着だ。ケケケ、他の奴らは何日だか何十日だかかかるのかしらねーが、俺たちにかかればたったの五分と二十七秒だ。
 とりあえず、ここで美しい流線型から無骨な宇宙船に変える。そしてまたワープ装置を起動して、見事表の世界へ生還、ってな。
 何せこの亜空間ならともかく、表側じゃ装甲が二分と持たずに瓦解するほど軟だからな、この姿はあちら側限定ってやつだ。
 あっちにはあっちの、こっちにはこっちの、適した姿があるのさ。

 だから今、このグェス星付近の星域と任務に適した『身体』と、その状態で維持できる最大限ぎりぎりの『速度』を併せ持った形状に『変化』させる。
 硬度は件の超長距離砲台を考慮しとくとして、以前来た時よりも堅めに形成か。んで、ついでに機体を薄く長く引き延ばし、極力被弾しないように面を縮めるっと……。そして最後に、大出力の動力機を装着。
 はっは、多分外から見てみりゃ、きっと無骨な鉄の棒に見えるだろうなぁコレ!

 だがその無骨な鉄棒は恐ろしく早いぜ。あっという間に星という目標地点に突き刺さるってもんよ!
 ま、もちろん刺さったら刺さったで『オペル』が砕け散るだろうからやらねーけど、成層圏を抜けるまではこのまま光速で突っ切らせてもらうぜ!

 ――点火。
 ――加速。
 ――急減速。

 文字通り、あっという間の出来事だ、『オペル』様ご一行のご到着ってな!
 『オペル』という名の棒……じゃ恰好つかんか。んじゃ、槍だな、槍。へっへ、この俺様の槍はあっという間に成層圏を突っ切り、減速。敵のレーダーに探知なんざされる前に、光速での接近だ。
 急激な加速減速はぎちぎちとした音を響かせるが、ま、どうってことはねえ、いつもの事だ。


こんくらいの事で壊れるブツでもなし、むしろこういう『負荷』を与え続ける事で『オペル』は成長するって、あのアドニスから聞いたんだしな。
 つまりこれは、俺の愛の教育だ。

 そんな俺の愛を一身に受け続ける『オペル』に命令、ご依頼人に頼まれた地点の算出と、そこへ向かうようにってな。
 はっは、ちいっとばかし離れたところだったが問題ない、これまたあっという間にそこにまで飛ばして、そして着陸だ。
 何時見ても惚れ惚れする速度だ、愛してるぜ『オペル』。

 目の前にはなんともごちゃごちゃとした基地が見える。なんだありゃ、兵舎の半分がボロボロで、ついでに起動兵器が外へ野ざらしにされてるのもある。
 なんつーか……あれか、敵の基地でも奪った直後みたいだな、コイツァ。なるほどねぇ、それほどまで逼迫してたから、俺にお声をかけたってぇのか、アドニスは。
 まったく、どこまで俺から搾取し続けるつもりだくそったれ(ヨシャバテ)!

 形状を通常の船に戻しつつ、ついでに内部にあのわれ……われ……藁公? まあ、なんだったか忘れたが朱と灰の色で塗られた起動兵器を『分離』させつつ、効果命令をあたえた。
 ケケ、言われたとおりに即行もってきてやったぜ、旦那。





 雑兵どもらが『オペル』から自力であのワレモッコなる起動兵器を出してくれるらしく、俺は隊長室とかって部屋に通された。
 なんだよ、隊長自らが俺に労いの言葉ってか? おいおい、よしてくれよ。俺はそーゆー礼だの感謝の言葉だのって嫌いなんだよなぁ。そーゆーモンが欲しくて働いてる訳じゃないワ・ケ・だ。

 俺が仕事を請ける理由はただ二つ。
 酒や女を買うための金が欲しいってことと、最高の速度で味わえるスリルある仕事をやってみたいってだけだ。
 ま、あと付け加えて言うなら風呂の薬湯に入れる粉末を買うため、ぐらいか。

 なんでまあ、正直辞退したいとこなんだが、かといってここに娯楽施設があるわけでもねーし、暇をもてあますよりかはマシなのかもしらんね、うん。
 精々、隊長さんに逆ギレされない程度にからかって遊ぶとしようか。

「しかしまあ、アンタ……よく化けたなぁ……」
「化けたって、おやおや、ずいぶんと酷い言い草じゃないか、ベイリ」

 てくてくと歩いててもつまらねーからアドニスに声をかけてみた返答がこれだよ。
 相変わらず、自分勝手な生き方をしてやがるなこいつ。

「言葉通りの意味って奴じゃあねーかよ、アドニスの旦那。それとも、旦那じゃなくて彼女って言った方がいいかい、お譲ちゃんよぉ」
「相変わらず口の悪い男だねぇ君は。ここでは普通に『アドニス女史』と言ってもらいたいもんだね『ベイリ君』」
「へっ、クンだって? クンだってか、俺様を。気色悪いなぁアドニス、あんたがヨボヨボのクソ爺だった姿を知ってるんだぜ、女史だなんてとても言えやしねーな、へっ!」

 まったくもって、気色悪いったらありゃあしないぜ。
 若返る、それも態々別の生きモンの女に変わるだなんて、正気の沙汰じゃねーな。こいつ実はホモの気でもあったのかね、まったく。
 無意味なまでにスタイル良くしちまってさ、あざといっつーかなんつーか、変態だ。

 まー俺様に色目を使わなきゃどうでもいいか。しわくちゃの爺と茶飲むよりかは、中身がアレでも外見が美女の方がなんぼかマシだしな。
 この変態と、ここの隊長と茶飲みだなんてぞっとしないが、しゃあねぇか。

「さて、着いたよキミ。それじゃあ僕はすぐそこの給水室でお茶でも入れてくるから、キミは入って待ってるといいよ」
「おいおい、ずいぶんと杜撰だなぁおい。しかもお前の入れたお茶だ? ぞっとしねぇな……あ、俺ハブロの茶葉で頼むわ」
「贅沢ものめ、高い葉を選んでまぁ……いいさ、ハブロは丁度あるし、入れてあげるよ」


カツ、カツッ。俺を置いてけぼりにして歩き去るアドニスに、べえっと舌を突き出してやる。
 あんにゃろう、何でも自分の思い通りになると思ってんじゃねーだろーな……ケッ!
 ちょいとムカついたから、俺は拳でガンガンと扉を叩きつける様に鳴らし、次いで返事が帰ってくる前にがちゃりと開いた。

 開けてみるとまあ、そこにはうな垂れた四人の男と、椅子にどでんと鎮座するえらく貫禄のある偉丈夫、ついでになんともかわいらしいお譲ちゃんだ。
 おいおい、なんだこのムードは。あれか、このお譲ちゃんに何か性的な悪戯でもやって、それでそこの四人が怒られてたってか?
 ちょいと野暮な事も思い浮かべるが、音もなく立ち上がったおっさんがこちらを睨むように見返してきたんで、そっちに視線を向けてみる。

 なんだこいつ。お世辞にも高いとは言えない俺が文字通り見上げるくらい、背丈が高いときてやがる。ついでに筋肉もかなりあって、まるで軍人が服きて歩いているようなもんだな。
 ま、ほんとに軍人だろうし、こいつが隊長らしいってのもよく判った。ついでに言うと、外見も憎たらしいほど強面だから肩書きが似合ってやがる。

「貴公がベイリ氏か。輸送の任、苦労をかけたな」
「や、んなことねぇよ旦那。俺はしがない『速度狂』、早さだけで食っていける訳でも無し、むしろ仕事をくれる相手に礼を言ってやりたいくらいさ」
「……ふむ」

 あ、やべえ? 俺もしかして地雷踏んだか?
 もしかして『実はもう少し仕事があるんだがいいか?』などと言い出して、厄介な事を押し付けられそうな予感がするんだが、これ。
 ちょいとばかし、嫌ぁな事を考えたが……さて、どうでるかねおっさん。

「貴公のお陰で我が隊は一気に勢力を伸ばすことが出来るだろう。だから、こちらこそ礼を言いたい。有難う」
「……別に、どうってことねーってよ」

 照れくさい事を真顔で言う男だ。もしかしてコイツ怖いのは顔だけで、根はアレなのか?
 そんな事を思いつつ、じろじろと周りを眺めてやった。

 四人の男どもは……まあ、どうでもいいけど一応見とくか。粋な顎鬚はやしてるおっさんと、肌の浅黒い女みたいな若造。んでグラサン……いや、あれ色眼鏡だな、まあ眼鏡かけたこれまた怖そうなおっさんに、まだ毛も生えたばかりみたいな小僧っ子か。
 こっちのほうはまあ、ほっとくか。なんかこっちをすごく凝視してやがるけど。
 気になる可愛いお嬢さんのほうが、よっぽど気になるしな。

 プラチナブロンドの髪がさらさらと輝いてて、そこの合間から紫水晶みたいな瞳がきらきらしてる。んで、可愛らしい小口でにっこり笑ってコッチ見てやがる。
 視線を下に下げてみればもうよ、ぱっつんよぱっつん。嫌味がない程度に、だけどもむっちりとおっぱいやらケツやらフトモモやらがいい感じに発育してるじゃねーか。産毛も生えてなさそうなその足に、今でもむしゃぶりつきたい位だぜ、ケケ。
 しかし腰も細いなぁこいつ。出るトコと引っ込むトコロのバランスがいい感じだ。なるほどねえ、こんな女にゃ確かに、性的な悪戯の十個や百個は――

 ――ガッ!

「……ッテェじゃねーかクソがッ(ヨシャバテ)!!」

 突然頭に走った痛みに蹲りつつ、俺は涙目の文句をあげる。
 なんだよもう、頭殴るんじゃねーよ、いてーじゃねーか……。
 滲む視界で振り向いてみりゃ……ありゃ、なんぞ? ここにもあのお譲ちゃんがいるじゃねえか。

「お、お姉さまをそんな下衆のような目で見ないでくださいまし、この変態、変態、ド変態!」
「お、おいまて! お前、何か勘違いして――」
「問答、無用!!」

 振り下ろされる手刀、横から伸びる白い手。スローモーションの世界で俺はそれを目撃するも、すぐに黒い淵へ突き落とされてプツリと消えた。

 ガシッ、ポカッ。俺、死んだかも?


 ――続く