SPEEEED KiNG Act3
ガキがじっと俺を見ている。
ああ、また下らない夢か。クソ下らない、いつものあの夢。
見たくもない、嫌な夢だ。
う……ぐお、おッ……!
ずきずきと、脳裏に走る鈍痛が目覚めたばかりの俺を苛む。その痺れのような痛みに一瞬気が遠くなるが、更なる鈍痛が攻め立ててくる。
あれか、まるで気絶なんてさせるかってお告げでも聞こえてきそうだ。ヨシャバテ(なんだってんだ)!
ぐるぐると、視界が回る。くそっ、酔って吐き気がしてきそうじゃねえか。酒にも船酔いにもとんと世話になった事のない俺だが、半面病気とか食中毒の吐き気にゃめっぽう弱い。
ああ、なんだっていうんだよ……。何で俺は、こんなに苦しい目に合わなきゃいけねーってンだよ。
「おや、起きたかいキミ。無様だネェ……ちょっと小突かれただけで気ィ失っちゃうだなんて、フフ」
「……てめぇ……アド、ニスか」
「無理に動かない事だね。まったくキミは、それだけ身体改造しているというのに少々軟弱すぎないかい? 今その体調で起き上がられても、吐かれて床を汚されるだけかもしれないし、ホント、じっとしときなよ」
あんにゃろう、絶対楽しんでやがるな。あざけり交じりのけらけらとした笑い声から察するに、あいつはとても愉快らしい。人の不幸笑ってんじゃねえよ、クソッ!
アドニスのくそったれ、くそったれ、くそったれ! てめぇなんか、ヨボヨボの爺に逆戻りして、ぽっくり逝っちまえ!
声を出すのも一苦労、だから俺は脳内で思いっきり毒づく。
ンだがしかし……俺がこんな辛い思いをしているのは何でだ?
痛いやら苦しいやら腹が立つやらでなーんとも思い出せねーンだが、一体何があったんだ、おい。
まったく、わけのわからないっていうのはそれだけで不安だなおい。しゃあねえ、一時始終を見てただろう『オペル』に命令、視認している映像を俺の脳裏に転送しやがれコンチクショウ。
「あ、起きられたんですね。安心しました」
…………。
なぁんか、気を失う前に聞いたような声がする。ていうかおい、アドニスと俺、二人っきりじゃなかったのか。
やれやれ、一体全体何なんだかしらねーケド、ワケが判らないのは気持ちが悪いぜ。しゃあねえ、脳みそと『オペル』の『眼』――視野情報に接続、脳裏に浮かぶ第二の視野で室内を見渡すことにする。
『オペル』は何時だって俺のそばにいるからな、空中に散布しているそれらに作らせた微細な『眼』が見ているものを、俺は命令一つで受信する事ができるのさ。
ああ、あのクソ忌々しいパリスとか言うやつと若いのが、俺の事務所でペチャクチャしゃべっていたのを探知したのも同じ原理さ。
俺の脳に埋まってるのさ、『オペル』の一部がな。
ま、普段は同調なんてさせないけどな。あんま長時間やりすぎると疲れるし、何より眠くなるからな。ケド今はあれだ、眼を開けるほうが辛いし何よりぐっすり睡眠……じゃねえ、気絶か? まあ、ゆっくりしてたわけだしな、問題はないだろ。
さてさて、気になるお相手だが一体どんな面してやがるんだろうな。
どれどれ……。
「心配いたしましわぁ。あの子どうやら本気で小突いちゃったみたいですし、普通の人ならもうとっくにお亡くなりになってる頃かとおもいましたわぁ」
……まて、まて落ち着け。なんだこれは、なんだこの展開は!?
眼をひん剥いて起き上がる。ちいっとばかし頭痛やら眩暈やらが襲いかかってくるがそんなもんを気にしちゃいられねぇ。
『オペル』の『眼』が視たものを改めて肉眼で見る。同時に、俺が気絶する直前の映像も脳裏で流す。
ムサ苦しい男たちに囲まれた銀髪美少女がニコニコしている姿。同じ顔をした美少女二号がめっさ怒鳴り散らして俺に馬乗りになり殴打している姿。
そして今、目前でにこぉ……と笑っているお譲ちゃん。
どいつもこいつも、同じ顔。
「うおおおおおおっ!? 貴様何ダッ、新手のスタンド使いかそれともまた俺を殴りに来たのかぁあるいは更なる拷問でもかけにきやがったのかぁ!? そうかアドニス、貴様の仕業だな! 昔お前をブッ殺そーとした事まだ根に持ってやがるんだな!?」
「……何を勘違いしてるだか、相変わらず君は馬鹿だね。……それと、人の事を殺そうとした奴を許す奇特な人間は希少だよ、ベイリ。本来であればあれだよ、キミ、ボクだから『借り』で済ませてやってるけどさ、普通の人間ならとっくに殺してるよ。大体、殺すつもりなら手当てなんてしないよ……ふふふ、そうさ、わざわざそんな事をねぇ……」
やべぇ、選択肢間違えたか。こいつ絶対昔の事根に持ってやがるな。
なんだよ、ほんの二度ほど『オペル』の秘密を守るために殺そうとしただけじゃねえかよ……そんなに気にしてんじゃねえよ、もう。
ちょっぴり不穏な空気が流れてるのを察したのか、銀髪美少女がニッコリ愛想を振りまいて話しかけてきた。
「本当にごめんなさいね、妹が突然貴方に暴行を加えちゃったみたいで。お姉さまも止めたみたいなんですけどぉ……ちょっと錯乱状態だったから……。本当に申し訳ありませんわぁ、姉妹一同を代表して、私が謝罪しますわ」
「いや、別に、あんたのつむじなんか見ても何も嬉しくないからいいっての、頭あげろよ。どっちかって言うと俺は、その乳でも揉ませてくれたほうが嬉しいけどな……ハッ――い、今のナイショな、アンタのおっかない妹さんとやらにはナイショだぞ、おい!」
やっべやっべ、連続で地雷踏みかけたぜ。話の内容から察するに、どうやらこいつら三つ子かよく似た姉妹のようだな。で、姉を視姦してた俺をボコったと。
あぶねえあぶねえ、ここにそのおっかない妹さんが居なくてよかったぜ。あやうくもう一度気絶させられるか、もしくはあの世の底までまっさかさま、か。ウヒッ怖い怖い、股座が縮みあがっちまうぜ。
ま、ここに居るのはこのホンワカした頭の緩そうな娘とアドニスのクソッタレだけだし、命の危険性はないな。
……と、思いたい。後ろでじろりと見つめ返してくるアドニスがすごく気になる。
まったく、三十年近くも前のことなんだから、いい加減わすれちまえっていうんだよな。
俺の秘密を知ってる奴、俺の『オペル』の仕組みを作った奴。こいつ等全員殺せば、俺の世界最速は揺るがない。そのために、『オペル』の一部を体移植された直後に試したんだが…あんにゃろう、俺の殺意を悟ってやがったのか、先回りして『オペル』に手ェ出させないように仕組んでたってワケだ。
ようするにだ、アドニスの近くにいると攻撃信号の過半数を受理されないように設定されちまったのさ。
お陰でこいつに対しては拳銃一本たりとも『生成』させてもらえないし、どこぞの武器屋で購入した銃で襲おうとしても『オペル』が勝手に防衛機能を発動させて武器を食っちまう。かといって素手で殺す自信なんか俺にはない。もっとも、殺しても死ななそうだがな、こいつは。
やれやれ、おかげでどうやっても俺にはアドニスを殺す事ができないわけさ。何しろ持ち主が俺だっていうのにママンには忠実、さっくり相棒を裏切ってくれる薄情なヤツなんだからな『オペル』は。
つまるところあれだ、俺の周りには常日頃から起動兵器の腕一本分ほどの質量がある相棒が浮いてるんだが、こいつらを完全に除去しない限りアドニスを殺す事はできないってワケ。
ヨシャバテ(畜生)!!
「さて、元気になったところで悪いんダケドねベイリ君」
「……あん?」
「もう一つお願い事があるんだけど、いいかい?」
お願いだと? 死ねとか言い出すんじゃないだろうなこの野郎。
「もちろん拒否はしてくれないよねぇ、ボクたちは友達だし。それにキミにはボクの命を狙ったという"借り"だってあるんだしぃ……まさか嫌だなんて言わないだろうねぇ、もちろんボクの頼みごとを、受けてくれるよねぇ」
うへっ、陰湿な野郎だ。ちょっと口を滑らせて殺人未遂の件を思い出させただけなのに、これだ。何だ何だ、今度は何をお願いさせるつもりなんだこいつは。
こいつの"頼み"だなんて、ろくでもないことはわかりきっているんだよな。いつもいつも面倒くさいものや気乗りのしない仕事まで回されて……ハァ。
一度くらいは嫌だって言ってやりたい気もするが、後が怖いからなぁ……。
しゃあない、ここは受けるしかないか。そう思っているとあの銀髪の美少女ちゃんが会釈して部屋から出て行く姿が見えた。
おいおい、まだ乳も触ってないのにそりゃあないぜ。まああれか、あのお譲ちゃんもこいつとは係わり合いになりたくないって思っているんだろうな、きっと。こいつのお願いに巻き込まれたくないから逃げたって所だろーよ。
やれ、やれ。俺の味方は何にも無し、頼みの『オペル』もアドニスに従ってるし、ここは素直に仕事するしかねーわな。
「わぁーったよ旦那、俺はアンタの犬さ。頼まれれば何時だってワンと鳴いてやるよ。その代わりちゃんとギャラは払えよ、ギャラは」
「おやおや金も取るのかいキミは。ずいぶんと強欲だなぁ……ま、いいさ。これはキミにとっても損な話じゃないんだからネ」
損じゃないだと? どういう意味だそれ。
自慢じゃないがこいつの命令で仕事をした回数は三十六回ある。だがそのどれもがろくでもない仕事だったんだが……。
こいつの考えがまるで読めない。一体何をやらせるつもりなんだ?
「なあに、キミにとってはいつも通り簡単な仕事サ。エイハブズの連中と一緒に、鯨捕りをしてもらいたい」
鯨捕りだぁ? やだねぇ何か奇妙な仕事を押し付けてきやがって。
鯨捕りっていうのはあれだ、まあ簡単に言えば難破した宇宙船から貴金属なり武器なり財宝なりを奪い取る、いわゆる宇宙船解体業者ってところか。もっとも普通の解体屋と違うところはだ、こいつらは企業に雇われていない完全な個人営業って所か。
経歴は問わず、ただ宇宙船を駆れて船を漁れればいい。ほとんどがならず者の集まりで、ほとんど海賊みたいなもんさ。
その中でもエイハブズというのは一等凄腕のやつ等ってふれこみさ。ま、もっとも俺様に言わせればどいつもこいつも同じ穴のムジナだがな、ちいっとばかし、そう……ほんのちいっとばかしだけ、やつ等と因縁があるってことくらいか。
……へっ、思い出を懐かしむ趣味なんて俺にはない。あいつ等との過去なんざどうでもいいか。要は今、あいつ等と組ませて俺に何をさせたいか、だ。
「俺とエイハブズに組ませるってことは、相当なヤマなのか?」
「いや、そこまででもないよ。時間さえ与えれば、彼等だけでも作業はこなせると思うよ。けどここの戦況も芳しくないし、何より彼等の船じゃ砲台に打ち落とされるからね」
ハン、つまり俺は輸送係りね。下らない仕事だなおい。
しかしこいつが居るのに戦況が芳しくないだ? おいおい、冗談はよせよ。その気になりゃあこの程度の戦場、計略だけでぶっ潰せるくせによ。
それとも何だ、やっぱ裏でもあるのか? フォン・ベ、ベ、ベ……なんたらとかいう貴族の依頼でここに来た件もあるしな。
やれやれ、すべてはお前の手の内ってワケかい、アドニスの旦那よぉ。生憎だけど、俺はアンタの戯曲ン中で踊らされる道化の役なんざ御免だね。
何でもかんでも予想通りにいくと思うなよ、カマ野郎……ッ!
まあ今回だけは従ってやろう。まだお前の狙いも手の内も、俺はなーんも知らないんだからな。
だけどな、いつか、いつか、いつか……殺してやる。
忘れない事だな、アドニス。俺はいつでも、お前を殺す側に立っているんだからな。
「その船に何がある? 俺に何を運ばせたい?」
だから今は従順な振りをしてやるよ。文句はあるがお前からの仕事は金になるし、まだお前を殺す算段がなっちゃいないからな。
「俺に運ばせるんだ。そりゃあすごいブツがあるんだろ? それともあれか、酷い場所にでも……。いや、まて。ちょっとまて。一つ聞くが……何故お前、特定の難破船に向かわせようとしている? いや、そうじゃない……何故、『お前が望むもの』がある難破船が『存在している』事を『知っている』んだ!?」
そうだ、そうだ、そうだ! 不思議じゃないか!
難破船っていうのは普通、勘を頼りに宇宙を当てもなく彷徨って探し当てるか、漂流の海と呼ばれる船の残骸が転がってばかりいる地帯を探すのが基本だ。
つまりあれだ、漂流の海にある船ならすでに誰かに発掘されている可能性がある。かといってそれ以外の適当なところに漂っている船の中から目的の船を見つけ出すなんて、天文学的な確率に違いない。
でもコイツは、俺に依頼している。
当てのないままこの広い宇宙から探し出せ、と言うでもなく。
どこそこに存在している漂流の海から見つけ出せ、というでもなく。
まるで、最初から――
「ご明察サ、ベイリ君。ボクは最初からその船を、いずれキミに回収してもらうために捨てたんだよ。航路から外れた星域、常識では誰も向かう事のない岩石溜の中。つまりある星を取り囲む環の中に隠したのさ」
「なるほど、な。確かにろくな資源もない星の、さらにその周りに漂う岩盤の中に隠しちまえば、誰にも見つからないし誰にも回収されない。例外は唯一つ、それを知っているお前だけってワケか。
へっ、回りくどい事をしてるんじゃねえよ。……しかし読めないな。何故そこまで隠した? 何故今になって必要としている? 何故――俺に任せる?」
コイツとの付き合いは長いが、コレでも俺はコイツの事をそれなりに理解しているつもりだった。
だけど、だ。知れば知るほどこいつのことが、こいつの考えている事が判らなくなっている俺がいる。
延命技術により寿命をはるかに超えた年齢まで生きて、ふらりとアムステラなんかに首を突っ込んで、俺なんかに『オペル』を気前よく与えて、そして今度はなんだ?
さっきは女狐だなんて表現したが、こいつはそんなもんじゃない。
コイツは魔物だ。何から何まで自分の思い通りに運ぼうとしている、魔女に違いない。
「何、あるものを作ったんだけど、当時の人間たちには使わせるには惜しい玩具だったんでね。しばらく歴史の表舞台からは退場してもらっていたのさ。道具を使うには相応しい時期というものがあるからね。アレを使える起動兵器は、当時は少なかったしね……。
あぁ、何故キミに頼むのかって? それはだ、あの船はボク個人の研究所変わりでね、色々なものを作っていたんだ。細菌兵器、生体兵器、銃器、そして――『オペル』の設計図とかね」
「――なんだと!?」
「あはは、コレが表舞台に出ちゃったら大変な事になるだろうね。キミが大事にしている相棒は特別でもなんでもないものに変わっちゃって、世界中のあらゆる物が圧倒的な『速度』を手に入れてしまう。キミは最速の座から落ちるわけだ」
「……お前……お前ェ!!」
「判っただろうベイリ? キミの報酬はそれ、設計図だ。それを焼き捨てる権利をあげよう。そうすれば最速の座は保たれる。十分な報酬だろ?」
そういうと、目の前のクソッタレはにやり、笑いやがった。
気分が悪い。ムナクソ悪い。
酷く酒がほしい。それもこれも、あのクソッタレのせいだ。
アドニス・アハレイ。あの野郎、殺しても飽き足りないほどに憎い奴!
設計図をやろう? 処分する権利だぁ? 笑わせやがって、ハッ。茶番だな。
奴が保管している設計図、俺が向かおうとしている船だけに眠っていると、誰が保障してくれるってんだ?
どうせ、この宇宙のあらゆる場所に眠らせているに違いない。そして俺が裏切らないように、ちまちま一枚ずつカードを切らせているに違いないってんだ。
俺はあいつが何個設計図を眠らせているのかを知らない。そしてあいつは俺がどれだけ速度に固執しているかを知っている。
ハハッ、勝ち目のない賭けだ、絶対に勝ち目のない賭けだ!
もうあいつは殺せない。幾ら殺したくても殺せない。殺したら、設計図が何処にあるかもわからなくなるからな。
用意周到なアドニスのことだ、きっと自分が死んだら自動的に世界中に広まるように仕掛けをしててもおかしくない。いやむしろ、絶対にしてあるはずだ。
そうしておけば、俺はあいつに手出しを出来なくなるし、絶対に裏切れなくなるからな。
ああ、アドニス、アドニス、アドニス! お前なんか呪われてしまえ!!
「……あの、大丈夫ですか?」
「アァ? 何だお前は」
ふてくされたまんま外へ向かおうとしている俺に話しかけてきた奴がいる。
なんだっていうんだ、俺は今気分が悪いんだぞ! 八つ当たりして殺しちまうぞてめぇ!
そう思いながら振り向いた俺の前に立っていたのは、ああ、麗しい銀髪のお譲ちゃんと、青臭さの抜けきってない軍人野郎だ。
ハ、ハ! お譲ちゃんが俺の相手をしてくれるならともかく、男の方はいらねえな。俺には男色の趣味なんざないし、男と楽しくおしゃべりする趣味なんてペペペのペッてやつだ。
ちらり、横目でお譲ちゃんの体を舐め見てみる。うっほほ、やっぱいい体してるじゃねぇか。滾るねぇ、滾っちまうねぇおい。
じーっと俺を見つめ返してくるが、こいつ、どうやらさっきまでいた子でもなければ俺を殴りつけた子でもないようだな。前者なら大丈夫ですかぁ〜と話しかけてくるだろうし、後者なら問答無用で殴りかかるか謝るかするだろう。ふむ、我ながら名推理。
とすると、消去法でいえば残りの子、つまり一番上の子だな、多分。
へっへ、あんたの妹さんが悪いんだぜ、俺を殴りつけたりするんだからな。ま、俺は気が短いほうじゃないからな、乳を揉む程度で許してやるゼ、ケケケ。
どうやって切り出して、鷲づかみにしてやるかな、んっんー。
「あぁ、チビのおっさん、元気ぃ? 悪かったねーうちのデメテアが手ぇ出しちゃってさぁ。あの子は姉さんの事となったら人の声なんか無視しちゃって勝手に行動しちゃうんだよねー。ケド、ま、死んでないようで何よりだぁね、うん」
「……は?」
俺は多分、ずいぶんと間抜けな顔をしていることだろう。ためしに『オペル』の『眼』に接続してみると、ほれ見たことか、ポカンと間抜けズラを晒してる。
人間錯乱すると時折妙に冷静に分析し始めるというが、どうやら今の俺がそれらしい。確か賢者状態とか言うらしいんだが、まぁ名称なんてどうでもいいか。
「あーあー驚いた? そりゃあそうだよね、ここまでそっくりな姉妹は流石にいないもんね」
「なんだ、あの時あの部屋にいた娘とは別の子かよ。はぁー……期待させるんじゃねぇよ。それと人の事チビとか言うな小娘の癖に」
「あぁ、それはごめんねチビでハゲで小太りで、オマケに外見からじゃとっても鈍足にしか見えない世界最速さん」
こいつ、絶対わざと言ってるだろ。まあ別に事実だしぃ、言われなれてるしぃ、ついでに酒癖悪いって特徴付けた状態で振られてばかりだしぃ、ほんとよく言われなれてるしぃ。
……悲しくなんかないやい。チビデブハゲの何処が悪い、こんな隣にたってやがる間抜け顔の青二才の方が何でもてやがるんだエェ!?
俺は出来うる限りの眼力を込めて睨みつけてやる。軍人にゃとても見えないひよっこ坊主、どうしていいのか判らないようでキョロキョロとしてやがる。
まったく、どうしてこういう奴の方がもてやがるんだ? 母性本能が刺激されるってやつか?
いいじゃねえか親父でも。最近の小娘はダンディズムってやつを理解していないな、まったく!
完全な八つ当たりなのは俺も判ってるけど止めてやらんない。さっきからずっとムカつくことばかりだったからな、思う存分八つ当たりしてやるぜ。
しかしこいつ、とことん軍人らしくないな。まるで新兵かそこらじゃねぇのかオイ。
背後からごめんねー、などとさっきの小娘がつぶやき、同時に足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
やれ、やれ。可哀想にな坊主、どうやら俺のことを無理矢理お前に押し付けたようだぜ。コレだから女っていうのはタチが悪いんだよな。男を騙すのが日常茶飯事、ケッ。
「え、えと……ベイリさん、でしたっけ? あの、暴力を振るわれたり暴言を吐かれたりでお怒りなのは判りますけど、あの、彼女たちの事は許してあげてくれませんか? 僕からも謝罪しますので、できればお怒りを静めてくださっては、くれませんか……?」
「……ずいぶんと腰が低いな、あんた。新人か?」
「え、えぇ、まだ隊長職に就任してからは半年ほどしか経過してません。けど、その……それが何か?」
なるほどな、こいつ多分軍に入ってすぐ実力だけで引き上げられただけの、文字通りの新人でしかないんだな。ほんと、ガキンチョか。この様子じゃきっと、自分よりも軍歴の長い周りの連中に命令出すのにも一苦労なんだろうな。
……こんな若造に怒鳴り散らすのも可哀想だな。ふっと一息吐き出して、両手をあげて許しのポーズをとってやる。
きっと俺がアドニスに操られているように、こいつも周りから面倒ごとを押し付けられてそうだしな。そういった親近感もあることだし、八つ当たりもよしてやるか。
俺が機嫌を直したからか、真っ青だった顔も幾分血行がよくなったようだ。
やれやれ、わるかったよ、兄弟。同じく周りの連中に翻弄される同士だ、俺も大人だしここは引いてやるさ。
「悪いんだが――」
「な、なんですか!?」
「いや、そんなにビクつく必要性はないよ、アンちゃん。ただちいっとな、アドニスのクソッタレから新しい仕事を依頼されちまってな……とりあえず外に出て『オペル』のために要らない廃品を食わせてやりたいんだが、どっちいけばいい?」
「でしたら、僕がご案内しますよ」
やれやれ、生真面目なガキンチョだな。俺なんかのような上司でもない男に、わざわざ隊長自らが受け持つなんてな。
いや、それも仕方のない話か。年上にして熟練の部下たちに、新人上がりのコイツじゃ雑用を押し付けるのも難しいか。
大変だなぁ青年。俺もアドニスの野郎で苦労してるけど、お前も結構きつそうだな。ほんと、同情しちまうよ。
案内してもらってる途中、道すがらにさっきの娘の事を尋ねてみたんだが、あの娘等は二十四人の姉妹とか言うんで驚きだ。おいおい何だよ二十四って、野生の動物じゃねえんだぞおい。
その中でも俺を殴った奴がデメテア、俺の治療をした奴がテティス、んでもってさっきチビハゲいってきたやつがアトロスというらしい。もっとも、この新人君――ツァラというらしい――には末っ子二人を除いて見分けが付かないらしいがな。
ま、アレだけそっくりだと確かにそうだよな。そりゃあ仕方ない。
何でも名前を間違えて話しかけると、娘によっちゃ往復ビンタが待っているらしい。やれやれ、俺様名前も間違えてないのに殴られたのかよ、ちぇっ。
とまあそんな話を俺は冗談交じり、こいつは至極真面目に話しているんだが、なぁ。
「なぁおい、お前」
「はい? えと、自分が何か気に触ることでもしましたか?」
「いや、そういうんじゃねえんだけどよ、お前。……なんつーか、あれだな、軍人ぽくないのな、お前」
そうなんだよな。
こいつは、俺が大嫌いなえばり散らしてばかりの軍人らしさが、ちっとも感じられないんだよなぁ。
やっぱあれか、肩身が狭いからこんな性格に矯正されちまったのかね?
「軍人らしく……ないですかね」
「ああ、全然な。軍人っつーのはもっと偉そうで、高慢で、自信過剰で、敬語なんざ上司くらいにしかつかわねー厚顔な野郎だよ。それに対してお前さんはなんつーか、甘いな。大甘。ダメだぜお前、折角偉い立場にあるんだから偉そうにしてないと、もったいないぜ?
ま、気持ちはわかるけどな。俺も軍人に囲まれた事は何度もあるが、俺等みたいな従軍経験のないやつ等がそこに放り込まれると、居心地悪いしな。しかもお前さんの場合、そいつらの過半数が部下だもんな。萎えちまっても仕方はねぇよ」
ありゃ、俺は一体何を口走ってやがるンだか。ガキを目の前にお説教か、それとも人生相談かぁ?
は、は、は。どうやら怒ったりそれを押えたりの繰り返しで感情が暴走してやがるんだな、へ、へ、へ。
通りでこんな、自分より惨めそうなガキンチョ目の前に、優越感に浸るために助言してやがるンだな、ケケケ。
ぺらぺらとよくしゃべりやがるな、俺。何だよ、偉そうになるためには辛くても部下には偉そうにしろって、何さ。敬語なんざドブに捨てて罵詈雑言でも引っ張り出してこいって、何の冗談だ、あぁ?
従わない奴には鉄拳制裁くらい一度はやってみろって、何時の戦争時代の話だ。同僚よりも手柄をたてて箔をつけろって、こんなガキに何を進めてるんだ俺は。
は、は、は。茶番にもほどがあるな。可笑しくて涙が出てきそうだぜ。
けど、俺の口は勝手に喋りまくる。
「――お前は、俺とは違ってちゃんと立場を抱えちまったんだろ? それが辛いならいつでも逃げ出していいだろうよ。ケドお前は逃げ出すつもりはないんだろ? だったら、がんばりな。偉そうにしてお前よりも偉そうにしているやつ等を叩きのめしてやりな、思いっきりな!」
とんだ茶番だ、ヨシャバテ!
――続く。