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笑う。彼女の顔。辛そうに。痛そうに。
 守る。守りたい。助けたい。その痛みを。悲しみを。その理由は。どうしてそんなに。

 ――何か、辛い夢を見た。

 どうしてそんな顔をしている。わからない。嬉しいのでは。生き残れたのに。
 オイルがまるで血液みたいに。そんなにボロボロになって。お前は悪くない。生き残るための戦いに理由など。

 ――内容はおぼろで細かくはわからないけれど。

 理由なんて。ない。お前のそばに。いることに。理由なんて。
 言い訳をするな。不言実行。ただ進めば。邪魔者はなぎ倒す。それしか生き残る道はない。

 ――それは確かに辛い夢だった。

 緑。一面の草原。青い空。輝く太陽。
 それらが全てセピアになって。灰色に色褪せて。白から黒へ。世界が染まる。

 ――アルバートには、はっきりとわかる。

 振り返るな。行くな。足よ、止まれ。止まってくれ。
 ああ、振り返るな。見るんじゃない。行くんじゃない。

 ――何故なら、彼は涙を流していたのだから。

 銃声が。響いて。
 さよなら。さよなら。さようなら。



 ごめんなさい。隊長。



「――なンだってんだ、畜生」
 意識の覚醒は突然だった。同時に胸が締め付けるような感覚を味わった。
 天井を見上げたまま、アルバートは――クソッと小さく舌を打つ。
 乱暴に目をこすると、粒となった涙が散った。
(夢――夢、か。あの戦いで思い出しちまったのかな)
 信念を打ちたて戦い続ける戦士たち。そう言う意味では、デシセントのテロリストもかつての自分も同じだった。そして、迎えた結末も――。
(馬鹿め。馬鹿野郎め。いつまでも引きずってんじゃねぇよ)
 掛け布団を取り払って大きく伸びをする。
 一つ、二つと深呼吸。
「うし。今日も元気!」
 叫び、一挙動でベッドから跳ね起きると――。
 そこにメイドがいた。
「……は?」
 メイドは何故か床に正座し、ベッドの上のアルバートを見上げている。人形のように綺麗だが、人形のように無表情な顔。エアコンに揺れる青色のポニーテイル。
「……カナタさん?」
 何故か敬称つきで呼んでしまう。
「はい、隊長」
 返答を返し、メイド――カナタは三つ指をついて深々と頭を下げた。
「おはようございます」
「ああ、これはご丁寧にどうも」
 つられてアルバートも頭を下げて。
 自分がトランクス一丁の姿であることに気づいた。
「……で、これはいったいどういうこと?」
 さりげなく毛布を引き寄せながら、アルバートは冷静を心がけて聞く。
 カナタは少し首を傾げて、
「隊長殿はカナタの上官殿でありオーナーでもあります」
「……あー、そんな設定もあったね」
「そのような立場にあるカナタは、隊長殿のお世話をするべきと存じます」
 じっと見上げられて、アルバートは何となく目を逸らした。
 感情の籠っていない、ガラスのような瞳に気まずさを覚えたわけではない。ただ、全てを映し、跳ね返すのその瞳に、自分の間の抜けた姿を見るのが嫌だった。
「ご迷惑でありますか?」
 目を逸らしたことを否定の意思表示と受け取ったらしく、カナタはやや首を傾げて尋ねてきた。
「あ、いや。そんなことないよ。嬉しいんだけどさ……そもそもなんでそんな恰好をしてるんだ」
「カナタには似合っていませんでしょうか」
「いや、似合ってるよ。正直可愛い。すごくいいと思う、けど」
「ありがとうございます」
 メイドは顔を俯けた。伏せった顔に何か表情が見え隠れしている。
(……もしかして、照れてる?)
 顔を近づけて確認しようとすると、不意にカナタが顔を上げた。
「カナタはお手伝いします」
「へっ? 何を?」
「差し当たっては隊長殿のお着替えを手伝うであります」
 言いつつ、カナタはアルバートが女々しく纏ったシーツに手をかけた。
「え、あの、ちょっと待った!」
 容赦なく剥がそうとするカナタにアルバートは全力で抵抗する。
「何か問題でもありましょうか」
「問題はたくさんある! あるが、とりあえず――なんて言うか、男の生理現象的なものを理解していただきたい!」
「?」
 カナタは良く理解できていないようだった。
 が、しかし。オーナーの命令権限が聞いたのか、それとも思考が逸れて力が抜けたのか。シーツを掴んでいた手から力が抜ける。
「……あら?」
 力任せに引っ張っていたアルバートは、間抜けな言葉と共にベッドの上に引っくり返った。その拍子に、背後にあった壁に後頭部をぶつけてしまう。
「いってぇ……」
 仰向けに伸びたまま頭をさすっていると、
「申し訳ありません。大丈夫でありますか」
 突然頭上に気配が生まれる。見上げると、カナタがベッドの半ばに手をかけ、上半身を乗り出していた。ちょうどアルバートに圧し掛かるような格好である。
「あー。その、大丈夫、だと思うけど」
 しどろもどろになってしまったのが我ながら情けない。
 そんな隊長の心をいざ知らず、カナタはゆっくりと手を伸ばしてきた。バンダナの巻かれていないアルバートの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「カナタちゃん? 君は何をやってるのかな?」
「こうすると痛みが取れると学んだ記憶があります」
「……そっかー」
 無表情に頭を撫でまわすメイドの姿。傍から見れば異様な姿だろうが、正直なところ悪い気分ではない。
(……しかしまあ、他人に見られたら面倒だな。特にエルミナとか来たら厄介そうだ)
「カナタちゃん。もう痛みは消えたから、そこらで――」 
 と、そこまで言いかけたところで。
 ドガンと派手な音を立てて扉が開かれた。
「カナタちゃんッ! 大丈夫!? 変なことされてないッ!?」
 入口に立って叫ぶのはエルミナである。
 彼女はまずカナタの姿にホッとした顔を見せ、次にカナタの格好に目を丸くし、最後に全裸一歩手前の隊長殿の姿を見た。
 あまつさえ二人はベッドの上。見ようによっては絡み合うようにも見える姿勢。
「……おい。お前まさか、また変な誤解を」
 カナタを押しのけ、アルバートは慌てて立ち上がる。
 しかし。時はすでに遅く。
「隊長の――バカヤロォォォォッ!」
 一歩で距離を詰め、前蹴りを水月に。身体がくの字に曲がったところに右のアッパーカット。崩れ落ちるそこへ駄目押しの肘鉄。
 流れるような三連撃の前に、成す術もない。
(……俺が何をしたって言うんだ)
 無表情に状況を眺めているカナタの前で、アルバートは二度目の眠りへと強制的に入っていった。



カラクリオー外伝-Shooting Star-

第五話 黒き英雄と誓いの丘(前編)




 カナタに余計なことを仕込んだ犯人はすぐにわかった。
 ――そう、すぐにわかったのだが。
 顔面を大いに変形させているラッシュ少尉の顔を見ると、アルバートは同情が先に沸いてしまい、怒る気力も失せてしまったのだった。
「ラッシュ。もうあれこれ言う気はないんだけども」
「ふぁい……」
 帰ってくる言葉すら弱々しい。食堂のテーブル突っ伏した格好のまま、かろうじて視線だけこちらに向けている。
「まあいいや。おい、今日はちゃんと飯食っとけよ。今日シミュレーション訓練あるからな」
「……頑張ります」
 と言うが、テーブルから動く気配もない。
 一つ溜め息を吐くと、アルバートはラッシュの手から食券を取ってカウンターへと向かった。
 ややして。
 二人分の朝食をアルバートが持ってくる頃には、ラッシュも一応の回復を見せていた。素直に盆を受け取ると、ちまちまとパンを千切っては食べている。スープに手をつけないでいるのは口の中が切れているからに違いない。
「――ったく。どっからああいうものを持ってくるんだ、お前は」
 スープをすすりながら聞くと、ラッシュはパンを千切る手を止めた。
「隊長。まずは誤解のないように言っておきますけど。僕、普段からああいうものを持ち歩いているわけではありませんよ。そんな特殊な性癖は持ち合わせていませんから。そこのところは是非とも取り違えないでいただきたいッ」
「…………」
「あ、熱ッ! スープをかけないでくださいよ! 熱いですってば!」
「すまんね。ちょっとイラッとした」
 顔は笑っているが目は笑っていなかった。ラッシュは顔を拭きながら目をそらす。
「やー、その、ですね? 隊長、カナタさんを掃除係に任命したじゃないですか」
「任命ってのは大袈裟だな。単にローテーションに組み込んだだけだろ」
 人手が少ない第三〇五辺境警備隊では、掃除や洗濯などを各員で分担して行っている。この掟は隊長であるアルバートですら例外でなく、彼は今週一週間、食堂の食前準備を手伝う当番になっていた。
「まあ、そうなんですけど。一昨日、カナタさんが掃除してたんですよ。あの人、すごい綺麗に掃除なさるんですよね。廊下とかピカピカじゃないですか。プロ級ですよ」
「ああ、まあ、確かに。経験はあるって言ってたな」
「てきぱきと掃除をするその姿を見て僕は思い浮かべたんですよ。カナタさんがメイド服を着て掃除をしていたらどうだろう。エルミナさんでは何かこう、胸的なものが足りない。ミラさんは筋骨的に問題外。双子は似合いそうだけど僕にはそういう趣味はない。でも、あのカナタさんなら――あの無表情な感じで黙々とお掃除するんですよ。メイド姿で。ありだッ! 大ありだッ! そうは思いませんか隊長!」
「とりあえず台詞が長い」
「熱ゥッ!? だからスープかけないでくださいよ! スプーンはそういうことに使うものじゃない! お母さんとのお約束ッ!」
「誰がお母さんだ。ったく、しょうがねーだろ。お前があまりにもくだらないこと言うからだ」
 スープをかき混ぜながらそう言うと、ラッシュは憤慨した様子で立ち上がった。
「くだらないですって!? そんなことはありませんッ! カナタさんのメイド姿はねぇ、ロッキー君やジェランド君も大絶賛だったんです! 特に、あのジェランド君が萌えーッ! なんて叫ぶなんて! あの気難しく、趣味がニッチであることに誇りすら持ってるジェランド君が!」
「あっはっはっはっはっ」
「やめてください! その空虚な笑いやめて! なんかこう、わからないけど無理にわかったよーな顔されるのがオタクは一番傷つく! やるせない!」
「あーもう、うるせーうるせー。とにかく本人の意向無視してアホな格好させるの止めろ。ただでさえウチの部隊は変人の集まりだと思われてるんだから」
 そう言うアルバートからして、軍服も着ないで作業着姿、その上バンダナを巻いているのだから無理もないところではあるのだが。
 ラッシュは不満げな顔つきで席に着いた後、ついと視線を上げた。
「まあいいとしましょう。いいとしますよ。しかし、一つだけ。これだけは聞いておきたいです」
「あん?」
「正直ベースで答えてください。……カナタさんのメイド姿、どうでした?」
「…………」
 ほどよく沈黙を保った後。
「まあ、グッジョブと言わざるを得んな」
「やっぱり! 隊長ならわかってくれると思ってた!」
「待て! やっぱりってなんだ! 俺はフツーにそう思っただけだからな。お前みたいに変な視点からは見てなくて、フツーに良いと思っただけだからな!」
「いやいいんですよ。いいんです。最初はそう仰りたくなるものですから」
「クッ……なぜ急に上から目線に。重ね重ね腹立たしい奴だ」
 と、そのようなやり取りをしていると、食堂の入口からどよめきが上がった。
 見ると、軍服に身を包んだエルミナと相変わらずのメイド姿のカナタがそこにいる。エルミナは周囲の視線を気にしながら、カナタの手を引いてアルバートたちの側へやってきた。
「隊長。それにラッシュくん」
『…………』
「……なんでそんなに距離を取るんですか、二人とも」
 眉間にしわを寄せてエルミナが言う。明らかに不機嫌な声である。
「あんな見事な三連撃実現しといて今更そんなこと言いますか」
「僕なんてマウント取られたあげくに左右のストレート連打が……」
「最近格闘技のマンガにハマってるんですよー」
 にこやかにそう言ってシャドーボクシングをしてみせるエルミナを、男二人は鬼を見るかのような目で眺めていた。
「って、そうじゃなくて! うんと、えっと、隊長に関しては多少誤解があったって認めます!」
「僕に対してはフォローなしですか」
「なんでフォローしなくちゃいけないんですか。ラッシュ君に対しては正当かつ正確な判断です」
 エルミナはこの上なく真顔で返した。
「あー……まあいいんだけどね。なんか用事あったんじゃないの?」
 それなりにショックだったらしく、テーブルに突っ伏しているラッシュの姿を横目で見ながら、アルバートは尋ねた。
「あ、そうでした。隊長! カナタちゃんにこの服をやめるように言ってあげてくださいよー」
 そう言うエルミナの横でメイド姿のカナタは大人しく控えている。
「……なんで俺の後押しが必要なんだよ。自分で言えばいいだろうが」
「それが、カナタちゃんが隊長の許可なしに服装を変えることはできないって」
「んー?」
 アルバートが視線を向けると、カナタは小さな口を開いた。
「隊長殿はこの恰好がカナタに似合っていると仰ってくださいました」
「ああ、うん。言ったなぁ」
「似合っているのならばカナタはこの恰好のままにあるべきと存じます」
「素晴らしい! カナタさん、君は素晴らしい! 君は僕らの希望だ!」
「ちょっと! 寄らないの!」
 あっさり復活して詰め寄ろうとするラッシュを、エルミナが拳で牽制する。
「もうっ、ラッシュ君は黙っててください! ――ね、隊長? さっきからカナタちゃん、ずっとこの調子で。隊長のほうからも言ってあげてください」
「……うーん」
 アルバートはカナタの顔をしげしげと眺めた。
 いつもの無表情。人形のような顔立ち。しかし、そこに何かしらの違和感を感じる。テロリストたちとの戦いの前とは何かが違うように思えるのだ。
「なあ、カナタちゃん。そのメイド服についてどう思う?」
「機能的な服であると考えます。小道具を入れるためのポケットやエプロンなど、家事をする上であると役立つものがたくさん詰め込まれています」
「そう、その通りです! メイド服は機能的であるからこそ古来より伝わってきたのです! 機能的でないデザイン重視のメイド服など邪道なんですよッ!」
 アルバートの後ろから(エルミナの攻撃を警戒しているらしい)、拳を握り締めてラッシュが力説する。
「おい。いちいち入ってくんなよ、お前は。だいたいお前、その邪道のデザインが蔓延してるメイドの店に良く行ってるじゃねーか」
「あれは家事をするメイドさんじゃなくて人の心を癒すためのメイドさんの服ですからっ!」
「……はいはいそうですか」
 朝っぱらから立て続けに物事が起こったせいでだんだんと疲れてきた。
 アルバートはカナタのほうへと向き直ると、無表情にこちらを見上げている瞳を覗き込む。
 ガラスのような瞳に自分の顔が映る。何故だか――今日は、妙にそれが気になってしまう。
「なあ、カナタ」
 声をかけ、アルバートは余計な思考を打ち消した。
「その服、俺は似合ってると思うけど。お前が嫌なら着なくていいぞ」
「左様ですか」
 と答えながらも、カナタは首を傾げる。何かを考えていると言うより、受け応えをする時の彼女の癖のようだ。
「そう。嫌なら着なくていい。でも逆に、お前が気に入ってるならそのまま着ていればいい。なあ、どうだ? 着ていたいか、それとも着たくないか? 自分で選んでみ」
 言われると、カナタの瞳がわずかに揺れた。
 何か迷いを感じているようだ。無表情がわずかに揺らぐ。何かを――必死に考えているように見える。
(――ように見える、だって? 何も考えてない人間なんているはずないのに)
 今日はやけに胸の内がざわついている。顔に出ない程度に心が揺れている。外見上は普段となんら変わらない。陽気でお馬鹿な第三〇五辺境警備隊長に見えているはずだ。
 ――カナタの何かを押し殺したような無表情。対する自分はどうだ? たぶん口元に笑みを浮かべている。少し目を細めて。学ぼうとする子供を前にした親のような顔で、カナタを見下ろしているはず。
(それがどれほど違う)
 感情を表に出さない。出せない。その点で、目の前の少女と、自分とは――。
 何も変わらないのではないか?
「隊長。カナタが選ぶのですね」
「――あ、ああ」
 思考が言動に影響を及ぼしたものか、アルバートの返答が少し遅れた。エルミナがチラと顔を窺ってくる。アルバートは気づかないふりをする。
「どう思った?」
「――カナタはこのままで良いと思います」
 そう言って、カナタは何故かぺこりと頭を下げた。
 そして、顔をあげて、また首を傾げてみせた。
「これは――カナタが、このままでいたいと、望んだことになるのでしょうか」
「どうだろうね」
 わざと答えをはぐらかすような素振りで。いたずらそうに笑みを浮かべながら。
 実のところ、回答するほどの余裕がないだけだった自分をそうやって誤魔化して、アルバートはエルミナのほうへと視線を向けた。
「だってさ、エルミナ。カナタちゃんはメイドさん続行ってことで」
「むむう。カナタちゃんがそう言うなら仕方ないかなぁ」
 エルミナはそう言いつつも、少し嬉しそうだった。
 カナタが自分の意思(のようなもの、と言ったほうが正確かもしれないが)で物事を選択してくれたことが、姉代わりを自認する身としては嬉しいのだ。
「やったー! カナタさん、ありがとう! 選んでくれてありがとう!」
 しかし、一番喜んでいたのはこの男であろう。
「ラッシュ殿は嬉しいのでありますか?」
「もっちろん! やー、ホント嬉しいよ。久々に僕の一眼レフカメラが唸るぜ! それじゃあ早速掃除してみようか!」
「待ちなさいラッシュ君! カメラとか怪しいこと言い出して」
「日常風景がいいかな! 雑巾がけとか? 高いところの埃をハタキで取ってるのもいいなあ!」
「だいたいカナタちゃんの掃除当番はもう終わったし、これからは別のことだからメイド姿のままでいる必要もないし」
「ああワクワクしてきた! こんなにわくわくしたのは初めてメイド喫茶行った時以来だよ! いやもう最高! 流星の下で撮るのもありかな! あのちょっと不気味な機体とカナタさんのクールな印象が意外と合うかもしんない!」
「だいたいポーズとらせようとか何だかあざといし、変なポーズ要求したりとかしたら絶対に許さないし、それに」
「……おーい、エルミナ。完全に突っ込みのタイミングがずれてるぞ」
「ああ、うう、もー! ラッシュ君の馬鹿! 変態ッ! キンピラッッ!」
「キンピラ!?」
 騒々しいやり取りにどんどんと人が集まってくる。実のところ、このようなやり取りは今日に始まったことではなく、半分この『招雷』では名物のようになっている。
(やれやれ。なんだかな……)
 カナタを挟んでなおも噛み合わない言い合いを続ける二人に、アルバートは頭を掻いた。
 なんだか――気が抜けてしまったようだ。
『――アルバート中尉。ダロウズ艦長がお呼びです。至急作戦室までお越しください』
「おっと、呼び出しか」
 そう言えば、とアルバートは思い出す。今日は朝からミーティングをすると、ダロウズ艦長と約束をしていたのだ。
「やべ、忘れてた。ちょっくら行ってくるわ。エルミナ、俺が帰ってきたら朝のミーティングやるから、他の連中をいつもの部屋に集めておいてくれ」
「あ、はい。わかりました」
 何がどうなったのか、ラッシュの右腕を後ろ手に捻りあげながら、エルミナはケロッとした顔で答えた。
「……ま、ほどほどにな。それじゃまた」
 なんだか助けを呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにして、アルバートは食堂を後にした。



 ――惑星デシセントを出発して五日が過ぎている。
 アルバートたち第三〇五辺境警備隊は、その乗機ごと駆逐艦『招雷』に乗り、最寄りのゲート機構がある第〇三八宙域を目指していた。
 本来ならば輸送業務に駆逐艦が駆り出されることはない。輸送を専門とする輸送艦によってアルバートたちは地球まで運ばれるはずだった。
 しかし、輸送艦の手配に不備があったとかで、急遽、輸送能力も備えた駆逐艦『招雷』が任務に当たることになったのである。
「――とまあ、表向きはそんなところだが」
 作戦室の中央に備え付けられたテーブルに足を乗せ、非常にリラックスした姿勢で、ダロウズ艦長は白い煙を吐き出した。
「実際のところは厄介払いってことだろう」
「……艦長、今のあんたを見たら部下が腰抜かしちゃうぜ」
 アルバートは苦笑しながらコーヒーを口に含んだ。
「……普段は寡黙で立派な艦長をやってるんだ。お前と二人の時にはこれくらい構わんだろう」
「いいけどさ」
 アルバートは付き合いの長い艦長の顔を何気なく眺めた。
 しわの数は彼が出会った時に比べてかなり増えたように思える。出会った時――とはすなわち、アルバートがまだ技術士官として働いていた頃だ。
 ――もう八年近く前になるのか。そりゃあしわの数も増えるな、と、彼は一人で勝手に納得した。
「実際のところ、輸送艦の手配なんてものはどうとでもなる。アムステラの威光をかざせば、商用の大型輸送船くらいならいつでも徴用できるだろうさ。それこそ、あのテロリストたちがそうしたように」
「強奪しちゃまずいだろ」
「似たようなもんさ。言葉を上品にしただけだ」
 艦長は肩をすくめ、灰皿に短くなった煙草の灰を落とした。
 母国たるアムステラに対して平然と否定的な言葉を述べるダロウズ艦長は、アムステラ人ではあるが、アムステラの生まれではないという特殊な経歴がある。
 彼が生まれた星は、彼が生まれた当初はまだアムステラの属領ではなかったのだ。だが、彼が子供の頃に全面降伏を受け入れ、母性の名はアムステラの名を冠するようになった。
 その経歴故か、時折思い出したように、ダロウズはアムステラを誹謗する。功績と勲章の数では同時代の誰よりも優れていながら、未だに一駆逐艦の艦長をしているのは、そのような振る舞いが目立つからだろう。
「まあ、いい。本題に入ろうか。と言っても大した用事じゃないんだが」
 艦長は灰皿に煙草を押しつけて火を消すと、懐から次の一本を取り出した。
「……艦長、一か月前くらいにそろそろ煙草止めるとか言ってなかったっけ?」
「ヘビースモーカーの禁煙宣言を真に受けるなよ」
「……ホント、今の艦長を皆に見せてやりたいね」
「で、だ。お前が指定した進路についての確認だが」
 テーブルから足をどけると、艦長は机に置いてあったリモコンを操作して、作戦室に備え付けのモニターに航宙図を表示した。
「今のところは予定通りの進路で進んでいる。特に大きな問題は起こっていない」
「そいつは結構なことで」
「聞こうと思ったのは第〇三八宙域に着いてからのことだ。と言うか、もう差し掛かっているのだがな。当初の予定では惑星オルタロウスに寄港して欲しいとなっているが?」
「それについては変更はないよ」
 航宙図を見上げながらアルバートは頷いた。
「ふむ。こちらとしては特に補給の問題はないが。そちらで用事があると言うことか?」
「うん、ちょっとね。知り合いと会うことになってるんだ」
 アルバートの台詞は素っ気ない。
「そうか。それなら良い」
 ダロウズ艦長は特に追求をしようとしなかった。それは、艦長がアルバートと八年来の付き合いだと言うことと無関係ではない。
 過去――二人が出会ったのが、惑星オルタロウスだったのである。
「早いものだな。お前と出会って八年――あの戦いから四年も経つのか」
「そうだね」
 束の間、沈黙が漂った。
「……話が逸れたな。では、予定通りオルタロウスに寄港するとしよう。到着は――」
 艦長はモニターを操作して予定表を呼び出した。
「手続きがスムーズに進めば、本日の一四〇〇には着く。オルタロウスに一泊し、出港は明日の午後。それからゲートを使用し、休みは入れず地球圏まで飛ぶ。上が指定してきた期日にはぎりぎりで間に合いそうだな」
「艦長たちは俺らを送り届けたらまた戻るのかい?」
「さてな、そんな話は聞いていない。この艦は一応大気圏突入機能もついている。地球まで一緒かもしれん」
「地球――か」
 アルバートは腕を組み、なんとなく天井を見上げた。
 地球――現在進行形でアムステラ帝国の侵攻を受けている星の一つ。豊富な資源と良質な環境を持ち、それほどに大きな星でないながらアムステラ本星に匹敵するほどの人間が住んでいる場所らしい。
 その文明レベルはアムステラに遠く及ばない。なにせ、彼らはまだ航宙技術すら完全に確立していないようなのだ。となればすぐにでも占領できそうなものだが、宣戦布告から二年以上経過する現在に至っても侵攻計画は遅々として進んでいないという。
「不思議な惑星だな。何故侵攻が遅れているのか、知っているか」
 アルバートの内面をくみ取り、艦長はそう言った。視線を天井から戻すと、アルバートは軽く肩をすくめる。
「さて、ね。辺境の外宇宙じゃ無責任な噂レベルの情報しか手に入らないから」
「それでもいい。お前が思うところを聞きたい」
「……さっき艦長も言ったろ? 不思議な惑星だよ、地球ってのは。そうとしか言いようがない」
 アルバートは椅子に深く掛け直し、再び天井を見上げた。
「二年くらい前にアムステラは地球という国に侵攻することに決めた。まあ、侵攻っつーか……一応、布教活動の一環なんだっけ?」
「そこらがあいまいなことは今に始まったことじゃない」
「そうだな。まあ、そういうわけで――二年以上、俺たちはまだ航宙技術すら固まっていない星を相手に戦争してるってわけさ。けど、その戦略は遅々として予定の半分もクリアできていないらしい。それどころか、地球側から手痛い反撃を受けているそうだ」
「地球には強力な兵器があったと聞くが」
 煙を吐き出しながら艦長が問う。
「あった――ってのは正確じゃないみたいだね。俺たちの存在が刺激となって、急速に技術が進化したんだ。もともと基盤はあったんだろうけど」
「……それにしても異常だな」
「ああ」
 アルバートと艦長は束の間、視線を絡ませる。
 彼ら二人は幾度か死線をくぐってきた仲だ。辺境警備隊に従事する傍ら、侵攻部隊の一つとして活動したこともあった。そんな二人の実感として、技術力の差と言うのはこれ以上ないほどの決定的なものに感じられる。
 辺境の未開惑星は、稀有な例を除いてほぼアムステラよりも文明レベルが劣っている。戦闘機や戦車など――文明の発達の方向性はさほど変わらないが、操兵のような人型兵器を作って運用している星などほとんどない。
 そんな未開の星を制圧するにあたって、アムステラは容赦をしない。必要と思われるだけの兵力に確実と思われる分を上乗せして、劣ったその文明ごと叩き壊す。そして、アムステラ神教を中心とした支配体制を整え、やがてはアムステラ帝国の一部に吸収する。
 アルバートの記憶にある限り、アムステラがその征服において最も時間を要した例は、惑星イオナ――アムステラと同等の文明を誇っていた一大惑星連合の盟主星――の二十一年である。その他、友好的な征服を進めるため下準備に時間をかけた例はあれど、軍事行動が起こってからの征服までの所要時間平均としては五年程度になるだろう。
 それから考えると、地球にかけたこの二年という時間はまだ長いものであるとは言い難い。しかし、動かした軍の規模と戦線投入した兵力――そして受けた被害を考え併せると、地球は惑星イオナと同程度か、もしくはそれ以上の力を秘めているのではないかと疑わせるに十分なのである。
「敵の主力はスーパーロボットと呼ばれる人型兵器らしいね」
 テーブルに肘を吐きながら、アルバートは最近仕入れた知識を披露した。
「地上運用が基本の機体らしいけど。かなり大型のものもあるらしいって噂だ」
「ずいぶんとストレートな名前だな。コンセプトは我々の操兵と同じものなのか?」
「うーん……最終的に目指すところは似ているかもしれないけれど。今のところは違うかな。こっちが量産機に重きを置いてるのに対し、向こうは量産性のないオンリーワンな機体が多いんだってさ。量産に向けて開発はしてるんだろうけどね、まだそこまでには至ってない感じなのかな。細かいところはよくわからないけどさ」
「ふむ」
「――なんてね。直接見たわけじゃないし、地球に関しちゃ機密事項も多いんだ。実状は行ってからじゃないとわからないだろうさ」
 頭の後ろで手を組み、アルバートはにへらっと笑ってみせた。
「不謹慎かもしれないけど、ちょっと楽しみなんだよな。スーパーロボット。いい響きじゃないか」
「その感覚、私にはよくわからんがな。まあ、地球まであと十と数日……到着すればわかることか」
「そういうこと。んじゃ、俺はそろそろ行くよ」
 アルバートが立ち上がると、ダロウズ艦長も煙草を揉み消して立ち上がった。
「長々と話し込んですまなかったな」
「いいっていいって。それじゃ、今日も一日頑張りましょうってことで」
 軽い口調でそう言いながら、アルバートは作戦室を後にした。



 そんなやり取りがあって、数時間後。
 標準時刻一三〇〇。駆逐艦『招雷』は所定の手続きを済ませ、予定よりも早く惑星オルタロウスの軍港にドックした。
「……で、隊長。こんなところに連れてきて何をしようってんだい」
 オルタロウス第一基地。惑星オルタロウス征服の足掛かりとなった、最も古い歴史を持つ基地の一角。
 シミュレーション戦闘訓練室に連れられてきたミラは、そう言って口を尖らせた。
「もちろん訓練だ。『招雷』艦内の施設じゃ本格的な訓練はできないからな。宇宙勤務になってからは重力下での戦闘訓練、しばらくやってなかったろ?」
「明日の出発まで自由時間だと思ってたのになぁ」
「ぼやくなよ、ラッシュ。この街じゃまだ今日は始まったばかりなんだ。ダラダラしてたら体内時計が狂っちまうぞ」
「どうせ明日には出港じゃないですか。そんなの理由になってないですよー」
「はいはい。いいからお前ら全員こっちにおいで。奥にあるシミュレーションルームを貸し切りで使わせてもらえるから」
 アルバートを先頭に、エルミナ、カナタ、ミラ、ラッシュ、それにアルカム・ウルカムの双子が続く。
「……ん? なんだ、あの人だかりは」
 アルバートたちが向かう先、第三シミュレーションルームへと続く扉の前に人だかりができていた。アムステラ軍服に身を包んだ若い兵士たち、それにオペレーターらしき女性の姿もちらほらとある。
「隊長。あれってなーに? ボクらのこと待ってるの?」
「そんなことはないと思うが。……あー、そういうことか」
 アルバートは一人で頷くと、ずかずかと人込みに割って入った。
「どいたどいた。これから訓練なんだ、邪魔しないでくれ」
「待ってください。あなたは先程中に入っていった方とお知り合いなのですか?」
 女性士官の一人が、さっさと中に入っていこうとしたアルバートを引きとめる。
「……んー、まあ」
 いつもならば愛想の良いアルバートだが、この時ばかりは面倒くさそうな顔をする。
 話しかけた途端にそんな顔をされれば大概の人間は気勢を削がれるだろうが、女性士官は逆にグッと身を乗り出した。
「一緒に中に入れてください! 確かめたいことがあるんです!」
「駄目だよ、これから訓練なんだから」
「そう言わずに入れてくださいよー。もしかして、中にいる方って……」
 別の方向からも声がかかる。アルバートは駄目駄目と手を振ると、後方で待機している隊員たちを手招いた。
「お前ら、中に入るぞ。さっさと動け」
「待ってくれ! 俺たちも中に!」
「駄目だって言ってんだろ! ああもう、うっとうしい! 業務妨害で訴えちまうぞ!」
 脅し文句もさほどの効果はないらしい。あっと言う間に人が寄ってきて、アルバートは人波に飲まれてもみくちゃにされてしまう。
 説得は諦め、どんどんと押し寄せてくる人々を掻き分けると、アルバートたちはなんとか扉を潜り抜けた。
「……一体何だってんだ! アイドルでも来てるって言うのか?」
 乱暴に鍵をかけながらミラが毒づいた。
「ああ、まあ……有名人ってことには変わりはないんだがね」
 アルバートはそう返すと、ぐるりと辺りを見回した。
 中央に巨大なドーム状のビジュアルモニターがある。シミュレーションの状況をここで確認できる仕様であるらしい。その周りにはところ狭しとモニターやら配線盤やらが置かれている。
 そのどれもが最新鋭の機器であり、『招雷』に備え付けられている訓練用シミュレータや、惑星デシセントで使用していた複数のプレイヤーによるシミュレータとは比べ物にならない精度で状況を再現できる。
 ただ――惜しむらくは、この部屋をセッティングした人間が『使えればそれでいい』という信念を持っていたことだろう。混雑した機器の配置は、どこに起動用の電源ボタンがあるのかすらもわからない。
「ま、このへんはおいおい何とかするとして。あいつはどこにいんのかな……」
 見たところ、人の姿らしきものはない。アルバートは機器の間をすり抜けて、ドーム状モニターの反対側へ回り込んでいった。
「……一体誰が来てるんでしょうね」
「さあね。隊長の知り合いだってんだから、とりあえずまともな人間じゃないだろうさ」
 ラッシュの言葉に、ミラは不機嫌そうに答えた。
「なんでそんなに不機嫌なんです?」
「ドアの前にいた連中。ああいう、キャッキャッしたの見てるとイライラしてくんだよ。アニメの話で盛り上がってるお前と同じくらいにうぜぇ!」
「わー。それは相当イライラしてるねぇ、ミラさん」
「鬼の形相してるもんねぇ」
「……いい加減に僕をオチに使うこの風潮をどうにかしたい!」
 などと常と変わらぬやり取りをしていると。
 ビジュアルモニターの向こうからアルバートと――もう一人、男の姿が現れた。
「ったく、良くこんなところで寝れるなぁ」
「お前がいつまでも待たせるからだろうが。こちとら貴重な休暇を削ってるっつーのによ」
 黒いタンクトップシャツに派手なベルトで留めた黒のパンツ。背の半ばまで延びた長い黒髪。
 まるで軍人に見えないその男は、眠そうに目をこすってから大きく伸びをした。
「あ……あああっ!?」
 ミラが素っ頓狂な声をあげ、そのままで固まった。日頃取り乱すことのない彼女としては珍しい。
「……どうかしたんですか、ミラさん?」
「あ、あれ……あの男ッ! ラッシュ、お前、知らないのか!?」
「知らないのかって、何がです」
「この馬鹿野郎!」
 ボカッと一発殴ってから、
「全員、せいれぇぇっつ!」
 大音響で叫ぶ。
「え? え? ど、どうしたんですかぁ?」
「エルミナ! さっさと最上位の敬礼だ! お前らも早くしろ!」
「なにさなにさーなんなのさー」
「僕たちこんなヒト知らないよ。敬礼なんてしたくないよー」
 ぶうぶうと文句を垂れる双子たちだが、直後に向けられたミラの視線を見て、慌てて押し黙った。
「……おい、アルバート。なんだ、これは」
 ずらりと並ばされた一同の前。まだ眠そうな顔をしたままで、上から下まで黒ずくめの男はアルバートに問いかける。
「いや、俺にも良くわからん。おい、ミラ。なんでお前そんなに張り切ってんの?」
「隊長ッ! そっちのお人は――ガミジン中尉ではッ!?」
「そうだけども」
「簡単に言うな! あっさり言うな! ちゃんとあんたも敬礼しろよ! 階級は一緒でもキャリアが全然違うだろが!」
 指を突きつけられた上、立て続けに捲し立てられて、アルバートは思わず一歩下がる。
「うおお、なんか物凄いダメ出しが来た」
「フッ。そこの女、面白いこと言うな。部下がああ言ってるぞ、アルバート中尉。敬礼したらどうだ」
 ニヤと口元に笑みを浮かべ、黒ずくめの男――ガミジンはアルバートに視線を移す。
「……勘弁してくれよ」
 アルバートは面倒くさそうに手を振ってみせると、ミラたちのほうへと顔を向けた。
「なし崩し的な紹介になっちまったけど。こちらはガミジン中尉だ。彼とはちょっとした知り合いでな。今日こっちにいるってんで、シミュレーション訓練に付き合ってもらおうと思ってる」
「ま、よろしく頼む」
 気さくな調子でガミジンは片手を上げる。略式でも敬礼をしなかったのは、自分がオフだと言うことを強調したかったからだろう。
(この人が……ガミジン中尉。アムステラ最強のパイロット……)
 エルミナはその精悍な顔をまじまじと見つめた。
 同時に思い出すのは、ガミジンが打ち立てた数々の偉業である。アムステラに流星の如く現れた若きエースパイロット。彼が数々の戦場で立てた戦功は、そのどれもが特A級のものであり、ある軍師は『ガミジンがいなかったならば、現在のアムステラ領土の二割はまだ敵軍勢のものだろう』という言葉を残している。
 それほどの功を立てながらも、ガミジンは未だに中尉という階級にいるに過ぎない。一説には、あまりに奔放な戦い方が上層部と合わず、昇進を見送られ続けていると言われている。
(でも――そんなふうには見えないな)
 アルバートと話すガミジンは、多少目つきこそ悪いものの、敵軍から悪鬼羅刹のように恐れられる人間には見えない。戦場ではまた違うのかもしれないが――エルミナにはきちんと良識を心得た人のように見えるのだ。
 不意にその黒い瞳が動いて、エルミナを捉えた。鋭い光の中に、何か魅力的な色をたたえた瞳だ。吸い込まれそうな気がして、エルミナは慌てて視線を逸らした。
「ガミジン中尉! お会いできて光栄です!」
 一歩進み出て、ミラが叫ぶようにして言った。手を後ろに回し、直立不動の姿勢である。アルバートの前ではこんなにビシッとした姿は見せたことがない。
「おう。名前は?」
「ミラ軍曹です!」
「ふん、ミラ、ね」
「ガミジン中尉に、一つ希望があります!」
 ミラは緊張の面持ちである。
「……ハッ。まさかミラさん! サイン! サインですか!? さっきまでキャーキャーうるさいヤツはムカツクとか何とか言っといて、結局自分はサインもらっちゃうんですかー!?」
「うるさいボケッ! 違うわッ!」
 即座に振り返り、ラッシュの鳩尾に蹴りをくらわせると、ミラは再びガミジンのほうへ向きなおった。
「ガミジン中尉! あたしは、あんた――じゃなかった、あなたを尊敬している!」
「そいつぁ光栄なこった」
 まともに取り合う気はないらしく、ガミジンは明後日の方向に視線をやったまま適当に答える。
「数多の戦功にも関わらず、それに溺れようとしない。強敵を求め、ストイックに己の道を追求する生き方! あんたこそ戦士の中の戦士だッ!」
「ありがとよ」
「勿体ない言葉だ。そんな偉大なる戦士のあんたであるからこそ、あたしは望む。今日あんたと会ったということを、この身に刻みたいんだ!」
 言うや否や、ミラは腰に手を回すと、ナイフを引き抜いた。
「さあ! 腕でも顔でも胸でも、どこでもいい! あたしの身体にあんたの証を刻んでくれ!」
 ナイフをかざし、仁王立ちになったミラは叫んだ。
「……あー。通訳しろ、アルバート」
「お、そう言えば」
 アルバートはポンと手を打つ。
「ミラは辺境惑星の出身なんだけどさ。漁師を営んでる実家には色々変わったしきたりがあるとか何とか」
「戦士にとって、尊敬する相手を身体に刻むのは最高の誇りとなる! さあ早く!」
「戦士とか言ってるぞ」
「漁師で戦士なんじゃね? ……あれ、もしかして猟師違いか?」
「…………」
 ガミジンは呆れたように首を振ると、今にも迫ろうとしているミラに向かって面倒くさそうに手を振った。
「止めろ。しまえ、そんなもん。俺に女を刻む趣味はねぇ」
「……しかし!」
「どうしてもって言うのなら。俺をその気にさせてみろよ。お前は戦士なんだろう? だったら力で納得させてみな」
「……ッ!」
 ミラは虚を突かれたように押し黙る。
「……確かにその通りだ。それに、あたしはあんたの名声だけでモノを言っていた。まずは噂が本当かどうか確かめなきゃな!」
 納得したように頷くと、ミラはナイフを腰の鞘に戻した。
「おお、上手いな。ナイスな扱いだ」
「茶化すな馬鹿。部下の性格くらい把握しとけ」
「ういうい。さ、それじゃあ全員、シミュレーションの準備をしろ。集団戦で行くぞ」
「集団戦……って、どうやってチーム分けるんです?」
 不思議そうにラッシュが言うと、
「ガミジンとそれ以外に決まってんだろ」
 あっさりと隊長は返す。
「……は? いや、隊長。それは幾らなんでも……」
「んー、不公平かな」
「そうですよ。いくら英雄とはいえ、全員でかかったんじゃ――」
「じゃ、耐久力の調整を半分くらいにすっかね、ガミジン」
「あん? ま、いいんじゃねぇの」
「ちょ、どういうことですかッ!」
 平然としたやり取りに、さすがにプライドを傷つけられたようだ。ラッシュの血相が変わる。
「どういうことも何も、そのまんまの意味だよ。俺を抜いた一対五だと、今のままじゃ相手にならないからさ」
 アルバートはモニターの一つを起動させながら言った。手慣れた手つきで戦闘シミュレーションシステムを起動させていく。
「……じゃあ、隊長がいれば何とかなるって言うんですか?」
「結果は変わらんと思うけど。俺抜きでやる、ってのは、シミュレーションを管理する人間がいないと困るって意味だし」
 あっさりと言い放たれてはラッシュも返す言葉がない。
「おい、ラッシュ。向こうがそれでいいって言ってんだ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。それより早く準備しろ」
 ミラは奥の更衣室を顎で示した。
「パイロットスーツに着替えるぞ。中にあるヤツ、勝手に使ってもいいんだよな、隊長」
「おう。お前らが準備できる頃には設定も終わってるだろうさ」
 モニターに向かってキーボードを叩きながらアルバートは答える。
 そんな上官を、ラッシュはなおも納得のいかない顔つきで眺めていたが、やがて一つ息を吐くと、更衣室のほうへと歩いていった。
 隊員たちが更衣室に消えると、その場にはアルバートとガミジン、そしてエルミナだけが残ることになる。
 アルバートは相変わらず一心不乱にキーボードを打っていた。エルミナも何か手伝いたかったが、システムのほうはいつもアウローラに任せっきりで良くわからない。その点、アルバート隊長はすごいなとエルミナは素朴な尊敬の念を抱く。
 まるで子供のように、己の興味の赴くまま、アルバートは何に対しても飛び込んでいく。仕事の境界線や人間の境界線も気にしない。どころか、次々に人を巻き込んでは望む方向へ引っ張っていく。
 ――自分にはない力だ。エルミナはそう思う。そして、尊敬の裏に隠れた嫉妬の念に気づく。そんな力が自分にもあれば――もっともっと皆の役に立てるはずなのに。
 ふと視線を感じた。いつの間にか伏せっていた顔を上げると、ガミジンがこちらを見つめている。
 強い光を放つ瞳にたじろぐと同時に、エルミナはまだ自分が名乗ってさえいないことに気が付いた。
「あ……その、ご挨拶が遅れました。私はエルミナと申します。技術少尉です」
「ふうん。技術畑の人間か」
「それと、隊長のアシスタントもさせてもらってます。今日ここにいるのは、アシスタントの仕事のほうです」
「すごい鉄拳持っててなー」
 キーボードを叩きながら突然アルバートが喋り出す。
「今日も朝一で見事な三連撃を食らったよ。いやー毎日血なまぐさいよねぇ」
「た、隊長! テキトーなこと言わないでください!」
「まったくの事実だろが」
「うっ……それは、その、そうですけど。言い方に語弊があります! そんなんじゃ誤解を招きますッ!」
「ま、こんな娘でね。突っ込み役には欠かせないってわけ」
 どうやら設定が終わったらしい。アルバートはそう言うと、キーを一つ叩いてから、立ち上がって伸びをした。
「さて――ん、ちょうどいい。あいつらも準備終わったみたいだな」
 更衣室からミラたちが出てくる。アルバートはそちらに向かって声をかけた。
「おーい。もうセッティング終わったからコックピットに入ってくれ」
「了解だ、隊長」
「……あ、そういえば。ガミジン中尉、パイロットスーツに着替えなくても良いのですか?」
 ふとエルミナが問いかけると、ガミジンは肩を竦めた。
「問題ない。普段からこのスタイルだ」
「……せいぜい怪我しないように気を付けてくださいよ。英雄に怪我させて怒られたんじゃ、割に合わないですから!」
 言うだけ言うと、ラッシュは早足にコックピットへと向かった。
「……珍しいですね、あんなラッシュ君。普段はもっとのらくらしてるのに」
「ふふん。意外と熱い男なのだよ、ヤツは。なんでか知らんが、熱くなることをカッコ悪いみたいに思ってるらしいんだけど」
「変なの。やっぱり変態です」
「お前もアイツにはやたら厳しいな。さて――」
 と、そこでアルバートは一対の視線に気づく。
「どうした、カナタちゃん? 君の流星も設定はもう終わってるよ」
「……いえ」
 パイロットスーツに身を包んだカナタは、アルバートのほうをじっと見つめている。
「隊長は参加されないのでしょうか」
「うん、まあ。システム見てる人がいないと駄目だからね」
「――では、カナタはミラ軍曹の言葉に従えば良いのでしょうか」
「そうだな。まあ、そこらは臨機応変に」
「臨機応変でございますか」
「カナタちゃんは苦手そうだけどね。まあ頑張ってみてよ」
 にこやかに近寄ると、アルバートはカナタの頭を軽く撫でた。
「……善処いたします」
 無表情のままに頷くと、カナタはコックピットに入っていく。
「おい、アルバート。お前、あんな子供と俺をやらせる気か」
 カナタを見送るアルバートの後ろからガミジンが呆れたように問いかける。
「ったく。聞いてねぇぞ」
「悪い。必ず埋め合わせはするからさ。で、黒竜角の設定も終わったよ。コックピットから呼び出してくれ」
「このツケは高くつくぞ」
「意外と面白くなるかもしれないぜ」
 背を向けるガミジンに、アルバートは声をかける。
「ウチの部隊は一癖も二癖もあるヤツばかりだ。辺境警備隊じゃなかったら新型の一つや二つ、要請できるってレベルなんだけどな」
 アルバートの物言いにエルミナは驚いた。アルバートが隊員たちの実力をそこまで買っているとは思わなかったのだ。そんな言動は、今まで一度もしたことがなかった。
「乗ってるのは羅甲だけど、それなりにチューンナップしてある。ま、楽しんできてよ」
「……ふん。お前が混じってくるなら話は別なんだがな。まあいい、ここはお前の顔を立ててやる」
 黒の英雄はそう言い捨ててニヤリと笑うと、コックピットに消えていった。
「……すごい自信ですねー。さすがアムステラの誇るエースパイロットです」
「エルミナは腹が立ったりしないわけ? 俺の部隊、全然相手にされてないんだけど」
「あの人の言葉に傲りは感じられませんでしたから」
「いい読みだ。その直感は大事にしよう」
 全員がシミュレーションにログインしたことを確認し、アルバートはキーボードを叩く。
「さて、それじゃあ始めようか。第三〇五辺境警備隊諸君、簡単に撃破されんなよ!」



 振動が身体を包む。メインエンジンに火が入ったようだ。震動はやがて重低音を伴い始め、周囲を取り巻いたモニターに機体のシステム立ち上がり完了を示す緑色の文字が点滅する。
 疑似コックピットとは言え、最新鋭のシミュレーションシステムともなれば、実際の戦闘で発生する震動・衝撃その他を忠実に再現してくれる。ここは本当に羅甲のコックピットの中ではないかと、そう錯覚させるほどにその完成度は高い。
(こりゃあ凄いな……)
 ラッシュは驚くと同時に、緊張で身体が強張っているのを感じた。
 リアリティ優先のため、ダメージを受けた時の衝撃その他もすべて再現される。安全の保障は最低限――噂では、骨折や内臓損傷などの大事故にも繋がることがあると言う。
『第三〇五辺境警備隊諸君、簡単に撃破されんなよ!』
 アルバートの檄が聞こえてくる。と同時に、目の前のモニターに異国の風景が広がった。
 ここはどこかの山峡のようだ。異常なのは、前後左右に広がる山と思しき盛り上がりがすべて赤黒く、緑色のイメージとかけ離れていることだ。剥き出しになった山肌には何本も横に線が走り、この大地の歴史を物語っている。
 なんとも不気味な、それでいて荘厳な雰囲気でもある。風景に目を奪われていると、通信を知らせるマークがモニターに灯った。
「ラッシュ。聞こえてるか?」
 ミラの声だ。
「聞こえています。訓練はもう始まっているんですね」
「そうらしいな。あたしがホストになって共通回線を作る。こっちに同期しろ」
「了解です」
 通信を繋ぎ直すと、双子の興奮した声が聞こえてきた。
「うわー、すっげー! 何ここ。かっけくない?」
「出来損ないの惑星みたいだねー。こういう荒涼とした雰囲気好きだなー。僕ら大興奮!」
「うるせーよ馬鹿! はしゃぐんじゃねぇ!」
 ミラの怒鳴り声を聞きながら、ラッシュは現在位置をレーダーで確かめた。
 北と南、それぞれに反応がある。北に三つ、南に一つ。ミラ、アルカム、ウルカムの三人は北に固まっていて、カナタは南にいるようだ。
「おい、カナタ。聞いてるか?」
「はい、ミラ曹長」
「よし。お前ら二人、こっちに来い。ついでに重力下での飛行テストもしておけ」
「そっちまで飛んで行けって話ですか? 敵の場所もわからないんですから、目立つようなことはしないほうが……」
「それじゃ訓練の意味がないだろ! 実戦と違ってある程度は思い切って動けるんだから、できることは全てやっておくんだよ」
 ミラの言う通りだ。ラッシュは頭を掻く。目の前に広がる現実感に、これが訓練であることをつい忘れてしまっていた。
「こっちは臨戦体勢で待機しておく。黒竜角がのこのこやって来たら、一瞬で蜂の巣にしてやるさ」
 ミラの言葉は戦場の空気が加熱するほどに心強い。"実践するのみ"のスタンスで己を鍛え上げてきた彼女の言葉は、下につく者に否応なく力を与える。
 ラッシュは了解の旨を伝えると、機体を前に動かした。
 一歩を踏みしめるたびに全身に響く震動。大きく踏み出せばやや大きめに。小さく踏み出せば振動も小さくなる。当たり前のことが現実と同等レベルにまで再現されていることに、ラッシュは改めて感動を抱いた。
(……よし。それじゃ、いよいよだ)
 ラッシュ用にカスタマイズされた羅甲の背部には、飛行を可能とするブースター機構が装着されている。宇宙空間ではこのブースターの設定を変更することで高機動用スラスターとして使用し、高機動タイプの機体として闘ってきた。今回は、いわば本来の用途に戻るわけなのだが、高機動用のブースターユニットとして使用してきた期間のほうが長いため、重力下の制御にはどうしても不安が残る。
「……よし! 行くぞッ!」
 自分に言い聞かせるように小さく叫ぶと、羅甲は地面を蹴った。
 巡る風景と共に、身体に重力がかかる。高度を示すメーターがどんどんと上がっていく。初めは目まぐるしく、やがてはその変化が緩やかに。ただのブーストジャンプでは、到達点はせいぜいが百数十メートルというところだ。目の前にそびえたつ山肌の半分の高さにも到達していない。
 最高到達点に達する前に、ラッシュは飛行ブースターを起動させた。ゴウと派手な音が響き、一瞬機体の軸がぶれる。
 バランスを崩したかと冷や汗をかいたが、それはほんの一瞬のことだった。システムによって自動で機体制御が行われ、ラッシュ機は安定して上昇運動を続ける。
 やがて、完全に渓谷を抜けた。
 ちょうど夜明けの時間を想定していたらしい。東の方向から光輝く恒星が現れた。この戦場が地球と言う惑星を想定しているのならば、あれは太陽と呼ばれる恒星のはずだ。
 紫色の空間が、徐々に広がるオレンジ色の光で払われていく。赤黒い地肌が陽光の中で鮮やかに輝き、黎明の風景に朝が訪れる。
「すげぇな、こりゃ……」
 呆然としたミラの声が聞こえる。ラッシュもまったく同じ気分だった。
 しばし一心に見入っていると、警告音が響いた。エネルギー残量が半分を切っている。
 ラッシュはブースターをオフにすると、エネルギーのメーターに視線をやった。ブースターが止まると、エネルギーは徐々に回復していく。メーターの伸びと経過時間とを確認し、エネルギーの回復率が常と変らないことをチェックする。
(――よし。いける)
 多少の誤差はあるものの、得られる結果は『招雷』で行ってきたシミュレーションと大差ないようだ。
「ミラ軍曹。ラッシュ機、異常なし。そちらに向かいます」
「こちらミラ機、了解した。ハンデあるんだからな、カナタに負けんなよ」
「……え?」
 レーダーを確認してみれば、カナタの乗る流星/流を示すポイントがぐんぐんとラッシュ機のほうへ近づいてきている。
(は、速いなー)
 重力下でも流星の動きはさほど変わらないようだ。これは負けていられないと、ラッシュはブースターを再びオンにした。
 まずは上昇し、下降気味になっていた機体を再び上昇運動に持っていく。
 加速の方向が切り替わったところですぐにブースターをオフ。上昇運動に入っていた機体は再び重力に引かれて勢いを減退させる。
 そして、上昇から下降に切り替わるその一瞬。機体にかかる上下の加速が釣り合ったところで、ラッシュは平行方向に向けたブースターを一気に過熱させる。
 ドン、と爆発音を響かせ、機体は並進運動に入った。ラッシュの身体に圧力がかかる。ぎしぎしと身体が軋み、ラッシュは歯を食いしばった。
 翼による揚力の補助がない操兵の飛行運動では、ブースターを横に向けているだけではどんどんと高度が下降していってしまう。そのため、やや下方向にブースターを向けて高度を維持しつつ飛行するか、もしくは小刻みにブースターの方向を変化させて高度を維持しなければならない。
 ラッシュは後者の方式、すなわちブースターの方向を小刻みに変化させる方式で進んでいる。こちらのほうがエネルギーのロスが少なく、長時間の飛行に向いているのだ。
 加速が一定になると、身体がそれに対応していくのか、少なからず余裕が出てくる。ラッシュはちらりとレーダーを確認した。カナタの乗る流星は一直線に距離を詰めてくる。
 大気圏内での飛行では、大気摩擦などの影響により、宇宙空間時よりも二割近く機動性が落ちる――とは、あの性格がきつそうなアーシェリカ技術中尉のコメントだった。それにしても、ラッシュ機の飛行ブースターとは比べものにならないほどの機動力だ。汎用性やら拡張性やらが犠牲になっているとはいえ、ここまで差を見せつけられると、変に劣等感を抱いてしまう。
 結局途中で追い抜かれてしまい、ラッシュ機が到着した時には、流星/流は平然とした様子でミラ機の横に佇んでいた。
「おっせーよ。何抜かれてんだよ」
 不機嫌そうなミラの声が聞こえてくる。
「そんなこと言われたって。機体のコンセプトが違うんだからしようがないですよ」
 ミラたちは小高い丘の上に陣取っていた。平坦な場所はそれほど広くなく、五〇メートル四方と言ったところか。すぐ側に深い渓谷が走っており、上手く利用すれば戦いを有利に進められそうだ。
 ラッシュが丘の上に着陸すると、さっそく双子が囃し立てる。
「言い訳から始まる。それがラッシュクオリティだね、アル」
「そうだね、ウル。駄目だよ、ラッシュ。遅くて評価される床の中だけなんだから」
「でもただ遅ければいいってもんじゃないんだよ。重要なのはタイミングだからね」
「はいはい、僕が悪うごさいました。ところでミラさん、敵に動きは?」
「まだないみたいだな。こっちのレーダーにも反応がない」
 砲撃用のカスタムを行っているミラ機は、ラッシュたちよりも長いレーダー射程を持っている。
「それより各人、この周囲の地形を良く頭に入れろ。敵が来たら渓谷に降りて戦うからな。ラッシュは向かって右、アルカムとウルカムもラッシュと一緒だ。カナタはあたしと一緒に向かって右に降りる」
「どちらかを追ってきた相手を、反対側の部隊が後ろから衝くってわけですね」
「そうだ。渓谷は狭いからな。相手の動きを制限できるってメリットもあるが――ラッシュ、カナタ、お前らがしっかり動かなきゃ、あたしたちがあっさり撃墜される恐れもある。しっかりしろよ」
「は、はいっ」
「――了解」
「よろしい。――さて、と。まだ敵は来ないか。スタート地点が離れてたのかね……向こうもそこまで大げさなレーダー積んでないだろうから、索敵範囲は――」
 言いかけたところで。ミラのレーダーに敵機を示す赤い点が現れる。
 それは一直線にミラたちを目指してくる。警告の叫びを上げるより前に、ラッシュたちのレーダーにもそれが映った。各機のモニターに警告を示す赤文字が浮かび上がる。
「来た! 来たぞ! 各機、散開して敵を迎えろ!」
「了解!」
 ミラの命令に、三機の羅甲、およびカナタの乗る流星は、示し合わせたとおりに左右に分かれた。
(アムステラの誇るエースパイロット……悪魔と呼ばれる操兵『黒竜角』……)
 粗い斜面を滑り降りながら、ラッシュは赤い点を睨みつけた。
(――来るなら来い。僕が相手になってやる!)



「ほう。そう動いてきたか」
 シミュレーションルームの中央、ドーム型の巨大ビジュアルモニターの前で、アルバートは腕を組んでいた。
「左右に分かれて一方に敵を引き付けようって魂胆か。発案はミラっぽいな。ん、悪くない」
「ガミジン中尉はどちらに向かうでしょうね」
 モニターに向かって乗り出しながら、エルミナは尋ねた。
「ラッシュ君のほうか、それともカナタちゃんのほうか……」
 手すりを掴む手に、知らず知らず力が入っている。黒の英雄を相手に部隊の皆がどう戦うのか――戦艦で戦況を見守るのと同じような心持ちで、エルミナはモニターを注視していた。
「さて、どっちかな。ここであれこれ悩むことにそんなに意味はないし……だったらより歯応えのあるほう、つまりは三人いるラッシュのほうを目指すんじゃないかな」
 のほほんとした口調で言うと、アルバートは制御用のシステムを呼び出して操作を行った。
 中空を疾走する黒竜角が前面に映し出される。禍々しい姿をしたガミジン専用の操兵だ。胸についたマテリアルオーブ以外はすべて黒色という異常な配色が、その不気味さに拍車をかけている。
『アルバート』
 画面に映った黒竜角から通信が入る。
「なんだい?」
『最終確認だ。やるとなったら手加減はねぇ。それでいいんだな』
「そうじゃなきゃ意味がない」
 口元の笑みを消し、アルバートは真面目な表情をモニターへと向けた。
『……フッ。かつて共に戦った仲だ、一つ提案をしてやる。黒竜角のエネルギー出力を五割に下げろ。瞬殺では意味がないんだろう』
「あらら。気を遣わせちまったか?」
『面白いヤツがいるんだろう? なら、先行投資ってヤツだ』
 その言葉を最後に、通信は一方的に途切れた。
「うし。それじゃ、本人の了承も得られたことだし、書き換えちまうか」
 アルバートはキーボードを操作すると、各種パラメータの画面を呼び出した。モニターに現れた数値を次々に書き換えていく。
「あ。黒竜角のスピードが落ちました」
 モニターを見ていたエルミナが声を上げる。
「出力五割落ちだと、スピードにして三割、総合攻撃力換算で四割ダウンってところだな」
 ビジュアルモニターに視線を戻し、アルバートは呟いた。
 エルミナもアルバートと同じくモニターに視線を向ける。悪魔然とした漆黒の操兵は、地上すれすれを飛んでいる。
(……あれ?)
 スピードは落ちた。それは間違いない。けれど――。
 エルミナは無意識のうちに胸に手をやった。布越しに鼓動が聞こえてくる。ドクドク、ドクドクと――そのスピードはどんどん速く。
 ぞくり、と悪寒を感じた。手すりを掴む片方の手が小刻みに震えている。
(何これ――ガミジン中尉の機体を見ていると、身体が震えて……)
「た、隊長? ガミジン中尉の黒竜角は一体……」
「黒竜角じゃないよ。あれは凄い力を秘めた操兵だけど、あれ自体がどうこうするわけじゃない」
 アルバートは手の平に沸いた汗をジャケットでぬぐった。バンダナがなければ額に脂汗が浮いているのがわかっただろう。
 モニターに映る黒竜角――その中から発せられるプレッシャー。
 シミュレーション越しでもなお感じられるそれを発するのは、アムステラ最強の名を冠する黒の英雄。
 その力の一端が、今目の前で花開く。



 レーダー上の赤い点は、迷う素振りすら見せずにラッシュたちのほうへと進路を変えた。
 そのスピードは速い。とはいえ、捉えきれないものではない――と、レーダーの動きからラッシュは判断する。カナタの流星のほうがずっと速いだろう。もっとも、今の動きが向こうの限界であるとは限らないが。
「アル、ウル! 僕から前に出る。援護は頼むよ!」
「へいへい。任されたよ」
「すぐにやられるなよー」
 相変わらず緊張感のない声が、一応のところ了解の意思を伝えてくる。
 ラッシュは機体を敵操兵のほうへと向けると、ブースターを並進の角度に合わせて一気に加速した。
 見る見るうちに敵との距離が詰まる。
 残り一キロメートル――八〇〇メートル――五〇〇メートル。そろそろ敵機が視認できるかというその時だった。
 ラッシュの全身に悪寒が走る。
(なんだ――これ。何か――とてつもないものが)
 ハッと気づくと、いつの間にかスピードが落ちていた。無意識のうちにブーストを弱めていたのだ。慌てて加速を元に戻すが、混乱は収まらない。
(何なんだ。僕は何で混乱してる? なんで――ビビってるんだ? このプレッシャーは……まさか……)
 モニターの向こうにかすかに砂煙が映る。渓谷の合間を縫って近づいてくる黒い影。
 ラッシュは瞬時に悟った。あれが――この重圧感の発生源だ。
「黒竜角!」
 黒い悪魔が地面すれすれを滑空している。すれ違うまでにあと数秒。
「ま、負けるかァァァッ!」
 引き抜くは高周波ブレード。触れただけでも相手にダメージを与えることができるラッシュ機最強の武器だ。
(すれ違いざまに少しでも触れられれば!)
 相手の武装は触角と両腕のクローのみと、どこかで聞いた記憶がある。ほとんど近接戦闘用に特化された機体だ。遠距離からの攻撃はない。
 問題は触角でくるか、クローでくるか、だ。敵がどちらを使うかで射程が変わる。こちらのアクションもそれによって変えなければならない。
 両者の距離が二〇〇メートルを切った。もう目と鼻の先。視認する。触角は――ない。クローを構えている。敵も突っ込んで来るつもりだ!
「おおおおッ!」
 吠えた。そうしないと何かに押し潰されそうな気がして――だから、吠えた。腹の底から、咆哮した。
 アクセルを踏み込み、ブースターを過熱させる。
 ――刹那。まるでラッシュの判断を嘲笑うかのように。
 頭部の触角が羅甲に向かって発射される。
(仕掛けのタイミングを読まれたッ!?)
 ラッシュはとっさに機体の向きを変えた。黒竜角から逃げるように左方向へ。一瞬にして強烈なGがかかり、肺から強制的に空気が締め出される。
 触角は、それでも逃げる羅甲の右肩に命中した。触れた瞬間にバチンと音が鳴り、衝撃が機体を揺らす。触角には高圧電流が流れていて、触れただけでもショックを与えるようだ。
 散々に体勢を崩しながらも、奇跡的に横転せずに済んだ。ブースターを切ると足から地面に突っ込むような形で着陸する。ガリガリガリとものすごい音が鳴り、機体は上下に細かく振動した。地面を削りながら止まろうとしているのだから無理もない。
 ようやく動きが止まった。巻き起こった砂煙が視界の一面に広がっている。
「――は、アッ!」
 ラッシュは息を吐き出しながら、間髪入れずに機体を向かって右方向へジャンプさせた。
 ――その動きは、わずかに遅い。逃げ遅れた脚部を、砂煙の中から伸びた触角が払う。またもや衝撃に足をさらわれるが、空中で打撃を受けたのがむしろ幸いした。ブースターの調整によって先程よりも緩やかに着陸できる。
 ガンと大きな音を立てて地に降り立つ。続くとみられた追撃はなかった。代わりにライフル弾が風を切る音がする。アルカム・ウルカム兄弟の援護が入ったのだ。
 戦闘で巻き起こった砂煙の中、黒い悪魔の姿が一瞬だけ見えた。かがむような姿勢をとっている。
 ――それが。その姿が。ほんの瞬きした間に、掻き消えていた。
(まずい!)
 ターゲットがいつの間にか変更されている。黒竜角が向いているのはアルカムとウルカムがいる方向だ。
「くそっ! アル、ウル、気をつけろ!」
「気をつけろって言われてもさー!」
 アルカムの返答にはいつものような余裕がない。ダン、ダンと散発的にライフルが発射される音だけが聞こえる。
「全ッ然、当たんねェし! なにコイツ!」
「早く来いよ、馬鹿ラッシュ!」
「わかってる!」
 メインブースターをリミットぎりぎりにまで引き上げる。わずかな溜め。そして爆発。ラッシュの羅甲は再び低空を駆け抜ける。
 レーダーによれば、アルカム、ウルカムとの距離は六〇〇メートル。その間、四〇〇メートルの地点に黒竜角は移動している。ほんの一瞬の判断の差でここまで差がついてしまうものなのか。疾駆する悪魔を追いかけながら、ラッシュは悔しさに歯噛みする。
「来たよ、ウル!」
「わかってるさ、アル! ラッシュなんか当てにしないで、僕たちだけでやっちゃおうぜ!」
 双子の駆る二機の羅甲は左右に分かれた。迫る黒竜角を中心に、円を描くような距離の取り方だ。その動きには乱れがなく、寸分たがわぬ左右対称の動きをしてみせている。
(あの二人なら何とか持ちこたえられるか?)
 まき上がった砂煙で視界はいまいち利かない。だが、レーダーに映る双子の動きを見て、ラッシュは少し安堵した。口も性格も悪いあの二人だが、こと戦闘において、一心同体の域にまで達するコンビプレーは心強い。
 黒竜角はアルカム機のほうへと向かう。それを見てとり、アルカム機は後退、ウルカム機は距離を詰める。自然と出来上がる挟撃の形。そこにラッシュが接近戦を持ち込めば、十分に勝機はできる――。

 一瞬垣間見えた光。そこに手を伸ばす――暇すらなく。
 悪魔は希望の穂を刈り取り、絶望の種を撒いた。

 突然モニターに映し出されたのは、Destroyedの赤い文字。 
「――え?」
 そして、レーダー上からアルカム機の反応が消えている。
「そんな、まさか」
 ほんのわずか前にはアルカム機がいた場所に、黒竜角を示す赤点がある。
「こいつッ! よくもアルをッ!」
 それに向かって突撃していくのはウルカム機。
「止めろ、ウル! 君じゃ――」
 君じゃ、無理だ。
 だが――それなら、僕にだったら可能だと言うのか?
「うわあっ!」
 再びモニターに映るDestroyedの文字。ウルカム機も一瞬にしてやられてしまった。
 その間――ほんの数秒。戦いの中では刹那とでも表現したくなるようなそのわずかな間に。
 二体の羅甲は破壊され、ラッシュ機の前には悪魔が立っていた。
「――くっ!」
 ブーストを止め、黒竜角と距離を置いて対峙する。
 山峡にたたずむ黒竜角の足元には、二体の羅甲の残骸があった。カメラを拡大してやられた羅甲の姿を確認する。どちらも――胸の辺りを鋭利な何かで抉られ、一撃の下に葬られている。
 まるで無駄がない。一撃によって、正確に、動力源の一つ――マテリアルオーブを砕いている。あの様子では、コックピットにすら傷一つ入っていないのではないだろうか。
「……本物の、化け物かッ!」
 この段に至って、ラッシュはようやく目の前に立つ悪魔の実力を垣間見た。
 震えが身体の底から登ってきて、ガチガチと歯を鳴らす。これはシミュレーション訓練だ。撃破されても死ぬことなどない。それはわかっている。わかっているのに――黒い悪魔が放つ死のプレッシャーから逃れられない。
 悪魔が向き直る。ラッシュは動けない。
 悪魔が一歩を踏み出す。ラッシュはやはり動けない。じっとりとした汗を拭うことすらできない。
 その時、ピピッと通信を知らせる音がした。視線だけ動かしてラッシュはモニターを確認する。共通回線へ割り込もうとしている通信があるようだ。発信元は――目の前の黒竜角。
「よう、コゾー。ビビってんのか?」
 オンにすると、ガミジンの声が聞こえてきた。言葉に揶揄するような響きがある。
「負けを認めるなら消えな。ログオフの手続きくらい踏めるだろう」
「……何を、言ってるんですか」
 絞り出すような声になってしまっているのが我ながら情けない。
「僕はまだ、何のダメージを受けちゃいない……」
「ならばかかってこいよ」
 通信の向こうから響く、囁くような、誘うような、そんな声。
「お前の力を見せてみろ」
 ぐにゃりと風景が曲がる。
「お前の本気を丸ごと砕いて」
 自分と相手の映像以外が、
「丸めてこねて」
 全て曖昧模糊としたものとなり、
「この俺が、一息に――飲み下してやる」
 得体の知れぬ生き物のようにうねり、
「さあ来い、小僧」
 ただ一点。敵――黒い悪魔の姿だけが、ただ鮮明に。

「――言われなくてもォ!」

 ラッシュの中の何かが――音を立てて切れた。

「僕は小僧じゃねぇッ! ラッシュという名前がある!」

 地を蹴り。
 ブーストを灼熱させ。
 高周波ブレードをかざし。
 瞬間的に距離を詰める。
「――ハッ」
 黒竜角が笑った――ように見えた。
 破壊の喜びに震える堕天使のように。
 邪悪な、それでいて純粋な。
 距離はわずかに十数メートル。一秒にも満たぬ時間で決着のつく距離だ。
 ――それでも黒竜角は動かぬ。
「だあああああああッ!」
 眼前に肉薄する羅甲。
 黒竜角は動かない。
 ブレードが振るわれる。
 黒竜角は動かない。
 ブレードが眼前に迫る。
 それでもまだ――。
(動かない、わけがないッ!)

 斬ッ。

 空を切るブレード。
 胴にめり込むクロー。
 じりり、と、羅甲の全身に稲光が走り。
 直後、黒竜角は羅甲の側から飛び退る。

 斬ッ。

 二度目の斬撃も空を切った。高周波ブレードが光を失う。食らったダメージが大きすぎて、もはやそちらに回すエネルギーもない。
 だが――。
(タイミングは、わかった)
 ラッシュは細い目を見開いている。目の前の悪魔を睨みつけている。
「次は外さないッ!」
 羅甲が一歩を踏み出す。
「――フッ。化けるか、小僧」
 ノイズの走った通信と共に、黒竜角は初めて構えを見せた。
 身体は半身のみを見せ、左手は腰だめに。膝を落として重心を低く。前に伸ばした手は誘うようにわずかに上下する。
(一撃を当てる)
 羅甲もまた突撃の姿勢を取る。
(一撃を当てて、その後のことはその後に考えるッ!)
 ドルルルとブースターが唸る。灼熱の赤い光が噴出口に満ちる。
「行くぞォォォッッ!」
 爆発。加速。そして――突撃。胴から火花を散らしながらも羅甲は悪魔へ向かって肉薄する。
 グングンと迫る黒き姿。静かな構えはただ泰然と待っていた先程とは違う。受けるプレッシャーは倍ほどに増している。けれど、今はそれを跳ね返せるだけの気合いがある。
「うおおおおッ!」
 彼我の距離を示すモニターの数字が減っていく。加速値を示す数字が増えていく。悪魔の姿が大きくなっていく。
(まだだ。まだかわされる!)
 ギリギリまで動くな。こちらの出方を悟られるな。
 突きか、薙ぎか、振り下ろしか。相手に判断の隙を与えるな。攻撃側のメリットをぎりぎりまで駆使しろ。
(――まだッ!)
 ラッシュの眼はすでにモニターの数字を見ていない。モニターに映る黒竜角の姿だけを見ている。
 肉薄する羅甲。揺らがぬ黒竜角。
「たああああッ!」
 交錯。その瞬間に。
 羅甲が、――そして黒竜角が動く。

 黒竜角の頭部を狙って振り下ろされるブレード。
 目の前に迫る刀身に――黒竜角はそっと"右手を添え"、
 頭上にかかる暖簾でも払うかのように、"ゆったりと横へ動かし"、
 方向を変えられたブレードは、黒竜角を掠ることなく地表にめり込む。

「ッ、――ッッ!」
 全てがコンマ一秒にも満たぬ時間の中の出来事である。
 渾身の一撃を空振り、身体が中空に泳いだ羅甲へと、黒竜角が向きを変える。
 同時に繰り出すは、腰だめに構えていた左腕のクロー。
「終わりだ」
 横薙ぎの一撃。
 まともに胴へ直撃したクローは、もともと羅甲についていた加速も相俟って――。
 上下に両断する。
 二つに分かれた羅甲の身体は、ひときわ大きな音を立てて地表にぶつかり、そのまま数十メートルも地面を転がった。
「聞こえているか、ラッシュ少尉」
 ゆっくりとした動作で黒竜角は構えを解く。無残に転がった羅甲からは返答がない。
 両断されてから地上に激突して止まるまで、全ての衝撃をコックピットにいるラッシュは受けたはずだ。気を失っているのかもしれない。
「地球に行って生き残れ。そうすれば、リベンジの機会をやる」
 黒竜角は破壊された羅甲から視線を外した。やはりゆったりとした動作で、機体の向きを変える。
 そちらからやってくる二機の反応。そのうちの一機はやたらと動きが速い。
「さて――次はどう楽しませてくれる?」
 コックピットの中、ガミジンは口端を歪めて笑った。



「――接触から三機撃破まで一分三十五秒」
 アルバートの呟きに、エルミナはびくりと身体を震わせた。
「嘘……そんなに短い時間で?」
「これが現実だ。……たまらんね」
 モニターから目を離し、アルバートは近くにあった椅子を引き寄せ、深く腰をおろした。
「正直、あれくらいのハンディキャップがあれば、もう少し良い勝負ができると踏んでたよ」
「……でも、隊長。相手はアムステラが誇るエースパイロットなんですから。しょうがないんじゃ……」
「そのエースパイロットが後れを取ったんだ。地球のロボット相手にね」
「…………」
「訓練の相手は選べる。けど、戦場で出会う敵は選べない」
 返す言葉が見つからない。エルミナが押し黙っていると、アルバートはひょいと振り向いた。
「ところでさ。ラッシュのコックピットから反応がない。どうも気絶してるみたいなんだ。安全装置が作動してるから命に別条はないと思うんだけど、見てきてくれないか?」
「あ、はい」
 頷くと、エルミナは素早く行動に移った。重苦しい雰囲気から早く抜け出したかったのかもしれない。
 アルバートは視線をモニターへと移す。
 ミラ機、およびカナタの流星が黒竜角のほうへと向かっている。黒竜角は動く気配がない。迎え撃つつもりだろう。
(生き残るには、この戦いで何かを得なければいけない)
 圧倒的な敵を前にした時、どう動くのか。圧倒的な重圧の中、どう対処していかなければならないのか。本来ならば戦場で時間をかけて学ばなければならないことを、アルバートはこの一戦でおぼろげながらも掴んで欲しいと願っている。
(――そして、俺も)
 隊長として皆をどう動かしていけるのか。
(全ては、地球での戦いを生き残るために)
 モニターを睨むように見つめるアルバートは、知らず拳を握りしめていた。




TO BE COTINUED…