よく笑う女性だなと。
 初めて会ったとき、そう思ったことを覚えている。
 どうでもいい話題に、ことあるごとに笑う。
 楽しげに、悲しげに、辛そうに、嬉しそうに。その時その時で浮かぶ感情は様々だけれど。
 彼女はずっと笑っていた。

「私が笑えなくなったら。私は生きていられない」

 あの日。初めて彼女に口づけたあの日に、彼女は幸せそうな笑みを浮かべながら、そう言った。
 笑顔は彼女のアイデンティティだった。いついかなる時も、どんな時にも、笑っていられれば。彼女は彼女を見失わずに済んだのだ。
 楽しげな、悲しげな、辛そうな、嬉しそうな――そんな様々な笑顔に魅かれた。全てが魅力的で夢中だった。
 周りからはそんな風には見えなかったはずだけれど。
 心の底から、大好きだった。
 それ故に――盲目だった。

「私、怖いの。今のまま戦っていけば、そのうち何もなくなってしまいそうで」

 あの日。初めて夜を共にしたあの日に、彼女は戸惑いを含んだ笑みを浮かべながら、そう言った。
 笑顔に映る感情の色は彼女そのものだった。彼女は戸惑い、不安で、心細かった。彼女は尋常ならざる迷いを抱えていたのだ。
 あの時は気付けなかった。
 今ならば何ができるだろう。あの時の彼女を、どうしてやるのが、正解だったのだろう。

 最後の時。
 戦場の瓦礫の中。
 彼女は笑いながら敵機を破壊した。破壊して、破壊して、破壊し尽くした。
 窮地に陥った部隊を救うためだった。
 否――自惚れを承知で言うのならば、あれは全て自分を救うためだった。
 戦場の瓦礫の中。動く物も者もないその空間で。
 彼女は笑うことを止めていた。
 彼女は呆然と立っていた。
 赤い赤い夕陽の中。黒い黒い影絵のような街の中。

「さようなら」

 彼女はこめかみに銃を当て、

「ごめんなさい、隊長」

 引き金を、引いた。




カラクリオー外伝-Shooting Star-

第六話 黒き英雄と誓いの丘(後編)





「なるほど。アムステラの英雄って肩書きは伊達じゃねぇらしい……」
 コックピットの中、ミラは状況を確認し、うめくように呟いた。
 わずか二分程度の間にラッシュ機、アルカム機、ウルカム機の三機が撃破された。相手にかすり傷追わせることすらできぬまま。一方的に、完膚なまでに――叩き壊された。
 嫌な汗がにじみ出る。ヘルメットをかぶっているせいでそれを拭うことはできない。ミラは軽く首を振ると、泰然とこちらを待つ黒竜角を睨み据えた。
 ――正直なところ、浮かれていた。
 憧れの存在であるガミジンと出会い、手合わせすることができる――その事実はミラの心を否応なく浮き立てる。ミラが十八歳かそこらの新米兵士だった頃から憧れを抱いていた存在であるから、それも無理もないことではある。
 しかし、今こうして目の前にすると。黒竜角を通じて感じられるガミジンの重圧感は、ミラの心を否応なく押さえつけた。相対しているのは自分が憧れた存在――そうであるからこそ、もっとも恐れ、そして立ち向かわなければならない存在であることに、ミラはようやく自覚したのだ。
「カナタ。準備はいいか?」
「問題ありません、ミラ軍曹」
 カナタの声は平時と変わらない。何も気負っていない、機械的な口調だ。
 いつもはそれが気に食わないミラだったが、この時ばかりは少し心強く感じた。
「よし……それじゃ、いつものようにやるぞ。あたしの指示に従え。いいな?」
「はい」
 返答に迷いはない。ミラは一つ頷くと、黒竜角に向かって通信を放った。
「――ミラ軍曹、だったな。何か用か」
 通信が繋がり、ガミジンの低い声が聞こえてきた。
 背筋に冷たい物が広がるような、ぞくりとする声だ。ミラは乾いていた唇を一舐めすると、目の前に映る黒竜角を睨みつけながら口を開いた。
「用と言うほどじゃない。ただ、戦いを始める前に言葉を交わしたかった」
「フン。それがお前の言う"戦士"のやり方か?」
「……そうだ。これから葬り去る戦士の名を心に刻むため、我らは必ず相手が名を問う」
「面白い」
 黒竜角の赤い瞳がギラリと光る。
「乗ってやろう。我が名はガミジン。乗機の名は黒竜角」
「我が名はミラ。これなる乗機は羅甲。いざ――参るッ!」
 何かを断ち切るように、鋭く叫ぶと――。
 ミラの駆る羅甲は地を蹴った。
 ブースターを全開にして地を這うように進む。そのスピードはラッシュ機に劣らない。空を飛ぶことこそできないが、ミラの羅甲も運動性を強化しているのだ。
(ほう。援護射撃が基本の機体かと思えば――小細工にしては手が込んでいるな)
 僚機のほうが突っ込んでくると予測していたガミジンは、ミラ機の動きに警戒心を引き起こした。黒竜角は身体の向きを変え、近寄るミラ機に対し円弧の動きで距離を取る。
 黒竜角の動きを追い、ミラ機は方向を変換する。その動きに、背後に続く流星はすぐに対応した。ミラ機の後ろに隠れるよう、わずかに機体を横に動かす。それだけでミラ機と流星とは黒竜角から見て縦一列となり、目視ではその姿がほとんど確認できなくなる。
 息の合ったコンビプレイ――とは感覚が違う。ガミジンは違和感を感じたが、まあどうでもいいかと思い直した。注意を目の前に迫る羅甲に戻す。重装備にも関わらず機動性を備えたこの羅甲は、一体どういう動きで攻めてくるのか。ぺろりと唇を舐め、ガミジンは待ち受ける。
「カナタ! 今回ばっかりはお前に花をもたせてやるッ!」
 共同通信からミラの叫びが聞こえてきた。
 同時に羅甲が動く。地面に両足を降ろし、慣性のままに地を削りながら、腰を落とす。一瞬速度が落ちたところで、両肩に供えられたミサイルが一斉に火を噴いた。
 計十二基のミサイルが白い尾を引いて黒竜角に迫る。オートホーミングはないようだが、なかなかに狙いは良い。程よく拡散して相手の回避に制限を加えている。
 だが――遅い。ガミジンのような一流のパイロットからすれば、例え近接から撃たれても十分に反応し得るレベルである。マシンガンタイプの銃器を持っている機体ならば余裕を持って打ち落とせるだろう。
(牽制のつもりか――いや、これは)
 ガミジンの広い視野が、その時一つの影を捉えた。
 あの白い機体――流星が、わずかにミラ機の後ろから見えている。
「……チッ!」
 バックステップで距離を取り、さらに右方向へ動くようブースターを過熱させる。
 直後に一条の光。黄金色のビームライフルの一撃だ。
 それは黒竜角を狙ったものではない。狙いは前方を泳ぐミサイル群だった。
 光に触れたミサイルが誘爆し、次々と空間を火に包んでいく。いち早く巻き上がった粉塵から脱出した黒竜角は、すかさずこちらへ肉薄するミラ機の気配に気づいた。
 片手に持っているのはグレネードランチャーだ。既に黒竜角へ狙いをつけている。
「喰らえッ!」
 放たれる弾は黒竜角の足元を狙っていた。これも牽制か――すぐにそう察知したガミジンは、機体を上方にジャンプさせる。
 爆風に煽られて機体が揺らぐ。それでもガミジンの注意は逸れない。今ここで他に気を取られれば、例え自分の反射神経をもってしても撃墜されると本能が警告している。
 視線の先。そこに、流星がいる。ビームライフルをこちらへ向け、モノアイが赤く輝いている。
「――いいぜ。来いよ」
 その言葉に呼応するかのごとく。
 流星は上空の黒竜角に向かってビームライフルを発射する。
 一、二、そして少し遅らせて三発目。巧みにタイミングを変えて発射されるその攻撃は、相手がかわすことを見越しての三連撃だ。
「……フン、見くびられたモンだな」
 黒竜角は――。
 ほんのわずかな、最小限の動きでもってその連撃をかわしてみせた。
「たった一分足らずでこの俺を見切ったつもりか? 甘いんだよ!」
 自由落下にブースターの勢いを加え、黒竜角は一転して攻撃に移る。
 狙いは眼下の流星だ。不気味なシルエットの機体は、ブースターを一瞬で過熱させると、黒竜角の数倍の勢いをもって空中へ飛び出してくる。
 互いが互いを目指す。ほんの数瞬後にはもう互いの射程圏内。
 黒竜角がクローを構える。流星がライフルを発射する。放たれた一条の光は、しかし空を切る。
 すぐそこに迫る黒い悪魔。対峙する流星も第二射に入ろうとしている。
 ぶつかり合う直前――割って入ったのは、ミラ機が放ったミサイル群だ。
「――チッ。接近戦はさせない腹か?」
 直進しか能がないミサイルを撒くのは、黒竜角にとって造作もないことだ。しかし、横槍として考えるならば厄介と言えるだろう。
「フン。ならば――」
 空中で身体を巡らせ、黒竜角はミラ機へとターゲットを変更する。
 追いすがる流星からの援護射撃が来る。さっきよりもより正確に、こちらの動きを限定するような射撃だった。しかし、それでも――黒竜角を捉えることはできない。ことごとく避けてみせる。
「……来るか!」
 ミラ機は距離を取りつつ両肩からミサイルを斉射した。
「鬱陶しいんだよッ!」
 避ける、避ける、避ける。無数のミサイルが触れもしない。
「ヘッ、それでこそあたしの英雄だぜッ!」
 ミラは叫ぶと、両肩のミサイルランチャーを切り離した。ついでにグレネードランチャーも放り出し、ヒートアックスを腰から引き抜く。
「カナタ、援護しろ! こいつで決めるッ!」
「了解」
「行くぞ、ガミジン!」
 重量級の装備を捨てたことにより、ミラ機は先程よりも機動性が上がっている。地を蹴り、ブースターを吹かしてガミジンの駆る黒竜角に真正面から向かっていく。
「その心意気は買ってやるよ。だが、甘いッ!」
 黒竜角のクローが陽光を照り返してギラリと光る。上空から襲い来る流星の射撃をかわしながら、黒竜角もまたミラ機へと向かう。
(接近戦ではガミジンには勝てない。かと言って、射撃は全部かわされる)
 驚異的な反射神経と、天才的な戦闘センス。それが戦場に化け物を生んだ。
(こちらが優っているのは人数だけ。ならば――それに頼るしかないッ!)
 一瞬だけでいい。一瞬だけかの悪魔を止めることができたなら。
 カナタの射撃の腕前ならば、確実に仕留めてくれるはずだ。
「良く見ていろよ、カナタ!」
 ブースターをさらに過熱させる。オーバーヒートの警告が鳴る。構うものか――ミラはさらに加速させる。
 上方から接近する黒竜角。それを迎え撃つ羅甲。
 チャンスは――今、この瞬間に。
「喰らえッ!」
「!」
 突然羅甲が振りかぶり――。
 手にしていたヒートアックスを投げつけた。
「――チッ!」
 さすがに予想外だった。胴に向かって襲いくるアックスを避ける暇はない。黒竜角は手にしたクローで払いのける。
 わずかに加速が鈍った。体勢が若干崩れる。そこに――ミラ機が突撃する。
「おおおおおおッ!」
「舐めるなッ!」
 肩からのタックル。迎え撃つは黒竜角のクロー。
 ガガガッと激しい音を立て、羅甲の左肩から先が中空に舞った。
「うおおおおおおッ!」
 しかし、勢いは止まらない。クローで抉られながらも羅甲は黒竜角にタックルを敢行する。
 狙いは違わない。残った右肩から突っ込む羅甲を、黒竜角は正面から受ける形となった。
「チッ! この――」
 衝撃はあったものの、黒竜角にダメージはほとんどない。しかし、出力の制限がかかっているせいで勢いのついた羅甲を止めることができない。
 空中で組み合った二機は、そのまま地上に向かう。黒竜角は羅甲を引き離そうとするが、羅甲は残った腕を黒竜角の肩に回して体勢を維持しようとする。
「今だ! 撃て、カナタ!」
(こいつ――最初からそのつもりか)
 一連の動きから、こちらの出力が下がっていることを見越しての特攻。熱血なようでいて冷静な判断が伺える。なるほど、アルバートが信頼を置くのもわかるというものだ。
「だが、まだ足りないな」
 圧倒的に不利な状況。それでもガミジンは不敵に笑う。背筋がひりつくようなスリルを、彼の身体はまだ感じていない。それはすなわち――まだ状況に余裕があるということだ。
 生物に生来備わる野生の闘争本能と、人の文化が生んだ狂気の闘争本能。それが高度に結びつき、生まれたのがガミジンという男の持つ圧倒的な闘争力だ。
 その本能が伝えている。状況はまだ焦燥に値しない。余裕をもって行動に当たれ、と。
「カナタ! 急げェッ!」
「――了解」
 グッ、と身体が何かを感じた。全身の筋肉が痙攣するような感覚。こちらに向けられた銃口に体が勝手に反応したのだ。
 反射的に黒竜角の腕が動く。クローを羅甲の右腕の付け根に打ち込み、ねじるように回転させる。メキメキと嫌な音を立て、羅甲の右腕が崩壊する。
 続いてその細い胴に膝を打ち付ける。コックピットに近い部分だ。ほぼダイレクトに衝撃を受けてミラの集中力が切れたのか、羅甲の体勢が大きく崩れる。その機を見逃さず、横殴りの一撃を頭部に。ぐらりと傾いだ羅甲の胴体を――最後に思い切り蹴りつける。
 両者が反対方向に飛び、その真ん中を流星の放った黄金の光が通過する。
 一連の攻撃――その間、わずかに一とコンマ数秒。最善だけを選んだガミジンの行動は、まさしく奇跡と呼ぶに近い。
 黒竜角は地響きを立てて着地し、羅甲は頭から地面に突っ込んだ。そのまま数十メートルを転がり、壁に激突する。
 画面に踊るDestroyedの文字。
「フン。まあまあ、ってところだな」
 それは彼なりの賛辞の言葉だった。
「クッ……誇り高き死に、感謝すべき……か?」
 全身を駆け巡る痛みに耐えながら、ミラは言葉を絞り出す。
 黒竜角の動きの最後――羅甲ミラ機を蹴りつける動きは、本来必要のなかった行動だとミラは気づいていたのだ。傍から見ればとどめの一撃にしか見えないその動きは、ミラ機を無駄な相打ちから救う一撃だった。
「死に様に誇りも何もない。あるのは闘争の結末だけだ」
「……それでもあんたは誇り高き狼さ」
 その言葉を最後にミラからの通信は途切れた。どうやら気を失ったらしい。
「さて」
 黒竜角は地に転がる羅甲から上空の流星へと視線を巡らせる。
「次で最後だ。せいぜい楽しませろよ――小娘」



 コックピットの中はいつだって孤独だった。
 けれど、コックピットの外には仲間がいることを、カナタはこの部隊に配属されてから知った。
 ナカマ。それは"味方"とは違うものだと隊長は言った。
『味方って言うよりもさ、何だか温かみのある言葉だろう?』
 カナタには意味がよくわからない。素直にそう言うと、隊長は何故か笑みを浮かべて頭を撫でた。
『いつかきっとわかるさ。皆と一緒にこの先も生き残っていけたのなら』
『そうですよ、カナタちゃん』
 エルミナ姉様も笑いながら言葉を重ねた。
『仲間の皆はきっと、カナタちゃんに色んなことを教えてくれますから。カナタちゃんも皆に甘えていいんだよ?』
 戦うことしか知らないカナタに、色々なことを教えてくれる存在――。
 仲間。
 それが。
 すべて、いなくなってしまった。
(――黒い悪魔)
 禍々しき黒竜角の姿。こちらを見上げる二つの赤い瞳。
(あの悪魔が――連れ去ってしまった)
 瞳を巡らせれば、荒涼とした大地に半壊したミラ機が打ち捨てられたように横たわっている。ラッシュ機も、アルカム機も、ウルカム機も――全部が全部、壊されてしまった。
 これはシミュレーションだ。現実ではない。わかっている。理解している。自覚している。けれど――。
 この気持ちは何だろう。この――身体のうちから湧き出てくるような、熱い気持ちは何なのだろう。
「来いよ。お前で最後だ」
 黒竜角は動かない。流星を待ち受けるつもりのようだ。
 ギリリ、と耳元で音がした。
 ――何の音?
 ああ、これは――奥歯を噛みしめた音だ。
 何故そのようなことをしたのかわからない。いつの間にか歯を食いしばっている。ふてぶてしく立ち塞がる黒竜角を睨みつけて――。
「カナタ、征きます」
 宣言。同時に驀進。
 いつもの弧を描くような動きではなく、ただ真っ直ぐに黒竜角を目指す。
「ハッ、正面から来るかッ!」
 ガミジンの背筋を熱い何かが伝う。冷たいのではなく、熱い何かだ。強敵を前にした時、彼の身体は否応なく高潮する。
「面白ェ。来いッ!」
 呼応するように流星がビームライフルを放つ。先程よりも一層鋭い光線が襲いくる。黒竜角はバックステップで背後に飛びつつ、わずかに身を屈めて攻撃をやり過ごした。
 流星は止まらない。地面すれすれまで下降すると、そのまま地煙を上げながら突進する。再びライフルを構えると、三発続けて発射した。
(ん? こいつは――)
 ガミジンは訝しげな顔をしつつ機体を巡らせてビーム光をやり過ごす。
(なるほどな。いやに連射がきくと思えば、ビームの強さを調整できるのか、あのライフルは)
 だが、それにしても――とガミジンは目の前を旋回する機体に目を凝らす。
 ビーム兵器を搭載している時点で分かっていたことだが、他が羅甲を使っているのに対し、この機体だけは特別過ぎる。独特なフォルムをしているものは大概が専用機か、それに近いものだ。少なくとも量産を前提としているように見えない。
 何故このような機体が一機だけ、アルバートの部隊にいるのか?
 ガミジンの勘が、一瞬、何かキナ臭いものを感じた。
(――フン。そのようなこと、俺の知ったことか)
 本人のいないところであれこれと詮索するのは性に合っていない。それよりも、目の前の闘争に没頭すべきだ。
 こいつは――なかなかの上物のようなのだから。
「そろそろ行くぜッ!」
 放たれたビームをかわす。と同時に、黒竜角は地を蹴って流星に向かって跳躍した。
 流星に対して初めてとる積極的な行動である。気迫をみなぎらせ、黒き英雄は空中を旋回する流星に殺到する。
「!」
 カナタは何か悪寒のようなものを感じ、操縦桿を握る手を一瞬止めた。
(この感じは……何……?)
 流星の動きが一瞬止まる。その間を見逃さず、黒竜角はブースターを白熱させて一挙に距離を詰めてくる。
 ――距離をとらないと。
 流星は空中で一転し、黒竜角に対して円弧を描くように距離を取ろうとする。
「逃がすか!」
 黒竜角の頭部から触角が伸びた。見かけは細いが、高電流の流れる電磁ロットのようなものだ。触れればただでは済まない。
 左右のマント型のブースターを別方向にそれぞれ広げ、流星は曲芸的な動きで迫りくる触角をかわす。宇宙空間で見せた自在な動きは重力の支配する地上においても健在だった。
「ほう、面白い。ソイツはそうやって使うのか」
 黒竜角のコックピットでガミジンは口端を歪めて笑った。
「だがな、逃げてばかりじゃ勝てないぜ、お嬢ちゃんよ」
「ッ!」
 マント型ブースターが過熱し、流星は通常飛行に戻る。
(敵は予測よりも良い動きをする……もっと上手くやらなければ……)
 ミドルレンジを維持しつつ、位置を変えながらビームライフルを連射する。これまでの黒竜角の動きを全てフィードバックしての攻撃だ。当たる――そう思った瞬間に、ビームは黒い悪魔をすり抜ける。
(何故……当たらない?)
 これが駄目なら次に。次が駄目ならその次に。精度は回をこなすごとに上がっているはずだ。
 人の力量には限界がある。戦闘中の補正が追い付かないほどに敵が成長していくことなどあるはずがない。ならば、いつかは当たる――そのはずなのに。
 当たらない。捉えられない。黒竜角は――いつでも予測の外にいる。
(当たらない……当てられない……)
 ドクンドクン。耳元で何かが脈打っている。これは――。
 カナタは己の動悸が上がっていることに気が付いた。胸が痛いくらいに脈打つ心臓。気づけば手先足先が強張っている。カタカタとわずかに震えている。
 ――これは何?
 集中が乱れる。その一瞬を見逃さず、黒竜角は再び距離を詰める。
 カナタの仲間を葬ってきたクローが鈍く光る。モニター上でそれを見た時、カナタは反射的に流星を黒竜角から遠ざけようと動いていた。
 ギャン、と音がした。流星の装甲表面をクローが掠ったのだ。
「……ハァ、ハァ……」
 口から息が粗く漏れる。顎先を汗が滴る。
(これが――)
 迫る黒い悪魔。こちらの事情など知らぬげに、長く鋭いクローを振りかざし、流星の身体を抉ろうと突進してくる。
(これが、恐怖、なの?)
 ビームライフルの連射しつつ接近し、左腕の機関砲を近接から発射。
 すれ違い様にさらに二射。
 急激な旋回の後、こちらに半身を見せている敵に向けて狙い澄ました一撃を。
 当たる。当たるはず。当たれ。

 ――当たれ!

「……どうして」
 当たらない。落ちない。黒い悪魔は潰えない。
「……フン。もう終わりか?」
 ガミジンは興ざめしたように呟いた。
 戦いの途中から流星の動きが引け腰になったことに、彼は少なからず落胆しているようだった。
 パイロットの素養はなかなかのものだった。敵の動きを次の攻撃にすぐさま反映させるなどと言うことはなかなかにできることではない。
 ただ――いかんせん、パイロットの心根が弱すぎた。
「くたびれ儲け、ってヤツか。この代償は高くつくぞ、アルバート」
 黒竜角はクローを構える。
「さあ――これで終わりだ、新型のパイロット!」
 来る。黒い悪魔がやってくる。
 動かなければ。
 かわさなれば。
 牽制の射撃を。
 回避の行動を。
 その全てが――己の破滅に結びついている。
 どれを選択してもあのクローで貫かれる。抉られる。砕かれる。
 カナタの頭の中を何百もの敗北が展開される。
 ――イヤ。負けたくない。イヤ。負けてはいけない。
 負けたら――意味がない。意義がない。己の存在する必要性がなくなってしまう。
「やだ」
 口をついて出た言葉。
「やだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ負けたくない!」

「――だったら自分で掴み取れッ!」

 声が。突然聞こえた声が、カナタの身体をつき動かす。
 目の前に迫ったクロー。大ぶりなその一撃を、身体を屈めてかわそうとする。
 かわしきれない。肩を抉られ、衝撃と共に流星は吹き飛んだ。肩を覆っていたパーツが空中に飛散する。けれど。
 けれど――流星は、カナタは健在だ。
「あ……」
 状況は、あっさりと予測を超えた。
「おっしゃ。やればできるじゃないか、カナタ!」
 通信機から聞こえる声。アルバート隊長の声だ。
「隊長……?」
「口を出す気はなかったんだけどさ。まあなんてーの、ついつい見てらんなくて――」
 そこで、通信機の向こうからゴンと音がする。
「いってーな! いきなり小突くなよ、ミラ!」
「うるさいッ! 神聖な戦いに何を口出ししてんだ、アンタは!」
 ミラの声だ。
「もともと多対一なんだから今更俺が混じっても問題ねーだろ」
「だったら最初から混じってくださいよ!」
 ラッシュの声もする。
「お前は一人前なんだろ。だったら手助けとかいらないはずだしー?」
「ぐっ。性格悪いなーもー!」
「ラッシュ今頃気づいたの? 隊長は腹黒いんだよ? ドス黒いんだよ?」
「そうだね。グロいよね」
 双子の声も聞こえてくる。
「もうっ、皆さん! ワイワイ騒いでたらカナタちゃんが集中できないでしょ! だいたい皆さんはいつもそうやって緊張感なくて、傍から見てる身分としてはいつもいつもハラハラさせられるんですからー!」
「エルミナ。お前の声が一番でかいって。――ああ、まあ、こんな感じだから、カナタ」
「……はうっ」
 返事をしようと思ったら、何故か変な声が出てしまった。
 通信の先で沈黙が漂い、次の瞬間爆笑が聞こえてくる。
「…………?」
 笑い声が聞こえる理由が良くわからない。良くわからないが――。
 なんだか安心した。気持ちが落ち着いた。
 これなら――大丈夫。
「カナタ」
 まだ笑いの余韻が残る声でアルバートが言う。
「シミュレーションに頼るな。予測に依存するんじゃない。お前にはお前の戦い方が必ずある」
 隊長の言葉は心強くカナタに響く。
「今日までミラたちと一緒に訓練してきたことを思い出すんだ。そして、勘違いするんじゃないぞ」
「?」
「お前のミッションは敵を打ち負かすことじゃない。いつだって俺たちのところに無事で帰ってくることなんだから」
「……はい」
 一つ大きく深呼吸。
 そして。
 目の前の悪魔と対峙する。
「……ったく。青臭ェやりとりをしやがって」
 通信の内容は、断片的にだがガミジンにも聞こえていた。アルバートがわざと流してきたのだろう。
「――まあいいか。ただ終わるよりも、もっと面白そうなことになった」
 ニヤリと笑い、ガミジンはモニターの向こうの流星を見やる。
 片方の肩を負傷した流星は、それでも無傷の先程よりもよほど大きく見えた。
「――隊長。カナタ、征きますッ」
 マント型ブースターが左右に広がり――。
 流星の全身を、緑色のラインがまるで血管のように這っていく。
 禍々しい姿。これが本来の流星/流の姿だ。
「――ハッ。どうにも"正義の味方"にゃ見えねェな」
 ガミジンは愉快そうに笑うと、
「さあ、楽しもうぜッ!」
 黒竜角は風を切って突撃する。
 呼応するように流星もまた風をまとい――。
 二つの悪魔は空中で激突した。



 ……



「――まあ、話には聞いていたんだけど」
 アルバートは肩肘をテーブルにつき、目の前でスイーツを片っ端から平らげていく長髪の男を眺める。
「いざ目の前にするとめちゃくちゃシュールな光景だな、これ」
「そうか?」
 一口でショートケーキを平らげ、手に付いたクリームを舐めながら、長髪の男――ガミジンは顔を上げた。
「別に大したことじゃないだろう、これくらい」
「俺は食う量のことを言ってるわけじゃないんだけど」
 いや、食う量も十分すごいんだけどさ――。
 心中で思い直しながら、アルバートは脇に積まれた皿を"見上げる"。
「さっきから店員が驚異の目で見てるぞ」
「売り上げが伸びて嬉しいんだろう」
「……違いないね」
 再び食事を再開するガミジンを尻目に、アルバートは通りかかった店員をつかまえて紅茶を頼んだ。
 これで三杯目の紅茶だ。運ばれてきたそれを口元に運びながら、アルバートは満足げにケーキを頬張る黒い英雄を眺める。
 つい先ほどまで鬼のような活躍を見せていた凄腕パイロットとはとても見えない姿である。聞いたところによると、黒い長髪を後ろで縛ったその姿は、"真剣勝負"に挑む時のいつもの姿らしい。
「……ま、こんなモンか」
 ガミジンがようやく一息入れたのは、アルバートたちが店に入ってたっぷり一時間が経過した頃である。
 成長期の子供たちが考えなしに注文をしたとしても、ここまでの皿を要するのは稀だろう。それほどの数の皿の一つ一つにケーキやらプリンやら甘味の類が乗っていたのだ。
「お前は食わないのか? お前の奢りなんだから遠慮するなよ」
「遠慮なんかしてないよ。見てるだけで口の中が甘ったるくなってきたんだ。十分堪能したって」
「ずいぶんと得な体質をしているな」
 ガミジンはコーヒーをすすった。
「で、この店はどうだった? ネットで評判になってたんだけどさ」
「まあ、七十点ってところか」
「辛口だね」
「満点を知った後じゃ、ちょっとやそっとじゃ点数は上がらんぜ」
 にやりと笑い、ガミジンはコーヒーをコースターの上に置いた。
「満点?」
「地球にいい店があるのさ。――お前が望んでいたのはそういう情報だろ?」
 アルバートはふうと息を吐き、紅茶のカップを置いた。
「そうなんだけど。――その前に改めて礼を言わせてくれ。今日は訓練に付き合ってくれてありがとう」
「……フン」
「助かったよ。このまま地球に――戦場に行くのは不安だったんだ」
 アルバートは再び紅茶をすすった。
「あいつらは何度か死線をくぐってる。戦いの素人じゃない。けど、本当の戦場は知らない」
「辺境の戦場じゃ経験は積めない、ってか?」
「……規模が違うんだ。テロリストや宙賊相手じゃ、周りが敵だらけの戦場なんてほとんどない。数だって少ないし――エース級と出会う確率もほとんどない」
「ま、確かにな」
 腕を組み、ガミジンは背もたれに深く身体を預けた。
「絶対の強者を相手にした時、どうやって対応していくか。そのことを現実的に考えられるようになるきっかけが欲しかった。……まあ、しかし、いきなり最上級のエース相手じゃキツかったみたいだけどなぁ」
「手加減はしてやったつもりだぞ」
「うん、わかってる。基本的に受けに徹してくれたことはありがたい。とはいえ――結局誰の攻撃もまともに当たらない結末ってのはさ」
 苦笑するアルバートの前で、ガミジンは肩を竦めた。
 結局――特殊なシステムを起動したカナタですら、出力制限のかかったガミジンの黒竜角を一度も捉えることはできなかったのだ。第三〇五辺境警備隊は一機の悪魔によって、完膚なまでに叩きのめされてしまったのである。
「それが不満ならお前が出てくりゃ良かったんだ。あのふざけた名前の羅甲にまだ乗ってるんだろう」
「俺式のこと? もちろん現役バリバリだよ。まあ、最近ちょっとご無沙汰なんだけど」
「お前がいれば戦況も変わっただろう。ま、しかし、それじゃあ今回の訓練の意味がないな」
「そういうこと。答えを与えることはできるけど、戦場では絶対の解答なんてない。自分で答えを探す術を持っていないヤツから死んじまう……」
 そう言った時、アルバートの瞳に暗い影が射す。ガミジンはすぐに気付いたが、コーヒーカップに手を伸ばして気付かなかった振りをした。
「ガミジン。正直なところを教えて欲しい。今回の訓練で、ウチの面子をどう感じた?」
「……お前が言ったとおり、面白いヤツは揃っているな。だが、これまたお前の危惧している通り、戦場の経験が少なすぎる。一番マシなのはあのミラとかいう女だが、ヤツにしたっていざとなればわからない。そんな不安な要素を感じた」
「……そうか」
「地球は厳しいぜ。あそこには強者がゴロゴロいる」
 俺にとっては楽園のようなところだけどな――ガミジンはそう言って不敵な笑みを見せる。
「中でもKGFって連中はとびきりだ」
「KGFか。噂では聞いてる。国家に属さないフリーな私設機関だって話だよな」
「そうらしい。だから、ところ構わずに出てくるぜ。油断してるとサクッとやられる。特に剣を持った青い機体だ。ヤツには俺も不覚を取った」
 言葉の内容とは裏腹に、ガミジンの浮かべた笑みは消えない。むしろますます楽しそうに見える。
「機体の性能がすごいのか? それともパイロットの技量かね?」
「両方だな。俺の黒竜角と同じようなものだ。シンとか言ったか――あのパイロットのセンスをいかんなく発揮するように、あの青い機体は作られている」
「シン、か……」
「声からするにまだガキだろうな。しかし、未開の惑星ってのはよくそういう化け物を生む」
「……そうだな。KGF以外の軍はどうなんだ? 確かあの星はかなり細かく国が分かれていたよな」
 アルバートが辺境で仕入れた知識によると、地球には二百近い国家が乱立しているらしい。統一的な政府の存在はなく、各国が協力してアムステラの侵攻に当たっているというのが大まかな現状のようだ。
「そうだな。それぞれの国が癖のある機体を作ってやがる。まあ――俺の眼鏡にかなうようなヤツはそうそうはいねェが」
「俺たちが下りるのはアメリカって国らしい。今日の模擬戦のフィールドもそこからチョイスしてみたんだけど。どうなのかな、アメリカって国は」
「全身銃器のような極端なエース機がいると聞いたことがある。他にもいくつか……ブラッディウルフってコードネームで呼ばれる部隊の赤と黒のエース機、それにプラズマを使った格闘術を使う機体もいたはずだな」
「……全部機体の情報じゃないか。俺が聞きたいのは敵の技術レベルとか国民性とかなんだけど」
「俺が知るか、そんなもの」
 あっさりと言い放ち、ガミジンはメニューを手に取った。まだ食べる気でいるらしい。
「状況は結構混沌としてそうだな……」
「混沌としてない戦場なんてものは見たことがないがな。どこの部隊に所属するとか、そういう話は来たのか?」
「いや、まだ何も。降下地点の情報だけだ。どんな作戦に参加するかもわからない」
「……どうもキナ臭いな」
 運ばれてきたケーキをフォークで切り分けながらガミジンは言った。
「あの娘に関係することか」
「……あの娘?」
「はぐらかすなよ。あの――白い変な機体に乗ったガキのことだ」
「ああ」
 アルバートは冷えた紅茶を飲み干すと、お代わりを要求してから、テーブルに片肘をつく。
「そうかも――しれないな。カナタが来てから色々とゴタゴタし始めた。それは本当のことだ」
「死ぬぞ」
「え?」
「死ぬぞ、あの娘は。確実に」
 顔を上げると、ガミジンは正面からアルバートの顔を見つめていた。
 黒い双眸はどこまでも真っ直ぐだ。本人にその気がなくても、心の内を見透かされているような気分になる。
「自分で判断できないヤツは真っ先に死ぬ。それは鉄の掟だ。それとも何か、お前は今日みたいに、あいつの子守りをずっとやっていくつもりなのか」
「……そんなつもりはないよ」
 ふうと溜め息を吐き、アルバートはまだ熱い紅茶に口をつける。
「このままじゃ俺が死神になるってことも自覚してるつもりだ。けど、変わる可能性があるってことも――感じてる」
「この先の戦場は甘くない」
「うん。それでも」
 紅茶を置き、顔を上げて、アルバートはかすかに微笑んだ。
「俺は決めたんだ。あの子を導こうってね。いや、カナタだけじゃない。俺の部隊全部を、だ」
「――ならいい」
 いつの間にかケーキを平らげていたガミジンは、そう言うと大きく伸びをした。
「良く育てておけよ。集団戦でならそのうちにまた相手してやってもいい」
「オッケー。伝えておく」
 笑いながら、アルバートは伝票を持って立ち上がった。上着を手にガミジンも立ち上がる。
「今日は色々ありがとさん。今後もしばらくは地球勤務が続くんだろ?」
「らしいな。ま、願ったり叶ったりだ」
「じゃ、向こうで会ったら、さっき言ってた一押しの店に連れてってくれよ」
「いいだろう」
 話しながらレジへ向かう。男二人連れは店内のあちこちから視線を集めたが、アルバートはもう慣れてしまった。さっさと会計を済ませようと伝票をレジの前のウェイトレスに渡す。
「先行ってるぞ」
「あいよ」
 レジを打つウェイトレスの前に立ち、アルバートはポケットから財布を取りだした。
「会計はこちらになります」
「はいはい。えっと、――ん? え? ええっ!?」
「どうなされましたか?」
「い、いや……ちょっと待ってくださいねー」
 表示された金額は想像していたよりも一つ桁が多かった。嫌な汗を感じつつアルバートは財布をそっと開いてみる。
 ――足りない。圧倒的に足りな過ぎる。
「が、ガミジン! ちょっと!」
 既に店の外に出ていたガミジンに向かい、アルバートはドア越しに呼びかけた。
「あん? なんだよ」
「やべー。持ち合わせが足りねぇわ。金持ってない?」
「お前が奢るっつーから何も持ってきてないぞ俺は」
「…………」
「……じゃ、先に帰るから」
 軽く片手を上げ、黒い英雄は悠々と去っていく。
「ち、ちょっと待ったーッ!」
「恐縮ではございますが、お待ち頂きたいのはこちらにございます、お客様」
 いつの間にか店長らしき男が側に立っていた。
「会計をお済ましになってからお連れの方をお追い下さいませ」
「……いやー、そのー、はは。一連の会話聞いてたら、状況が何となくわかります、よねぇ?」
「それでは、お客様」
 店長はにこりと最上級の笑顔を見せる。
「奥にお越しくださいませ。じっくりと今後についてお話しいたしましょう」



 ……



 翌日。
 アルバートは朝早くからホテルを出た。
 路上でタクシーを掴まえると、行き先を告げる。特別な場所ではなかったので、運転手はすぐに場所を了解し、タクシーは市街地を進み出した。
 ここは惑星オルタロウスの八つある主要都市のうちの一つ、ケルトタオと言う名の大都市である。もともと大きな惑星ではないので、主要都市と言っても人数規模はさほどでもないが、活気があるのには変わりがない。
 人通りも車通りも多く、タクシーはなかなか進まなかった。ぼうっと外の風景を見ていると、運転手が話しかけてくる。
「お客さんはどこから来たんです?」
「空の上から来ました」
「ああ。宇宙からのお客さんかね。観光?」
「そんなところッス」
 主要な都市ともなると星の外との交流も多く、妙な偏見を持つ人物も少ない。運転手もその例に漏れないようで、後ろの座席につく異星人に臆した様子はなかった。
「最近はこの辺も平和になったねぇ。おかげでこんな風に車が進まんのだけど。お客さん知ってる? 数年前に大きな戦いがあったんだよ。この辺もね、ずいぶん焼けたものさ」
「そうなんですか」
 アルバートは窓の外の風景を眺め続ける。
「反アムステラ組織って言うのかい? そう言うのがね、大暴れしてね。もうちょっと行くとまだ瓦礫が残ってるところもあるよ。いや、あの時は怖かったですねぇ」
「…………」
「人もずいぶん死んだし。けど、ようやく街も復興してきてね。ホラ、一年前くらいにお姫様が来たんでさ。アムステラの」
「ヒルデガード様?」
「そうそう。あの方が視察に来るって言うんでね、アムステラのほうからも復興に相当なテコ入れがあったのね。街はあっという間に元通りになったってわけ」
「……そっか。あの姫様が」
 アムステラの姫君ヒルデガード。弱冠十二歳ながらも地球侵攻軍の長を務めているという。
 アルバートは画面の上の姫君しか見たことはないが、彼女の行動や発言からうかがわれる人となりには素朴な尊敬を抱いている。
「ん、ようやく郊外に出れたよお客さん。ここからは早いからね」
 話しているうちにすっかり気を許している様子の運転手は、陽気な口調でそう言って、窓を少し開けた。
 気持ちの良い風が入り込んできて、アルバートの長い髪を揺らす。前髪をかき上げて、アルバートは座席に深く座り直した。目を閉じると、車の振動が程よくて眠気を誘う。
「お客さん。もうすぐ着くよ」
 ――どうやら少しだけ眠っていたらしい。時計を見ると、二十分ほど時間が飛んでいた。いつの間にか周りは田園風景が主になっている。
「お客さん、帰りの足はどうするつもり?」
 目的に着くと、運転手は金を受け取りながら聞いてきた。
「またその辺でタクシーを探そうと思ってるけど」
「この辺は車が少ないよ。この番号宛てに電話くれれば、またここに迎えに来るけど」
 親切と言うよりも商売熱心のようだ。アルバートは苦笑すると、名刺を受け取って財布に挟んだ。
 タクシーから降りると、少し歩く。車通りがまばらな道をゆるゆると進み、見覚えのある角で立ち止まる。記憶を確認し、アルバートはまた進み出す。
 二十分ほど歩き、アルバートは目的の場所を見つけた。それは小高い丘のふもとに建つ直方体の建物である。かなり年季が入っており、有り体に言うのならば――かなりボロい建物だ。ただ、その敷地面積は異様に広い。
 ――アムステラ総合技術研究所・ケルトタオ支部。それがこの建物の名前だ。
 アルバートはその前に立ち、束の間見上げていたが、やがて意を決したように歩を進めた。正面口から中に入る。
 人気のないロビーは、その外見通りに雑然とした印象だった。窓際に置かれた観賞用植物は枯れ、待合用のソファーには埃が積もっている。下駄箱はあるがスリッパが見当たらない。客をもてなすという気配がどこを探しても見つからなかった。
 どうしたものかと立ち尽くしていると、奥のほうから足音が聞こえてきた。
「ん? ああ――お前か」
 ぞんざいな挨拶を寄こしたのは、くたくたの作業着を着込んだ初老の男である。熊のような顔つきをしている大柄な男だ。
「久しぶりです、ハロトンさん」
「元気そうだな」
「おかげ様で。こっちも変わりはないですか?」
「そうだな、フロアが土足禁止じゃなくなったくらいで大きな変わりはない」
 男――ハロトンはそう言って、背を向けた。
「そんなわけだから、上がってこいや。あいつに会いに来たんだろう?」
「ええ」
 頷き、アルバートは後に続いた。
 建物の中にはどこまで行っても人気がない。今日は休日だからだろう。前を歩くハロトンに聞くと、肯定の言葉が返ってきた。
「俺が若ェ頃は休日だろうが何だろうが機械いじりに来てたもんだがな。最近の若いモンは仕事に対する真摯さってのが足りねェ」
 ぶつぶつと呟くハロトンに、アルバートは苦笑を返した。
「その点、お前は見所があったんだがな。軍に持ってかれさえしなきゃ、俺の後を継いでもらおうと思ってたのによ」
「お、そいつは嬉しいなぁ、ハロトンさん。そんなに俺のこと買ってくれてたんだ?」
「馬鹿。昔のお前を、だよ」
 振り返り、ハロトンはにやりと笑う。その笑みが少し寂しげに見え、アルバートは何となく罪悪感を感じる。
 約十年前のことだ。専門学校を経て技術将校として軍に入ったアルバートは、その知識を買われ、ここケルトタオの技術研究所に配属された。その後、操兵パイロットとして軍に再編入させられるまでの数年間――何かにつけてアルバートの面倒を見てくれたのが、このハロトンだった。
 パイロットとなった後も、機体の調整やら何やらでハロトンとの付き合いは続いている。相談に乗ってもらったことも一度や二度ではない。しかし――あの一件があって、アルバートが惑星オルタロウスを後にしてからは、ほとんど会っていなかった。
「あいつはこの先にいる」
 廊下を進み、頑丈な扉をいくつか抜けたところで、ハロトンは不意にそう言って振り向いた。
「ちょいと用事を思い出した。お前は先に行ってろ。ロックは解除してある」
「――ん、了解」
 不器用な気遣いだ。アルバートは軽く頭を下げ、ハロトンの横を通り過ぎる。
(懐かしいな)
 汚い廊下も錆びついた扉も、アルバートがいた頃とほとんど変わりがない。何もかもがそのままだ。
 数年前に起きた大規模テロでも、この研究所は標的から外されたらしい。外見の劣化具合が反アムステラ組織の連中の目を曇らせたというわけだ。そう伝えると、ハロトンは微妙な顔をしていたっけ――。
 ここだ。廊下の突き当たり、両開きの黒い扉。やはり――変わっていない。
 ノブを回し、扉の表面に手を添える。ひんやりとした感触が手の平に伝わってくる。じわじわと――身体をむしばむように。
 ゴン、と大きな音を立て、扉を開いた。
 照明はすでについていた。アルバートの視界に、広々とした格納庫の風景が目に入る。
 そして。
「……変わってないな」
 広大な格納庫に、ぽつんと一機だけ。操兵が寂しげに立っている。
 アルバートは足を踏み出した。かつんかつんと足音を立てながら操兵のほうへと近づいていく。
 赤い――否、紅い操兵だった。全体的に細身で、すらりとした印象がある機体だ。
 操兵のすぐ前に立ち、アルバートは脚部に触れた。ひやりとした感触。当然だ、エンジンが入っていないのだから――そう思いながらも、アルバートは触れ続ける。どこかに彼女の残滓を探りとれないかと、かすかに期待しながら。

『――隊長』

 足もとから操兵を見上げる。胸にあるコックピットが開きっ放しになっていた。
 そこから、今にも誰かが顔を出しそうな――。

『アルバート隊長』

 そんなはずはないのに。
 アルバートは目を閉じ、首を振った。耳にまとわりつく幻聴を振り切るように。
「綺麗なもんだろうがよ」
 背後から声がする。いつの間に来たのか、ハロトンが扉にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ていた。
「ここまで仕上げんのに一年かかった」
「感謝の言葉もないッス」
 万感こもった言葉だった。深々と頭を下げるアルバートに、ハロトンは面倒くさそうに手を振ってみせる。
「頼まれたわけじゃなぇだろ。俺が勝手にやったことだ」
 つかつかと音を立てて近づき、アルバートの横でハロトンは紅い操兵を見上げた。
「しかしな、アルバート。やはり動力は入らんよ。俺も色々いじってみたが、うんともすんとも言わねぇや」
「……そうですか」
「少なくとも外傷はねぇ。中のほうだって直せるところは直した。けどよ、エンジンだけが入らねぇ」
 死んじまったってことかねぇ――。
 ハロトンは見上げたままで呟いた。
「死ぬ?」
「たまにあるんだよ。操兵に限らず、艦船やら戦闘機やら――完璧に直しても、エンジンの火が入らない。どうしたって入らんのだ。そういうとき、俺はその操兵なり戦闘機が"死んだ"んだって思ってる」
「死ぬ……兵器が死ぬ、か」
「こいつらだって好き好んで人殺しの道具に生まれたわけじゃねぇさ。いつかは休みたくなるんだろう」
 ハロトンは操兵の前まで歩いていくと、脚部をぽんと叩いた。
「こいつもそうかもしれん。まあ、もしくは――眠ってるだけかもしれんがな。いずれ時が来れば動き出す、その可能性もゼロじゃない」
「……ハロトンさん、こいつは」
「情けない顔するんじゃねぇよ」
 くるりと振り向き、ハロトンはその髭面を歪めてニッと笑った。
「お前がケジメつけるまで待っててやるよ。幸い、こいつは四年前のあの戦の"英雄"なんだ。上の連中も簡単にスクラップにはできんさ」
「……ありがとう」
「墓参りにも行くんだろ? 裏手に綺麗な花が咲いてる。摘んでって、墓前に供えてやれよ」
「ああ……そうだな。そうしよう」
 アルバートは操兵に歩み寄り、もう一度手を触れた。
 そのままで、少し、時を過ごした。



 ハロトンの助言通り、研究所の裏手には色とりどりの花が咲いていた。
 手入れされている様子はないから、自然に咲いたものだろう。
 アルバートは薄い青色の花弁を持つ花を五つ摘み、裏手から丘の頂上に向かって延びる道を歩き出した。
 道と言っても、ほとんど獣道と変わらない。丘は結構な高さがあったから、アルバートは頂上に着く頃にはかなりの汗を掻いていた。
 丘の頂上には一面に草原が広がっている。もちろん管理などされていないから、膝のあたりまで好き放題に伸びていた。
 アルバートは草をかき分けて進んでいく。ふもとから吹き上げる風が草を揺らし、さわさわと揺れる。
 そんな、全てがざわめくような世界の中。一つだけ揺らがぬものがある。
 それは丘の上に立つ一本の木だった。
 アルバートはそちらを目指して歩を進める。
「――よう。久しぶり」
 木の根もと。そこにささやかな墓があった。
 一抱えほどの石を切りだして作った、墓と呼ぶには少々小さいものだ。飾り気もない。無骨な直方体である。
 アルバートは手に持っていた花を墓前に添えた。風に飛ばないよう、近くにあった石を重しにする。そして、腰を落としたその体勢のまま、墓に刻まれた名前を見上げた。
 ――かつて愛した人の名前。それは、墓石の風化と同じように、少し色褪せて見えた。
 けれど、何も変わっていない。アルバートの心に残ったこの思いも、傷跡も、四年が経った今も何も変わっていない。
「また歩き出すことになったよ」
 彼女の笑顔が浮かんだ。どんな時でも彼女は笑みを見せていた。笑うことが彼女のアイデンティティだから――彼女がそう心に決めていたから。
 今なら分かる。自分は彼女の生き方を否定も肯定もせず、彼女の表面だけを愛していた。分かろうという気持ちはあったが努力は足りなかった。何のかんのと理由をつけて――結局は、踏み込むことが怖かった。
「新しい部隊に、君と似た子が入ってきたんだ」
 常に笑う彼女と、笑えない少女。まったく正反対なのに、アルバートの中では輪郭が良く重なる。
「どうにも放っておけないんだ。君と出会ったあの頃と同じだ。俺は――お節介焼きなのかな」
 手を伸ばし、墓石に触れた。
 先程の操兵と同じように、そこに温もりはない。あるのは無機質な冷たさだけ――。
「覚えてるか? 俺は君に言ったよな。必ず守ってみせる、って。君を導いてみせる、って」
 アルバートは目を閉じる。
 風に交じって聞こえる幻聴。過去の残滓。それらを一つ一つ噛み締めながら、
「四年経って、俺にもまた大事なものができた。今度こそ――果たしてみせるよ。だから、もう一度君に誓わせてくれないか」
 一輪の花を抜き取り、目前にかざす。

「俺は必ず皆を守る。皆を正しい方向に導いてみせる」

 一つ、強く風が吹き。
 花は宙に舞う。
「無事終わって、帰ってきたら――、――」
 最後の言葉は、ふたたび強く吹き付けた風の中に消えていく。
 アルバートは立ち上がると、ひとしきり墓に刻まれた名前を眺め、やがて背を向けた。
「じゃあ、またな」
 風が揺らす草原の中。
 新たな誓いを秘めた男は、ゆっくりと歩き出した。



 ……



 駆逐艦『招雷』のドックする宇宙港まで戻ると、どこもかしこも人波で溢れていた。
 これから一斉にドックしている船が出港するのだろう。ケルトタオの宇宙港は規模がさほど大きくなく、軍用と民間用がはっきりと区別されていない。そのため、行き交う人々の姿も軍服姿だったり一般の普段着だったりとまばらな印象だ。
「おう、隊長。ここだ」
 人ごみの中からゴメス軍曹が手招いていた。屈強な人夫の中にあってもさらに頭一つ飛び抜けている、屈強な身体を持つ白兵突撃部隊長だ。
「ゴメス。悪いな、迎えに来てもらっちゃって」
「気にするな。ただの停泊じゃ、荷物の積み込み作業もないからな。手は空いていた」
 二人は人ごみの中を並んで歩き出した。
「他の面子はもう船に乗り込んでたかい?」
「おう。珍しいことだな。ミラやラッシュはともかく、あの双子まで時間通りに帰ってきた」
「そっか」
 昨日の戦いで一番悔しい思いをしたのはあの双子だっただろう。ほとんど何の実力もぶつけられないまま、ガミジンの駆る黒竜角に瞬殺されてしまったのだ。
「……墓参りに行ってたのか」
 少し控え目な口調でゴメスは聞く。
「うん、まあね。せっかくオルタロウスに来たんだし」
「……俺も行ければ良かったんだがな」
 ゴメスは少し目を細めてそう言った。
 四年前のあの戦いにゴメスも白兵部隊として参加している。アルバートとはその時からの付き合いになっていた。故に、アルバートがどう言う気持ちで地球に向かう前の経路としてオルタロウスを指定したのかもおぼろげに理解している。
「ありがとう、ゴメス。あいつも感謝してるはずだ」
「……ああ」
「さて、ちょっと急ぐか。艦長との打ち合わせもあるし――」
 と、そこで、アルバートは不意に足を止めた。
 ゾクリと悪寒を感じたのだ。
(――なんだ、これ)
 どこからか視線を感じる。何かが――見ている。
「ん? どうした、隊長」
 気付けば足が止まっていた。ゴメスが少し行ったところから振り返っている。
「いや」
 その肩越しに――。
「――ッ」
 一人の男の姿が見える。
 カツ、カツ、と石造りの地面を蹴り、その男は悠々と歩いてきていた。
 黒いコートの襟を立て、顔の半ばをマフラーで覆っている。表情はほとんど窺えない。しかし、その顔は――。
 つい、と、その眼が動いた。アルバートと視線が合う。
 その瞳は――虚無。何も映っていない。暗く、黒く、見る者を手招きするような――暗黒が広がっている。
 視線はすぐに外れた。男は悠々とアルバートの脇を通り過ぎる。
「――悪い、ゴメス。先に行っててくれるか?」
 男の背中を追いながら、アルバートは言う。
「『招雷』の場所はわかるか? 三十五番ドックだぞ」
「おう、了解。わかんなかったらその辺の人に聞くよ」
 言うや否や、アルバートは人混みを掻き分けて走り出していた。
 迷惑そうな顔をする人々に謝りながら、アルバートは前を目指す。先程すれ違った黒いコートの男を目指して――。
(まさか……そんなハズはない)
 可能性はゼロに等しい。けれど、ゼロではない。だからアルバートは走る。しかし――。
 それは徒労に終わった。人混みの中、完全に姿を見失ってしまう。
(……気のせいなのか?)
 乱れた呼吸を整えながら、アルバートはそれでも人混みの中に目的の人物を探そうとする。
 先程すれ違った男――。
 その顔に、アルバートは見覚えがあったのだ。
(ジェダ・フリークス――)
 惑星デシセントの希代のテロリスト。つい先日の戦いでその命を散らせたはずの、デシセント独立党のカリスマ。
 手配書で見たその顔立ちに近いものを、アルバートは今しがたすれ違った男から感じたのだ。
(死体は発見されていない。けど、宇宙空間を人間が一人で逃げ伸びるなんてことは不可能だ。ジェダは死んだ――本部だってとっくにそう判断を下してる)
 カナタとの戦いで機体を大破されたジェダは、機体を捨てて宇宙空間へと脱出した。パイロットスーツを着ていたはずだから宇宙空間での活動は可能だっただろう。しかし、その後二日間かけて行われた捜索においてもジェダは発見されていない。宇宙に漂う無数のゴミの片隅でひっそりと死んだと考えるのが普通だろう。
 だから、こんなところにいるはずがない。きっと他人の空似だ。これだけ広い宇宙だから、同じような顔をした男の一人や二人はいるだろう――。
 本当に、そうか?
 ゾクリ、と、先程感じた悪寒が再び背筋を這いあがってきた。
 光の失われたあの瞳から感じたのは、ただひたすらな奈落だった。カナタの無感動な瞳とは違う。カナタの瞳は"失ったモノ"が持つそれに対して――あれは、"捨て去ったモノ"が持つべき瞳の色だ。
 例えば――生と言うものに究極的に執着せねばならなかった時。人は、あのような瞳になるのではないだろうか?
「……クソッ」
 何に対して毒づいたのか自分にもわからない。
 根拠のない不安を抱えたまま、アルバートは『招雷』のドックする三十五番ドックに向かった。



 ……



「まったく大胆な人ですね」
 アルバートの位置するところから数十メートル離れた場所。
 そこに、二人の男がいる。
「目立つ行動は慎んで欲しいのですがね。まあ、余計なことを教えたあたしも迂闊と言えば迂闊ですが」
 片方はでっぷりと太った男だった。上品な服に身を包み、いかにも金を持っていそうな福々しい顔をしている。
「…………」
 対する男は、先程アルバートのすぐ側をすれ違ったコート姿の男だ。太った男の言葉にちらりと視線を動かしたが、すぐに視線を戻している。その先には――アルバートの姿がある。
「まあ、今更恨み辛みを言う気分でもないでしょうが。一応、彼と彼の率いる部隊が標的となります。あくまで今後の指針とでも言うべきレベルの話ですがね」
「……デクロ。あなたには感謝している」
 小さく口を動かし、コート姿の男は低い声で言った。
「私にはもう何もない。余計な気遣いは無用に願う。ただ命令だけあればいい」
「いいですねぇ。あなたは取引と言うものを良く分かっている」
 デクロと呼ばれた男はククッと笑うと、先に歩きだし、さあ行きましょう――と手招いた。
「彼らの目的地は地球。そして私たちの目的地も地球。すなわち――戦場は地球と言うわけです。働いていただきますよ、ジェダ・フリークス」
「……了解した」
 元・希代のテロリストは微かに頷き。
 そのまま雑踏の中へと姿を消した。




TO BE CONTINUED…