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同時多発テロによって慌しい雰囲気に包まれた基地の中。
「隊長! カナタちゃん!」
 二人の姿を発見して、エルミナは文字通り飛び上がって喜んだ。
「心配したんですから! 本当に!」
「すまんすまん。状況はどうなってる?」
 今にも飛びついてきそうなエルミナを手で制し、アルバートは尋ねた。
「駆逐艦『招雷』に話はつきました。ダロウズ艦長も協力してくださるそうで、こちらは出港準備できています」
「うしっ! 愛してるぜ、ダロウズのおっさん!」
「他部隊にも通達しました――が、反応は薄くて。正式な命令が来るまで動く気はないと」
「そうか。ま、予想通りだ。問題はないさ」
 アルバートは力強く頷いた。
 普段は頼りない隊長だが、このような土壇場になると頼もしい姿を披露してくれる。そんな隊長に、なんだかんだで隊員たちは信頼を抱いているのだ。
「あの、ところで隊長。こちらの方は?」
 見慣れない金髪の美女に、エルミナは不思議そうな視線を向けている。
「アーシェリカ技術中尉だ。流星担当のメカニックだってさ」
「はじめまして。アーシェリカ・エル・イドワーズです」
「あ、はい。第三〇五辺境警備隊でメカニックを務めるエルミナ技術少尉です。隊長の仕事のお手伝いもしてます」
「まあ、あなたもメカニックなのですね。よろしくお願いしますわ、エルミナ少尉」
「はい!」
 技術者二人が握手を交わすのを見届け、アルバートはパンと手を打った。
「よし、それじゃあ『招雷』に乗り込むぞ。流星も搬入済みだよな?」
「俺式以外は全て搬入済みです」
「うっし、それなら問題はな――ええっ? 俺式なんで搬入してないんだよ!」
 食ってかかるアルバートに、エルミナは気まずそうな顔をした。
「俺式、真っ先に陸戦用に改修されちゃってまして……戻すには時間がかかるって、シェムフさんから連絡が」
「そうだった……アイツから陸戦用に改修してたんだった……」
 アルバートはがくりと肩を落とす。
「あ、あの、隊長?」
「……わーってる。凹んでる暇はないな。とりあえず招雷に乗ろう。カナタちゃんとリカちゃんもついてきてくれ。早速で悪いけど、流星の力が必要になりそうだ!」
 言うが早いか、アルバートは走り出す。
「あ、ちょっと待ってください隊長!」
「待たない! 非常事態だぞ!」
「そっち逆方向ですってば! 『招雷』は今、第三ハッチに動いてますから! ああもう、止まってくださいってば、隊長ー!」 



カラクリオー外伝-Shooting Star-

第三話 孤高のテロリスト(中編)




 惑星デシセント第五ターミナル――主に貨物の運搬に使われるターミナルである。
 豊富な金属類、特にレアメタルの産地として有名な惑星デシセントであるから、ターミナルには貿易のための貨物船が常にひしめきあっている。
 夜も昼も常に行き交う人で慌しい第五ターミナルだが、今日は特に人通りが多かった。突如起きた多発テロにより、軍用を除くターミナルが全て閉鎖され、予定通り出港できなかった船の乗組員が下船しては騒ぎ立てているのである。
「まったく! テロだかなんだかしらねぇが、こっちはいい迷惑だ!」
「予定通り出航ができないと商売に響くんだよ。一日あたり百万以上の損害だぞ。あんたら払ってくれんのかよ!」
 船のオーナーや艦長たちが血相を変えてターミナルの管理棟に怒鳴り込む。入り口で応対する職員はほとんど半泣きであった。彼らとしても閉鎖したいからしているわけではなく、軍令によって仕方なく閉鎖しているに過ぎないのだ。
 オーナーたちにもそれは十分わかっている。わかっているが、納得はできない。だからこうして怒鳴りつけることで気を紛らわすしかない。結局、ターミナルの管理職員だけが負けっぱなしなのだった。
「まあまあ皆さん、落ち着いて。落ち着いてくださいよ。ここはあたしの顔を立てて、さあ」
 不毛に続く言い争いの場に、小太りの男がひょっこりと現れた。上品な服で腹の出た身体を包み、いかにも金を持ってそうな福々しい顔つきをしている。
「あんたは――デクロさんか。あんたもとばっちりを食らってるクチかい?」
「もちろんでさ。あたしの荷物はナマモノだしね。いくら真空パックしてるからと言って放置しときたくはないのよね」
 新たな敵の出現に職員は身構えたが、デクロと呼ばれた男はそちらに向かってにこやかな笑みを向ける。
「や、職員さんたち。そんなに警戒しなくて結構。あたしもね、道理はわかっているつもりだよ。そこで、折り合い案を用意したのさ」
「折り合い案……?」
「そう。あたしの手に入れた情報じゃ、テロの鎮圧ももうすぐ終わる。ようするに首謀者のジェダってヤツがとっ捕まればいいんだろう? 聞いた話じゃ、ヤツはもう袋のネズミだって話さ。あと二三時間もすりゃ閉鎖も解かれるはずさね。そこでねぇ、あたしは一つ提案したいのさ。閉鎖が解かれたらすぐに出向できるように、待っている船の火入れをしときたいのね」
「火入れ――エンジンを温めておくと?」
「そういうことさ。停泊する時分は火を落とすのが決まりだけど――現に今は火を落としてるんだけど。いざ閉鎖解除となれば、すぐにでも宇宙に飛び出したいじゃないのさね」
「しかし、原則は」
 反論しようとした職員の前にデクロはずいと出る。そして、すっと笑みを消してこう言った。
「あたしはね、あんたに提案してるわけじゃないんだよ。管理局長に伝えな。デクロが泣いて頼んでます、ってねぇ」
「は――はい」
 迫力に押され、職員は慌てて管理棟の中に入っていく。
 他の職員たちもそれを機会に管理棟の中に引き上げると、言い争いをしていた艦長や船のオーナーたちはデクロの周りに寄ってきた。
「さすがだな、デクロさん。火を入れさせてくれ、ってのはなかなかいい案だ」
「おう。乗組員どもを船に勾留する絶好の理由になる。あいつら、港で自由にさせてたら必ず問題起こすからな」
「ほっほっほっ。困ったときはお互い様というわけでね」
 デクロという男、それなりに人望があるらしい。彼の周りには自然と人の輪ができている。
「しかしデクロさん。ジェダ・フリークスが捕まりそうだってのは本当のことなのか?」
「さて。あたしはそう聞いたってだけの話ですが。それなりに確かな筋ですよ」
「ふうむ。ついにあいつも年貢の納め時ってわけか」
 集まった男たちは顔を見合わせた。迷惑をかけている張本人であるはずなのに、どの顔にもしんみりとした色がある。
「ヤツにゃあいろいろ迷惑被ったが……ついに捕まるってなると、なぁ」
「だな。なんとなく納得できねぇってか……殺しても死なないイメージあるしな」
「オールスロイトの爆破テロの中を生き残った男だぜ! 捕まって銃殺刑なんてのは似合わねぇよ」
 声高に話し合う男たちを、デクロはにこやかに見守っている。
 と、そこへ先程の職員が現れた。背後に高級そうなスーツに身を包んだ初老の男を連れている。
「やあ、局長殿。ご足労すみませんねぇ」
「デクロさんか。相変わらず、無茶を言ってくれるな……」
 初老の局長は渋い顔をしていた。
「ふふ。まあまあ、付き合いの長いあたしとあなたじゃないですか。いつもよりも振舞いますよ。こちらも今回の商売は余裕がないのでねぇ」
「……ふむ」
 局長は考え込んだ。
 一見すると紳士に見える外見をしているが、中身は立派な俗物らしい。自分の立場と賄賂の金額を考え、その釣り合いを必死で取ろうとしている。
 ややして顔をあげると、局長はデクロに頷いてみせた。
「いいだろう。私とあなたの仲だ。申し出を了承する。ただし、火を入れて良いのは出港順位が十位以内の船だけだ。それで良いかね?」
「それはもう。ご協力に感謝いたしますよ」
 丁寧に頭を下げると、局長はふんと鼻を鳴らして背を向けた。
「皆さん。聞いた通りです。船に戻って準備いたしましょう」
(これで仕事はすべて果たしましたよ、ジェダ・フリークス)
 にこやかに笑みつつ、デクロは心中でテロリストリーダーの名を呼んだ。
(あとはあなた次第。さあ、最後の一花、見事咲かすことはできますかな)



 一方、その頃。
 軍用宇宙港として割り当てられている第八ターミナルから、一隻の駆逐艦級戦艦が出発した。
 宇宙戦用駆逐艦『招雷(しょうらい)』である。青色に黄色のラインが走るという少々悪趣味な色合いをした戦艦は、ターボモーターをフル回転させて悠然と宇宙空間へと飛び出した。
「で、飛び出したはいいが。当てはあるのかね」
 艦長のダロウズが発した唐突な言葉に、司令室にいた副官以下の乗組員たちはギョッとした眼を向けた。
「当て、かぁ。まあ、あるっちゃあるんだけどね」
 頷き、アルバートは取るべき方向を告げた。特に異論を挟むことなく頷き、老年の艦長は操縦士に指示を出す。
 今年で六十五になるダロウズ艦長は、アルバートが第三〇五辺境警備隊に所属した当初からの付き合いである。温厚でどこかのんびりした気風を持っており、滅多に怒った顔を見せない。悠然と前を見、艦長席に座っているその姿は、無数の修羅場を潜り抜けた英雄がまとうべき雰囲気を持っている。
「エルミナから聞いてると思うんだけど、今はまだ状況の変化待ちってところなんだ」
「わかっている。時と場合によっちゃ、この出港は無意味になるんだろう」
「そんなトコ。やー、悪いね」
 にへらと笑ってみせるアルバートに、ダロウズはフッと苦笑を浮かべた。
「お前が謝る筋合いはない。その時はその時で、私が信頼する相手を間違えたと司令官殿に謝罪するだけだ」
「ははっ。その言葉がいちばんズシンと来るんだけど」
「アルバート中尉殿。操兵格納庫から連絡があります」
 通信兵の一人がそう言ってモニターの前から振り向いた。
「お、了解」
 そちらに寄り、アルバートは受話器を受け取った。機密の漏えいを防ぐという名目で船の中はすべて有線通信が原則となっている。
 耳に当てると、エルミナの元気な声が聞こえてきた。
「隊長! こちら格納庫です。隊長が乗機にするって言ってる例の羅甲なんですけど」
 受話器の向こうからざわざわと慌ただしい雰囲気が伝わってくる。格納庫には人がひしめき合っているようだ。
「何か問題があるか?」
「えっと、支援システムはつけられるそうです。でも、そのためにいくつか犠牲にしなきゃいけないことがあって……」
「ああ、わかった。そちらに向かうから待っていてくれ」
 通信兵に受話器を返すと、アルバートは一段高い場所にある艦長席のほうを振り返った。
「格納庫に行ってくる。何かあったら連絡お願いします」
「了承した」
「案内は必要ですか?」
 気を利かせてくれた通信兵に、アルバートは首を振った。何回か乗ったことがある上に、技師官に頼んで内密に設計図にも目を通したことがあるアルバートにとって、この船は勝手知ったる他人の家なのである。
 駆逐艦『招雷』は駆逐艦の名に恥じない攻撃力を備えているが、それと同時に輸送能力の強化も施されている船だ。そのため駆逐艦というには大型であり、速度も多少は落ちている。艦数の少ない辺境の部隊においては、単一の目的だけに戦艦を作る余裕はないのである。
 指令官室を出ると、急にふわりと身体が浮いた。廊下は重力制御が緩和されており、通常の半分以下の重力しかない。アルバートは壁を蹴ると、慣れた動作で廊下を進んでいった。
 格納庫までの道のりは遠い。途中で何度か知った顔とあいさつを交わし、アルバートはようやく格納庫へと続く扉を開けた。
 操兵が左右に並んでいる。手前からラッシュの白兵突撃カスタム羅甲、ミラの扱う砲撃戦カスタム羅甲、そしてアルカムとウルカムという双子の兄弟が駆る砲撃戦カスタム羅甲が二体続く。
 本来ならここにアルバートの羅甲・俺式が続くはずなのだが、陸戦用の回収作業に入ってしまっていたため基地に置きっ放しである。代わりに予備の機体として『招雷』に配備されていた羅甲があり、アルバート用にカスタマイズするため現在作業が進められている。
 そして、一番奥。似通った形の操兵が並ぶ中、一つだけ独特のフォルムで目立っている白い操兵の姿――。
 流星/流は、出撃の時を静かに待っている。
「隊長! こっちです!」
 流星の姿に目を奪われていたアルバートは、エルミナの声によって現実に引き戻された。
 声の方向に視線を向けると、羅甲の前に建てられた高台の上からエルミナが手を振っている。
「おう、今そっち行く」
 作業の効率化を図るため、この格納庫はさらに無重力に近くなっている。アルバートは地面を蹴ってエルミナの立つ場所へと飛び上がった。
「エルミナ。作業のほうはどうだ?」
「とっても順調ですよ」
 いつもの軍服の上に作業着を羽織り、顔や手のあちこちに油汚れを付けたエルミナは、普段よりも生き生きとした顔をしていた。本来の仕事は設計開発業務だが、そもそもはスパナを持ってのメカいじりが好きな娘なのである。
「メンテナンス状態も良かったですし、この子はとっても良い子です。持って帰りたいくらい!」
「捨て犬じゃないんだぞ。無茶言うな」
「えへへ。それで――今の状態でなら、すぐにでも出撃できますよ」
 鼻をこすった拍子に黒い油汚れができる。まるで女っ気のない姿だった。
「ずいぶん汚れてんな。お前まで作業を手伝わんでもいいだろうに」
「そういうわけにもいきません! 現場はいつだって人手不足なんですから、少しでも手伝わないと」
「そうだけどさ。嫁の貰い手なくなるぞ」
「大きなお世話ですよーだ!」
 ベロを出すエルミナに、アルバートはやれやれと首を振る。
「ま、それで――順調なのはいいんだけど。さっきの通信じゃ、何か問題があるような感じだったな?」
 アルバートがそう言うと、エルミナは顔を曇らせた。
「隊長の要望通りに支援パーツをつけようとすると、どうしても出力が安定しなくなっちゃうんです」
 エルミナは視線を下へ向けた。巨大な台車がそこにあり、ごてごてとした複数のパーツが置かれている。それらのパーツは、通信システムや、索敵などのためのレーダーシステムを強化するためのものだった。
 パーツは羅甲の背中に付けて用いるのだが、そのためには通常あるブースターの一部を外してつけ替えなくてはならない。その作業自体は大して時間がかからないのだが、ブースターを減らすことによる出力低下や機動力低下はどうしても免れられない。
「数字的にドンくらいだ?」
「七〇前半――いえ、八〇%までには持っていけます」
「だったらそれでいいよ。最前線で戦うつもりはないし、充分だ。今回はラッシュとカナタちゃんがいるから問題ないさ」
「でも、隊長。俺式とは違うんですよ? いきなり乗って、しかも出力に制限があるんじゃ、何が起こるか……」
「心配してくれんのはありがたい」
 アルバートはエルミナの黒い癖っ毛をくしゃっと撫でた。
「大丈夫さ。俺は必ず帰ってくるし、全員無事で帰ってくるためにはこいつが必要なんだよ」
「……はい。わかりました」
 完全に納得したわけではない。当たり前だ――ここは戦場で、確かなものなど何もないのだから。
 けれど、こと戦場に限って言えば、アルバートの言葉は絶対に近い効力を持つ。どんなに紆余曲折したプロセスを経ようとも――アルバート隊長は必ず目的を達成し、無事に帰ってきた。
(だから私は、隊長の言葉を信じられなくても、隊長自身は信じられるんだ)
 現場のリーダーを呼び、エルミナは早速打ち合わせを始めた。設計図を指さして熱心に説明をしている。
 アルバートはその姿を見届けると、高台から飛び降りた。
 第三〇五辺境警備隊の古株の面子は自機の前に揃っていた。アルバートはそちらに近づいていく。
「お、隊長」
「ミラ。見た感じ、緊張はしてないみたいだな?」
「あたしはいつも通りさ。んで――こいつもいつも通りなんだけどね」
 肩を竦め、ミラは床にしゃがみ込む男――ラッシュのほうを顎で示した。
「んーだよ、ラッシュ。また持病発動か? いい加減に慣れろって」
「こんなの……慣れるモノじゃないですよ」
 顔を歪めながらラッシュは途切れ途切れに答えた。
 配属されて既に二年以上が経つラッシュだが、戦闘の前は毎回こんな感じだった。極度の緊張による胃痛や吐き気。新兵時分には誰もが経験するであろう症状だが、ラッシュは兵士となって二年が経った今でも出撃が目前に迫る度にこうなってしまうのだった。
「いつまでも情けない野郎だな。根性入れろ、根性」
 ミラにがすがすと背中を蹴られ、弱気な印象とは裏腹に突撃兵を務める青年は、恨めしそうな顔を上げた。
「根性論でどうにかなる問題でもないんです。これから人と殺しあうんですよ。しかも相手はテロリストだ。破壊のスペシャリストなんです。ああー、今度こそ駄目だ。今度こそやられる!」
「まあそうだな。今回はいつも相手してる暴徒とか、宙賊とは違う。明確な意思を持って破壊活動に来る連中だ」
 アルバートはラッシュの肩に手を置いた。手の平を介して震えが伝わってくる。
「だが、それだけに俺たちの責任も重大なんだ。あいつらがもし防衛線を突破したら、とんでもない数の人間が死ぬ。俺たちだけじゃなく惑星デシセントの人間も死ぬし、アムステラ側の人間ももちろん死ぬ。お前の行きつけのアニメショップもメイド喫茶も消えちまうんだぞ」
「最後で台無しだ、隊長」
 律儀にミラが突っ込みを入れるが男二人には届かない。
「『アニマイト』も消えてしまう……『ほーむめいどっ』のレンちゃんもミミちゃんもカノカノちゃんも……」
「そうだ。ついでに、お前が楽しみにしていた来月発売のスーパー操兵大戦ORZもできなくなる。あれは俺も楽しみにしてたから、お前が死ぬと借りる相手がいなくなる。それは非常に困る」
「……隊長! 僕は間違っていた! もう僕一人で生きるだの死ぬだの――そういうレベルの話じゃなかったんだッ!」
「わかってくれたか、ラッシュ少尉」
 熱く握手を交わす男二人を、ミラは冷たい眼差しで眺めていた。
「ねーねー隊長」
「僕らには何の言葉もないわけ?」
 ずん、とアルバートの両肩が重くなる。
「……重いぞ、アルカム、ウルカム」
「そりゃ二人分だからねぇ」
 双子のパイロットの片割れ、アルカムは金髪を揺らしてにこりと笑った。
「隊長にはしっかり支えてもらわなきゃね」
 反対側の肩にぶら下がったウルカムも笑顔でそう言った。
 今年で十八歳になるこの双子は、顔から仕草まで、奇妙なほどにそっくりだった。顔立ちは整っているが、童顔のせいで美少年と言うほうがしっくりくる容貌をしている。二人並んでいるとまるで良くできた彫像のようだ。
「ったく。ほら、降りろ」
 二人を肩から引き離すと、アルバートはわしゃわしゃと二人の頭を掻き回した。
「お前らはリラックスしてんなー。まだ若いのに大したモンだ」
「まだ若いのに、だって。なんだかおっさんみたいな台詞だね、アル」
「実際におっさんだもん。残酷なことを言っちゃいけないよ、ウル」
 二人顔を合わせてケラケラと笑っている。
「減らず口は治らんな。誰がおっさんだっての。まだ二十八だぞ、俺は」
「僕らより十個上じゃん。やばいよね。そろそろ生え際後退してるんじゃないの、隊長?」
「常にバンダナ巻いてるよね。怪しいよねー。何か隠してるんじゃないの、隊長?」
「あーあーあー。ステレオでやかましいっての! おい、ミラ。きちんとこいつらの鎖繋いどけ」
「やだね。なんであたしがそんなことしなきゃなんないのさ」
 ミラは肩を竦めた。
「わぁ、ミラさん酷いや。責任放棄だよ。僕らはこんなに愛してるのにさ!」
「そうだよミラさん。最近愛が感じられないよー。僕らいつでも心の準備できてるのに!」
「うっさい。お前ら羅甲に乗ってないとどっちがどっちだかわかんないんだよ」
「ガーン! ショック!」
「双子には一番堪える台詞を臆面もなく!」
「でもそんなドSなミラさんが好きさ!」
「ドMな僕らは大好きさ!」
「うるっせぇ! さっさと羅甲乗れ! そんなに元気ならさっさと出撃準備しろ!」
 双子の注意がミラに逸れたところで、アルバートはさっさと会話の輪から抜け出した。
 必要以上に緊張しないのは褒めるべきところだが、緊張感がなさ過ぎるのも問題である。ミラが戦場で拾ってきてから二年ほど。拾われる前には惑星デシセント辺境の暗黒街で暮らしていた美形の双子は、ラッシュとは対照的に、目前に迫る死に対して鈍感だった。
(ま、いつも通りかどうかと言えば、どいつもこいつも憎らしいくらいにいつも通りってわけだな)
 やれやれと一息吐いたところで視線を上げると、目の前に流星/流のしなやかな姿がある。
 その足元には白衣姿のアーシェリカと軍服に身を包んだカナタがいた。白い機体の周りで作業をする男たちを、二人揃ってぼうっと眺めているように見える。
「よう、カナタちゃんにリカちゃん。流星の具合はどうだ?」
 声をかけると、カナタはいつも通りの無表情を、アーシェリカは驚いたような顔を向けてきた。
「なんか立ち上げに手間取ってるって聞いたんだけど。大丈夫か?」
「今はもう問題ありませんわ。現場の方が慣れていない作業でミスをしただけですから。流星に落ち度はありません」
 腕を組み、堂々と不満を述べる。後ろで作業する整備兵がそれを聞いて不機嫌そうに舌打ちした。
「リカちゃんさ。作業員が慣れてないってわかってるならもう少し穏便にしてくれるかな。最新型はただでさえ手間がかかるんだし、現場の人とも仲良くしてもらわないと」
「悪いことを悪いと言って何が悪いのです? 馴れ合いは堕落しか生みません。皆が仕事に厳しくならなければ戦いにだって勝てないでしょう」
「ケッ。開発がいっちょまえに戦を語ってるぜ」
 通りすがりの作業員が吐き捨てるように言う。アーシェリカの形の良い眉が、見る間にきりきりと上がっていった。
「そこの! 今のは聞き捨てなりませんわ。今のアムステラの栄光があるのは羅甲をはじめとする操兵を生み出した科学力です。それらを生み出した開発者をないがしろにすると言うのですか!」
「はん、馬鹿を言うな。操兵を生み出したヤツは偉いかもしれねぇが、結局それだけだろ。本当に身体張ってんのは俺たち整備兵やパイロットだ!」
 足を止めた整備兵はここぞとばかりに不満を吐き出した。
「お前らは新兵器の開発だなんだってだけで現場を分かってねぇ! そんなヤツらが偉そうに戦を語るなって言ってんだよ!」
「ただ現場で汗を流すだけが戦だと思っているのですか? まったく、愚かとしか言いようがないですわ!」
「んだと!」
「おい、落ち着け!」
 思わず身を乗り出した整備兵を、アルバートは前に出て止めた。
「ンだよ、アルバートさん! こんなヤツかばうのかよ!」
「かばうも何もあるかっての。今は戦闘前だぜ。ぐっと堪えて作業に戻ってくれんか?」
「でもよ――」
「あら。戦を語る整備兵にしては物分かりが悪いのではなくて?」
「テメッ!」
「よせ!」
 掴みかかろうとした整備兵を、今度は身体ごと捕まえて抑える。
「放せ、放せよッ!」
「馬鹿たれ、相手は女の子だぞ。ほっとけるか。おおい、誰か手伝ってくれ!」
 アルバートの声に何人かの作業者が集まってきた。
 中でも一際体つきの良い男がつかつかとやってくると、遠慮も何もなく無造作に拳を振り下ろす。ガン、と鈍い音がして暴れようとした整備兵は声もなく頭を押さえて悶絶した。
「ウチのモンが騒いで悪かったな、アルバート隊長」
「おう。助かったぜ、ロバート。しっかし良い音したなー、今」
「あまりの手ごたえに俺もびっくりした。会心の一撃ってヤツだ」
「っめてくださいよ、リーダー! 頭割れるかと思いましたよ!」
 頭を押さえながらわめく若い整備兵に、ロバートと言う名の現場リーダーは肩を竦めてみせた。
「シェムフ作業長殿のアイアンクローに比べたら可愛いモンだろう?」
「……まあ、そりゃあ」
 先ほどまで威勢の良かった態度が見る間にしぼんでいく。今はこの場にいない作業長がよほど恐ろしいらしい。
「じゃ、作業に戻れ。他の連中も散れ。こんなことやってる間に戦争が始まりましたじゃ笑えんぞ」
「……クッ。覚えてやがれよ!」
「捨て台詞を吐くヤツには拳骨もう一発」
「わ、わーっ! すぐ戻りますんで!」
 逃げるようにして作業に戻る整備兵の姿にどっと笑いが起こり、そのまま集まっていた作業者たちは仕事に戻っていった。
「……ふんっ。非効率なこと」
 すっかり蚊帳の外に置かれていたアーシェリカは、アルバートの注意が戻ってくると口を尖らせた。
「こんなことで流星が疎かにされてはたまりませんわ!」
「……ふう。リカちゃんさ、研究所でもこういう問題ばっか起こしてたでしょ?」
「現場が一番って考え方が気に食わないのですわっ!」
 アルバートの指摘に、アーシェリカは顔を赤くして反論した。どうやら図星らしい。
「わかってるよ。君の不満は何となくわかってるって。でもさ、良く考えてみてくれ。リカちゃんがあいつらと喧嘩することで一番被害をこうむるのは誰だ?」
 真剣な視線で見つめられ、アーシェリカは言葉に詰まった。
「それは――」
「カナタちゃんだよ。流星に乗るのは君でもロバートたちでもない。パイロットであるカナタなんだ」
「…………」
 反論できず、アーシェリカは押し黙った。
「君が君の考え方を持っているのはわかる。戦いには新規の開発が重要だという考えも、実にもっともなことだ。けれど、その意見をカナタちゃんにまで背負わせるつもりなのか?」
「……だって!」
 子供のように叫ぼうとして、それが中途半端に止まり。
 かわりに涙がぽろぽろとこぼれた
「――って、うぇっ!? な、何も泣かなくても!」
「ううーっ。泣いてなんかいません! わたくしは泣いてなんか!」
「そんな顔で言われても説得力無いよ。うーん、参ったな……」
「参らなくて、け、結構です! すぐに立ち直りますから! でもちょっと顔を洗ってきますわ! 油が顔につきましたから!」
 などと言いつつ、アーシェリカは地面を蹴って出口のほうへ向かった。
「……はー。妙なことになっちまったなぁ」
「本当にそうですね」
「うおわっ!」
 振り返ると、いつのまにかエルミナが腰に手を当てて立っている。瞳を半眼にして。
「隊長。アーシェリカさんに何言ったんですか」
「おい待てって。俺が何かしでかしたのを前提に話すんじゃない」
「アーシェリカさんみたいな人が泣くなんてよっぽどのことですよ! あんなに気の強そうな人なのに!」
「いや、ああ見えて意外と泣き虫なんだよ。昼にもなんか泣き出してたしなー」
「二回目なんですか!?」
「あ、いや――」
 アルバートは視線をさまよわせ――。
 こちらを無表情に眺めているカナタと目があった。
「よう、カナタちゃん。君は流星に乗るの初めてじゃないんだったよな?」
「あ、隊長。誤魔化して!」
「乗った感じはどうなんだ。シミュレートデータはえらく速かったけど、本当にあんなに速度が出るものなのか?」
 カナタはわずかに首を傾げてみせた。 
「機内に表示されるデータにはスペック通りの値が出ていると記されています」
「ふーん。だったら身体にかかる重力も相当なものだろ? アテニュエーターの性能もそこまで高くはないようだし」
「今までの乗機においては問題は発生しておりません」
「うん……」
 曖昧にうなずいて、アルバートはカナタの顔を見つめた。
 無表情にこちらに視線を返す彼女に、バーガーショップで見つけた時の彼女の顔はどうしても重ならない。
 しかし、アルバートの脳裏にはあの時のすがるような目が――まるで親に見捨てられた子犬のような目が、どうにもちらついて離れない。
 一体どちらのカナタが本当なのだろう。機械のような感情のこもらない動きは強化施術の末に生まれたものなのか。それとも失われた記憶によるものなのか。本当の彼女は――どのようにして笑うのだろうか。
「カナタ。君は、戦えるのか?」
 小さく口をついて出た言葉。まるで独り言のようだったその言葉に、
「カナタは戦います」
 そう答える小さな声。
「戦うことが――カナタが、今ここにいる理由であります。戦場にある限り、カナタは空っぽではありません」
「それは――」
 反射的にアルバートが何かを言いかけた、その瞬間だった。
 けたたましい警報が鳴り、緊急事態を示す赤いランプに光が灯る。
「――隊長!」
「ああ。来たみたいだな」
 やはり始まってしまった。予感していたことだが、戦いの始まりを告げるサイレンを聞いていると胃のあたりが重くなる。
 もやもやとしたものを一つ息を吸うことで全て飲み込み、アルバートはバンダナを締め直した。脳に圧力がかかるような感触が最後に残っていた日常の空気を断ち切る。
 そして、視線をカナタへと向けた。
「カナタ、戦いに行くぞ。君の力に期待している」
「はい」
 頷くカナタにこちらも頷きを返し、アルバートは司令室に向かうため地面を蹴った。



 デパートの地下から伸びた地下道を通り抜け、希代のテロリストと名高いジェダ・フリークス率いる一団は第五ターミナルの近辺に辿り着いた。
 彼らは協力者の用意したルートを通り、第五ターミナルのゲートを誰に知られることもなく潜り抜ける。高度にして地表から約数十キロメートル。そこに築かれた第五ターミナルの片隅に、彼らは潜伏することに成功した。
 交易用の倉庫の多い第五ターミナルには隠れるべき場所が多い。とは言え、長く潜んでいるわけにはいかなかった。デパートに残っている同志が突破されればデパートの地下にある地下道の存在はすぐに知られてしまう。途中に仕掛けた爆薬で道を塞いではいるが、進んだ方角と道の規模で行く先は知られてしまうだろう。
 ジェダたちは散開して別れると、三人ほどのグループに分かれて密かにある場所を目指した。
「やはり人出が多いな」
 道の蔭から通りの様子を伺い、テロリストの一人が背後に潜むジェダに向かって言った。
「あんたの予想通りだ。ターミナルは閉鎖されているらしい」
「そうか」
 ジェダは束の間瞑目した。
 宇宙に出なければならないジェダたちにとって、閉鎖されたターミナルは突破しなければならない関門だ。もちろん、正攻法では不可能。となれば犠牲を承知の上での正面突破しかない。
 否、犠牲などと言う言葉はもはや必要ない。
 ジェダは目を見開き、遥か彼方にそびえるターミナルの門を睨んだ。
 皆、誰かのために望んで死ぬのだ。誰かが生き延び、一つの目的を遂行するために進んで死んでいくのだ。その崇高なる死は犠牲などと呼ぶには値しない。
「ジェダ、行こう」
「ああ」
 二つの影は何食わぬ風を装って群衆に溶け込んだ。
 ――それから約二十分ほど過ぎた頃。
 ターミナルに停泊した一隻の貨物船に、テロリストたちは集合していた。
「何か怪しい動きはなかったか?」
 操舵室に集合した一同を見回しながらジェダが言う。
「特にないな。こそこそ動くネズミみたいなテロリストが二十三人いただけさ」
 長年ジェダの相棒を務めてきたカルベスは、大げさに肩を竦めてそう言った。
「ジェダさん。外の船、見てください。いくつかアイドリングに入ってますぜ」
 テロリストの一人がそう言って、モニターに外の風景を映し出した。
 彼の言う通り、ターミナルに停泊した船の何隻か発進準備を整えていた。通達があればいつでも出られる状態にしているようだ。
「デクロさんがうまく交渉してくれたようですな」
「そうみたいだ。これで出発間際まではエンジンに火を入れても特別に目立たずにすむ」
「ふん。あのタヌキ親父め、抜け目ないが約束事だけは守るからな」
 カルベスは皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
「ま、ヤツがしっかり仕事したんならしょうがあるめぇ。俺たちもやることやったるか。じゃ、俺は隣の船に移るぜ」
「カルベス……」
 ジェダは、年上の先輩が浮かべる透明な笑みに何も言えなくなっていた。
 事前に立てた作戦では、カルベスとはここで別れることになっていた。彼だけはもう一隻の貨物船に乗り込むのだ――宇宙への扉を開くために。
「そんな顔をするな、リーダーさんよ。俺みたいな古い人間にゃ操兵は扱えないんだ。当然の流れってヤツさ」
 ニッと笑い、カルベスはジェダの肩をドンと小突いた。
「ここまでは全部お前の読み通りってわけだ。もっと嬉しそうな顔をしろ。この後の作戦はきっとうまくいく」
「……そうだな」
「そうなんだよ。じゃあな、お前ら」
「――勇敢なる戦士カルベスに敬礼ッ!」
 ジェダの一声に、テロリストたちはザッ音を立てて姿勢を正し、敬礼の姿勢をとる。
「おい、お前ら……」
「同志カルベス。ジェロハラの大地で会おう」
 ジェロハラ――約束の地。惑星デシセントに生まれた民なら誰もが知る、正しき者が導かれる死後の世界。
「ああ。きっと会おう」
 敬礼を返し、カルベスは操舵室を出て行った。
 周囲の空気が火が消えたように静まり返る。
 誰もが今しがたまでいた人間の気配を覚えていたかった。二度と会うことがないであろう友の追憶に浸っていたかった。
 しかし、それはもはや許されない。目前に迫った戦いの時はそのような猶予を与えてはくれないのだ。
「よし。この船にも火を入れよう」
 ジェダの言葉にテロリストたちは頷きを返し、それぞれの仕事を全うするため動き出した。
 そう長い時間も置かず、エンジンに火が入った。床から軽い震動が伝わってくる。しばしその感触を楽しんだ後、ジェダは操舵室に残っていた数人に合図し、その場を後にする。
 彼らが向かった先は格納庫だった。
 本来ならば荷物を積むための空間である。しかし今は、そこには十体以上の操兵が鎮座していた。
「各自、操縦席でシステムチェックを済ませろ。起動はマテリアルオーブだけを使って行うんだ。いいな?」
 照明が切ってあり、薄暗い格納庫の中、ジェダは背後のテロリストたちに指示を下す。
「了解」
 命令に従ってテロリストたちは操兵のコックピットに急ぐ。全員が操縦席に収まったのを見届けると、ジェダ自身も操兵の一つに近づいた。
 格納庫に収められた操兵はアムステラの主力量産操兵である羅甲と近い形状をしている。近い――と言うよりも、羅甲を基にして設計された操兵なのだろう。ブースターの位置やマニピュレータの機構などはほとんど羅甲と変わらない。
 その名を倒羅(とうら)と言う。デシセント独立党だけにかかわらず、この広い宇宙に散らばる革命人たちが共同で作り上げた機体だ。
「本格的にお前に乗るのは数年ぶりになるな」
 足の一部分にあるボタンを押し、足場を出現させる。そこに掴まって操縦席にまで辿り着くと、マテリアルオーブからの動力を使ってシステムを立ち上げる。
 羅甲の大きな特徴である赤いモノアイが、倒羅の場合は青く灯った。暗闇の中に一つまた一つと青白い光が増えていく。
「まるで怨念の炎だ……」
 闇に浮かぶ青い光を開いたままのコックピットから眺めつつ、ジェダは呟いた。
 しばらく幻想的な風景に見とれていると、モニタにシステムオールグリーンの表示が現れる。何の異常もない。メインエンジンに火を入れればすぐにでも出撃できる。ジェダは満足げに頷くと、通信機能をオンにした。
「こちら01号。各自応答せよ」
 ジェダの呼びかけに応え、他の倒羅からも返答が返ってきた。全ての倒羅に問題はないらしい。
(すなわち、全員向かう場所が確定したということだな)
 しばし瞑目する。
 瞼の裏に様々な風景が浮かんできた。色々な人の顔が浮かんできた。
(惑うのはこれで最後だ)
 目を開くと浮かんでいたすべての物と者が消え失せた。
「聞こえるか、操舵室?」
「はい」
「01号から15号まですべて異常なし。作戦の実行に支障なし」
「ハッ。了解であります」
「――我らの戦いを開始する。同志カルベスに最後の合図を送れ」
 通信を切ると、ジェダは虚空を睨みつけた。
(さあ戦いだ、愚かなテロリスト、ジェダ・フリークス)
 コックピットがゆっくり閉じられていく。
(あの日から十五年間。お前の人生に――終止符を打ってやる)



 デパート地下よりターミナル方面に続く地下道の存在が判明すると、保安部警備隊はすぐさまテロリストたちの動きを読んだ。
 全てのターミナルに閉鎖令を出し、保安隊を向かわせる。デパートの地下道は途中で崩されていたが、その方向と規模により三つのターミナルにまでは絞り込めていた。
 中でも最も潜伏が濃厚な第五ターミナルには保安警備部長自らが出向する。閉鎖された第五ターミナルに入ると、彼はすぐさま管制塔を目指した。
 管制塔ではターミナルにおける全ての電子システムを一括管理している。管理室は管制塔の四階にあった。警備部長がその部屋まで赴くと、職員に何事か指示を送っていた管理局長が慌てて駆け寄ってくる。
「これは保安警備部長殿。このようなところにまでお越しいただいて――」
「挨拶は良い。状況はどうか、管理局長殿」
「は、はぁ……」
 ターミナルの出入港禁止から突然の閉鎖命令。テロリストを巡る情報についていけていない管理局長は、中途半端な返答を寄こした。
「出入港禁止中に何かおかしなことが発生しなかったかと聞いている」
 テロリストにいいようにやられ、保安警備部長は不機嫌の極致にあった。険しい視線を受けて管理局長は姿勢を正す。
「はっ。何も起こっていません」
「出入港に制限をかける前に出向した船はあるか? ログを表示しろ」
「わかりました」
 管理局長は部下に命令を伝えた。ほどなくして近くのモニターに禁止令発動前後の出入港記録が現れる。
「最後に船が出た時間は、最初の爆破が起こる前か」
「以後は出港予定の船を全て港内へ待機させてあります。入港予定だった船はポイント234に同じく待機させてあります」
「……そうか。ならば、テロリストどもはまだこの港にいるということになるな」
 頷き、警備部長が部下に探索の命令を下そうとしたその時だった。
「――貨物船六〇二、離陸ッ!?」
 モニタを眺めていた管制官が驚愕の声を上げ、一呼吸遅れてどよめきが広がった。
「どういうことだ、局長」
「お、お待ちを! おい貴様、状況を伝えろ!」
「出港待ちだったB級貨物船六〇二号が離陸しました! ――あッ! B級貨物船六〇四号も続いて離陸しました!」
「止めろ!」
 管制官に向かって警備部長が声を上げる。しかし、管制官は戸惑いの表情のまま首を振った。
「停止命令を送っていますが応答ありません!」
「くそっ!」
 盛大に舌打ちし、警備部長は部屋を突っ切って窓際に立った。そこからは港内が一望できるようになっており、離陸した件の貨物船二隻が今まさに進み出そうとしているところが見える。
「――港内では出発間際にしかエンジンに火を入れてはならないことになっているはず。あの二隻がエンジンを起動した時点で報告はなかったのか?」
 後ろに控える管理局長はびくりと身を震わせた。
 賄賂に目がくらんで有力商人デクロの提案に乗り、出港前の船に火入りを許したのは他ならぬ局長自身である。質問に答えられるはずもない。
(――あれはやはりテロリストどもか? 閉鎖された港内のどこに行こうというのだ)
 局長にとって幸いなことに、警備部長の注意は今のところ動き出した二隻の船に向かっていた。
 宇宙へのゲートも惑星デシセントに出るゲートも、現在は閉じられたままだ。開閉の操作を行うのはここ管制塔の制御室だが、テロリストがこの管制塔を狙って動き出すというような報告は入っていない。
(来るなら来いと言いたいところだが……)
 保安部隊は管制塔の周りを重点的にした布陣で展開してある。百にも満たぬ数のテロリスト程度ならば、一時間もかからず返り討ちにしてやれるだろう。
 しかし、向こうにその動きはない。動いているのは二隻の船だけだ。
「――通信が入ってきました!」
 オペレータの一人が振り返る。警備部長は流せ、と手で合図した。
『あー、あー。聞こえているかね? こちらは惑星デシセントを愛する愉快なテロリスト』
 とぼけた男の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
『聞こえてるのかね? んー。まあどっちでもいいか。要求だけ言うぞ。我々は宇宙に行きたい。早いところゲートを開けてくれ。以上』
 そう言われて『はいそうですか』とゲートを開けるわけにもいかない。警備部長が黙っていると、通信先の男は苛立ったように要求をもう一度繰り返した。
『いいか、よく聞け。ゲートを開けろ。さもないと不幸なことが起こる。ゲートを開いてくれるのならば余計な危害は加えない。このままの状態を維持するのならば、こちらにも考えがある』
「ど、どういたしましょうか」
「放っておけ」
 警備部長は言い捨て、部屋の入り口で控える部下に視線を向ける。
「本部に援軍の要請を送れ。操兵を二十体、至急だ」
「ハッ」
「た、ターミナル内で戦うつもりで?」
 蒼白になる管理局長に、警備部長は冷たい視線を向けた。
「貨物船風情を撃ち落とすには操兵が一番向いている」
「それでは民間人の避難を」
「ならん。民間人に紛れてテロリストが逃亡する恐れがある」
 断固とした口調で言い切り、警備部長は再び港へ視線をやった。
 二隻の貨物船は宇宙ゲートのほうへとゆっくり進んでいる。こちらが大人しくゲートを開くとでも思っているのだろうか。
 警備隊長はちらりと腕時計を見た。最寄りの駐屯地から全力で動けば、操兵は十五分もかからずにこのターミナルに到着する。それまでダラダラと港内をうろついていれば、こちらの勝ちだ。
 だが――ヤツらもそんなことはとっくに知っているはずだ。
(何のためにヤツらは二隻の貨物船を用意したのだ?)
 ふと、警備部長は思い至る。
(あのサイズの船ならば――たとえ百人規模のテロリストがいたとしても一つの船に押し込めるのではないか?)
 ならば――船が二隻ある理由とは。
 その瞬間だった。港内に轟音が響き渡る。
「――貨物船六〇二のメインエンジンが本格始動!」
 貨物船とはいえ長い宇宙の旅を実現する立派な宇宙船である。広大な宇宙空間でならばともかく、閉鎖的なターミナルの中ではエンジン音だけで窓のガラスが揺れる。
「くそっ! 体当たりしてゲートを破壊する気か!」
「な、なんですと!?」
『残念だ。非常に残念だよ。君たちが理解を示してくれなかったせいで俺はジェロハラへの旅路を開始しなくてはならん』
「止めろッ! そんなことをして何になるッ!? お前たちはターミナルごと破壊する気か!」
『話してもわからん連中には実力行使しかないのさ』
「止めろッ!」
 警備隊長の叫びも空しく――。
 貨物船六〇二号のエンジン音はまた一段と激しくなった。
『惑星デシセントに光を』
 最後の通信が終わり、貨物船六〇二号はゲートに向かって加速する。
 ――光、爆音、そして衝撃波による破壊が起こり。
「……げ、ゲートが!」
 悲痛な声が上がり、警備部長は伏せていた顔を上げる。
 もうもうと吹き上がる黒い煙の中――。
 もう一隻の船、貨物船六〇四号が、ぽっかりと空いた穴をゆうゆうと通過していくのが見えた。



『惑星デシセントに光を』
 その言葉とほぼ同時に、貨物船六〇四号は大きな揺れに襲われた。
 ベルトで固定された身体が上下左右に激しく揺れる。ジェダは歯を食いしばってそれに耐えた。
 音を立てて身体がきしむ。張り裂けそうな痛み。だが、それがどれほどの意味をもつだろうか。この心に響いた同志の声のほうが――何倍も痛いのだ。
「――作戦成功だ! ゲートに大穴が空いてる!」
 まだ激動が続く中、そんな声が聞こえてきた。
 何とか前方に目を凝らす。黒い煙で視界が覆われる中、誰かが叫んだとおりにゲートに穴が空いているのが見えた。
「――行けッ! カルベスの作った道だ!」
 ジェダは声を限りに叫んだ。
「我々のために作った光の道だッ!」
「わかってるさ、ジェダ! 皆、歯を食いしばれ! 舌を噛むんじゃねぇぞ! さあ――出発だ!」
 操舵手が大声で宣言し、エンジンが本格始動を始める。翻弄されるだけだった機体に別の振動が加わった。ますます身体が悲鳴をあげるが、ジェダをはじめとするテロリストたちはその苦行に歯を食いしばって耐える。
「――超えた! ゲートを超えたぞ!」
 揺れる視界の中、誰かがそう叫ぶ。ジェダは現在位置を確認しようとしたが、揺れのせいでモニターがぶれて見えて良くわからない。
 ――やがて、揺れは徐々におさまっていった。かわりにエンジンの振動が支配的となる。こちらは身体に馴染みのある振動で、ジェダはふうと一息を吐いた。
「ジェダさん。現在地は第二ゲート前だ」
 一足先にベルトを解いて場所の確認をしていたテロリストが振り向いた。
「こいつを突破すれば宇宙に出られるぜ」
「――よし。管制塔に通信を繋いでくれ」
 ジェダはベルトを解いて立ち上がると、通信機の前に立った。
「こちらデシセント独立党だ。管制塔、応答せよ」
『――こちら管制塔』
 聞こえてくる声には落ち着きと威厳がある。ただの職員ではないなとジェダは直感した。
「そちらからもわかっているだろうが、我々は現在第二ゲートの前まで来ている。ゲートを開け。さもなくばまた同じことが繰り返されることになる」
『馬鹿なことはやめろ! 貴様らの無駄な特攻のせいでターミナルには尋常ではない被害が出ている。無関係の者を巻き込むつもりか!』
「貴様は保安部の者か。無駄な特攻、ね……」
 ジェダは背後を振り返った。
「エンジン出力を上げろ。前進だ」
『馬鹿なことはやめろと言ったはずだッ!』
「そちらに意味を求めようとは思わない。我々は我々の要求を通すのみだ。もう一度言う、ゲートを開け。第二ゲートが破れたら被害は先程の比ではないぞ。以上だ。私の名はジェダ・フリークス。諸君らが賢明なる選択を選ぶことを祈る」
 我ながら芸のない恫喝だ――そう思いながら、ジェダは通信を切った。
 ターミナルと宇宙を繋ぐゲートは二重構造をしており、宇宙側の第一ゲートとターミナル側の第二ゲートで気圧の調整をしている。出港や入港の際、船は第一ゲートと第二ゲートの間の空間に停泊し、気圧の調整をした後に片方のゲートをくぐるのだ。
 現在、カルベスの特攻によりターミナル側のゲートに大穴が空いている。これで第二ゲートまでもが穴を空けられたら宇宙とターミナルとの間の気圧差により、ターミナルの内部にあるもの全てが穴に吸い込まれて、宇宙に放り出されてしまう。
 これは自主的に第二ゲートを開いても同じことだが、穴が空くわけではないからすぐに閉じることができる。ターミナルの住人にとっては、まだ後者のほうがマシであろう。
 気づけばジェダの周りにテロリストのメンバーが集まってきていた。皆、不安なのだろう。命を捨てることを辞さないテロリストであるからこそ、自分たちの目的が半ばで潰えることを誰よりも恐れる。
「前進を再開します」
 エンジン音が一際激しくなる。ジェダたちは身近にある突起物に掴まって、前方の様子を写すモニターに見入った。
 黒煙の向こうに大きな大きな壁がある。徐々に近づいてくるそれは、ジェダたちに立ち塞がる第二の壁だ。
「距離二八〇……二六〇……」
 オペレーターのカウントダウンが続く。
「――距離二〇〇を切ります。衝突まであと三〇〇秒」
「エンジン出力を上げろ。速度を上げるんだ」
 ジェダは正面から視線を逸らさずに言った。
「――了解。出力最大に設定」
 エンジン音がさらに激しくなり、震動が激動と表現するほどに変わる。
「衝突まで一〇〇秒……九〇秒……」
(開け)
 二〇対の瞳が扉を凝視する。
(開け――)
「三〇秒……二〇秒……」
「開けッ!」
 ジェダが吠える。まるでそれに呼応するかのように――。
 ゲートの中央に黒い線が現れた。
「――開いたッ!」
「操舵手! 衝撃が来るぞ!」
「わかってるさ、ジェダさん! これでゲートに衝突しましたじゃ締まらないもんなァ!」
 操舵手の元気な声が聞こえ、続いて大きく船体が傾いた。気圧差によって発生した爆風が貨物船を翻弄する。
「いけるぞ! ゲートを突破する!」
 目の前にモニターに映る風景が、不意に黒い空間と星の輝きだけになった。
(宇宙だ――)
 シートの背もたれに掴まりながら、ジェダは見飽きていたはずの風景を一心に見つめた。
(カルベス、見ているか! お前のおかげで俺たちは……ここまで来たぞッ!)
「よし。全速前進だ! 行く先は――ポイント九〇〇〇八にあるデシセント管理衛星!」
「了解ッ!」
「宇宙の支配者を気取るアムステラに、デシセントの怒りの鉄槌を下す! 行くぞッ!」
「オオオオッ!」



「――ふむ。そう来たか」
 ダロウズ艦長から事の次第の説明を受け、アルバートは航宙図を見ながら唸っていた。
 テロリストによる第五ターミナル突破の報があってから約十五分後の話である。アムステラ辺境警備隊の全部隊には即座に動員命令が下り、宇宙空間警戒任務に"たまたま"ついていたダロウズ艦長には、テロリストたちの向う先――デシセント管理衛星の防衛という任務が課されていた。
「出撃をあれだけ渋っていた大佐殿がな、滅多に見せん笑顔で大手柄だと褒めてきたものだ」
「まだ防衛が成功したわけじゃないですよ。むしろこれからが本番だ」
 航宙図を睨んだままアルバートは気のない風で答えた。
「デシセント管理衛星が狙われるだろうことは読んでいたのか?」
「まあね。アムステラの住民しかいない場所って言ったらあそこくらいだろう? デシセントの人々を巻き込まないでテロをするには最高の場所さ。ただ、地上を囮にして宇宙を攻撃するってのはなかなかにスケールがでかいよなー」
 アルバートは航宙図から顔を上げる。
「アウローラさん。向こうの動きを航宙図に表示してくれる?」
「了解しました」
 オペレーター席に収まったアウローラが盤面を操作すると、航宙図にテロリストたちが辿っている軌跡が現れる。
「ふむ。やっぱり一直線にデシセント管理衛星を目指してるな。俺たち以外の部隊の様子はどうです?」
「第六二衛星付近で警護任務にあたっていた第三八七辺境警備隊が阻止に向かっているようですわ。羅甲四機、航宙戦闘機四機の部隊です」
「そっちのほうが俺たちよりも接触は早いかな?」
「そうなります。彼らの情報も表示しますね」
 モニターが二分割され、片方には航宙図が、もう片方には警護任務にあたっていた部隊の情報が表示される。
「ダロウズ艦長。上からは細かい指示があるかい?」
「デシセント管理衛星に向かえという命令があっただけだ。彼らと協力しろとまでは言われていない」
「なるほど、シンプルな命令だね。あとは状況に応じて動けってヤツか。アウローラさん、このまま進むとどのくらいで接触する?」
「テロリストが第三八七辺境警備隊と接触しないと考えて、十二分後に接触します。なお、その時のポイントはこちらになります」
 赤いポイントが航宙図に表示された。デシセント管理衛星のすぐ近くだ。
「向こうが三八七の連中と交戦するにしろやり過ごすにしろ、準備にかけられる時間は十分ちょっとか……」
「何か懸念があるのか」
「流星の調整がまだ完全に終わっていないんだ」
「新型機か」
「一応、最新鋭の操兵って売れこみなんだけどね。量産前提に作られているようには見えないし、試作機の域をちょろっと超えたくらいかな」
 アルバートはそう言って航宙図を表示していたモニターの前から離れた。
「準備してくる。アウローラさん、後は頼みます。俺の乗る羅甲のシステムカスタマイズは成功したんで、情報は遠慮なく送ってもらって大丈夫ですから」
「はい。隊長、お気をつけて」
 品の良い笑みに見送られ、アルバートは格納庫へと急ぐ。
 既にラッシュやミラ、アルカムとウルカムは出撃を済ませている。エルミナの報告によると、アルバートの乗る羅甲もいつでも出撃できるようアイドリング状態になっているらしい。
 格納庫は、当然ながら慌ただしい空気に包まれていた。すでに四機の羅甲は出撃ブロックに移動しているが、調整が済んでいない流星の周りには人だかりができている。その中心で指揮をとっているのはエルミナとアーシェリカだ。
 例の一件の後、すぐに慌ただしくなってしまったのでアーシェリカとは話ができていない。彼女がどう思って涙を見せたのかは依然謎のままだったが、作業員に指示を送る姿を見ている限り、立ち直りはしたらしい。エルミナも一緒にいることだし、大きな問題は起こらないだろうとアルバートは安心する。
 踵を返そうとしたところで、エルミナが気づいたようだった。手を振り、何事か叫ぶ。格納庫の一番奥と手前ではその声はほとんど届かなかったが、アルバートには何となく理解できた。拳を掲げて返事とし、アルバートは一つ残った羅甲の足元へ向って床を蹴る。
「隊長」
 コックピットに乗り込もうとしたところで声がかかった。振り返ると、パイロットスーツに身を包んだカナタが見上げている。
「どうした、カナタ」
「……いえ」
 問い返され、カナタは珍しく口ごもった。無表情に変わりはないが、目の奥に感情の色がある。
「流星の調整が思わしくないのか?」
「二十分後に調整が終わると聞いています」
「ん、俺が聞いた報告と変わらないな」
「……カナタは戦わなくてはなりません。戦うことが存在意義」
 前に聞いたような言葉を、カナタはもう一度言った。
「そっか、心配してんだな。流星が出られないかもしれないって」
「…………」
「大丈夫だよ。リカちゃんはいけるって言ったんだろ? エルミナもついてるし、整備兵の連中も頼りになる。必ず流星を仕上げてくれるさ」
「しかし、戦いには後れを取ります」
「十分や二十分で戦闘は終わらないよ。それに、言ったろ? 今回の戦いはカナタと流星の力が必ず必要になる。それは絶対だ」
 その言葉がどれほど効果があったのか、カナタの無表情からは窺い知ることはできない。
「……はい、隊長」
 しかし、声にはわずかに安心がにじんでいた。
 アルバートは笑って頷くと、コックピットに入り込んだ。アイドリング状態になったシステムを手早く起動させていく。コックピットの左右および前面にあるモニターに付近の様子が映り、続いて操兵の目覚めを告げる文字が次々と浮かび上がった。
 起動を確認すると、アルバートはパイロット用のヘルメットを装着し、通信を繋いだ。
「こちら羅甲五号機、アルバート中尉。オペレーター、聞こえますか?」
「聞こえています、アルバート隊長」
 アウローラのおっとりとした声がヘルメットのスピーカー越しに聞こえてくる。
「こちら起動完了。いつでも出られる」
「了解。出撃ブロックへの移送を始めます。中央オペレーターから出撃ブロック管理オペレーターへ、羅甲五号機の移送をお願いします」
「こちら出撃ブロック。了解した。十秒後に移送を開始する」
 アウローラとは別の声が聞こえてきた。それからきっかり十秒後、アルバートの身体にグンと衝撃がかかる。
 前面に展開していた視界モニターが暗くなった。出撃ブロックに移動するため、立っていた台座ごと運送されているのだ。
 宇宙に出る前の、暗闇の中の一時。アルバートはこの時間、いつも様々なことを考えてしまう。
(……戦うことが、存在意義、か)
 今、彼の頭を占めているのは、カナタが放った言葉だった。
 まだ二十歳にも満たない彼女が、戦うこと以外に存在意義を見いだせない。それはとても不幸なことだった。笑い、泣き、怒り、悲しみ――そうした感情がもっとも華やかに現れる今を、彼女は灰色の世界で過ごしている。
 胸に怒りが沸いた。誰に対するものなのかはアルバートにもよくわからない。
 戦うために調整された強化人間。
 強化された身体でしか操れない最新鋭の機体。
 彼女は、彼女自身が望まぬ内に、それらを手にしてしまった。
 恐らく――彼女の大事なものと引き換えに。
(だったら)
 視界が明るくなっていく。
(――俺が取り戻してやる)
 ズンと操兵が縦に揺れた。慣性の作り出した衝撃が、ベルトで留められたアルバートの身体を圧迫する。
「羅甲五号機、セット完了!」
 スピーカーから出撃ブロックオペレーターの威勢の良い声が聞こえてくる。
 グン、と音がして、目の前のモニターを覆っていた黒い闇が引き裂かれた。
 その先に広がるは滑走路。奥に見えるは虚無の宇宙。
「アルバート隊長。いつでも出れますわ。最終確認をお願いします」
「了解」
 アウローラの言葉に応え、アルバートは手早く計器をチェックする。
 全てのシステムがグリーンであることを確かめると、彼は前方を睨みつけ、両手に操作管を握った。
「チェック完了。異状なし。羅甲五号、出撃する!」
「了解。羅甲五号、出撃します」
「こちら出撃ブロック。羅甲五号の出撃を承認。いつでも出てくれ」
「よし」
 スゥと息を吸い込むと――操作管をグッと倒す。
 背のバーニアが急激に白熱し、モーターが急激に回転を始める。滑走路の行く先へ向けて前傾の姿勢を取り、エネルギーが溜まるその時を待つ。
「――バーニア、クライマックスを確認! 脚部接続をレベル五まで解除ッ!」
「おし! 羅甲アルバート機、出るッ!」
 限界まで引き絞られた矢が放たれるがごとく。
 羅甲五号機は爆音と共に宇宙への道を疾走していた。
 長い滑走路もほんの一瞬で終わる。
 出口を超えると――そこは無音の宇宙。
「隊長! ようやく出てきたか!」
 外に出ると同時、通信が入ってきた。ミラの声だ。通信状況が悪いのか、かなり乱れている。
「遅くなってすまないな」
 答えながら、アルバートはシステムを操作して付近のマップ情報を呼び出す。
 バックパックで情報処理能力が飛躍的にアップされているだけに、現れたマップの情報有効半径は広く、個々の要素の情報量も多かった。素早くそこに目を通し、ミラたちの現在位置を確認する。それほど離れていない宙域に四体の操兵は固まっているようだ。
 アルバートは羅甲の行く先をラッシュたちの待つ宙域へと指定した。インプットは何ら問題なく行われ、直進運動で進んでいた機体の向きが目的の方角に向ってゆっくりと変わっていく。
「アウローラさん。こちらアルバート機。聞こえますか?」
「はっきりと聞こえますわ」
 通信回線を繋ぐと、明瞭なアウローラの声が返ってきた。
「システムは順調のようですね」
「ああ。俺式のサポートバージョンとほとんど変わりないです。こちらの領域外の情報を送ってもらえます?」
「了解です。常時接続でよろしいのですね?」
「ええ。こいつなら容量負荷に耐えられるはずです」
 しばらくして、アウローラから『招雷』周辺のデータが送られてきた。システムを強化したおかげで、『招雷』からある範囲内にいる限り、『招雷』の持つ強力なレーダーで得たデータをほぼリアルタイムで参照することができる。
 送られてきた情報をメイン画面に表示する。問題は敵の動きだった。デシセント管理衛星は小さく視界に入っているくらいの距離だが、テロリストたちが周囲に群がっている様子はない。
「アウローラさん、向こうの状況なんだけど」
「『招雷』のレーダー圏内にはまだ映っておりませんね。すでに交戦しているかもしれない第三八七警備隊と連絡を取ろうと試みているのですが――」
 そこでアウローラの声が途切れた。慌ただしい気配がスピーカー越しに聞こえてくる。
「どうしました?」
「――今、第三八七警備隊から連絡がありました。敵の数は十六機。そのうち、防衛網を突破した八機、および敵の母艦がこちらへ接近しているそうです。――と、そのようなことを言っている間に」
「ああ。こっちでも確認した」
 『招雷』のレーダーに赤い記号が映っている。それは識別不明な操兵を示す記号だった。
「アウローラさん。艦長に回線を繋いでくれ」
「了解です」
「進路の相談かね」
「さすが、話が早いね」
 アルバートは宇宙図を凝視しながら言葉を続ける。
「敵の進路とスピードから考えて、接触はこの辺りだ」
「暗礁地帯か。厄介だな」
 アルバートが示した宙域に、艦長は少し案ずるような声音だった。
 過去に一度、デシセント管理衛星の近くで大きな艦船同士の事故があった。事故は大きな爆発を引き起こし、大量の破片が散らばった。それらが、どういう偶然からか、ある宙域で渦を巻いているのである。
 速度こそ大したものではないため、暗礁領域に入っても事故を起こす確率は低い。しかし、戦闘状態と言うのならば話は別だった。その上、特殊な磁場が発生していて通常のレーダー程度では通信に支障が出る。
「戦いにくい場所で攪乱して、一気に突破しようって腹積もりなんだろうな。ジェダ・フリークスは抜け目がないよ。ヤツの作戦には隙がない」
「それで、私に話とは?」
「簡単なことだよ。敵の母艦が突っ込んできたら撃破してくれ」
「簡単に言うものだ」
「しょうがないさ。羅甲の火力じゃ、足くらいは止められても破壊はできない。自爆覚悟で突っ込まれたら、それこそ打つ手がないんだ」
「わかっている。任せておけ」
 淡々とした調子だが、アルバートにとっては心強い言葉だった。
「よし。そろそろミラたちも見えてくるな――と、あそこか。おい、皆! 聞こえているか!」
 暗礁領域のそばで待機していた羅甲四機が一斉にアルバートのほうを向く。律儀に身体ごと動かす必要はないのにな、と、妙に人間らしい動きをする羅甲にアルバートは苦笑を浮かべた。
「遅ェよ、隊長! 待ちくたびれっちまったぜ。敵はもう来てるのか? この辺はレーダーの調子が悪くて何も映らねーんだけど」
「暗礁領域付近は変な磁場が発生してるんだ。全員俺の羅甲に回線を回してくれ。『招雷』からのデータをダイレクトに渡すのはさすがに無理だけど、それでも今よりは周辺情報が明瞭になるはずだ」
「了解」
 四機の羅甲はそれぞれアルバート機と情報をリンクする。アルバート機が『招雷』のレーダーデータを参照するように、彼らはアルバート機のレーダーデータを参照するのだ。
 全ての操兵がリンクすると、システム負荷を示す数値が跳ね上がった。全ての情報の中継点となっているのだから当然と言えるが、これでは戦闘行為そのものに割ける容量が相当に圧迫される。最前線で戦うのは無謀だろう。
「アルバート機から四機へ。調子はどうだ?」
「相当マシになったよ」
 ミラの返答に他の三機も同意した。
「よし。それじゃあ早速だが、この宙域に敵が近付いてきてる。もうすぐレーダーに映るだろう。各自準備に怠りはないな?」
「……はぁ。やっぱり来るんですね。どこかで事故らないかなぁ」
「まだ言ってんのか、この馬鹿! さっさと覚悟決めろっての!」
 陰気な調子のラッシュにミラの叱咤が飛び、双子の機体からはケラケラと笑い声が聞こえていた。
 まったく、どこまで行ってもいつも通りだ――と、アルバートは曖昧な苦笑いを浮かべた。安心して良いのやら、不安になるべきなのやら、いまいち判断がつかない。
「――こちら『招雷』オペレーター。アルバート隊長、聞こえますか?」
 アウローラから通信が入る。
「こちらアルバート機。聞こえてるぜ。各機とのシステムリンクも完了した。この通信は全員に聞こえているはずだ」
「それはようございました。敵八機と敵母艦がそちらの宙域に接近しております。まもなく暗礁領域に差し掛かるでしょう。至急準備を進めてください」
「了解した。――各機、今の聞いたな?」
 アルバートはモニターに映る羅甲四機を見回した。
 見慣れたいつもの操兵たち。じっと見つめていると、赤いモノアイにも表情があるように思えてくるから不思議だった。
「敵母艦は『招雷』が何とかしてくれる。艦長はそう約束してくれた。だから、俺たちは敵操兵に絞って攻撃を仕掛ける。俺たちの勝利条件は――敵の完全殲滅。オール・デストロイ、それだけだ」
 羅甲の向きを変え、カメラを巡らせる。その先にはデシセント管理衛星がある。
 約五十万人ほどの人間が暮らす丸い球体には、様々な色の光が瞬いていた。その一つ一つの下に人が生きている。生きることに何の疑問も抱かず、日々を精いっぱいに生きている。
「例えアムステラが侵略の歴史を持っているとしても。何十万の人間の命を無下に奪う理由にはならない」
 再び操兵を巡らし、アルバートは四人の仲間に向かい合った。
「一機でも逃がせば俺たちの負けだ。それだけは良く理解しておいてくれ」
 その時、レーダーが警告音を発する。緑色のモニターに赤い点が七点増えていた。
「――来たか。ラッシュ、行けるか?」
「大丈夫ですよ。いつものことですし」
 ラッシュ機からは先程よりもしっかりした返答が返ってくる。
「僕は――いえ、僕たちは、目的を達成して生きて帰ります。だから、そのための方法を教えてください、隊長。僕はあなたについていく」
「良く言った。任せておけ」
 にやりと笑い、アルバートは羅甲を敵機の方向へ巡らせる。
「常に互いの連携を第一に考えろ。良くわからなくなったら俺の指示を聞け。きっと勝利に導いてやる。いつも通りに、笑いながら勝利の酒を堪能させてやるさ」
 すうと息を吸い込み。
「さあ行くぞッ! 第三〇五辺境警備隊、戦闘を開始するッ!」



TO BE CONTINUED…