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「三番ハッチオープン!」
「三番ハッチオープン! ――完了ッ! 安全確認済ッ!」
「ようし、移動開始を伝えろ。一気に運び込むぞ。雑甲二号機、三号機は内側で待機だ。すぐ動けるようにしておけ!」
「ラジャー!」
 操兵格納庫は慌しい空気に包まれていた。作業着を着た男たちが右に左に駆け回り、ほとんど怒号となった命令や報告が各所で行われている。
「二号機、さっさと所定の位置に着け! もう来るぞ!」
 高台の上に乗り、拡声器を片手に怒鳴り散らしているのは、格納庫の総括責任を負うシェムフ作業長であった。一際年季の入った灰色の作業着を身にまとい、額に汗を浮かべて部下たちにハッパをかけている。
「他の連中も気を抜くな! こっちからはちゃんと見えてんだからな!」
「おーい、シェムフ作業長!」
「ん? おお、アルバートか」
 拡声器をオフしてシェムフは高台から下を見下ろした。珍しくきちんとヘルメットをかぶったアルバートが下から手を振っている。
「搬入作業のほうはどうだい?」
 高台に登って横に並ぶと、アルバートは話しかけた。
「ん、まあ順調だな。特に問題は起こってねぇ。予定通りの時間に作業は終わるだろうよ」
 丸太のような腕を組みなおし、シェムフは憮然とした表情でそう言った。今年で四十半ばも過ぎる年齢のはずだが、身体には衰えがまるで見えない。現場では自ら雑甲を駆って働くこともある、頼りになる作業長だった。
「了解、それを聞いて安心した。午後からちょっと用事ができちゃってさ。出かける前に一通り見ときたかったんだよ、噂の最新鋭機体を」
「最新鋭ねぇ。ま、デザインはいかにもって感じだな。俺の好みじゃねぇ」
「ははっ、シェムフさんならそう言うだろうと思った」
 ズズン、と巨大な音が格納庫に響く。クレーンで吊るされた流星/流(ナガレ)が無事に着陸したらしい。
「五番扉開けッ!」
「了解ッ! 五番扉開きます!」
 格納庫に繋がる扉――というよりも、大きさの規模で言えば門というほうが相応しい――が金属音を立てながら開いていく。
「おおー。あれが流星か」
 アルバートは思わず手すりから身を乗り出した。
 白と青を基調としたカラーリングがなされた操兵は、運搬用の巨大リヤカーに乗せられてゆっくりと扉から格納庫の中に入ってくる。
 周囲に並ぶ羅甲たちとは明らかに雰囲気が違った。単純にデザインやカラーだけの話ではない。背を丸め、前傾姿勢になった操兵は、周りを威圧するかのような静かな迫力をたたえている。
「所定位置につきました!」
「ご苦労! 二号機、三号機、作業にかかれ!」
 シェムフの号令に、待機していた雑甲が動き出す。流星の肩の部分にワイヤーやフックを仕掛け、クレーンで持ち上げて地面に下ろすのだ。
「面倒だよなー。カナタちゃんがあれに乗ってちょちょいと動かせば済む話なんだけど」
「非常事態じゃない限りそんなことできるか。いくら安全装置がかんでるとはいえ、基地のど真ん中でメインエンジンが火を噴いたりしたらどうなる。他とも誘爆して数キロ規模の大災害が起こるぜ」
「ま、そうなんだけどさ。マテリアルオーブだけ動力に回すとか、色々できそうなもんだけど」
「例外を認めていたらきりがないんだよ。隊長のお前がそんなことでどうする」
 アルバートを小突くような動作をしてから、シェムフは眼下で走り回る作業員に再び指示を与え始めた。
(流星/流。最新鋭の操兵、か)
 クレーンで移動する流星の後姿を見ながらアルバートは考える。
 流線的なデザインは見る者に生き物のような印象を与え、どこかしら不気味な雰囲気をまとっている。腕からが胴体部分にかけてが細く設計されているせいだろうか。細身で猫背の青年が勇気のように立っているようにも見える。
 全体を眺めた時、特に目を引くのは両肩から腕にかけてを包むように展開するサブブースト機構だ。一見してシールドのように見えるそれは、資料によれば、メインブースターと併用して使用するサブブースターらしい。メインブースターで爆発的な加速力を生み出しつつ、脚部のスラスターとマントのようなサブブースターで細かい体勢の修正を行う。この三つの軸を利用し、流星は昨日のシミュレーターで見せたような高機動力を実現するようだ。
「ま、要するに、速さに特化した機体なんだよな」
「そのぶん華奢そうだ。ま、それはいいが、メンテナンスは誰がやるんだ? あのエルミナ嬢ちゃんが面倒見るのか?」
「さすがにそれは無理だろうな。まずはあの流星の設計技術者が着てくれることになってるんだ。いずれはエルミナにも学んでもらいところだけど」
「隊長! どこですか、隊長ー!」
 当の本人の声が下から聞こえてくる。
「……噂をすればなんとやら、だ」
「ははっ。何か用事があるんだろう、さっさと降りて話を聞いてやれ」
「もうちょっと見てたかったんだけどなー」
「レディを待たせるもんじゃない。早く行け」
「あいつがレディなんて言うタマかよ。ったく、しょうがねぇなー」
 アルバートは最後にもう一度、流星を振り返った。
 モノアイの点っていない黒い目がこちらを見つめている。
「なあ、色男。カナタをよろしく頼むぜ」
 呟き、アルバートは高台を降りていった。




カラクリオー外伝-Shooting Star-

第二話 孤高のテロリスト(前編)




 カナタが入隊した翌日。
「腹ごしらえついでにミーティングやるぞー」
 例によって隊長殿の一存により、その日のミーティングは朝食中に行われることになった。
「……地球への出向命令?」
「そうだ。急にそんな命令が来てな。三日後には発たなきゃならん」
「滅茶苦茶な話だな……」
 パンをかじりながら、ミラは呆れたように言った。
「地球って言ったら――そりゃここからだと近いほうだけどさ。ちょっとそこまで行ってこい、って距離じゃないだろ」
「そうだな。高速艦を回してもらっても十日はかかる距離だ。このへんには都合の良いゲートがないから艦で行くしかない」
「んで、出発は三日後だって? はー……やってらんないね、まったく!」
 苛立たしげに言って、ミラは魚の骨をガリガリと噛み砕いた。実家が漁師を営んでいるという彼女は、魚の頭だろうが骨だろうが食べ残すことをしない。
 そんな彼女のいつもどおりの姿を見る限り、昨日の敗戦のショックはあまりないようだった。離れた席でコーヒーをすすっていたエルミナは、密かに安心する。
「ま、とにかく急な通達でな。降下ポイントはアメリカ合衆国――地球の中にたくさんある国家の一つだが、そこの領土内予定。目的は拠点防衛および敵領侵攻の支援だと。まあ助っ人みたいな感じかね」
「えらい急な話じゃないか。人手不足なのかい」
「そうなんじゃないか? こう言っちゃなんだが、俺たちみたいな羅甲が主力の小さい部隊にまで声がかかるってのは相当だよ。不死身のカスム隊じゃあるまいしさ。まあ、うまく戦功を立てられりゃ出世のチャンスかもしれないけど」
「ふーん……」
 気のない返事をしてみせたが、出世欲は人並に旺盛なミラである。興味を引かれたようだ。
「ま、そういうわけだ。参加するのはせいぜい一個か二個の作戦だけだって話だから、長くても数ヶ月の規模だろう。さくっといって乗り切りましょう。ただ、家族がいる者はきちんとその旨伝えておくように」
 何気ない言葉だったが、その場に居合わせた何人かは表情を曇らせた。戦で怪我を負ったり――もしくは戦死するにしても、その場所が慣れ親しんだ星なのか、何一つ縁のない遠い異邦の地であるかでは、遺された者たちに与える意味が変わってくる。
 できることならば戦場に向かうまでの間に一時の交流の時間を作ってやりたかったが、アルバートの進言は上層部に聞き入られなかった。ただ準備を急がせるようにと、念を押すような返事があっただけだ。
「そうそう。地球上では陸戦行動が主になるから、今日から順番に操兵を陸戦用に改修していく。まずは俺の俺式からだけど。ついでに軽いメンテナンスもやるからさ、パイロットの面々は時間を作って立ち会うように。それと――」
 欠伸をしながら手元の書類をめくる。隊長自ら締まらない姿だ。
「おっと、これか。えっとな、しばらく小康状態が続いてたデシセント独立党によるテロ活動なんだが――」
 デシセント独立党とは、アルバートたちの基地がある惑星デシセントに古くから根ざす革命的テロ集団である。彼らのターゲットは主にアムステラ帝国軍であり、これまでにも何度か大きな武力衝突を起こしている。
「ここ最近、活動が活発になってきているという報告がある。例によって出所が不明な情報なんだけど、警戒レベルをB+に引き上げるそうだ」
「B+ったら、一般への呼びかけはなし、現場のみ厳重注意ってヤツだっけ」
「そうだな。保安部とかは見回り強化だの動員数増加だの色々あるけど、ま、俺たちは普段と変わりないよ。とりあえず注意――っつーか、有事の際には出動もあるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
 連絡はこんなところかね――と言って、アルバートは温くなったコーヒーを一気に飲み干した。
「じゃ、通達は以上。ご馳走様でしたっと」
 手を合わせてから席を立つ。
「あ、隊長!」
 エルミナは慌てて立ち上がり、食堂から出ようとするアルバートを入り口のところで捕まえた。
「なんだ?」
「カナタちゃんの――あ、いえ、カナタ少尉のことです。本日のメニューはどうします? 彼女の分の勤務シフト、まだ作ってないでしょう」
「ああ、そうだったな。うーん……と言っても、今日は中途半端なんだよな。午後から彼女、病院に行くことになっててさ」
「え? 病院?」
 エルミナは昨日の訓練直後のカナタを思い出す。眩暈がしただけだと言っていたが、やはり何か悪かったのだろうか――。
「ああ、別に病気とかそういうんじゃないと思うよ。中央研究所から人が来て、身体検査するんだとさ。基地の施設じゃ設備が足りないから病院の設備を借りるってだけらし」
「あ、そうなんですか……」
 エルミナはホッと胸を撫で下ろした。
「心配性だな、お前は。あんまり構い過ぎると妹のほうが姉離れできなくなっちゃうかもしれんぞ」
「それは……その、色々考えてますけど……え、妹? なんで隊長が知って――あ、あー! まさか隊長、昨日の聞いてたんですか!?」
 顔を赤くしてうろたえるエルミナに、アルバートは頭を掻いた。
「やべ。うっかり」
「見損ないました! 前々から怪しいと思ってたけど――盗聴なんてするなんて! 隊長もやっぱりラッシュくんと一緒なんですね! この変態!」
「待ってくださいよ! なんでそこで僕の名前が出てくるんですか!」
 後ろのほうでラッシュが抗議しているが、エルミナの耳には入らない。
「おいおい、勘違いするなって。昨日のはたまたまだよ。様子を見に行こうとしたらお前の部屋のドアが開いてたの」 
「え……?」
「だから別に盗聴ってわけじゃなくて聞こえてきただけだし。それに、お前の言ってたことも別に悪くは――」
「こンの変態ッ!」
 言葉の半ばでエルミナの鉄拳がアルバートの水月にめり込む。まともに一撃を受けた隊長殿は音もなく崩れ落ちた。
「乙女の部屋を覗き見るなんて! それでも隊長ですか! そ、それに――私だけならともかく、カナタちゃんの裸まで見て! ホント最低です!」
「ち、違っ……誤解……」
「ああああ! ごめんねカナタちゃん! 私がうっかりしてたばっかりにカナタちゃんの綺麗な白い肌とか、色っぽいうなじとか、すごく綺麗な形の胸とか、あの腰のくびれとか、あと足のラインとかもすんごく綺麗で――」
 そこまで言って、エルミナは部隊の男どもが興味津々な視線をカナタへ向けていることに気付いた。
「は、はわわわっ! 駄目ですよ皆さん! カナタちゃんのこと獣の目で見ちゃ駄目! この子は純粋な子なんだからー!」
「……やれやれ。昨日、あれから一体何があったんだろうね」
 ぎゃいぎゃいと騒ぐエルミナを見ながら、ミラは呆れたように呟いた。
「……エルミナさんとカナタさんの義姉妹の契り……一緒にお風呂入ったり一つのベッドで眠ったり……姉妹愛はやがて一線を越え……あああああッ! これはこれでアリだッ! すごくアリだ! どうしよう隊長! 大変だー!」
 ラッシュは一人で盛り上がり。
「ぐ、くくくっ……お前ら、誤解だぞ……誤解なんだぞッ……」
 アルバートはうめき。
「?」
 話題の中心人物であるカナタは、首をかしげながら、むぐむぐとパンをかじっていた。



 そして時は経ち、昼過ぎのこと。
 冒頭にてエルミナに呼ばれたアルバートは、私服姿に着替えて基地の出入り口に向かって歩いていた。
「やー、朝は酷い目に遭いましたこと」
「……だから、誤解があったことはもう謝ったじゃないですか。しつこいですよ、隊長」
 アルバートの横を歩きながら、エルミナは口を尖らせる。
「馬鹿。俺は危うくラッシュの同類という不名誉極まりないレッテルを貼られそうだったんだぞ。こんくらい愚痴ってもバチは当たらん」
「むー。でも、隊長も人が悪いですよ。何も言わないで聞き耳立ててたなんて」
「あの状況で口を挟めるかよ。まあ――いいじゃん。これでお前が姉代わりってのは公認の事実だ」
「別に公認じゃなくてもいいんですけど……」
 話しながら玄関口にまで出ると、こちらも私服姿のカナタが待っていた。身につけた服はエルミナが基地内を走り回って用立ててくれたものである。
「おう。準備は終わったか?」
「はい」
「私服姿もなかなか似合ってるじゃないか」
 白いブラウスにロングのスカート。シンプルな格好だったが、アルバートの言うとおり良く似合っている。
 カナタは自分の身体を見下ろし、ちょっと小首を傾げた。
「この格好はカナタに似合っているのですか」
「おう。文句なし。じゃ、ちょっくら行ってくるか。エルミナ、何かあったら連絡してくれ」
「わかりました。隊長、カナタ少尉、お気をつけて」
 エルミナに見送られ、二人は軍事施設の外に出る。
 外は良い天気だった。太陽が照り輝き、空には雲ひとつない。気温はそれなりに高く、歩く人々の姿には半袖が目立つ。
「あーあ。こんな良い天気だってのに仕事だよ。嫌になってくるなー。なあ、カナタ」
「隊長殿は、天気が良いとお仕事が嫌になるのでしょうか」
「外がこんなに気持ち良いとのんびりだらだらしたくなるでしょ。相対的に仕事をしたくなくなる、ってわけ」
「……カナタにはそのお気持ちがわかりかねます」
「そっか。お前は真面目そうだもんなー」
 などとやり取りをかわしながら、二人は門に差し掛かる。
「身分証の提示を」
 門の左右で直立不動の体勢を取る兵士たちに、アルバートたちは身分証を掲げてみせた。
「――確認できました。アルバート中尉殿、門の外に車を呼んでおります。お使いください」
「はいよ。ご苦労さん」
 門を通り抜ける。その際にちらりと兵士のほうを窺うと、二人いる兵士たちはどちらもカナタに目を奪われていた。話してみるとその妙な言動で魅力が半減するカナタだが、黙ったままでいればその美しさは周りの注目を引いて当然なのである。
 ちょっとだけ得意な気分になりつつ、アルバートは門を出た。門番の言うとおり、軍用車が路傍に止めてある。
 ドアを開けて乗り込むと、無愛想な運転手は目的地を聞くこともなく車を発進させた。どうやら行き先は伝わっているらしい。ミラーに映るごつい顔の運転手と無理に仲良くする気にもなれず、アルバートは窓の外に視線を向けた。
 辺境惑星デシセント。それがこの星の名前だ。今より百と数十年前にアムステラ神聖帝国と接触し、数年後にアムステラ神聖帝国との関係が悪化。十年ほど続いた戦争を経てアムステラ神聖帝国の属領となった。
 星の大きさは、帝国の属領となった星々の中でも小さい部類に入るだろう。これからアルバートたちが赴く予定となっている地球の半分の大きさもない。
 小さな星で、限られた資源を分け合って暮らす――本来はそんな牧歌的な気風がある星だったそうだ。それが、今ではアムステラの持ち込んだ文明に取って代わられ、アムステラ総督府のあるここシェラヒムの街にはビルが林立し、立派なビジネス街になっている。
「そういえば、カナタはこの街をまだぜんぜん見てないんだよな」
「はい」
 窓の外から視線を放し、カナタはアルバートへと顔を向けた。
「後でちょっと歩いてみるか。と言っても三日すりゃ宇宙旅行に出発だし――シェラヒムはただのビジネスの街だしなぁ」
「隊長殿のご好意はありがたく思います。しかし、本日は検査の後、速やかに戻って合同シミュレーション訓練をすることになっております」
「あ、そうだっけ? まあ――いいんだよ一二時間くらい。誰が困るわけでもないし。隊長の俺が許しちゃおう」
「エル姉様が申しておりました」
「ん?」
「隊長殿がそのようなことを言い出すはずだから、誘いに乗るなと」
「あっはっはっ。あんにゃろめ、心得てやがる」
 半時間ほどで車は街を抜け、郊外に出た。あたりの風景が急速に所帯染みていく。
 やがて目的地の病院が見えてきた。帝国が融資して作り上げた、軍事施設にも匹敵するほど広い敷地を持つ大病院である。
「えっと、A-15棟とか言ってたな。そっちまで車回してもらえるか?」
「了解」
 短い返事を返して運転手はハンドルを切った。
 敷地内には歩いている人間が多く、また行き来する車も多い。その九割以上が患者なのだろう。大盛況という言い方は不謹慎かもしれないが、外科から内科まで全てがそろっている病院なのだから、人が集まるのも当然と言える。
 ここアムステラ帝国総合病院は、アムステラ帝国が戦争に勝利し、惑星デシセントを属領にしたその年に建てられた。本格的な入植の際、まず気にするべきはその星に潜むウィルスの存在である。原住民にとっては無害なウィルスが、新しくやってきた者たちの害となるケースはかなり多い。そのため、いざ属領となると、軍事施設を作るのと同じくらいの優先度で本格的な病院施設が建てられる。
 約百年の歴史を持つこの病院は、ところどころに風化した建物があるものの、造りは立派なものだった。惑星デシセントは豊富にレアメタルを秘めた星であり、それなりの期待があったからこそ、病院施設の建設にも熱が入ったのだろう。
 つらつらと思いを馳せていると、車はある建物の前で止まった。見上げると、建物の壁にA-15と記されている。目的地で間違いないようだ。
「ありがとさん。帰りはどうすりゃいいのかね」
「自分は任務がありますので。任意のタイミングでタクシーを用立てて欲しいとのことです」
 先程のカナタとのやり取りを聞いていたのだろう。運転手は冷たさを感じさせる目でそう言った。
「了解。じゃあな」
 軍用車が走り去るのを何となく見届けると、アルバートはカナタを連れて建物の中に入っていった。
 白い壁と白い床。一般的な病院のイメージを裏切らない配色のなされた建物の内部には、これまでに見てきた建物と違って人気がなかった。エントランスはそのまま待合室になっているようだが、並べられたソファーには誰も座っていなかった。
 きょろきょろと辺りを窺っていると、受付の中から『いらっしゃいませ』と声がかかる。
「お客様、何か御用ですか?」
「アムステラ第三〇五辺境警備隊のアルバートというものです。ここで待ち合わせをしているのですが」
「ああ、アルバート中尉。それから、そちらはカナタ少尉ですね? 窺っております。少々お待ちください」
 それから待つこと十分ほど。やることもなくぼうっと座っていた二人のほうへ、白衣を着た女性が近づいてきた。
「お待たせしました、アルバート中尉。それから――カナタ少尉」
 女性は優雅とすら言える仕草で一礼する。顔を上げると非常に整った顔立ちをしていたので、アルバートは驚いた。
 年齢は二十を過ぎたくらいだろうか。白い肌にウェーブのかかった明るい金髪、そして緑色をした切れ長の瞳が意志の強さを感じさせる。桃色の紅が引かれた唇の形作る微笑みは、アルバートに挑みかかるかのように挑発的だった。
「わたくしはアーシェリカ・テル・イドワーズ。技術中尉です。よろしくお願いします」
「へー、リカちゃんね」
「アーシェリカです、アルバート中尉殿。参りましょう、こちらへどうぞ」
 洗練された足取りで白衣の女性――アーシェリカは建物の奥へと入っていく。二人は後に続いた。
「この建物、普通の病院とは違うようですね」
 歩きながら、アルバートが尋ねた。
「全然人気がない。研究施設か何かですか?」
「半々と言ったところでしょうか。本来ならそれなりに一般の方々もおりますけれど、本日はわたくしたちの使用に際してご遠慮いただいておりますの」
「ああ、なるほどね……」
 やがて通された部屋は、脳波測定用の機械やら得体の知れない薬品やら、怪しいムードの漂う部屋だった。部屋の中央に黒いシートがある。患者がそこに座るのだろう。
「――で、今日のカナタちゃんの検査って、何やるんです?」
 部屋を見回しながらアルバートは言った。
「見たところ、そこまで高級な設備があるとも思えないんだけどな」
「申し訳ありませんが、今回の検査に関しては研究所の極秘事項が多く含まれています。おいそれと話すわけにはいかないのですわ、アルバート中尉」
「それは承知しています。けど、俺はこの子を預かる身分だ。少しくらい教えてくれてもバチは当たらないと思うよ」
「大人しく外でお待ちください」
 きっぱりと言って、アーシェリカは黒いシートの脇にあるモニターの前に立った。起動スイッチを押し、キーボードに何やら打ち込んでいる。
「ちょっと待ってくれよ。細かい説明はいいからさ、せめてカナタの検査の最中は傍にいさせてくれないか?」
「いけません。あなたにはその権限が――あら? おかしいわね、認証されないわ」
 再びカタカタとキーボードを叩くが、エラー音ばかり出て一向に認証されないようだ。
「なあ、頼むってば」
「ちょっと、黙っていてくださる? 集中できませんわ!」
 キーボードを打つ手が加速する。
「――ああ、もうっ! これだから古い世代の端末は嫌になりますわ。回線の不良かしら?」
 端末から出ているコードを辿り、アーシェリカは部屋の奥のほうへ歩いていった。
「おかしいわね……どこが悪いのかしら……」
「おーい。リカちゃんよ」
「……しつこいですわねっ! 駄目なものは駄目だと、何度言ったら――」
「そうじゃなくてさ。これ、ハードのほうが立ち上がってないと認証効かないんじゃないの?」
 アーシェリカの動きがぴたりと止まる。
「この端末こっちの機械に繋がってんじゃん。こっちをオンにしてさー……あ、ほら。認証画面にREADYの文字出てきたぜ」
「……うー」
 つかつかとやってきて、パスワード入力欄に打ち込む。するとあっさりと認証は完了し、メイン画面が現れた。
「……これで勝ったとは思わないことですわ!」
「いや、思いませんけども」
「屈辱! 屈辱ですわ……それもこれも、ここの機械が旧式だから――っ」
 無造作にばら撒かれたコード類。その一端にアーシェリカの足がかかり。
「きゃあああっ!」
 ドンガラガッシャンと、まるで漫画のように綺麗にこける。
「……うわー、大惨事」
「うううううー……何から何までわたくしの邪魔をするぅぅぅ!」
 立ち上がろうとしてさらに二転三転したアーシェリカは、身体のあちこちにコードを巻いた状態で唸っていた。出会った頃にあった威厳はもはや欠片もない。
「リカちゃんドジっ子だったとは。これは意外。ああほら、不用意に動くなって。ちゃんと順番に取っていかないと余計にコードが」
「さわらないでください! どさくさにまぎれていやらしい! このくらい、ここをこうして、こうすれば――」
 ブチッ。
 と、無造作な音がして、モニタの電源および起動していた装置が止まる。
「…………」
「泣くな」
「泣いてなんて――うぅ、いませんから!」
「やれやれ。おーい、カナタ。ほどくの手伝ってくれ」
 ――というようなやり取りでたっぷり三十分が経過し。
「い、一応感謝して差し上げますわっ!」
 ようやく検査の準備ができると、アーシェリカは顔を赤くして言った。
「さあ、それではさっそく始めます。カナタ少尉、こちらに来てください」
 ツンと顔を逸らし、毅然とした態度が復活している。どうやら立ち直ったものらしい。
「あのー、リカちゃんさ。俺は」
「あなたは外です! さっさと移動してください!」
「なんでそんなに怒ってんだよ」
「うるさいですわ! とにかくカナタ少尉、こちらへ早く来てください」
「…………」
 カナタはアルバートの後ろに回り、その場から動かない。
「……どうしました、カナタ少尉? 早くいらっしゃってくださいな」
「隊長殿。いかがなさいましょう」
「ん?」
「現状のままカナタの検査が始まりますと、隊長殿の要求は何一つ通らないままの開始となります。よろしいですか?」
「お、ちゃんと気を遣ってくれんだな」
 えらいえらい、とアルバートはカナタの頭を撫でた。カナタは無表情のまま、何を言うでもなくじっとしている。
「カナタはオーナーの意向を第一に行動すべきと存じます。故に、アルバート隊長の了承がない限り動きません」
「何です? そのオーナーというのは」
 アーシェリカはうさんくさそうな視線をアルバートに向けた。
「あれ、知らないのか? ――って、俺も実際どんなモンかはよく知らないんだけどな。とにかく、なんかカナタ的にオーナーってのを設定して、そいつの指示に沿って動くようにしてるんだと」
「な、何ですの、それ。聞いてないわ」
 せっかく回復しかけていた毅然とした態度が、早くも崩れかけているアーシェリカだった。
「……リカちゃんさ、本当に研究所の人間なのか? なーんかうさんくさいんだけど」
「ぶ、無礼な! わたくしは紛れもなく中央研究所の所属ですっ! それに何となく見逃していましたけれど、わたくしのことはちゃんとアーシェリカと――」
「おや。ずいぶん騒がしいな」
 のんびりとした声がかかる。と、開いたままだった扉から初老の男性がひょっこりと顔を出した。ワイシャツの上に白衣を羽織るという珍妙な格好をしている。
「ジェームズ部長! すみません、まだ始められていなくて」
「起動に手間取ったのかね? まあ構わんよ。別に制限時間を設けているわけでもなし、しっかりやってくれればそれで――と、こちらの方々がアルバート中尉とカナタ少尉かな」
 ずれ落ちた丸眼鏡を上げながら、老紳士と言った風貌の男性はアルバートたちに視線を向けた。
「はじめまして。流星シリーズ開発責任者のジェームズ・ウォルター博士です。よろしく」
 ごつごつした大きな手が差し出される。アルバートも手を差し出し、握手を交わした。
「よろしくお願いします。――って、ジェームズ・ウォルター? 去年、エネルギー変換効率に関する研究でアムステラ最高科学者の候補にノミネートされたジェームズ博士?」
「おお、存じておったかね。嬉しいものだな」
 ジェームズは相好を崩した。
「そりゃあもう! ビーム兵器が主力となりつつある最近じゃ、小さなエンジンから以下に効率良くエネルギーを取り出すかが最重要ですからね。けど、結局は新兵器開発部門が強くなっちゃうんだよなー。見かけが派手だから」
「なるほど、前線に立つ軍人らしいコメントだね。君たちのような人が審査委員会にいてくれれば、私の部門にももう少し予算が割かれるのになぁ」
「や、でもこのようなところでお目にかかれて光栄です。博士の論文は良く参考にさせてもらってますんで」
「ふむ。君はなかなか見所がありそうだ。どうだね、コーヒーでも飲みながら少し話を――」
「部長。仲良くされるのは結構ですけれど、お仕事のほうもきちんといたしましょう」
 腰に手を当て、苛立った素振りを隠そうともせずにアーシェリカが口を挟んだ。
「おお、そうだった。実はな、アルバート君。このアーシェリカ君も私も、実のところ正規のスタッフではないのだ。なに、データの採取の仕方などは基本的なものだし、我々でも問題ないのだが、今回の検査の結果についても我々では何のコメントもできんのだよ」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
 手際の悪さが何となく納得できた。アルバートが相槌を打つと、アーシェリカは嫌そうに眉をしかめる。
「……部長、何もそこまで言わなくても良いのでは?」
「情報はなるべくオープンに。開発に携わる以上、大切なことだよアーシェリカ君。さて、一通り装置の起動はできているようだね」
 部屋を見回してジェームズ博士は言った。
「アルバート君。少しの間、外で待っていてもらえるかな。私もすぐに出るから、少し話をしよう」
「……まあ、そうッスね」
 ジェームズの話を聞き、また先程のアーシェリカの手際の悪さからも考えて――なにか特別な処置をカナタに課すなどということはなさそうだ。アルバートはそう判断し、ジェームズの言葉に頷いた。
「じゃ、カナタ。さくさくっと検査してもらってくれ」
「了解しました」
「……さっきわたくしが言ったときには耳を貸そうともしなかったくせに」
 何やらアーシェリカがぶつぶつ言っているが、気にしないことにして、アルバートは部屋を辞した。



「ふう。なかなか有意義な時間だったぜ」
 A-15棟を出たアルバートは、照りつける太陽に向かって大きく伸びをした。
「ジェームズ博士とはどのような話をしていたのですか?」
「んー、色々。最近の操兵の使い方とかを聞かれたかな。エネルギー節約関連の研究じゃ、結局は目立てないからね。博士も定年まであと一つくらいは男を上げたいんだろうさ」
 話しながら、呼び寄せておいたタクシーに乗り込もうとする。
 と、その後ろから二人を呼ぶ声があった。
「ん? おお、リカちゃん」
「……ふう。もう訂正するのが馬鹿らしくなりましたわ」
 現れたアーシェリカは白衣を脱ぎ去り、スーツ姿だった。片手に手提げカバンを提げている。
「あなたたち、軍の駐屯基地に帰るのでしょう?」
「ちょっと寄り道するつもりだったけど」
「きちんと帰りなさい。勤務中でしょうに」
 しかめっ面をそのままに、アーシェリカは近寄ってきた。
「わたくしもご一緒します」
「ふーん。何か用事あんの?」
「あなたの部隊に用事があるのです」
「へ?」
「流星専門のメカニックが来るという話、聞いていないのですか? それはわたくしのことですわ」
 思わぬ申し出にアルバートは驚いた。
「まったく。このわたくしが、畑違いの分野の手伝いのためだけに、わざわざこんな辺境惑星に来るわけがないではありませんか。ジェームズ部長から何も聞いておりませんの?」
「うん、まあ……操兵の話しかしなかったし。リカちゃんが急かすから結局中途半端に終わっちゃったしなぁ」
「あのお方は、わたくしたちよりもはるかに忙しいのです! 辺境警備の隊長ごときに時間を割いている場合ではないのですわ」
「手厳しいね。ま、運ちゃん待たせるのもアレだし、乗ってから話そうか」
 カナタとアーシェリカを後部座席に乗せ、アルバートは助手席に乗り込むと、運転手に市街地へ行くように指示した。
「検査の結果は、すぐにはわからないんだっけ」
「そうですわね。今日取得したデータを担当者に送って、それから判断を仰がなければなりませんわ」
「担当者ってのはあのソムド博士とかかな」
「そうなりますわね」
 病院の敷地を抜けると、タクシーは市街地方面へと向かっていった。ベッドタウン固有ののんびりとした空気が、徐々に慌しいオフィス街のそれに変わっていく。
「あ、このへんでいいや。運ちゃん止めてくれ」
「……軍の基地はまだ先のようですけど?」
「息抜きしよう」
 あっさりと言って、アルバートは路傍に車を止めた運転手にカードを差し出した。運転手のほうも手馴れたもので、カードをリーダーに通し一つ二つボタンをタッチして支払いを完了させる。
「さ、出るぞ」
「……まったく。この人はいつもこうなのですの?」
「…………」
 カナタは首を傾げている。ふうと溜め息を吐き、アーシェリカは車を出た。
 冷房の効いていた車内から外に出ると、うららかに感じられていた日差しも少しきつく感じられる。アーシェリカは天を仰ぎ、目を細めた。短時間なら良いが、長時間外を歩くには日傘が欲しくなるような天気だ。
「こっちで休憩しよう。リカちゃんの就任祝いってことで隊長自ら奢ってやるぞ」
「恩の押し売りは結構です」
「つれないねー。じゃあこっちに行こう。ついといで」
 アルバートが入っていったのは総合デパートである。日常雑貨から高級な品まで手広く扱う、ここら一帯では他にないほど大きなデパートだ。
 目的地はその一階にあるファーストフードショップである。迷いなくそちらを目指すアルバートの後ろを、カナタはいつもの様子でスタスタと、アーシェリカはおっかなびっくり続いていた。
「お、結構空いてるなー」
 ピークも過ぎたこの時間帯、多彩なハンバーガーを扱うことで有名なスペースバーガー・中央シェラヒム店はそれなりに空いていた。客の多くは学生や中年の女性である。どちらも周りを気にせず声高く喋っているので、人数の割にはやかましい。
「な、なんて雑多な……こんなところで食事を取るつもりですの?」
 入り口の前で立ち尽くし、アーシェリカは引きつった顔を見せている。
「スペースバーガーだったら普通だろ、こんくらい」
「……そ、そうね。普通かしら……」
「さっさと入ろうぜ」
「あ、ちょっと待ちなさい。これだからせっかちな男は」
「ん?」
「たとえ混雑していようと、ウェイターが案内に出てくるまで待つのが礼儀というものですわ」
 アーシェリカは大真面目な顔つきだった。
「……はぁ? ウェイター?」
「ウェイトレスでも結構ですけど」
「いやいや。ここにはウェイターもウェイトレスもいないぜ? だってスペースバーガーだよ、スペースバーガー。勝手に入ってって席に着いて、注文すればいいだろ」
「……え? で、でも」
 おろおろしだしたアーシェリカの横を、邪魔そうな目で見ながら学生の集団が入っていった。
「……リカちゃんさ、もしかしてものっすごいお嬢育ち?」
「こ、このような場所が初めてというだけですわっ! 何か不都合でもありまして!?」
「いや別に。ちょっと意外だっただけだよ」
 言いながらアルバートは店に入っていき、荷物を置いて席を確保する。
「初めてならメニューとかも良くわからんだろ」
「メニュー表は?」
「あそこ。カウンターの前にあるでしょ」
「ウェイターがいないなら注文は誰にすれば良いのです?」
「カウンターの人。あそこまで行って、注文して、お金払って食いモン受け取ると」
「……サービス精神の欠如に頭痛がしますわ」
 席についてもアーシェリカは落ち着かず、きょろきょろと辺りを窺っていた。
 小学生ほどの子供が手馴れた様子で席に着き、ハンバーガー片手に雑誌をめくっている姿がある。中年女性の集団が、主人の悪口を言い合いながらポテトをつまんでいる姿がある。学生のカップルが一つのジュースを二つのストローで飲んでいる姿もあれば、大人数で大声で口からツバを飛ばしながら騒いでいる集団もあった。
 アーシェリカはしげしげとそれらの様子を見つめた後、ふうと大きく溜め息を吐いた。
「噂には聞いていましたけれど……まさか本当に、このようにモラルの欠如した場所があるなんて」
「極端だなー。とりあえずモノ頼んでゆっくりしようぜ。カナタは何を食べたい?」
「カナタは好き嫌いがございません」
「それは知ってる。で、なに食べたい? ほら、向こうのメニュー表見てちゃんと考えな」
「…………」
 カナタは遠くにあるメニューをしばしじっと見つめていたが、
「隊長殿と同じものが良いように思います」
「んー。まあ良しとしようか。よしわかった、俺のお勧めメニューを一緒に食うか」
「はい。楽しみにするであります」
「じゃ、お前はここで待ってなよ。買ってくるから」
 アルバートは立ち上がると、カウンターのほうへと歩いていった。
「あ! ちょっと待ちなさい!」
 アーシェリカも慌てて立ち上がり、アルバートの後を追った。
「ん? どうした?」
「……メニューを見ても良くわかりませんの。何がお勧めなのです? お教えなさい」
「うーん。その人の好みにもよるしなぁ。濃い味が好きならソースカツとかテリヤキとか……ま、最初はスタンダードに普通のハンバーガーを頼むのがいいか」
「どれも脂っこそうなメニューばかりですわね。包装も安っぽいし……」
「それがいいんだよ。あんまり続くとさすがにうんざりするけど、しばらくすると食いたくなるから不思議なんだよなー」
 カウンターで注文し、受け取り待ちの状態になると、アーシェリカはちらりとカナタのほうを窺った。
 いつも通りの無表情で、どこを見ているのか定かではない眼差しである。周りが騒がしいだけに、彼女の周りの空間だけがぽつんと浮いているような印象を受けた。
「……いつ見ても変わった人ですわね、カナタ少尉は」
「流星の開発の時に関わってたのかい?」
「多少は。面識もありましたけれど……特別に会話したことはありませんわ。だってあの人、何も喋ろうとしないんですもの」
「強化処置の影響なのかね」
 声のトーンを落としてアルバートが言うと、アーシェリカは驚いた表情で振り返った。
「……リカちゃん、完璧に嘘吐けない人だよな」
「そんなことはどうでもいいですわ。何故あなたがそれを知っているのです? そのことについては研究所の極秘事項で――」
「ソムド博士から直接言われた。昨日、カナタを迎えたときにね。エルミナも聞いてるよ。もちろん多言はしないけどね」
「……わたくしにあっさりと打ち明けているではありませんか。博士は何を考えているのです……このような重要なことを、迂闊に……」
「何か含みを持たせた言い方だったけどね。まあ、最初に情報をオープンにしてくれたことに関しては感謝しているよ。知らないままじゃ、辛かった」
「…………」
 カウンター越しにハンバーガーを受け取ると、アルバートたちは席に戻る。
「さて、それじゃリカちゃんの就任祝いだ。遠慮なく食べてくれ!」
 明るくそう言って、アルバートがハンバーガーの一つに手を伸ばした時だった。ピピピッと彼の携帯電話が着信を告げる。
「ん? エルミナからか。何かあったのかね。もしもし?」
「あ、隊長……さっき……が発令……」
 電波の通りが悪いせいか、途切れ途切れにしか聞こえない。
「もしもし! よく聞こえないんだけど。――んー、参ったな。ちょっと外に出て話してくるわ。飯食っちゃっててよ」
「言われなくてもそうします。早くお行きなさい」
「悪いね。んじゃ、ちょっと行ってくる」
 携帯電話を片手に、人ごみを掻き分けて外に向かう。その間も耳に当てていたが、ノイズがかかってほとんど聞き取れない。
「あれぇ? ケータイ使えないんだけどぉ」
「マジ? あ、あたしのもだ。でもさ、さっきまで使ってたよね?」
 すれ違った二人連れの女性がそんなことを言っている。
(……ここは市街地の中心だし、電波が入らないほうがおかしいか。電波発信施設になんか不具合でも生じているのか?)
 思いつつも、アルバートは足を止めずにデパートの外に出た。何となく軍の基地があるであろう方向に歩いていると、急にクリアなエルミナの声が聞こえてくる。
「隊長! 聞こえてますか、アルバート隊長!」
「おう、エルミナ。聞こえてるぞ」
「あ、ようやく繋がった! 今どこにいるんですか?」
「シェラヒム総合デパートでちょっと休憩してた」
「あ、やっぱり! もう――ついていかないようにって、カナタちゃんにも言っておいたのに!」
「まあいいじゃないか、ちょっと遅い昼休みと思えば。すぐに帰るよ。それよりも、何か緊急の用事があるんじゃないのか?」
「あ、そうですよ。テロ警戒レベルがついさっきレベルAに引き上げっていう通達が来たんです。だから隊長にも早くこっちに戻ってもらいたくて――」
 その瞬間だった。
 背後からドゥンという爆発音が響き渡り、続いて人々の悲鳴が沸きあがる。
「……な」
「隊長? どうかしましたか? なんか物音が……」
 振り返る。そこには――。
 ビルの上階から火を噴いている総合デパートの姿があった。
「エルミナ。落ち着いて聞け。今、総合デパートが爆破された」
「え、ええっ!?」
「見たところ爆発の規模はそう大きくない」
 路上の人々がパニックになって走り回っている。それを掻き分けながら、アルバートはなんとかデパートのほうへと進もうとする。
「くそっ、人が多いな。どいつもこいつもパニクってやがる。このままじゃ――」
 そこまで喋ったところで、さらに爆発音が響いた。
 今度はビルではない。近くの路傍にあった車が立て続けに三台、爆発したのだ。
 爆発に巻き込まれた人々が倒れ伏し、無事だった人々もさらに混乱を加速させている。悲鳴と怒号が交じり合い、平和だったオフィス街は一瞬にして地獄絵図となっていた。
「ど、どうしましょう!」
「落ち着け。この騒ぎは保安部にも伝わっているはずだ。向こうの要請にいつでも応えられるよう、ゴメスに準備しておくよう伝えろ。それから、ミラに操兵で出られる準備を進めておくよう伝えるんだ。俺の勘では、たぶん必要になる」
「わ、わかりました!」
「よし。では一旦通信を切る」
「ま、待ってください! カナタちゃんは――いえ、カナタ少尉は無事なんですか?」
「――これから確かめる。彼女はまだデパートの中にいるんだ」
「!」
「落ち着け。お前はお前にしかできない仕事をするんだ。すぐにカナタと合流してそっちへ向かうから」
「……はい!」
 通信を切ると、デパートに向けてアルバートは走り出した。
 テロリストの狙いは単なる爆破にあるのか――全力疾走の中、アルバートは考える。まだ犯行声明は出ていないようだが、爆破犯の正体はおそらくデシセント独立党と名乗る一団だろう。百年前に惑星デシセントがアムステラの属領になってから、綿々と地下で活動を続けてきた息の長いテロリストたちだ。
 人を掻き分け、ようやくデパートの傍にまで至った。ざわついた空気の中、人々はデパートを見上げている。
 五階の一部が吹き飛び、黒い煙が漂っていた。爆発の規模は、アルバートの見立てどおりそれほど大きくないようだ。しかし、それは別の懸念を彼にもたらしていた。ただの爆破目的ならばこのように中途半端な爆破はしない――。
 その時、ざわりと群衆が揺れた。
『我々はデシセント独立党だ。我々の要求は唯一つ』
 デパートの側面に備え付けられていた巨大モニターに、不意に男の顔が現れたのだ。
 まっすぐに前を睨みつける四十代前半と見える男は、公共に顔をさらし、不退転の覚悟をその双眸にみなぎらせている。
『求めるべきはアムステラ帝国支配からの独立。ただこの一事に過ぎない。デシセントの民たちよ、我々の母星は搾取されるだけのものなのか。確かに強大なるは帝国の軍事力である。しかし、それが我らの誇りまでも侵したことはかつて一度もない』
「ジェダだ。ジェダ・フリークス……」
 どこかで誰かが呟いた。
「十五年前の怨念を背負ってついにジェダが現れやがった……ッ」
「ジェダ・フリークス、か……」
 これは厄介なことになった――頭上のモニターを見上げながら、アルバートは心中で舌打ちした。
 ジェダ・フリークスはデシセント独立党の中でも過激派と呼ばれる集団に属し、常に前線に立ってテロ活動を行ってきたスペシャリストである。ずば抜けた行動力と明晰な頭脳を持つ男だが、ここしばらくは姿を見せていなかった。今日の日に備えて潜伏していたのだろう。
(リカちゃんにカナタ……あいつら、大丈夫かな)
 祈るに近い気持ちで、アルバートは彫りの深い顔立ちをしたテロリストを見上げていた。



 時間を少し巻き戻す。
 アルバートが電話に出て行ったその間、アーシェリカ・テル・イドワーズは二十二年の人生で初めて経験する味に感動していた。
 ハンバーガー。彼女の中で、それは料理とも呼ぶべきではない庶民の食べ物だった。食したことはあっても、それは実家のメイドたちが手慰みに作るような、その程度のレベルのものである。あまりものをパンに挟んだだけのそれを、アーシェリカは嫌いではなかったが、取り立てて好きというほどでもなかった。
 しかし。このスペースバーガーのハンバーガーはどうだろう。
 先程彼女自身が言ったように、包装はちゃちなものだし脂っこい料理であるのも間違いない。さぞかしカロリーも高く、不健康な食べ物であろう。しかし、それが良いと言ったアルバートの気持ちも、今ならば理解できるような気がした。高級レストランではまず間違いなくこの美味しさは表現できまい。
 気付けば夢中で食べてしまっていた。
「はふ……」
 包装紙を綺麗にたたみ、トレイの上においても、感動はまだ続いていた。セットでついてきた安っぽい炭酸飲料を飲むと、これがまた妙にハンバーガーの味に合う。
(なるほど。不健康のリスクを犯してまで追求したい味ですわね)
 と、彼女なりに納得をしていると、視線を感じた。見ればカナタがハンバーガーを両手で持ち、むぐむぐと咀嚼しながらこちらを見ている。
「……どうかなさいました?」
 夢中で食べているところをずっと見られていたのだろうか。不意に湧き上がってきた羞恥心を抑えながら、少しぶっきらぼうに言葉を返す。
 ――そんな時だった。ドゥンと大きな爆発音が響いたのは。
「!」
 一度だけ大きな縦揺れがあり、以後は静かだった。周りにいた客たちはお喋りをやめ、不安げに視線を交し合っている。
「何かあったのかしら……」
「大きな縦揺れがありました。しかし、地震ではないように思います。爆発音のように思えますが」
 頭上を見上げながらカナタが答える。
「そうですわね。……ちょっと見てこようかしら」
 言いながらアーシェリカは立ち上がる。
「カナタ少尉はここにいてくださる? すぐに戻ってきますから」
「了解いたしました」
 アーシェリカが店から出て行くと、不安そうな顔をした何人かがつられたように店から消えていった。
 カナタはむぐむぐとハンバーガーを食べ続けている。よく噛んで食べるので、食事のスピードが遅いのだ。
「おい……なんかすげー人が集まってきてんぞ」
 学生の一団が窓の外を見て騒ぎ出す。彼らの言うとおり、窓の外では人々が足を止め、頭上を見上げながら何事か話していた。
「何て言ってんだ?」
「わっかんねーけど。このデパート、何かあったんじゃ……」
「外出たほうがよくね? なんかマジやばそうな雰囲気――」
「貴様ら、そこを動くなァッ!」
 命令の叫び。そして銃撃音。さらにガラスが割れる甲高い物音が響き渡る。
 誰もが動きを止め、視線だけを声の方向に動かす。そこには――。
 サブマシンガンを構えた若い男が立っていた。全身を迷彩服に包み、顔の半ばをヘルメットで覆う完全武装姿である。
「ようし、いい子だ。貴様ら騒ぐなよ。俺様は騒がしいガキと言うことを聞かない女が大ッ嫌いなんだ。こんな状況じゃすぐさま蜂の巣にしちまうかもしれねぇな!」
 カツンカツンと軍靴の鳴る音が響く。人々が声を失っている間に、男はスペースバーガーの中に入ってきた。
「いまいち状況の飲み込めていないお前たちに説明してやろう。我々はデシセント独立党だ。名前くらい聞いたことがあるだろう、なぁ?」
 手近にいた男にサブマシンガンの銃口を突きつける。
「は、はい。知ってます!」
「よろしい。そのデシセント独立党が、だ。ついに行動を開始したと知れ。アムステラの豚犬どもを駆逐するためにな。なあおい、嬉しいだろうが。なあ!」
 銃口が火を噴き、天井の電灯が弾け飛んだ。真下にいた中年の女性が悲鳴を上げる。
「おっと、騒ぐなよ。騒がしい女は嫌いだと言ったな」
「ひ、ひぃぃぃ……」
「そう、それでいいんだよ。さて――お前たちはちょっくら運が悪かった住民だ。申し訳ないが、非ッ常に申し訳ないが! お前らにはちょっとした交渉道具になってもらう。とりあえずあっちの中央広場に集まってもらおうか。なに、アムステラのクソ政府が物分りの良い連中だったんならすぐに解放されるさ」
 男は歪んだ笑みを見せると、近くにいた男性に再び銃を突きつけた。
「オラ、立て! いいか、一人ずつだ。一人ずつ腕を上げて向こうの広場まで歩いていけ。余計なことしようとしたら容赦なくブチ殺す。わかったな。返事は!?」
「は、はい!」
「よろしい。じゃあ行け。さっさと立てよ、オラ!」
 男の怒号に慌てて立ち上がり、一人目の人質はがくがくと震えながら広場の方向へ歩いていった。
「うし。じゃあ次はそこのガキ、お前だ! その次はそっちのおばさん、あんただ。準備しておけよ!」
 次々に人質が店から出て行く。男はどこか愉快そうな目で怯える人々を眺めていたが、不意にまったく動じた様子を見せていないカナタの存在に気付いた。
 他の人間がまるで死刑執行を待つ囚人のように大人しく目を伏せている中、カナタだけは相も変わらずハンバーガーを食べている。
「……おい。そこのねーちゃんよ。いつ俺が飯食っていいって許可出したよ」
 男はつかつかとカナタの傍に寄ると、覗き込むようにして睨みつけた。が、カナタはやはり揺らがない。ただその瞳をついと男のほうへ向けただけである。
「何だよ。何か言いたいことあんのか? だったら言ってもいいぞ、ほら」
 怒りをたたえた声で、男は銃口をカナタの眉間に突きつけた。カナタは動かない。
「――んだ、このガキ。マジで蜂の巣にしてやる!」
「おい、何をしている!」
 まさにトリガーが引かれようとしたその瞬間、険しい男の声が響き渡った。
「あ? ああ、あんたかよ」
「速やかに仕事をしろと伝えたはずだな。何を遊んでいる」
「ケッ。クソ生意気なガキに世の中の道理教えてやってただけだ!」
「まったく……」
 つかつかとやってきたのは迷彩服に身を包んだ中年の男だった。彫りの深い顔立ちをしており、意志の強そうな瞳が特徴的である。
「ジェダ・フリークスだ……」
 人質の一人が呟いた。その囁きは水を伝う波紋のように人質たちの間に広がっていく。
「そうだ、私はジェダ・フリークス。デシセント独立党のジェダ・フリークスだ。大人しく従ってくれていれば、諸君らに必要以上に危害を加えるつもりはない。血なまぐさい方法は我々のやり方に反するからな」
 ジェダが落ち着いた口調でそう言うと、人質の間にはあからさまにホッとした雰囲気が訪れた。ジェダ・フリークスの指揮するテロリスト集団はその方法こそ過激なものの、自星の人間を極力傷つけないように動くことで有名なのだ。
 人質の間に流れた緩んだ空気に頷き、ジェダは部下であるテロリストの男を振り返った。
「……無用に人質を刺激するなといったはずだな」
「あんたのやり方は甘いんだ」
「一度立てた信念を放棄するような真似をしてくれるな。残った連中はお前がまとめて引き連れていけ。他の場所の人質は既に全員集まっている」
「……チッ。わーったよ。オラ、お前ら! さっさと立て!」
 銃を振り回して男がわめくと、人質は慌てて立ち上がった。バラバラの動きで店から出て行こうとする。
 そんな中、やはりカナタだけは動かなかった。食べ終わったハンバーガーの包装をトレイに置き、今度はフライドポテトを食べている。
「……この子は?」
「そいつおかしいんスよ、ココが」
 ジェダの問いに、男はそう言って自分の頭を指差した。
「銃向けてもぼけっとしてて何の反応もねぇ。いかれてんじゃねぇッスか。そんなんじゃ人質の価値もねぇですよ」
「……まあいい。お前は早く向こうに合流しろ」
「へいへい」
 人質を連れて若いテロリストが去ると、店内はジェダとカナタの二人だけになった。
 ジェダは何事かを考えるようにポテトを食べるカナタの顔を見下ろしていたが、フッと息を吐くとカナタの向かい側の席に座った。
「遅い昼食かな、お嬢さん。しばしご一緒させてもらいたいんだが、どうかね」
「……問題ありません」
 チラと見上げ、カナタは初めて口を開いた。
「君の名は」
「カナタです」
「カナタ、か。良い名だ。デシセントの古い言葉にもカナタという単語があったな。『追憶』という意味がある」
 男はそう言って、目の前にあるハンバーガーに手を伸ばした。アルバートが頼んだものだ。
「それはいけません」
 珍しくカナタは自分から言葉を発した。
「ああ――これは君の同伴者の頼んだものなのだろうな。その同伴者には後ほど私が同じものを頼んでお返しすることにしよう。どうかね? 君の同伴者は細かいことを気にするような人間かな」
「……それならば問題はないように思います」
「なら遠慮なくいただこう」
 テロリストの英雄は遠慮のない手つきでハンバーガーを頬張った。
「ふむ。こんな味は初めてだ。これは何というハンバーガーなのかね?」
「オルトレ星風豚肉ソーセージのゴルタナ製ソース和え――と、書いてあります」
「ふむ。もう何が何だかわからんな。まあ、美味いから問題はないか」
 あっと言う間に平らげてしまうと、ジェダはふうと一息を吐いた。しばらくカナタを見つめた後、無精髭で覆われた口を開く。
「重要な作戦の最中なのだがな、何故か和んでしまう。君は不思議な女性だ」
「……カナタは不思議なのですか」
「ジャック――ああ、サブマシンガンを持っていた男だ。コードネームというヤツだがね。その彼の前でも君はまるで動じていなかった。その一事だけでも不思議だよ。君は何か、武術でもやっていたのかい? 絶対に助かる自信があったとか」
「いいえ」
 ゆるりと首を振り、カナタは瞳をついと外に向けた。
「私はここで待っているようにと言われました。故に動かなかっただけなのであります」
「そう言ったのは君の連れ合いだろう? ここにいないということは、既に外に逃げ出しているか、それとも別の場所で我々の同志に拘束されたか、だ。少なくとも、君がここで待っていても助けには来ないだろう」
「そうでしょうか」
「そうだとも。我々がこのデパートを占拠している限り、ね。――その人は君の大事な人なのか?」
 束の間、カナタは動きを止め、
「はい」
 と、頷いた。
「そうか。まあ、信じたくなる気持ちはわかるが――いや、私たちにそのような言葉は許されないか。叶わぬ夢を追い続けているという意味では同じことだ」
 ジェダは言葉を止め、カナタの顔をまじまじと見つめた。
「生きていれば――君と同じくらいだった」
「どなたのことでしょうか」
「私の娘だ。そういえば――このハンバーガーショップが好きだったな。いつもハンバーガーを二つ食べたがった。いくら駄目だと言っても駄々をこねるんだ。一度も最後まで完食したことはなかったというのに」
 ふうと大きく溜め息を吐き、ジェダは視線を落とす。
「今の今まで忘れていたよ。大切な思い出だったはずなのに、な」
「思い出……」
「大事な人を失うことは辛いことだ。私は十五年前に思い知った」
 十五年前。突如行われた、アムステラ宇宙軍によるテロリスト一掃作戦。
 当時、テロ活動は今よりももっと活発だった。デシセント星の経済の不景気も手伝い、星全体を包む雰囲気はひどく物騒だった。そんな折、何の警告も、何の前兆もないままに――アムステラ宇宙軍は突然テロリスト一掃作戦を開始した。
 実行したのは惑星デシセントのある宙域とは別の宙域を担当していた一軍である。戦艦五隻、操兵二百体、総動員数にして十万の立派な一個軍が、テロリストの潜伏するとされる各都市を一斉に攻撃。これによってデシセント独立党をはじめとする革命勢力は大きく打撃を受けた。
 しかし、その代償もまた大きかった。検挙もしくは射殺されたテロリストと同数以上の一般人が作戦に巻き込まれ被害を受けている。
 ジェダの娘もその中の一人だった。爆撃によって生き埋めとなり、続く火災で骨も残らなかった娘の無念を抱き、一介の工員だったジェダ・フリークスは独立党に入隊したのだ。
「私がこう言うのもなんだが、妻に似て美人の面影がある子だった。成長していれば、君のように綺麗な娘になっていただろうな」
「カナタはキレイでありますか? エル姉様にも言われましたが」
「おや、自覚がないのかね。これは罪作りな娘さんだ」
 くっくっと笑うジェダを、カナタは不思議そうに見つめている。
「美人には美人たる自覚が必要だ。でないと周りの男たちを惑わせてしまうからね」
「……よくわからないであります」
「まあ、今はそれでいいかもしれないな。ゆくゆくわかってくることだから」
 そう言って、ジェダは立ち上がった。
「……君は本当に不思議な人だな。何と言うか、そう――空っぽなんだ。空っぽゆえに、見る者によって色々な姿を映し返す。ああ、悪い意味には取らないで欲しいんだが」
 慌てたように付け加えるが、カナタの表情は変わらず、ただ首を傾げていた。
「カナタ――追憶か。本当に、良い名だ。君のような人に会えて良かった。私が言えた義理ではないかもしれないが――君の大事な人が、迎えに来てくれることを祈っているよ」
 ジェダはそう告げると、背を向ける。
「――待ってください」
「ん?」
「あなたは大事なものを失ったと言いました」
「ああ、そうだ」
「今も……何もないのですか。カナタと同じように、空っぽなのですか」
「……それは」
 ジェダは背を向けたまま瞳を閉じた。
「今は違うな。私にはやるべきことができた。空っぽじゃない」
「……それは何なのでしょうか」
「さてね。意思、意志、遺志――それらがない交ぜになったようなもの、かな」
「……わかりません」
「わからなくていい。けど、そんなものがあるからこそ私はこれまで走ってこれた。そして、これからも走り続ける。終わりが来るまで、ね」
 今度こそ振り返らず、ジェダは店を出て行った。
(カナタ……追憶。大事な人……失う……)
 大切なものを失う。それはどのような気持ちなのだろう――カナタはふと想像してみる。
 しかし、彼女には想像に足るだけの経験が圧倒的に不足していた。隊長を失う。エル姉様がいなくなる。ミラが消え、ラッシュがいなくなり、それで――何かが変わるだろうか。
 ――大切な思い出。思い出とは――なんだろう。ジェダは思い出したと言っていた。思い出は思い出せなくなるものなのか。大切な思い出は、その人に何をもたらすのだろうか。
 わからない。わからない。わからない。でも――。
 大切なこと。それはきっと大切なことなのだと、カナタの深奥にある何かが伝えている。
 不意に建物が揺れた。爆発音。続いてガラスの割れる音、何かが崩れる音。
「!」
 カナタは反射的に立ち上がり、続いてやってくるかもしれない衝撃に備える。中腰の姿勢のまま、窓の外へ視線をやった。遠巻きに見ているだけだった人の輪が、頭上を指差して何か喚いている。心なしか人の輪は広がっているように思えた。
 再び爆発音がする。今度はより近い場所のようだ。耳をつんざくような不協和音に混じって人々の悲鳴も聞こえた。遠くで銃声のような音も聞こえる。何かが起こっているのは間違いない。
(どうすればいいの)
 辺りを見回す。倒れた椅子に転がったテーブル。食べかけのハンバーガーに床に散らばった飲み物。
 そのどれもがカナタに対して答えを与えてくれない。冷淡な眼差しで見つめているだけだ。
(どうすれば……)
 再び轟音が響く。悲鳴がはっきりと聞こえた。誰かが助けてくれと叫んでいる。どけ、邪魔だと振り払うような怒号も聞こえる。戦いが――すぐそこにまで迫っている。
 カナタはへたり込んだ。胸の奥から何がしかの感情が沸き起こってくる。これは――なんだろう。身体の深奥を震わすような、感情と呼ぶにはもっと根源的なモノ。これは――恐怖?
 己の肩を抱くき、うつむいた。目を閉じる。できれば耳を塞ぎたかった。何かが叫んでいる。立てと叫んでいるのだろうか。座っておけとなだめているのだろうか。わからない。わからない。わからない。
(誰か……)
 私に。
(声を。言葉を。ください)
 爆音――それは思いの外に近く。
 続いて吹き付ける突風に、カナタは身体を硬くする。
 微かに開いた視界に複数の影が見えた。銃を持っている。先程までは突きつけられても何とも思わなかった銃が、今はとても恐ろしく凶器に見える。
 ――どうなってしまうのだろう。
 誰か、答えを教えて。誰かここから連れ出して。でないと、このままじゃ――。
「カナタッ!」
 誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「カナタッ!」
 肩を掴まれた。うつむけていた顔を上げ、ぼんやりとした視界の中、カナタは呟く。
「――たいちょう?」
「カナタ――か?」
 名前を呼んだアルバートのほうが驚いていた。
 顔を上げたカナタは、いつもの無表情とは違って怯えを顔に浮かべていたのだ。とっさに同一人物なのかわからなくなるほど、それは普段の彼女と程遠い表情だった。
「隊長……」
 ふっとカナタの身体から力が抜け、へたり込みそうになった。アルバートは手を伸ばし、彼女の身体を支える。
「カナタ、俺だ。アルバートだ。もう大丈夫だからな、安心しろ」
「……うん。隊長。大丈夫です」
「本当に大丈夫なのか? 怪我とかはしてないよな……」
「おい、アルバート中尉! ぼんやりしている場合じゃないぞ!」
 もう一つ声が聞こえ、カナタがびくりと身体を震わせた。
 もっと気を遣えと心中で愚痴りながら、アルバートは声をかけてきたアムステラ陸軍保安部の兵士に視線を向ける。
「俺たちはすぐに突入をかける。あんたたちはさっさとこの場から退避してくれ」
「ああ。わかっている」
「……ここは戦場なんだ。私情はほどほどにして仕事しろよな」
 言いつつも、兵士は口元に笑みを浮かべていた。どうやら変な誤解を受けているらしい。
 しかし、誤解を解いている暇はなかった。アルバートは礼を言うと、カナタを支えて、突入の際にできた大穴のほうへと歩いていった。
「隊長。アーシェリカ中尉は……」
「リカちゃんなら大丈夫だ。あの後、デパートの外ですぐに合流できた。なんでも人波に流されちまって、いつの間にか外に出ちまってたそうだ」
 ガラスにセメント材、木材やらが交じり合った残骸を抜け、穴をくぐる。
 アルバートたちが外に出ると、取り巻いて状況を見守っていた群衆からおおっと歓声が上がった。
「カナタ少尉!」
 その中から一人飛び出してくる姿がある。アーシェリカだ。
 彼女は走り寄ると、そのままカナタにすがりついた。
「!」
「ごめんなさい、カナタ少尉。わたくし、外に出てしまっていて――ひとりで逃げるようなことになってしまって!」
「良いのです」
「……カナタ少尉?」
「良いのです……問題ありません」
 無表情で淡々と。すっかりいつものカナタに戻っていた。
「だってさ、リカちゃん。もう大丈夫だからカナタちゃん放してやってよ。いやー、大変だったんだぜ。リカちゃんと合流したらさ、わたくしのせいでカナタ少尉が――って、すんごい取り乱してんだもの。なんか俺が泣かしたみたいですごいやり辛いし。ねぇ?」
「な、泣いてなんかいませんわよ! 適当なことおっしゃらないでください! もとはと言えばあなたの教育がなってないからこんなことに――」
「と、ちょっと待った。ゴメスたちが出て来たみたいだ」
 完全武装した一団がデパートの正面口から駆け足で出てきた。入り口で控えていた兵士と言葉を交わすと、アルバートたちのほうへ歩いてくる。
「隊長。ここにいたのか」
「おう、ゴメス。どうだった、中は」
「まだドンパチやってる。しかし――妙だ」
 ごつい風貌の白兵突撃隊長は、ヘルメットを脱いで汗を拭った。
「あっさり人質を解放したかと思えば、投降はしないでしつこく撃ってくる。やることがちぐはぐだ」
「他に狙いがあるんじゃないですかね。なんだか陽動みたいッスよ。ここ以外にも襲われてる場所があるんでしょ?」
 白兵部隊の副隊長を務めるジョルジュが隊長に合わせて発言する。軽い印象を与える口調と物腰をしているが、射撃の腕前は部隊一を誇る男だ。
「アムステラ総督府の前で銃撃戦になっている。それと、ここから南東に行ったところにある遊園地でも爆破があったらしい」
「同時多発か。妨害電波まで使っておきながら、どうにも締まらない印象だな。どこかに本命があるはずなんだが」
「ジェダ・フリークスだろう」
 ゴメスの言葉にアルバートは頷いた。
「あいつがいる場所が本命なのは間違いない。今まで常に最前線に立ってきた男だ。あそこまで堂々と顔をさらしたんだ、必ず自ら出てくるはず。デパートでジェダの姿は確認されたか?」
「いや、確認されていない。もはや総力戦になっているからな。ここにはいないんじゃないかと思うが」
「つい先程まではいました」
 カナタが会話に割って入る。
「本当か、カナタ?」
「はい。二回目の爆発が起こる前に本人と話しました」
「ジェダ・フリークス本人と? そりゃ影武者かなんかじゃないんですかい」
 ジョルジュは信じられないと首を振るが、アルバートは真剣に考え込んでいた。
「カナタ少尉の言葉が本当ならば、少なくとも突入直前まではいたということだ」
「そして、今はいないらしい。とすると――」
「尻尾巻いて逃げたってことですな」
「いいえ」
 きっぱりとカナタが答え、相槌を打ったジョルジュは鼻白んだ顔を見せた。
「あの人は逃げません」
「何か話したのか?」
「……直接的にそのような表現があったわけではありませんが。空っぽじゃない――あの人はそう言いました。そして、終わりが来るその時まで走り続けるつもりだと」
「立派な逃げ口上じゃないッスか」
 ジョルジュは皮肉げにそう言ったが、アルバートは考え込んだまま相手にしない。
「――わかった。連中が諦めていないとしたら、次の狙いは大体読める。そっちに動くとしよう」
 顔を上げると、突撃隊長に向かって命令する。
「ゴメス、引き続きこの場は任せる。保安部に歩調を合わせて動いてくれ」
「了解だ、隊長」
「カナタとアーシェリカは基地に戻るぞ」
 アルバートの目の光が変わっている。きびきびと指示を出すと、携帯電話を取り出した。
「エルミナか? ミラに伝えてくれ。ラッシュたちを率いて出撃準備を急がせろ。それと、ダロウズ艦長に艦を出してくれるよう交渉してくれ。あの人が一番話がわかる」
「あの、本部からはまだそのような要請は届いてませんけど?」
「いいんだ。俺の独断。今出ておいて損はない。同じことを他の隊にも伝えておいてくれ。鼻で笑われるかもしれんが――」
「伝えます」
 エルミナの返答には迷いがなかった。信頼を感じ、アルバートは思わず笑みを浮かべる。
「あ、そうそう、カナタと合流できた。元気だよ。すぐに帰るからな」
「そういう重要なことは最初に言ってくださいよ!」
「ははっ。まあ、動きながら待っててくれ」
 携帯電話をしまうと、アルバートは空を見上げた。
「さて――こういうときの予感は大体当たるんだよな。もうちょっとゆっくりしててくれよ、ジェダさんよ」



 暗いトンネルの中をジェダ・フリークスは進んでいた。
 まるで俺の人生そのものだな――彼はそんなことをふと思い、口元に苦笑を浮かべる。
 十五年前の惨劇。娘が炎に焼かれたあの瞬間から、彼の残りの人生は闇にまみれた。
 同じように暗闇を抱えた同志たちと地下をのたうち回る日々。悲しみと苦痛にまみれた日々は、それでも彼に生きている時間をもたらした。もしテロ組織に入っていなければ――酒に入り浸った挙句、一人で命を断っていただろう。
 罪深いな、と自分でも思う。一人で死んでおけば誰にも迷惑をかけることはなかった。生き延びることで、関係のない誰かをどこかで殺している。
 テロ活動にはどうしても犠牲が付きまとうものだ。敵の、仲間の、もしくは――それとは無関係の一般人たちの。それら死体の山を築いてなお、自分は生きていたかったのか。現実を生きる充足感を得たかったのか。
 ――仕方がないことだ。なるべくしてこうなった。あのとき別の選択をしていれば、今はこうしていなかったのに――そう簡単には思えないほどに、自分は罪を重ねすぎた。
「何か喋ってくれないか」
 不意に、横を歩くカルベス――テロ活動に入った当初からの付き合いになる同志がそう言った。
「死に至るトンネルは辛気臭くていけねぇ」
「そうだな」
 ジェダは苦笑して答えた。
 彼ら――ジェダに続く二十数名は、この後に起こる攻防で全員が命を散らすことになる。それは既にわかっていることだ。今後も続いていく革命戦争、その序曲になるべくして、彼らは死地へ赴く。
「さっきハンバーガーをつまんできたんだ。スペースバーガーの」
「ああ、ジャックのヤツがなんかぼやいてたな。隊長殿が若い娘と一緒にのんびり飯食ってるってよ」
「おや、見られていたのか」
「大したタマだ、お前は。こちとら緊張で小便ちびりそうになってたってのに」
 ニヤと笑ってカルベスは乱暴に肩を叩いた。
「で? ハンバーガーがなんだって?」
「いや、その食べたハンバーガーがな……オルトレ星風の、なんだったか、豚肉ソーセージのなんたらソース和え」
「わかんねーよ。なんだそりゃ」
「オルゴルバーガーじゃねッスか? ソースが美味いんスよね」
 若い兵士が気軽な口調で口を挟む。
「オルトレ星の豚肉ソーセージとゴルタナ星のソース使ってんですよ。だからオルゴルバーガーってわけで」
「ふーん、そんなモンがあるのか。で、それがどうしたって?」
「面白いだろう」
「面白くねぇよ」
 二人のやり取りに、周囲から笑いが漏れた。
「ったく、お前の笑いのツボだけは到底理解できねぇな」
「面白いじゃないか。オルトレ星とゴルタナ星がどこにあるかは知らんが、アムステラ帝国が植民地を増やさなければ生まれなかった至高の味なんだぞ」
「至高ってなんだ、至高って。たかがハンバーガーに大げさな。だいたいな、アムステラって胸糞悪い名前が出てきた時点でますます面白くねぇよ」
「まあそうだな。俺も言っててそう思った」
「――これだから天然野郎は!」
 大げさな身振りで頭上を仰ぐカルベスに、周囲の兵士たちはますます笑い声を高めた。
 しばし和やかなムードでトンネルを歩いていく。陽気なテロリストの一段の足取りは軽かった。
(これでいいんだ)
 誰に確かめるでもなく、左右の同志たちと笑い合いながら、ジェダは思った。
(これでいいはずだ)
 ――やがて。
 トンネルの先に光が見えてくる。
「皆、ありがとう」
 足を止めたジェダ・フリークスは、前を歩く同志たちの背中に語りかけた。
「願わくば、我らの命の炎が惑星デシセントの希望に繋がるように」
 そして、テロリストたちは走り出す。
 ――彼らの入るべき棺桶に向かって。
 その足取りに、もはや迷いはなかった。


TO BE CONTINUED…