「ありえない」


出撃前から嫌な予感はしていた。今朝は食事には欠かせない『なめたけ』の蓋はどうやっても開かなかったし、ありえないほど低血圧な自分が午前六時にすっきり目が覚めた。パイロットとして長年培われてきた『勘』も休む事無く危険を告げていたのも事実。シャイラは唇をかんだ。


「『敵戦力』でなく『敵勢力』の殲滅が作戦目的・・・なるほどね。これはとんだ喰わせもんだよ」



蝶は色鮮やかに宙を舞い、そして華々しくその命を散らす・・・。


『紫の蝶』



確かに最初は油断もあった。今回の本部から通達された任務は地球の最果て地の制圧で、それもまだスーパーロボットすら配備されていない辺境の地。各パイロットそれぞれに得意伸長すべくカスタムされた機体と全員がカスタム機を任されるほどのエースである事実。シャイラ隊の実績からすれば、今回の作戦は信じがたいほど低難度のミッションである。


「は、話が違うぜ!チクショー!!」


ガッツがすっとんきょうな叫びをあげる。シャイラ機を含め隊の全ての通信機器に届けられたその声はこの状況をよく表していた。眼前に広がるは配備されていないはずの大量のスーパーロボット。外見が一揃いであることから量産機である事が伺えるものの、見覚えが無い。どうやら新型が投入されていたようだ。シャイラたちが現場に到着するや否や、突如として出現し、隊列を組み、一定のリズムでこちらに進んでくるそれは規律が全ての軍に身を寄せている彼等にも十二分に『異様』に映るものだった。


「ハッ!数だけ居てもさ!良い的だよっ!」


気合一閃。シャイラは狙撃用の長距離砲撃モードから敵部隊殲滅用の中距離広範囲砲撃モードへと『死穿砲』の仕様を切り替えると、目に映る全てのターゲットに照準を合わせ眩いばかり煌きのビームを四方へ放つ。そしてそれに続けとばかりに三人もそれぞれビームを発射した。雨あられとばかりに地球軍の量産型目掛けて飛散するビーム。そのありあまる熱量は次々と量産型の薄い装甲を焼き尽くす・・・はずが、まるで量産型を嫌うように脇をすり抜け、なにも無い大地をいたずらに焼いただけだった。


「バリア?!いやフィールド?いずれにせよ・・・これは。」


サイは思わずメガネに手をやった。一切の攻撃が利かない上に多勢に無勢。奮戦するものの次第にじりじりと追い詰められていくシャイラ隊。不意に先頭の数機が装備された格闘兵器を手に紫艶蝶を囲むように襲い掛かった。むろん音速をも凌駕する速度を持つ紫艶蝶にはなんの事はない。シャイラは巧みなテクニックで紫艶蝶を操り、造作もなく全方位からの攻撃もかわす。刃。刃。刃。これでもかと白刃が襲い掛かる。紙一重で避けるシャイラ。部下たちの悲鳴にも似た叫び。その時突然、刃が伸びた。正確には囮役の刃に後ろから別に刃がくりだされたのだが、迂闊だった。何も敵の数は襲い掛かってきた数体だけではない。弐の太刀・参の太刀はその後ろにいくらでも控えているのだ。突き出された刃は容赦なく蝶の身体を切り裂き、痛々しい傷をつけていく。すぐに鋭い切っ先はコクピットまで到達し、行き場を失った運動エネルギーはそのままコクピットの破壊へと消費されていく。パネルが割れ、キーボードがはじけ飛び破片となってシャイラの白い肌を赤く染めあげた。瞼を切ったのか視界がぼやける。意識が朦朧として操縦桿を握る細腕にはもはや力は残されていなかった。


「ははっ蝶も落ちたモンだね・・・」


無情にも目の前で冷たく光る刃がうなりをあげて天に掲げられる。死を覚悟したからなのか、シャイラにはそれがひどく非現実的に感じられた。


「・・・スピードに頼りすぎる。悪い癖だ。」


突然、空を切り裂き黒い稲妻が目の前に群がるロボットを蹴散らした。稲妻は落下スピードをそのままに蝶に群がる群雲を切り裂き、たちどころに打ち払っていく。帝国宇宙軍幹部専用機『黒竜角』両の腕から垂れ下がるしなやかな鞭状の武装。何者にも屈さない力づよい翼。そして闇を暗示させるような漆黒の悪魔然としたフォルムは相手だけでなく味方にさえも強い存在感をいやおうなく強要する。


下がっていろ。シャラ。」


スピーカーを通して伝わる朗々とした声。今はもうそう呼ぶものはこの世でただひとりとなった昔の自分の愛称。意識が揺れ薄らいでいくのに、なぜか温かい、懐かしさのようなものがシャイラを支配した。


そうだ・・・あの時も私は・・・・


切れ長で知性的な青い瞳はゆっくりと瞼を閉じた。




蝶は色鮮やかに宙を舞い、そして華々しくその命を散らす・・・。だがそれは止めることの叶わない定められた運命であるのかもしれない・・・。



(アムステラ軍シャイラ隊母艦内部ドック)


「すげぇ。本当に・・・全部倒しちまった。」


ガッツは今度は驚嘆の叫びをあげた。


「あぁ。それに例の量産型は細身の汎用型。死穿砲のエネルギーを全て受け流せるフィールドを作れるようなジェネレーターを装備できるようなスペースはなかった。つまり・・・」


「規模の小さいフィールドジェネレーターをそれぞれが装備して、一斉に発動させる事で強力なビームにも対抗する。が、それ故に味方のフィールドに干渉され、射撃戦には向かず、我々を包囲しながらわざわざ格闘戦を仕掛けてきた・・・ですね?」


サイが言葉を継いだ。シャイラを連れて一足先に帰艦していたガッツの驚嘆の声を耳にするまでもなく、眼下に広がるさきほどまで戦場であった場所の様子はまさに死屍累々。誰の目にも『すごい』としか形容できないものだった。


「アル。やはり中尉にはお話を伺うべきでは?」


意味深な目線をアルに送るサイ。


「なんば言いよっと!妙な事ば多いけどもオイは恩人ば疑うのはどうかと思うぞ?」


ガッツは慌ててツッコミをいれる。


「あのねぇ。キミは居なかったから実感しにくいかも知れませんが、多数に攻撃できてリーチの長い実体兵器を武装に持つ黒竜角は奴等にとっては自分たちの土俵上で最も怖い天敵と言える存在です。事実、戦果は見ての通りでしょ?」


ガッツを突き放すようにサイはやれやれと両手をあげた。


「それにタイミングが良すぎだな。そもそも任務を担当した俺たちですら知らされていなかったUNKOWNを、それも彼等に対して有効な戦術がとれる機体を持つ中尉が、知りえたのはやはりおかしい。加えて救援に来てくださったにしては、単機で来たり、事前に報告が無かったり、疑わしい部分が多いのは事実だな。」


アルが静かに続ける。


「だが・・・今は隊長の回復を祈ろう。俺たちに出来るのはそれぐらいだ。」


未だ意識を取り戻さない上官の居る病室を気遣うように見つめる三人であった。



(五年前、アムステラ軍某軍事基地内部)


「以上が今回の作戦の詳細だ。各自、準備を抜かるなよ!」


滑らかな藤色の髪、知的で切れ長な瞳、その触れれば吸い付きそうな白磁のように美しい肌。これだけ言えばアムステラの兵士ならばすぐに軍部きってのエースパイロット『紫艶蝶のシャオラ』の事を思い浮かべる、それが姉だった。実力・ルックス・知性など、どれをとっても姉は宇宙最強のアムステラにあって頭一つ抜きん出ていた。


「シャイラ。お前はこの部隊に転属になって始めての戦闘だったな。無理はするなよ。まぁ、最年少でウチの隊へ昇格したエースにはそんな心配無用だな」


そう言って優しく微笑む姉。どんなに張り詰めた中にあっても周囲への気遣いは決して忘れない。理想の隊長。姉はまさに自分の目標であり、よき理解者であり、誇りだった。


「ま、せいぜい頑張な。妹さん。」


うっとうしいほど長く髪を伸ばした男が回線に割り込んできた。ガミジン。彼もまた腕を買われ数年前からシャオラの部隊に所属していた。シャオラとは昔馴染みで、自分も小さい頃から知っていた。ちなみに当時、シャオラとまともに勝負できるパイロットと言えばテッシンかガミジンくらいのもので、この数ヶ月前に若干七歳で初めてロボットに乗ったヒルデが模擬戦闘であっさりシャオラをくだした事は近年まれに見る稀代の世継ぎの噂は当時国民の最大の感心事であった。


「進路、オールグリーン。どうぞ。」


「羅甲ハイマニューバ、シャイラ機出ます!!」


ミッションは近くの資源衛星に駐屯する敵戦力の壊滅。地球侵略以前に侵攻していた星のもので、戦力そのものはそこまでのものではないが最重要拠点のひとつであったために『最強』であるシャオラの部隊に出撃要請が出たのである。


「はぁぁぁぁ!!!」


神業的な速さで次々と敵機を撃墜していくシャイラ。シャオラ直伝の早撃ち技法『クイック&ファイヤ』は伊達ではない。タイムラグ『ほぼ0』というスピードで射撃を行っていたのだ。無論、膨大な精神力を必要とするのは言うまでも無いが。


「あうっ」


やはりルーキー。クイック&ファイヤといえど一度に全てを撃墜する事は無理だったようで、弾幕を切り抜けた敵機がシャイラに襲い掛かった。容赦なく腕部を撃ちぬく敵機。


「ちっ。速いのは良いが・・・頼りすぎなんだよ。」


すかさずガミジンの格闘用にチューンされた羅甲のクローが敵機を切り裂いた。慌てて回線を開くガミジン。


「おい。動けるか?」


「・・・」


返事が無い。


「おいっ!」


「・・・なんとか」


か弱い声。ガミジンは舌打ちするとシャイラ機を掴んで反転し一気にブースターをふかして戦場を離脱した。


「隊長。ルーキーを連れて帰る。」


(同時刻。シャオラ隊母艦ブリッジ)

けたたましい警告音とともに表示されるエマージャンシー。オペレーターの顔から血の気が引く。


「艦長!!!敵施設の地下から高熱源確認を確認!!!熱量さらに増加!!!とまりません!!!!」


「何ぃ!!やつ等、自爆するつもりかぁ!!!!」


艦長の怒号がブリッジに虚しく響いた。




「どうやら我々は・・・とんでもない化け物の尻尾を踏んづけたらしい・・・」


礼でも言われるのかと思えば突然何を言い出すのか。奇妙な事を言う上官にガミジンは面食らった。その時だった。


「各機に伝達!!敵勢力は拠点を自爆させる模様。熱量が大きい!!!退避急げ!!!」


「ジン・・・妹を頼む。」


「隊長?!・・・おいっ!シャオラ!!!シャオラぁぁぁぁぁ!!!!!


彼が最後に見たもの。それはものすごい轟音と共に爆発する星に飲み込まれてゆく上官の機体だった。

このとき敵味方とも死傷者多数。特に戦闘員の人的被害は凄まじく、シャオラ隊を含め主力のスーパーロボット部隊の殆どが投入されていたために、この後半年、アムステラ軍はその機能麻痺を余儀なくする。そして生存者はたまたま戦闘域を離れていたガミジンとシャイラのわずか二名。後にアムステラ軍最大の悲劇とされる大事件である。




(現代。シャイラ隊母艦内病室)


「しかし、ジン。話してくれねば。流石に私でも外の三人と同じ意見だよ。」


ベットで上体を起こすシャイラ。流石にまだ辛いのか動作が痛々しい


「・・・あれから五年になるか」


シャイラは人生で初めてずっこけたくなった。もっとも今の彼女の状態でそれは自殺行為であるが。


「少しは人の話をだなっ!!!」


「言ったろ。『あれから5年』なんだ。『バケモノ』が牙を研ぎ終わるのはそろそろだろうぜ。」


そういうとガミジンはくしゃくしゃっとシャイラ頭を撫でた。昔からコイツは何時も私を子ども扱いだ。並び称されるようになってからは少しは対等になったと思ってはいたが、助けられた手前ばつが悪い。


「・・・ジン?」


ガミジンの手が止まる。シャイラには震えているように見えた。


「なんでもねぇよ。」


ガミジンは席を立つと、かけてあった上着をとって踵を返した。


「・・・ジン。私は・・・私は・・・」


ガミジンの足が止まる。コンディションが悪いせいかなんだか体の芯が熱い。ぼうっとする。顔は上気していた。シーツ握り締める手に力が入る。


「・・・私は礼なんか言わないからな。」


「あぁ。だろうな。」


くっくと笑うとガミジンは振り返らずに病室を出た。



・・・・to be continued