サティで学ぶ兵器 3限目 「戦略的優先順位」
「二人とも、ちゃんと宿題はやってきたわよね?」
「オッス!」
「おっすー」
テストから一日が経過、昨日の最後にフェミリアが発した『戦略的優先順位』については
宿題となっており、今日がその発表日である。
「確か、昨日出した問題がこれだったわね」
【問題】
現在地球上の全領土をかなりの割合を占めているにもかかわらず、
オーストラリアに敵が来る事は少ない。これはアムステラから見た
『戦略的優先順位が低いから』であると推測されているが、
オーストラリアの優先順位が低いとされる理由は何か。
また、オーストラリアとは別の理由でインドにも敵が来る事は今の所少ない。
こちらの理由も述べよ。
「じゃあ、二人とも考えた答えを発表してちょうだい」
「「ハーイ!!」」
自信の無かった昨日と違い元気よく用紙を提出する二人。
「今日は元気がいいわね。これは期待していいのかしら?」
【サティの答え】
オーストラリアには鯨を守る義勇団が徘徊していてとても怖いとこだよ。
インドで捕虜になるとスガタさんにタマタマ潰され皆フェミリアさんにされちゃうよ。
【アナンドの答え】
オーストラリアは『スーパーロボットいない』という縛りのせいで、
インドは『イン英伝の作者フィールのノリについてけない』という理由で
そこを戦場にするSSがどうしても書きづらいから。
二人の解答を読んだフェミリアは右手を振り上げゆっくりと息を整える。
コォォォォという呼吸音と共にフェミリアの右手が変化していく。
道具を使う為に進化した人間の手からモノを掴みそして壊す為だけに使われた獣の手に。
皮膚が厚くグローブの様に黒く変色しながら全体的に膨張していく。
やがて完全に変形した殴る為だけに特化した形状の右手をフェミリアは振り下ろす。
その名を叫びながら。
「柔戦槌(ジェル・ハンマー)!!!」
ッ
ッ
ッ
ッ
ッ
ッ
ッ ・・・・・・・!!!!!
「アナンド兄ちゃんの顔面が牙大王の断末魔みたいになったね!」
「サティちゃんの答えの方がふざけてるのになんで俺ー!?」
「これ一応本編だからメタネタは自重しなさい!!」
「そのどーみても人間技じゃないチョップはEXじゃないんスか!?」
説明しよう。
柔戦槌(ジェル・ハンマー)とはフェミリアが師より学んだ護身術の近距離バージョンである。
右手の筋肉と皮膚を水風船に見立て、体内のリンパ液を圧縮集中する事で鈍器と化すのだ。
その威力は瓦8枚を割る空手家の下段突きに匹敵する!
ただし、この技を使用すると三日間が肌荒れが続くのでよっぽど怒った時かピンチの時にしか
使用したがらないぞ。
【一方その頃シンガポールでは】
「親父、俺インド攻める事にするわ」
「ぶぼっ!!」
ブラッククロス大幹部エクスダーは驚愕の余り口に含んでいた
プロテインドリンクを全部吐き出した。
(うごごごご、今被っている覆面洗濯しなければいかんな。いや、大切なのはソコではない!)
今日は血がつながらないとはいえ、息子と呼ぶ存在との会食だった。
好物のウミガメをすり潰し生卵と生カキを合わせ2週間熟成させた
プロテインドリンクを持参し政治とか戦略とかそういう難しい話はナシの方向で
楽しく行きたかった所にイキナリコレである。
「ニラーシャよ、今日ぐらい組織の話はナシにしないか?」
「そんなだから親父は『ブラッククロス四天王のバカ担当』って言われるのよ。
アジア方面統括者とシンガポール支部司令とアムステラの客人2名…このメンツなら業務伝達でしょ」
「ファファファ、私はてっきりそこのお嬢さんのどっちかとお前が結婚するのかと思ったぞ」
「「ぶはぁー!!」」
突然の衝撃発言に今度はアムステラの客人2名、リノアとグーチェが口に詰め込んだ料理を噴出した。
「それはねーよ」
2秒で否定するニラーシャにうんうんと頷くリノアと多少傷ついた表情のグーチェ。
この差は人生経験の差である。武術一筋のグーチェはこの27年恋などした事が無かったゆえ
エクスダーの冗談に「もしかしたら」とマトモに反応してしまったのである。
「いや、いいかげん身を固めて父を安心させてほしいのだがな。ニラーシャ、お前はもう35歳だろ。
父さんがお前ぐらいの頃にはもう結婚して産まれたばかりのお前を引き取っていたんだぞ」
「…親父は今年で何歳だっけ?」
「ウム、今年で自称マッスル歴77年!見よ、この大樹のごとき肉体を!」
「俺ぐらいの年では独身まっただ中じゃねーか、2ケタの引き算間違えるなよ。
で、話を戻すけど―」
「インド侵攻は反対だからな。引き算出来なくてもそれぐらいの判断はつくのだぞ」
「ふうん、なんで反対なのさ」
「それはな―」
・インドは世界の中央に位置し、攻め落とすには陸路と空路どちらを使うにしろ
他の強国に移動を勘付かれる為先手は取れない。(地理的要因)
・インド単体は確かに弱小だが、他国との関係が良好でありもしも攻めれば援軍が必ず来る。(難易度)
・さらに言えば、最近になってインドにも謎のスーパーロボット『ガンダーラ』が現れた(不確定要素)
・そもそも我等ブラッククロスはアムステラの侵攻に乗じて戦力投下しないと勝機は無い(戦闘の機会と動機)
「絶望した!いつも作戦代わりに考えてくれる優秀な息子が支部司令に
出世した途端無能になって絶望した!せめてタイ制圧ぐらいにしておけ!
タイはいいぞ、距離的にも近いし軍人は頭固いし」
「確かにね。親父が箇条書きした通りなら俺は大馬鹿野郎だ。しかし、ガンダーラに関する情報が
得られたならどうだい?条件はだいぶ変わるだろ?」
「…あるのか?インドの情報が!!」
「ああ、リノアちゃん言ってやりなよ」
ニラーシャに促され、リノアは立ち上がり原稿を読み上げる。
そして、こういう事が苦手なグーチェは話を聞き流しながら手の付いていないニラーシャの分の料理に箸を伸ばす。
「インドのスーパーロボット『ガンダーラ』について私の上司であるオスカー将軍に
確認を取りました所、以下の返答が来ました。あの機体は地球の科学者の手で作られたものでもなければ
アムステラの歴史にも存在が確認されないものであり、現状では設計図等も発見されておらず
有効な攻略法は無いと言う事です」
「ファファファファ、つまり…分からんと言う事が分かっただけではないかっ!!」
「ああ、『ガンダーラはアムステラにも正体不明のテクノロジー』あるいは
『元近衛兵のリノアちゃん程度には真実を教えられないぐらいに重要機密』って事だわね」
ニラーシャの言い換えにエクスダーはハッと気付く。
息子は無能になったわけでは無かった。確かにブラッククロスの戦力でインド侵攻は難しいが
成功した時のリターンは計り知れない。
「アムステラの操兵と近代ロボット工学を元にして生まれた他の地球製スーパーロボットと違い
1000年前から『なぜか仏像として存在した』ガンダーラとそれを動かせる少女。
その価値は純粋な戦闘力以外にも存在する。いいや、寧ろ俺達ブラッククロスにとってはそっちがメインさ」
「ファファファ、そういう事か」
「そういう事。ガンダーラと聖女サティを捕獲しアムステラとの交渉材料にする。
上手くいきゃあこの戦争は一気に終結し、親父はブラッククロス総帥にして地球の王も夢じゃないし、
ここにいる二人もこの手柄で近衛兵に復帰できるってもんよ」
「よし分かった、今すぐ幹部会を開きこのプランを世界中に伝えよう」
エクスダーがマントの中から携帯を取り出しアメリカ統括大幹部の番号をプッシュする。
それを見るやニラーシャはテーブルの上を全力で走りエクスダーに突進する。
「あー、もしもし。ファファファ、うん私だけど、今息子がさ―」
「だっらー!日光拳!」
「めるとん!」
携帯ごと横っ面を殴られ、奇声をあげてエクスダーは倒れる。
アメリカの大幹部はいい年してまた親子喧嘩かと呆れながら電話を切った。
ニラーシャは電話が切れているのを確認しつつ養父の首を掴み上げて諭す。
「親父やっぱ分かってないじゃねえか。いいか、このプランはアムステラにも
他の支部にも極秘で進めなきゃ意味無いんだよ。インドを適当に攻め続け
ガンダーラの価値が上がりきった所で一気にかっさらう。そうする事で俺達だけが
権利を手にするんだ。甘い汁吸うのは俺達だけ、ここ重要だからな。オッケー?」
「い、いいですとも。私は適当な理由をつけて息子にインドを攻めさせる事のみを
幹部会で話せばよいのだな?」
「それでいい。息子に過度の期待を寄せるバカ親父の演技を期待してるぜ。
なあに、俺たちゃ悪党なんだ。他大陸の大幹部が無茶して失脚するのなら
喜んで賛同してくれるはずさ」
成功する可能性は限りなく低いだろう、だがこの男の言葉を聞いていると
リノアはやってみる価値はあると思えてきた。どちらにしろこの場に居合わせた以上
後には退けないのだ。
しかし、この場あった事を黙っているのはオスカーへの裏切りではないだろうか?
「オスカー様…私はどうすれば…」
「リノア、この皿の貰っていい?」
「グーチェ!こんな時に何言ってるの!?」
「え?何か話してたの?『ご飯が美味しくて何も聞いてなかった』んだけど、
『私達はシンガポール支部の仕事手伝ってればいいんだよね』?オスカー様にもそう言われてるし」
ひょっとしてこの場にいる4人の中で一番頭悪いのは自分じゃないだろうか。
そう思いながらリノアは冷静になる為冷えピタを頭に貼った。
【ビームセッターブラッククロス・リノアの挑戦・疲労編完】
「最初に言っておくわ、アムステラの攻める基準なんて地球人には分からない。
でも例え誤認であろうともこうした理論的な共通認識を持つ事が軍人には必要なの」
「つまり、今回の正解は不正解の可能性を含んでいるって事っすね?」
「でもエライヒトが言ってるから右にならうね?」
「そういう事ね」
・これまでのアムステラ軍の行動は3パターンに分かれる。
・大陸の端の方から攻める『取りあえず次の繋ぐ拠点を得るための行動』、
そして人口の集中した大都市を狙う『中心押さえて勝利に近づく為の行動』、
さらには稀に特定のスーパーロボットのいる場所を狙う『俺の強敵に会いにいくぜ行動』。
・ぶっちゃけて言えば最初に衛星軌道からミサイルたれ流しされたら地球オワタだったのだが
なぜかそれはしないでくれたアムステラ。戦術的に意味の見つからない
『俺の強敵に会いにいくぜ行動』と合わせて考えると、彼らの目的は単純な武力制圧ではないようだ。
「以上を踏まえるとオーストラリアとインドに来る敵が少ない理由はこう」
【フェミリアの用意した正解】
オーストラリアはアムステラの侵略基準と思われる『繋ぎの場所』にも
『地球人が押さえられると困る大都市』にも合致せず、またスーパーロボットも不在の為
『強敵求めてぶらり旅状態』のイレギュラーとの遭遇も可能性が低い。
一方、インドは他国との繋がりがあるが『友好関係にある強国に囲まれており』
まず足がかりにするのは難しい(それでもサティが初出撃した時程度には危険はあるが)。
さらに現状は耐久力に定評のあるガンダーラの登場により空路から押さえようにも、
ガンダーラを追いつめる頃には地上からイスラエル軍、空から日本・イギリス・フランスの
いずれかの空軍が到着し敵にとっては旨味以上に難易度の高い場所となったと言える。
この事からインドは『戦闘狂タイプのアムステラ軍人』にとっては格好のエサ場という説もあるが
そもそもこういったイレギュラーが少数の為インドも比較的敵が来にくいと言って問題ないだろう。
「サティがいるからインドは比較的安全になったんだね」
「そうよ、だからサティちゃんはアムステラとの主戦場になっている
中国・アメリカ・ロシア・ヨーロッパに行ってもらう必要があるのよ」
「うん、サティに出来る事あれば頑張るよ」
「その言葉を待ってたわ。さぁ、今日の授業は書類の書き方よ。
サティちゃんには出撃申請書と各種保険と作戦同意書と遺書の書き方を覚えてもらうわ。
今日中に一人で全部書いて提出できるようになろうね」
「アナンド兄ちゃん助けてー!」
「しーらねっと」
「もちろんアナンド君にもPG隊用の書類の書き方を覚えてもらうわよ。
出撃申請書と各種保険と私有地立ち入り許可申請書と上下水道工事報告書と
火の用心巡回日誌と大羅建設との合同作業同意書とガネーシャモーターズ持ち株に関する書類と
栄養スープ運搬記録書と遺書ね」
「サティちゃんバクシーシぷりーず!」
「さっきの言葉そのままかえすね。しーらない」
二人が涙目で書類の見本を写している最中、フェミリアは次回の授業用の問題をノートに書き記していた。
【問題】
名前で性能が変わる事が無いにも関わらず機体にとってネーミングは非常に重要とされている。
その理由を考えられる限り述べよ。
4限目『名前も大切』に続く