作戦名:砂上の楼閣



一口に『中国』と言っても、その国土は広大である。都会もあれば荒野もある。そして見渡す限り荒野の一角、岩山の麓に聳え立つ要塞。
数日前から、誰言うとなく『アムステラ帝国軍撃退の切り札』などの噂が流れていたその要塞。それがまさに今、羅甲の大軍勢に包囲されていた。


〜時は10日ほど前に遡る〜


とある岩山に見える複数の人影。何かを建造している様で、身長の2〜3倍位の建物や壁を造って居る・・・が、何かがおかしい。
その工事現場に近寄ると、すぐ理由が判った。人に見えたのはそう、土建ロボ・大羅建機シリーズだったのである。
更に近づくと作業の指揮を取る大羅建機、その脇には砲身をハリネズミの様に突き出した真紅の機体が見えた。

「よぉ!霊猴の噂は聞いてるぜ。アンタが李白鳳だろ。俺はブライアン大尉だ。今回の作戦で指揮を任されてる。軍人じゃ無ぇアンタに協力を求めるのは心苦しいんだが、アンタの腕前が欲しいんだよ」
「ところで・・・この建物とかは一体何アルか?!」
「簡単に言えば、張りぼてだな。見た目が要塞に見えりゃいいのよ」
「見た目が要塞?そんなモノ造って一体、何するアルか?!」
「各国の情報部でアムステラの戦闘データを解析した結果だがな。奴らの戦術は簡単に言えば『威圧して制圧』する事で、その手段は二通りだ。
一つが圧倒的戦力を持つ機体による襲撃。現時点では『悪魔』、『紫の蝶』と呼ばれる機体が確認されている。
もう一つが大部隊による物量作戦だ。
そこで、この要塞を奴らを誘き出し、叩く罠にしようって訳よ。要塞が出来たら噂を流す。後は、罠に獲物が掛かるのを待つだけさ」
「・・・ちょっと良いか?ワシらが造っといて言うのも何だが。ここの建物、ミサイルの直撃なんか喰らったらひとたまりも無いぞ」
「それについちゃ、今回は共同作戦でな。こっちにも色々切り札はあるのさ。残念ながら今回、KGFの連中は別件で忙しいがな」
「だが・・・想像したくは無いが・・・核爆弾とかを使って来やせんか?!」
「その辺も分析済みでね。奴らは戦術核を使った事は無いんだ。どうやら、後々悪影響が残るのを嫌うらしくてな」
「お前さんトコのお偉いさんも、そういうのは見習って欲しいもんだ」
「・・・耳が痛ぇな」

・・・そして今、羅甲の大部隊がその罠に食らいついた。この罠は威力を発揮するのか?それとも食い破られるのか?!


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
整然と要塞に迫る羅甲の大部隊。100mばかり離れた位置で行進を止める。静寂の中、徐々に高まる緊迫感と重圧・・・。

(・・・ちっ。奴らの手口は判っちゃ居るが・・・それでも凄ぇな、この軍勢は。さて、こいつらがビビらなきゃ良いが・・・)
ブライアンが見やる先には3機のスーパーロボット。身軽そうな白い細身の機体、意匠を施した黄金の機体、そして重厚で無骨な焦茶色の機体。
軽い調子で口を開いたのは白い機体のパイロット。

「・・・ん〜っ。数は揃ってるけど、あれじゃ物足りないアルね。百人組手に比べれば楽アルよ」

この発言で、周囲の張りつめた空気が少し緩和された。

(ふっ、流石に『最強の武術家』と言われるだけの事はあるな。他の奴が言うと法螺にしか聞こえねぇが、こいつが言うと妙な説得力がありやがる)
「ほぉ?頼もしいな。じゃ、打合せの通りに頼むぜ!・・・俺としちゃ、民間人やガキに任せるのはチョット心苦しいんだがな」
「民間人と言う前に、武術家アル!」
誰がガキよ!これでも少尉だからね!」
「ガンダーラの法力に年は関係ないネ!」
「・・・あぁ、判ったよ。まずは奴らのお手並み拝見だ。ちょいと凄い事になるが・・・安心しな。俺達なら勝てる!

まるでその言葉に呼応したかの様に、羅甲軍団が動きだす。
ミサイルランチャー装備の羅甲が各々構えを取り、陣の後方からも大型のミサイルランチャーを数体の羅甲が持ち出して来た。
そして中央の指揮官機らしき機体が腕を振り上げ・・・要塞を指差す。それが、攻撃の始まりだった。
轟音と共に降り注ぐミサイルの雨。空を黒く埋め尽くそうかというミサイル群を要塞の自動迎撃装置が迎え撃ち、次々とミサイルを撃ち落とす・・・
が、なにしろ数が多すぎる。
迎撃装置をかいくぐった十数発が要塞に命中。そこかしこに火の手が上がる。初弾を放った羅甲は次に控える羅甲と交代。第二陣が放たれた!
第一陣を超える、破滅の豪雨!

だが、雨は・・・塵と化した。

ガンッダァーラァアァーッ!!

ガンダーラの『仏陀声撃』が、全てのミサイルを粉砕したのである。

その光景を見て、羅甲軍団は動揺する。だが、すぐに飛行ユニット装備の羅甲部隊が舞い上がり、空のミサイルポットを外した羅甲部隊は
盾を構えて前進を始める。

羅甲大部隊vs4機の闘いの火蓋が今、切って落とされた。


「霊猴、ゴーリキーに支援させる。正面カタパルトから出ろ!」
「ゴーリキー、霊猴の出撃サポート後、要塞への敵進入を食い止めろ!」
「ガンダーラ、地上迎撃の補佐と空中近距離の敵迎撃!遠距離のは俺が仕留める!」

矢継ぎ早に指示を飛ばすブライアン。指示しつつ砲撃位置を確保するデストラクション。そして・・・世界No.2を誇る火力が火蓋を切った。
9門の砲塔を持つ、さながらハリネズミの様なこの機体。大味な数撃ちゃ当たる砲撃が得意に見えるが、さに非ず。精巧な射撃管制システム、
そしてパイロットの腕と勘が強さの裏付けなのである。
その証拠に、デストラクションの一斉射毎に撃墜される羅甲は平均6〜7機。時には9つの花火があがる。

「・・・うっわ〜っ。おっちゃんの砲撃、良く当たってるね〜」

『仏陀声撃』の射程外で次々と撃墜される羅甲を見ながら感嘆の声を上げるサティ。しかし、ブライアンはニヤリと笑って否定する。

「チッチッチ、ちょいと違うなぁ。『当たってる』んじゃねぇ・・・」

そう言いざま、砲身を軽く動かし斉射。回避行動を取る羅甲の移動を先読みした砲撃が見事に命中する。

「当ててんのよ」


一方、カタパルト上の霊猴。

「・・・ねぇ、カタパルト最大出力って本気?!もの凄いGが掛かるんだけど?このゴーリキー2〜3体分は飛ばせるよ?!」
「だいじょぶアルよ。功夫を積めばその程度の衝撃に耐えるのは容易い事アル」
「んっ、判った!じゃ、いっくよ〜!」

ゴーリキーがカタパルト操作盤のスイッチを入れると、要塞の正門が開き、それと同時に予め仕込まれた地雷が弾けて進路上の障害物を(羅甲含む)吹き飛ばす。朦々と砂煙が立ち込める中、白い閃光が砂煙を割って突っ込んで来た。霊猴だ!
足が地から離れた状態で棍を構え、まるでワイヤーアクションの様な動きで羅甲群に突進。
槍の様に構えた棍の先端が浮き足だった羅甲の喉元を捉え、そのまま数体の羅甲を巻き込んでこれを撃破する。

「白華鳳凰拳 李白鳳!いざ参る!」


要塞の攻防戦が始まってから数十分は経っただろうか・・・
単身、突入した霊猴は縦横無尽に暴れ回り、羅甲の軍勢を寸断していた。ゴーリキーも要塞に近寄る敵を粉砕しているが、重装甲である故に
重大なダメージを受けにくい代わり、相手との距離を詰める手段に欠け、遠巻きに包囲された状態で銃撃を受けている。
一種の総力戦であり、短期決戦の様相を見せるこの攻防戦。
言い換えれば『質vs量』の闘いであるが、今の所は『量で質に対抗する事は出来ない』状態である。
しかし、その質が落ちたら?!同等に近い質同士がぶつかり合ったら?!


「ガンダーラ、ゴーリキーの支援に行け!こっちは大丈夫。空中の野郎共は、近寄る前に全部撃ち落としてやらぁな」

デストラクションの砲が吼える度にバタバタと落ちて行く空戦型羅甲。安心してゴーリキーの支援に向かうガンダーラだが、その一方・・・


「・・・ちょっとマズいアルね。思ってた以上に疲れが溜まり過ぎたアル」

コクピット内で構えを取りつつ、白鳳は呟いていた。彼の愛機・霊猴には、操縦者の身体の動きをそのまま伝えるD・T・Sが搭載されている。
世界屈指の格闘家である彼の動きを、ロボットがトレースする事によって無類の強さを誇る訳だが、そこに落し穴がある。
考えてもみて欲しい。霊猴の身長は人間の約十倍。だが、質量は何十倍にもなるのだ。その質量を動かす事による負担は、生半可なものでは無い。
つまり・・・霊猴の方が疲れているのだ。白鳳の動きについて行けない位に。

その頃、ゴーリキーと合流したガンダーラも要塞のすぐ外で交戦中だった。
普通ならば、羅甲側が銃火器の量で有利になる局面だろうが・・・中途半端に離れると『仏陀声撃』の餌食。かといって近寄るとゴーリキーが銃火を物ともせず突っ込んで来てかき回すのである。
現在、デストラクションは空戦型羅甲部隊と交戦中で余裕が無い。
デストラクションの足場を確保し、霊猴を支援出来るのはガンダーラとゴーリキーだけである。

「ねぇサティ、『仏陀声撃』で霊猴の近くの敵をぶっ飛ばせない?!」
「ダメ〜ッ!もうちょっと離れないと、霊猴まで巻き込んでしまうよ」
「『仏陀声撃』の範囲に入ってしまう、のね?!それじゃ・・・」

闘いながら思案するマリア。だが、その眼は周囲の状況も把握していた。その眼の隅にチラリと引っ掛かった光景・・・折れかけた塔?!

「サティ、御免ッ!2分ココを持ち堪えて!」
「えっ?ええっ?!」

踵を返して要塞内へ駆け戻るゴーリキー。戸惑いながらもガンダーラが振るう独鈷剣は、目の前の羅甲を斬り倒し、返す刃は何と、まるで
如意棒の様に伸びてゴーリキーの後を追おうとした羅甲の背を貫き通す。

ゴッ、ゴガッボキャ!

謎の破壊音が聞こえたかと思うと、ゴーリキーが折れた塔を担いで戻って来た。いくら細身の塔とは言え、そんなのを担げるゴーリキーの怪力にはただ感心するしかない。

「マリア、マズいよ。敵がほとんど霊猴の方に向かっちゃってる。動きが鈍ってるから先に倒そうって気みたい」

なるほど、霊猴の周囲に羅甲が群がっている。霊猴も最小限の動きで捌いているが、このまま攻撃が続けばやられるのは時間の問題だ。
この間合いでは『仏陀声撃』も強力すぎて仕掛けられないと、羅甲側も気付いたのだろう。

「させるかぁ!」

そう叫びつつ、ゴーリキーは塔を肩に抱えた状態でガンダーラの前に片膝を付く。
中空の塔の片端は丁度ガンダーラの胸元に位置し、もう一端は霊猴から少しずれた位置の羅甲達を指す・・・目標は絞られた!

ガァンダァーアァーラァ!!

中空の塔の内部で反響を起こしつつ『仏陀声撃』が放たれる。
塔で指向性を与えられた音撃は、霊猴に傷一つ付ける事無く羅甲の集団を粉砕。
同時に塔も負荷に耐えきれず砕け散ったが、今の一撃で大半の羅甲を仕留めてしまった以上、もう『仏陀声撃』は使うまでも無かった。


羅甲の地上部隊が壊滅しつつある中、空戦部隊もその数を激減させて居た。しかし、デストラクションの砲弾とて無尽蔵では無い。
もう十数回目になろうか、新手の部隊に向かって斉射した時。撃墜したのはたった1機!

「・・・何っ?!」

再び照準を付け、斉射!・・・信じ難いが、今度は全弾避けられた!

「くそったれ・・・今のを避けやがるかよ。忌々しい腕前だぜ!」

新手の羅甲小隊。紫のカラーリングで揃えられたそれらの機体は、今までの空戦型羅甲とは動きが違った。
それでも何とか2〜3機撃墜はしたが、その頃には羅甲部隊もデストラクションを射程内に捉えて居たのである。

「チッ、間合いを詰められたか・・・」

舌打ちしつつ、回避。数ヶ所被弾するが、まだ攻撃には影響しない。

「おっちゃん!大丈夫?!」
「問題無ぇ!おめぇらは地上の連中に専念しな!こっちにゃあ切り札があるのよ!」

被弾しつつも自信満々に『切り札』発言をするブライアン。ニヤリと笑いつつ遠距離通信機のスイッチを入れるが、途端に渋い顔になる。

「・・・クソッ、空電かよ。ジャミングしてやがる訳ね、やっぱし」

空中からの砲火が激しくなる。更に2機を撃墜したものの、お返しに砲3門が破損。

「この蚊トンボ共がぁ!」

怒号して別のボタンを押す。すると、デストラクションの背から光球が打ち出され、上空で大輪の花を咲かせた。
数瞬の間が空いた後。遙か彼方で真っ赤な花火が打ち上げられる。

「今の・・・何だろネ?」「何アルか?」「もしかして?!」
「フッ、思った以上に早かったじゃねぇか」
「あっ、あれは!」

ゴーリキーが空を指す。その指差した先は・・・空を両断する飛行機雲。それじゃあ、その本体は?!


・・・一陣の旋風が、紫の羅甲小隊の間を通り抜けた。


速さ。音速を超える速さは、それだけで武器になる。マッハ4の高速機動から生じるソニックブームが、空中の羅甲達に叩き付けられる。
その隙を逃さず、体勢が乱れた羅甲を撃ち落とすデストラクション。吹き抜けた旋風−戦闘機−も旋回しつつ減速。
そのまま空中で人型に変形して、ガトリングガンを構えて扇状に連射。残る羅甲を撃墜した。

「・・・任務、完了しました」
「お〜、お疲れさん。こっちはこれで終わったみてぇだから、ちょいと降りて一服しないか?!」
「お茶の時間ですか、良いで(ピピッ!)・・・っと、申し訳無い。新たな任務が入ったので、これで失礼します!」
「おぅ、ご苦労さん。頑張ってきな!」

再び空中で変形し、超音速で飛び去る機体。

「・・・おっちゃん。今の人、誰?!」
「ヘンリー=クレイトン、人呼んで『超音速の貴公子』。で、今のが英国空軍のウインドスラッシャー。地球最速で名高い機体さ」
「なるほど、彼が切り札だったアルね。ともかく、皆無事でよかったアル」
「そっ!これで私達はガキじゃないって判ったでしょ?!」

・・・かくして『砂上の楼閣』作戦は成功裡に終わった。
多大なる戦果を挙げた今作戦。だが、アムステラ帝国軍の戦力にはまだまだ底知れぬものがある・・・戦いは続く。


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