「ある賢者は言った。『人はいつか、時間さえも支配することができる』と」
唐突に照明の落ちた闘技場内。ざわめきの中、凛としたナレーションが響き渡る。
「またある賢者は言った。『時が未来に進むと、誰が決めたのか』と」
スポットライトが点灯し、マイクを持った男――言わずもがな、ぼくらのミラクル宰相ユリウス・アムステラである――を照らし出す。
「ならば余はこう言おう。時の歩みを進めるのは、他ならぬ人の意志であると」
言霊を紡ぐユリウスの発するオーラに飲まれたか、一転し静まり返る場内。
「あの野郎、さっきの試合でムラムラ来て嫁と一発ヤッてきたか?」「あー、賢者ってそういう」
空気を読まずそう呟いた不届き者達は、この場を支配するユリウスの意を汲んだティカ・ハイヌウェレにより頚椎をへし折られた。ユリウスイヤーはヘルイヤーである。
もはや、この場で声を発する者は皆無。全てが無音と静寂に包まれる。
「そして宣言しよう。時を未来に進めるのは、この余であると。すなわち――」
「……殿下。そろそろ」
「む、流石にダレたか」
「ですな」
傍らの解説席に控えるテッシンよりツッコミが入った。
ノリノリのユリウスであったが、そこは我らがアメイジング宰相。物分りもよくてこそナンボである。
「では気を取り直して、行くぞ。我が親愛なるシクペニ野郎ども。
トーナメント第10試合――『母性対決』開始である!!」
瞬間。無音に支配されていた場内は、興奮と歓喜のボルテージで湧き上がった。
第十話「で、ここまで書いたけど宰相ってなんだろう?ぼくよくわかんない」
「さて、早速ガラガラくんで今回の選手を決めるとしようぞ」
「御意」
「んじゃあ回すわよ」
ガラガラと小気味良い音を立てて、抽選器が回る。
運命に導かれし戦士2人が、今決定される――。
「――って待て待て待て。何故にお主がここに居る」
「?」
「小首を傾げるでない。そんな可愛いポーズが決まる歳でもないだろうて」
その場のノリで進行しかけたテッシンだったが、いつの間にか紛れ込んでいた女にはツッコミを入れざるを得なかった。
ごく自然に、そして楽しそうにガラガラ君を回していたその女。
ノルウェー在住の43歳。2児の母。アイリーン・ハーケット43歳である。
歳のことを言われて腹が立ったのか、何も言わずに逆水平天龍チョップで返答したが、幾多の痴漢その他を葬ってきたそれを、拳法家の頂点・快皇たるテッシンは難なく鋼鉄の大胸筋でもって受け止めた。
「いたた」
「話を誤魔化すな。選手は選手控え室で待っておらんか」
「えー。でもでも」
「でもじゃない!子供かお主は」
駄々をこねる中年女性と、説教態勢に入らんとする老人。異様な光景に観客席がどよめく中、再びガラガラと抽選器が回った。
「では今回の対戦カードを発表する!」
「勝手に回されちゃった!ひどい!」
「オィィィィ!まさかお主、単に回してみたかっただけかァァァァ!」
グダグダの原因になりかねない年上2人を放置して、スペリオル宰相ユリウスがガラガラ君の結果を電光掲示板へと出力させる。
ついに選ばれた宿命の選手は――
『アイリーン・ハーケット』!
『立花槙絵』!
やはり、このテーマではこの人が来たか。カラクリオー界の母親キャラ代表、アイリーン。
対するはカラクリオーメインヒロインが1人、立花のまきまき。
異色のカードであるが、それとも、だからこそか、会場のテンションは頂点へとひた走る。
「むー、私が回したかったのに」
「……というか、なんじゃな」
「?」
「はよ控え室に戻れ。話が進まん」
「あう」
ハイヌウェレ数人に引きずられていくアイリーン。なぜ彼女が、こうまでしてガラガラ君へ執着したのか。それを知る者は、まだ誰もいなかった。
「……うーん。どうも仕組まれてた感がしなくもないわね」
「槙絵ちゃんの対戦相手ですか?」
「そうそう。母性対決でハーケット艦長なんて。清純対決で私が出るようなものじゃない。無敵だわ」
ここは立花槙絵の控え室。
発表された対戦カードを確認した恭子が、同僚2人に今回の戦いの不利を嘆いた。
確かに、敵は2児を育て上げた母。
うら若き乙女が母性で戦うなど、空戦でヘンリー・ウィリアム・クレイトンに挑むが如き無謀ともいえる。
「でも、アイリーンさんって仕事に出てるから、あんまりお子さんと接してなかったという話もあるわよ」
考え込む結宇に、摩弥が仕入れてきた情報を提供する。
「なるほど。案外、キャリアは積んでないのかもしれませんね」
「……スルーされた。渾身のボケをスルーされた」
「しかし、相手はともかく……それ以上に問題なのは」
「……槙絵ちゃんですか」
「ええ。あの子……こんなお題、大丈夫なのかしら?」
そう。母の死により、今の性格へと変わってしまった槙絵が、よりによって母性などというテーマで戦うことができるのか?
正直なところ、彼女の持つスタイルの良さで水着対決あたりに挑んだ方が勝率は高いだろう。そう思うと、不安になるK.G.F.オペレーター三人娘。
そして、それ以上に眉間に皺を寄せて悩むのは、彼女の父親替わりである岩倉小十朗であった。
「――槙絵。別に辞退しても構わんぞ」
「ちょ、博士!」
「今回の敵は強敵だ。そして、お前はこの戦いには向かないかもしれん。それどころか、お前が傷ついてしまう可能性もある。ならばいっそ……。」
『父』としての温情か。槙絵へ優しい声をかける小十朗。しかし
「――いや。私は戦う」
目を閉じ黙っていた槙絵だったが、心配する4人に対して向き直ると、確かな声でこう言った。
「私は負けない。それがどんな戦いでも」
「槙絵……」
「大丈夫、博士。私は……大丈夫だから」
その瞳には決意。――ああ、そうか。彼女はあの日、単に心を閉ざしたわけではない。
戦う決意……それを宿したのもまた、あの日、母の死であるのだ。
「……で」
「ん?」
無表情に決意を秘めたまま、槙絵は少し俯き、疑問を呈した。
「母性対決……って何?」
「……なんだろう?」
母性対決。そもそも母性をどう競うのか。
その点を失念していた5人は、今回の戦いには対策というものが存在しないことに、その時気づいたのだった。
「さて、今回の母性対決に対しては、各方面より問い合わせが殺到しておる」
さながらラジオ番組のDJのごとく、集まった書状を机に重ねたユリウス。
「やはり、対決内容が如何なるものになるか……ということですな」
「左様。……ま、それはこれから発表するのだがな」
何のために集めたのか。書状を全て放り投げると、ユリウスはマイクを手にとった。
「では、ルールを発表するとしよう!
今回の戦い……キーとなるのは、こいつらだ!」
会場中央を指差すユリウス。その先には、一畳ほどの広さの……ベビーベッドがあった。
「む……あのベビーベッド、中に赤ん坊が何人かいるようですな」
「今回の対決。ルールは単純。あやつらを1人選び、最も上手くあやした方を勝者とする」
おお。と感嘆の声が会場内から湧き出る。
なるほど、母性を最も求めるもの。それはやはり、幼子・赤子であろうからして、納得な内容である。が……
「しかし、赤ん坊の状態によっては、公平不公平が出てしまうのでは?
……ああ、あれですかな?もっとも高評価を得られるであろう子を選ぶのもまた競技の範疇だと」
ひとりごちるテッシンだったが。
「否。心配は要らん」
「は?」
「あやつらはすべて、拉致って1時間ほど放置しておいた。既に恐怖で全員テンションズンドコ状態であるわ。ファファファ」
「外道がーッ!!」
あまりの非情、非道さに会場内から一斉にブーイングが飛んだ。
我らのダークネス宰相ユリウス・アムステラはヒールだってこなせる万能選手なのである。
「いや洒落になっとらんですぞ殿下。流石に子供の誘拐は……」
「ああ、安心しろ。別に赤ん坊を直接さらってきたわけではない」
「は?」
流石に心外に思ったか、ユリウスは懐から小型の機械を取り出した。
「これこそアムステラが誇る『若返りマシーン・アノヒアノトキアノバショデ』である。
これを照射すれば、簡単に対象を若返らせることができる、我が帝国が発明したテクノロジーの産物だ」
「……つまり、赤ん坊を拉致したわけではなく、普通の大人を拉致して縮めたと?」
「ご名答」
「なるほど。ならば問題はありませんな」
まさかこれほどの考えがあったとは。
テッシンと会場の皆は、己の短慮を恥じるとともに、フューチャー宰相ユリウスの先の見通しの素晴らしさに感嘆するのであった。
そして会場内の各地で「シン君!シン君どこ!?」「あれ?セルス、さっきまでいたと思ったのに……」「……キム、どこいったんだろ?」という声があったことには、誰一人関心を示さないのであった。
「さあ、ルールも伝わったところで選手入場である!まずは青龍の方角!
カラクリオー界のお母さん代表!ママンといえばこの人しかいねぇ!ごめんね碧さん!
北欧の至宝、ウィッチクイーン・ザ・オーシャン!アイリーン・ハーケットの入場だァァァッ!!」
ユリウスのアナウンスに導かれ、入場するアイリーン。
青味のかかった長髪をなびかせたその姿には威風堂々たる貫禄すら感じられ、母性対決というテーマにおけるアドバンテージを観客に知らしめた。
「ママー!がんばってー!」
「お袋!応援してるぜ!」
彼女の子供、シグニィとシグムンドも声援を飛ばす。
それに手を振り答えるアイリーンの表情が一瞬――絶望に染まったことには、誰一人気付かなかった。
「そして、白虎の方角!
私は負けない、麻雀でも、戦いでも、そして母性というコロシアムでも!
雪、無音、窓辺にて!現れろ!立花槙絵ェェェェッ!!」
すべてを振り切るが如きユリウスのアナウンス。
不利と思われる戦いにおいても、槙絵は全く戦意を萎えさせること無く戦場に降り立った。
「ではまず両者中央へ。先攻後攻を決めてもらおうか」
「……ええ」
「わかった」
まずは攻撃順を決めるジャンケンポン。勝者は……槙絵だ。
「では立花嬢。先攻、後攻いずれを選ぶ?」
「……後攻」
相手の動きを伺うことを選んだ槙絵。
まずはアイリーンがどうあやすかを見て、それを参考にする――ディスアドバンテージを少しでも回復するべく、槙絵が取った選択である。
「いいだろう、では先攻アイリーン。赤子を選ぶが良い」
「……了解」
数名用意された赤ん坊のうち、1人を選びあやすのが今回のルールである。
すなわち、最も相性の良い赤ん坊に当たれば、それだけ有利となる。
故に、この戦いは先攻の圧倒的有利。しかし不慣れな槙絵はその権利を放棄せざるを得なかったのだ。
「う、うーん……」
ベビーベッドを覗くアイリーン。
集められた数名の赤ん坊は、皆恐怖で泣きすくんでいた。
その場から会場や実況席への音声はシャットダウンされているものの、共鳴するその泣き声には誰であろうと不安さを覚え、泣き止ませたいと願ってしまうだろう。
会場を言いくるめはしたが、やはり外道なブラスター宰相ユリウスである。振り返り彼を睨むと、アイリーンは黒髪の赤子を抱き上げた。
「……じゃあ、この子で」
「うむ。ではレッツ・あやしタイム!」
ジャーン、と開幕のドラが鳴る。制限時間は5分。それまでにあやし切ることができるか否か……。
もっとも、この条件ではアイリーンならば余裕だろう。会場の皆はそう信じていた。
――ただ、1人を除いて。
「ええと……よしよし、いいこでちゅねー」
泣き続ける赤子を胸に抱き、アイリーンは声をかける。
……泣き止まない。
「ほ、ほーら。高い高ーい。高い高ーい」
割と長身なアイリーンが、赤子を高く抱き上げる
……やはり、泣き止まない。
「ママ……?」「お袋、何やってんだ……?」と、彼女の子供達がまず異変に気がついた。
「……おしめかしら?」
オムツを取り替えてみる。
……これでも、泣き止まない。
観察していたユリウスは、その”手際の悪さ”に、はたと何かを感じ取った。
「……お腹空いてるのかな?」
半分パニックになったように、人目も気にせずに上着のボタンを外し、母乳を与えんとするアイリーン。
「出るのか?」「というか出すのか?」「ババァ引っ込めろ!」「ババァ結婚してくれ!」と観客の野次が飛ぶが、胸の中の赤子は乳にも興味を示さず、やはり泣き続けるだけだった。
そして、ユリウスは何かを確信した表情で――タイムアップを宣告した。
「それまで。先攻、ターン終了だ」
「あうあうあう……」
うなだれるアイリーン。抱く赤子は未だ泣き止まず、困った彼女は、赤子をベッドに戻すと、自分のベンチに下がった。
「うーむ。そうか、そういうことであったか……」
「2カメ、さっきの映像、後でコピー頼む。うむ、そう授乳のとこ」
「いい歳して何やっとるかテッシン」
「……む、失礼。では後攻のターンですかな」
「うむ。では後攻の立花槙絵、前にでるがよいよいよい」
残響音に乗せて、前に出る槙絵。
まさかのアイリーンの失態は嬉しい誤算であったが。同時にそれは、槙絵もまたヒントなしで挑むしか無い、ということでもあった。
「……」
泣き声のアンサンブルは激しさを増す。
どの子を選ぶか……逡巡する槙絵と、1人の金髪の赤子の目が合った。
「……おいで」
金髪の赤子を抱き上げる槙絵。
先程と同じく、5分間のカウントダウンが開始される。
さて、いかなる手段を持って、子をあやすのか。
赤子を抱き抱えた槙絵は目を閉じ――
そして、ある光景を思い出した。
――遠い記憶。
かつて、母がいた頃。
優しく、綺麗で、誰よりも槙絵のそばにいてくれた母、碧。
何も怖くはなかった。どんな恐怖も、彼女が抱きしめてくれるだけで、どこかに吹き飛んだ。
――だから、そんな母を奪った奴らを、私は――
「……あ」
そうか。
簡単なことじゃないか。
「む、そろそろ2分半……時間の半分が過ぎますな」
「しかしあの女、全くアクションがないな」
「万が一、このまま失敗ということになれば?」
「その場合は両者失格、次の試合はリザーバーを投入という形となる」
「成程」
レギュレーションの確認を行うユリウスとテッシン。
そして、3分経過。槙絵が動いた。
「……」
何も言わず。何も不安に思うこともなく。
槙絵は、ただ赤子を抱きしめた。
しかし、赤子はやはり泣き止まない。
それでも、槙絵は抱きしめつづけた。
『大丈夫。私がいるわ、槙絵』
『だから、泣かないで』
『私は、ずっとあなたのそばにいるから』
「……泣かないで。私が、あなたのそばにいる」
赤子に語りかける。
かつて、己が母にされたように。
そしてきっと、母がその母にされたように。
――母性とは、何か。
それは「母親としての性能」ではなく、「子を思う心」「慈しみの心」
それこそが、人が母性と呼ぶものではないか?
ならばこそ、この「母性対決」の結末は――
5分間のカウントダウンが終了し、ユリウスが会場中央を確認する。
そこにはいつもの無表情の、けれどどこか優しい雰囲気の槙絵と、すやすやと寝息を立てる赤子がいた。
「決ッッ!ちゃぁぁぁぁぁくッ!
勝者は!まさかの、まさかの番狂わせ!立花槙絵じゃあああああああっっっ!!!」
オオオオオオオオオオ、とばかりに震える会場。
この結末を予想した者が、この場に1人でもいただろうか。
母親の敗退に、うなだれるシグムンドとシグニィ。そして槙絵の勝利に、歓喜の声を上げるK.G.F.サイド。
子供たちに敗北を詫びたアイリーンは、勝者の槙絵の元へと歩み寄った。
「おめでとう。完敗だわ」
「……」
握手を交わす両者。拍手に包まれる場内。
感動的な光景――だがしかし。
槙絵の勝利はともかく、アイリーンの敗退に納得がいかない者も居るようで。
「……しかしお前さん。なんじゃったんじゃ、あのザマは」
テッシンが代表して声をかける。
「それは……その」
「あの手際の悪さ。まさか、そういうことか?」
「知っておられるのですか、殿下」
ユリウスは気づいているらしい。それを知ると、アイリーンはバツの悪い顔で、この場の3人だけに聞こえるように打ち明けた。
「私ね。仕事ばっかりしてて、あの子達の小さい頃は、殆ど保育所に預けっぱなしだったのよ」
「艦上勤務なら、そんなものだろうな」
「だから、赤ちゃんとの接し方って……あんまり自信がなくてね」
「……なるほど。それで、始まる前に自分でガラガラ君を引いてみようと?」
「私、ああいうのでアタリを引いたことないのよね。だから、なんとかなるかなーと思って。しかし、まさか引き当てるとは夢にも。
いっそうちの子供達が選ばれてればねー。どうにかなったんだけどねー」
あはは、と笑うアイリーンに、槙絵が一言問うた。
「……子供。育てたくなかったのか?」
「そんなことはないわ。もちろん、あの子たちの母親であることに誇りはある。だけど……少し、接し方を間違えた。そんな気はしてる」
遠い目をするアイリーン。そこには少しだけ、後悔の色が見えた。
「……とにかく。おめでとう、槙絵ちゃん。
うん、すごかったわよ。あなたは、いいお母さんになれるわ」
「……考えとく」
握手を再度交わす両者。
ここに、第10試合は決着と相成った。
残る選手は13人。
果たして、いかなる戦いが繰り広げられるのか。
つづく。つづけ!
「――殿下」
「どうしたテッシン。次の試合の準備はまだ終わっとらんが」
「その件なのですが。用意した赤ん坊達は、どうやって元に戻すのでしょうか?」
「ふむ」
口元に手をやり、考えるユリウス。
そして。
「そんなこと、余が知るか」
「ド外道がぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
ぼくらのエクストリーム宰相ユリウス・アムステラは、チンケなことなど気にしない、本編ラスボス候補なのである。