プロトスリー物語 第七話 「両陣営の演説と事情」



コツ…コツ…コツ…

ロシア軍対アムステラ特殊部隊の一同と控室から移動させられたスガタ達が整列、
皆が待つその部屋にアレクサンダー=シュタインドルフ大将が入室し、
ゆっくりと歩き壇上に立つ。

まず咳払い一つ、そして部下達全体を見渡しあくびしている奴はいないか
遅刻している奴はいないか、全員の整列を確認し彼は出撃前の演説の為口を開いた。

「同志諸君、今年は実に色々な事があった。新型インフルエンザの流行、首相の不倫問題、
そして今からちょうど20日前にはここより南にあるナンバーグラン基地がアムステラに
よって落とされ、ロシアが誇るスーパーロボットであるゴーリキーも傷を負わされた」
「これらの問題の内、インフルエンザはワクチンが出回り解決し、政治への不安も
首相の誠実な国民対応により不倫報道の間違いが伝えられた。ではアムステラの問題は
どうやって解決する。医者か?政治家か?いいや、奴らを退治するのは我等軍人だ」
「ゴーリキーの修理も完了しさらにこちらには新型量産機のパイロット三人、
さらには韓国のエース南龍大尉が愛機餓狼にて援軍に来てくれた」

軍人達が僅かにざわめきだす、新型で来たのは三人?聞いた話と人数が違うではないかと。
だが、その疑問はより大きな音でかき消される。
その音は壇上のアレクサンダーが机を叩く音、そしてその直後の絶叫だった。

「リリカルトカレフキルゼムオオオオオオオオオオオオオオオオル!!!!!!!」

しん、と静まり返り軍人達は今の言葉の意味を理解せんと脳をフル回転させる。

(えっと、りりかるなんとかなんとかおーる?閣下は何いってんだ?とうとう完全にイカレたのか)

などと大半の部隊員が失礼な事を考えていると本人より正解が語られた。

「同志諸君、先程の言葉はこの度の出撃に際しワシが作り上げた勇気の言葉だ。
今回の作戦は多国籍な面子になったのでロシア語ではなく英語で作ったので同志には
理解できぬ者が大半だっただろう」

アレクサンダーは右手を振り上げ、今度は単語ごとに切り全員に分かるように叫ぶ。

「リリカァァァァァル!!(熱情的に)」
「トカレエエエフ!!(武器を手に)」
「キルゼムオオオオオオオオオオオオオオル!!(奴らを絶滅させろ)」

今度は全員が理解、インドの女戦士も韓国の武術家もアメリカの火の玉野郎も
オーストラリアの若造もロシアの皆さんもこの言葉が戦意高揚の為のものと知る。

「同志よワシに続け!」

再度右手を振り上げアレクサンダーは三度目の咆哮をあげる。今回は
全員が一丸となり彼に続く。

「リーリカル!トカレーフ!キルゼムオオオオオオオオオオオオル!!!!!」
「リーリカル!トカレーフ!キルゼムオオオオオオオオオオオオル!!!!!」

総勢50人近くによるリリカルトカレフキルゼムオール大合唱。
言葉の意味はよくわからんが、今日この場でアレクサンダーは発した言葉としては
多国籍合同軍の機気持ちを一つにし、些細な疑問を払拭するには十分だった。

「同志諸君!我等は先月以上の兵力を持って基地奪還に当たる。対して
ナンバーグラン基地を占拠した敵部隊は我等の軍に阻まれ本隊との合流が出来ぬまま!
すなわち、ナンバーグランに留まる奴らは占領時点以下の兵力しか現在保持しておらぬ
と言う事である!よってこの勝負同志らに負けは無い!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」
「これよりナンバーグラン基地奪還作戦を開始する、各自マシンに乗り
30分後にモスクワ基地正面口に集合し整列せよ!!」


アレクサンダーの演説により最高潮の士気を得た特殊部隊の面々は全員部屋を去り、
後には彼とスガタ達4人が残された。

「さ、さーてと、俺も餓狼に乗り込まないと」
「待たんかい」

逃げるように部屋を出ようとした南龍の後ろ髪をアレクサンダーの巨大な手がぐわしと掴む。

「幸い力技で乗り切って特殊部隊の同志にはごまかせたが、ちゃんと説明はしてもらうぞ。
なんでお前はプロトスリーじゃなくて自分の専用機でここに来たんじゃい?」
「いでで、話しますからまずは離してくださいよ」
「ここにおる全員が納得できる話なら離してやるわ」

髪を引っ張るアレクサンダーの手を引き剥がそうともがきながら南龍の弁解タイムが始まる。

「えー、皆さん知っての通り4機のプロトスリーにはそれぞれテーマ別の追加武装が
ありましてー、それで俺のは敵陣に高速で突撃し地上で暴れまわる餓狼に近い仕様に
なったわけだ。スガタ、お前は俺の餓狼がピーキーな作りなのは知ってるわよね?」
「ああ、でそれが関係あるのか?」
「ん。ちゅーかそれが全ての原因なわけよ。プロトスリーに追加武装して
ペルセポネー状態にした後、すぐには動かせなかったんだ。俺の武装とか戦術って
特殊だからさ、だからペルセポネーのOSをいじってみた」
「あ、大体わかった」
「そう、ピーキーな仕様に対応させようとしたらOSがピーキーと音を立てて止まった。
かくしてペルセポネーに与えられたテーマ『3型をカスタム化して高速戦闘マシンに』
というのは『うんそれ無理』という結果に終わったわけよ。俺としては
こいつの使い道はまだあるぜーって言いたいとこだけど今日までOSが復旧しなくてさ」

それで餓狼の方でロシアに来たという事だった。
実験機の内一つが動作不良を起こし戦闘すらできないという事自体は良くある事、
そして、国外へ向けての報告が遅れるのもまあ仕方が無い事、果たして判決は―?

「…同志諸君、ワシとしては彼を許そうと思う。この作戦の意義がブチ壊されるところ
ではあったが、一歩も歩けないペルセポネーを持ってこられるよりは遥かに正しい判断
であり、報告も出撃前の演説にギリギリ間に合ったからな。諸君らはどうかね」

ブライアンは無言で部屋の窓側へ歩きだし、スガタは廊下側に歩いて行く。
ちょうど、二人が南龍とアレクサンダーを挟む形となった。

「大将閣下、俺達も同意見だ。こいつのやった事はパイロットとして
間違っちゃあいねえ。だから、例のやつ一回で勘弁してやる」
「アレクサンダー大将、そのままナンロンを離さないでくださいよ」
「大尉、一体何が始まるんじゃ?」

アレクサンダーは掴んでいる南龍に聞いてみるが、彼は青ざめてやめてやめてと
懇願するばかり。おそらくこれから行われるのは彼ら三人にだけ伝わる罰ゲーム的な
ものだとアレクサンダーは理解した。

「いくぞ、ピンク・ザ・武道!」
「がってん招致だぜ、一等賞マスク!」

ブライアンとスガタはラリアートの構えからダッシュし、動けない南龍の首を挟み込む。

「クロス」「ボンバー!」
「んぎゃー!」

お仕置き完了。三人が初めて出会ってから通算2度目のクロスボンバーが炸裂した。
誰かが何かミスしたらこれで解決、そう決めたのは南龍だったが今まで2度とも彼が
犠牲者となっている。

「…なんぞこれー」

ここまで完全に空気だったブレイブの弱気な突っ込みで舞台裏の寸劇は締めくくられ、
彼らは自分達の機体に乗り込んでいく。

アレクサンダー自らがゴーリキーに乗り込む事を知った4人が今度は全員揃って
なんぞこれーと言うのはちょうど20分後の事である。



【同日、ナンバーグラン基地】

半月前この基地に攻め込んだ時、彼らは通常の羅甲50機と砲戦羅甲20機からなり
それは基地を落とすには十分な部隊だった。事実、基地を落とすには成功した。

ただし、失った犠牲は大きかった。彼らの大半は雪原での戦いに順応するまでに
ゴーリキーの洗礼を受け、指揮官ら2名のエースでの連携で撃退に成功こそしたが
ナンバーグラン基地占領の時点で機体と人員の半分以上を失った。
おまけに占領したはいいものの、周辺の基地を同時に占領する予定だった別部隊は
早々に引き揚げてしまい、彼らは援軍の期待も出来ないまま敵陣の中取り残される事に
なってしまった。

孤立した部隊の指揮官であるリノア中佐に無線にて新たな命令が、非情なるその命令が
下されたのは占領から10日目の事だった。

『出来る限り長期に渡り現状を維持し、雪国の特殊部隊とスーパーロボットを
引き付け続けよ。限界が来たならば占領地を捨てる事を許可する。
戦場を脱出したのを確認しだい救援を送る』

ようするに脱出するまではこちらからは助けに行かないから頑張れという事である。
味方の援助の可能性が潰えて絶望的な状況下、そこにさらに追い打ちが重なる。

占領からしばらくして隊員の何割かが高熱を訴えた。
原因を探った結果、この地球という星では毎年新種の風邪ウイルスが
毎年発生しており、今年の新型ウイルスが彼らにとっては不幸、地球側にとっては
幸運にもアムステラでも解明されていない宇宙規模での新型だった事が判明した。

星間戦争に長けたアムステラにとって侵略先の星の病原体の調査と対策なぞ
何十年も前に通過済みの事であったが、今回のケースばかりはどうしようもなかった。
(ただし、これは数万年に一度ぐらいの希なパターンである。地球上にあるまたは
今後発生するであろう伝染病はそのほぼ全てがアムステラ本星で受けられる予防接種で
対応可能な型であり侵略者には地球の病気で帰って頂くというわけにはいかない。
今回のウイルスも被害を受けたのはこの部隊のみであり、この作戦の翌月には
アムステラでも新たなワクチンが産み出され脅威では無くなった)

基地内に常備されている医療品からワクチンを見つけ出し感染拡大は防いだが、
既に生き残りの隊員の半数が戦闘できる健康状態では無くなっていた。

「全く、こんな原始的な星の征服なんて簡単だって思ったのに…。
部隊員の大半を失い、残りの半分も現地の病で苦しませたなんてアムステラの
歴史上でも過去例の無い恥。このままではオスカー様に会わせる顔がないわね」
「だからってこのまま全滅される時までこの基地に居座るつもりかお前は?」
「グーチェ」

現状の厳しさに一人悩み続けるリノアの肩を化粧っ気の無い太眉の女が叩く。
それは彼女の親友にしてパートナーのグーチェだった。

「斥候から連絡が来たよ。北の基地に戦力が集結してるとさ。
多分今日中にここに攻めてくると思うよ」
「そう思って間違いないわね。こちらの戦力は羅甲が24と私とあなた。
ただしパイロットの半分は風邪でダウン中。…正直厳しいわね」
「まだ時間はあるさ、私が皆に準備させるからお前は作戦を頼む。
これを突破できるのは結局のとこお前しだい。頼りにしてるよ指揮官どの」
「グーチェ…ありがとう」

そうだ、このまま後悔するばかりで時間を使っていては本当に全滅してしまう。
リノアは部屋を閉め切り床に座り込んで、人が来る気配が無いのを確認してから
長考に入った。



リノアが勝利への道を探りだしたその時、グーチェは生き残りの仲間全員を集めて
これからの説明を始めていた。これは思考中のリノアを誰にも見せない為でもある。

「お前ら元気かー?」
「ゲホッゲホッゴホッ」

全然元気じゃない。昨日同様半数は咳で返事、もう半分は身体こそ健康だが
鬱状態で返事すらない。

「よしっ、生きてるな!じゃあお前らの女神グーチェ大尉からの今日の連絡だ。
今帰った斥候の情報では北のモスクワ基地に戦力が集結してる」
「ゴホッ」
「つーまーり、今日中にここは落ちる!リノアもそこについては否定しなかったので
これはほぼ確実だ!」

自信満々にグーチェは言い放つ。周りの反応は一層よろしくない。
自分達の終わりを嬉々として語られちゃあそりゃあそうであろう。

「安心しろ、今リノアが作戦を練っている。この危機を皆で生き残る方法をな。
この基地の占拠であの化け物と戦ってしまったのは確かにミスだ。それは私らが
間違っていた。でももう一回だけあいつを信じてやってくれないかな」
「…ゴエホッ」

出るのは咳ばかり、ある者は座り込みある者は毛布にくるまりそれぞれが別の姿勢で話を
聞いていたが副隊長であるグーチェの言葉をマトモに聞こうをするのは一人もいなかった。

「頼むよ、皆が協力してくれないともうすぐここは奪い返されるんだからさ。
せめてこっちむいて話を聞くだけでも」
「ふざけるな!」

隊員の一人、グーチェより一回りは年を取っている中年の軍人が声を荒げる。

「お前らに従ったせいで俺達は仲間を失い本隊には見捨てられあげくにこのざまだ!
今更どうやったって助かりっこないんだよ!!」

本当は彼も知らない訳では無かった。これまでの作戦でリノアが犯したミスは
ゴーリキーの撃退にてこずり犠牲を増やした事のみ。孤立も病気も彼女には
責任が無い事である。しかし、この絶望的な状況の中、彼は自分達の上に立つ
若い女性二人を罵る事しか出来なかった。そうでないと耐える事が出来なかった。

「なにが『魔槍のグーチェ』だ!なぁにが『魔性のリノア』だ!上に嫌われて
俺達のいる所まで落ちぶれたくせにお高くとまってよぉ!」
「おいっ、幾らなんでも―」

傍にいた男が彼の暴走を止めようとする。だが一度吹き出した感情はそうは止まらない。
止めようとする男を押しのけ尚も彼はグーチェを口汚く罵る。

「仮にここを生き延びたとしてもお前らはもうあの場所には帰れねえよ!
貴族ってのはそういうもんだ、今頃は新しい女に夢中になっている事だろうさ。
お前らのその機体は二度とあの隊列には加われないんだよ!」
「やめろっ!」

一時の気の迷いからの暴言だと反論しないでいたが、最後の言葉だけはグーチェは
聞き逃す事は出来なかった。

「私はっ、私とアイツはもう一度あそこに戻るんだ。絶対に」
「んなもん無理に決まってんだろ!」

アムステラ量産機羅甲―、そのバリエーションは既に10を超え、羅甲の種だけ部隊も
存在する。そしてその中でも最強と呼ばれる二種が存在し、それらのみで結成された
最高の部隊がアムステラに二つ。

リノアとグーチェ、この二人が駆る白銀の羅甲、それは本来この様な作戦には決して
出撃するものではなく、彼女らも本来はここにいるべき人間ではなかった。
ナンバーグランの格納庫に不法に間借りしている24機の羅甲の横に立つその2機は
元々はこの場に似つかわしく無い程に白く美しかったのだろう。
しかし、本来受けられるはずの整備を行われていなかったそれの外装は半分近くが
剥がれ落ち、槍と盾に付いた羽装飾も戦闘によって無残に千切り取られていた。
『近衛兵団(ロイヤルナイツ)』、それがかつてリノア達が所属していた部隊の名である。

(続く)