プロトスリー物語 第四話 「愛しき邪悪」



アレクサンダーが自らの性癖に気付き、それに絶望したのは13歳の時だった。

(あ、俺死体フェチの変態だ。どうしよう)

こんな事など気付きたくはなかった。
だが、父が隠し持っていたアダルトビデオを見てもうんともすんとも言わなかった
イチモツがスプラッター映画に対し手で押さえつけられないほどの反応を示しては
気付かざるを得なかった。

ビデオを止め下半身を落ち着かせてから、彼は自分がどうすべきかを考える。
両親に言う事も病院に相談する事も欲望に任せ闇にまぎれ女子供を襲う事も考えたが
いずれも自分の欲望を満たすには不適と判断し彼は待つ事にした。

ただひたすらに体を鍛え軍人として腕を磨き続ける日々。
酒もタバコも薬も女もやらず、腕力と政治力を高め続け40数年。
このまま肉体の内に欲望を腐らせ、ただの善人として終わるものだと諦めかけた。
だが、彼はギリギリで賭けに勝った。

彼の待ち望んだモノ、『アムステラ』が天より降りて来たのだ。
宇宙からの襲撃を知った地球人の多くが絶望に嘆き、少数の勇気ある者が立ち上がる中、
ロシアの地でアレクサンダーは肉棒を立ち上げて勝利の雄叫びをあげていた。

「来たッ 来たッ 来たッ 来たッ 来たッ!!!!!!!
待っていたぞ宇宙人よ!!ワシはお前達をずっと待っていた!!
やはりそうだッ、イイコにしていたワシに神様がプレゼントをようやくっ」

13歳のアレクサンダーは賭けに出た。
自分が寿命で死ぬ前に『いくら殺しても罪に問われない人間』がどこからか
発生する事に人生を賭けたのだ。

大国による植民地支配が150年以上前に終わり、全世界に人権が存在する
時代に生まれたアレクサンダーには余りにも分が悪い賭け。
だが、アレクサンダー少年は自分の性癖の為に法を破る事も代用品でごまかす事も
選ぶ事が出来ない程に努力家で善人だった。

「アムステラぁ、お前達は仕事として堂々と余所の人間をぶっ殺してきたんだろ?
何の遠慮も無しに!我慢する事もなく日常の行為として!
そんな奴らに40年以上耐えてきたワシの欲望が負けるものかよッ!!!!」

アムステラの軍が初めてロシアに侵攻した日、アレクサンダーは装甲車で
羅甲に突撃し、焼け焦げた女兵士の肉片を相手に童貞を捨てた。


【現在・モスクワ基地】

「閣下、どうかお考え直しを!今一度自分のご年齢と階級を振り返り、冷静な判断を!」

副官の一人がハンカチで冷や汗を拭きながら、本来なら司令官として本拠地を守るべき男、
アレクサンダー=シュタインドルフを説得する。

「ワシは今年で61歳、階級は大将、これであっとったかな?」
「その通りです。閣下程の立場ならば基地に下がり戦略レベルの仕事をするのが通例、
前線に出て万が一の事があれば皆の士気に影響します。ですから―」
「同志よ、ワシの体を心配するのなら、なおさらワシは前線に出ねばなるまい。
考えてみい、ワシの操縦するゴーリキーの中とこのモスクワ基地どっちが安全かね?」
「ぐっ…」

アレクサンダーの反論に副官の言葉が詰まる。
確かにこの老人を守りかつそのスペックを活かしきるのに最適な場所はどこかと
聞かれると、ゴーリキーの操縦席だというのが現時点の正解だ。

昔ならともかく、アムステラが出現して以来アレクサンダーの指揮能力は精彩を
欠いているというレベルには納まらない。
敵が出現するや否やモニターに自分の顔を押しつけレーダーに映る敵反応を示す光点を
舌で舐めまわしながら「殺せ殺せ殺せ」と叫び、具体的な作戦は一切語らない事もあった。

その一方でゴーリキーに乗せれば悪鬼のごとき意志を持って敵を攻め続け出撃毎に
信じられない程の戦果を挙げてくる。

「同志、お前達がかつてのワシを尊敬してくれとったのは知っておる。
だが、時代が変わりワシも変わったのだ。もうそんなこだわりは捨てようではないか」
「閣下…しかし…」
「もし今回も基地司令を押しつけるならアムステラが攻めてきた途端にズボンを下ろして
白いモノをモニターにぶっかけるかもしれんぞ。いやこれは冗談じゃがなガハハハ」

この人なら本気でやりかねない、副官達はそう思いさらに汗を流す。

「さあ同士よ、大将権限において命ずる。この度の作戦、ゴーリキーのパイロットは
正パイロットでも交代要員でもなくこのワシを任命する。反対意見は?」

この台詞を聞くのは既に10回を超える。そして副官達はこれまでの経験から悟っていた。
ここに至るまでに説得できなかった時点で詰んでいるのだと。

「沈黙は肯定という事じゃな。よし決まった。待っておれアムステラぁ!
絶対なる許されざる悪よ!愛しきものよ!貴様に奪われたナンバーグラン基地を
取り返し、利子として貴様らの命と体も頂いて行くぞ。だからワシが来るまで
待っていろよぉ、ぐへっぐへへへへへ」

下品に笑い続けるアレクサンダーを見て副官達はこれがかつてのロシアを背負う
清廉潔白な軍人の成れの果てかと呆れつつ、この老人の暴挙を止める為のパイロットも
居ない事に頼もしさと恐怖を覚える。

血走った眼を見開き数分間笑い続けたアレクサンダーは思い出したかのように
副官達を向き直し、ヨダレを袖で拭きながら話しかける。

「同志、それで例の4人はこちらにこれるのかね?」
「あっ、は、はい!」

突然声を掛けられた副官は慌てて資料をめくりながらしばらくして返事する。

「韓国のヒーロー・インドのヒロイン・アメリカのスター・オーストラリアのニューヒーロー、
全員無事に最終カリキュラムまで終了。いずれの機体も問題個所は無し。
既に基地奪還作戦への協力要請も通過し了承されております」
「そうか、では間もなくこのロシアに新型4機とそのパイロットが来るわけだな。
同士よ、今回の作戦は単なる基地の奪還のみを意味するのではない。分かるな?」
「はい閣下、この作戦を持って新量産機の強さと汎用性を地球とアムステラ双方に
知らしめ、味方に希望を与え相手の士気を挫くという偉大な目的がございます」

アムステラの出現を知った瞬間、世界で一番ポジティブに受け止めた男アレクサンダー=シュタインドルフ。
彼もまだ絶望を知らない。

(続く)