プロトスリー物語 第十一話 「僕は綺麗なガミジン」
個人の操兵技術ではグーチェに一枚劣るが、地上部隊指揮に関しては歴代最高点を記録。
中々の美貌も持ち合わせ政治にも明るく、学生時代から見習いとして社交界に出向き
多くの貴族に顔を覚えてもらっていた。
リノアが士官学校卒業直後オスカー将軍に見染められたのはある意味当然の事だった。
若く才能があり、何の後ろ盾も無い平民だからこそ自分の思うがままに操れる女性。
そう、リノアこそが傍に置きたい女性の条件を全て満たす存在だったのだから。
こうしてリノアは予定通りに『騎士』となった。
『騎士』、アムステラ戦争を語るにあたりこの単語の意味は主に4通りある。
@アムステラ国教会に所属する武装集団。アムステラ国教騎士団の戦闘員のこと。
Aアムステラ皇族直属の近衛兵。その多くは貴族でありロイヤルナイツ用の羅甲を愛機とする。
B地球連合側の一員であるヴァチカンの聖堂騎士。近接戦特化のカスタム修斗乗り達。
Cその他の自称騎士、騎士型のコードで呼ばれる機体またはパイロット等。
飛鮫騎士団というフランス空軍部隊も存在するが、アムステラ戦争の歴史を
振り返ってみても彼らが騎士と呼ばれる事は少ないのでここではCに含むものとする。
そして、リノアの場合はAに該当する。
@〜Cのどれも中世ヨーロッパに存在した騎士とはどこかしら意味合いが違うが
細かい事はいいんだよ精神で見守って欲しい。
閑話休題、リノアは人生のレールを乗り換える事に成功した。
才を持つ平民である彼女に嫉妬し、妨害をしようと企むものは決して少なくは無かったが、
親友グーチェの腕っ節とオスカーの権威が全ての悪意を封じ込めていった。
自分の才能を完全に発揮できる場所で一切の妨害なく活動できる。
想像してみるといい、『もしガミジンがごますりのできる上司にウケがいい男だったら?』
『もしガミジンが任務に忠実で本部から最高のサポートを得られる状態だったら?』
ガミジン「アムステラ近衛騎士が一人、ガミジン大佐押して参る!」
オスカー様「ン〜、いいですよガミジン君。さっ彼に続くのです!」
アクート「ヒャハー!あの男の獲物は横取り出来ねえなあ〜。代わりに恩を売っとくか!」
ガミジン「アクート殿、援護感謝します!」
誰もが思うだろう、こんなガミジン嫌だ、キモイしその上敵として怖すぎる、と。
リノアはまさにこの状態になる所だったのだ。ガミジンの様なバケモノ級の戦闘力は
無いがその分指揮能力がある。オスカーの参謀としてロイヤルナイツ隊の指揮を行って
いればそれはそれは地球の脅威になっていただろう。
『アムステラには二人の強く美しい女がいた。天のシャイラと地のリノアである』と
後の歴史に残されたかも知れない。
そう、残念な事にここまで語ったリノアの話は全てが『もしも』の事である。
彼女はオスカーの一番の部下にはなれなかったのだ。
若くしてユリウス派に属し出世して行くという事。それによりリノアは知ってしまった。
アムステラにおける禁忌とそれを破り産まれたいくつもの異形の兵士達。
自らの保身と出世の為なら多少の事は目をつぶる事は出来るつもりでいたリノアも
これを見て黙っているにはまだ若すぎた。
「どうやら見込み違いだったようですねぇ、貴女なら見せてもいいと思ったのですが」
アムステラの裏側を見て嫌悪を露わにしたリノアに対しオスカーはそう言った。
その冷たい目は自分の思い通りにならない平民の女などいらないと如実に語っていた。
以来、あれよあれよと言う間に隅に追いやられ、弁解の機会すら与えられずに
地球侵攻の任務に充てられてしまった。
・
・
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そして彼女は今―、
「ボーゲン曹長…ごめんなさい。全員で脱出の約束は守れなかった」
あれだけ口煩かった男からの返答は無い。死者は口を開かない。
モスクワ基地の前には12の羅甲だった残骸が転がっている。
先月の戦いでリノア隊の半数を死に追いやった男・ソコソコダー。
その彼が今度は新型試作機で立ちはだかったのだ。
2型と固定砲台だけなら突破できるという目論見はあっさりと砕け散った。
リノアの計算ではソコソコダーもナンバーグラン基地奪回チームにいるはずだったし、
モスクワに手付かずの新型が残っているはずも無かった。
後ろから迫ってくるゴーリキーの恐怖、目の前の自分達を半壊させた男の新型、
脱出まで後一歩という焦り、こんな状況で冷静に戦えるはずも無かった。
リノアがいくら優秀な指揮を行っても、それが伝達され実行されなければ意味は無い。
結局モスクワ基地との総合戦力の比べっこになってしまい―、
―戦場には傷だらけの女騎士一人が残された。そうだ、もう自分以外誰も立ってはいない。
リノアは残骸から目をそらし正面を見据える。文字通り命を掛けて開いた脱出ルート、
彼らを犬死ににしない為にもアムステラに帰還する義務がある。
まだ、モスクワ基地には非戦闘員が残っているが最早リノアを止める事など出来ない。
(ザー…)
「ノイズ音!?これはっ」
脱出の為の一歩を踏み出そうとしたその時だった。
ロイヤルナイツ羅甲の優秀な受信機能が地球軍で使用される通信音を拾い上げる。
慌てて、足元を見渡すがモスクワ基地の操兵も羅甲同様にどう見ても全滅している。
とても発信なぞできる状態ではなく、また、ゴーリキーの全力疾走でも
ここに戻るのはまだ早すぎる。
「ミンチラリアットォォォォォ!!!」
「!!!」
そう、このゴーリキーは早すぎた。
リノアの知るゴーリキーの情報は雪原を高速で走る事が出来る重装甲スーパーロボット。
あくまでも重装甲なのである。だからゴーリキーではまだここには到着出来ない。
来た方向からいって他国の援軍でもない、ナンバーグラン基地にはゴーリキーより早い
人型はいないし、何より今リノア機の盾をラリアット一発でふっ飛ばした機体の
シルエットはどう見てもゴーリキー・・・いや、
「なっ、何だコレは!何だお前は!」
「聞こえぬかこの産声が?アムステラのお嬢さんよお?」
リノアは確かに聞いた。そのゴーリキーだったモノから発生する産声、いやこれは悲鳴だ。
味方すら置き去りにするぶっちぎりの雪上移動速度と引き換えに寿命を限界まで削られた
ゴーリキーが悲鳴を上げている。
(頭部装甲80%欠損!背面装甲75%欠損!全装甲65%欠損!)
(ウェポンパックがセットされておりません!左腕がセットされておりません!)
(エアコンが未実装です!ルーム内温度−5度!エアコンをセットしてください!)
(エンジンルームの換気が限界を迎えています!ルーム内温度52度!パイロットが危険です!)
(全システムレッド!アラート!アラート!アラート!)
全壊一歩手前、寧ろ何故これが動くのか。足元の残骸に混じっていても何の違和感も
無い程に欠損したゴーリキー。
だが、その残骸もどきがここまで辿り着きロイヤルナイツの盾を弾き飛ばしたのも事実。
これはグーチェにやられたダメージでは無いとリノアは気付く。
「信じられない、ゴーリキーの腕で装甲をむしり取ったというの!?」
「ゴホッ、同志ブライアンの機体のスピードアップにヒントを得て試してみたが…
どうだ、一皮剥けていい男じゃろ?」
室外の冷気とエンジンの熱気に交互に当てられたからだろうか。
掠れた老齢のパイロットの声が、より一層不気味な感覚を産み出していた。
「ソコソコダーは弱気なとこもあるが正パイロットにふさわしい男だった…
スミノフは親戚の娘がカワイイ上天才だと言っていつもワシに写真を見せつけてくる…
ゲテモノ好きのベイ…毎朝誰よりも早くランニングしていたセドル…皆いい奴だった。それをお前は…」
「だから?ここは戦場でしょ?」
「お前は…なんていい女なんだ」
「え?」
「同志ソコソコダーよ、お前は本当によくやってくれた。この敵も味方もおらぬ
シチュエーション、同志がおらねば発生しなかっただろうな」
「な、何を言ってるの貴方は」
「同志の仇打ちという大義名分(フライバンズ)、お高く止まった女を屈服させたいという
性癖(シチュー)、二つ揃ったワシは無敵(ピロシキ)と化す!アムステラの女よ、
貴様は口から糞を垂れ流すまで犯し殺す事にしよう」
迫るゴーリキーの拳、グーチェと二人で戦った時のそれよりも遅い一撃。
「ミンチクラァァァシュ!」
カウンターで槍の一突きさえすれば勝利出来る。
グワシャァァッァン!!
「きゃああ!!」
轟音、凹むロイヤルナイツ羅甲の顔面、飛び散るゴーリキーの部品。
避ける事など出来なかった。オスカーに連れられアムステラの禁忌を見せられた時以上の
圧倒的恐怖が肉体を支配し、加えてソコソコダーの3型との戦闘の疲労が重く圧し掛かる。
リノアの現在の戦闘能力は一般兵のそれ以下まで低下していた。
「この拳をめり込ませる感触、ゲホッ、これだけでイッテしましそうだわい」
リノアにはアレクサンダーの言葉が理解出来なかった。
この男は気が狂っている、こんな男に関わるべきではない。
「魔性」の異名を冠する戦術家としての自分が揺らぐ。
泣き叫び許しを乞いたいという気持ちで満たされそうな中―、
「―くっ!」
辛うじて踏みとどまり、逆転の秘策を手繰り寄せる。
目の前の強姦魔ゴーリキーから逃れるべく震える歯を鎮め唇を動かす。
「基地内の司令官の命が心配なら」
「ワシが陸軍大将アレクサンダー=シュタインドルフであぁある!!!」
『逃げ回りながら基地内に押し入り敵司令の命と引き換えに脱出作戦』は3秒で崩壊した。
まさか目の前のキチガイがオスカーと同タイプの人間だなんて夢にも思わなかった。
「た、助けてグーチェぇー!!」
今度こそ完全に落ちたリノア。最早操縦すらままならず届かない場所にいる親友に
助けを求める。そして、その勝機を逃すアレクサンダーでは無かった。
「リリカァァァル!」
ズル剥けとなった頭からの突撃。
リノア機の胴体部分に亀裂が走り、ゴーリキーの長めの頭部がひしゃげる。
「トカレェェェェェフ!」
軽装甲ゆえの素早い足払い、傾くロイヤルナイツに合わせてゴーリキーのバランサーも
限界を迎え直立不能となり崩れていく。
「キルゼムオォォォォォル!!!!!!!!!!」
倒れ込みながら右手を伸ばし、ヒビの入った胴体を完全破壊しつつ馬乗りの体勢に。
「くそっ!立って!お願い動いてよ!」
リノアが必死でレバーを握るがもうロイヤルナイツ羅甲はぴくりとも反応しない。
胴体部の破損によりコードが切れたのだろう。
「ゴホッゴホッ、さあて、お楽しみタ〜イム」
馬乗りになったゴーリキーの顔がリノア機の正面カメラにアップで映される。
元々装甲の大部分が剥がされていた頭部は激しい戦闘により表面から次々とパーツが
剥がれ落ち、漏れ出した廃液と合わさり腐乱死体のごとき外見と悪臭を備えていた。
ぎゅうと片腕で首を絞めてくる。絞められているのは機体の首なのにまるで自分の首が
絞められている様な錯覚を覚える。
「どうじゃ?ん?ワシのテクニックは」
「グェェェェ」
未だ、リノア自身には外傷は一つも無い。
しかしリノアにはもう自分がどうなっているのかすら理解出来ないでいた。
犯されているのは羅甲か自分か。
(続く)