プロトスリー物語 最終話 「ニラーシャ」



1.アメリカ・ブライアン
プロトスリー計画終了後ブライアン=バーンズ中尉(37)は次の様に語った。

とんでもねえ速度で編隊を無視して脱兎のごとく、
ああ、俺達なんか眼中にないって背中で語り大将は駆け抜けていった。
ナンロンが相打ちするまでの間あの人が列の最後尾だったのにだぜ?

で、彼の後を追いしばらくするとバズーカとマシンガンが収納パックごと落ちていた。
一刻も早くモスクワ基地に救助に行きたいという思いの現れだな。
ん?武器無しでどーすんだって?どうにでもなると思ってたんじゃねえの。
あの人はそういう人だ。武器を持つのはあの人にとっては手加減って噂もあるぐらいだしな。

さらにしばらく行くと緑色の装甲が砕かれた状態で点々と落ちてたんだ。
進むにつれエアコン、ナビゲーションシステム、座席、耐火シャッター、
乗り込み口の扉、パイロットスーツ、ヘルメット、パンツ、何でもござれだ。
何でそんな事にって…そりゃ軽量化の為に決まってんだろ。
おう、まあお前さんの意見は正しい。
メカニックの協力も無しに雪道で装甲外そうものなら重心がずれて
歩く事もままならねえよな?最初からパージする事前提の設計を除いてな。
もちろん最初期のスーパーロボットであるゴーリキーに軽装甲モードなんてねえよ。
でも、俺達はモスクワ基地到着まで転倒したゴーリキーなんて発見しなかった。
代わりにオイルや劣化したネジとかがゴーリキーの足跡の傍に続くようになり
雪を黒く染めていた。

しばらくするとモスクワ基地が見えてくる、アレクサンダー大将には置いてかれたが
俺達だって全力で走らせてきたんだ。モスクワからの通信は数分前に途絶えたが
まだ間に合うかもしれないって僅かな期待を持っていた。
結局間に合わなかったが。

俺達が着いた時には全て終わってたんだ。モスクワ基地の戦闘員もアムステラさんも
みんな全滅、んでここにきてようやく奥の方にゴーリキーを発見。
散々俺らを引っ掻きまわした騎士型羅甲のもう一体の方にしがみついて倒れていたよ。
俺やブレイブ軍曹が呼びかけたが返事が無い。通信機器まで壊れたか捨てたのか
あるいは中にいないか、最悪―。
ロシア兵の一人が慎重に2型から降りてバラバラになる寸前のゴーリキーに
近づいていき、

―ゴーリキーの中から叫び声が聞こえたんだよ。



2.ロシア・アレクサンダー
『閣下、俺の姪っ子本当に凄いんですよ!年齢でいえば中学生になったばかりなのに
スーパーロボット論に精通していて、この間なんてシミュレーターですが
俺やソコソコダー少佐並みのスコアを叩きだしてました』
『ほほう』
『俺の姪だけじゃないですよ、最近は25歳以下の若者に天才が続出してるみたいなんです。
ファーストコンタクトの時に人類は宇宙人の存在を知った。
さらに今その宇宙人と戦う必要が出来た。俺が思うに肉体の未成熟な子供達が
新たな種との邂逅という環境の変化に合わせて急激に進歩していったんだと―』
『同志スミノフ、その理屈だとワシや君ではアムステラに対抗出来ないという事かね?』
『い、いえ。私はただこれから若者達も戦力として活躍するだろうという事を』
『そんな事このワシが許さん!よいか同志よ、ワシにとってアムステラとは天から
降って来たラブドール。少し上品に言えばボーナスステージのチクワじゃ。
目に見える分は全てワシのものだ、ガキどもには刺激が強すぎるわい』
『…閣下は軍人の鏡です。姪やそれに近い年の子供達にも戦ってほしいなどと考えていた
俺が愚かでした』
『何を言うか、今のワシはただの狂人よ。わはははははは』

(…そうだ、ワシは欲望に忠実に人の道を外れた男。こうやって罰を受けるのも当然よ)

身体から力が抜けていく。アレクサンダーに無尽蔵の力を与えていた異常性欲が
薄らいでいくと同時に今までの無理が一度に老人の体に襲いかかる。

ボシュと何かを打ち出す音が聞こえる。
霞む目でヒビだらけのモニター越しにロイヤルナイツ羅甲を見ると
背中部分から首にかけて装甲板が蓋の様に持ちあがりそこから白煙が上がっていた。

「おのれぇ、脱出装置か…ゴホッ!」

脱出ポットが飛び出した方向にゴーリキーの顔を向けるが、ブチブチと音を立て
ゴーリキーの首が重力に従い下へと垂れ下がる。同時にモニターの方も力つき、
汚れたガラスと化した面には化け物が映されていた。

「ク、ククク我ながら酷い顔だなおい!」

画面に映されていた怪物はアレクサンダーの姿が反射されたものだった。
ゴーリキーから漏れ出す廃液を頭から被り、操縦桿を握る右腕は醜く膨れ上がり
皮膚がめくれあがって筋肉と骨が露出している。咳の度に口から血が垂れ流され
モスクワ基地に着くまでに全ての服を脱ぎ捨てた肉体を赤く染めていた。

「どうだアレクサンダー=シュタインドルフよ、これは全てお前が招いた事じゃ」

アレクサンダーはガラス面に映る自分自身に問い詰める。
これまでの行為を、自らを罰するかの様に。

「自分の欲望の為、敵の残存戦力の確認を怠り部下を多く失ってどう思う?
文字通り性欲に身を焦がしこんな身体になってから我に返ってどう思う?
それだけやったにもかかわらず逃げ出す女を追う事も出来なくてどう思う?
答えろよ、答えてみろよアレクサンダー=シュタインドルフ大将閣下様よお!」

化け物がゆっくりと消えていく。化け物を映していたガラスも、ゴーリキーの壁面全てが、
そして目の前の両手すら見えなくなっていった。

(…閣下!シュタ・・・…ルフ閣…中に……事をしてくださ…)

外から誰かが呼んでいる。だがそれはアレクサンダーには届かなかった。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

アレクサンダーはただ叫ぶ。自分の人生の何が間違っていたのか、正義、性欲、
宇宙人、ロシア特殊部隊、そして最後に自分とは違い女をゲットして向こう側へと
行ってしまった韓国人の顔が脳裏に浮かぶ。

「あやつめ上手い事やりおってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」

こうして、残された命の全てを振り絞った後に彼はこの世を去った。
アレクサンダー=シュタインドルフ享年61歳。
アムステラ戦争の中作戦ミスにより窮地を招き、モスクワ基地にて死亡。

死因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『毒殺』。



3.オーストラリア・ブレイブ
「早めに認めた方がいいぞ、ブレイブ」
「そうだそうだ!」
「カツ丼食うか?」
「いいえ」

ブレイブは短く答える。それでも自分はやってない、そう主張する。

「いいかげんにしろ!いいか?先日亡くなられたシュタインドルフ大将閣下の右腕の
付け根に注射の跡がありそこから毒物が検出された」
「毒は遅行性であり、これを致死量摂取するとしばらくしてから咳が止まらなくなり
そこから常人なら10分足らずで死に至る。ナンバーグラン基地で発症したであろうとの
推定から毒を注射された時間を逆算すると出撃前になるんだよ!お前だろ?」
「いいえ」
「まあまあ二人とも。坊主、カツ丼でも食って落ち着きなさい。捜査の結果、
君が閣下と二人きりになって握手する機会があった事が確認されている。
全部白状したら楽になれるよ」

帰国したブレイブを待っていたのは労いの言葉ではなく三人の捜査官だった。
ブレイブは休む間もなく取調室に連れていかれ彼らのローテーショントークを
聞かされているのだ。

「お前がロシアに発ったすぐ後、お前のオヤジは消息を絶ったんだぞ!
そして身体検査の結果、お前が持っていったネームタグから毒針が発見されたんだ!」
「当然針に塗られた毒は閣下の体から検出されたものと一致する、どう考えても
お前達親子の共同犯行じゃねえか!」
「ホラ、カツ丼冷めるよ。じゃあこうしようか。犯行の動機とかはいい。
まずは君のお父さん、ポカパマズさんの居場所を知ってたら教えてくれないかな?」
「分かりません」

ブレイブの口数は少ないがその言葉に嘘は一つも無い。
彼は父の作ってくれたネームタグが縦に割れる事もその間に針が隠してあった事も
父の失踪理由も何も知らない。

「僕は何も知らないんです、シュタインドルフ閣下の死因も
ここで聞かされて初めて知りました」
「ほーそーですか…って信じられるかコラァ!わかってんのか!?
お前がやった行為のせいでオーストラリア軍の信頼が相当ヤバいんだぞ!
今後二度と人型開発への援助が得られないかもしれない瀬戸際だ!」

バキッ!
三刑事の一人ジャイアン(仮名)が机を殴りつける。

「そうだぞ、状況証拠も物的証拠も揃ってるのに往生際の悪い奴だな!」

スネオ刑事(仮名)の顔が迫り口臭が顔にかかる。

「…僕や父さんには動機が無いですよ。閣下との直接的な付き合いは
これまで無かったし、こうして逮捕されるリスクを犯してまでわざわざ
アムステラに利する行為をする理由もありません」
「いや、そうとは限らないんじゃないかな?これは私の仮説なんだが―、
長くなるからカツ丼でも食べながら聞きなさい」

カツ丼ホームズ(仮名)の推理ショーが始まった。

ブレイブへの監禁と取り調べは疑惑が晴れるその時まで続き、
その後人型開発計画候補地にオーストラリアが挙がる事は無く、
オーストラリア軍自体もアムステラ戦争に通用するレベルの人型を完成させるには
至らなかった。



4.シンガポール・ニラーシャ
「では、そなたはこのまま地球に残るという事でござるな?」
「ああ、オスカー様に宜しく頼むよカンシュタイン殿」
「では拙者はこれで」

そう、これでいい。きっとリノアならこうするはずだろう。
大国の大将の首を取ったとはいえ機体も仲間も失った以上任務は失敗と
見なされる。今帰還しても自分には何も発言力は与えられないだろう。

ならば侵略先の星に残り、終戦まで少しでも戦い続ける。
そうやって少しでもあの子達、『お人形さん』や『でぶっちょ君』の出撃機会を
間接的に奪ってやる。オスカーに意見するのはこの星が一段落してからでも遅くはない。

「キッスキッスキッス!キストォ!手続きは終わったのかな、ミス・グーチェ?」

グーチェの後ろから覆面の男が声を掛ける。
この施設には覆面の男は何人かいたのだがこの男は一風変わった覆面男軍団の中でも
とりわけ個性的だった。
他の覆面はノッポやチビや中背など身長に違いはあれど皆似たようなスタイルなのに
対してこの男はかなり固太りの見た目、それに覆面の色合いも違う。
この男以外は全員十字架の縫い付けられたオーレンジの覆面なのだが彼だけ灰色の
まるで段ボールの下の方で放置され干からびたオーレンジのごとき覆面をしていた。

「えっと、マスク・ド・サンキスト…」
「”パラディン”、ボクの名はマスク・ド・サンキスト“パラディン”さっ!」

マスクのスキマから見える口元からして決して若くは無いだろうと推定される
『サンキスト』は少年の様に陽気におどけながら自己紹介をする。

「これからお世話になるんだからちゃんと覚えておくんだねぇ〜キッスキッスキッス!」
「あ、ああ。所でアイツは?」
「アイツ?」
「私をここに連れて来た、あの髪の長い男だよ」
「―俺ならここだぜ」

扉を開け、男が入って来る。
彼こそがグーチェを助けここまで連れて来た男。
諜報員として一般社会に溶け込んでいた“パラディン”と共謀し
アレクサンダーの毒殺を成功させた真犯人。
3型の試験パイロットの一人として選ばれた幸運を利用し、
その技術を丸ごと盗み取り組織に提供しただけでなく、
何も知らぬ“パラディン”の息子に罪を被せたこの事件の全ての黒幕。

「ニラーシャ、どこいってたんだ〜い?彼女にここの案内をするのは君の役目だろ?」
「わりい、ちょっともう一人の方の様子見て来た。確かリノアだっけ?
だいぶん回復してきてるみたいよ。よかったなあグーチェ」
「気安く触るなっ、…ニラーシャ?」

肩を抱いてきた暑苦しいスキンシップから逃れながらグーチェは首を傾げる。
この男、確かその様な名前では無かったはずだが。

「コードネームさ。ニラーシャ、インドの方の言葉だけど
俺にピッタリな名前だと思わないか?」
「ニラーシャってばロシアの戦いで盛大に『自分自身をブッコロ死』した事に
なってるからもう本名の『春南龍』としては活動出来ないんだよねぇ〜。
キッスキッスキッス!だからこれからはこのコードネームが本名みたいなものさ!」
「うっせーぞ、お前だって似たようなもんだろ『ポカパマズ』!」

いいトシした男二人が笑いながら小突き合っている。
本当にここはいわゆる悪の組織であり本当に彼らはここの重要人物なのだろうか。
グーチェは今更ながらに不安になって来た。

「ああ、そうそう。今日は彼女に施設案内をするんだったな。忘れるとこだった」
「そんな大切な事忘れるんじゃないよ、そんなんじゃあ『ブッ殺し』するよお〜」
「ハハハハ、まっこんな奴らばっかだけど仲良くしてくれやグーチェさん。
そしてようこそ、秘密結社ブラッククロス・アジア支部へ。
アムステラとの橋渡し役と戦術指南としてあんたには協力してもらいたい」

差し出される南龍、いや『ニラーシャ』の右手、グーチェは彼の手を取り応える。

「こちらこそ、リノアともどもお願いするよ」



5.インド・スガタ
「…はあ」

スガタは小さくため息をついた。
あのロシアでの戦いから時が経ちスガタの愛機は5型となっている。
しかし、彼女の戦いはあれから精彩を欠きじょじょに成果を落としていた。

「ブライアンの奴、じゃなくてブライアン大尉はあっちでバカスカやってるんですよねー。
あの時以来明暗が分かれちゃった感じでしょうかー」

あのロシアでの戦い、地球連合軍としては負けに近い引きわけではあった。
だがロシアは多くの戦士を失いアメリカと並ぶ最強部隊と呼ばれる事はなくなり、
オーストラリアはある疑惑により信頼を、韓国もエースと愛機を失った。
その一方でブライアンは一応の戦果と3型試作カスタムの有用なデータを持ち帰り
なおかつ機体は無傷、あの中で唯一自分の仕事をこなしての帰国である。

「スガタ中尉、調子はどうですか」
「あー、フェミリアさん珍しいですねー」

ライブの病が再発し倒れたのはスガタが帰国してすぐの事だった。
現代医学では治る見込みは無く、以来娘のフェミリアが自宅で介護をしている。
南龍とライブ、そしてだいぶ前になるがボン=マッハ。
喧嘩相手を全部失ったスガタは…すっかりピンク好きのぶりっ子オバサンになっていた。
体重も15キロ増えた。

「調子ですかー、パールヴァディーの調子は悪くは無いんですがねー」
「5型は悪くないんですね」
「5型じゃなくてパールヴァディーって呼んでくださいー。
スガタの愛機は何型だろうとパールヴァディーですよー」
「あ、はい。トロンベみたいなものですね」
「ところでフェミリアさんはお父さんの方いいんですかー?」
「一応私がPG隊の隊長だからたまにはこっちにも顔を出さないと。
それに軍人であるスガタさんに半公半民の組織丸投げしっぱなしという訳にも
いかないしね」
「あー、その事なんですがー…スガタそろそろPG隊一本にしようかなーって」

直接的なきっかけは介護に疲れたフェミリアの顔を見た事だが、理由は他にもある。
5型でエースとして気張っていくのも限界だし、最近正式採用が決まった6型の
操作マニュアルも一向に頭に入らない。スガタは自分が軍人として古い人間に
なってしまった事に気付かざるを得なくなっていた。

「スガタがインド軍を牽引していくのも終わりかなーって、最近お腹でてきましたしー」
「フフッ、妊娠してるんじゃないですか?」
「何言ってるんですかー、あははー、アイタタタタ」
「…マジ?」

妊娠していた。
特殊消防部隊PG隊2代目隊長就任への要望、軍人としての自分の限界、
そしてこの妊娠発覚が駄目押しとなりオードリー=スガタはアムステラ戦争の英雄譚から
フェードアウトしていく。

だが彼女の人生がこれで終わったわけではない。
そう、彼女はまだ―、




―真の絶望(ニラーシャ)を知らない。







プロトスリー物語・BADEND






インド英雄伝説3へ続く…?