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MOON CHILD -Stubborn aesthetics-



一人の快王がいた。名は誰も彼もに忘れさられた英雄、大乗流の使い手。
千の獣を倒してなお人は誰にも知られず戦い、傷つき、やがて死に、歴史とともに消えた。

一人の快王がいる。名はユリウス=アムステラ、アムステラの宰相。
誰も彼もからその名を恐れられ、そして讃えられる、最高の指導者。

一人の快王がいる。名はハックル、アムステラ神聖教団に仕える司祭長。
ただ一人大乗快王の名を覚え、恋焦がれ、共に戦った友。友を目指した司祭。
快王である自分の歴史に終止符を打つ男。自らの終わりを願う男、傷だらけの男。

そして、一人の快王が新たに生まれる。
名はエレコウ、かつての英雄が使う、大乗流とその魂を継ぐ少年。








「何さ、先代の名前で呼ぶのはどういう了見なんだかね。今は――今代は、エレコウ、さ。
 エラン=トリスなんていう名前じゃあない。それに、快王なんかじゃないよ、エレコウさんはさ」


 気だるげに、どうでも良さげに、少年は言う。
 だがそれを、その態度を気にもかけず、ただただ真摯に男は言う。


「いいえ、貴方は……あのお方の面影があります。瓜二つだと、いってもいい。
 私はずっと、あのお方のお側で共に戦い抜いてきました。だからこそ、判ります。
 貴方こそ、大乗快王の名を継ぐに相応しいお方だ、と。私はそう宣言します、この場で」


 男の訴えに、まるで呆れでもしたかのように両手をあげて、少年は肩をすくめる。
 だが苛立ちはない。戸惑いもない。そこに込められた感情は、苦笑。
 まるで、自分の言い分を変えようともしない、わが子に対する親の感情にもにた、何かだ。


「ま、いいさ。エラン=トリスの名前を覚えててくれたんだしね。
 いいよ、あんたになら、そう呼ばれても構わない。それが恩義ってやつさ。
 しかしまあ、そんなに似てるもんかい? エラン=トリスは女だったってーのに?」
「大乗の動きを、私は生涯忘れもしません。たとえこの身が神の御許に召されたとしても。
 それほどまでに特異な動きですから、貴方の扱うその御技は。
 獣を倒す為だけに編み出された、あまりにも穿ちすぎたその動き、思想、御技。
 自らを獣とし、獣と相反す唯一の存在。獣のことわりで闘う異端の拳。
 故に人とは異なる御技を操り、人とは違う戦いをし、人でないものを倒す。
 『逃げ』もその一つです。先代の大乗流は、よく『逃げ』を得意としていましたからね。
 先代――エラン=トリスは一度として逃げなかったことはありませんでした。
 そして貴方もまた、『逃げ』、しかし同時に『追い詰め』た。
 同じく『逃げ』を選び、相手を押しとどめた以上、
 貴方は紛れもなく、大乗の御使いに他なりません。絶対に」


 ――ふぅ……。

 吐息をもらしたのは、今度こそ諦めのためか。
 あるいはその言葉を認めたためか。

 どちらにせよ、ハックルの押しに負けたのは、明らかな事だった。


「それと、もう一つ」
「なんだい、まだ何かあるってぇのかい?」


 煩わしげに頭を掻くが、その姿すら微笑ましいとばかりに神父は肩に手を置き、


「素晴らしい逃げをみせて頂けました、大乗流」


 臆面もなく言ってのけるその態度にはばつが悪いか、
 今度こそ、二、三、頭を振りつつ肩に置かれた手を握ると、

 ――ニカッ。

 満面の笑みを浮かべて、少年は胸を張る。


「そいつは……そいつは、そうだね。最高の褒め言葉だ。いいね、最高さ。
 色々とありがとさん、ハックル。エラン=トリスは感謝してるよ。もう、死んだけどね」
「死んだのか、大乗快王は」


 沈黙を続けてきたユリウスが、ぽつりと言葉を漏らす。

 年相応とも呼べる感情を浮かべる少年の変化に成れないのか、
 あるいは先ほどまでの戦いと未熟と呼ばれた自分の動きを反芻でもしていたか、
 これまでは黙して言葉を発する事もなかったが、その単語ばかりは聞き捨てならなかったのだろう。

 少年の師と思われる者、大乗の快王は、すでに死んだという事には。


「奇居子にやられた傷が原因でね、癒え切らずに障って死んだよ。
 ま、年も年だったしね。たとえ傷がふさがったとしても、もう二、三度ほど怪物狩りに出れば死んださ」
「ずいぶんな評価だな。お前の師範ではないのか、そのエラン=トリスとやらは」


 師弟にも色々とあるのさ。
 そっと、消え入りそうな声でそれだけ零すと、
 残りの言葉を全部飲み込んで、エレコウはただ黙る。

 ただ一人、エラン=トリスと共に暮らし、大乗流という異端の技を学び、
 エラン=トリスが死ぬまで側に控え、そして最後をも看取ったのだ。

 死人同然の人間と共に生きてきたと言うのなら、少年もきっと、壮絶な人生を過ごしてきたのだろう。
 あるいは地獄同然の鍛錬か。技を極めるために味わった苦痛は、師弟共にどれほどまでのものか。


「生き写し、か……」


 あるいは確かに、生き写しそのものだとも言える。


「さて、死闘も終わり、大乗との再会も終わらせたところで本題に入らさせていただきます、殿下。
 ……大乗流のエレコウ、といったか。快王相手によくもここまで闘ってみせたものだ、褒めてつかわす」
「お褒めの言葉感謝の限り、ってかい? やれやれ、一ついいかい?
 褒めてくれるのはいいんだけど、生憎とエレコウさん、アンタの名前も知らないんだけどね」
「おお、これは失礼した」


 ぺしゃり、禿頭に平手を叩きつけ、小気味いい音色を響かせながら老人は笑う。
 好々爺といった雰囲気こそ繕ってはいるが、その実内に秘められた『気配』はこの場の誰よりも強い。

 実力は――おそらくは、最も高い。
 先ほど相手どっていたユリウスも人並みはずれた気配を持つが、この老人は違う。
 それ以上の、比べ物にならないほどの闘志、殺意、情念、意志をもった、紛れもない戦士。

 誰もが讃えるその名。
 誰もが恐れるその名。
 誰もがひれ伏すその武神の名。

 それは――


「テッシンという。快皇の號を背負っている」


 快皇。十二人の快王たちを束ねる、武の頂点に佇む、戦いの神。
 それが自分だ、と名乗ったにもかかわらず、少年はただ眼を細め、
 薄く笑みを浮かべながら、こくり、頷き手を伸ばす。


「よろしく、テッシン殿。エラン=トリスからも、よろしくとだけ伝えておこうか」
「ふむ……いい眼をしているな、少年。中々に、いい眼だ」


 だがしかし、少年はそんな天上人とも呼べる人物を相手にして、
 臆することなく挨拶を交し、握手すら求めてみせる。
 肝が据わっている、といった風情ではない。
 身分に興味がないか、あるいは身分を知ってなお態度を変えないか。
 おそらくは、後者か。

 本来ならば不遜と咎められる行為だが、しかしテッシンは、その態度を好しと看過する。
 必要以上に恐れも敬いもしない、いやそもそも『考えない』その反応は、
 ある意味好ましい『応え』方と捉えたからだ。

 そう、先ほどまでと変わらない受け答え方は、むしろ好意に値する。
 だからこそ、差し出されたその手を厚く握り返し、やはりこちらも笑みを返すのだ。


「逃げながらも術中に嵌める。なるほど、見事だ。少なくとも、我々にはまねができぬな。
 何せ――『逃げる』のが徹底的に苦手でな、そうと考える前に先に手が出てしまうからの。
 全力で逃げながらも決して逃げ切らず、返って追い詰めるとはな……貴重な才能だな、感服したぞ」
「そいつはどーも。ま、ともかく、『逃げ』だけなら誰にも負けないつもりだからねぇ。
 と、ゆーよりも、ふつー宇宙怪獣相手に真正面から当たるのが愚策ってモンだよ。
 てきとーに交して、避わして、潰せそうなら殺して、無理そうなら現状維持か逃亡が一番さ。
 無理に闘い合おうとして、不必要なまでに怪我を重ねるのが武術家の悪い癖だね、まったく」
「耳が痛い話だ」


 立ち向かう『武』に対して、相反する『逃げ』を推奨する。
 異質な頂点同士の、相違点が、そこにはあった。


「ま、逃げてばっかりってのも味がないけどね。『狩る』と決めた以上、倒さないと、さ。
 多分そこら辺に、テッシン殿の言いたい『本題』って奴が含まれてるんじゃないかい?」


 ほうっ……。
 感嘆とした吐息をもらす。
 才だけでもなく知恵も働く。いや、知恵すら才として駆使するのがこの少年か。

 皆まで言わずとも、言いたいことを察知し、自ら先んじてそれを言い放つ。
 洞察力と判断力、想像力に満ちた少年だ。
 おそらくは、獣の行動や心理を予測し判断するために身につけた、
 驚くべきほどに高められた感応力の賜物、といったところか。

 ――欲しいな。

 思わずテッシンが、そう内心で思うのも無理のない話だ。
 人ならざる生き物ですら予測すらできる、そんな感応力を持った人材を、
 みすみすと野に放っていられるほど、この男、甘くも優しくも――ない。


「確かにそうだ。お主の言う通り、獣は獲物を捕らえてみせてこそ、獣と呼べる。獣狩りもまたしかり。
 だがお主はたった今、獲物に手の内を読まれて狩りを中断してしまった。残念な事にだ。
 それに、まだ『逃げ』と『追い立て』しか見せてもらってはおらん。『とどめ』の仕方を見せてもらっておらん。
 これでは、お主を評価するにもちと不足。獣退治の最後の顛末まで見せてもらえねば、正しい評価は行えぬ」
「なるほど、ね。つまりあれだ――殺せって?」


 瞬間――殺意が膨れ上がる。
 テッシンが放つそれと、それを受け返す少年が放つそれが、
 二人が交し合う視線の中心で激突しあい、攻め、拮抗しあう。

 一瞬でも殺意を返すのが遅ければ、老師の放つ強烈な意志に負け、闘わずして膝を屈していたに違いない。
 あるいはその身に宿す殺意の深さ、厚さ、その大きさが僅かでも浅く、薄く、小さければ押し負けていた。
 だが少年は機を逃すことなく即座に殺意という名の刃を抜き放ち、
 その鋭利で鋭い刀身で見事受け止め支えていた。

 やはり、というべきか。

 胸の奥、きっと睨み付けた眼の勢いを弱めることなく、テッシンは思う。

 技の種類、手法こそ一般的のそれとは異なるが、
 秘めた闘志と才覚においては常人のそれを大きく上回るか、と。
 この快皇の殺意を受けてなお不敵に笑いながら殺意を受け返すとは、
 やはりこやつは、快王と同等かそれ以上とも並ぶ――


「不躾な行為は止めてもらおうか、テッシン」
「……ほぅ、止められますか、殿下」


 両者の間を割ってはいるかのように滑り込んできたのは――ユリウス=アムステラ。
 彼もまた、殺意を込めて言葉を放ち、一歩、また一歩と足を踏み出す。


「それと先ほどまで闘っていたのは余だ。だとするならば、その続きを行うのもまた、余のはずだ。
 野暮な手出しは無用だ。引け、まずは余自らが、それの底を探る。お前は――邪魔だ、テッシン」


 一瞬、即発。

 まさしくそうとしか呼べない、張り詰めた空気。
 もう一つの殺意を取り込んで、三者三様、軒並み為らぬ有様だ。

 テッシンは、引かない。ユリウスの言葉など黙殺し、さらに視線に力を込める。
 ユリウスは、進む。倒すのは自分だと、そう言わんばかりにさらに一歩、踏み込む。
 そしてエレコウは、笑う。面白くて仕方がないかのように、少年のように、笑う。

 一人は武神。
 一人は超人。
 一人は魔人。

 人知を超えた才を持つ三者が、互いに引かず、譲らず、拳を握り締める。
 もはや闘争を止めれるものなどいない。止めれる人などいない。
 人を超えた人でなくては、それを止める事など不可能だ。
 絶対に、絶対に、絶対に。

 もしいるとするのならば、同じく人を超えた存在、すなわち――


「――オ、オッ!」
「――ハアァーッ!」
「――……ッ!」


 互いに拳を抜き放ち――




「――そこまでですッ!!」




 必殺の瞬間。
 その誰もが技を振るおうとしたその時、その瞬間。

 対艦主砲にも匹敵する大音声が――
 音という名の津波が――
 意志持つ声が――

 ――地に満ち満ちた殺意を散らすかのように。

 放たれた。
 放たれた。
 放たれた。

 びりびりと、空が震える。
 まるで文字通り、びりりと空間が裂けるかのような、音、音、音。
 それ以外の全ての音をもかき消す、強くたくましい、威厳を伴った、声。

 果たして、その声の主は誰か。
 誰がそのような大音声を、放ったというのか。
 しいんと、先の響き声が静まり、無音が訪れる事一拍。

 その主が、再び口を、開く。


「そこまでです、三人とも。それ以上の行為は私が認めません。
 警告に逆らい、無為な行動を続けるというのでしたら……この私、
 国教会所属、位階『司祭長』の私めがお相手いたしますが……?」


 武神、超人、魔人を止めれる存在。
 それはすなわち――


「それとも、言い方を変えましょうか? 要らぬ暴力を見過ごすわけには行きません、と。
 神に代わり、この緋色の徒――ハックルが、全力を持って皆々様をお止めする所存ですが」


 超弩級の『聖人』。
 ハックル=B=ディンギル。

 ――その者以外に、他の誰がいるものか。


「……お主にそこまで言われては、な……」
「……フム、神父に救われたな、少年王」
「ふぅ、やれやれ、おっかないねぇ。まったく、怖い爺さん兄さんたちだよ」


 啖呵をかけられたエレコウはともかく、火付け役となったテッシンや、
 その気になったユリウスまで止めるとは、どういった『奇跡』だ――聖人、ハックル。

 だが彼は、そんな『奇跡』に等しい行為を成し遂げながらも、ただ柔和に、傷だらけの笑顔を浮かべている。
 そう、笑顔だけを浮かべている。ただただ、笑顔だけを、慈愛だけで、その顔いっぱいにして。

 もしそれを本当の『笑み』だと呼ぶとするならば、人の浮かべる笑顔など、
 それはもはや微笑ではなく、ただの風穴か何かにちがいない。
 それほどまでに完璧で、柔和で、慈愛に満ちた、聖人の笑みだ。

 だが聖人の笑顔だけで止められるはずもない。
 そんなもので止まれる人間ばかりではない。

 だとすれば、きっと微笑み以外の何かが、この傷だらけの神父にはあるのだろう。


「判っていただけて何よりです。拳を引いていただけて、何よりです」
「お主に拳を振るわれては敵わんからな。まあ、よい。別段今測る必要性はないですしな」
「……今回限りだ。次はないと思え」


 立ち消えた殺意の残滓を払うかのように、深く深く頭を垂れながら、
 ハックルは一人、満足げに微笑み続けていた。


「とはいえ、これでは困りますな。そ奴の底が知れぬままでは、
 どのように扱えばよいのやら、このテッシン皆目見当つきません。
 個人的には、それ相応の実力があるのなら、
 欠けた快王の末席に入れてもいい、とも一考したのですが」
「おいおい、それはちょいと……その、あれだ、困る。
 エレコウさんは誰かに仕える犬にゃなりたくないんだけど、テッシン殿。
 どうせならエレコウさん、猫がいいねぇ、猫が。それも野良猫が一番さ」
「猫……とな?」


 武術家なら誰もが憧れ、目指す快王の座。
 それをこの少年は、困るの一言で拒絶する。
 それも、野良猫の方がいいとすら告げる始末だ。

 ありえない話だ。だが不思議と、この男なら蹴るだろうと思わせる何かがある。


「そ、猫さ。犬ってやつは、群れて暮らす生き物だろ?
 だから、群れからはぐれた野良犬は惨めだけど、野良猫はそうじゃない。
 猫は誰にも従わない。誰とも群れようとはしない。だって猫だから、にゃあ」


 おどけていって見せるのは愛嬌か。
 そういう姿を見せていれば、なるほど、やはり年相応の少年だ。

 口にする言葉や態度、豹変した姿から比べれば、実に幼いしぐさ。
 むしろその相違が際立って、より一層幼くあどけなく見て取れる、不思議な少年だ。

 確かに、こんな少年を、こんな技を、こんな考え方をする人間を、枠に嵌める事はできない。
 枠に嵌めようとすれば、かえって逃げ出してしまうかもしれないからだ。
 あるいは枠に嵌りきって、彼らしさというものを失ってしまうかもしれない。

 それでは意味がないというものだ。
 彼は、彼であってこその存在。
 ただひたすらまでに唯一無二、それが少年の価値、そのものだ。


「そんなわけで、だ。エレコウさんを測ったり誘ったりするのは止めといてよ。
 エレコウさんは自由気ままに生き延びるのが夢でさあ。宮仕えは趣味じゃない。
 残念だけど三人とも、素直に帰っちゃくれないかな? そのほうが、お互いのためさ」
「それでは仕方がない――とは、流石に言えませんな、殿下。
 野に放つ愚を行うほど、このテッシン、情に流されてはおらん。
 我々はみな、お主にただ会いに来たのではなく、連れ戻しにきたのですからな。
 ……我ら誰一人として、お主を放しはしない。覚悟を決める事だな……大乗流のエレコウ」
「あぁ、やっぱそうなるよね。……じゃあ、力ずく?」


 ちらり、意味ありげな視線をハックルに向けながら、挑発するかのように少年は告げる。
 下手に行動に出れば、神父が止めに入るぞ。そういう意味を込めた揶揄だ。

 だがテッシンに、二度も同じ手は通じない。


「まあともかく、ついてこい、エレコウとやら。無理になれ、とまでは言わんが、
 ともかく我らと共に来い、とだけ言おう。……それとも、それすらもだめだ、と申すか?」
「…………」





「――その後、テッシンとハックルの二時間にも及ぶ説得に折れて、
 奴はようやくこの地に、アムステラの中心へと足を踏み入れたのだ」
「はぁ……なんというか、マセてるんだか餓鬼なんだかよくわからない人間ですね、エレコウとは」
「それでは両者合わせてマセガキ、だな。まさしく、そういう人間だよ、やつは」


 冗談で流してみせる事ができるのは、年月のせいか、実力を認めたせいか。
 ユリウスは、まるでエレコウに何の蟠りもないかのように言ってのけるが、
 果たして内心ではどう思っているか。

 この男を相手にして、構えを解かせるほどの男。
 この男を相手にして、ある意味では追い詰めた男。
 この男を相手にして、勝ち逃げに近い成果を挙げた男。

 大乗流のエレコウ。
 二代続いた快王、大乗流の使い手。

 その彼と、彼女の主であるこの男、ユリウス=アムステラが、
 二度と手合わせをしなかったとは、とてもではないが思えなかった。

 ――きっと、最低でも後一度は、し合っている。

 それはティカの、確信にも似た勘だ。


「奴も存外に流されやすい性格だった……というよりは要領がよい奴だった。
 口では嫌だと断りながらも自然と快王の座には収まり、しかしどこの派閥にも所属はしていない。
 かと思えば時折宇宙怪獣を倒して己の保身を保ちつつ、しかし日々の全ては読書三昧ときている」
「要領がいい、というよりも、小ずるいというか、なんというか……計画的な何かを感じますね」
「その通りだ。奴は自分の生き方を、ぎりぎりの範囲で計画だてている。
 あれで少しは聞きわけがよくて、余の命にも従ってくれればいい駒なのだがな」


 くつくつと、さも可笑しそうにユリウスは笑う。
 そんな事はありえない、そう判ってはいながらも、
 "それ"を口にしてしまった自分を笑うかのように。

 "あの"エレコウが、誰かの命令に従う姿など、冗談でも想像はできないからだ。


「まあ、ともかくだ。あれはあれなりに、あれにしか体現できない技術と思想を持っている。
 それは余や、他の武人では決して会得する事のできない戒律だ。学べるものはない。
 だがお前は違う。違うだろう、ハイヌウェレのティカ。怪物の少女。そうだろう?
 獣を殺すためだけに技を極めた男と、獣相手でも引かず、何十匹と殺してきたお前だ。
 何か通じるものもあるだろう。奴を相手に自分を試してこい。それが、余がお前に与える命だ」


 学べるものなどあるのか。
 教えを請うべき物事などあるのか。
 それは誰にもわからない。ユリウスですら知りえないだろう。

 だが、それでも。
 命令は下され、そして――


「では、それがご命令とあらば。主君の命は、私めの価値に賭けて、遂げましょう」


 彼女は笑い、そして従うのだ。



続く