未確認動物部隊UMA テスト1


「ふぅ〜」

男は大きく息を吐き出した。息はこれ以上ないほどの純白、唇は細かく震えている。
当たり前である。ここは雪山、極寒の地。バナナで人が撲殺できるほどの寒さ。
そんな寒さのド真ん中。男は軍服一着で薄暗い個室の中、窮屈そうに手足を縮め、
来るべき時をじっと待っていた。



「大佐、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど。どっちが聞きたい?」

どれくらいの時間が経ったであろうか・・・。
あまりの寒さに男が、思考を放棄しようとした時、男の待ち望んだ声が個室に響き渡った。

「・・・そうですね、今すぐにも挫けそうなので、良いニュースからお願いします」

暫しの静寂の後、言葉を選ぶ。男の口内から吐き出された息は、またしても純白。

「おめでとう大佐。記念すべき24時間突破だ。耐久テストはこれにて終了だよ
 これでこの子も、ようやく実戦テストができるってものさ」

モニター越しの主から送られた吉報は、男の待ちわびていた内容だった。
この雪山で、『24時間過ごしてくれ』と言われた時は、どうなるものかと思ったが。
何のことは無かった。ただ、ただひたすらに・・・・・・寒かっただけ。
それはもう、幾度となく凍死するのではないかと思ったほどに。

「そうですか、やっと終わりましたか。これで開放さ・・・・・・悪いニュースは何ですか?
 追加で48時間耐久テストは、さすがに自分は勘弁ですよ博士」

ようやくこの、極寒地獄から開放されるのだ。空気を読まない延長サービスは御免被る。
大佐と呼ばれた男は、心の底からそう思った。ぬか喜びはノーサンキューである。


「あはははは、それも良いねぇ〜。でも残念ながら、大佐の予想はハズレだね。
正解は、『異星人が誇る例の人型兵器が、大佐に近づいている』でした〜」

「ッッッッ!!」

大佐と呼ばれた男は、思わず息を飲んだ。息を飲み込みすぎて、目の前がチカチカする。
なんて事だ、これなら延長サービスの方が何倍もマシだった。神に誓って本当だ。
自分が雪山で夢現の最中に見た、ろくでもない悪夢だと思いたい。

しかしモニター越しに浮かぶ映像には、間違いなく異星人が駆る巨大な人型兵器。
『羅甲』が恐ろしいまでに映し出されていた。
何をしているかまでは理解ないが、確認できるだけで5機もの羅甲が悠然と歩行している。
暖かい『ぶぶ漬け』でも食べて、お家に帰ってもらいたい気分だ。



「大佐、連中との戦闘データが欲しい。アイツらと戦ってくれない?」

男の茶化したような声が、個室に一際大きく響き渡る・・・。

「はい?たった1機のテスト機で、あの数の異星人共のお相手をしろと・・・正気ですか?
・・・ただでさえ凍えるほどに寒いのです。笑えない冗談は止めてください」

大佐と呼ばれたパイロットは、明らかな無茶振りに至極当たり前な反論をする。
こちらは、未だ敵に発見されてはいないものの。まだ、試作段階のテスト機風情が1機。
かたや、アムステラの栄えある巨人『羅甲』が、5機も編隊を組んでいるのである。
パイロットも恐らく、手練揃いに違いないだろう。楽観視する事ができようはずもない。
現役メジャーリーガーと、中年オヤジの草野球チームが、公式戦をやるようなものだ。

大佐と呼ばれた男は、そう思った。

「残念。冗談じゃなくて、命令でした〜。嫌な上司を持ったと思って、諦めるんだね。」

再び同じ声が、悪戯を心底楽しんでいるような子供の様な声が、男の耳に響き渡る。
言っている内容は、魔界の大元帥が配下に命令するような、無茶振りの内容であるが。
それをさも、『コンビニに行って、パンとジュースを買ってきて』レベルの気軽さで、
何の配慮も容赦も思慮も無く、モニター越しの男は言ってのけた。

「それに、見てみなよ大佐。アイツらどうやら狩りの真っ最中のようだよ。
狩りは狩りでも、人間狩りをね・・・・・・。人でなしだとは思わないか大佐殿?」

『アンタが言うな』と言いたくなったが、男は出掛かった言葉を喉の奥に飲み込んだ。
事実、モニター越しに映る映像が、男の言葉の内容と寸分違わず一致していたからだ。
惨い事をする・・・・・・。異星人は、非戦闘員の類や戦意を無くした者には手を出さない。
そう聞いたのだが、異星人にも屑が存在するようだ。何処の世界も変わらない普遍の理。
全く持って嫌になる。

「大佐殿は不服の様だけれど。僕らが今からする事は、人助けでもある訳だし・・・ね。
お偉いさんの方々の命令からも、何ひとつ外れちゃいない。何も遠慮する事は無い。
それに、僕の作ったその子と大佐なら余裕なハズさ。僕のお墨付きだ」

どうしようもない。こうなったら、どうしようもない。こうと決めたら変えない人物だ。
こんな雪山の、豪雪が吹雪く最中。24時間もの長時間、待機させられていたこと自体が、
十二分にファックな運勢だが。今日の自分の運勢は、これまで生きてきた人生の中で、
最も最悪だったと思って諦めよう・・・・・・。


大佐と呼ばれた男は、とりあえず今日の自分の運命を呪う事にした。


「・・・わかりました。ただし交戦するのは、その連中のみでお願いします」

大佐と呼ばれた男が、決意の言葉を搾り出す。これが人生最期の言葉かもしれない。
なんて色気の無い言葉だ。死んだ日にはいの一番に、あの男の枕元に化けて出てやろう。
あの男の事だから、驚きもせずに喜びそうなのが癪だが。

「了解したよ大佐殿。散って逝った彼らの分も、思うさま暴れてくるといい」

何も気にしない男の声が、死神の様な男の声が、コクピット内に響き渡る。
さながら、世界の終末(ラグナロク)に鳴り響く、ヘイムダルの角笛の如く。


「運が悪いのは、お互い様だ異星人!どうなっても知らねえぞ!!」

自分の目の前を、異星人の連中が何も知らずに通り過ぎるのを確認すると、
男は雄叫びを上げながら、コクピット内のレバーを握り締めた。
小高い丘が、凄まじい地響きと共に動き出す。轟音と共に、崩れ落ちる雪山。
そして現われたのは、淡雪の如く真っ白な大巨人・・・・・・いや、大猿人!!
噂に名高い、雪男イエティに良く似た、40mはあろうかという巨大ロボットであった。


お楽しみのせいか、吹雪の轟音のせいか、件の羅甲達は雪男に気付いていない・・・・・・。


「ガッ・・・・・・ヒュンッッ!」

最も後ろで進軍していた、羅甲が音も無く消え去った。
雪男が羅甲の頭部を『むんず』と掴み、自分の背後の大空へと豪快に投げ飛ばしたからだ。
当の羅甲は、遥か彼方の雪山へと激突し。無言のままに塵芥へと成り果てた。

残り4機。

「ゴウッッ!」

狙いを新たに定めた、雪男の乾坤一擲の力を込めた張り手が、羅甲を胴体ごと吹き飛ばす。
吹き飛ばされた羅甲は、目の前で歩いていたもう1機に衝突し。友軍共々沈黙した。

残り2機。

「ム・・・何が起こってッッ!!」

ようやく事態に気付いた羅甲も、振り向き様の頭上へと振り下ろされた雪男の、
力任せのハンマーナックルの前に、ひしゃげた格好で地面に埋まったまま動かなくなった。

・・・・・・残り1機。

「コイツ・・・まさかこれ程の性能とは、思いもしなかったですよ博士。
24時間寝てた後でもお構いなしでこの稼動率、ただのデカブツでは無いようだ」

動かしたのは初めてでこそ無いものの、初の実戦でこの悪条件の最中でさえも、
自分の思うがまま自由自在に振り回せる、その機体のパフォーマンスに素直に驚いた。
でなければ、奇襲とはいえこの短時間に、羅甲を4機も墜とせるハズも無いのだが。
後で博士に、キスでもしてやりたい気分だ。



「たいちょおー、面白いっスよ猿狩りィ。あと1匹になっちまったスけど、殺りまス〜?
 ・・・・・・なんだよォ。みんなしてダンマリかよォ。つまんねえなもう」

知らぬは当人ばかりなり。今まで『お楽しみ』に興じていた最期の屑野郎は。
背後に雪男が立っていてもなお、その異常事態に気が付かないままだった。
真打ちで現れた猿は、とびきりデンジャラスな大猿であった事に。

雪男は、最期の羅甲の頭部と脚部を掴むと、自分の頭上へと掲げ上げる。

そして・・・・・・力の限り引き絞ったッッ!!
誰もが想像しやすく説明すれば、力任せの雑巾絞りッッ!!
ただし、その行為に使用される力は、想像を絶するほどの怪力でッッ!!。

雪男自慢のビックコックの前に、少しずつ捻切られていく羅甲。
今までの行為への懺悔の時間を与えられたかの如く、少しずつ少しずつ瓦解していく装甲。
数分後・・・羅甲は真っ二つに捻じ切られ、上下共々積雪の上に落下した。




「ハァ・・・・・・、任務完了。直ちに即刻、最高速で帰艦します」

男は、吸い込み続けていた空気をドッカと吐き出すと、噴き出す疲労感に抗いながらも、
勝利の言葉を吐き出した。これ以上、何かをさせられれば本当に死んでしまう。
余韻もなにも関係ない。さっさと我が家に帰りたい。

「お疲れ様でした〜。あったかい珈琲で、お出迎えしますよ大佐殿」

「そいつは有難いですね」

大佐と呼ばれた男は、ようやくこれで寒さから開放されるな・・・と、一人ごちると。
大きく息を吸い込み、これから味わうであろう漆黒の液体に思いを馳せた。
この真まで凍えた身体には、あのクソ不味い珈琲でさえ格別だろう。
全くもって、今日は最悪の一日だった。今度頼まれても、絶対に耐久テストはしない。


ズシーン!ズシーン!ズシーン!


雪原に、巨大な振動音が木霊する。風の音にも負けない、勇猛果敢な雄叫びが。
力なき者の刃となる為に、力なき者を守る盾となる為に、我が身を惜しまぬ獣の声が。
あらゆる暴力の前に立ち塞がる、大地の番人の唸り声が。


「や、山が動いた・・・?」

地面に突っ伏した、唯一の生存者のか細い声は、吹き荒れる氷雪の轟音に掻き消された・・・。


続く