黒の兄弟 第9話



ジョニー・アズマの視線の先では二ラーシャとレイが目にも止まらぬ空中戦を繰り広げている。
そう推測される。それが推測でしかないのは二機の姿が同時に消え去ったからであり、
数秒おきにレーダーに移る幻狼の影のおかげで辛うじて戦っている場所が分かっている。

「たまんねえな、俺と殆ど肉体構造の変わらない兄貴があの最新型と互角にやりあうなんてさ」

彼の眼球は急加速にもピントがずれない様には出来ていない。
彼の骨と内蔵は空戦機に乗るために軽量化されていない。
彼の脳は敵との距離を瞬時に把握し本能に任せた動きでも最良の角度で飛び込める様には出来ていない。

「相手の癖を知ってるとはいえ、他の奴には絶対あんなマネ出来ねえ。あれこそ兄貴だけの特権だ」
「ボス、さっきから二ラーシャ様の機体の破片がボロボロ降ってくるのですが」
「全くの互角だ、あれは俺達の入れる領域じゃねえ。大人しくレベンネとかが来たときの為に
弾薬は温存しておけお前ら」
「ボス、幻狼が微かに見えている辺りに撃ち込めばロックオンしてなくとも援護射撃にはなるのでは」

メテオメタル発動後、リミッターを解除したフェニックス同様に超加速力を得た幻狼だったが、
それでもサイズ差はいかんともしがたいのだろう。数秒おきに見えるそのシルエットはダメージを受け
どんどん削られている。

「ボス、このままじゃあ見殺しですよ」
「大丈夫だ、本当にピンチなら意地をはらず向こうから助けを求める。
そうじゃないって事は不利に見えてるだけさ。兄貴はそういう男だ。それに今俺達が割って入っても
弾の大半はデストラクション級の巨体の兄貴の機体に当たっちまう。俺だって兄貴を助けられるならそうしたいよ」
「わかりました、我らはレベンネですね」

バーテンをしていた男はそれ以上のアズマとの口論を避け、現状待機するのがベストであるという
言葉に従い機体をアメリカ側に向ける。
残りのブラッククロスの者達もメキシコの現ボス代理とその副官に従った。


◇◇◇


メテオメタルによって背中に作られた青い翼の角度を調整し、リノアは再びビームライフルを構える。
その変化の様子は敵にも7型のスコープを通して伝わっていた。

「隊長!我々と遠距離戦を行なっているアンノウンに翼が!」
「フム、そのようだな。…形状からしたら放熱板の様だが」
「この流れでただの放熱板の訳がありません。恐らくはあれで飛行して一気にこちらの懐に飛び込むのかと」
「いや。隊長!あれは翼の一つ一つが精神感応で動くビットだと推測されます」
「いずれにせよ情報が無いから断定はできんな、いいか、今までどおりの間合いでビームライフルを凌ぎつつ
相手の翼の正体を見極めるぞ!!」
「了解です!」

自分達7型でのギリギリの間合い、すなわち銀虎のビームの射程の僅か外を包囲し
狙いを付けさせない戦術を選ぶ。中央で戦うラエルと援護するレクサンがいずれ片腕で戦う相手を
打ち倒すのを前提とした犠牲の少なく、かつ合理的な陣と言える。
だが、この選択によりメキシコ陸軍は大打撃を受けることとなる。

「全員いい具合の距離に並んでるじゃない。遠慮なく行かせてもうらうわ!」

これまでと同じ様にビームライフルの引き金を引く。
銃口から発射された一筋の熱線が7型の一機の装甲にある程度の損傷を与えその一撃は終わり
次の銃撃までの間包囲したメキシコ陸軍が一斉にハングキャノンを叩き込む。
そのはずだった。だが――――――

「な、なんだこの威力は!!」

これまでとは違い、引き金を引き続けるその銃口からは倍以上の直径の熱線が尽きること無く流れ続けていた。
瞬く間に一機の両足を融解させるとそのまま草刈機で雑草を薙ぎ払うように構えたライフルを振り
銀虎を囲む7型は突然射程も威力も照射時間も遥かに上昇したその一撃になすすべもなく倒されていった。

突如背中に現れた4枚の青い翼、最初メキシコ陸軍の隊長はそれを放熱板ではないかと推測したが、
まさにそれが正解だった。
今まで散々熱の処理に悩まされてきた銀虎に偶然生まれた放熱効率のいいこの新金属は実に渡りに船。
これにより試作量産用故の出力の上限を解除し、現アムステラにおける最高のビームライフルの一つとも言える
紫艶蝶の死穿砲に匹敵する射撃を広域に放つ事を可能としたのだった。


「敵機を囲む7型の半数以上が今の一撃で戦闘不能に陥りました!」
「撤退だ、これ以上の犠牲が出る前に脱出せよ。ラエルにも伝達を」
「わ、わかりました!!」

メキシコ軍がこちらに背を向け退却していくのを確認したリノアは、
煙を上げ使い物にならなくなった翼をパージし予備のエネルギーパックまで使い切ったライフルを
近くの羅道に投げ渡す。

「これ持って帰還しなさい。私はグーチェを救援してきます」
「はい、ご武運を」

身軽になった銀虎はランスを構え、未だ戦い続けるメキシコのエース機へと突撃した。


◇◇◇

「クソがぁー!!さっさとくたばりやがれ!!」

何度目かのマリアッチの斬撃がネオ・ペルセポネーの腕を切りつける。

「我が愛に抱かれ眠るがいい!」

リーパの唯一の射撃武器であるマシンガン、それゆえに通常のものよりも口径と弾速共に
段違いの作りとなっているそれがネオ・ペルセポネーの足を撃つ。

既に1対2の戦いが始まってからかなりの時間が経過している。
碌に反撃も出来ず防御一辺倒となっていたペルセポネーの四肢には数え切れない傷跡が出来ている。
だが、大型機が相手でも有効打となりうるマリアッチとリーパの攻撃を受け続けても
未だ最初に失った腕以外は健在だった。防御姿勢でいるとはいえ明らかに装甲が変質している。

そう、グーチェに与えられたメテオメタル・グリーンエナジーは四肢を硬質化させ
機動力を犠牲とし強靭な盾とする効果を持つ。
単騎で飛び込み敵陣を駆け回る事を得意とするグーチェには不向きな性質かつまだ実験段階なので
出来れば使わずにいたかったのだが、現在はその効果が彼女の命を繋いでいた。

「ラエル!後方の部隊がダメージを負い戦線を維持出来なくなった。お前も撤退してくれ!!」
「ーっチッ!もう少しで倒せそうなのによ!」

突然の味方からの撤退命令の通信を聞きレーダーで確認すると確かに味方機が次々と引き下がっている。
しかも、7型の相手をしていたライフル装備のアンノウン機がランスを構えてこちらへと近づいて来ていた。

「ブラッククロス!今回は見逃してやるが次はねえと思え!」
「…引くのかメキシコの同志?仕方ない、じーじの仇を討ちたい所だが、今回は国の為
この機体をロシアに持ち帰らねばならぬ。無理はできんか」

リノアが合流し2対2になる前にエル・マリアッチは離脱し、その後を追う様にリーパも飛び去って行った。
こうしてメキシコ陸軍と飛鮫の別働隊は幸か不幸かレベンネの情報すら知らぬまま国境付近から
完全に姿を消した。

「お待たせグーチェ」
「サンキュ、後3分遅かったら死ぬとこだった」
「これで後はレベンネを運んでいる誰かさんを回収するのと、後は」
「『あれ』だな」

二人は上空を見上げる。
高速戦闘を繰り広げていた幻狼とフェニックスの戦いもまた終りの時を迎えようとしていた。


◇◇◇

メテオメタル・レッドアイズにより多数のカメラから相手の攻撃を立体的に捉え
最小の動きでかわすことが可能となっていた幻狼。
だが、フェニックスのリミッター解除後のスピードはその上を行っていた。
一度に四肢の数箇所から放たれるエネルギーブレード。
その全てをかわすことは出来ず、62秒の間無残に切り刻まれ続けていた。


「お前は良くやったよ。この幻狼をここまで傷つけるなんてな。
でもこの勝負はお前の負けだ。俺はこの状態でもまだ戦える」

所々剥き出しの回路がショートしそれでも飛行能力が維持されている幻狼。
それに対し見た目は全くの無傷のフェニックスはリミッター解除の反動で動けず、
重力制御装置のおかげで浮遊こそしているものの回避すらままならない。
ボロボロの機体で攻勢に移った幻狼の機銃や鉄拳をなすがままに受けている。

「うわああああああ!!!」

リミッター解除の反動でのダメージに加え相手からの攻撃の痛みで悲鳴を上げるレイ。
勝利を確信した二ラーシャは自らの勝因を語りだした。

「何でこれだけぶっ壊されて動けるんだと思ってるだろ?確かにこれだけでっかい
機体を宙に浮かせてるんだからパーツ数個破壊すれば普通は地上に落ちるわよね。
でもさー、実はこいつ合体を前提としたロボな訳よ。で、お前に切らせた部分は
殆どが単機では使ってない部分、残念ながら今の戦闘には関係無い箇所」
「そんな事が!」
「出来るんだなこれが。それとお前さん限度いっぱいまでエネルギーブレード出して
切りかかって来てたろ?だから同時に二本以上で斬撃を出す時どうしても熱量の高低が
生じるから、全部はかわせないからその時その時で一番熱量の低いブレードだけ
よけるの諦めてくらってたのよ」
「なんで、なんでそんな事までわかるんだよ」
「弟の事だからな皆知ってるさ。お前とは逆に密度の高い強固な肉体をベースにしたNO.3、
開発計画だけが残ったお前の弟か妹にあたるNO.7の事もな」
「何を言ってるんだ!?誰なんだよあんたは!」
「はー、やれやれ。本当に覚えてないんだな。まあいいさ、ちょっとだけ眠ってもらうわよ。
またブラッククロスで仲良く―」

二ラーシャに通信が送られたのはその時だった。
アズマの慌てた声が響く。


「兄貴!レベンネの運び屋が到着しました」
「あっそ、こっちは手が離せないからあずにゃんに任せるわ」
「そ、それがチカーロ様から直接話を聞かないと止められないと言って聞かなくて。
力づくで止めようとしたら逆にこちらが…ザザー」
「おい、あずにゃん?」
「ザ…ザー…目標地点とーちゃーく」

切れかけた無線から聞いたことの無い女の声が微かに聞こえてくる。

「ザー…ふぁいなるレベンネあたーっく!どっかーん!」
「ちょっとまてコラァ!!」


(続く)