黒の兄弟 第10話



「ザザー…そーれどっかーん!」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

レベンネを運んでいたと思われる女の声を聞きニラーシャはアズマのいた方へ全力で飛行する。
フェニックスの攻撃で開いた傷口から部品がバラバラ落ち、自身も目と脳を酷使したばかりで
レイ程ではないがフラフラなのだが気にしている場合ではない。

ここまでの情報、チカーロがどういった人物か、リノアがレベンネについて語るときに
僅かにためらった事、突然切れた通信、アメリカの方では民間組織ブラッディウルフにまで
作戦が漏れているのにメキシコ側ではレベンネの情報がアズマの出発予定前まで全くなかった事、
それらを統合した結果二ラーシャはレベンネの運び手が到着してもメキシコの大地ごと敵味方全滅する
可能性は低いと見ていた。

だが、止めようとしたアズマが返り討ちに会いマイクから聞こえきたのは何考えているか分からない
ちゃらんぽらんな女の声だというのなら話は別。
運び屋がアホなら何かの間違いで自分ごとメキシコ消し飛ばす可能性は十分にある。
二ラーシャはこの作戦を立てたチカーロを信じてはいたがそれと同じぐらいに先程の声のヤバさも
悪い意味で信じていた。間違いない、声の時点でわかるほどだ。アレは強化人間かそれ相当の非常識人だと確信する。

全力飛行から数十秒、上空からアズマ達の待機していた地点を確認するとニコイチで組み立てられた
彼らの羅甲が全部本物のスクラップになっていた。その数十メートル横、10人程の人影を見て
アズマ達は脱出だけは出来たのだとホッとするが彼らの見ている方向の先に埋まっているモノを見て
二ラーシャは絶望する。そこにはドラム缶を10倍大きくしたかの様な特殊弾頭が白煙を上げながら
地面に突き刺さっていた。その地点から50メートル程離れた所では大型弾頭様特殊ライフルを構えた
強化人間専用羅甲。見るやいなや二ラーシャは回線を開きそちらへと叫ぶ。

「だっらー!!本当にレベンネ撃つアホがいるかぁぁぁ!!!!!!!」
「んむー?声はすれども姿はみえず。あ、上ですかー」

頭部を左右に振った後上を向き返事するパイロット。直で聞いても何かテンションがおかしい。
重要任務に就いているものとは思えないユルさだった。

「取り敢えずまずこれ聞くぞ、これいつ爆発するんだ!?」
「ご心配無く、私の今準備している反応剤入りの二射目を地面から飛び出てる弾頭にぶつけない
限り無害。むーがーいー。という訳で第二射発射よ〜い」
「撃つなっての!俺はお前が撃つの止めにきたんだよ」
「そういう貴方はどなたですかいな。作戦実行者のチカーロ特務中佐本人か同等以上の権限持った人
の言うことしか聞けないでやんす」
「俺は違うけどアムステラの特務中佐ならこっちに一人いるわよ。うぉーいリノア!出番だぞ、生きてるわよね?」

二ラーシャはメキシコ軍を退却させたばかりでまだ国境に到達してないリノアに通信を開き
ここまでの状況を伝える。その後、間もなくして軽装になった銀虎と片腕のネオ・ペルセポネーが
視界に入ってくる。
一口に特務中佐と言ってもその権限は各自で違っており、
実質的な階級ではリノアの方がチカーロよりかなり下になるのだが、相手の要求はチカーロと同等以上の地位
なのだからリノアとチカーロが実際に顔を合わせている訳でもないし、リノアでも止められるだろうと
二ラーシャは推察していた。
だが、事態は彼の予想外の方向へと突き進む。

「こちらブラッククロスメキシコ支部支援活動中のリノア特務中佐です」
「はいよー、…あれ?リノア?それにそっちはグーチェ?何してんの?シンガポールでバカンスタイムじゃ」
「成程、ミューが今回の運び役でしたか。ミュー、私達はチカーロ中佐から貴方の作戦中止を
伝えるよう命じられてます。レベンネの発射は取りやめてくれますね?」
「おっけ、黒玉の方は地面にうっちゃったけどそれ掘り起こす」

僅か10秒足らず、言葉にしてお互い二・三言ずつ。ここに来るまでに多くのブラッククロス達を
悩ませたきかん坊は二ラーシャが予想する以上に素直にリノアの指示に応じた。

「ってか知り合いかよお前ら」
「おいっすミューと申します。いつもリノア達がお世話になっとりゃす」
「彼女は私と同じ元ロイヤルナイツの一員よ」
「言語能力以外は信頼出来る奴さ」
「元じゃないってば、今だってロイヤルナイツですばーい。ただ今回はたまたまこんなの乗ってるだけで」
「なるほどねぇー」

今回の運び役がリノア達と親しい人物という情報、即ちリノアさえ無事ならばレベンネの発動は
確実に止められるという事であり、同時に二ラーシャは自分のこれまでの推測が正しいだろうと確信し
この作戦の本当の意味を知っているはずのリノアにそれを確認する。

「リノア、あのさ聞きたいことが―」
「ブラッククロスッ!お前達の好きにはさせないぞ!!」
「チッ、もう回復したのか!若い子は元気だねえ」

自動修復の終了したフェニックスが幻狼に飛びかかりリノアへの質問は遮られた。
そして傷の塞がったフェニックスと違い幻狼はもう数撃で落とされる状態のまま。
再び戦えば自分の負けは確実、そして銀虎もネオ・ペルセポネーも飛行する相手に
マトモに戦える武器を使える状況ではない。唯一戦えそうなミューの機体もここに来るまでに
補給なしで相当連戦してきただろうからあまり期待は出来ない。

だが、二ラーシャは狡猾な男だった。ぶつかり合えば負けることを即座に判断し、
彼は地面に半分埋まった黒いレベンネ弾の前に陣取る。

「ほらほら、お前さんの探してたレベンネだぜ。俺ごと切ってみるかい?」
「く、くそっ!」
「まあお前が攻撃しないのなら、…俺が叩いちゃうんだけどね!」

そう言うと共に幻狼の鉄拳がレベンネのてっぺんを全力で殴りつけた。
衝撃を受けた黒い円柱に大きく亀裂が入り、外装が崩れる。

「何をしてるんだよ!」
「黙ってなボーイ、別にこれでメキシコや俺達が海ななったりしねーよ。すぐわかるさ」

レベンネの外装が衝撃で完全に剥がれ落ちると、中から大きなレンズと電気配線で繋がった
ボックスが現れた。ボックスから数度読み込みの音がするとレンズを通して空中に人の姿が映し出される。
紫とピンクを基調とした趣味の悪い服、褐色の肌に白い体毛、頭はアフロボーボー。
悪名高きチカーロ中佐その人が30m程の立体映像でご登場である。

『米軍の皆さん、これを見ているときアナタたちは既に敗北しているのです』

◇◇◇

【同時刻・アメリカ中央基地】

「ふふん、米軍の皆さんは頑張っていらっしゃるようで何よりです」

アメリカ基地内に次々届くブラッククロスとの戦闘と勝利の報告を聞きながら
飛鮫騎士団長アンドレは長年の友人と共に優雅に紅茶を口に運んでいた。

「到着早々『レベンネ』なる兵器がメキシコに向かっていると聞いたときは
心配しましたが、向こう側に送ったフラグマン達はそれらと出会う前に十分な戦果を上げて
撤退したと言うし実にいい展開です」
「へえ、一応は心配してたのね」
「私とて冷血漢では無いのですよぉ。それにあちらの部隊には…いえ何でもありません」

レクサンとの密約を口に出してしまいそうになりアンドレは話題を変えることにする。

「今回の戦場はメキシコ、だが私達はこうして待機しているだけで仕事を果たしている事になる。
実に美味しい仕事だ、そうは思いませんフェミー?」
「…グラニMで米国空軍と一緒にレベンネとかいうのを探さなくて良かったの?」

アンドレに対しフェミリアは当然の疑問をぶつける。
飛鮫騎士団の機動力と索敵精度ならレベンネを運ぶ敵を見つけるのもより容易になったのではないかと。

「ノォンノォン、あいにくこのアンドレ達は米国の事情や地理に疎いのでしてね。
彼らと共同作戦をするよりはと、イザというときの基地との伝令役を買って出た訳なのですよ」
「足の早いグラニMが基地にいるからほぼ全ての空軍が探索を行えると」
「シュッティ〜ル(そういう事)」

相変わらずヤバイ仕事を避けながら高い評価を得るのが上手い男だなとフェミリアは思った。
だが、この基地の留守番役しか出来ない自分達PG隊が彼らのやり方に文句を言える立場ではない。、

それに、アンドレがメキシコ攻略の手助けに偶然来ていなかったらフェミリアは
飛び交う米国空軍と溢れかえる情報に翻弄され右往左往するしか無かっただろうし、
自らも『詐欺聖女』と呼ばれる程に過去に他者を利用してきていたフェミリアは
アンドレのそういう立ち回りを好んですらいた。

「アンドレ、貴方には本当に感謝しているわ。おかげでこっちでのアルヘナーガの
売り込みも上手く行きそうよ」
「それは何よりです」
「こっちでの売り込みが終わったら次はレゼルヴェに行く予定なんだけど…、
アンドレも一緒に来ない?ヴァルル様のお墓も見てみたいし」
「…見てみなさいフェミー、アメリカ南部全域に調査の手が伸びて後はメキシコとの国境を残すのみですよ」

故郷を捨てた父の話をスルーすべくアンドレは米国軍各部隊の報告を元に彼らの位置を記した
地図を指さしてみせる。

「んもう、アンドレってば。そろそろお父さんの事ちゃんと向き合わないと…どうしたの?」

フェミリアが心配そうにアンドレの顔を覗き込む、その表情は先程までの優雅に紅茶を飲んでいた時とは
打って変わって険しいものになっていた。そんなにもヴァルルの話をしたくないのだろうかと思ったが
どうやらそうではない様だった。

「フェミー、米軍の人にこれまでレベンネ探索中に接触した敵軍の記録を貸してもらって来てもらえませんか?」
「え、何で」
「速く!」
「わ、わかったわよ」

フェミリアから受け取った書類の一部をざっと流し読みし、それにつれアンドレの顔はさらに険しくなっていく。

「これも…これも…、レベンネを追って出会った敵は全部ブラッククロスか」
「おかげで難なく倒せたのよね」
「おかしいと思いませんかフェミー?米軍が得た情報通りならこの作戦はアムステラにとって
大きな一手です。敵の本隊は、一体今どこにいるのでしょう?」
「それは…」
「メキシコ国境まで縦に伸びた戦線を見てふと思ったのですよ。もしこのアンドレがアムステラの指揮官なら
今の状態の米軍を横から殴りつけて、基地の一つや二つ容易く落としてみせれるのではないかと」

フランスから来て滞在中に偶然レベンネの事を知らされた部外者であり、
今回の指揮官クラスの人間の中では誰よりも利益に五月蝿い男。
そんなアンドレだからこそ客観的に現状の不味さに誰よりも早く気付く事が出来た。
丁度それはメキシコ国境で二ラーシャの推理が完成したのと同時であり、今回の作戦における
地球軍側のタイムリミットでもあった。

「て、敵襲です!数は多数!全機出撃準備できしだい出てください!」

アンドレの予想が的中した事へのファンファーレのごとく警報が鳴り、
グリーンベレーの男が二人の元に走ってくる。

「防衛の戦力が足りません、外部者にこんな事を頼むのは申し訳ないが手を貸して頂けませんか?」
「もちろんですよぉ〜(帰りてぇ〜〜〜)」

留守番は飛鮫騎士団にお任せあれと言った手前、米軍を見捨てる事は出来ない。
化粧が崩れそうな程汗を流しながらアンドレは親指をグッと突き立てた。

◇◇◇

【再びメキシコ】

思い返してみるとチカーロはレベンネを止めろと言っただけであり、
レベンネがアムステラですら禁じられた超兵器だと言ったのはリノアだった。
こんな重要な情報を自らの口で説明しなかった事から二ラーシャの疑いは始まった。
チカーロは自分が禁じられた兵器を持ち込んだと言えない事情があったのではないか、
そして、情報の漏れる方向を何らかの理由で制御しているのではないかと。

そして、メキシコ陸軍との戦いの中、結局ミューがここに到着するまで
チカーロの支援は何も無かった。彼ほどの人物ならばメキシコ支部のブラッククロスが
壊滅寸前の弱体組織である事は知っていたはずだ。
つまりチカーロにとってレベンネは発動してもしなくてもどうでもいい存在、
いや、リノアの言うとおり使用する事が重罪ならばレベンネは決して使われてはならない。

レベンネを使ってはチカーロは破滅、レベンネを運ぶミューをメキシコ支部が止められないのに支援が無い。
一見矛盾するこの二つを満たす答えは二つ。
チカーロが既に戦死している、あるいは―

「僕達は偽情報に踊らされたっていうのか!?」
「そゆこと、さすが『吸血チカーロ』だわ。アメリカ軍の動きだけでなく俺達の存在や
自分の悪名すら計算に入れてこんな事するなんてな。正直マジムカツク。
で、お前さんはどうするよNo.06。俺ら全員と泥仕合してく?それとも今すぐアメリカに
レベンネなんてないですよーって伝えに行く?俺としては後者オススメ」
「…」

何とも歯がゆいがレイの取れる選択は一つしかない。エネルギーの尽きかけた特機と
豆鉄砲しか持ってない羅道相手ならフェニックスの特性上負ける事はないだろうが、
北の方で無駄に散開し消耗を続ける米軍と姉達にこの事実を伝えないと間違いなく
取り返しのつかない恐ろしい結果が待っている。

「僕の名前はレイ・ウィンドワードだ。今度会った時にまた変な呼び方したら真っ先に倒してやるからな!」

それだけ言ってレイは超音速で飛び去って行った。

「ふ〜、あいつが物わかりのいい子で助かったぜ。リノア、お前さんには色々聞きたいけれど…
取り敢えず…今日はもう帰って寝るわ(-_-)゜zzz…」

この戦いで二ラーシャ率いるシンガポール支部は黒鉄蜘蛛と4機の羅道を失い、
メキシコ支部は全ての戦力を失った。
他にもブラッククロスはいくつかの北米エリアの支部が打撃を受けたが、
それらはメキシコのアズマ達と同じぐらいに評価の低い者達ばかりだった。

地球連合側の被害は残党狩り気分で出撃したメキシコ陸軍は予想外の敵戦力により
10以上の7型と6型を失い撤退。
そしてアメリカ軍は戦力が伸びきった所をアムステラ本軍に突かれ、ブラッディウルフや
飛鮫騎士団そしてO.M.Sの傭兵にPG隊らの協力で全ての基地を守りきったものの、
基地への帰還途中に他の部隊と孤立した中隊が5つ壊滅的損害を受け、防衛に成功した基地も
敵の攻撃で機能復旧に当分の時間がかかることとなる。

(続く)