黒の兄弟 第7話


地上には15前後の人型と蜘蛛風アンノウン。
空にはこれまた大型のよくわからない敵。
どっちにも戦力不明の大型機があるのならば取れる戦術はただ一つ。

「無理をする必要は無い。このまま空中から近づき、大型の正体不明機を避けつつ羅甲を
なるべく多く落とし危険フラグを感じたら帰還するぞ!」

フラグマンの指示は飛鮫騎士団の特徴に沿った実に的確なものだった。

「レックス、レナス、レクサン返事は…って誰もいねェー!」

だが、今回の戦いにはレクサンの乗るリーパがついてきている。
変形機能が失われ人型のまま推進剤を多量に噴かして最後尾に付いてきていたのだが、
ここまで来た時点でちょうど飛行限界だったリーパはフラグマンがしゃべってる間に
地上へと着陸しており、レクサンの傍を飛んでいたバガーノ兄妹も彼女に続いて
地上形態にグラニMを変形させ降り立っていた。

「フラグマン、早く降りてこいよー」
「レクサンが空戦できないから全員でフォーメーション組むには地上戦しかありませんわー」
「わ、わかっている!自分が降り次第固まって移動するぞ、こちらは数が少ない上に
相手の戦力が初期の予想より多いから決して離れ」
「行くぞ、ブラッククロス!このアレクサンダー・シュタインドルフ三世が相手をする!!」

フラグマンの言葉が終わるよりも早く白い機体が動き出す。
祖父譲りの目にもとまらぬ猛ダッシュだった。

「離れるなって言ってるだろー!糞、こんな事なら注文にはなくてもリーパに遠距離武器を
搭載しておくんだった!」

これにはフラグマンだけでなくバガーノ兄妹もビックリ。
本音を言うともうこんな言うこと聞かない女ほっといて三人で帰りたいところだが、
彼女が戦死したらアンドレとロシア軍に何言われるか分からない。
仕方なく三人は全力でレクサンを追う。

だが、空にいるときとは逆に地上での移動においては射撃武器は防水マシンガンのみという
漢らしいシンプル武装のリーパの方が圧倒的にグラニMより早い。
飛行形態に再度変形し空から追いつけばよかったのだが、テンパっている
飛鮫トリオにはその考えに至ることは出来ず。ただひたすらにグラニMを
走らせてリーパの爆走する敵陣へと乗り込んでいってしまった。
と、その時重大なことに気づいたレックスが妹に呼びかける。

「おいっ、レナス!飛鮫ラインを超えてしまったぞ!」
「それがどうしたというのですの!」
「これ以上近づくと命が危険じゃないか!アンドレ様に実戦では相手が無力化されるまでは
距離を維持しろって言われてただろ。見てのとおりメキシコはまだ予定外の戦力があるんだぞ」
「私だってポンコツだけじゃない敵集団に突っ込むのは嫌ですわよ。
でもレクサンを見捨てたらお兄は間違いなく家督相続権を失いますわよ。
それでいいのならどうぞお逃げになりなさいな。私は行きますわよ。お兄と違って損得を理解していますから」
「わ、わかったよ。俺も戦うからさ」

そう答えたが、言葉とは逆にレックスのグラニMの足がピタリと止まった。

「お兄?」
「い、いや別に俺だけ安全な距離にいたいわけじゃない。そういうわけじゃないんだ。
でもあの黒い蜘蛛のサイズならここからでもランチャー撃てば当たりそうだよな」

しどろもどろになりながら言い訳をするレックス。
内容は間違ってもいないがその声色を自己保身に満ちた醜いものだった。

「レクサンに追いついて説得して引き返させるのは三人でやる必要は無い。
その間に俺があの蜘蛛に何発か攻撃を当てる。ほら、アレが噂の『テッキグモ』なのかは
わからないけどさあれの同型は極東のスーパーロボットも苦戦したらしいじゃないか。
それに有効打を与えたなら退却の言い訳も立つ、そうだろ?」
「…ですわね。お兄にしてはいい考えじゃないの」
「だ、だろ?だから俺はここで待機していていいよな?」

レナスからの返事はワイヤーロープだった。レックスの機体に牽引用のワイヤーが
絡みついて強引に引っ張られる。

「何をするんだっ、アンドレ様から頂いた機体が痛むだろ」
「ほらほら、傷を付けたくなかったら自分の足で前に出なさいな。さっきの作戦には一つ穴がありますわよ、
あの蜘蛛でっかいですけど、お兄の射撃では的にするにはまだ小さすぎますわ。
よってランチャーぶちかまし役が私、フラグマン中尉がお兄をサポートしキリキリ前に出す役、
そしてお兄の唯一の取り柄が私達よりレクサンに好かれている事ですから連れ帰るナイト役は
任せましたわ」
「ちょ、ちょっと考えさせて」
「後ろから撃ちますわよこのゴミクズッ、フラグマン、お兄が逃げ出したらクビにしますから
ぜっっっったいに逃がしてはなりませんよ」

情けない声を上げながら逃げるように前進する兄と召使いを見送り自分が安全なポジションを手にした
レナスは戦況に眼を凝らしつつ遠距離砲を黒鉄蜘蛛に向け引き金を引いた。


◇◇◇


「報告します。グラニタイプアンノウンの初撃は求婚。メキシコ支部の羅甲を守るために
立ちはだかったこちらに真っ直ぐ突き進み『投降しろ、罪を償った後の生活の保証はしてやる。
私の婿もしくは嫁となるのだ』と通信してきました。声は推定女性」
「その求婚での被害は?」
「機体へのダメージはありません。操縦者も我々全員無事。精神感応によるフェロモン拡散兵器や
音波砲などではなく純粋に降伏勧告の一種と見ていいと思われます」
「よし、『お前がブラッククロスに嫁入りしろ』と返してから攻撃を開始する」
「ラジャー」

黒鉄蜘蛛の内部、隊長のダ・ガーの指示により攻撃が開始される。
11人の部下の一人バグ・ナグが通信を担当し、
ベア・リングが照準を合せ、
カッター・ナイフとデリンジ・ヤーの二人が火器と移動を担当し―、

副隊長アイス・ピック
黒鉄蜘蛛予備操縦者メタル・ネイル
腕力自慢チャッカ・マン
整備兼任シャープ・ペン
衛生兵メリー・ケンサック
買出し担当フィッシュ・フック
乙女座B型ラ・メーン
以上の残り7名は今はやる事ないので邪魔にならないように縮こまらせて四隅にじっとしている。

「…あのさアイス副隊長、ネーミングに一言物申していいじゃん?」
「作戦中だよラ・メーン。カラオケ大会じゃないんだから私語は禁止」
「いや、だって俺だけ食べ物っておかしいじゃん。皆は暗器なのに
俺のコードネームがラーメンはおかしいじゃん!」
「ラーメンは暗器さ。21世紀のジャンプは幻術ブームだったが、その中でも
三人の無茶強いラーメン使いの幻術師がいた。
ラーメンの汁を相手の顔に飛ばし強制的に帰還させる川平のおじさん、
笛を自在に操り幻術バトルを制覇したがそれとは別にラーメン拳の使い手のジャガーさん、
ラーメンで主人公を油断させるのには失敗したが親友の月島さんのおかげで
作戦成功を果たした初代死神代行銀城さん」
「三人目ラーメン役にたってないじゃん!」
「ラ・メーン、声を落として。隊長に聞かれたら怒られる」
「ごめんじゃん…。でも食べ物の名前かっこ悪いじゃん」
「そういう考えは良くない。僕は戦場でバウム・クーヘンなんて偽名の戦士を聞いた事がある」
「じゃん」

ラ・メーンは顔も知らないバウム・クーヘンの姿と彼がそんな凄く弱そうな名を
名乗るに至った経緯を想像し、自分は恵まれてるなと考え直した。
ラ・メーンが大人しくなったその時、丁度黒鉄蜘蛛の有効射程に相手が自ら飛び込んでいた。

「ガトリング掃射!触手展開!」

黒鉄蜘蛛の腹部から生えたガトリング砲から数百発の弾丸が飛び出し
頭部から伸びる触手と共に地のリーパを狙う。
だが、

「遅い!私の胸を撃つには速さと情熱が足りないぞ!」

軽々と回避され懐へと潜り込まれる。
リーパの運動性能の高さもあるが、この黒鉄蜘蛛が本物の鉄騎蜘蛛より遥かに遅いのが
一番の原因である。

そもそも量産型ならばともかく、純正の鉄騎蜘蛛がブラッククロスにホイホイと
いくつも貸し与えられるわけがない。
この黒鉄蜘蛛はガワだけを鉄騎蜘蛛に似せた全くの別物、鉄騎蜘蛛の威を借り
相手の戦意を削ぐ事が目的の一つとされた兵器であり、総合力は量産型鉄騎にすら劣る。

ガトリングを避けながら側面に回り込み、飛行用バーニアを噴かしてリーパは跳躍。
無防備な球状の胴体に拳を振り下ろす。

「リリカァァァァル!」

グワッショイ!
殴りつけられた部分が拳型にヘコみ、そこを起点に外装に横方向の亀裂が入った。

「装甲4割破損、左面脚部第一配線断裂による旋回速度低下です」
「皆、大丈夫か」
「うわわわわ、凄い音した!ワッショイって音がしたじゃん!」
「落ち着いて、ラ・メーン。隊長、ラ・メーンが怖がってますが待機組全員無事です」
「蜘蛛操縦組、装甲の破片がベアの頭に刺さりましたが問題無し」
「よし、このまま出来るだけ戦闘続行する。足掻いて敵の燃料と武器を消耗させてやれ」

グラニ系が相手とはいえ少数相手に負ける事が前提の指示、それはこの機体が鉄騎蜘蛛とは
全く異なる運用手段である事を如実に表していた。
ダ・ガーの指示に隊員は実直に従う。だが、それは決して死を覚悟したという事ではない。


◇◇◇


一方、リーパの格闘攻撃の一撃で白煙を上げ体勢の崩れた敵機を見て
フラグマンは三つの事に驚く事となる。

「黒い鉄騎の方へ行った時はどうなるかと思ったが…、調整した俺が考える以上に
リーパの地上性能は高かったのか」

フラグマンの驚愕一つ目。
超強敵、というか勝負を挑んだらその時点で負け確定の鉄騎蜘蛛に一発で大打撃を与えたレクサン。
フラグマンの理解の外にあるその強さの秘密は彼女の使う体術にある。

『ガモンシステム』。
クロスカントリースキー王者にして格闘家でもあるロシア系日本人、油谷牙門が生み出した
戦闘システムである。特殊な歩行法により両足と地面の接地面の摩擦を極限まで減らし
氷の上を滑るかのように素早く自在に移動するというその理論は、全身の筋肉の柔軟性と
片足立ちで上体を反らした状態から全力で突きと蹴りを放つことが出来る程のバランス感覚が
あって初めて実現可能という開発した本人以外では使いこなせる者がいないトンデモ論とされていた。

油谷牙門が己の武術理論を世間に証明するがため地下プロレスでその生涯を終えた事で
ガモンシステムの使い手は居なくなったと思われた。
アムステラ戦争開始と共にロシアで怪物が咆哮するまでは。
その怪物の名はロシア陸軍大将アレクサンダー・シュタインドルフ。
彼が雪上でゴーリキーを用いて数多のアムステラ兵を屠った操兵術、その根幹としてガモンシステムは
この世に復活を遂げた。
そして今、彼の孫にその術は引き継がれている。

「だが、それにしても手応えがなさすぎる。俺も直接戦った事はないがブラッククロス所属とはいえ
鉄騎蜘蛛とはこの程度の存在だったのか?警戒すべきフラグの臭いがするな」

フラグマンの驚愕二つ目。
その超強敵のはずの鉄騎蜘蛛、すげー弱い。
接近して殴りかかるリーパへの対処に躍起になっておりフラグマンに対しての攻撃は
半分以下となっているがそれを考慮しても命中精度も、いや、そもそもガトリングの口径も
弾速も通常の砲戦羅甲と大差ないし、触手の動きももっさりとしている。
そう、このまま行けば無傷のまま倒し切れる。だが、それなのに後方にいる羅甲も
特殊機体らもこの黒い鉄騎蜘蛛に支援を行わず、その多くは北方向を向いたままであり
こちらへは警戒を行う程度である。
蜘蛛を時間稼ぎの捨て駒にしようとでもいうのか、メキシコのブラッククロスの戦術は
そこまで未熟だったのか。それならば楽でいいのだが―。

「レックス気をつけろ、この蜘蛛何かあるぞ」
「大丈夫だって。こいつ近くで見ると溶接痕だらけだし、主砲も存在しない。
それにさっきからギーギー軋む音がしているからそろそろ壊せるんじゃないか?
よっと」

フラグマンの注意を聞き流しながらレックスは5本目の触手を切断する。

フラグマンの驚愕三つ目。飛鮫ラインを越える辺りからピーピー泣いていた
レックスがいざ有効距離になると自分から進んで接近戦を挑んで行った事。
逃げずに自分の陰に隠れてへっぴり腰でマシンガン撃ってくれれば上出来と思っていただけに
これは嬉しい誤算である。とはいえ、ここまで態度が急変すると例え良いことだとしても
心配になってくる。

「レックス、この距離での実戦は初めてだろう。無理だと思ったらすぐ自分に言え」
「大丈夫だって、フラグマンは実の妹に後ろから押さえつけられながら
一国のエース級にバルカン全弾くらった事ってある?」
「残念ながら妹がいないのでな。いたらそんな死亡フラグも達成していたかもしれんが」
「それに比べたらこいつなんてどうってことないって気づいてさ。
ああー、これならもっと早く前に出てスコアどんどん稼ぐべきだったな」
「そういう時こそ危ないんだ。相手を甘く見るな」
「ハハハ、心配症だなフラグマンは。心配しなくてもこれで終わりさ。
合わせろよレクサン!鉄騎蜘蛛撃破の成果を持って堂々帰還だっ!」
「ああっ!」

殆どの足と触手が破壊され球体部分もベッコベコの相手に今日知り合ったばかりとは
思えない見事なコンビネーションでフィニッシュの連撃が叩き込まれる。
フラグマンは彼らの若さと才能に惚れ惚れとしそうになる。
まさにその時だった。


「損傷率86%、黒鉄蜘蛛戦闘継続不能」
「十分だな、では蜘蛛の子を散らせ。ここからが本番だ」
「ラジャー」

度重なる打撃と斬撃+たまに飛んでくるレナスの砲撃に耐えられず、
蜘蛛はついにその胴体がまっぷたつに裂ける。だが、その裂ける力が機体の内側からのものだった。

「な、なんだっ、何か起きている!?」

煙と轟音を上げる割れたボディの中から火中の栗のごとく12の物体が飛び出し、
それはグラニMの周囲に着地する。
フラグマン達飛鮫別働隊が事態を理解した時、戦況は取り返しのつかない変化をおこしていた。

「羅道(らどう)部隊全機無事脱出しました」
「そうか、やれ」
「ラジャー」

完全に虚を突かれ背後を取られた形だった。
レクサン、レックス、フラグマンの三人を囲んだ12の機体、
羅甲タイプだが一般の機体より3回りは小さいそいつらから一斉に銃弾が浴びせられる。

「うひぃぃぃ!?」
「レックスっ、レクサンっ、飛べ!引くぞ!」
「わ、わかった!」

防御をしながら飛行形態へと変形し脱兎のごとくその場から逃げ出す。
幸い相手の機体が小さい分所持する火器も小ぶりであり、
致命傷は避けられ全員が空中への逃走に成功した。
今度はレクサンも勝手をせず付いて来ている。
三人が逃げ戻ったのを見てレナスも合流し飛鮫騎士団別働隊は完全に戦場を脱出した。

「お兄!あのコゲ蜘蛛から出てきた小さい羅甲はなんですの!?」
「俺に聞かれてもな」
「ちらっと見ただけだが、スコットランド民間部隊のランスロードに似ていた」
「何ぃ知っておるのかフラグマン!婿になれ!」


フラグマンの感じた通り、羅道はスコットランド産小型量産機ランスロードを
参考にブラッククロスで作られたものである。
ランスロードとの違いは2点。頭部やカラーリングが羅甲ベースとなっている事、
そして機動性確保の為に小型になったランスロードとは違い、羅道の小型化の理由は
黒鉄蜘蛛の中に入り、そのまま操作する事にある。

その外観で敵を威圧する事が黒鉄蜘蛛の目的の一つ。
だが、この機体が相手に張子の虎だと思われ囲まれた時に黒鉄蜘蛛は真の目的を果たす。
全精力をこの機体の破壊に向けられ、正に撃沈されようとするその瞬間、
中にいる羅道が飛び出し相手の背後や側面を打ち抜く。
ただの羅甲だと手が大きすぎて黒鉄蜘蛛のハンドルが操作できず、パワードスーツだと
黒鉄蜘蛛が破壊される過程で耐久力が足りずに脱出に失敗する可能性が高い。
試行錯誤の末に出来たのがランスロードのサイズを参考に作った羅道なのである。

Dr劉がいない今、ブラッククロスはその開発力では地球組織にもアムステラにも大きく
遅れをとっていると言わざるを得ない。
だが、世界中に根を張る悪の組織である彼らはアムステラと地球の両方の技術を
参考とし、恥知らずにもそれらを堂々と模倣してみせる。

「リノア様、グラニM3機と正体不明機逃走しましたこちらの被害は黒鉄蜘蛛のみです」
「よくやってくれました。その羅道は装甲が薄いので無理をせず
これからの相手は私達がやるから援護に回ってください」
「ラジャー」
「―来た、噂をすればという奴ね」

飛鮫騎士団退場と入れ替わるように南から、やや遅れて北からも機体の反応。

「南よりメキシコ陸軍発見!こちらに気づいており攻撃を仕掛ける模様」
「北からも高速で空中から迫る機体が…こ、これはBMX-005『不死鳥』です!」
「フェニックス!?どうしてここに、いや、それよりもよりによってメキシコと同時に!くっ!」

正式名称BMX-005『不死鳥』、ブラッディウルフに奪われた今ではフェニックスという名で知られている。
ブラッククロス北米エリアの犯した最大の失敗の一つがこの機体を民間組織に奪われた事である。
その強さはブラッククロスのメンバー、そしてリノアも良く知っており、
その爆発力と特殊能力は一機で南から迫るメキシコ陸軍と並ぶ驚異と言ってもいい。

「心配すんなリノア、北のは俺がやる」
「えっ」

飛鮫騎士団を退けた直後の不運に全員が絶望しかけたその時、ニラーシャだけは余裕を持ち、
いや、その声はこの状況こそを待っていたのだとばかりに自信に満ち溢れていた。


(続く)