黒の兄弟 第5話


「じーじ、私もじーじ見たいな強い軍人になれる?いつかじーじと一緒に戦える?」
「なれるともさ。お前は血の繋がりはないがワシの孫だ。お前が正義の為軍人への道を
望むのならばワシは全力でそれを支持するよ」

故・シュタインドルフ陸軍大将は酒もタバコも女もやらず、また特別な条件下以外では
女性との性行為も不可能な不能者だった。

だが、己の正義に一点も背く事を許さない彼は男子として生まれた義務を果たすため
上司の娘を妻にもらっていたのだった。当然彼女とも性的な関係を結ぶ事は無かったが
彼女には前の夫との子供が一人いた。

結果、40代の頃には彼は童貞のまま孫を持つ身となりその孫の為に彼は彼女の願う事は
出来る限り叶えてやって来た。

だが、ただ一つだけ彼女の願いは拒絶される。
それは彼女が最初にしたお願い、『祖父の様な軍人となり同じ戦場で戦う事』。

「お爺様!私も兵として戦います!」
「だーめーだ、こればかりは譲れん。あの宇宙人どもはぜーんぶワシのモノだ!
いいか、お前の様な女子供が戦場に出てワシの楽しみを奪う事は絶対に許さん!」

祖父がおかしくなっていき、自分との約束を反故にされ、
そして多くの同志と共に祖父が亡くなり少女の夢は終わった。

「じーじ…嘘つき」

◇◇◇

【祖父の死後1年と少し後、メキシコ】

「あれっさん、起きるですわ」

誰かの声が聞こえる。

「ん…あれ、ここ暖かい」
「そりゃ、貴女のいたロシアよりは暖かいですわよ。うたた寝して昔の夢でも見てたのですの?」
「え、えーとおはよう」

寝ぼけてヨダレを拭きながら間の抜けた返事をする横ロールの女性パイロット。
それを起こすのは縦ロールの女性パイロット。

「全く、年の割に大人びた体つきしてるのに中身は相応に子供ですわね」
「し、失礼な!誰が子供だ!」

ようやく意識がハッキリしてきて少女はいつもしている様に背伸びした態度を取る。

「この私アレクサンダー・シュタインドルフ三世、両親と祖父によって成人軍人に値するだけの
教養は与えられてきた。…というか人の事を勝手にあれっさんなどと呼ぶでないわ!」
「だってアレクサンダー・シュタインドルフ三世なんて無駄に長いし女の子らしくないですもの」
「あれっさんのどこが女らしいと!?じゃがバターの事といい貴様の感性はおかしいぞレナス」
「じゃあ『レクサン』で」
「レクサン…普通そこはアレクとかであろう」
「『アレク』だとどこかの誰かと呼び名が被る気がしますわ」

レクサンはこの自分を起こした女性、レナスが苦手だった。
己の目的を達成する為に飛鮫騎士団に来てからというものの、彼女と一緒にいるとロクな事が無い。
隣で銃を暴発させるわ、アツアツのじゃがバターを無理やり口にねじ込んでくるわエトセトラエトセトラ。
レナスの方が自分より3つも年上のはずなのだが全然そうは見えない。
だが、そんな日々も今週で終わる。このメキシコでの仕事が終わればレクサンは晴れてロシアに帰国出来るのだ。

「そういえば、何で私を起こしたのだ?まだ作戦時間では無いはずだが」
「レクサンの機体のカスタムがたった今無事に完了しましたの」
「おおっ、そうか」

レナスと共に確かめに行くと飛鮫騎士団に配備されているグラニMに並び、
一機だけ明らかに違う機体が格納室奥に存在していた。
フレームこそグラニだが決定的に色々と足りてなく余分なものが代わりについている。
よく見るとその機体の足元には分解されたグラニM様のパーツがいくつも転がっている。

「フラグマン中尉よ、私の注文は全てクリアしているのだろうな?」

レクサンはグラニMのカスタムを頼んで置いた顔色の悪い男に問う。

「飛行機能の8割削除、変形機構完全撤廃、射撃武器は防水仕様のマシンガン以外排除、
パーツを除去した差分の重量は全部装甲と燃料タンクに回す、以上でよろしいですかね?」
「うむ、完璧だフラグマン!私の婿にしてやりたいぐらいだ!」
「自分は自分の半分の年齢の外国のエライさんの娘を貰うほどの度胸は無いのでお断りします。
しかし、これで本当にいいんですか?こんなにパーツを外したら地上戦ぐらいしかできませんよ」
「どうせ我が国にはグラニMの可変機構を完全に使いこなすパイロットも、
可変機を修理できるメカニックも足りぬ。私が欲しかったのはこの柔軟なグラニMの外面だけよ」

アムステラとの戦勝初期、モスクワ南部での基地攻防戦での失敗以降
ロシアのロボット技術は大きく後れをとっていた。
かつてアメリカと五分と言われた軍事力はそこには無く、
スーパーロボットと量産機共に旧型と言われるものしか揃っていないという厳しい現実。

レクサンが飛鮫騎士団に来たのはこの事態をどうにかする為である。
騎士団の指揮官アンドレは自分に危険が及ばずに部隊の戦果が上がるのならば
手段は問わない男。
レクサンが飛鮫騎士団として戦い、そのスコアを丸ごと譲渡するという条件に対して
グラニM一機はアンドレにとって安すぎるとも言える買い物だった。

「後は名前ですわね」

グラニMの見た目の別物を満足げに見上げるレクサンに突如横からレナスが声をかける。

「…名前か」
「ロシアでこれを元に量産機作るんでしょ?これにグラニ系の名前使われると
アンドレ様の立場とか色々と不味いですわ」
「心配するな、祖国を発つ前にもう量産機の名前は考えてあるわ」

レクサンは右手の人差し指をまだ名も無き機体に突き立てその名を言う。

「量産機の名は『スヴョーク』、我が祖国ロシアの言葉、赤カブが語源だ。
どうだ、量産機に相応しい名前だろう」
「えっ」
「どうだ、量産機に相応しい名前だろう!」

大事な事だから二回言いました。
数秒後、名前を褒めて欲しいんだと気付き、レナスはさも驚いたかのような顔で
歓声をあげる。

「えー、えーと、す、すばらしいですわいろいろとすばらしいですわー(棒)」

レナスの演技力はゼロだった。これにはレクサンもあきれ返る。

「レナス、やっぱお前は駄目だな。フラグマン中尉」
「はい、ロシアに住む人々にとって赤カブのスープは暖を取るのに欠かせない食べ物です。
ウォッカや暖炉でも暖まりますが、安く腹が膨れ健康にもよいのはやはり赤カブのスープ。
すなわち量産機にカブの名を付けるのは実にロシアらしいと言えるでしょう」
「フフフ、よいぞフラグマン。私の婿にしてやろう」
「謹んでお断りいたします」

二人の息ピッタリな漫談を聴きながらレナスはどこか腑に落ちない。
何かがおかしいと思い何度もスヴョークと名付けられた機体を見ながら首を捻り
そして答えに辿り着いた。

「レクサン、この機体赤カブが語源なのに全然赤く無いですわ」
「「!!」」

ほんわかしていたレクサンとフラグマンの顔が一気に険しくなる。

「ほら、装甲は寧ろ白いですわ」
「い、いや問題無いぞレナス。ロシアでこれを量産化する際には旧型の部品を
溶かして再利用するからその過程で自然と赤みが掛った外見になるはずだ」
「でも、この機体は白いですわね」
「それは、その、こいつは量産品の試作に当たるものだから」
「何を言っても、これが赤カブが的外れな見た目なのは変わらないですわ」
「う、うるさい黙れー!量産化されるスヴョークとは別に目の前のコレの
名前を考えればいいんだろう!待ってろ、今考えるから!」


頭を抱えあーでもないこーでもないこれだからレナスはキライなんだと呟き、
1分程してからレクサンは顔を上げる。その顔は実に晴れ晴れとしていた。

「うむっ、何も思い付かん!」
「自身一杯の表情で言われても」
「だって、急にそんな事言われるとは思わんかったぞ!
レナス、お前が名前がおかしいとか言い出したのだ。そうだ、お前がコレの名前考えてみろ」
「んー、…」

レナスはちょっとだけ考えて、テキトーに答えを出す。

「リーパ(ロシア語で赤く無いただのカブを意味する)とか?」
「それだ!!」

テキトーな答えだったが、レクサンの反応は上々だった。

「赤カブに対して白カブか、うむ、実に良い名だ。気にいった、その名前採用するぞ。
量産試作機たるコイツの名前は『リーパ』だ!レナスよ、意外とナイス助言者だな。
私の嫁にならんか?」
「他人を褒める言葉としていちいち求婚するなですわ」
「何故だ?求婚は自己以外への最大の愛情表現だぞ、多用して何が悪いのだ?」

マトモな恋愛もせずに家族を得た祖父にかわいがられて育った影響か、
レクサンの感謝の言葉は他人とは少しだけズレていた。

「そう言えば、メキシコでの戦闘もうすぐですわねフラグマン」

レクサンの機体の事や求婚発言から話題を変えたいレナスは
今回の作戦について話をシフトさせる。

「ああ、今回はいつもと違う点が三つもあるからな。俺も死亡フラグが
立たないか不安で仕方がない」

そう、いつもは戦場の決着が付く寸前、地球側の勝利の気配が濃厚になった頃に
「ボンジュ〜ル皆さん、アンドレと飛鮫騎士団にお任せあれ〜」と出てきて
美味しい所を奪っていくのが彼らのやり方なのだが、今回の敵である
ブラッククロスメキシコ支部の戦力は最初から弱り切っている。
故に、いつもとは逆に戦闘がはじまると同時に横槍を入れグラニMの機動力で
戦果を奪いきるというのが今回の作戦目的となっている。

そして、いつもとは違う二つ目の点。
今回は団長であるアンドレを含む騎士団員の主力の殆どが作戦に不参加であると言う事。
今回の戦いではメキシコでの戦闘はあくまでもオマケ程度であり主戦場はアメリカになるからである。
無論、アメリカ側の戦場では飛鮫騎士団はいつも通りの戦い方、スパロボ風に言うなら
経験値ドロボー的なタイミングでの突入を準備している。

「えーと、アンドレ団長らがいない事と最初から敵に向かっていく事と…、
全部で三つだよな。フラグマン中尉、レナス、三つ目とは何だ」
「「あんたがいる事です(わ)」」


【一方その頃ブラッククロスでは】

「で、ウチの戦力は現在戦闘員が20人ぐらい。その内半分が羅甲に乗った事も無い初心者で
さらにその内の半分が車の運転もした事無い奴らだ…ってどうしたリノアさん」

アズマがメキシコ所属のブラッククロス残存戦力の説明をしている際中、
突然リノアがブルブルと震え始めた。

「どうしたんだよ、インフルエンザか?それとも俺達の状況の絶望感に今更帰りたくなったとか」
「い、いやそっちは大丈夫なんだけど…なんだか急に寒気が」
「リノアも?私も、ちょっとだけ寒気感じたわ。何と言っていいか…何か私らにとって
天敵がメキシコに来てしまった様なそんな予感が」
「何だよそれ」

メキシコ軍+アメリカ軍+ブラッディウルフ+飛鮫騎士団=無理ゲー感無限大!
ブラッククロスの明日はどっちだ!


(続く)