黒の兄弟 エピローグ



【アメリカ中央、オシリススポーツ宿舎】

「『超兵器発動未然に阻止、米軍諜報部の勝利!』、ね」

事実とは大きく異なる記事に目を通し、マミッタ・マミッタはなんだかなあといった表情を見せる。
あの戦いから3日、ボッシュ米国大統領により偽りの勝利が発表された。
レベンネを実際に存在し、メキシコが消失するという偽情報を本当にあった事として
処理したのである。結果、犠牲となった兵士は無駄死にではなく英雄として称えられ、
損害もアムステラ側の方が大きかったとされた。

無論、この作戦に参加した者の多くは負け戦である事を知ってはいるのだが
真実を述べたところで誰も特はしない。マミッタ達もそうやって口を閉ざした内の一人である。

「すみませーんマミマミさん、マルーの靴下知らない?こないだ部屋来た時脱いだままだったかも」
「ちょっと待って、探してみるわ。入っていいわよ」
「お邪魔するよ」

マミッタの部屋に上がり込むマルー。その胸には大統領から頂いた勲章とCランクを示すオシリスの
データカードが飾られていた。

「マルー君、遅くなったけど昇進おめでとう」
「うー、マルーは偶然いい場所に出てこれただけよ。運が良かっただけ」

照れながらマルーは自分とマミッタが戦場に駆けつけた時の事を思い出す。
守備人員の不足からスカスカになった防衛ラインを次々と突破する羅甲を見て呆然としていた所に
女性パイロットから通信が入った。「そこにある貯水槽を全部開けて欲しい」と。

失うものも無く、他に役に立つ手段も思いつかないでいたマルーの行動は迫る敵兵よりも
横にいたマミッタよりも誰よりも早かった。
先の事なんか知ったことかとばかりに排水レバーに次々と修斗の足裏がめり込む。
水圧に耐えられなくなった歪んだ排水口から次々と水が噴出し、基地内に施された水捌け機能を
遥かに上回る速度で数百メートルに及ぶ範囲に水が溜まっていった。

結果、羅甲達の前進速度は半減し、空を行く黄金色の機体と水上を滑る様に高速で走るピンク色の機体によって
米軍帰還までの間基地を占領されず持ちこたえる事に成功した。

「でも貯水槽の弁償で借金のケタが上がってリングネームが誇張じゃ無くなったよ…」
「大丈夫よ、もっと出世したら返済なんてあっという間。マルー君なら出来るはずよ」

Eランクを脱したマルーはこの後の修斗ファイトの仕事を最後にマミッタとのチームを解散。
いつか借金を返しゼダに追いつく事を目標とし、新たな仲間と共にさらなる戦場へと旅立つ。

◇◇◇

【ニューヨーク、修斗ファイト会場】

『あーっと!魔獣と化したマルー・ロディムの修斗が相方ベルン・スガタの乗る
凄い修斗の喉笛を喰いちぎったーっ!!狂気の獣がそのままガメラ&アルーガ組へと突進するーっ!』

マミッタと受付のおねーさんの女子型修斗ドロレス、
ヂートの新技今回も不発にゲッパーのウォーター突っ込み、
タシカミテミーロの「インド人を右に」の掛け声に合わせて乱入したスガタ妻の一撃で
リング外にぶっ飛ぶ大羅マン、笑いと激闘で時間と共に高まっていった会場のボルテージは
メインイベント冒頭、無名の新人ファイターの修斗の変形と暴走により最高潮となっていた。

「姉さん!ゴング前にベルン・スガタ脱落したよ!」
「…凄い男だね、しっかし、こりゃああのルーキーがよっぽどのモンだって事なのかね」

観戦に来ていた便利屋『マイグラント』のウインドワード姉弟も驚きの展開に目を離せない。

「否っっぅ、あのルーキーは大したことないぞ」

二人の感想に横槍を入れるのは隣に座っていた小太りの奇妙な格好の男だった。

「あの四足歩行モードは格闘スキルが無いことをごまかすためのモノだ、
恐らくは、大会までに格闘素人を一人前に仕上げられなかった故の苦肉の策なのだろう。
ベルン氏が開幕早々犠牲になることでハクを付けようとしてもこのゲルマン忍者の末裔
の目はごまかせん!そう、このシュぶぼぇばほー!!」

後ろから脳天にチョップをくらい、空気を読まない小太りの男は口と鼻から
体液と空気を吐きながら白目を剥いて倒れた。

「…うるさいっての、こういうのは素直に楽しんどけばいいんだよ。なあ?」
「そうだね」

アリスは手刀の形にして打ち込もうとしていた右手を下ろしながら、自分より先に
チョップした人物の言葉を肯定する。

「あ、あの姉さん。この人大丈夫かな?」
「しばらくすれば目を覚ますだろ、あー、でもその時私らが横にいると面倒になりそうだね。
かといって今更他に空いてる席もないし…」
「空いてる席ならあるよ。ちょうど俺のツレが二人キャンセルしちゃってね。
カワイイ子が来てくれると嬉しいなーって」

男の提案に乗り、アリスとレイは音を立てないようにゆっくりと離れた席に向かった。

『ガメラがマルーの前足を掴み抱え上げたぞ!あれはまさか!』
「俺がボクシングだけやと思ったら大間違いやで!覚悟しろやモンスター!」
『で、出たー!ガメラ一家の禁じ手、肘で眼を叩いてからのガメラスラムが炸裂だー!』
「ウガァァァァァ!」
「起き上がらせはせん、これで終わりだ!」
『アルーガの追撃の爪先蹴りが喉に決まった〜!ここでレフェリーストップ!決着です!」

一時の休息を楽しんだレイとアリス、だがアムステラとブラッククロスが存在し続ける限り
彼らの戦いはまだまだ続くのだろう。

「ボーイ、お姉ちゃんの事好きかい?」

席を譲ってくれた男が去り際に聞いてきた。

「うん、何があってもお姉ちゃんは僕が護るんだ」
「こ、こらっ、人前で何いってんだよレイ!」
「そっか、お二人とも仲良くな」

手を振り去っていく男はどこか寂しげに見えた。

◇◇◇

【メキシコ ブラッククロス残党のアジト】

「いやー、まいったまいった。上手く先回りして出会えたから隙あらばって思ったんだけど
あの姉弟仲よすぎだわ。俺が割って入る余地無しだなありゃ」
「駄目だったって事か」

二ラーシャは修斗大会で出会ったレイについての感想を正直にアズマに述べる。
戦場で敵同士としてではなく一人の人間として話してみた結果今の所はどう揺さぶっても
記憶を失う前には戻りそうも無い、少なくとも二ラーシャにはそう感じられた。

「ん。俺が説得してもブラッククロスには絶対戻ってこないわ。しゃーない、弟はあのまま
パツキンナイスバディな姉ちゃんと幸せに暮らしてもらうとして、別の手を考えるわ」
「いいのかそれで、俺が言えることじゃないけど兄貴の保有戦力って
今回の戦いで半分以上が失われたんだろ?」

心配そうな顔をしながらアズマがタバコを一本取り出し火を付けずに右手に持つ。

「しゃーないさ、元々俺のモンじゃないのが元に戻っただけさ。
彼女達のエリートコース復帰を俺がどうにか出来るわけないし」

今回の戦い、シンガポールから来た二ラーシャ組が失ったのは黒鉄蜘蛛と羅道だけではない。
作戦成功の後アジトに帰還した所でミューの通話回線が回復。
チカーロの口から成功の賛辞とリノアとグーチェの両名の引渡し要求が告げられたのだ。
無論ニラーシャとアズマにこれを拒否する事など出来るはずも無く―。

「支部最強の戦士と支部最強の指揮官、そして銀虎にペルセポネー、後は手持ちにある
メテオメタル全部と配合表、黒鉄蜘蛛と羅道の設計書、いやー、持ってかれた持ってかれた」
「いや、持ってかれすぎだろ。つーか兄貴、持ってくる必要の無いもの混ざってない?」
「レベンネ関連は完全に予想外の事態で06…いやレイとタイマン出来たのは
最大の目的。で、俺の本来の、最低限やっておかねばならなかった事はこれさ。
オスカー将軍に直接渡せればベストなんだったけどあのチカーロって男ならまあ大丈夫だろ。
自分の為に俺のいるアジア方面のブラッククロスの価値を正しく報告してくれるさ。
さすがにリノア達とここでお別れとは思わなかったけど」

なるほど、とアズマは関心しタバコを懐にしまった。
もうこの男はアムステラとの同盟において欠くことの出来ない存在となった。
ニラーシャが居なくなれば組織の存続に関わる、少なくとも私怨や仲間内の出世
争いなぞで消してしまってはならない。

「そのタバコ吸わないのあずにゃん?」
「ああ、やめとく事にしたよ。俺自身や皆の為に」
「ん、それがいいわね」

◇◇◇

【メキシコ 極秘シェルター】

メキシコ政府の無能さをあざ笑うかの様に、堂々と首都中心の地下1500メートルに
ブラッククロスのシェルターは存在していた。
そのシェルターの一室、二人の男が居た。
若い男と老人、二人の顔は似通っている。

「うみゃい(うまい)!」

サラミに似た棒状の肉を頬張る老人。彼こそがジョニー・アズマの父、
ブラッククロスの元薬物開発班長東丈一、通称Dr東である。

「親父、ダメだったよ。兄貴は殺せなかった。手を出したら俺達の方が破滅する」
「えー、殺してでも『プカハンタ』連れてこいって言ったじゃーん。
ワシ言ったよね?何で連れてこないのさー」
「親父…無理なものは無理なんだよ」
「ちえっ、つまんねー」

子供の様に駄々をこねるDr東はポケットから棒状の物体を取り出す。
それは人の指だった。先程食べていたサラミの正体はこれだったのである。
Dr東がちぎれた指の爪の部分を強く握ると断面からサラミに似た肉がにゅるんと飛び出す。

「うみゃい!」

Dr東が完全に壊れたのはいつだろうか。
学の無いインディアンに専門分野で完膚なきまでに敗北した時か、
その後に来たDr劉の功績によりお払い箱にされた時か、
彼女のクローンを何体も作り一体を除き全て失敗に終わった時か、
戯れに染色体を操作し男性体にした中の一体、その成功例を親友と思っていたエクスダーに持ってかれた時か、
少なくとも、アズマが成人した時には既にこの老人はメキシコ麻薬王の専属医に収まっており、
研究からは遠ざかっていた。

「だいたいさー、お前がプカハンタに似てればアイツ連れてこいなんて頼まない訳よ。
聞いてるジョニー?なんでお前ワシにばっかり似るのさー」
「親父の遺伝子の方が強かったんだろ」
「つまんねー!お前なんて培養するんじゃなかった」

ぷいと顔を横に向けながらポケットから指サラミを取り出す。
その指はアズマがいつも見ている失敗作クローンから作ったそれとは形も大きさも違っていた。

「みゃずい!(不味い!)やはり食べなれない指は駄目だな」
「おい、親父!その指ひょっとして」

アズマはその指の持ち主に思い当たりがあった。
あれは自分達と一緒に酒場にいた内の一人のものだ。

「だってさ、地下に引きこもりっきりの人達は娯楽に飢えてたし、
それにお前が連れてきた子供全員養うのは無理に決まってる」
「俺が幹部代理としてアムステラに協力していれば子供はシェルターに入れて守る、
そういう約束だろう!」
「ああ、だから敗北した子供はこうして加工しワシの血肉になって生きるのだ。
喜べよジョニー、お前の連れてきた子供の半分は無事な上に必要となれば友すら組織の為に
殺せる一人前のギャングとなったのだぞ」

◇◇◇

【ロシア モスクワ基地】

「アレクサンダー・シュタインドルフ三世特務少佐が量産試作機受け取りの任務よりただいま帰還しました」
「うむ、彼女の様子はどうだったね」
「至って健康、心理面でも異常なし。先程も機体から降りると共にマリア・スミノフ少尉の部屋に
愛を叫びながら飛び込んで追い返されていました」
「クックック、そうかそうか」
「リーパの戦闘データを元にすぐにでも『スヴョーク』の開発を始められます」
「ああ、そうしてくれ。しかし、あのプロトスリーとゴーリキーの敗北から1年か。長かったな」
「ですが我慢も今日までです。スヴョーク完成の暁には今度こそアムステラを地球から一掃し」
「そして我ロシアが再び世界最強の軍となるわけだ」

アメリカのレベンネ騒ぎからしばらくして誕生したスヴョークは大型マシンガンのみの武装という
リーパ同様のシンプルな作りだった。
マシンコンセプトはアメリカや日本の後期量産機よりも低い生産コストとベテランから新兵まで
簡単に扱える操作難度。そして変形機構こそ失われたが短時間の水中戦及び空中戦が可能であり、
これにより『数が同数以上である限り、どの戦場でも誰が乗っていても羅甲に勝てる』という
プロトスリーの頃からの夢がついに現実のものとなったのだ。

数ヶ月後、ロシア首脳達は口を揃えてこう言うだろう。

「スヴョークがロシア軍全体に配置されたはいいが、
アムステラも羅甲より先の後期量産機メインになって結局同数では劣勢じゃないかー!ぎゃふん」と。

◇◇◇

【太平洋上空 アムステラ大型戦闘艦】

シミも糸のほつれも無い新品の白い制服に袖を通す。
太っては無いか心配だったが、以前と同じサイズの服は一点突っ張る事も無く無事に頭と手足が出てくる。

「あーあ、修斗ファイト見たかったな」
「まだそんな事いってるのグーチェ」
「リノアは寂しくない?あんたが育てた羅道部隊ともお別れだけど」
「ダ・ガーやアイスがいるから大丈夫でしょ。もう彼らだけで上手くやっていけるはずよ。
そうなる様に学ばせてきたわ」

既にシンガポール支部の面々の思い出は頭の片隅に追いやられている。
今のリノアにとって大切なのは再びかつての仲間と共に任務に迎える事。
オスカーの命令の元、自分の部隊を指揮出来る事。

「リノア、グーチェ、着替え済んだか?入っていいかの?」
「どうぞ」

頭頂部が禿げ上がり落ち武者の様な髪型をした青髪の男が入ってくる。
サスーケ・フォーリー、リノア達にとっては上司であり恩人だった男。
だが今はそうではない。地球でのこれからの戦いに置いてリノアの指揮で動く一人として
やって来ていた。

そのサスーケが華麗にステップを踏みながら、突如流れてきた音楽に合わせて歌いだす。



『帝国近衛団リノア&グーチェ復帰記念バージョン』

作詞:暇を持て余すトゥルース・ケブレ本星守備将軍
作曲:六魔人結成者魔眼のフォヨン

盾持ち立ち上がれ 涙拭き
宇宙怪獣も 薙ぎ倒し
我が主守り 騎士の道行く
星の御旗の元に集う 近衛達

ああアムステラ 槍を突き上げ
覇道の道に 立つ勇士
あああ素晴らしい 帝国近衛団(ロイヤルナイツ)
夢と希望と皇の正義を称える



「「うわあ…」」

あっけに取られるリノアとグーチェ。
歌い終わる頃には六魔人全員集合していた。
そう言えば地球に向かう前もこんな事してたっけと思い出す。


「この度の長期任務及びレベンネに関してのチカーロ中佐との連携見事であった。
その調子でこれからの俺達六魔人の指揮も頼むぞ」
「私に務まるのでしょうか」
「ゲヒヒヒ、この星についてはお主らの方が詳しいのだろ。俺がお前に劣るわけではないが
今回はリーダー役はお前に任せて楽させてもらうわい」
「リノア覚悟決めなよ」
「そうね、ここまでされて期待に答えないわけにはいかないものね。皆、私についてきなさい!」

今ここに地球にとっての驚異がまた一つ。

黒の兄弟・完