黒の兄弟 第4話


【1年半前、アムステラ】

グーチェが憂鬱な表情で仲間の待つ部屋に入ると聞いた事の無い曲を歌うサスーケ・ミュー・フォヨンの三名、
それとビキニパンツ姿のティニークのポージングが出迎えた。

「引き裂いた闇が吠え震える聖都に〜」
「サイドチェスト!」

サイドチェストとは体の左右いずれか片面を見る者へと押し出し両手は腰もしくは胸の辺りで
オニギリを作るように構えるポーズである。数多くのビルダーが基本ポーズとして使用しており
アムステラのボディビル大会においても必須ポーズとなっている。

「愛の歌高らかに踊りでよ近衛達〜」
「ダブルバイセップス・フロント!」

ダブルバイセップス・フロントとは両腕を折り曲げ頭の高さで左右に力瘤をアピールする
ビルダーで無くとも誰もが知っている、漫画で筋肉キャラがアピールする時のあのポーズである。
正面の全身の筋肉を均一に美しく見せるこのポーズは審査員の評価を大きく左右する。

「護れ鋼鉄の帝国近衛団〜」
「唸れ衝撃の帝国近衛団〜」
「フジミヤポーズ!」

フジミヤポーズとは数百年前に存在した伝説の武術家フジミヤスキーの決めポーズが元になっている。
両腕を大きく広げ胸の筋肉を強調し指先は狐の形にするのが正しいフジミヤポーズとされているが、
元になったポーズが数百年前のものなだけにビルダーごとのアレンジが為されている事が多い。
あるビルダーは片膝をついた状態で、あるビルダーは「藤・宮・ラブ」のリズムで腕を上下したりする。
ビルダーそれぞれの心にある藤宮流開祖の姿を表現するのがフジミヤポーズなのである。
なお念の為に言っておくが、藤宮流開祖フジミヤスキーはアムステラボディビル業界とは何の関係も無い。

歌が終わるとサスーケ達がオモチャの刀を手にティニークに斬りかかる。

「アムステラを襲う怪物め、覚悟しろ!」
「ぐわ〜やられた〜」

斬られたフリをして大胸筋をピクピクとさせながらがくりとその場に崩れ落ちるティニーク。
部屋に入った時から直立不動で仲間の様子を見ていたグーチェはここでようやく脳の処理が追いつき
現状を理解する。この寸劇は自分を祝う為に任務の合間に練習していたのだろう。

「グーチェさん!」
「虎煉騎隊引き抜き!」
「おめでとさん!」
「ヘイッ!」

寸劇の終了後、ホストクラブの出迎えのノリでグーチェを祝福する4人。
だが、グーチェは彼らの祝福に笑顔で応える事が出来なかった。

「あ、あのさ、…ごめん」
「ん?どうした?」
「リノアがオスカー様怒らせたみたいで、今度攻める星の第一陣に参加する事になったんだ。
で、私もそれについて行く事にした。だから虎煉騎への異動は辞退する事に」
「な、ぬわにぃーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「サスーケ様ぶったおれたー!?」

サスーケ・フォーリーはセンゴク星大使館で働く父の影響で人一倍異星文化への興味を持つ
上流貴族出身者である。辺境の星出身の平民であるグーチェ達が武の名家の人間中心で編成される
ロイヤルナイツに入れたのもサスーケの口添えがあった事が大きい。

「俺の夢が、ヒルデ姫様とユリウス宰相の両方の派閥の中心に俺の部下を
据えてどう転ぼうが影の支配者となる俺の夢が!」
「サスーケ様しっかりしてー!!」

◇◇◇

「―と言う事があってね、その後仲間の一人フォヨンの提案で私達は
ロイヤルナイツ六魔人を名乗る事にしたのさ。戦う場所が違っても心は繋がっている証としてね」
「ほー、なーるほどなー。あのさ、あんたら実勢の所どのぐらいエライ人だったりするわけ?」
「んー・・・チカーロは知ってる?」
「チカーロ様ってかなり上の人だろ?アメリカの方の基地で司令やってたり
強力な部隊率いていたりしているから俺でも知ってるよ。俺から見たらむっちゃエライしむっちゃ怖い」
「リノアとそのチカーロが大体同じぐらい。向こうの方がちょい上だけど」

少なくとも(役職的な意味では)嘘偽りない事実である。
リノアは前線司令の役職を一時的に与えられた部隊長、チカーロは自らの権限により前線で戦闘も行う司令という
違いこそあったが、階級・地球での基地司令経験・その基地での敗戦での降格後特別任務に就任までの
一連の流れが完全に一致。書類上での役職でも地球での実績でもほぼ同格と言っていい。

ただ、強化人間部隊の投入について首を縦に振ったか横に振ったかの違いによりちょっと…だいぶ…
かなり…すんごーく待遇が異なってはいるが。
分かりやすく一言で言うと、『営業開発の課長と庶務の課長』ぐらいの力関係だと思って欲しい。

リノアはチカーロと同格、それを聞いた次の瞬間アズマは座った状態から大きくジャンプして
空中で一回転、両ひざ・両手・頭を一直線に並べ着地。奥義宙返り土下座が華麗に決まった。

「副官どの無礼な発言と態度マジすみませんでしたぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「うわ、何この態度の変わり様」
「申し訳ありません、兄貴の子分の様に振る舞っていましたのでてっきり雑魚かと…」

ニラーシャが命の恩人とはいえ侵略先の人間に対し甘くし過ぎたかとグーチェは反省する。
今回の作戦が終わったらリノアも交えて彼との関係を今一度はっきりさせておく事にした。

「別にいいよ、本来の権限に比べ私達の腰が低すぎたのが悪いんだ。
リノアはもう少しだけ堂々としてニラーシャの監視役面しているぐらいがちょうどよかったんだよな」

『チカーロもミスしてるんだしもう少し態度自重しろよなー』というニュアンスを含んだ発言だったが
ガクブルしているアズマはそれには気付かず頭を下げ続ける。

「これまでのしつれいにゃ発言の数々、この罪どうすれば許されるでありますでございまするかぁあっぁ」
「キモイから上手く使えないなら敬語やめろ。それとさっさと約束果たしなさい」
「約束ってなんだい?」
「(態度戻るの早っ!)ニラーシャの事、キリキリ話しな」
「キリキリ話すから、頭ギリギリするのや−めーてー!」


◇◇◇

【およそ25年前、アメリカ】

覗き窓も無い蒸し暑い熱気がこもる一室、白衣を着た大勢の男性に囲まれまだ10歳にも満たない少年が
薬物の調合を繰り返していた。

「…」

完成した薬品を無言で大人達に差し出す少年。
彼らは渡された薬品に鼻を近づけ、照明に透かし、その出来を吟味する。

「調合時間基準をクリア」「臭い無し」「不純分離物無し、透明度合格」

今日のテストも合格、少年はほっと胸を撫で下ろした。
この場所には少年以外に多くの同年代の子供達が集められていた。
だが、今はこの少年一人である。
残りの子供達はこれまでのテストで不合格とされた際にいずこかへ連れて行かれた。

かつてブラッククロスに多大な恩恵をもたらした女性がいた。
アメリカ原住民の集落で育った彼女が持つ薬草の知識と調合のセンスはブラッククロスに属する
学者達の実力を大きく上回り、薬物開発担当者達は彼女との共同研究により様々な新薬を完成させた。

故郷を守るだけの金を稼いだ後、彼女は組織を去り薬物研究はたちまち停滞した。
彼女の才能、そして彼女との活動の日々を忘れる事が出来なかった研究者達は
一つの結論に達した。自らの手で彼女の後継者を育成しようと。

白衣の男達が去った後少年は部屋の隅に置かれたタオルを広げその上で眠りにつく。
少年はこの部屋の外の事を何一つ知らず育ってきた。
自分は誰なのか、家族はどこにいるのか、ここで行われているテストは何なのか、
最初に一緒にいた自分と似たような背格好の子供達はどうなったのか。

数年後、壁をぶち破り乗りこんできた覆面の大男に連れ攫われるまで少年は自分の人生に
何の疑問も抱かずにいた。


◇◇◇


「エクスダー何やってるのォォォォ!!!!」
「『彼女』が去った後いつまでも結果を出せず、無駄に資金を喰い潰していた薬物開発部に
エクスダー様が制裁しに行ったのがきっかけで息子として育てられる事になったらしい」
「何ともヘビーな話だね」
「最初に言っただろ?兄貴の過去は他人にホイホイ話せないって」
「・・・そうだね、この話はリノア達には黙っておく」

この過去話でグーチェは気付いてしまった。自分がニラーシャに抱いていた奇妙な感情は
恋愛におけるそれでは無くウドラン達に対するそれに近い物だったという事を。
アズマの言った自分の恋は脈無しとの言葉は半分当たりで半分ハズレだった、
何故ならそもそもそれは恋ですらなかったのだから。
と、ひとしきりショックを受けた所でグーチェはニラーシャの過去についておかしな点があった事に気付く。

「あ、あれ?ちょっとまてよ。今の話ちょっとおかしく無い?」
「俺は別に嘘は言って無いけど」
「その本当の事を言えるって点がおかしいんだよ。今の話の通りだとニラーシャはアメリカの
研究施設を出た後すぐに韓国で暮らす事になったんだよな?」
「ああ、エクスダー様に無理やり連れてかれた。今までの組織へのマイナス評価もあり
薬物研究者達もそれについては止める事は出来なかったらしい」
「それじゃアンタはいつどうやってニラーシャと知りあった?」

グーチェのいわんとする所を理解し、アズマは自分の説明に若干の修正を加える。

「当時の薬物開発部の中心人物の一人、東丈一ってのがいてな。ズバリ俺の親父だった人だ。
俺は小さい頃ちょくちょく研究所の一室で育つ兄貴の様子を映像として見せてもらっていたんだ。
その時から兄貴の事が気に行ってさ、兄貴が韓国に行って様子が落ちついた後に親父の
やって来た事を謝りに行ってそこで友達になったんだよ。その後は遠距離恋愛ならぬ遠距離友達って
関係になって今に至ったって事さ」
「へーなるほどなー」

◇◇◇

グーチェとアズマが本人に許可を得ず勝手に過去話に花を咲かせていた頃、
当人であるニラーシャはベッドの中でこれからの戦いについて考え込んでいた。

(久しぶりの北米エリア、『弟分』のあずにゃんにも再会出来たしここまでは順調といったところだわね)

(後はこっちに来た最大の目的、『弟』と出会う事。これが上手く行けばいいんだが)


ニラーシャは目を閉じ、順調にいけば出会えるであろう弟の事を思う。

(NO.6、俺とは全く別の目的で生まれ育てられた最後の傑作)

(必ず連れて帰ってやる、お前はブラッククロスに、そして俺の野望に必要なんだ)


続く