インド英雄伝説・中 『PG隊とバクシーシ』


(ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー)
「ン…朝か」

ベッドの上で寝返りを打ち、男はアラームを鳴らす目覚ましを手にとり時間を確認する。

「…ゲェー!目覚ましのセットしなおし忘れたァー!」

目覚ましに6:20と表示されているのを見て彼は己の失敗を悔やみ頭を抱える。
ショックで完全に目が覚めたのは不幸中の幸いだが、今日は何時もより30分早く
起きなければならなかった。圧倒的に時間が足りない。

「ヤベーよ、飯食って顔洗ってクソして着替えなきゃなんねーのに時間が圧倒的に
たんね―、誰か俺に余った時間30分バクシーシ(恵んで)してくれえええ!」

物理的に無茶な願いをシャウトするまだパジャマ姿の男。
そんな願いを叶えられる人物がいればそれは神そのものだ。
だから彼にはドアをバーンと開けて入って来た女が神に見えた。

「アナンド君!スガタの予想通り遅刻寸前ですねー?」
「あ、あなたは俺の所属するインド消防特殊部隊、通称PG隊の隊長オードリー・スガタ
35歳独身!自分の事を名字で言うちょっと変わったネーチャン!!」
「説明的セリフですね、スガタそういうの嫌いじゃないですよー。
さっ、君が寝坊するのはスガタの予測済みです。スガタカーに乗せてあげるから
制服持ってこっちきなさいな。それと今度から玄関のカギはちゃんとしておきなさーい」

言われた通りPG隊の制服であるピンクのベストを持って靴を履き外に出ると、
彼女の言う通りピンク色に塗られたバギー、通称『スガタカー』がエンジンの
掛った状態で止められてある。
スガタが持ってきたサンドイッチを咥えながらアナンドが後部座席に乗り込んだのを
確認した後、スガタ自身も運転席に乗り車を発進させる。

「飛ばしますから少し揺れます、トイレは到着まで我慢してくださいねー」
「へーい」
「アナンド君、今日の体調は大丈夫ですかー?」
「ここの所毎日熟睡っすよ、ベッドってベンチで寝るよりず〜っと楽なんだって
今に至って気付きありがたく思う次第っすよ〜!!」
「良かったー、今日は君が主役。頑張ってくださいねー」

PG隊は故人であるライブ・ハーゼンが最後に設計した人型機ピンクガネーシャ
を駆り、機体の特徴である長い牙の様なホースからの給排水によって消防活動及び
治水工事の手助けを主な活動とする。そして、インドが戦地になった時には
民間人の避難誘導、戦況によっては防衛戦への参加も行う。
それゆえにPG隊に属する者は一定期間の勤務を経た後、軍事演習のテストを
行い従軍資格を得なければならない。
もし、アナンドが今日の試験に不合格ならば最悪PG隊を除隊されストリートで
バクシーシ言い続ける日々に逆戻りする事もありうる。

「セーフ!」

時間ギリギリで他の皆が既に集合している所へと駆けつけるアナンド。

「トゥース!」

その直後アナンドが部屋に入ったのから一呼吸おいてスガタが皆の前に姿を現し、
今日の朝礼へと移る。

「はい、いつもより30分早いですが本日の朝礼を行います。遅刻欠席はいませんね?
じゃあまずは昨日の反省会から、アナンド君前に出て」

皆の前に出て手を後ろに組みアナンドは昨日の失敗を振り返る。

「ハイ!俺、いや私アナンドは〜先日の生活用水運搬の業務に間違えて下水処理用の
ガネーシャで出動してしまいました!今後こんな事がないように注意します!」

隊員達の間から笑い声が漏れ、スガタがそれを制する。

「本人が反省してるんだから笑っちゃだめです。続いて本日の業務連絡、
引き続きアナンド君どうぞ」
「ハイ!本日午前は通常業務に代わり私アナンドの従軍資格試験が行われます。
隊員の皆さまは応援よろしくお願いします」

隊員達から拍手と応援の声、今度はスガタも止めずに一緒に拍手。

「他に連絡事項はありませんか?では隊歌斉唱!」

PG隊隊歌  作詞・作曲:初代隊長フェミリア・ハーゼン

ピンク ピンク ピンクガネーシャ メタル・ウォーターマン ピンクガネーシャ
大いなる寺院の奥から 貴方の声が 私を呼ぶのさ
祈るだけでは 何も出来ない それを貴方に 教えてあげる
君の手を取り 力を合わせ 彼方へ
メタル・ウォーター 消火しろ メタル・フルコート

(ピンク ピンク ピンクガネーシャ)×4

愛と勇気は脳波 感じられれば力(イェア!)
ピンク ピンク ピンクガネーシャ 守り抜けその大地
ピンク ピンク ピンクガネーシャ メタル・ウォーターマン ピンクガネーシャ

「PG隊準隊員アナンド、消防用ガネーシャで出撃するぜ!」
「PG隊隊長スガタ、同じく消防用ガネーシャで出撃します!」

先述の反省会で語られた通り、ピンクガネーシャは用途別に使用する機体が
分けられている。装備も外見も変わらないのだが、アナンドがやりそうになった様に
下水処理に使用されているガネーシャで生活用水を運ぶ事は衛生上大問題となる。
今回の様に戦闘行為及びそれに準ずる業務にはこの消防用ガネーシャを使う規則と
なっている。

「アナンド君、念の為にもう一回試験内容を説明しますね」
「へいっ」
「返事はハイで」
「はいっ」
「今から10分後から40分後までの間に空戦羅甲一体が池の向こうからやって来ます。
君はスガタと一緒に水際で異常ないか監視を続け、敵を発見しだいスガタと協力して
これを押しとどめる。敵が後方の町に突入したら失敗です」

無論、今回の空戦羅甲は捕獲したものを試験用に使うのであり本物の敵ではない。
とはいえ、訓練を積んだ試験管がパイロットであり受験者の力量を見る為に
模擬弾での攻撃もしてくる。

「いいですかー、無理だと思ったらすぐに後方に下がりなさい。追いつめられても
バクシーシ連呼は止めてくださいねー」
「了解、インドの大地よ俺に試験合格をバクシーシぷっりーず!」
「いや、だからバクシーシじゃないでしょ」

説明時間が終了し試験が開始。アナンドはスガタの後ろに続き羅甲が来るまでの間の
巡回を始める。この後、アナンドはこれからやって来る敵に驚愕する事になるのだが
それは次回語る事にしよう。

インドの歴史がまた一ページ。


次回最終回『ツワモノと色モノ』に続く