インド英雄伝説・下『ツワモノと色モノ』
【9:50フェミリア】
今からちょうど10年前、まだフェミリアの父も師も友も全員無事だった頃の事。
「フェミリア、どうしたのだね?最近練習に身が入っていないぞ」
「…どうせ頑張っても私じゃあ先生達には追いつけませんよ。ガンダーラが我々の
手に入ったら先生かネールが乗ればいいんじゃないですか?」
一向に上達しない精神感応能力、そして寺院との交渉も上手くいかずこの頃の
フェミリアは荒れていた。この様に師であるボン・マッハやその娘ネールに反発
する事もままあった。
「フェミリア、そもそも精神感応というものはだね才能が無ければいくら
訓練しようとも上達しないものだ。君が私達に弟子入りしてからたった6年で
ここまできただけでも誇っていいものだよ」
「でも、これじゃあガンダーラを動かすには程遠いのは事実じゃないですか!
少なくともとても生身では無理なのよ!」
この時期フェミリアが荒れていた理由は他にもあった。千年眠り続けるガンダーラを
動かすには精神感応が必要だと仮定したライブだったが、彼はその分野においては
素人だった。幸い息子であるフェミリアには僅かながらその感応力があった為、
友であり精神感応修行者であるボン・マッハに弟子入りさせ、自分も他国の
研究論文に目を通し手段を探し続けていた。
そして、ちょうどこの頃ジェイコブというイスラエルの博士の文書から、
人体と機械プラグの様な物で接続する事で精神感応を擬似的に得られる事を
知ったとフェミリアは父から聞かされていた。
フェミリアは恐れていた。もし、このまま自分の才能が開かなかったらライブは
自分を改造してしまうのではないかと。
今にして思えばそんな事は全くの杞憂だった。
当時のライブはまだダイレクトリンクの知識はあっても技術も資材も持っては
いなかった。また、彼は聖女として完成された外見と話術を併せ持った
当時のフェミリアをガンダーラの次に溺愛しており、副作用によりその姿を
崩しかねない方法を取るはずも無かった。
そもそも機械と人体の神経を接続して一体とする方法を取るにはまずガンダーラを
入手してその構造を知らなければならない。相手と一体になろうというのに
相手の事も知らない状態では取りあえず修行によってフェミリア自身を磨かせる
しか無かった。
「ま、精神感応なんかよりもっと重要な要素が私には欠けていたって知ったら
知ったで大ショックだったわけですが」
「ヒヒヒヒヒ」
「…その笑いはどういう感想なんですか」
「ザーアナ、マッオマエニモイロイロアッダンダナ(さあな、まっお前にも色々あったんだな)」
褐色の肌に口ひげを生やした年相応の外見の男、PG隊の整備士マニ・バーシャは
戦場で痛めたしわがれた声で笑う。彼がこういう笑いをする時は大抵機嫌のいい時、
もしくは何かイタヅラを考えている時だった。
「それで、話は脱線しましたがこの機体に使われてる精神感応システムについては
理解してもらえましたか?」
「オウヨ」
喉を痛めているマニ・バーシャは必要最小限の返事しかしない。
フェミリアは彼のその返事を聞き安心した。PG隊にいた頃から自分の機体を
彼に整備してもらっていた事もあり、ラクシュミーΩも出来れば彼に整備担当して
もらいたかった。システムの大半はピンクガネーシャと変わらないのでこれなら
大丈夫だろう。
【10:24アナンド】
がしょーん、がしょーん。
隠密性もクソもない機械音を鳴らしながら市街地に似せた1分の1スケールの
ジオラマ内をアナンドの乗るピンクガネーシャが歩む。
後10数分もすればハリボテの反対側を歩んでいるはずのスガタから命令がくだるはず。
警戒を解かず動きながらその時を待つ。
「こちら、アナンド。当たり前ですが町側は異常ありませーん。隊長のいる水際側は
どっすかー?」
「もうちょっと真面目にやりなさい。めっ、ですよー。こちらスガタ…ザ…ザー、
空から未確認機一体を発見…ザー」
予定通り、空戦羅甲が来た事を告げる報告がスガタから届く。
模擬戦とはいえ、いよいよピンクガネーシャで戦闘が出来るのだとアナンドの心が躍る。
「羅甲…いや違う、ザー…これは…」
何か様子がおかしい。通信にノイズが多く聞き取りづらい。向こうで不具合が
あったのだろうか。
「ザー…ザー、…アナンド君…すぐに逃げて…この敵は本物…ザー」
「隊長?もしもし!どうしたんですか!!」
「すぐ…ザー逃げなさい…連絡を…ザーザーザー…」
消えて行く通信、そして向こうから聞こえてくるピンクガネーシャでは発しえない音。
これは間違いなく緊急事態である。今ならまだ間に合うかもしれないとスガタの
いた方に走る。
数分走りハリボテの反対側に出る。そこには二つの機体があった。
その場に座り込む様に仰向けに倒れた消防用ガネーシャ、それを見降ろす様に傍に立つ
機体、アナンドはその機体にそのカラーリングに見覚えがあった。
地球連合軍量産機兵シリーズ初の成功作と言われる『5型』。
本来は青と白のツートンカラーの装甲が両肩だけピンクに塗り替えられ、その両手は
爪の付いた厚い手甲に覆われ接近戦用にカスタムされたその機体の名をアナンドは
知っていた。
「アナンド君、君のここまでの試験は0点です」
スガタとの通信が復旧し、今まで聞いた事の無い冷たい声が立っている機体の方から
聞こえてくる。
自分の前に立つ機体、その名はパールヴァディー。
ヒマラヤの鬼姫と呼ばれしインドのパイロット、オードリー・スガタの愛機であり
出産を理由に引退するまでに7体の羅甲を屠ったと記録される。
PG隊入隊後に渡されたテキストにはそう書いてあった。
アナンドはここにいたりようやく理解した、自分は嵌められたのだ。
「そりゃないっすよ」
【10:28スガタ】
「アナンド君、何でここに来てるんです?おかしいですね、警戒活動中に仲間からの
通信が途絶えたらどうするんでしたっけ?」
「は、はい。まず本部に連絡、そして通信を繋いだ状態で指示があるまで待機。
民間人の救助・及び避難誘導の必要がある場合はそちらを優先し、それが終わり
戦闘許可が出次第現場急行です」
「そうですね、でも今日のアナンド君はどうですか?本部との通話記録が全然ないですね」
スガタは少し失望した。教養はないが機転のきく子だと思っていた。
だから自分が用意したトラップも正しい対処をしてくれるだろうと期待していた。
しかし、アナンドは自分を助けようとあるいは自分を倒したアンノウンと戦おうと
してこっちに来てしまった。本部との通信の時間すら惜しんで。
「ず…ずっこいですよ!!今日の試験は二人で空戦羅甲を迎え撃つって言った
じゃないっすか!何で5型カスタム機に乗り換えて俺を待ち構えてるんですか!」
「作戦が変更される事は実戦では良くある事です。と言うか、もうバラしますが
空戦羅甲が飛んでくる予定なんて最初からなかったんですよ。今日の試験は私との
通信が途絶えた後本部に連絡した時点で合格にするはずでした」
「ずっりー!つまり隊長が心配で駆けつけた俺は間違いって事ですか!?
今日この場にいるのは俺だけなんだから俺が行くしかないっしょ!」
自分を心配して必死になってくれた事は嬉しいし、困らせた事は悪いと思っている。
が、今日は理不尽と思われようが叱り通し彼を一人前の隊員にしてやらねばならない。
「うぬぼれないでください。仮にアンノウンの襲撃が本物だったとして私が完敗した
相手に立ち向かいどうするつもりだったんです?勝てるとでも?いいですか、
ピンクガネーシャはカタログに書いてある通り基本は給水車なんです。
我々が戦場に駆けつけるのは士気高揚の為、救助活動が無事終了し後方の心配を
しなくていい事を正規の軍人の皆さんに伝えてあげる為なんです。
アナンド君が補助業務を完遂せずして前線に来られたら我々の信用に関わるんです。
私達のお給料がでなくなるんですよ」
「う、うー」
ぐうの音もでずうなだれるアナンド。流石に叱り過ぎたかもしれない、試験が終わったら
合否に関係なく労ってやろうとスガタは思いながら、試験の続きをする為話を切り上げる。
「まあ、この話はここまでにしましょう。アナンド君、ここまでの君は0点でしたが
まだ試験は続いてます。合格の道はまだ残ってますよ」
「そ、そいつはバクシーシ(ナイスお恵み)。で合格条件は何ですか?」
「さあ、ここにスガタ機を倒し町を襲おうとするアンノウンがいますよー。
この謎のスガタをくいとめてくださいねー」
「本部―!」
迷う事無くまず通信をするアナンド、教育が生きスガタも大満足である。
【10:40マニ】
「こちらPG隊アナンド、すぐ来てくれ!俺のいる所がピンチで俺もピンチだぁ!
だいっっっっっ至急バクシーシを!!」
「リョーガイ、エングンヲマデ(了解、援軍を待て)」
そう短く伝えアナンドとの会話を切り、マニはフェミリアの方に、フェミリアの
乗り込んだラクシュミーΩに向く。
「ザアシュツドウヨウセイガキダゾ(さあ、出動要請が来たぞ)」
「アナンドって子もやっぱりこうなったわね」
「ガンバレヨ、ヒヒヒヒヒ」
PG隊誕生時以降に正隊員の試験を受けた者たちは例外なくスガタの洗礼を受けてきた。
最初の合格条件を達成したのは今までで1人、スガタの声色の不自然さから演技に
気付いたマニ・バーシャのみ。残りの全員はその後の説教タイムの後、救援到着
までの間にフルボッコにされガネーシャ単体では戦力にならない事を身を持って
知らされる。いわばこの試験は訓練で操兵を覚えきったばかりの新人の天狗の鼻を
へし折る通過儀礼。PG隊としての姿勢を実践させる事が真の目的である。
「フェミリア・ハーゼン、ラクシュミーΩで救援に向かいます!」
出撃するフェミリアにマニは無言で敬礼し見送る。
先の「ガンバレヨ」はアナンドに対してのみでは無い。
アナンドにとって今日が正隊員昇格の試験であるのと同様にフェミリアにとっても
この救援がラクシュミーΩでの戦闘行為のテストであった。
アナンドにとってはスガタから逃げフェミリアが来るまで待つ事が、
フェミリアにとってはアナンドを助けスガタを撃退し町を守る事が合格の必要条件となる。
かたやインドでも屈指の兵士だったスガタ、かたや訓練は積んできたが操兵での
戦闘経験ゼロのフェミリア、厳しい勝利条件だが既に前線勤務から身を引き、
機体も旧型になったスガタを止められないようならガンダーラの手の届かない場所の
戦いを務めるなどとうてい不可能。
【10:45】
精神を集中し沈まぬ様水の上を走り続けると、水際での戦闘が見えて来た。
アナンドとの通信回線から二人の声が聞こえてくる。
「スガタ流戦闘術―、オニガワラ!」
「ぎゃひー!」
ラクシュミーΩとサイズの変わらない二つの機体が交差し、片方の頭部が派手に吹っ飛ぶ。
『オニガワラ』
パールヴァディー搭乗時にスガタが使う奥義。
5型の小柄な体型を有効に利用し相手の懐に飛び込み両腕で顎を突き上げ相手の頭部を
揺さぶる技である。PGぐらいのやわい作りだと頭がちぎれ飛ぶ。つーか今まさに飛んだ。
「アナンド隊員、無事ですか?応答してください」
「たかがメインカメラをやられただけだぜ、って、うおー!頭ちぎれた途端何も見えん!
助けに来た人、誰ですかアンタは!?サブカメラ切り替えスイッチはどこだー!」
「それサブカメラないんです、危ないからじっとしていてください」
ガンダーラに加え4〜7型まで揃っている現状、自国製の人型を開発しようとする気が
全く無かった政府に対しライブ・ハーゼンが文字通り命を削って打った苦肉の策の塊、
それがピンクガネーシャである。武器に水をセレクトしてのエコ主張、フェミリアと
スガタを隊長としてのイメージ戦略、そして可能な限りの装備の撤廃により何とか
部隊としての数を揃える事が出来たのだ。カメラ二つなどと言う贅沢は無理な話である。
この日、インド軍の名簿に新たに二人の名前が軍人として登録される。
彼らは後のアムステラとの戦いで活躍する事になるのか、それはまだ分からない。
インドの歴史がまた1ページ
インド英雄伝説・完