インド英雄伝説2 中 『決着の時』


【10:10 4→3→1】

「ティラー(撃て)!」

バガーノ兄妹への合図と共に自らも機銃のボタンを押すアンドレ。
アンドレ機から発射されたマシンガンの弾はラクシュミーΩの立っていた場所に
着弾する。
だがその直前、ラクシュミーΩの両手から水柱が吹き出しその姿を覆い隠す!
そして弾幕が通り過ぎると水しぶきと共にラクシュミーΩもその場から消え去っていた!

「また上か!?」

ラクシュミーΩが姿を消す寸前、その両手はともに下に向いていた。
水の噴出を推力としているのならばまた上に逃げたと考えるのは当然である。
しかし―、

「ぐあっ!」

アンドレのグラニMが『下からの被弾』で揺れる。

「流石に指揮官機は一発じゃあ落ちないわね。さっきより距離もあるし」
「フェミリア、どうやった!ドゥー(君)はどうやってそこにいる!!」
「演習が終わったら教えてあげる」

カメラを通してアンドレは確かに真下に水を噴射するのを見た。
だがラクシュミーΩが移動したのは垂直方向では無く水平方向。
考えられる可能性、それは―
目に見えた水の噴射以外の推進力の存在!!

「ところでアンドレ、あっちのは貴方の指示?」

相手の奇妙なムーブの分析に気をとられ気付いていなかった。
フェミリアの言葉を聞きアンドレがようやく気付く、あの二人が近くにいない。

昇る朝日を背に受けてバガーノ兄妹のグラニMが遠のいて行った。
目の前のフェミリアとの戦闘を放棄した、明らかな敵前逃亡である。
そういえば撃てって言ったのに二人からの援護射撃が無かった事に気付く。
フラグマンが沈んだ時にはもう逃げ始めていたのだろう。
もし、自分が当事者じゃなければ凄い判断力だと褒めてやりたいぐらいの見事な
逃げっぷりだった。

「ふ、フッフッフッ、そうです、このアンドレの命令ですよ。ドゥー(君)ごときには
あの二人の助けなどいらないのです。エチェック(失敗)でしたねぇ、ここは通さない
つもりだったのでしょう?あれだけ離れたらもう追いつけませんよ」
「…クッしくじったか、だけど貴方を倒せばこっちの勝ちよ!」

結果だけ見れば隙をついて突破させた様にも見えるし見栄を張って作戦通りとした
アンドレ。あの二人が命令無視して逃げた様に思えるけれど、突破されたのは事実だし
アンドレの性格を考慮し不覚を取られた事にしたフェミリア。二人の息はピッタリだった。


【10:12 バガボンドモ】

「うわああああああんん!!!!こわいよパパーン!!!」
「お兄、待ってー!」

レックス・バガーノ21歳、士官学校を卒業し騎士団にコネで入って以来一度も
敵の攻撃を経験していなかった彼は今、模擬戦とはいえ味方が撃墜される瞬間を見て
恐怖に完全に身を任せて逃げ続けていた。
アンドレの言う通りにしていたら次は自分が沈まされる。そう思った時には
エンジン全開で前進しており、しかもアンドレの射撃がたまたま自分が逃げる
助けになってしまってあっという間に言い訳の聞かない距離まで来てしまった。

その後ろを飛ぶ妹レナス、兄と違いギリギリで恐怖を耐えていた彼女だったが
真っ先に逃げ出した兄を見て、追う様に離脱してしまっていた。

「来んなよレナス!お前はあっちに残ってアンドレ様守ってついでに俺の分まで
謝ってこいって!」
「お兄!そんな事ではバガーノ家の家訓『パーティ(戦場)いかなあかんねん』の文字が
泣きますわよ!」
「だって怖いもん!今わかった、俺とパパンは違うんだよ」


『パーティ(戦場)いかなあかんねん』、レックスの父ペーター・バガーノ男爵は
戦場に行く度息子達に楽しそうにそう言っていた。そんな戦闘狂の父を見て育った
レックスは自分も戦場を楽しんでしまえる様な特別な人物だと思っていた。
実際戦場に出るのは楽しかった、だがそれは本当の意味での戦場では無かった。
父の威光のおかげで誰も本気で向かってこなかった士官学校の訓練。
飛鮫騎士団に入った後も武力を失った相手の上から弾薬をばら撒くだけの日々。

「敵が反撃してくる場合もいつかあるものだとは当然思っていたさ。
でも俺って高貴な血筋だろ?もし、万全の相手と本気で戦う時が来たら
英雄の息子である俺はその時こそ秘められたパゥワーが発揮されカッコいい姿を
皆に見せられるんじゃないかって。でも実際に湧きあがってきたのは恐怖だけだった。
こんなのってありかよチクショー」
「で、このままフランスまで逃げかえるんですの?お兄は本当にそれでいいの?」
「う゛ん゛っ!!!!!!!!!」

妹の問いかけにレックスは涙声で力強く答える。

「戦争怖いから家で親のスネ齧って暮らす!!」

兄のスネ齧って暮らす発言を聞いたのはこれで生涯476度目、
今までは冗談交じりに言っていた軽口だったが今回のこれこそが本気の言葉だと
言う事が分かる。人として軍人として男として兄として最低の発言だった。

「そう、じゃあ私と一緒に帰りましょうか」
「え?いいのぉ?」

だが、レナスはそんな兄を責めはしなかった。レナスは彼の恐怖を理解していたから、
自分もまたレックスと大差ない存在だったから。

「私だって凄く怖いんですもの。お兄が泣きださなかったらきっと私が泣いていましたわ」
「そ、そうなのか?良かった、お前が俺と50歩100歩だと思ったら何か楽になって来た。
なあレナス、軍を辞める時一緒に謝ってくれる?」
「ええ。でも今回の仕事はキッチリやっておきましょうね」
「アンドレ様の所に戻れって事?やだよ、それが嫌だから逃げたんだろ俺達?」
「あんな男の所に戻る必要ありませんわ」

兄の不安を真っ向から否定、だけでなく自分達の団長に対し「あの男」と言うレナス。
これにはレックスも驚き、流石に注意せねばと言葉を返す。

「おい、お前今さっきアンドレ様の事を―」
「今まで私があの男を信頼して来ましたのはその戦術眼故にですわ。彼について行けば
無傷で名声を得る事が出来たから従ってきた。でも今日のこれはなに?いつもの様に
立ってればいいと思ったら目の前を攻撃がかすめたのよ。これは私達に対する裏切りだわ。
そう、あの男は私達を裏切ったも同然の事をしたのよ。戻って助ける必要なんてないわ」

自分達を棚に上げて、まさに貴族的に怒りを露わにするレナス。
裏切りとは今の自分達の行動である事は向こうに置いといて話を続ける。

「…で、あっちに戻らないなら何やればいいんだよ」
「お兄、少しは頭使わないと脳がフォアグラになりますわよ。このまま行けば
もうすぐ対岸に着くじゃありませんか」
「ああ、なるほどな」

レックスは妹の言いたい事を理解し余裕を取り戻す。
逃げた先にはゴールが待っている。地面で待ちうけるPGが相手なら何時もの様に
相手の手の届かない所から適当に射撃していればいいだけの事だ。

「任せておけレナス、俺は向こうが攻撃してこないならば無敵だったんだ。
軍人を辞めるにしても有終の美を飾っておこうか」
「それでこそお兄ですわ!」

絶対勝てる獲物の存在を思い出し舌舐めずりするレックスについて行きながら
レナスは2パターンのケース別に今後の算段を立てていた。
陸地で待つのがザコばかりなら圧勝の後悠々とゴールインし結果を盾に命令違反を
許してもらう。
自分達が苦戦するようなのが待っていたならインド側のルール違反を声高に主張し
自分達の逃亡から目をそらさせる。
そして、いずれのケースにせよ自分は命令無視をして逃げるレックスを追いかける為に
離脱したのだと言って罪を押しつければいい。

「お兄」
「ん?何だよ?」
「やっぱりお兄は素敵ですわ。お兄がいて本当に良かった」
「やめろよ、まだ終わっちゃいないだろ?俺に感謝するのは全部無事に終わってからに
しておきなって」


【10:16 ただ一つの出来る事】

「うーん、いいんですかね」
「ナニガダ?」
「何がって…」

アナンドはピンクガネーシャの右手を上げ横のスガタ機を指す。
両手に手甲、タンクもホースも付いていないスリムな外見。

「肩こそ俺やマニっつあんの乗っているPGと同じピンク色ですがどう見ても5型です、
本当にありがとうございます」
「違いますよー、スガタの乗っているのは『パールヴァディー』、5型のカスタム機
ですから一緒にしないでくださいねー。スガタはですねー、この子を5型とか言う人とは
あまり仲良くしたくないんですよー」
「いや、そこが問題じゃないんで」

スガタの乗っているパールヴァディーについては前作インド英雄伝説を参照だ!

「ヒヒヒヒヒ、イマザラナニイッデヤガル(今更何言ってやがる)」
「そりゃ隊長とフェミリアさんが揃ってPGじゃないのを見た時は俺も笑ったけど…、
実際これだと相手絶対に怒りますよ。PG隊なのに隊長と前隊長がPGじゃないって
大問題でしょ」
「何も問題ありませんよー」

敵が飛んでくるだろう前方から目を離さずスガタがアナンドに心配ないとにこやかに
答える。

「例えば『戦車隊』がありますよねー。戦車兵が50人で歩兵が20人狙撃兵が5人に
車両隊員が20人ヘリ隊員が5人で構成されてた場合、それは『戦車隊』と呼んでは
いけないですかー?半数が戦車なら『戦車隊』でなんら問題ないですねー」
「つまり、4人中2人がピンクガネーシャ乗りな俺達は『PG隊』」
「その通りですよー。それに今回の戦場の設定は正規軍が余所に誘導されPG隊
しか戦えないというものです。ならばスガタがこのパールヴァディーで出撃する事を
否定する理由はどこにもないじゃないですかー」
「でも、やっぱり隊長がそれ乗ってるの事はルール的にはオッケーでもPG隊の
演習という今回のテーマ的にアウトじゃないっすか?」

実戦を想定するならスガタの意見は概ね正しい。
だが、スガタがピンクガネーシャ以外に乗っているのを見た相手は怒るだろという
アナンドもまた真実をついている。

「オメーガギニズルゴトジャネーヨ(お前が気にする事じゃねえよ)」
「マニさんの言う通りですよー、怒られるのなら怒らせとけば良いんですよ。
バカ正直に戦って負けるよりはどんなにせこくてもやれる事やって反則負けですよー。
…っと」

会話を切り上げパールヴァディーが防御の姿勢を取る。

「敵です、二人とも私と同じ体勢で待機を」
「まだ空には何も見えませんよ」
「PGのカメラじゃあ見えないだけです、早く構えて!」

スガタの構えを模倣し、コックピットのある胸元の前で両腕をクロスし前傾の姿勢を
取る。防御の姿勢は機体によって様々だがバリアもシールドも装甲も持たないPGは
こうして人間の様に両手で急所を守り身を縮めるのが最善の手段である。

スガタとマニにやや遅れてアナンドが防御姿勢に移行した直後、アナンド機の
足元で轟音と共に土煙が上がった。

「うへっ本当に来た!」

マシンガンの弾が次々と自機ととその周囲に着弾し、その表面を削って行く。
アナンドは自身にとって初体験となる銃撃による被弾にやや驚き恐怖しつつも
冷静に両腕を固定したまま一歩も動かない。

「アナンド君、大丈夫ですか!?」
「ちょっと驚きましたけど、大丈夫です。スガタ隊長が事前にミーティングで言って
くれたから覚悟出来ていました」

そう、こうなるだろう事は分かっていた。ラクシュミーΩをすり抜け突破して来た相手は
残りの3機の正体に関係なく安全に勝負できる策で来るはず、すなわち向こうの有効射程
ギリギリからの射撃で先手を取って来るという事が予測できる。
だからこそゴールの前で防御に専念する事が空中戦が不能で武器射程もないPG隊の
3人にとって唯一出来る事だった。

「まっ分かってたからと言って攻撃が効かないわけじゃないし防御が
間に合ってるだけなんですけどね。それも完全なものじゃないし」

アナンドの言う通り、クリーンヒットこそしないものの弾丸がかすめる度にジャガイモの
皮のごとく外装が剥ぎ取られていく。

「アナンド君、マニさんちょっと辛いですがこのまま待機です。防御姿勢を崩さない
様に被弾の度に両腕の位置を確認し、耐え続けてください」
「オーヨ!」
「了解、根性や気合出して不屈の心で耐え抜き後は無事を祈りバクシーシ!」

こちらが防御を崩され全滅するか、それとも相手がしびれを切らし接近戦に移行するか。
我慢比べが始まった。


【10:23 秘密見切ったり?】

首筋に水が落ちて目が覚める。コクピットの上部に穴が開いていた。
計器を見て現在の時間と戦況、そして自己保有戦力を確認する。

「墜落のショックで気を失ったのは1分程、今は10時20分。飛行力は完全に
失われコックピットがスカスカになる程度に装甲はアウト。武装の変更も変形も不能。
つまり俺は戦闘続行不可能だと言う事だ。幸い俺自身の健康には異常なし」

備え付けのリペアキットで水漏れの穴を塞ぎながら計器を確認し続けると
その数が足りない事に気付いた。レックスとレナスの反応がレーダー内に無い。
落とされたにしろ場所は標されるはずだと思いサーチ範囲を広げて行くと
ゴールの方に飛行中の二機を発見。アンドレを置いて二人が先に行ったのだと知る。
それがアンドレの指示なのかどうかまでは流石に分からなかったが。

他に出来る事も無いし上を見て自分達のリーダーとフェミリアの戦いを観戦する。
空・地・水、あらゆる戦いに精通したものが飛鮫騎士団だと自負して来たが
単騎で水上を平地の様に走り空へと自在に飛び立つ敵など初めての事だ。
普段は自在に形態を変化させる事で地形的優位を維持しながら戦えるグラニMも
今回ばかりは立場が逆。味方の援護も無いアンドレは離脱する事も反撃もままならず
周囲を飛びまわるラクシュミーΩに少しずつダメージを蓄積させられていた。

何とか突破口は無いだろうかとフェミリアの動きを注視し続ける。
フラグマンは奇妙な事に気付いた。両手からの水の噴射で移動する時、
噴射の向きや威力と移動距離・方向が一致していないのだ。
真下に両手を向けたにも関わらず右上に飛んでいたり、少量の噴射で予想以上の
加速をしたり、その逆に大量の噴射で殆ど移動しない事もある。
他の個所からの推力が存在しそれでバランスを取っているのだろうが、肝心のその
場所が分からない。両足か背中を見てもそれらしき動きが見当たらない。
そもそも自分はメカニックではないのだしそれを推理しても時間の無駄だ。
やるべき事はアンドレが危機を脱する手段を見つける事、そしてフラグマンは
観察の内に自分なりに解決策を見つけていた。回線を開きアンドレにアドバイスを送る。

「団長ォー!!グッドフラグを見つけました!今すぐ自分を踏んでください!!」
「マラーデ(キモい)!無事を知らせる第一声がそれですか!」

急を要する為言葉を縮めたが言い方が悪かった、生理的嫌悪感に満ちたアンドレに
謝罪と共に訂正の言葉を送る。

「自分を足場にして高低差を無くすのが得策です、人型で降りて来て下さい!」

相手に合わせ水上に立てば自然と相手のフェイントも平面的なものに限定される。
足場が狭い為避ける事が出来ず狙い撃ちにされ続けるデメリットこそあるが、
今までの攻撃を見る限り相手は射程・威力とも不足している。
不意を突かれないよう腰を据え、相打ち覚悟で狙いをつけ続ければいつかは倒せる。
これがフラグマンの出した答えだった。

「庶民らしい堅実な策ですねぇ〜、マイス・ジュ・レ・レヒューゼ(だが断る)」
「団長っ!」
「貴方がそんなつまらない手を思いつくまでの間このアンドレが何も考えて
無かったと思うのですかぁ〜、もっとエレガンスに決めてやりますからそこで
見てなさい」

既にアンドレの声色に焦りは無くいつもの獲物をいたぶる時のそれに戻っていた。
果たしてそれは余裕か、それとも慢心か。


【10:29地上戦】

前方に広がる地面に爆音と衝撃を与え続けていたグラニMがついにその連射を止める。
射程一杯からのマシンガンの弾が二人同時に切れたからだ。

「ありゃ、もう弾切れか」
「フルオートなら2分も撃てば切れますわよ。お兄、他の飛び道具は?」
「ミサイルや魚雷なら俺は乗せてないぜ、今回もこれだけで終わると思ったからさ」
「だと思いました。逃げ出した時におかしいと思ったんですよ。私の記憶が確かなら、
お兄はグラニMの全武装を搭載した状態でまっすぐ高速飛行するなんて真似出来ませんから」
「そういうお前も俺にぴったりくっついてきただろ」
「無論、演習前に私のいらない武装も全部フラグマン中尉の機体に押しこんでおきましたのよ」

流石兄妹、考える事は一緒。実はレックスも普段演習や実戦で使っていなかった
ミサイルやライフルや魚雷をフラグマン機に押しこんでおいたのだが、その時やけに
多目に武器が搭載されているなと思ったものだった。あれはレナスが自分よりも先に
いらない武器をそこに隠していたからだったのだ。

「降りるか、多分マシンガンの攻撃で奴らも全滅してるだろうし」
「ですわね」

地上戦形態に変形し、ゆっくりと降下する。
もしかしたら放水による迎撃があるかもしれないと警戒したがそれは無かった。
あったのは、防御の姿勢のまま微動だにしない傷だらけのピンクガネーシャ2機。
そして、その前に立つ色違いの5型(パールヴァディー)。やはり、ラクシュミーΩ
以外にも隠し玉を用意してあった。だが、それは不発に終わったのだとレックスは
胸を撫で下ろす。

「お兄」
「なんだ」
「あの人達大丈夫なのかしら。いくらなんでも全く動いてないのはオカシイですわ」

レナスに言われレックスも気付く。自分達はひょっとしてやりすぎたんじゃないかと。
訓練で相手パイロット達に大怪我させたりするのはいくら相手が庶民でも目覚めが悪い。
レックスは共用回線のスピーカーをオンにして向こうの放水の射程の一歩後ろから
呼び掛ける。

「あーあー、こちら飛鮫騎士団レックス。変な色の5型とピンガネの中の人達生きてますかー?」
「はいー、こちらPG隊隊長スガタですー機体はこんなですが皆怪我はないですよー。
結構外れた弾も多かったですしねー」

パールヴァディーが地面を指し大量の弾痕を示す。射程一杯、加えて空中からの
撃ち下ろしの射撃だった事、さらに言えばレックスの練度の低さがこの結果を招いたのだろう。

「ああー、その弾痕多分殆どが俺の方ですね」
「お兄は私に比べ射撃ダメダメですのよ」
「こっちは棒立ちなんだからもっと頑張らなきゃだめですよー、じゃ続けましょうか」
「えっ?」

レックスは驚愕した。パイロット達は無事とはいえPG隊の3機はいずれも傷だらけ。
後方に立つピンクガネーシャはホースが破れ胴体に穴が開き水が流れ出している、
立って歩く事はできそうだがどう見ても戦闘不能だ。そしてパールヴァディーも所々
外装が撃ち抜かれ無残な姿をさらけ出している。


「そんな状態で戦えるんですか?せっかく怪我しなかったんだし降参した方がいいと
思いますよ」

相手への気遣い1割、逃亡の責任と自分の手柄を相殺する為さっさと自分の勝ちにしたい
思い9割の比率を含んだ忠告を投げかける。
だが、スガタはギブアップする様子はさらさらない。

「あっちでフェミリアさんが戦っている以上、スガタもまだまだやりますよー。
確かにPGの武装は完全に破壊されましたが、まだ手はあります。
さっきまでPG相手に射程外からチキンな戦法をとってたのに降りて来たという事は
もう弾切れですよねー?だからスガタがお二人を白兵戦で倒せばいいんですよー。
ですよねー?」
「スガタ隊長がそーいうなら」
「ジタガウガ(従うか)」
「ハイ、というわけで続行ですー。マニさんとアナンド君はそのダメージでは
もう戦うの厳しいからゴールの方に行っててくださいねー」

マニ&アナンドの了解を受けて、爪を付けた両腕をしゃんしゃんと鳴らしながら
陽気に語るスガタ。
だが、間接部分は装甲が剥がれ駆動用の機関が何本か断線しショートしているのが見える。
白兵戦仕様の機体にとってこの事故は致命的。
自身の機体の事故に気付いていないのか、はたまた白兵戦なら出来るという言葉は
時間稼ぎのハッタリか。
いずれにせよ、もうこの局面での負けは無いとレックスは判断し、目の前の哀れな
ロートルを相手に舌舐めずりをする。

「忠告はしましたからね、おいレナス行くぞ、全員バラしてやれ!」
「オッケーですわ!狩りの時間ですわね!」
「そうだ。今日はアンドレ様のおこぼれじゃない、初めてのハンティングだぞ」

チャキン!
レックスとレナスは同時にナイフを取り出しレイピアの様に構え前進する。
軽くかさばらないからとマシンガン以外に搭載しておいた唯一の武器高周波ナイフである。
足回りをやられマトモに動けないパールヴァディーなぞこれで十分とばかりに突き進む。
対してパールヴァディーはその白兵戦に特化した外見に裏切る事なくスッと腰を落とし、
空手の正拳突きの様な構えで待ちかまえる。

「カウンター狙いか?」
「大丈夫ですわお兄、二人いるんですからどんな技が来ても片方は助かりますわ」

後ろにいる自分だけは大丈夫、レナスの言ったのはそういう事である。
そしてレナスの言葉は正しかった。

バララララララ!!!!!!!

目の前でレックスのグラニMが突然崩れ落ちる。
レックスもレナスも弾切れをおこし、もうこの場では聞く事の無いはずの銃声が
再びこのゴール前に鳴り響いていた。

「お兄!!」
「パールヴァディーが射撃したら何が悪いって言うんですかー?」

正拳突きの構えのまま突き出した右手の拳の上から、レナスにもその攻撃が放たれる。

五指【の上に被せた手甲のカバーが開いてそこから出て来たの】がバルカン!
五指【の上に被せた手甲のカバーが開いてそこから出て来たの】がバルカン!

「お兄っ!お兄っ!」

レナスは崩れ落ち倒れようとしていくレックスの機体を後ろから抱えしっかりと支え―、

「お兄バリアー!!」
「なにぃ!?」

自らの盾とした。
背後から抱きしめられたレックスは防御も回避も出来ず瞬く間に蜂の巣になる。


【10:29大将戦の決着の狼煙】

フラグマンは空を見る。相も変わらず変幻自在に動くラクシュミーΩが黄金色の
グラニMに小さなダメージを積み重ねて行く。

(団長は良い策があると言っていたが…、ただの強がりだったのか?)

アンドレは自分に何もするなと言っていたが、もしアンドレがこのまま撃墜されようもの
ならきっと自分の責任にされまた出世が遅れる事になる。ここに来ている騎士の中
唯一の平民出身だという時点でそのフラグは十分に満たしている。

アンドレがここから逆転するのを信じて待つ、それが貴族に対する平民の正しい姿勢
なのだろうが、それ以前に自分達は同じ軍の上司と部下である。
フラグマンはこの状況を打開すべくもう一度自分の機体の状態をチェックする。

変形………無理
浮上………無理
狙撃………無理?

「おっ?」

状況に変化あり。
何度か銃口を上に向けようとしたり武装を変更しようとしたりといじっている内に、
武器を構える事は出来ないがハッチを開いて武器を湖底に捨てる事は出来そう
だという事を発見した。

「よし、やるだけやってみるか」

フラグマンが思いついたのはこういう事だ。
全局面対応型であるグラニMはあらゆる戦場で戦う為に様々な武装を搭載している。
フラグマン達のグラニMも役職上は空戦隊だが、あらゆる戦場でお手柄を
ハイエナする必要上最低限の対地戦武装及び水中戦武装を所持している。
そう、この機体にはミサイルや魚雷も搭載してある。
積んである武装を全部真下に捨てていけばいずれはミサイルや魚雷同士の衝突で爆発が
生じ爆音を立てるだろう。

戦闘中不意に起こる爆発音。戦闘経験の浅いフェミリアを驚かせ隙を作れるかもしれない。
自分の足元に爆発物を落とすという危険な手段だが、20年の経験からこの水深なら
大やけどはしないだろうと推測し実行に移す。

ぼとりぼとりと武器が落ちていく。上手い事底の方で爆発してでかい音を立ててくれよと祈る。

ぼとりぼとりボとぼとぼとぼとぼとボとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと。

「何か落ちた数多くないか?嫌なフラグが―」

不意の閃光、フェミリアとアンドレがそちらを向く。

フラグマンの予想の3倍程の大爆発、両者とも動きを止め体を竦める。

「だからこれは何のフラグだぁー!!」

必殺魔球シリーズ第三弾フラグマン宇宙へ、あさっての方向に飛んでいくフラグマンの
グラニMをぽかんと見つめる事しかできないアンドレとフェミリア。

ほんとーに想定外規模の爆音のインパクトはフェミリアとアンドレの軍歴に関係なく
同じだけの停止時間を与えた。が、意味が無かったわけではない。これが呼び水となり
勝負は決着へとなだれ込む。


【10:31 当然の敗戦】

「振動系のナイフはですね、硬度や鋭利さに重点を置いてないから
突いて使うものじゃないんですよ。貴方達ちゃんと訓練して来たんですか?」

パールヴァディーのバルカンはいわゆる隠し武器であり、その弾数は決して多いもの
ではない。それゆえ兄を盾としてバルカンを防ぎきる事には成功したレナスだったが、
一対一の白兵戦でもまたスガタに圧倒されていた。
じりじりと迫る相手に恐怖し、へっぴり腰から突き出した高周波ナイフに爪を絡められ
あっさりと奪われてしまう。

「それじゃあ今から正しい高周波ナイフの使い方のレクチャーを始めますよー」
「イヤー!離して離してー!!ギブアップー!」
「駄目です。貴方達は3つの許せない事をしました。
一つ、このパールヴァディーを変な色の5型と言った事。
二つ、このパールヴァディーを変な色の5型と言った事。
三つ、このパールヴァディーを変な色の5型と言った事」
「助けてアンドレ様!助けてフラグマン中尉!」

後方支援が主な役割のPG隊の隊長がなぜか白兵戦のプロだった事、
そして白兵戦のプロにド素人の自分が近づく事が間違いだった事に
今更ながら気付きその不幸と不注意を嘆くレナス。
だが、レナスがいくらだだっ子の様に泣こうが既にリタイアしたフラグマンは
助けに来ない。戦闘中のアンドレは助けに来ない。

「このタイプの場合、柄に付いているボタンをしっかり押して振動の確認をしてから
こうやって体重を掛けて刃を押しつければー」

ギギギギギギィ
グラニMのコックピットがこじ開けられレナスの姿が露わになる。
巨大なナイフを眼前に捕えその顔は恐怖にひきつっていた。

「と、こんな風につかうんですよ。分かりました?」
「いや、助けてアンドレ様助けてアンドレ様助けてお父様助けてフラグマン早く来い
私はいつものように弱いものいじめしにきただけなのになんでなんでなんでなんで」
「ちゃんと話聞いてくださいよ?もう一回やりますからね」

高周波ナイフがゆっくりと振り上げられる。
腕が真上まで上がるとじらす様にナイフはぴたりと止まった。

「ひいいいいいぃ!」

真上まで振り上げられた腕は中々降りてこない。
恐怖のせいかレナスはもう何十秒もナイフが振り上げられた様に思えてくる。

「ひいっ、ひいいっ…?」

レナスは異常に気付いた。いくらなんでもじらし過ぎる。この後アンドレが追いつく
かも知れないのだからスガタはいつまでも自分に時間を掛けられないはずだ。
だというのにナイフは一向に振りおろされない。

「残念、ここまでですかー」

配線が数本切れている状態にも関わらず動き続けたツケが支払われた。
パールヴァディーは高周波ナイフを振り上げたまさにその時活動を停止していたのだった。


【10:31 その名もチャクラハイドロクラッシュ】

フェミリアの乗るラクシュミーΩが再度相手の目の前から姿を消す。
相手の頭上に飛ぶように見せるフェイントを交え水面を走り、グラニMの右側面に
回り込み右手を掲げ狙いを付ける。
今までの放水と同じ距離、この距離では全力放水をしようが黄金のグラニMを
落とすには至らない。そう、『全力の放水なら耐えられてしまう』。

これよりフェミリアが撃つはラクシュミーΩの最大の技。
ここが、勝機と見たフェミリアは放水の構えのまま呼吸を整え、集中を高めるべく詠唱を始める。

「この身は水、大いなるガンジス」

ラクシュミーΩの放水口、その中央に光が集まる。
この光こそラクシュミーΩの最大の秘密。

「ガンジスの名の下に我は流す、全ての戦禍を」

ラクシュミーΩの推進力は二つあったのだ。一つは両手から噴射する水、
もう一つは精神感応の力により発せられるこの光。
この二つの推力を同時に使用する事によりラクシュミーΩは不可思議な動きを
可能としていたのだ。
光は敵からは水柱に隠れその存在を確認する事は困難であり、水の噴出の
方向とは別の向きに動く事で相手はさらに幻惑される。

「チャクラハイドロクラッシュ!」

飛鮫騎士団を20分に渡り幻惑してきた第二の推進力が攻撃に転用される。
詠唱による集中で完全に放水とタイミングを同化させたそれは水と交わり合い
放水は一筋のレーザーと化す。

想像だにしない攻撃に対し驚愕に目を見開くアンドレ。グラニMの顔も心無しか
驚いている様に見える。レーザーがグラニMの脚部を撃ち抜いた時、フェミリアは
勝負の終わりを決着の時を確信する。

(この勝負――――――私の負けね)

レーザーを放つその時、アンドレは既にグラニMの頭をラクシュミーΩの正面に
向けていた。飛行形態から手足を生やし地上戦形態に変形しながら、機体をレーザーの
軌道から僅かにずらし高周波ナイフを構え降下する。
予想外の威力の攻撃により右足を失ったが、その直後グラニMはナイフを構えたまま
正面からラクシュミーΩと激突し両者とももつれるように水面に倒れ込む。
馬乗りの体勢から振動ナイフを振るうと機動力の為装甲を犠牲にしていた
ラクシュミーΩの両腕はあっさりとボディから切り離された。

この結果が示す事実、アンドレはフェミリアの動きをとっくに見切っていたのだ。

「アンドレ、いつから、どうやって見破ってたの?」
「フフン、終わったら話してあげますよぉ」

ラクシュミーΩ、両腕切断・戦闘不能。
パールヴァディー、四肢配線断裂・戦闘不能。
ピンクガネーシャ2機、共に戦闘手段喪失・戦闘不能。

グラニMレックス機、前面大破・戦闘不能。
グラニMレナス機、前面小破・戦闘続行可能。
グラニMフラグマン機、両翼切断・脚部破裂・パイロット臀部に軽度の火傷・戦闘不能。
グラニMゴールドフレーム、片足切断・戦闘続行可能。

この時点を持って勝利条件を満たした飛鮫騎士団の勝ちとなった。


イン英伝2エピローグ『ガンダーラ千年祭』に続く