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それは狗の皮を被った人間ではない

          ――ヒトの皮を纏う、ケダモノだ







 それが遊戯であれば、勝利条件を満たした時点で終焉を迎えるだろう。
 それが機械の中で構築される世界ならば、もはや全滅の文字しかないだろう。
 だが、人は違う。理屈ではなく、感情をもってして抗い続ける意思がある。

 たとえどんなに愚かな選択であるとも。
 たとえどんなに無意味な行為であるとも。
 "それ"は選択した。

 果てることを。

 出来損ないの反旗の群れは、出来損ないのままに果てていく。
 これは虐殺の物語だ。食うものと食われるものの物語。

 ――獣と、獲物の物語だ。


「ケッセル軍曹は三十一号から十機つれて五時の方角へ向かってください。
 ヘビン伍長は引き続き牽制をお願いいたします。それとアトロスさん、聞こえますか?」
「んー、何の用なのかナァ、ぽに男さん?」
「その呼び方で通すつもりですか……ともかく、そちらの潜入、お任せします」
「ポニーだからぽに男でいいじゃん。まあ、了解ですよーっと」


 愛称交じりの声に抱くのは親しみと付き合いにくさを織り交ぜたような感情。
 が、それは少なくとも眼前の光景に比べれば微笑ましいものにしか過ぎない。

 ちらり、ぽに男と呼ばれた青年が振り向く。
 その瞳に写るのは敵からもぎ取ったばかりの腕で、一瞥することなくぽいと投げ捨て踏み砕く。
 無意味な戦闘。無意味な抵抗。そう思いながらも、自分ならどうするだろうかと思い彼は苦笑する。

 塔を落とされた逆賊に、勝利の可能性など残されてはいない。
 あるのはただ負けを認め首を刎ねられるか、ただ重苦しい錆色の天井を眺めながら、
 己の選択肢に後悔する囚人としての運命のみ。
 あるいは、薬物や新兵器の実験体、果ては辺境にて命ぜられる激務によって"消費"させられる代わりに、
 ただひととき限りの青空を眺め、僅かばかりの時間長生きし、そして死ぬかだ。

 そんな局面に立たされれば自分ならどうするだろうか。やはり、剣を取って戦う道を選ぶだろうか。

 くすり、自虐的に笑う。
 ここにいるのは戦うことを選んだ自分自身だ。
 ならば、やはり終わりのときも戦いの中で果てることだろう。
 そう考えると、敵の行動にも幾分か情も宿る。

 が、決して手は緩めることはない。
 軍人として生きるものとして、戦う意志を持つもの同士として。
 愛機と駆ける。その戦場を。


(さて姉さん。ぽに男さんがきっちり守ってくれるらしいし、こちらもそろそろ踊りますかねー)
(……調子にのって、あまりからかい過ぎて、後で恨まれてもしらないからね、もう……)




Hainuwele #09 No Surrender




"塔"が崩れ落ちた時点で、いや、アムステラそのものに反旗を翻したと知られた時点で、
 彼らにはすでに敗北の一文字しか残されてはいなかった。
 だというのに、なぜ彼らはここまで抵抗をしてくるというのか。
 それは、この闘争に身をおいた第百二十一特殊戦略大隊のすべての人間が感じていた、
 至極もっともな疑問のヒトツだった。

 戦いには、柱となるものが必要だ。常々、ガフが何度も言い続けていた言葉がある。

 ――一つ、兵を一つに纏め上げる、絶対的なまでの大義名分。
 ――二つ、何物にも揺らぐことのない、圧倒的なまでの武力。
 ――三つ、すべての民衆を支配する、指導者という名の"王"。

 これらのうち、最低でも一つでも持ち合わせてさえいれば、兵は鋼の武神に乗り込み戦場を駆ける事ができる。
 だが……今の敵にはそれらがあるとでもいうのか? 一つとして兼ね備えていると言えるのか?

 アムステラに逆らうという大義名分は非常にもろく、磨り潰されていく。
 圧倒的なまでの武力であった"塔"……超々遠距離砲台は砕け散った。
 そして指導者は……そんな"魅力的な"指導者など、こんな下らない反旗に加わっているはずが無い。

 とうに心は折れ果て、わずかばかりの命惜しさに白旗を揚げてもいいころだ。
 が……敵はまだ抗う。抗い続けている!
 だとすれば、何か最終的な手段があるのかもしれない。
 もしくは、本当に指導者と呼べる男が――女かもしれないが――いるのかもしれない。

 すべては仮定。予測に過ぎない。
 だが、それがもし当たっていたとすれば……。


「――それを調べるのが、君たちの次の任務さ」
「……フム。潜入作戦、それと同時に行われる、三点連携突破作戦か……」


 さして広くも無い司令室、その中に集まったガフと四隊長、それにティカと、
 援軍として差し向けられた数々の部隊の隊長が、そこで次の作戦を練っていた。

 その場に集う男たちの、その誰もが歴戦の戦士だ。
 名前こそ知られてはいないが、そのいずれもがガフと肩を並べて戦場を駆けたこともあれば、
 過去にガフの部下として、その指揮に従っていた経歴をもつものもいる。
 無名の勇者――そう賞賛されるに値する男たちは、その誰もが獅子公爵とともに戦うことを望み、
 その誰もが獅子公爵とともに自らの武という名の爪を突き立てんと、ギラギラとした目を向けている。

 それは、その様子は、まるで群れをなす狼だ。
 それもただの狼ではない。ヒトの皮を被った、ケダモノだ。
 尤も、ヒトオオカミと本物の怪物とでは、越えがたい隔たりがあるが。


「つまるところ、敵の本意を探るとともに、それと連立して行う連携攻撃がキモってわけさ」
「……そういうことだ。潜入作戦といえば仰々しいが、その実は陽動でもある。
 最良を望むならば、敵指揮官の情報やその総兵力、総機兵数なども判明できればいいが、さすがに多くは望まん。
 たとえ情報がわずかばかりでしか入手できなかったとしてもだ、見返りは十分に望める。
 ならば、それを実行するまでの事だ。それで事はすべて済むのなら、な。
 この潜入作戦には、第百二十一特殊戦略大隊の一番隊、ハイヌウェレを当てる。できるな、ティカ」
「問題ありません、マスター。与えられた任務を、実行してみせるだけの事ですよ」


 その瞬間、ぎょっとした視線が彼女を貫く。
 たかが女、それもこんな若々しくてか弱そうな少女ごときが、潜入作戦にあたる。
 馬鹿な、正気じゃない、たかが小娘じゃないか、小娘! 小娘! 小娘!

 常識で考えればこんな配役はありえない。
 だが、常識ではない女に作られた、非常識な存在には、そんな不安など当てはまりはしない。


「先に言っておくけど、彼女は強化人間――僕の作り上げた人工生命体だよ。ヒトじゃあない。
 こういう任務にはうってつけさ。何せ、生身でトレースローダーを何台も破壊してみせるくらい、腕自慢だからね。
 ここにいる人間じゃ束になっても勝てないよ。何せ、快王相手でも戦えるように造ったんだからね、この僕が、さ」
「快王相手……だと? 馬鹿な、そんなわけ、あるはずがない!」
「そうだ、いくらなんでも冗談が過ぎるぞ、アドニス主任! いいかげんなことを――」
「――皆、これは決定事項だ。俺が決めたことだ。俺が認めたことだ」


 怒鳴り返す声の隙間に滑り込むように、重い声が響く。総隊長のガフの声だ。
 総隊長の命はすべての兵の判断よりも優先される。決して揺るがない、絶対の言葉。

 戦場では、指揮官の言葉がすべてだ。
 むしろ、この"智将"にこうまで信頼されると考えれば、むしろ先の狂言は真実に他ならない。
 快王に並ぶ娘、もしやしたら殺せるかもしれないほどの、娘。
 なれば、たしかにこの任務には彼女こそが適任だ。


「ティカ准尉の後詰めは、トルバトール、お前に任せる。エリス、エリニスの好きなほうも付けてやる。
 判断はお前に任せる。末の双子を使えば、お前になら完璧にこなせる。気取られるなよ。
 ガルーシア、お前は援軍の四分の一を率いて二の基地を攻めろ。ツァラ、ブニュエルは三の基地だ。
 俺はここで陣をたてる。同時に、残りの援軍の半分を、広域に展開させて"騒がせる"。以上だ……いいか?」


 それに返す言葉は、いつも一つだ。

 ――おおっ! 獅子の魂は我等にあり!
 ――おおっ! 獅子の牙は此処にあり!
 ――我ら獅子の魂なり! 我ら獣でありながら、智を持って戦う戦士なり!


「ならば……往こう、アムステラがために!」









「しかしまあ、貴方がたは唯の人間ではないとは感づいていましたが、
 まさかアドニス女史によって手がけられた強化人間の方だとは……流石に、予想もしてはいませんでした」
「えっと……あの、その、か……隠してたんじゃなくて、その……」
「いえ、別に責めているわけではありません。ただ、少し意外でしたので」


 砲撃が飛び交う最中、とても不釣り合いな声を投げかける。
 それは少女を思いやっての事か、己の矜持を納得させるためのものか。

 それはとても常識外の光景だ。
 貴族ともあろうものが、ヒトでなしに謝罪をしている。
 いやそれ以前の問題で、敵の頭部を打ち抜きながら言うような話題では決して無い。
 ――それも、爽やかに言うとは。

 トルバさんのほーがよっぽど意外だよ。
 末子のエリスの耳を通して"聴いた"、ウェスタのつぶやき声も尤もだ。


「ごくごく普通の女性の方にしか、最初は思いませんでしたからね。
 あ、もちろん、あなた方の実力は認めていましたけど、
 それは何かしら鍛えていたからだ、と思っていたものでして。
 まあ、まさか、とは思いましたけど、確かに言われてみれば…とも思いましたね」
「えっと……その、気にしないでください。お姉さまたちは、その、ちょっとヒトの話を聞かないことがありますし…」
「……君はいい子ですね」
「ほわっ……!?」


 その瞬間、第百二十一特殊戦略大隊に所属する女性兵と、
 それ以外の部隊にも所属する女性兵に恨まれるようなことを、男は少女にしでかした。

 愛し子を褒める様に、あやす様に、頭を撫でる。
 それもゆっくりと、いとおしむ様に。

 ただでさえ、膝の上に座らせているだけでも世の女性の嫉妬を買うというのに、
 この男はなんと、罪作りな事をしでかすというのか。
 まんざらでもなさそうな少女の照れた笑顔をも見れば、なおのことだ。

 しかしこの男、同時に片手で機兵を操作しながら、敵をさらにもう二機ほど撃墜している。
 まさしく片手間、これを余裕と呼ぶのならば、やはり世の男性も全員が膝を屈することだろう。
 紳士であると同時に一流の戦士であり、そして有能な指揮官でもある男、トルバトール。
 流石は抱かれたい男、第一位とまで言わしめた男の魅力か。


「あっ……」
「どうかしましたか……?」
「……えーっと、その……わたしたちって、その、テレパシーみたいなものが、あるんですよね」
「そうなんですか? それはまた、ずいぶんと便利そうな能力で――テレパシー?」
「……『それ以上なんかしたらブッコロす』、だそうです……あ、あの、その……」


 綺麗な花にはとげがある。
 女を花とたとえるなら、たしかに、その通りだ。


「それと……『敵基地内に進入完了』……だって、いってるから……。
 できればそろそろ……『追い立て』をやってくれって……お、お願い、できます……か……?」


 答えは――言葉では、返さない。男はただ、行動によって示す。
 ぽん、頭の上で弾む音を聞きながら、エリスは全身を揺るがす衝撃に身を震わせる。

 主砲、発射。トルバトール機の砲撃と同時に、兵たちは前へ前へと進む、進む、進んで往く。
 勝利のために進む足音は、一つの軍歌だ。敵を葬るために進む様は、一筋の朱の川だ。
 乱れ一つ無く進むその姿は、敵に喰らいつかんとする狼たちの群れ、そのものだ。

 機兵前進、機兵推進、機兵行軍。進むものは武器を掲げ、歩むものは雄たけびをあげる。
 おのおのが、おのおのの手にした獲物を構え、一心不乱に進軍する。
 狙うは敵の、第二十七区画第一基地。広く、大きく、堅固な要塞。

 だが"まだ"落とさない。主砲は当てずに、しかし攻め立てれるだけ攻め立てる。
 敵をおびき寄せ、敵をあぶり出し、敵を引き付ける。それが任務だ。

 先制攻撃の機会を捨てるなどとは愚行の極み。戦略的には下の下の下。
 基地からの支援を受けるものを落とすには最低二倍、完勝を望むなら五倍の兵が必要だ。
 だが、ここで率いている数はわずか二百過多の兵。基地の規模から考えるに、敵との差はそれほどない。
 まともに遣り合えば苦戦は必須。それを判っていてなお、"手は出さない"。その機会は"捨て去る"。

 あの基地にはティカがいる。ハイヌウェレの少女たちが潜入している。
 流れ弾に当たってもらっては困るし、着弾による誘爆に巻き込まれる可能性だってある。
 それに追い立て役であって、追い詰め役ではない。下手に首を締め付けたら、相手が逃げを決め込むかもしれない。

 逃げられるのは困る。逃亡する際に重要な情報を記録した機器一切合財を破壊して逃げるに決まっているからだ。

 ならば男はどうするか。
 決まっている。ハイヌウェレが必要なものを手に入れるまで、ただただ引き付ける。
 それだけのこと、それだけのことなのだ。
 それが、"負けない"男に託された任務、負けず、倒さず、しかし敵を追い立てる。
 それが彼の役目だ。


「全機進軍止め。参列前へ、盾に。中列、構え! 最後列、飛翔開始。右翼展開、左翼は維持のままで。
 エリスさん、貴方の素敵な姉上様たちはどちらのあたりに潜入していらっしゃるのかお教えください」
「えっと、……ここと、ここと、それとここです。それぞれ天井裏の空調管と、緊急路と、床下の配線穴……かな?」
「……なるほど。全機、聞こえましたか? 基地への砲撃は極力抑えてください。
 狙っていいものは機兵各機、地上にいる整備兵、哨戒兵、それと――トーチカです」

 ――二号から十七号、了解!
 ――ヘビン機六十六号から全指揮下、了承!
 ――我ら獅子の同胞ども、一頭余すことなく全機了解!

 声揃え、唱和する。誰も彼もが不平を言わず、率いる雄に全幅の信頼を捧げ――
 全機、構え! されど、引き金は絞らず、溪谷の陣を構えて待ち据える。

 溪谷の陣。空中で浮遊停止ができる吾亦紅を利用した、仮想的に作られた山河の流れ。
 より機体が大きく見え、より陣が大きく聳え、より軍が強大に見える、計略布石の下ごしらえ。
 トルバトール自らが編み出した、彼だけの、彼だけが扱える、彼自身ともいえる――必殺の"技"。


「最前列、敵影捕捉。先陣、数五十。後詰め、同じく五十」
「右翼敵影確認、数七十。方円を組んで構えています」
「左翼、大型機確認! 雷殻、数十五……いえ二十! 護衛は羅甲各機、数四十」


 誘い出され、痺れを切らし、恐怖を抑えきれずに、トルバトールの前に打って出る。
 数は――意外に敵のほうが多い。基地に搭載された火器も含めれば、差は歴然としている。

 だが、それがどうしたというのか。
 兵の練度、機の質はこちらが上。雷殻こそ危険と考えるが、数はたかが二十あまり。
 鉄壁の吾亦紅を、たかがそれしきの数で破れるとはとてもではない不可能だ。
 しかも、率いているのは"男爵"――トルバトール。

 たとえ突然の天変地異で全滅することはありえても、この陣、溪谷を構えてなお負ける可能性は――皆無。


「敵右翼、歩行開始。脚は牛、腰を落として基地からはなれません! 指示を」
「牽制承認。二制射、一制射、一制射を、三たびお願いします。
 それでも前進するなら、ふたたび制射、後に前列は牽制しつつ後列からの主砲で中段攻めを」
「中払いですね、了解ッ! ヒャッホォォ! 腕ぇなりますね!」
「敵左翼、遠射開始。雷殻はいまだ沈黙。いかがいたしましょうか?」
「その距離なら羅甲の弾は届きません。たとえ届いたとしても、盾に傷すらつけれないでしょう。
 そのまま維持でお願いします。もし雷殻に砲撃の兆しがみえたら、こちらも応戦を。
 また雷殻が徹底抗戦を見せるようでしたら、そちらの判断でどうぞ。ただし、陣を崩す前に信号弾を」
「承知しました!」
「隊長殿、敵が――」
「盾、構え。"そちら"は無視で。適度に最前列機を変えて、損傷を抑えてください」


 指示は、的確にして迅速。物によっては報告を受ける前に命を下し、命を下し、命を下す。
 狙うは三つ、負けない戦。勝たない戦。そして敵を逃がさない。それだけを胸に、指揮棒を唸らす。

 選べ、選べ。才を賭けて賽を振るい、采を求めて塞を攻めろ。
 得難い適所を自ら選び、群れに陣に唸りを上げろ。
 賢人、堅陣、揺るがず押されず、ただ耐え、支え、押さえ、そして撃て。

 願え兵よ、その勝利を。誰が為の勝利を。勝ち戦の雄たけびを。
 お前がそこに征することの信念をこめて。

 指揮者の演奏は終わりをみせず、なお苛烈を極めて腕を、声を、機を、高らかに!



   ――おおっ! 獅子の魂は我等にあり!
   ――おおっ! 獅子の牙は此処にあり!

   ――我ら獅子の魂なり! 我ら獣でありながら、智を持って戦う戦士なり!

   ――お前の爪は何がため!?
   ――獅子が爪は引き裂くためにあり!
   ――お前の牙は何がため!?
   ――獅子が牙は噛み付くためにあり!

   ――我ら獅子、歴戦の獅子!
   ――獅子は子のため同胞のため、三たび敵に喰らい付く!
   ――脚よ、駆けよ! 脚よ、跳べ!
   ――我ら獅子であるならば、恐れず震えず猛り往け!
   ――たとえそれが死出の旅でも、我ら誇りて突き進むなり!

   ――我ら獅子の子、獅子を願うもの!
   ――獅子を抱いて生きるもの、獅子となるため歩むもの!
   ――獅子となって死ねるなら、これぞ至上の願いなり!

   ――それが我らが所以なり!
   ――それが我らが由縁なり!

   ――獅子を存すものならば、我らはただ一つを望む!
   ――獅子の群れ、我ら獅子に正統なる地位を!
   ――獅子の群れ、勝利という名の正しき地位を!

   ――おおっ! おおっ! 獅子の魂は我等にあり!
   ――おおっ! おおっ! 獅子の牙は此処にあり!
   ――おおっ! おおっ! おおっ! おおっ!
   ――おおっ! おおっ! おおっ! おおっ!



 兵は謳う。獅子はただ一つを謳う。
 奏者は駆ける。獅子はただ戦場を駆ける。
 指揮者は振るう。獅子はただ群れを率いて振るう。



「……す…………ごい……」
「兵は皆、隣人であり、仲間であり、友であり、恋人であり、愛しい人であり、かけがえの無い人であり、
 同時にそれらすべてであり、今ここで一つの歌をあげる演奏楽器の数々であり、ですよ。
 何も特別なことではありません。脚本を書き上げ、指揮者が指示し、演出を凝らす。
 本来なら戯曲の一つでも執ればよかったのですが、けれど、それではきっと"つまらなかった"でしょうね。
 劇では物足りないものがここにはあります。この身が猛るものが、ここにはあるのですから。
 鋼が散らす戦争も、人が散り逝く戦争も、大地が焼かれる戦争も、星が滅びる戦争も、
 儚くも躍動的で、激動的で、情緒的で、魅力的で――この剣楽は、ある意味"美しい戦い"とも、捉えられます」
「"美しい戦い"……?」
「"生きる"人はどんな劇よりも素敵ですよ、お嬢さん」


 獅子と少女を抱きしめ、言う。
 あるいは……あるいは、初めて少女が、"ハイヌウェレ"がヒトに恐怖したのは、今、この瞬間かもしれない。


(エリス、聞こえる?)
(……ッ! お姉さま、状況は……あ、はい。なるほど、"視え"ました)
「あ、あの……トルバトール……隊長、さん……」
「はい? なんでしょうか? あぁ、もしかして少し酔いました?」
「いえ、その……そろそろ"頃合"なので、そちらも動いていい、だそう……です」
「……なるほど。全軍、突撃貫行……許可! 兵舎、機兵倉庫の類は優先的に砲撃を!
 ただし攻撃の際には、厳重に注意を。特に、指令棟付近には当てないようにお願いします!」
「あ、あと、あの、あの! 情報管制所の攻撃も、あの、その……」
「ハ、ハ! そんな気ィつかわなくてもいいよ、嬢ちゃんよぉ!」
「んだ、んだ。そこに姉ちゃんがいるんだろ? 安心しな、そこは俺が命にかえても守ってやる」
「あっ、てめぇ、相手が美人ちゃんだからって、ずりぃぞオラ! 俺にも回せ、そこは俺が死守する!」


 陽気な声、ふざけた声、軽口だらけの声。だけど不思議と、頼もしい声。
 ふわり、こぼれ出した笑みを抱き合えるほど近くにいながら見れなかったのは、
 男にとって不幸だったと言えるだろう。

 きっと、見惚れてしまうほどの笑みなのだから。






「さて、君らの仕事ぶりはまずまずの上々、といったところかな?
 被害軽微、敵はがたがた、ついでに美味しいところは全部もっていっちゃって、まあまあ……。
 こりゃあ、今回出張る機会の無かった僕としては、妬ましくなるほどの戦果だぁねぇ……ククッ」


 暗く、暗く、アドニスは嗤う。
 その場に居合わせた人間は、よくもまあ言うものだ…とは思うが、口にはしない。
 こんな無茶な作戦を言い出すお前のほうこそ、気が狂ってはいないか、と。

 進撃する相手基地に向かって、同時に潜入させる。
 現代の、特に機兵攻撃力が増大し、かつ運用できる機兵の数が増えた今、
 そんな自殺志願まがいの任務を"自分が生んだ"生き物に与えるなど……正気の沙汰。

 まず間違いなく、同じ作戦をあげる人間は存在しない。
 流れ弾一つとっても、基地に着弾させれば身の危険性が増す。
 第一、味方機が乗り込んできた際に、敵と誤認され撃たれる可能性も、踏み潰される可能性もある。
 それだけでなく、逃げ出す機会もほとんど無ければ、逃げるにも乗る"機体"がないからだ。

 まさか生身のまま基地から脱出しろ、だとは言えない。言えるはずが無い。
 いくら"ヒトではないイキモノ"だからといえ、"ヒトと同じカタチ"をしたものに下せる命令ではない。

 だが彼女は命令し、少女は遂行し、その任を果たした。
 誰一人欠けることなく、生存して、生存して、生存して。
 綱渡り同然、いやそれ以上の危険をはらんだ任務を、ハイヌウェレはこなしたのだ。

 連立した連携攻撃がキモだとは、アドニスの云いだが、まさしくその通り。

 一切の時間差なく情報を完璧に正確に伝達でき、瞬時に同時に動ける兵。
 外でその情報を頼りに、的確に過ぎる布陣を操れる指揮官。
 占拠し終えたと同時に突撃でき、その潜入した建物を囲み守護できるだけの防御と機動性をもった機体。

 どれか一つでも欠ければ不可能に違いないこの任務だが、
 やはり一番重要な仕事をこなした人間といえば……全兵を補佐した少女、末子のエリスに違いない。
 その最大の功労者はといえば、ティカとトルバトールの間、隠れるように身を潜めながらも……照れるように微笑。

 なんともいじらしい姿だ。


「んで、敵の情報はどんな具合だったんだい?
  いってごらん、ティカ。さあ早く僕に教えてくれよ、気になるじゃないか」
「ずいぶんとワクワクなさっているんですね、アドニス女史。
 ま、ともかくあれです。掴んだのは敵の総兵力と主要機の一覧。
 あとはまあ……敵の"研究所"らしき場所と、指揮官の名前くらいですかね」
「……指揮官ならともかく、研究所だって……?」


 疑問。

 それは新しい兵器の研究所なのか。
 あるいは新しい機兵の研究所なのか。
 それとも、それ以外の何かの為、なのか。

 生憎と、その研究内容まではわかりません。ティカは"微笑み"ながら、そう告げる。
 ただ、と付け加えるのは、どうやら空間制御系の研究だ、ということは判るのですが……という、言葉のみ。


「ふぅん……空間制御、ねぇ」


 疑問は尽きないが、アドニスは興味でも失ったのかさも退屈そうに言う。
 彼女にとって、不明なものなどどうでもいい事なのだろう。

 きっと、たぶん、きっと。


「で、指揮官の名前は? そいつは、一体どういうヤツなんだい?」
「それは……その人の名は、ですね――」





 ――男の名は、エルリック。通称"蒼"と呼ばれる……ただ、"それだけ"の男。


 ――続く。