おそれを知るものよ
おそれを知るものよ

何を願うのか
何処を見るのか
何処へ向かうのか




「さて諸君……問おう、戦術の一個くらい思いついたかい?」

 まるで詩の一節でも読み上げるかのように、わざとらしさの混じる声が木霊する。
 その場に居るのは声の主、アドニス・アハレイとその上司であるガフ、そして彼の手ごまである五人の隊長。誰も彼もが彼――いや、彼女をじっと見つめ、何を言い出すのだろうかと期待の入り混じった瞳を向けている。
 突然の召集、それも先の闘いの戦後処理すら行っていない状態での会議だ、その唐突な行動と内容には皆が興味を持っている。
 だからこそ、突然彼女が投げかけてきた言葉の真意も測れず、ただ珍妙な表情を浮かべている。

「やれやれ、機兵遊びに夢中になりすぎて、何一つ考えていないようだねぇ……まったく、それでよく智将『獅子公爵』の団だなんて言われてるねぇ。陣取り合戦にくれてばかりで、本質を見失ってないかい?」
「本質……ですか?」

 反芻するようにぽつりと言葉を洩らしたのはトルバトール。四隊長の中では最も策略や戦術を得意とすることからか、アドニスの言葉に突っかかっている感もあった。
 だがそれも、この女の前では無意味な感情だ。疑念の声も気にする事もなく、ただ悠然と立っている。

「そ、本質さ。ボクらは勝利しなければならない。では勝利とは何だ? 敵を殺す事か? 違うね、この星の反乱者たちを治めること、それだけさ。期限も方法も定められていないからね、好きな方法で好きなだけやればいい……とは、もちろんいかない。
 さて、ここで大事なのは『勝つこと』だ、だがボクたちはその条件を決して満たしては居ない。それは何故かい?」
「ハン、単純に敵の抵抗がしつこいってだけじゃネーのかよ。例の亡霊騎士とか、手ごわいのがいるしな」
「敵の抵抗、ねぇ……」

 ぶっきら棒にはき捨てた言葉もどこ吹く風、アドニスは冷めた視線で発言者を見る。
 ただじいっと、じいっと、舐めるかのように、心の底でも覗き見るようなその視線はあまりに不気味、それ故か視線の先に佇む彼ブニュエルも居心地が悪いのか、舌打ち一つ洩らして眼をそらす。
 だがそれでもアドニスは見続ける。口尻を吊り上げながら顎に手をあて、見下すようにじいっと、じいっと。
 まるでその言葉を、吟味でもしているかのようだった。

「まぁたしかに、アレは強敵ではあるね。けど、それだけさ、御せないものでもない。ここで問題なのはあれだ、個としてのものじゃない、全体として、さ。
 ボクたちが苦戦しているのは何故かね? それはもちろん、敵の数が多いこと、そして補給部隊がろくに到達できないから資源が足りていないってことさ。では足りていないとどうなる? それはもちろん、戦線を維持できない。いやさ、それどころか攻め時でさえ消耗を恐れてどこか及び腰な進軍となる。それじゃあ、勝てる戦にも勝てないサ。
 では何故こんな物資不足に陥ってる? そりゃあもちろん、敵の超々遠距離砲台があるからだね。それさえなければ援軍も物資も大量に補給し放題、瞬く間にこの地を平定できるってものさ。
 ――つまりはあれだ、何時までもこんな遅々として進まない戦線を維持するのは御免って事。というかだ、このままの戦い方で行けばいずれ力を失って潰れるよ。力のあるうちに、敵の遠距離砲台を潰さない限りはね」



Hainuwere #08 少女/蟻塚



「つまり、さ。こちらはベイリ君が持ってきてくれた物資はあるとはいえ基本的には資源が不足してるわけだ、そんな貧しい生活で粘りきるのはどだい無理といった話さ。しかも僅かな損耗すらもこちらとしては受けたくない状況なわけ。それは敵さんも理解している事だろうね。
 ……だからこそ、その"現状"を利用するんだよ。敵はこちらに対し、堅実な手段しか取れないという先入観を持っている。それだけじゃない、ボクが故意に流した情報……つまりガフの情報なんだがね、君は防衛や撤退戦などを得意とし、攻めにはやや消極的で慎重派だとばらまいておいた。これももちろん布石さ。実績も知名度もある君の情報だ、プライベートなものは避けておいたけど、戦績なんかは意図的に流しておいたからね、敵はきっと油断していることだろうよ」

 喜色も隠さずに声は告げる。まるで悪戯をしかけた子供のように、内緒話を共有したいとうずうずしている子供のように、巨大なパレードを目の前に踊りださんとしている子供のように。
 顔に浮かべたものももちろん笑み、それもいつも以上に口尻をあげて、心の底から笑いが溢れているようなその顔は余りにも彼女らしくなく……故に、不気味であった。

 アドニス・アハレイ。研究者であり軍師であるものよ。
 猫のように笑う、笑う、笑う彼女は、じっくりと周りの男たちを眺めながら眼を細めて唇を閉じる。
 目前に位置する彼、ウルリッヒ・ガフの返答を待つかのように。

「……なるほど、な。言いたい事はよくわかった。そしてそれ故の作戦だということも。確かに、憂いを断ってこそ、この戦での勝利は揺るぎ無き不動のものとなるな。……が、中々に無茶なことを言うな、お前は」
「ははは、ボクとしては『無茶とは何ぞや』ってね。駆け引きには推測や希望的観測は付き物さ。だが、これは今ある条件……それも『敵にとっては有利にしか取れないが、実はそうでもない』というものを、最大限利用した方法サ。自分にとって都合のいい札を引き当てて、かつ相手に要らないものを押し付け、倒す。それが駆け引きというものじゃないのかい?」

 静寂を破る重々しい声。あたかも腹から搾り出したような声を、アドニスはあっさりと茶化してみせる。とても総隊長へ向ける台詞だとは思えないが、誰もそれを咎めやしない。
 格が違う。人であるものと、"魔女"とも呼ばれるものとの間では。

 だから、人でない化け物だけが、彼――彼女をじっと見つめる。
 ティカ・ハイヌウェレと二十三人の娘たち。彼女たちだけが、ただひたむきにアドニスを、否、その指が指し示すものを見続ける。

 地図に置かれた旗地の駒。まるで塔のように巨大な、砲台を。


「ま、これでわかっただろ? ボクたちが狙うべき目標は、惑星間砲撃が可能な超々距離砲台ってことサ。これだけが最大の障害で、これさえ打開できるなら勝利は目前だ。敵は現在、指揮官らしき蒼い機体は半壊しているようだ、実力は普段の半分もでないだろう。いやさ、この行軍をわずか数日で行えば確実に出撃はしないはずさ。アレはボクが見たトコかなり個性的な機体だ、数日やそこらで万全にできる代物じゃないね。まあそれはどうでもいい、こちらとしては鉢あわさなければ若干有利になる程度って所さ。
 重要なのはだ、ボクたちがね、まだこれを攻め落とせるだけの余力が残っている状態で、しかもこちらにとって有利な条件を抱えているときに叩かなくちゃいけないことさ。今この機会を逃すと、次は何時になることだろうね。ここを落とす、それだけのことなのに、苦戦続きは割に合わないと思うけどねぇ。
 ああ、防衛なんて気にもする必要はないよ。どうせ奪い取った基地だ、敵にすんなり返してやってもいい。この砲台さえ落とせば、後はいつでも好きな時にあらゆる基地を攻めれるからね。つまるところ、全てをかなぐり捨ててでも早急にここを襲い、蹂躙し、破壊しつくす事が重要なんだ、これを落とせば全てが終わる。
 ……ああ、後にやってくる援軍に手柄を取られるのが嫌だとか言わないだろうね? ボクから言わせればそういう軍人的思考はとても下らないことだと思うね。功を考えるばかりに負けました、じゃお話にならないだろう。そりゃもちろん活躍もしなければ、ただ負けないだけの部隊というのは賞賛に値しないだろう。けど、君は違うだろう? すでに地位も権力もあり、名声だって中々のものだ。手柄の一つくらい、誰かにくれてやったって痛くもないだろ? それに、不利な条件でありながらも粘り続けて勝利を導いたという"事実"だってあるんだし、君の評価は上がりこそすれ落ちることはないよ。
 さて、ボクからの意見はこれで終了だ。何か聞きたいことがあるなら何でも聞くといいよ。今のボクは機嫌がいいからね、何だって答えてあげよう。だけど、質問がないようなら決断をしてもらいたい。このまま数年ほど泥沼のような闘いをするか、それとも一気に攻め落として勝利を導くか……そのどちらかをね……」





 それは軍人の手法としては違和感のある闘いに違いなかった事だろう。
 後の戦略家たちがこぞって戦術題材にあげる手本としてもあげられるその記録的な闘争は、しかし当事者にとっては最善とも呼ぶべき手段に過ぎなかった。

 即ち大多数の陣を敷いての行軍。敵の襲撃から高々二日おいて行われたそれは、はたから見れば無謀とも取れる強攻策にも見えた。
 しかし本質は異なる。傷ついた機体、燃料の足りない機体などを奪い取った基地に最低限の防衛として配置し、部隊はただ一心不乱に北を目指していた。
 北にそびえる、その"塔"目掛けて。

「こちらコルセスカ隊。敵の鼻ァ利いてねぇが、そっちゃどうだ?」
「こちらアルバレスト隊のトルバトール中尉です。『狸は狐に化かされた』。敵軍はこちらの基地狙いからあわてて私たちを追いかけ始めたようです。どうぞ」
「あいさトルバトール、マヌケな狸をケツにひっつけて北進継続ってな」

 その行軍に休憩などない。目的である"塔"――すなわち聳え立つ超々遠距離砲台をへし折るまでは、彼等の歩みは止まらない。
 止まらない、止まらない、止まらない。四つの群れへと別れた彼等は、決して止まることなく北へと向かっていく。
 それは、彼等の駆る愛機にしか成し遂げられない戦法、すなわち軒並み外れた蓄積電力を持つ『吾亦紅』の、その最大の持ち味を生かした作戦だ。


 本来であればこのような行進、最低でも一週間ほどの準備を済ませなければ不可能だろう。だが、無尽蔵ともいえる動力を持つ吾亦紅を用いることでその期間を大幅に短縮することが出来た。
 それに加え、大規模な防衛戦後という利点もあった。まさかの戦後処理を放棄しての反撃、しかも間髪いれずの行動は敵に戦力を蓄えさせていない。おかげでほとんど抵抗らしき抵抗もないまま突き進んでいる。

 防御をすてた完全な攻め、最低限の準備という過程を排除した迅速な行動、そして本来であれば守るべきはずの陣地を完全に捨て駒として扱った判断力。
 それはとても奇抜で特異で奇妙で斬新な、勇猛な作戦だった。

「はっは、こちらコルセスカ隊のブニュエルだ。基地防衛のツァラ少尉、そっちはどうだい?」
「こちら防衛のセスタス隊のツァラです。敵影は依然どの基地にも発見できず。まったく、そりゃそうでしょうよ。合計三百を超える集団がやつらの生命線である砲台に向かっているんですから、こっちに手を出すより先にそちらの防衛に回りますってば。まったく、暇でしょうがないですよ」
「はン、愚痴なら先の闘いで亡霊野郎に遅れを取った自分を呪いな! まったく、下らない逆賊なんかに負けやがって……お前は例の女史と情報戦でもやってな、俺らはたった今目標捕捉だ、暴れまわってくらぁ!」
「はいはい……それじゃ、ご武運でも祈っています」

 砲台を落とされればアムステラより援軍が来る。敵軍としては守り切れればよし、だが万が一にでも落とされればどうか。今まで有利な条件でありながらも敗北を重ねていたのだ、敵の増援まで許してしまえば敗北は濃厚、圧倒的な戦力によって突き崩されるに違いなかった。
 それを敵も理解しているのか、死に物狂いに兵を集めている。だが、それも遅い。とても遅すぎた。
 基地攻めをするも失敗を重ねた彼等に、すぐに起動できる兵器は限られている。それに例えあったとしても、第百二十一特殊戦略大隊の猛攻に耐え切れるとはとても思われなかった。


――勝てる。これは勝てる。
 勝利の二文字が彼等の足を、腕を、魂を動かし駆ける。胸に宿した魂の駆動体は恐怖をかき消して、高鳴りを全身に響かせる。

 ――おおっ! おおっ!
 誰からともなく雄たけびがあがった。全軍が一個の駆動体とかして、同じ思いを胸に向かう。
 ――おおっ! おおっ!
 鼓舞の叫びを耳に総隊長であるガフも、その口を開いて命を発した。

「全軍に告ぐ。獅子本隊は停止、ここにて敵援軍を迎え撃つ。コルセスカ隊は正面より突撃! ガントレット隊は二手に別れて側面より攻めて援護を、アルバレスト隊は遠距離より防衛砲台を打ち砕け! なんとしてでもこの丘にそびえる"塔"を落とせ! いいな、これは絶対命令だ、絶対に落とせ、それだけを命令する!」

 ――おおっ! 獅子の魂は我等にあり!
 ――おおっ! 獅子の牙は此処にあり!

 そこに言葉はなかった。ただ雄たけびのみがあり、ただ意志だけがそこにあった。
 先陣を切って丘上を目指すブニュエル機を追うように、鉄機の群れが駆け上る。敵も必死に妨害しようと弾幕を張るも、その勢いを止める事は敵わない。
 丘全体を構築しただけあってか、その場の防衛を任されていた機はそれなりに多い。だが、如何せん数と質が違いすぎている。
 駆け上る軍勢は決死の覚悟をもった獅子の軍勢、生半可な足止めなど無意味に過ぎない。百機を越える機体が襲い掛かるのを、止める術などもってはいない。その、はずだ。

 一閃、二閃。統率のとれないまま撒かれる弾幕をすり抜けるかのように閃光が瞬く。それから数瞬おくれて巻き起こる破砕音が、それが敵の砲撃であることを教えていた。
 ぬるい砲撃に混じった的確な狙撃、だがそれも焼け石に水といったところか。だがしかし、ブニュエルはきっと睨みつけるように見上げ、その影を目視する。

 もう一人の死神、朱銀の狙撃手の姿を。

「敵指揮官発見だ。おめェら、射線をあわせンじゃねぇぞ! 奴ァ俺がしとめるからぁよ! ガッシュ、それと娘っこ! 手下の指揮は預けた、好きに使いやがれ!」
「その愛称で呼ぶな、ブニュ。……了解、これは勝ち戦だからな、くれぐれも遊びすぎるなよ」

 げらげらと、両者は通信機越しに笑い声を交し合う。信頼を込めてからかい合うと、ブニュエルは単騎突出する形で駆け上がる。
 狙うは丘の上の狙撃手。その距離をも物ともせず、ただひたすらに鋼を向けて走る、走る、走る。

「息子への手土産ってな……楽しませてくれ、ヨォッ!」

 思わずつぶやいた軽口とは裏腹に、盾を大振り一撃を払う。脅威の硬度を誇るこの盾ならば、生半可な攻撃など弾く事も容易い。だが所詮は人間の動体視力、すべてを弾ききる事は不可能。それをどうするのか、ブニュエルよ。
 狙撃は続く。腕を振り切ったその瞬間を狙う一撃、脚を踏み出したその瞬間を狙う一撃。装甲は抉られるも、それはとても傷とは呼べない浅い弾痕。ガフの片腕として戦場を渡り歩いてきた彼にとって、たかが一機からの攻撃など危機とも呼べぬものか!

 一騎打ちにおける射撃試合、その軍配は一匹の雄に分があった。
 防御に優れた機体、突撃を得意とする操者、手の内がある程度知れている敵、そしていくつかの要素が組み合わさった好条件。
 姿を現した狙撃手など、もはや何の脅威にもならない一兵卒に過ぎない。影から影へと隠れ撃つならともかく、正面きっての闘いで負けなど、考えられるはずもなかった。


――だから、だろうか。
 態々この局面で姿を現した敵に違和感を覚えたのか、勢いを若干弱めつつ考える。目に止まらぬ場所から撃てばよいものを、態々姿を現したその理由を。
 自分ならこの局面、どういった目的のために立つのか。自暴自棄か、自信過剰か、何か策があってのことか――罠か! ではその罠とは一体何だ!?

 考えは空回る。相手の意図の読めないときほど、無謀な突撃は仇と化す。ブニュエルはその外見に反し、即物的ながらも自己判断能力に富んだ分析が得意だ。
 突撃隊長ほど瞬間的な判断力や分析能力が必要だ、そう息子に教え込んだのは誰か。教えたその主は果たしてこの場面をどう捉えるか。
 考える、考える、考える。あれほどまでに高揚していた気分は不思議と冷めていき、研ぎ澄まされた神経が敵の一挙手一投足すら見逃さまいと、目線を決してそらすことなく見る、見る、見る。

 そして……それが見えた。
 目前の狙撃手に繋がる、数多くのパイプを。

「ッ!!」

 先ほどとは比べ物にならないほどの殺気が吹きつけ、思わず横に飛びのくもやや遅い。予想だにしていなかった方角より迫る弾丸が、肩から背にかけて浴びせられ思わず膝を屈してしまう。転げ落ちなかったのは僥倖、だがこの状況は非情に不味い。
 背後を見れば、ある程度はなれて追いかけてきたはずの味方たちも、それなりの損傷を貰っている。その原因は、やはりこの狙撃手か。

 視線を横へとそらせば、やはりといっていいか、七本の柱で支えられていた球状の巨大防衛砲台が、その砲門を味方やブニュエル機に向けている。その制御をしているのは誰か? もちろん、目前の狙撃手だ。
 たかが一機、それに砲台が一個加わった程度なら問題はない。だが、それが百や二百を上回る砲台となればどうか。しかもそれが、正確にして無慈悲な一撃を放つ死神の狙撃手に委ねられれば、それを避ける手段など残されてはいない。

 嵌められた。それも、突出する形で一部隊分前に出てしまった自分を餌にされている。雨霰と自分に降り注ぐ弾丸を身に受けながら、ブニュエルは誰のも届かない舌打ちを鳴らす。
 もし自分を助けに来ればどうなるか。もちろん同じように蜂の巣にされるだけ。では見捨てるか? 見捨てられるというのか隊長機を! 自惚れではないが、彼は自分がそれなりに慕われている事を知っている。そんな彼がなぶり殺しにされていれば部下はどうする、俺の部下たち、愛すべき馬鹿たちは何をする?

 凶弾に襲われに来る。そうに違いない、クソッタレどもが。
 いかさず殺さず、しかし身動きはさせないように襲い掛かる弾丸に機体が揺れる。その揺れる視野の中、自分へ駆け寄ろうとガルーシアの命令を無視した彼の部下が、一人また一人と撃ち抜かれていく。
 ふがいなさと怒り、殺意と悲哀がその身を焦がすも、そのなぶり殺しは止まらない。

「クソが! クソックソックソッタレが! えげつない手段やりゃあがって、このクソッタレが! それ以上撃ってみやがれ、俺が貴様を殺すぞ、このサディズム野郎!」

 自分でも虚勢とは理解している。だが言葉は止まらない。ののしり声は決して止まらない。
 降り注ぐ鋼と熱線の雨に身を打たれる彼には、もはや声しかあげることが出来ないのだ。
 そんな彼に、届く声があった。


「なぁーに悲観しちゃってるのさ、オ・ジ・サ・ン。このすーぱーウェスタちゃんが今からなんとかするんだから、ちょっとはだまってなさいってのよね!」
「お前は……あの娘等の……ええと、何女だ?」
「……やっぱ見分けつけられてないんだわ。やっぱ私たちって影が薄いんだわ。……欝だわ」
「ちょ、何女だって関係ないっての、何へこんでるのよミーザ。……ま、それはどうでもいいわ。おぢさん、まだ余力は残ってるんでしょ? なるたけ敵の弾丸防ぎ続けてね、一応機体が動けるようなら、あの朱いド下等相手を思いっきりぶん殴ってもらわなきゃいけないんだから! だから、もうちょっと我慢しててよね、何とかするからさ!」

 それだけを伝えきると、通信機は無言になる。具体的な方法や作戦などは伝えられていないが、しかし不思議と不安を感じずにいた。
 あの少女たちは何かと予想を覆す活躍を繰り広げている。その手段も考え方もとても異質なものだが、これまで必ず成功させている。
 ならば不安などない、やるといわれ頼むと託されれば、ブニュエルにとって何一つの恐怖もない。
 全てを委ねて任せる。ただそれだけのことだった。

 撃たれるがままだったブニュエル機が必死の抵抗を始める中、それをにやりと見つめながら彼女は妹に指示を与える。
 "長女"であるティカからはもう完全に許可を得ている。部隊長の危機を救えば株も上がるから良い、などと尤もらしい理由をつけてまで言う"長女"は、彼女にとっては可愛らしい性格に見えた。

(わざわざそれっぽい事言わなくても、心配だから何とかしろって言えばいいのにねお姉ちゃん)
(……ウェスタ、聞こえてるんだけどね、貴方の考え)
(あはっ、壁に耳有り脳裏にお姉ちゃんあり? はいはい、冗談はやめますよっと。パイアは位置についたよね、ミーザとシビュレはピュシィの護衛をまかせたよっ! んじゃ、作戦開始ってね!)

 この間僅かに数瞬、人間で言えば眼を合わせた程度の時間でそれだけの意思伝達を済ませると、彼女たちは完全に息を合わせて動き出す。
 あるものは空を翔け、あるものは地で機会を待ち、そしてあるものは――聳え立つ防衛砲台目掛けて、一直線に飛ぶ。

 味方を助けるために、まずは砲台から狙う。そう敵には見えただろうがそれは甘い判断だ。力自慢の"十二女"パイアに敵は注目し、おそらくは撃墜のためにと砲を向けている。
 バカね、と口の中だけでつぶやく。何か一つに注目しきる事こそ、戦場においては下の下だということを、敵は忘れ去っている。あれだけ砲台を抱えているのだ、本命の主砲くらいしか完全に制御しきれてはいないだろうと判断したが、それはやはり大当たりだ。
 そもそも一人きりで全てを抱えて、部下へ対する命令伝達も満足にはできていないだろう。陰湿なやり口に頭が一杯で、どうやら肝心なことを忘れているようだ。
 狙われるのは、決してこちらだけではないということを。


 ――ダタン、ダタンと咆哮する鋼、ダタン、ダタンと弾け飛ぶ鋼。
 注意力がおろそかな狙撃手が、撃ち抜かれた音だ。

「いよっし、流石は姉妹一の使い手ね、ピュシィ! そこに痺れる憧れるぅ! じゃんじゃんうっちゃって、じゃんじゃん。あたしは今からおぢさんところまで一直線に走っちゃうからさ!」
「……委細承知。電子配管はこちらで打ち抜けるだけ打ち抜いておく」

 それはごくごく単純な事だった。
 数の多い固定砲台、やり口の汚い敵の狙撃手。だが所詮指揮者は一人きりで、その唯一の機体でさえ数多くの配線によって固定化されている。
 わざわざ砲台を壊すまでもない、こちらも精確極まりない狙撃にて、その配管ケーブルを打ち抜いてしまえばよいのだ。

 一発、二発、三発。ハイヌウェレ一の狙撃手であるピュシィは、矢継ぎ早に弾丸を浴びせていく。敵の狙撃手も応戦しようとも護衛が二機も居ればそれも難しく、かといって逃げようにも数多くの配管が邪魔で身動きすら取れない。
 やはり敵は阿呆だ、ハイヌウェレたちはそう思う。わざわざ自身を晒さなくても、完全に基地内部から操作していればこうはならなかっただろうに、と。
 最低でも、負けはしただろうがこちらにも多大な損害を与えることは出来ただろう。今のように一機ただ一つを狙う撃ちにするのではなく、この防衛砲台すべてを破壊しつくさなければならなかったのだ。

 けどそれは、本来であればの話だった。もはや今となっては語るも無意味な『もしも』に過ぎない。
 砲撃は止まない。もはや、打ち勝つまでは決して。

「さて、出番ですよおぢさま。あの憎い赤畜生を思いっきり蹴っ飛ばしてやっちゃって」
「ハッ、言われるまでもねぇっつーんだよ小娘! ……見せ場をこっちに渡しやがって、お前も相当の阿呆だな! いいぜ、後で酒でも食いモンでも奢ってやらぁ! いくぞ!!」
「その約束、絶対だかんね!」

 朱銀の狙撃手は、もはや満足に銃弾を放てるほどの余裕を持っていない。じっくり、じっくりと足場を確かめるように近寄りながら、ブニュエルは両盾を構えて突貫する。
 駆ける、駆ける、駆ける。奔る、奔る、奔る。表舞台に現れた狙撃手になど、決して止められない猛牛の走駆だ。それを理解したのか配管ケーブルを自ら強制切断するも、それすらも間に合わない。
 何時の間にか狙撃手の背後に立っていたパイア機が、足元をすくうように横薙ぎにして体制を崩し、そして蹴り飛ばす。ブニュエル機へと向けて。

 次から次へと翻弄される敵の指揮官に、思わずブニュエルも失笑が漏れる。
 哀れな奴だ、ものの見事に手玉に取られている、何か一つに集中するたびに、予想だにしてない相手から手痛い一撃を貰っている。
 だが、それも終わりだ。そんな意志を込めた一撃が、胸部へと叩きつけられる!


 ――ランクラッシュ。
 速度と重量を生かした一撃は易々と狙撃手を弾き飛ばし、くるくると回る朱色は砲台の柱へと叩きつけられる。
 だがそれだけでは終わらない。よろよろと起き上がろうとするその痩身目掛けて、もう一撃お見舞いしようと駆ける。
 避けきれない、砲撃で止めることすらままならない。そう覚悟を決めたのか右手に持つ砲身を盾に構えるも、そんなもので防ぎきれる攻撃などではなかった。

 ――ジェノサイド・カッター。
 掬い上げるようなその一撃は腕ごと銃を蹴り飛ばし、吸い込まれるように胸部を貫く。間抜けな万歳の恰好を取りながらも体は柱にめり込み、間髪いれず叩き込まれた盾の一撃でさらに潰されていく。
 そしてもう一度の、ランクラッシュ。柱もその一撃を耐え切るにはあまりにも強度不足、ぐしゃぐしゃにひしゃげた敵ごと砕け散ってしまう。過剰な破壊力はそれでもとどまらず、弾き飛ばされた機体はガンッガンッと跳ね飛び丘を転がり落ちていく。

「はっ……部下と俺の怒り、十二分にかみ締めやがれってんだ」

 はき捨てるように声が言う。もはや勝敗は決していた。
 ブニュエルが敵指揮官を打ち滅ぼした今、勝利は揺るが無きものへと確定している。

 ――おお、オォッ!
 誰からともなく勝鬨をあげ、その手の鋼を天へと向ける。
 歯向かうものなどない。皆が勝利をかみ締めていた。

 だが、だがふと視線を向けてしまう。
 予感とでも呼べばいいのだろうか、人はふと何でもないはずなのに振り向いてしまう事がある。それが、このときだった。
 見れば、ああやはりといっていいのだろうか。

 あれほどまでに打ち据えたはずの朱の姿が、そこには残っていなかったのだ。




「――さて、そういうわけだから、もうこちらには援軍を送ってくれてかまわないよ。敵の砲台はきちんと仕留めた、襲われることなんて絶対とは言わないが、前みたいに戦艦数十隻ごと打ち落とされる事はないよ。それだけは『絶対』だと言える」
「――ずいぶんとご機嫌だな、アドニス」
「ご機嫌? そりゃあご機嫌にもなるだろうね。大したデータにもならなかったけどさ、あの子たちの能力の高さは十分にお披露目できただろうからね。あとは敗残兵でも締め上げながら、君のご所望だった方法であの子に試練をあたえるダケさ」

 整備兵の多くは基地に残ったため、そのまとめ役を担っていたアドニスはとても陽気そうに喋る。通信の先は他のものが知れば卒倒してしまう相手だが、何一つ臆することなく会話している。
 相手の名は……ユリウス・アムステラ。彼女の上司にして彼女の所属するこの国、アムステラの宰相である男。そんな高位の立場にある彼に対し、アドニスはなおけらけらと笑いかける。

 不遜、傲慢、恐れ多い。この通信対話を知れば回りの部下たちは誰もがそう思うに違いない。だがしかし、これは彼女と彼との間にある完全な専用回線。誰一人としてその内容は知らず、誰一人としてその存在を知らない。
 彼と彼女に結ばれた盟約――それと同様にだ。

「まあ、これで終わりとかは言わないだろうね? 折角知り合いからお手製の玩具を運んでもらっているんだ、それを振るわせるまでは遊ばせてくれるかい? もちろん、君の命令があればそれには従うけどさ、君だってわかっているんだろ? あの子たちの有用性は判ったにせよ、その限界を見極めるにはこの戦場、余りに小さすぎたってね」
「よくもそこまで口が回るものだ。だが、確かにそれには一理ある。余を満足させる女を与えるとは聞いたが、あれで全力といわれれば物足りないものだ。
 よかろう、援軍は送るがあくまで前線はガフ大佐に率いらせるとよい。そして歯向かう逆賊はすべてあの娘に、ティカに打ち倒させる、それでよいな?」
「ええ、それで不満はないですよ、ボクの主クン。もちろん、お互いに結果が足りないと思えば次の戦場に回してくれるとありがたい。データは大いにこしたはないからね。精々あの子達に地獄をみせてやってくれよ。地獄を知れば知るほど、あの子達はすばらしく強くしたたかになるだろうね。それが楽しみでならないよ」
「では、貴君と私の娘のために――」







『――乾杯(チアーズ)』


――続く。