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獣よ、獣

 汝が見るは、煉獄の情景
 汝が聞くは、彼我の慟哭
 汝が嗅ぐは、血肉の腐臭



「嫌です! やはり私くしは反対ですお姉さま! なんで、なんでこんな連中なんかと一緒に出なきゃいけないんですかッ!?」

 きんきんと、同じ声なのに何故ここまで耳障りになるほど甲高く叫べるのだろうか。ティカは内心そんな事を思いながら、目の前にいる三人の男たちに頭を垂れる。
 もちろん、うちの妹が失礼をしました、などとは言わない。その言葉は、すでに何十回と使っているからだ。いい加減、彼らもうんざりしている頃だろうが、デメテアがずっとこの調子なのだ、仕方が無い。
 最初は苛立ちの目線しかなかった彼らも、次第に哀れむようにティカを見ている。お前も大変なんだな、こういう手合いは面倒だよなあ、という意を込めた、憐憫の顔。

「おいおい、お譲ちゃん。そんなに嫌わんでくれよ、な? 仕方がないだろ、前回の件でお互いの実力が判明して、それでそっちの方が強いことがわかったけどよ、それはあんたたちだけで組んだ場合の話だろ? ガフ総隊長やアドニス先生がさ、今度は共同作戦における戦術のほどを見たいっつってるんだから、我慢してくれよ、な?」

 まるで媚びへつらう様に、男たちの一人――ガルーシアがそう言う。自分に気のある女を口説くときや部下への言い回しは得意中の得意な彼だが、ここまで男嫌いの小娘を相手にすると、流石に対応に困っている。
 短気でケンカ早いブニュエルにはとても任せられないので、ガルーシアやトルバトールがデメテアへの説得役に当たっていた。もちろん、ティカもその付き添い役だ。ちなみにツァラは、少女の一人ニキと共に指揮演習を行っている。

 ともかく、彼ら彼女らは団結して一つの問題……デメテアの説得に当たっていた。他のハイヌウェレたちは二つ返事で了承したが、男嫌いにして人間嫌いであるデメテアはそうはいかない。
 正直、手を焼いていた。
 手間のかからない姉妹たちはみな、自分が課した命令に従っているというのに。

 例えばアトロスやヘレナなどは、まるで娼婦か水商売の女のように周りの隊員に色香を振りまき、男心をくすぐる等して若干の迷惑をかけているが、それでもそこには相手に自分たちへ気を引かせる意味が込められている。それは、あえてティカが命令した行為だ。
 人心を操るには女が一番いい。執着心や情欲は仲間意識とは違うが、しかし打ち解けるためには十分に効果を発揮する――政治の一つだ。

 ティカは自分たちの武器をよく理解していた。女である意味を、十二分に発揮できる程度には。
 人ではなくとも、女として生まれたからには利用する。姉さんってそういうところが黒いよね、とはアトロスの談だが、事実彼女は薄ら暗く策略高い性格をしていた。
 そんな腹黒い彼女だが、他の姉妹はなんとかなってもデメテアの扱いだけは持て余していた。

「ねえデメテア……この前の戦いで唯一倒されちゃったのは、どこのどいつかな? かなぁ?」

「……う、ぐぅ……」

「どうして黙っているのかな、かな? 何か喋ったらどうなのかな? どうして動揺しているのかな? それってどこか後ろめたいところがあるからじゃないかな? どうなの、かな?」

 埒があかない。そう思ったティカは趣向を変え、妹の一人ラミアの口調を真似ながらゆっくりとデメテアに詰め寄る。不自然なまでににぱぁと微笑んで、微笑んで、微笑んで。口調は違えどいつものように微笑んでる分、より不気味さが増している。


うお……。

 あまりの剣幕にガルーシアたちは思わず声を漏らし、一つの評価を下す。
 女っておっかねぇ、こいつ怒らせると怖ぇ……と。

「まーだウダウダいっちゃってるの、お姉ちゃん」

 腰が引けている男たちを見かねたのか、一人のハイヌウェレが身を乗り出しながら話しかける。組んだ両手の上に胸を乗せ、テーブルに身を乗り出しふくよかなそれを強調させるのは、リラックスさせるためのご愛嬌といったところか。
 腰ほどまでしかない机でその恰好は、少しばかり過剰な刺激だ。ぴっちりとした服の分、胸の盛り上がりのラインが手に取るように見えるため、より肉感的な色香を放つ。
 こういうのは、アトロスお姉ちゃんかヘレナの役割なのにな。そんな愚痴を零すことなく、その妹はぱちりと片目を瞑ってみせる。思わず乳へと視線が向いていた三人は、目を泳がせながら照れ隠しのように力なく笑った。
 見かけによらず可愛い反応かも。ティカが抱いた感想を、三人は知らない。

「ほら、ティカお姉ちゃんもそこの大きなおにーさんたちも困ってるじゃん。嫌なら嫌でもいいからさ、嫌なものはさっさと終わらせてお別れしちゃえばいいじゃん。どーせ避けられない命令なんだからさー、文句言ってる暇があったら働け? ってやつだよ。あ、おにーさんたち。突然割り込んじゃってごめんね。あたしウェスタ。六女ね六女。メーワクじゃなかったら、あたしも説得役に手かしてあげるね」

 ハキハキと、割り込んできた"六女"ウェスタがいう。恰好はともかく、そのさばさばとした口調はむしろそこにいる姉たちよりも姉らしい。親しみやすく、不快感がない。わざとらしさも無ければ、表裏のなさそうなあっけからんとした性格。
 付き合いやすく、頼りになる子。彼女は唯一、好意的な第一印象を持たれる稀有なハイヌウェレだ。

「けど、だってウェスタ……こんな奴らと、こんな人間――」

「だーいじょうぶだって、このスーパーウェスタちゃんにまっかせておきなさーい。おねーちゃん、心配性なんだからもぉ。何かあったらさ、あたしがこうビシッ、バシッと蹴り上げちゃうからさ。気にしすぎなんだよもぉ。……というわけでお兄さんたち、男の子が苦手なお姉ちゃんあーんど妹たちに手出したら、蹴り飛ばしちゃうからね。ちゃんと部下の人たちに言っといてよー。というわけでよーろーしーくーねー」

「え、まだちょっと。私くしは了承したわけじゃあ……」

「はいはい、いい子だから言うこと聞いてねーおねえちゅあ〜ん。ほら行くよー、他の隊員さんたちにご挨拶だよー」

 右ストレート、左ハイキックと身振り手振りを加えながらそれだけのことを言い切ると、デメテアの背を押しやって場を離れる。否定させる暇を与えずに連れ去ってしまえばこちらのものだよねと、チラリ舌を出しながら小さく手を振るウェスタに、思わず苦笑するガルーシアたち。
 あれだけ手を焼いていた娘を、ものの一分で誤魔化してしまったウェスタへ向ける、思わずこぼれ出た感謝の意だ。場が和んだ事に安心し、ティカは平常時よりも二割増しの微笑みを浮かべ、くるり反転。
 デメテアという最大の困難を越えた彼ら彼女たちは、一段と団結して作戦を練り始めた。

 ――味方の、救出作戦を。


Hainuwere #05 少女/虜


無事降下した味方部隊の、その全てが無事に合流できたわけではない。それは判っていた事だった。起動兵器を積み込んでいない脱出艇や、数人しか乗り込めていない起動兵器輸送艇では抵抗も満足にできない。同じように孤立した地点へ到達したものも、敵基地近くに着陸したものは少なからず存在していた。
 そういった不幸極まりない同胞たちを、黙って見捨てるガフたちではなかった。四つの部隊に別けられ、互いに切磋琢磨と競い合ってきた彼らにとって、ほとんど肉親を奪われたようなものだ。
 我慢がならない、必ず救い出してみせる。その作戦には、そんな気概が込められている。

 策自体はとても単純なものだった。おとりとして別種の強襲部隊を別の基地に送り込み、同時に仲間が収監されている基地付近に陣を配置する。だがこちらもおとりだ。慌てふためく敵が出撃し、手薄になったところを第三の部隊で叩く。
 仮に基地に篭城されたとしても、両面からの揺さぶりで崩せばいいだけの話だ。少なくとも、他基地からの増援部隊は最初に突貫したおとりの部隊に多く向かうはずだ、そこまで大した量はやってこないだろう。

 この作戦の主演は最後に裏から回る部隊――一番隊、ハイヌウェレ隊にある。主演女優にあたるティカにはタイミングを見計らって突撃してもらい、速やかに味方を救出してもらう。連携率の高さから少数でも戦えると踏まえた上での抜擢だが、理由はもう一つあった。
 ハイヌウェレ隊の実力は知れたとはいえ、それだけで連帯感が生まれたわけではない。ここで一つ味方の救出という手柄によって、仲間内での好感を高める目的があった。

 大切な仲間を救われれば、そこには安堵と喜びが生まれる。それらは彼女たちへの信頼に繋がる。
 信頼なくして大軍は動かない。それは部隊長全員が一致した見解だ。

「……どうした、エリス」

「え、えっと。ティカお姉ちゃんたちの準備が終わったから伝えに来ました。それで、お姉ちゃんは連絡役としてガフおじさんと一緒に『吾亦紅』に乗るようにって。えと……ご一緒、嫌なようなら変わってもらいますけど……」

「……いや、お前でいい。よろしく、頼む」

 ぽふりと頭に手をやる。二人しかいない『未発育』な体をもつハイヌウェレの末っ子を、安心させるかのように。

 ティカは今、この付近にはいない。"五女"デメテアと"六女"ウェスタ、そして十女から十五女を引き連れて、すでに指定のポイントに到着している。
 その地点は敵基地にとても近い。故に傍受される恐れがあるため、電波は使わず特殊な方法によって連絡をとる必要性があった。

 ハイヌウェレの脳波共振。同一の脳波をもつハイヌウェレたちは、互いの体を自由に操作するだけではなく、遠く離れていても"意識"を飛ばすことで会話をする事ができた。
 普通の人間とは違い脳で直接会話するため、言葉という無駄手間をはさむ事が無いだけでなく僅か数秒で戦況を分析、的確な命令を即時にこなす事ができる。またそれだけでなく、電波による伝達ではないため敵に傍受されることがなかった。
 まさしく理想的な戦略兵器。人と悪魔の相の子だと、揶揄されるだけはある。人にできない能力を数多く有する、本当のバケモノだ。

 そのバケモノを飼いならすのが、俺のような臆病者とはな。自虐するかのようにガフはぽつり、思う。

「……俺が担当するおとり部隊は、十八女から末子のお前。ガルーシアたち四隊長が率いる陽動部隊は次女から四女、七女から九女、そして十六女と十七女だったな?」

「えっと、はい、そうです。ちなみにアドニスさんは、データがよく取れそうだからと、ガルーシアさんたちについていくそうです」

「……」

 ぽん、ぽん。まるで犬猫にでもするように頭をぽんぽんと叩く。どこか自分にも似た臆病者の末っ子に、労いを込めて。
 まもなく戦場の開始だ。せめて始まるまでは、こうやって恐れも緊張も忘れ去らせてやろう。そう思いながら。



その戦いは、至極あっさりと始まりあっさりと終わった。無論それは、当然のことだった。

 補給物資が届いた、という情報は知られているだろうが、あえて敵側に流す事で信憑性を高めた。多少の水増しをした数字と、それなりに名が知れている隊長ウルリッヒ・ガフの名も広める事で、敵に危機感を持たせた。
 情報を知るものが戦場を支配するとはよく言うが、あまりに知りすぎるのも良くは無い。相手はものの見事に、こちらの策に嵌まってくれた。

 大軍が、それも"獅子公爵"の部隊がやってくる。その恐怖は団結心も生んだが、しかし行き過ぎた過剰防衛だ。あまりに怯えすぎた彼らは大々的な迎撃部隊を向かわせたが、まさか裏から突かれるとは思っても見なかったのだろう。
 アムステラの戦い方は、正面から大群をぶつけてすり潰すのが基本とされている。そして目の前には大部隊だ、力技でくると予測立ててしまうのも無理はないだろう。
 だが臆病者のガフは、自分の力を信じたりはしない。否定し、疑い続ける事で『力』以外に価値を見出す。

 稀代のエースパイロットと呼ばれる"悪魔"ガミジンとは真逆の存在。ガフは、パイロットである前に指揮官である"大将"だ。テッシンのように"すでに在るもの"を使役することで勝利する"猛将"でもない。
 堅将にして智将。"すでに在るもの"も"まだ無いもの"も、知略も布陣前の計略も駆使して戦う、アムステラ在らざる武将だ。

 まだまだ学べる事が多そうだ。ティカはそう一人ごちながら、状況を把握する。

 エリスの"眼"から見るに、ガフのほうは上手くやっている。予想以上に敵は多いようだが許容範囲内。防御を得意とするガフが、あの程度の軍に後れを取るとはとても思えない。あまりの堅陣に辟易したところを、妹たちあたりが崩してしまうだろう。その予想は、多分当たりだ。
 今度はアトロスの"眼"から、表の陣を見てみる。四隊長がそれぞれの手ごまを別け上手く陣を広げ、敵を抱え込んでいる。次女から四女は遊撃部隊として縦横無尽に駆けずり回る半面、残りの五人は堅実に陣が薄くなりそうな面を援護射撃にて補強している。

「案外、あえて私たちハイヌウェレ隊を、二つか三つに分けて運用するのも味な手ね」

 圧倒的な状況に、思わず高評価を自分たちに下した。問題点らしい問題点もなく、息の合った連携が取れている。不満をあげるとすれば自分の担当する役割が、思いのほか楽勝だった事くらいだ。
 その基地はがらりとしていた。ろくな抵抗もできないほどに人はおらず、たったの十機ほど落としただけで敵は見えなくなった。あまりの無抵抗さに罠を危惧したものの、それは先の情報操作が効果的すぎただけだったようだ。

 敵は騙されすぎている。大軍という影に。

 まあ、確かに暇には違いないが、それもいいかもしれない。こうやって四隊長の戦いぶりを味方として見るのも悪くは無い。自分以外の指揮で動き回る妹たちを、客観的に評価する事もできる。
 囚われた味方兵が捕らえられている収容所を護衛しながら、そう思っていた。


お前の手柄だから、お前が開けろ。ぶしつけな言葉がティカを突き動かしていた。

 予想以上の圧勝により活躍らしい活躍もできなかった彼女へ与えた、それはガフなりの配慮だった。
 そのままでは、どうにも武功を得たとは言いがたい。だから、せめてこうやって彼女に直接救出をさせれば、多少の示しもつくだろう。
 人は、眼に見える明らかな行動によって他人を評価する。だから、これはその示しだ。その手で開けさせ、その手で救い出せばこれ以上ないパフォーマンスになるだろう。

 ゴゴゴ……。

 外部からの操作によって、円筒状に形成された入り口の扉が開く。一枚……二枚……三枚。三層式のそれを開けば、それはもう檻ではない。唯の部屋であり、ちょっと変わった円形の通路だ。
 総隊長であるガフと、二番から五番までの部隊を率いる四隊長、そしてデメテアとウェスタを引き連れて進む、進む、進む。もちろん救護班もつれているが、名も知らない彼らのことは余り意識していない。

 確かに示しをつけなければいけない相手は彼ら一般兵士だが、この茶番劇を大々的に評価するのは総隊長たるガフと、ティカと同列の待遇にあるガルーシアたちだ。
 特に階級が准尉止まりであるティカにとって、自分よりも上位に位置する四人からの賞賛を受けることは、大きなアピールとなる。

 先輩にあたる彼らが褒め称えれば、それは自然と彼女たちに対するわだかまりを解消する結果となる。
 そのはず、だ。

「さて、着きましたね。ええと……中にいらっしゃる皆さん、安心してください。救援に参りました。今からこの扉をこじ開けますので、できれば後ろへと下がっておいてください」

 壁向こうにいる彼らへ聞こえるように大声で叫び、一呼吸、二呼吸と間隔を置く。相手が扉から離れる時間をあたえるために、わざと作った間だ。
 だけども――だけどもティカは、ことりとも音を立てない内部に不信を抱く。どういうことだろうか、もしかしたらここ以外の収容所に閉じ込められていて、ここには誰一人として入っていないのかもしれない。
 壁越しに、人間の呼吸音を聞き取る事すらできる人並みはずれた聴覚が、物音一つ拾わないのは不可思議なことだった。

 だから、人の目など気にせずに扉を殴りつけた。鉄骨をたやすくへし折る豪腕に扉はべきりと音を立てへし曲がる。それにむけて、間髪いれずに右足が叩き込まれる。破砕音、金属が地面に激突する、鈍重な割れ音。
 突然の暴行に仰天する背後の人間たちだが、漂ってきた異臭を嗅ぎ取るや否や、その行為の理由を知った。

 中の人は――死んでいた。
 まさしく地獄絵図だった。枷をはめられたまま一人残らず切り捨てられ、血と肉の腐った臭いが充満している。そのあまりの腐臭は日ごろから看護を任されている救護班ですら耐え切れるものではなく、嘔吐するものさえいるほどだ。

「……マスター」

「……なんだ」

 顔を蒼くするデメテアや、それを心配するウェスタを他所に、いつもどおりの顔でティカが言う。
 いつもどおりの笑顔で。

「もう、駄目です。中の人はもう、誰もいません」


それでも、生き残りは僅かながらいた。もう一つの収容所では、わずかとはいえ十人ばかりの生存者が残っていた。
 しかし彼らは口々に言っていた。どうしてもっと早く来てくれなかったのかと。これだけの兵力を持ちながら、どうしてあともう少し、早くやってこれなかったのかと。

 その咎めの矛先は、自然とハイヌウェレへも向かう。人を超えた力を持ち、人を超えた戦略を行えるが……人嫌い。
 自分たちと戦線を張ることが無く、今までずっと暢気に基地の護衛をしていた日和見の少女たち。
 収容所の強奪時、何故こいつらはいち早く助けに行かず、のうのうと俺たちの戦いぶりを眺めていたんだ。
 そして……仲間の死体をみながらも、あいつらは笑っていやがった!

 それはとんだお門違いで、罪悪感を誤魔化したいために理屈をこねくりだした責任の押し付けで、とても人間的な後ろめたさだった。
 あいつらがもっと動いていれば、あいつらがもっと働いていれば。その悲しみと憎しみの言葉は流行病のように部隊へ広がっていき、じくじくと視線にトゲが生えていく。

 腐臭の残り香をシャワーで洗い流したティカは、外へ向かう間ずっと注目され続けていた。
 コツコツ、足音一つで一つの恨み。
 コツコツ、一歩進めば一つの怒り。

 自然と周りは、彼女を取り囲むかのように包囲網を作り上げている。
 恨みを、怒りを、罪悪感を……彼女へぶつけるために。

「――よお、何してんだお前ら?」

 襲い掛かる、その後一歩手前。ぶしつけに、投げかけられた声があった。
 わざとらしく気づかない振りをしながら、堂々と包囲網を割って進むその男は――ガルーシア。突然の四隊長の姿に戸惑いを隠せず、ティカへ殺意を向けていた男たちは固唾を呑んで拳を隠した。
 ちらり、さりげなく横目で観察しながら、ティカはにこりと言う。

「今丁度、お風呂上りなんですよ、私。さっぱりとしたから、ちょっとだけ夜風でもあたろうかなって、今外に向かってるんです」

「おお、そうか。夜の散歩か。いいな、それ。俺も一緒するぜ。それに、女の一人歩きは危ないからな、護衛してやるよ」

「大げさですねぇ。それに私、こう見えても強いんですから、問題ないですのに。あ、それとも送り狼でもするつもりですか?」

「ばっか、そんなわけが無いだろ。男の子の見得ってやつだよ、見得」

 くすくすと、笑う少女の手を握りガルーシアは歩き出す。ティカを囲む男たちの姿など、まるで見えないかのように。
 一方的で何のためらいもないその行動に、何も出来ずにただ見送ることしかできないでいる。
 しかし、ガルーシアの抱えた内心の憤怒は、その目線に灯っている。口ではシニカルな笑みを浮かべてはいるものの、その双眸は決して揺るぐ事が無く、前だけを見続けている。


怒れる上官に物言いは不可能だ。黙々と歩く彼らを誰もとめることは出来ず、やがて包囲網を通り抜けた。だがその歩みは止まらない。前へ前へと進み続ける、進み続ける、進み続ける。
 その沈黙は、奪い取った基地にある宿舎を抜けるまで続いた。

 外に出きったガルーシアは、ようやく深いため息をつき、そして今更始めて気づいたのかつなぎっ放しだった手をじっと眺め、そっと手を離す。
 厳つい外見に似合わず少し繊細なところがある。そんな彼が面白いのか、ころころと笑った。

「……なんだ? 何かおかしいか?」

「あ、いえ、すみません。せっかく助けてもらったのに、笑っちゃってごめんなさい」

 ぺちり、口元を平手で叩く。しかしそこの笑顔は消えてなくなりはしない。
 変な女だ。そうは思いながらも、次第にガルーシアも身を震わせて笑い出す。

 さも、可笑しそうに。
 さも、楽しそうに。

「……すまなかったな。うちの部下どもが、アンタに失礼を働こうとしてた」

「大丈夫です。気にしてませんよ」

 殊勝にも頭を下げるが、にべも無く肩に手を置かれ身を起こさせられる。本当に、本当に気にしていないかのように。
 だが、それは嘘じゃないか。ほとんど直感のようなものだが、ガルーシアは違うと断定していた。

 いつもと同じ笑み、いつもと同じ笑い声。
 一番隊の名を取られた時から観察し続けてきたのだ、どことなくまとった雰囲気がおかしいと思ったのも、あながち間違いではないだろう。
 そう自分に言い聞かせながら、再び問いかける。

「俺には、そうは見えんよ。あんたが何を考えているかまでは知らないがさ……なんかいつもと違うことくらいは、俺にだって判るよ」

「……そう、ですか。以外と鋭いんですね。ニブそうなのに」

「悪かったな! 俺はこう見えてナイーブなんだよ」

 誤魔化すように茶化す。"人間"に内心を告げるのは、師であるガフと創造者たるアドニスを除けば初めてだから。
 だから慎重に、何をどう言葉にして伝えるべきか、考えて話す。

 考える時間が欲しかった。
 だから彼は待った。話してくれるのを。


そっと地べたに座り。身をのけぞらして。星空を眺める。
 緑の多いこの星は空気が澄んでいる。淀んだ空ばかり見ていた彼の目には、とてもきらめいてまぶしい夜空だ。残念な点を上げるなら、このツァラ星には月が無い事くらいだろう。

「なんていうかな……嬉しかったんじゃないかな、私は」

「……嬉しかった?」

 思いもよらない言葉に眉根を寄せる。
 悲しいとか辛いとかなら判る。腹立たしいとか見損なったとかも、まだ理解できる。
 だが、彼女は嬉しいといった。

 ガルーシアには、到底理解の及ばない考えだった。

「私は……まあ、これまで色々と化け物として扱われて、化け物として見られていたんです。けど、ここに来ていろんな見方をされてるから。驚かれたり、信頼されたり、頼りにされたり、貴方みたいな人にケンカ売られたり」

「そ、その件は、その、あれだ……悪かったよ」

「いえ、いいんですよ別に。そういうのもありかなって、私は思ってるんですから」

 ばつが悪い思いをしているガルーシアは思わず手で眼を多い、仰向けに寝転んで歯軋りする。
 年端もいかない小娘にからかわれるのは彼の性ではない。むしろこっ恥ずかしかった。

 くす……。

 ごく自然とした微笑。今まではガフと妹たちにしか向けられなかったそれを、ティカは今浮かべている。
 もっとも、顔を覆うガルーシアには見えもしなかったが。

「だから、怒りとかそういうのでも、嬉しいんですよね。変な話だけど、恨まれても私だけは、ニンゲンというものに注目されることに、期待しているんです。亡くなってしまった人には失礼な話ですよね。亡くなってしまった人を想って、悲しんでいる人には酷い話ですよね。けど、私は化け物だから、そういうのはどうでもいいんです」

「……自分で自分のことを化け物なんて呼んでんじゃねえよ。あんたは唯の……いい女だよ、多分。少し、マゾっぽい性癖をもってるようだけどな」

 見上げるものと、見下ろすもの。
 二人は息を合わせたかのようにクックと、声をあげて笑う。

 見下ろすのが失礼だと思ったのか、あるいは立ちっぱなしが疲れたのか。ティカも同じように腰を下ろし座り込む。
 膝を抱え、胎児のように。


「人間は、他人にやった悪意は忘れても、自分に向けられた悪意のことは忘れません」

「あん?」

「……恨まれる事は嫌いでも、恨む事は平然とするって意味ですよ。これ、私の持論です。怖がられる事になれちゃうと、そういう所に気づいちゃうんですよね。多分、私の妹たちも薄々感づいていると……ん?」

 手の甲に感じる熱い熱。掌の形をしたそれは、ぎゅっと握り締めて離さない。
 その手の主は、そっぽを向いたまま片手で身を起こし、鼻で笑う。

 馬鹿にするように。
 何でもないかのように。

「ばーか。お前も人間だろうが。何達観したこといってやがる。お前さん、美人なんだからもっと暢気に笑ってりゃいいんだよ。そうすりゃ男どもはこぞって騙されるし、幸せだってやってくらぁ」

「……ガルーシアさん。それ、口説き文句?」

「うるせぇ! アホなこと考えてるんじゃねえ! つまりあれよ、あれなのよ。下らない事なんか考える必要性はねーって。物事はもっと単純でいいんだよ。俺たち四隊長ががたがたゴネてあんたらに迷惑かけました! 今度は部下たちがあんたらに迷惑かけてます! これで全部だろ? 安心しろって、俺が何とかしてやるから。迷惑かけ続けてる分、俺がなんとかするから。だから……化け物だなんて悲しい事言うんじゃねえよ。ガフ総隊長や、俺たちがッ! 俺が、いるだろ!? あんたが不安がる必要性なんて無いから……だから、だからそんな……」

「……ガルーシアさん。やっぱり今の、口説き文句みたいですよ」

「ひっとが真面目に話してるときにまだ言うかこの口はー! この口はー!」





 怖そうな人は実はいい人だった。
 逆恨みされるかもしれないなんて、コテンパンに叩きのめしたときはそう思ったけど、そんなことはなかった。
 この人は優しい人だ。

 優しいニンゲンは、嫌いじゃない。

「良かったねぇ、ティカ。いいお友達ができてさぁ。人と修羅の友情、あるいはその愛情、か。クク、とんだ見ものじゃないか……。もっともっとボクを楽しませてくれよ。まだ研究は終わってないんだからさ」

 宿舎のベランダから、前のはだけたバスローブ一枚の姿。果実酒で唇を湿らせながら、哂った。

 遠目に見える三つの人影。ティカと、ガフの子飼いの部下と、二人を追いかけてきたのだろうデメテアの影。
 ティカへの並々ならない愛情を捧げているデメテアからすれば、姉に手をつけようとしている不届きものにもみえるのだろう。
 彼女たちがどんな言い合いをしているのかも、手に取るようにわかるほどだ。

「あの姿、ユリウスに見せたらどう思うかな? ははっ、それはそれできっと見物だろうねぇ」

 夜風に冷えたのか、室内へ戻る彼――いや、彼女。
 振り返ることなくアドニスは、その手にしたグラスの中身を一口、嚥下した。


Chapter:01
感情 Feelings  -完-



 ――続く。