自なくして他なく
他なくして自なく
獣は唯在るがまま
空の明ける一つ手前で、彼はいつも目覚める。雲が黄金色に輝く景色を眺めながら、全身のバネを強く強く引き伸ばすのが習慣だった。
それは、二番隊へ降格した今でも変わらない。
突如現れた娘たちは、彼にとって目障りな存在だった。何があったのかガフに取り入り、自分が保持し続けていた栄えある一番の名を奪い取った、憎むべき宿敵だ。
傍目から見てもそれは理不尽にしか思えない仕打ちだろう。何の功もなければ実績もないうら若き少女たちが突然の抜擢だ、どう好意的に解釈しても、色仕掛けとしか思えなかった。
彼は失望していた。尊敬し、憧れていた上司が女一つ……もとい、二十四人ばかりの小娘に篭絡されてしまったことを。
思えば不思議なことも数多くあった。ここ数年、特務といって彼に戦場を任せ離れっきりになっていた事や、その内容を誰にも告げなかったことは余りにも不審だ。多くを語らない人だが、前はそうではなかった。確かに寡黙だったが、伝えるべき事は伝えてくれていた。
だが今はどうか。興味は娘へと向かいこちらと見合ってはくれない。話し合いもどこか、以前にくらべより端的になっている。
きっとあの娘たちのせいだろう。そうに違いない、そうに違いない。
「女狐め……今日こそはその皮を剥ぎ取ってやる……」
舞台は用意した。総隊長の目を覚ませるための、取って置きの舞台を。
きっと、彼の嫌う娘たちが行うだろう無様な痴態を想像して――笑った。
時はさかのぼる事三日前、全軍が無事奪い取った基地に集結した日のことだ。
彼らが受けた衛星軌道上からの超長距離砲撃の被害は、人的なものにおいては軽度ですんでいたが物資面では大きく消耗し、現状のままでは長期にわたる作戦行動は不可能とされていた。
付近の星域からの小規模な輸送を始めてはいたが、先の砲撃を恐れてか一度に輸送する量も少なかった。
多大な量を運ぶも打ち落とされた、では話にはならない。確実に送り届けるために、隠密性あるいは機動性の高い小型輸送艇によって、断続的に送り続ける案をとったのだ。
物資に不安がある今、大々的な戦略は発動できない。それ故、ガフ率いる第百二十一特殊戦略大隊の大多数は最初に奪い取った基地に駐屯し、敵の偵察部隊の迎撃や小型の基地に襲撃をかけるなどして、巨大なタペストリーを少しずつ自分たちの色へと染めていった。
それは、小さな小競り合いだった。少しずつ、着実に小規模の領地を奪い取る、アムステラに有らざる戦略。
圧倒的な火力と戦力をもってして攻め落とし、反撃を許さないがままに終わらせるのがいつもの戦い方だ。今行われているのはそれの逆、まるでいつもと逆の立場だ。
もちろん、火力はある。操縦者の腕の練度も高い。だが、無理な行為による損耗や敵に新型機体を奪われる事だけは避けなければいけない。それが戦場における最大の注意点だ。
元はといえば相手は属星、多少の技術力は流れてはいるものの、それはすべてではない。特にエンジンや特殊なシリンダー、アビオニクス、そしてパイロットを保護するための慣性誘導装置の多くは、本星や信頼の置ける場でしか作られておらず、そこから他の星々へと輸送しているのだ。
もし、最新鋭の機体である羅甲パワードや吾亦紅を奪われた場合……それは敵の技術促進を誘発する事になる。それだけは、避けなければならない。特に、防御に優れた吾亦紅を奪われる事は何としてでも阻止しなければいけない。
不完全であろうとも、防衛機体の大量生成は、この場面において最悪の効果を発揮する。防御的な性能に秀でた者同士の戦いは常に長期戦だ。お互い被害が少ないままに、更なる増援を用意して叩き合う。それはどちらかが完全に疲弊しきるまで続けられる。
それは、どんなに必死になっても傾きの変わらない天秤だ。
文字通りの泥沼のような闘争の日々が切っておとされることとなる。
故に、大隊は消極的な手段をとらざるを得なかった。多くの兵には趣味思考に合わない戦略だったが、仕方のないものだった。
それは彼、二番隊を指揮するガルーシアも不服であれど納得はしていた。
納得がいかないのは、一番隊のことだった。
「――ガフ総隊長! あいつらは一体なんなんですか! ろくに出撃もせずに基地ン中でのうのうとしてやがるし、つーかそもそもなんであんなパッと出の連中を一番隊にのし上げやがったンですか!」
憤りの原因は、ハイヌウェレたちの待遇だった。
実績のないやつらが、実績のないままのうのうとしている。それがガルーシアには許せない。自分たちの努力を馬鹿にされているような、自分たちがガフに寄せている信頼を裏切られたような、そんな気がするからだ。
いいや、そうなのだろう。そうにしか思えない。そうに違いないのだ!
「不服……か?」
普段より少しばかり声色の違う返答。しかしガルーシアたちは気づかない。
激昂しているものは、そんな些細な変化には気づけやしない。
「ええ、不服っすね。つーか何なんスかねアイツラ。人の事ナメしくさってンすか? 一番語るんだったらもーちっと働けっつー話っすよ。ガルーシアが語るンだったらいいっすよ。コイツほど一番に拘るヤツァ中々いないっすからね」
「そうでございます、ガフ総隊長様。今一度お考えを。せめてあのお嬢さん方がまっとき一番隊を語るに相応しい実績と、能力をもっていることをみせていただかない事には溜飲がつきません」
「……と、いうのが僕たちの意見ですね、はい。とりあえず、整備兵二人を助けてくれた事は評価してますけど、もうちょっと色が欲しいところって事で、ひとつあいつらを出撃させちゃくれませんか?」
ガルーシアと共に詰問しているのは、彼と同じくガフに仕える四部隊の隊長。彼らは全員、不服を持ってガフを問い詰めていた。
個々の能力で物事を考えるガフに指導された四人だ、他の部隊とは比べ物にならないほどの実力主義者になっている。どう贔屓目に見てもお飾りにしか見えない現在の一番隊は、まさにその主義に反目している。
それは、嫉妬からくる逆恨みの類などではない。誇りを傷つけられた彼らの怒りだ。
その矛先はあの少女たちだけでなく、彼女たちを任命したガフにまで向いている。一歩間違えれば反逆罪にも問われる危険性があるが、それを押してでも彼らはガフに問いたかった。
何故――と。
「やれ、やれ。言いたい事ばっか言いまくってくれるね君たちは。まったく、もうちょっと上司を信頼してやったらどうなんだい?」
「……アドニス技術班主任ですか。盗み聞きとはあまり関心しませんね」
くっくと身をすくめながら隠すように笑いながら、薄く開いていた扉を足で蹴り飛ばして開け放つ。瞬間、アドニスを判目でにらみつけていた彼らに動揺が走る。
そこに居たのはアドニスだけではなかった。両手に花といわんばかりに、背後に二人の少女を従えているのだ。
少女――そう、彼らの憎む、あの新鋭部隊の小娘たちだった。
「人の事いえるクチかい? 言いたい事ばっか言いやがって、そういうことばかり言ってたら、君らの整備を手抜きにするぜ? まったく、上司の判断も信頼できないようじゃあ、君らは軍人失格だなぁ」
「なん…だと」
四人の中でも気の短いブニュエルが身を乗り出し、アドニスの襟首を掴もうとする。すぐ横に居た男がそれを止めようとするも遅い。二人よりも素早く動く影が、アドニスとの間に割り込み、その腕を掴み取ったのだ。
その影はブニュエルよりも低かった。華奢に見える腕でしっかりとつかみとり、微動だにさせない。そして細く筆を引くように細められた瞳は、その隙間から光がこぼれるように爛々と輝いている。
それは、少女の形をしていた。だがそれは見かけだけで、中身はまったくの別物。人間ではない彼女は、人の何十倍もの速度で動く事が可能な――
――化け物、だ。
「……プルセ、手を離せ。ブニュエルも落ち着け。アドニス女史に非はない」
ぎろり、にらみつけるように下から見上げながら、プルセと呼ばれた少女は手を離し、コツコツと三歩ばかり後ろに下がる。いざとなればいつでも飛び掛る、そんな猛獣じみた凶暴な気配を纏いながら、アドニスの横にピタリと止まった。
「ま、確かに君たちにはちょいとばかりきつい仕打ちだったかもね。そういう意味では僕も謝ろうか。けどね、正直な話君たちじゃあこの子たちに勝てやしないよ。見えたかい、今さっきの動きが。あれが視認できてないようじゃ、到底勝ち目がないね」
「……それは聞き入れられないですね。確かに、中々の肉体的能力は持っているようですが、現場における戦術や機兵術とは話が別です。いかに優れた肉体を持っていようとも、それが技術に直結するとはとても思えません。かの高名な毘沙門隊にさしで勝てるというなら、まあ話は別ですけれど」
にこにこと、紳士的に微笑みながら、男たちのひとりが言う。名はトルバトール。ガフとは傍系にあたる下級貴族の一人だ。
見かけは華奢な詩人風味の色男だが、攻めと守りを心得たすさまじい攻防を発揮する猛将だ。その熾烈さは幾度となく一番隊の座を奪い取るほどで、ガフに並ぶ用兵力を誇る。
澄まして笑っているようだが、内心では腑が煮えくり返っているのだろう、優しそうな風貌は、プルセと呼ばれた少女から離れることなくじいっと見つめている。
唯ひたすらに、眼を、眼を、眼を見続けている。探るように、試すように、計るように。だが無感動的なプルセは一向に解しない。平然と見つめ返してくる姿に、トルバトールは視線を外す。
深淵に、飲み込まれまいとするかのように。
「まあ、お互い信頼のないままに共同作戦を張るというのは無理でしょうし、こちらからも手を打たせてもらうよ、ガフ。お兄さん方、ねえ……一つ、お遊びをしようじゃないか?」
「遊び、だと?」
チェスでもするかのように、卓上に広げた地図に色とりどりの駒を並べていたガフが、その言葉に反応する。
嫌な予感がした。アドニスのたくらみは、何時だって嫌な予感しかしない。
そしてそれは、今日この日も的中した。
「何、簡単なことさ。私のお嬢さん方と君たちで、ちょっとした模擬戦闘をさせるダ・ケ・サ」
「何を言っているんだ、アドニス主任。そんなことができる物資的余裕はここにはない! 補給が困難なんだ、そんな事で無意味に機材を損耗したくはない」
すぐさまその案に却下を出すガフだが、しかしアドニスはチチチ、と舌を鳴らしながら指を三本立てる。
それを眼前に翳しながらつぶやく言葉は、ガフの予想外のものだった。
「なに、心配はいらない。すでに僕の手のものが運び屋に連絡を入れている。彼なら、吾亦紅の百機や二百機、ものの三日たらずで輸送してくれる。君もうわさには聞いているだろう、あの速度狂の彼に頼んだ。彼なら、確実に届けてくれるさ」
「……アドニス主任。俺に話しを通さずに勝手に手配をするな」
「けど、早急に物資が欲しいだろう? わざわざ手間をかけさせるのも悪いと思ったんでね。まあ、そういうわけだから、物資関連は問題がなくなったわけだ。限界ギリギリまで詰め込んだあとに、文字通りカッ飛んでくるだろうさ」
ふてぶてしく言い放ちながら近寄り、駒をまとめて入れてある箱から駒を掴んで並べ置く。
一つ、二つ、そして三つ。朱色に塗られたその駒は中規模部隊を表し、一つ頭で百機の意味。それが三つ……すなわち修復中のものも含め三百機を想定している。
それを配置するや否や駒をさらに掴み取り、その百機駒をそれぞれ二十駒五つに分け、戦地に駒をとんとんと進めていく。
それはガフの眼から見ても文句一つない配置だった。すやばく、鋭く旗を立て、ある場所では一旦引く姿勢を見せながら包囲しすりつぶす。
旗地と呼ばれる卓上遊戯で戦術を考えるのがガフの癖だった。だがガフの守りを主体とした攻めと制圧を得意とし、敵の損耗を誘発させる戦法を狙うが、それに比べアドニスは押しと引きを上手く利用した圧力戦だ。敵の機体よりも精神を先に磨耗させ、心を折る嫌味な戦い方……だが場面さえ間違わなければ、これ以上ないほどの効力を発揮する恐ろしい攻め手。
整備技術班主任という名目で参戦しているアドニスだが、その実戦術家としても一流だった。
「僕を信用しろ、ガフ。何も、問題は、ない。運び屋の彼は少々性格に問題はあるが、仕事はやるやつだ。それに、このまま憤りをもったまま背中を任せるには、すこし軋轢がありすぎるとは思わないか? 君たちも、このまま不満を抱えて戦うのは少しばかり苦痛を伴うだろ? 僕の案にのらないかね、ん?」
「……そうですね、このままこいつらにでかい態度とられたまま続けるなんて、俺たちは我慢できそうにないっすね。いいっすよ、その勝負、乗ろうじゃないっすか」
「……ッ!! お前ら……ッ」
諌めようと声を荒げるも、誰一人としてガフを振り向かずにらみ合っている。一瞬即発の空気の中、両者は互いの腹の内を探るように、低く低く笑いあう。
もはや、止められる場面ではなかった。
「ハァ……まったく、その場にいたなら何とかしてアドニス主任を止めたりしてくれればよかったのに……もう」
あきれたように、あきらめたようにつぶやく声が響く。もう三日三晩言い続けた文句だ、いい加減相手も耳にたこができる頃だろう。
だがティカは小言をやめないでいる。ほとんど唯の意地悪だ。
さほど広くはない起動兵器の運転席の中、精一杯の伸びをしながらそっとため息を吐く。責めても仕方のないこととはいえ、愚痴の一つもいいたかった。
無意味な事をしている。自分がその場にいればこんな結果にはならなかった。胸を占める思いはその二つ。その二つが楔となって胸に突き刺さり、気だるさを増している。
だが、やるからには仕方がないだろう。言い出したのはアドニスだが、決まってしまった事なら自分は全力をもって相手を叩き潰すだろう。
それが命令とあれば。
それが命令とあれば。
「……だってお姉さま、あのむさ苦しい雄たちときたら、お姉さまのことを見下しているんですよ! そんな生意気なことをいう連中なんですから、アドニスさんの言う通り、ぼこぼこに蹴散らして判らせてやればいいじゃないですか」
通信機から聞こえるのは、自分と瓜二つの声。だが口調と内容から、それは誰が放った言葉なのかが明白だった。
"五女"のデメテア。自分を信仰して止まない不出来な妹。プルセと共に居合わせたというのに、何一つ会話に加わる事なくただ睨み付けていた無能の娘だ。
デメテアは人間という種を嫌悪していた。自分たちを実験体として見る奴らに、特に男性に対して軒並みならぬ憎悪を燃やしていた。
自分の知らないうちに、何かをされたからそうなったのかもしれない。ティカは時折そう思うこともある。あるいは、デメテアのように憤怒を向けるほうが正常な"人間としての感情"なのかもしれない、と。
そういう意味では、まさしく彼女はバケモノだ。
だが、それでよかったのかもしれない。
バケモノとして生まれたものに、バケモノとして以外の生命など、ありはしないのだから。
軽く頭を振り、額に手をやる。指にかかる髪をつまんで上目遣いに見ながら、ふっと息を吹きかける。
すんだ事は仕方ない。あれこれ考えるのも無意味だ。ならば、自分がすべきことをなそう。
眼前には、標的――いや、敵が見える。
今は、倒せなければならない相手だ。
敵は、土煙をもうもうとあげながら此方に迫ってくる。それを冷静に観察しながらも、ティカはまだ命令を下さない。
まだ、まだ、ひきつける。敵の初撃を許す、その瞬間まで。
敵は、もちろん引き金を引く。戦略的に考えれば、先制攻撃を狙わない手はない。
だがそれは、ティカが誘発させた紛い物の隙だ。相手が引き金を引くと同時に、その陣は翼を広げる。
攻撃と同時に行われる散開。横へ、横へと大きく広がるそれは、さながら翼を広げる白鳥。近接攻撃を行うにはまだ余りに遠くを走る敵は、仕方なしと銃口で追う。
一見して、それは鶴翼の陣にも似ていた。大将を中央に、両翼を大きく広げたその戦法は攻めを意識した陣形の一つだ。中央の大将で支える間に両方の翼を閉じ合わせ、相手を囲みつぶす。ごくごく基本的な戦い方の一つだ。
だがそれは、敵が少数であるときに最も効力を発揮する戦術だ、現在の場面においては、逆に不利だと呼ばざるを得なかった。
彼女たちに向かってくる敵影は四十八機、丁度ティカたちの倍の数。決闘を求めた際、アドニスが倍の数をもってこいと啖呵を切った、その結果だ。
相手の数が倍ともなると、鶴翼の陣はその真価を発揮できない。大群にとって見れば、薄く延ばされた翼はへし折りやすく、脆いものだ。あるいは力任せに中央を突き崩すことも、方円の堅陣を構え押さえ込むと同時に、大きく広がりながら敵の連携を絶つこともできる。
まさしく、不利極まりない陣でしかなかった。
果たして彼らは、そのままの勢いを保持したまま突撃を続けた。
重量級の吾亦紅に無理矢理軌道修正をさせるよりも、そのまま中央突破を狙った形だ。彼らが歩んできた戦場の経験上、これが最も正しい攻撃だ。そう、思っていたのだ。
この時点で、彼らは自分たちの勝利を信じて疑わなかった。戦場処女たちが必死に考え抜いた愚策など、自分たちには通用しない。そう、信じ込んでしまった。
いや、信じ込まされてしまった。
ぶつり、と陣が割れた。押しつぶされたのではない。それは、自らの意思で分断していた。
隊長機も含め、ティカたちは二つの半月の陣に分かれ、左右鏡合わせのように移動する。ガルーシア率いる連合隊もそれを追おうとするも、先に分かれていた両翼の兵たちが足元を狙撃し、行動を阻害する。彼らがもたついているうちに、二つの陣は逆ハの字に構えあい彼らを囲んだ。
臆病ものが逃げ出した。腰抜けめ。突撃をいなされてなお、彼らはそう思う。だが、続く猛攻には眼の色を変えた。
逆ハの字といっても、先に翼を広げた兵と最後まで中央に残っていた兵の間には隙間が開いている。距離にして機体七つ分。この距離は広く、そして同時に狭い。
そう、狭いが広すぎた。それがあだとなった。
二つに分断した陣の、さらに分断している兵、すなわち六機の吾亦紅が突如翻り一本の矢となって突き刺さる。側面、あるいは背面をみせたままの敵陣に、斜めに切り込む矢尻だ。そしてほぼ同時といっていいタイミングで、鏡合わせになった反対側の陣からも突きこまれている。
六機、いや十二機の敵が突き進んできた動揺に、大群は揺れる。それは恰好の隙だ。残りの六機二部隊も同じように突き進み、槍と槍の先端をかち合わせる。敵陣内における、自軍の合流だ。
だがしかし、敵の懐に食い込んだくの字型の陣は、まだその猛攻を終えやしない。
敵からはみ出る形で存在していた二機が、折れるようにくの字陣の中央へと移動し、中に居る敵に盾を振るい叩き潰す。同時にその陣自体も合流するようにつめより、握りつぶす。
それは変則的な鶴翼の陣。敵の内部に噛み付いてから行う、新しい形の陣形だった。
もちろん、味方が潰されていくのを黙ってみている彼らではない。しかし、味方に当たるかもしれないという危険性、味方への思慮、そして侮っていた相手から受けた痛手によって判断力が鈍っていた。
彼らが手をこまねいているその間に、くの型の陣はまるで鋏のように切り裂き、空白を生み出した。
ほんの十秒足らずの出来事だった。それだけの時間で、ティカたちは堅陣に大きな穴を開けることに成功していた。
損害は、ほとんどといっていいほどなかった。だが敵の被害は四機と六機、両翼あわせて十機の成果。
初期数より差し引きで三十八機と二十四機、数の上では不利とはいえ、陣の位置や精神的打撃の面からみれば有利といって差支えがなかった。
――陣の展開は、相手に気づかれない間に、立ち直る前に、素早く、鋭く、正確に回せ。
そう教えてくれたのは、今戦っている男たちを育てたガフ。言わば兄弟子にあたる彼らに、同じ師が教えてくれた技術によって立ち向かうのは皮肉なものだ。ティカは一人、心のうちで苦笑しながら指示を与える。
兄弟子たちを、完膚なきまでに叩きのめすために。
折りたたまれた二つの鋏は、縦に長い二本の槍。その槍は素早く矛先を定め、再度の突撃を試みた。
中央へと向け、突き進む、突き進む、突き進む。あえて合流はせず、ほぼ平行となる形で突き抜けていく。本来は側面からの攻撃に弱い鋒矢型の陣だが、お互いが敵を牽制しあい反撃を許さない。
そして、敵陣を抜ける。ほぼ方円といっていい形だったガルーシアたち連合部隊にできた斜線が二つ。そして抜けきった二つの鋒矢の陣は、再び交差しあうように別の角度から突きこまれる。
その突撃を甘んじて受け入れるほど鈍くとも、愚かでもなかったが、しかし穴の開いた陣では支えきれない。そもそも鋒矢はより攻撃面の強い陣形だ、平常時でも支えきれたかは疑わしいところだった。
二つの槍は再び突き刺さる。中央を目指して、深く深く。
「やれやれお馬鹿さんですね、二度も同じ戦法をためすとは。さあ、立て直しますよ皆さん! 中央まで食い込ませてから、その盾で押しつぶすのです! 味方のことは心配する必要はありません。たとえぶつけ合ったとしても、それはお互いに構えた盾ですから、問題はないですから!」
四隊長の一人、ツァラという名のまだ若い将が言い放った。同じように突撃戦法を得意とする彼にとって、ティカたちのとった戦い方はじくじくとプライドを傷つけていた。
だが、面白い戦い方を教えてくれたものだ。そう心の底でも思っていた。敵対すべき相手にも、学べきものはある。そう自負する彼は、今の戦術も教育として学んでいた。
そして同時に、この戦術の最大の欠点……中央に位置した瞬間の多方面同時攻撃に真っ先に感づいたのがツァラなのは、やはり同じ戦術を得意とするからだろう。
その発言は、専用回線をもって全員に伝達された。故に、むやみに抵抗はせずに敵を流し、わざと中央へと放り込む。そしてやはり……ティカはその罠に誘われた。
好機とばかりに押し寄せる、傷ついた吾亦紅たち。盾を構え、全体重をこめ突き進む。
途轍もない爆音、機体に押し寄せる衝撃。全身全霊をもって放った攻撃は、しかし命中には至らなかった。
いや、命中はしていることにはしていた。
すべて、味方にだが。
ティカたちは、まるでその行動を読んでいたかのように、中央へ駆けた瞬間に飛び上がっていた。飛行ユニット、それはツァラたちの脳裏からすっかり忘れ去られていた、吾亦紅に搭載された機能。
飛び上がった彼女たちはお互いに体当たりしあった男たちへ向けて、引き金を引く。無情にも、ほぼ真上から撃たれたその粒子砲は次々に串刺しにしていく。
あるものは両腕をもがれ、あるものは足を砕かれながらも、混乱する最中で敵を捜し求め銃口を向ける。だがティカたちは、その反撃を許さない更なる手に移った。
すなわち、降下。散開し、穴だらけとなった敵陣の中に紛れ込むことで、敵の攻撃判定を大きく弱める手段に打って出た。
仲間の背がすぐそこに見えている密集状態で、攻撃などろくに出来やしない。火砲攻撃は禁じられ、残されているのはもはや盾による殴打や斬撃しかない。
しかし、ティカたちはそんなことを意に介さないかのように、その両盾に内臓された粒子砲を構え、撃ち放つ、撃ち放つ、撃ち放つ。
あたかも、周りには敵しかいないかのように、敵しか見えていないかのように、引き金を絞り続ける。
その戦場は、まさしく混沌としていた。
敵も味方も見境なく撃つ少女たちと、仲間を思いやって手出しの出来ない男たち。一方的な砲撃の前では、近寄ることも出来なければ盾で受けきることも不可能だった。
ティカたちは、まるで予測どおりといわんばかりに、背後にたった味方の砲撃を避け続けていた。あるものは伏せ、あるものは飛び跳ね、またあるものはその盾によって跳弾させ、斜め後方に立つ敵に直撃させていた。
人間の反射神経をこえた、いやそれ以上の反応。それには、彼らには決して真似できない、バケモノの技術によって培われた才能だった。
彼女たちは頭に叩き込まれた教育内容と性格は異なるが、その血肉は同一の存在。ある変わった脳波をあたりに撒き散らす彼女たちは、その脳によって直接離れた姉妹たちと会話をすることが出来た。すなわち、テレパシー能力の発露だ。
だが、テレパシーなどはほとんどおまけに過ぎない力だ。真の能力は、その脳波にある。
脳からあふれ出すその特殊な波長によって、彼女たちはあらゆる感覚を共有することができる。すなわち、全員がそれぞれの視覚情報を得ることが出来、また遠隔操作によって他の姉妹たちの肉体そのものを操作することができるのだ。
すなわち、射撃技術を得意とするものが、今まさに砲撃を開始しようとしている姉妹の腕の感覚を借り受けることで射撃精度を高め、そして同時に回避を得意としている姉妹が射撃補佐者の肉体感覚を奪い、無防備な姿を敵に見せない。
同じように、近接攻撃が得意なものは他のものが接近戦に入った瞬間に、その操作の補佐に入ることでより攻撃力を高めることが出来、相手が反撃に出た瞬間には回避担当の姉妹にバトンタッチをする。
彼女たちハイヌウェレとは、ただの二十四人の姉妹ではない。むしろ二十四個の端末をもった、一つの機械的生命体と呼んだ方が正しい生き物だ。
それぞれが、それぞれを補佐し、補佐され合うことによって、多目的かつ複雑な戦術に適応を見せる、一己の新しい"兵器"に他ならない。
故に、現状の乱戦はむしろ得意とする戦いだ。何せお互いが放った攻撃がすべて認知しているし、その回避すべき方向すら把握している。例え三百六十度から打ち込まれたとしても、同一の感覚を持つ彼女たちならそれを回避しきれた。
彼女たちの真の強さは、人間離れした肉体でもなければ銃弾すら視認する反射神経ではない。その、恐るべき肉体共有感覚によって発揮される陣形に真髄がある。
故に、ただの人間でしかない連合部隊には、もはや万に一つの勝ち目もなかった。
なすすべもなく、撃ち倒され、なぎ倒され、そして両腕をもがれる男たち。勝負のほどは、もう見えていた。
だが、それでも諦めきれない男たちがいた。満身創痍とはいえ、まだその意思が挫けていない部隊長たちだ。
せめて、せめて一機だけでも落とす。ただその執念だけで、四人の隊長たちは突撃を敢行する。狙いは一つ、親玉であるティカ機のみ。
四機中、もっとも損壊の大きかったツァラ機は、側面より打ち込まれたライフル弾によって脚部を破壊され脱落した。
だが損害が軽微ですんでいたブニュエル機は、わざと隙を見せるように両腕を振り上げ、おとりとなるようにハイヌウェレたちの群れへと突き進む。
それは味方への配慮のない執念の突撃。なまじ損害も少なければ躊躇いもないその一機は、その両腕が完全に砕け散るまで勢いを止めれそうにない。
傍目には自棄にしか見えない特攻だが、しかしトルバトール機と残存の機兵たちがそのフォローに当たっていた。
隊長機たちの決意に奮起したのか、今だ現存する兵士たちも最後の抵抗を始めていた。盾を地につけ膝をつき、その左手を遮蔽物とすることで味方機からの流れ弾を防ぎつつ、右腕の粒子砲を撃つ。そんな単純な打開策に気がついたのも、冷静さを取り戻したからだろう。
激昂するものほど御しやすく、楽観者ほど脆い。だがその反対、冷静なものと自己への自信に満ちた相手ほど、戦う上でやっかいな相手はいない。
あれほどまで圧倒していたのが嘘の様に、ハイヌウェレたちは苦戦を強いられている。
チャンスだ、これが最後のチャンスだ。この機会を逃したら、もう自分たちには一機たりとも落とす力は残りはしないだろう。
だから攻める、これが最初で最後だ!
俺様の名を――
「俺様の名を、言ってみろおおおぉぉぉー!!」
手負いの獣が牙を剥いた。元一番隊隊長、ガルーシア。現一番隊隊長の、ティカへ向けた最後の一太刀。
手にした武器は数千度の熱量を放つマチェット。それを右手いっぱいに背後に振り、余力をひたすらためたままに突撃する。
一直線に、ただティカだけを目掛けて。
「俺様は、ガルーシアだ! 一番隊の、ガルーシア様ダアアァァァ!」」
「――うるさいわね、このオスザルがっ!」
通信の傍受でもしていたのが、敵の一人が叫び返す。
だがそんなものは彼の耳には届かない、気にもならない、目にだって止まらない。
目標は、眼前にたたずむ唯一機のみ。
一匹の、獣のみだ。
「邪魔だ、どけええぇぇぇぇ!」
だから、割り込んできた一機の吾亦紅を、左手の盾でなぎ倒した。横薙ぎに振るわれたそれは見事頭部を切断し、その勢いあまる過剰な運動エネルギーは、一撃で相手を転倒させるほどだった。
それが、最後の攻撃となった。
力任せの一撃はバランスを大きく崩す結果となり、姿勢を調整するため僅かに踏みとどまった瞬間、四方からの砲撃にその身を焼かれることとなった。
眼前、僅かに二機影の距離だった。
――俺たちの負け、だな
ああ、そうだな
――はは、けどあいつら……ホントーに強かったな
そうですね……本当に。まさかあそこまでやるだなんて、想像外でしたよ
――だよなぁ、ヤベエよな。俺、あいつらの乳とかに手ェ伸ばさなくてよかったぜ、ほんと
そんなことをしてましたら、今頃首の骨をへし折られてましたね
――縁起でもないことを言うなよ。俺だって正直びびってるんだぜ、おい
ははは、この色情家め。今からでも誘って来たらどうだ?
――お、おい。冗談でもそういうこと言うんじゃねえよ。俺はまだ千人は女を抱くつもりなんだからよ
そりゃ無理ですね。こんな家業の僕たちに、そんなことができるわけないですよ
――……。強かったな、ほんと……思わず見とれちまいそうなくらい、剛毅だな……
一機落とせただけでもよしとしましょう。狙っていた隊長の娘さんじゃないとはいえ、あの瞬間の私たちには十分な成果だったとおもいますよ
――お前は一言多い! けど、そうだな……上には上がいるってわかったし、あれだな
「――次やるときは……勝とうぜ、お前ら」
「おおよ!」
「――で、デメテア。なんで貴方だけやられちゃうのかな? かな?」
「え、えーっと……それは……」
「……次、彼らと合同で戦略組むつもりだから、貴方もついてきなさいね」
「……へ、え? え? エェェー!!?」
Hainuwere #04 Ace
この日が"五女"デメテアにとって一生忘れられないであろう厄日であることは、間違いなかった。
――続く。