紅の幻影と紺の旋風〜その1〜



〜アムステラ前線基地・士官室〜

「本日付けでこの地球侵攻軍・第四特殊部隊に配属されました、イェン・マイザー少尉ですっ! 宜しくお願いします!」

こう、元気良く報告する女性士官の声が室内に響く。そして、冷静沈着な男の声がそれに応える。

「『紅の毒蛾』の噂は聞いて居る。・・・バドス、お前の親戚だそうだな」
「えぇ、従兄妹になりやすねぇ」

女性士官、イェンの脇で壁に寄りかかって無精ヒゲを掻いて居た長身の士官がそう応える。この部屋に居る三人の中では一番年かさ……と、言っても
30代そこらか……の長身無精ヒゲ男・バドスが、言葉を続ける。

「で、隊長ぉ。噂だけじゃあなく、実際に手合わせしてみちゃあどうですかね?!」
「ふむ・・・それも良いな。よし、先に行っててくれ。私も後から行く」

士官室を退出するイェンとバドス。戦闘訓練室に向かいつつ、早々にイェンが口火を切る。

「で、兄貴。隊長の腕ってどの位なのよ?! 大体、影狼隊って地上戦が主体でしょ?! 隊長の乗機だって空飛べないし」
「まぁな。空戦上がりは俺ぐらいで、後は兼任だからなぁ〜。そりゃ、妖爪鬼じゃあ空は飛べねぇが・・・隊長の腕前、か。イェン、お前の技量は今、どの位よ?!」
「質問を質問で返さないでよね。まぁ良いわ。そうねぇ・・・空戦に限れば、アタシに勝てる見込みがある奴は、両手で数える程度しか居ないわね」
「ほぉ?! 大きく出たなぁ〜。で、お前に勝てそうってのは誰よ?」
「まず、シャイラ少佐。彼女にはまだ、勝てる気がしないわね。後、シャイラ隊も手強い連中が多いけど・・・あの三羽烏以外なら何とかなるかな」
「あぁ、シャイラ親衛隊の三馬…羽烏か。ま、妥当な評価だな。他にはガミジンとか、そのついでにルースやクロエ辺りも入れとくか?!」
「ガミジン中尉ね・・・うん、入れていいかな。あれは別格の強さだから。ルース大尉やクロエ?! 確かに強いんだけどね、アタシは『空戦なら』って言ったはずよ?」
「そりゃそうだ。それからっと・・・ふむ、何て部隊名だったっけ? まっ、良いや。あの遊撃隊の三姉妹はどうよ?」
「ん〜、そうね。数に入れても良いかな。勝てない訳じゃあ無いけど、侮れない相手だからね。あぁ、そうそ。兄貴もついでに入れといたげるわ」
「そりゃどうも」

自分が挙げた者達を指折り数えるイェン。既に9本の指が折られ、指1本だけ立っている。だが、バドスが掌を被せて最後の1本を折る。

「・・・?」
「隊長の分、だよ。あの人ぁ俺と同じ位にゃ強いからなぁ〜」
「・・・へぇ〜。それで、隊長の空戦用乗機は何?」
「お前と同じさぁ。斬空二式改・黄泉影だ」
「良い機体だもんね、あれ。・・・でもさ、兄貴。一つ間違ってるわよ」
「ぅん?!」
「今のアタシの乗機は、斬空二式・忌影よ」
「ほ〜ぅ、なるほどぉ。じゃじゃ馬がじゃじゃ馬に乗ってんのかぁ」
「・・・どういう意味よ、ソレ」

空戦型の汎用機、斬空。各種パーツを換装する事で多用途に対応できる機体だが、その中でも二式は高速機動による格闘戦を得意とする。
だが、忌影は高出力が災いして操作性が悪く、出力を抑えて調整した黄泉影を乗機にする者が多いのである。


十数分後、戦闘シミュレーターで対峙する隊長とイェン。このシミュレーターは、アムステラ軍の機種データ全てを組み込んだ最新機種である。
そして、状況に応じた外部環境設定も出来る様になっている。
イェンの選んだ機体は紅(くれない)の忌影。隊長は淡い黄色の黄泉影を選ぶ。
外見自体はどちらも同じ。人間型の機体に、四枚羽のバインダーの付いた・・・簡単に言えば、紫艶蝶の劣化コピー機と言っても良い。

「バドス、環境と双方の位置設定は任せる。双方未確認状態から始めてくれ」
「了ぉ〜解」

そして実際の操縦席を模したシミュレーター内で、外部の状況が双方のモニターに映し出される。

「・・・兄貴。何よ、コレ?!」
「バドス・・・今回は外惑星で闘う訳じゃ無いんだぞ?!」

2人が呆れた声を出すのも無理は無い。外部環境は、雷混じりの雪嵐が荒れ狂う極地を表示して居たのである。

「「真面目にやれっ!」」
「へいへ〜いっ。今のは冗談よ、冗談」

2人の怒声がハモってバドスに叩き付けられるが、バドスは涼しい顔でそれを聞き流し、環境を再設定する。
今度は朝焼けに照らされた雲海が映し出された。壮大で美しいその景色。しかし、その中に危険が潜んでいると知っている2人には、景色を楽しむ余裕など皆無であった。

「・・・流石ね。ステルス機能に関しては同等。そう簡単に尻尾は出さないわね・・・っ?!」

白雲の一角に表面の乱れが発生する。微弱な乱れだが、イェンの眼はそれを見逃さなかった。

「そこっ!」

忌影が右腕のビームキャノンから、すかさず拡散ビームを放つ。しかし、生じた爆発は期待に反してごく小規模なもの。

「?・・・っ!!」

囮の単発ミサイルに引っ掛かったとイェンが悟った瞬間。ミサイルの弾幕が忌影を襲う。しかし、それで黄泉影の位置も大体判った。
迎撃のミサイル弾幕を張りつつ高速機動に入る忌影。


Shadow Move
残影機動

忌影、及び黄泉影が得意とする高速機動戦。最低限の重力緩衝機能があるとは言え、凡百の乗り手ではその動きを制御する事すら難しい。
しかし、忌影は紅い残像を引きつつ黄泉影の周囲を包囲する。

「・・・ふむ。あの高速機動を良く制御出来ているな・・・この辺か?」

包囲された黄泉影も反撃に移る。忌影が正面に来た瞬間、しかし正面では無く何と真横にビームキャノンを放つ。
だが外した! 撃つのが早すぎたのではない。忌影が通った後を射線が横切ったのである!

「・・・思った以上に速いな。ならばっ!」

黄泉影も残影機動に入り、紅と黄の影が絡み合う。しかし、紅色の影の動きの方が若干速い。突然、石ころの様に急激に落下したかと思うと急上昇。
黄色の影と交錯した瞬間、銃身の半ばから切り裂かれたビームキャノンが宙を舞う。

「くっ、浅いっ!!」

これで素手となった黄泉影だが、まだ武装はある。今、忌影が使ったのと同じヒートクローが黄泉影にも装備されて居るのである。そして残影機動は
まさに、射撃戦から格闘戦に持ち込むのに最適な能力。勝負は未だ、判らない。

「・・・位置取りが上手いわね。何だか兄貴の動きにも似てるけど・・・っ!」

多少被弾してるとは言え、致命傷は避けている黄泉影。だが突然、石ころの様に急激に落下!

「あ、アタシの得意技を?!」

急激に上昇する黄泉影。だが、何故か右手で左手首を掴んで居る。

「舐めるなぁっ!!」

射撃するには位置が悪く、間合いも瞬時に詰まる(自分もそのつもりで使ってる訳だし)と判断したイェンは、ビームキャノンを左手に持ち替えて、右のヒートクローで迎撃しようとする。だが、その爪が出迎えたモノは・・・

「腕ぇっ?!」

肩から外れた黄泉影の左腕が、棍棒と化して忌影の右手で受け止められる。その左腕に灼熱の爪がめり込むが・・・では、黄泉影の右腕は?!
・・・左腕を手放した黄泉影の右腕は、忌影の鳩尾を貫いて居た。

『忌影、操縦席ニ致命的ナ損傷。戦闘ノ続行ハ不可能デス』


「・・・ちぇっ、参ったなぁ〜。今回は完敗ですよ、完敗!」
「そうだ、な。『今回は』だ。斬空にはこういう使い方もある。それを知らなかったのだけがお前の敗因だ」
「隊長ぉ、ンな無茶言わんで下せぇな。普通はこんな手ぇ考えつきゃあしませんて」
「まぁ、基本的に一度しか使えない上に、使ったら後が無い技だからな」
「で、隊長ぉ。イェンの腕前が判った処で。いっちょイェンを連れて、威圧偵察に出たいんですがねぇ〜」
「ほぉ? 何処にだ?!」
「ある島国に、ちょいと気になる機体がありやしてねぇ・・・」

バドスが気になるという機体とは一体?! そして、この威圧偵察はどういう展開を見せるのか・・・



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