Elegant Sword.3





ネスター 2

 半壊状態になったランカスター隊の再編作業は速やかに行われた。これはネスターの働きによるものだったが、彼としては部隊をより強くし、地球軍相手に勝利を収めることに己の能力を発揮したかった。多くの兵士と操兵を統率して敵を打ち破る偉大な将帥になることこそ、彼の軍人としての夢だから。
 ネスターはエドより三つ年上の26歳。幼い頃から頭脳明晰だったが、反面体力には恵まれなかった。両親はそんな彼に学者、弁護士、あるいは政治家を目指すことが才能を生かす道だと考えたが、ネスターの気性はそれらを受け付けなかった。彼は他人に勝ちたかった。
 アムステラ神聖帝国の士官学校は、広く門戸を開き、属国惑星の住民も受け入れられるよう規定を設けてある。肉体に優れた種族には体力テストの成績を、頭脳に秀でた種族は筆記や論作文の成績を高く評価されるようにシステムが仕組まれている。ネスターは実技試験をギリギリでパスし、士官学校への入学を果たした。
 士官学校の教官は彼に対し、やはり優秀な生徒であると評価を下した。ただし、性格に融通が利かないところがある、と付け加えるのが常だが。また、彼の同期生は、実技の成績さえよければ白服を与えられていたはずだと、ネスターの才能をやはり認めた。白服とは、士官学校の卒業生のうち、成績上位者10名にのみ与えられる純白の軍服で、謂わばエリートの証である。

「俺様はなあ、白服も取れたんだけど黒いほうが好きだから譲ったのさ」

 部隊の移動中、輸送艦の中でエドが自慢げに語る。彼は部下たちに自身の武勇伝を語るのが好きだった。内容は眉唾物が多いけれども。

「エド様の成績は確か30位ぐらいではありませんでしたか?」
「げっ、お前何で知ってるの……?」
「フフッ、いずれは正式に我らが主となるお方の経歴ぐらい、網羅できずに臣下は名乗れませぬ」

 八旗兵の一人に指摘されてエドのメッキが簡単に剥がされた。それでも彼が恨みに思うことは無い。そもそもが他愛の無い冗談だ。しかし、時にはパン・アルバードに衆目の前で蹴り飛ばされることすらあった。それでも彼は、エドは笑って済ませるのだ。ネスターが彼の方針にケチを付けても、それに理が通っていると思えば、容易に受け入れてくれる。補佐する点ではやりやすい上官だった。その他の問題点があまりに多いが。

「少佐、目的地には昼過ぎまでに着くでしょう。すでに集まっている情報だけでも今日中に分析しておきましょう」
「そうするか。それじゃ資料作りと作戦会議の進行は任せるぜネスター」

 それらの役割をランカスター隊に負える者はネスター以外にいないため、彼も仕方がないと割り切れる。だがこうも丸投げされると、雑用係が欲しくて勧誘されたように思えてならない。



 ランカスター隊に課された新たな任務は、地球軍の謎に包まれたスーパーロボットを叩く、というものだ。もちろん単独で行うわけではなく、特別編成された一軍の中に編入されたのが実際である。この特機対策部隊とでも言うべき集団は、偵察班と分析班を多く揃えたもので、地球の特機の正体を掴むことを第一目標としている。
 それと言うのも、敵の正体が未だまったく分からないのだ。前に接触したアムステラ軍は、孤立したところを襲撃され、一人の生還者も残さずに壊滅した。たった一つある情報は、彼らの断末魔の通信だけである。

「この一件ですが、不審な点が多いのです」
「それは、どんな?」

 他の部隊幹部も交えた会議の席で、ネスターは自身の分析を披露した。

「壊滅した味方は、敵に誘導されて孤立したと思われます。それも偽情報、囮部隊など、手の込んだ方法で味方から切り離されている」
「それは資料を見れば頷けるな。だが、それがどうしたと言うのだ?」

 誰かが疑問の声を上げた。

「小競り合いでここまでする必要はありません。それに、敵が特機クラスの能力を持つのなら、正攻法で仕掛けて来てもいいはずです。それをせず、回りくどい手を用いてきたのは、その特機に大した戦闘力が無いか、よほど秘匿したい能力を秘めているかのどちらかでしょう」
「その敵だが、間違いなく特機なのか? たちの悪いゲリラ集団とかではなくて?」
「間違いなく特機でしょう。戦場の跡を調べた資料がありますので見て欲しいのですが、地球軍のロボットの足跡が少ないのです。敵の数が少なかったことは疑いありません。にもかかわらず10機もの羅甲が倒される相手など、特機以外に考えられません」

 ネスターの説明に反論は出なくなった。みな納得したようだ。

「もう一つ言えることがあります。この特機は特殊な能力を有している場合、まだ完成してない可能性があります」
「実戦テストをしているのか?」
「そういうことです」
「なら余計な時間を与えていれば完成してしまうかもしれないのか」
「ですから、ただ情報が集まるのを待つのは得策ではありません。攻めに出るべきです」

 付近に地球軍の基地があるなら、そこを攻めて炙り出す。捕虜から情報を得る。前に壊滅した友軍が捕虜になっていれば、救出して情報を聞きだせる。だから攻める。それがネスターの方針だ。この考えは会議の出席者にも消極的だが賛同を得られた。



 特機対策部隊の活動はすぐに始まった。偵察用羅甲を多数動員して、付近の地球軍の規模や分布、編成状況を分析して、更にそこから敵の意図を推測する。敵指揮官の心境を読み取ろうとすることで、転じては隠し事は無いか、何を隠しているか、等も見えてくることがある。ただし、それには大変な時間を労力が必要となるが。
 この間、各地で小競り合いが絶えない。その一方でランカスター隊は、操兵の修理のためとして一週間の準備期間が与えられた。

「このシミュレーターは、普通の物と違うのか?」

 エドが訓練室でネスターに尋ねた。

「はい、地球軍の機動兵器パイロットの癖を反映した、特別なシミュレーターです。地球人の人型機動兵器の歴史は格別浅いものですから、その戦い方は未熟でパターンも少ないのです。なので、地球人対策には地球人の特徴と、それへの対応策を重点的に叩き込むことが近道です」
「ああ……、そうなのか、へえ」

 エドの頭ではすぐに理解できなかったが、要するに、ランカスター隊のパイロットたちを短期間で成長させるのは難しいため、地球人の癖を突く戦術を今訓練しているのだ。狙い球を絞らせる、と言い換えてもいい。

「それで、一週間でこいつら強くなるかな?」
「いくらか期待してよろしいかと。前の敗戦も引きずっていませんし。ただ過剰な期待はいけません」
「そうか、ならば次は地球人に、目に物見せてやりたいなあ。陵鷹も修理が終わったことだし」
「フランダル伯爵が造らせたという操兵でしたね。少佐はあの機体を気に入っているようですが」

 帝国軍部の直接統制下に入らない私軍というのが、ネスターの気には入らない。貴族が勢力を増し、私兵を持つことは、国家の屋台骨をいつか揺るがしかねないを思っている。フランダルやエドは尚武の気風があり、権力欲をむき出しにするような人物じゃないと考えてはいるが、彼らの門地を世襲する子供たちまでがそうとは限らない。

「ああ、陵鷹以外に俺様の愛馬はありえんね。あれは普通の操兵とは違うんだ」
「普通ではない?」

 そう言われて、ネスターはすぐに思い当たることがあった。ナノマシンだ。アムステラの兵器の中には装甲を修復する目的でナノマシンを組み込んでいるものがある。陵鷹には、それとはまた違うナノマシンを組み込んでいると聞いたことがある。そのことを話すと、

「そうじゃない」

 と軽く否定された。

「他に特殊な機能があったでしょうか?」
「機能の話じゃねえんだよ。陵鷹はなあ、羽があるんだよ」
「ありません」
「違うっつってんだろーがよ」
「……貴方の仰りようは理解しかねます」

 ネスターとエドの会話は、このようにいつも噛み合わない。
 突如、敵の接近を報せる警報が鳴り響いた。ネスターは緊張に身を固めた。

「執事、何が起きたんだ?」

 エドはすぐに通信機で連絡を取った。彼が緊急時にまずコンタクトを取る相手が、自家の執事であることに疑問を感じつつ、ネスターも事態の確認に務める。この基地に地球軍の機動兵器群が近づいているようだ。規模は現在のところ不明。
 間もなく、駐留部隊の全てに出動命令が下った。ランカスター隊はまだ全体の半数しか動けないが出せるだけ出すしかない。

「少佐。基地周辺の12に分けられたエリアの内、この第5ブロックが我々の守備範囲です」
「基地の側面か。まあ、今の状態で正面は任せられない、ってとこか」
「八旗兵は全員戦えます」

 今回の戦いでも八旗兵の動かし方が重要になりそうだった。ランカスター隊が八旗兵頼みだとも言える。だが今回はエドの陵鷹も出撃するのだ、是非とも前の敗戦を挽回しておきたい。

「すぐに部隊を展開させましょう」

 ネスターが促すと、兵士たちはそれぞれに準備を始めた。地球軍はすでに間近まで迫っている。ネスターも急いで装甲車に乗り込み、移動した。
 やがて情報が出揃ってきた。敵の規模は多くはない。少なくともこの基地を攻略するには少数だ。


「ネスター、敵は本気じゃないのか?」
「最近になって、我々が基地に入りましたから。その戦略的意図を探るために部隊を向けてきた可能性が高いと思います」

 エドの質問にネスターは私見を述べた。軍略についてエドから聞かれることが最近増えている。

「別の可能性もいくつか考えられますが」
「ほう、それはどんな?」
「今確認できる敵は囮で、別働隊がいるかもしれません。その場合、地球人はこの基地を本気で取るつもりでしょう」

 更には、焦りから先走って攻撃をしてきた、というパターンもあり得る。彼らの探している特機が活躍したから、それに対抗している、というような例が。
 どちらにしろ、別働隊が他にいる危険はある。ネスターは丘陵地を選んで堅陣を敷くように提案した。エドは隊列の組み方が分からなかったため、全てネスターに任せてきた。

「砲撃戦が主体になると予想されます。その場合、八旗兵は遊軍となります。他のエリアで異常があった時は八旗兵に向かってもらいましょう」
「そういうことらしい。頼むぞパン」
「承知しました」

 パン・アルバードは言われたとおりの配置についた。ネスターの観察では、彼女たちからあまり信頼されていない気がする。着任してからこれといった結果は出していないのだから仕方がない。そもそも人付き合いに向いた性格を、自分がしているとも思っていない。
 今回こそは勝たなければ。自分のためにも、部隊のためにも。

「正面の守備隊が交戦を始めました」

 通信が飛び交う。地球軍のジャミングも濃くなってきた。アムステラの技術を以ってすれば、対応法は幾つかあるが。
 いつもならば戦闘中も駆る口が飛び交うのだが、今日は至って静かだった。隊員の誰もが、ランカスター隊の置かれた状況を理解しているのか、程よい緊張が彼らを支配しているのだ。こういう時は、ささいな切っ掛けで緊張の糸が切れ、暴走してしまうことがある。逆に、意識をコントロールして自分を見失わなければ、実力を十分に発揮できる。緊張することは悪いばかりじゃない。
 連絡以外は沈黙が続いた。それも、途端に破られた。

「レーダーに敵影、こちらに近づいてきます!」

 装甲車のモニターに移る戦域図に新しい情報が入力されると、敵の存在を示す光点が10個ほど現れた。基地の側面、エドたちの守るエリアに向かっている。

「来たか!」
「隊長、こいつらやけに速いですぜ!」
「あぁん?」

 まだ敵の詳細は分からないが、この移動速度は車両や機動兵器のそれではない。ネスターは言いようのない違和感を感じていた。

「航空機か? 基地を爆撃する気なのか?」
「いいえ少佐、低空を飛んでいます、これは航空機ではありません」
「じゃあヘリ? しかしそれだと弱すぎるか」

 エドが唸って考える。八旗兵は、先ほどから声を発しないで落ち着いている。一方で、兵士たちは緊張が不安に変わりつつあるとネスターは感じていた。

「少佐、推測を述べてよろしいでしょうか?」
「許す」
「これは人型機動兵器に、何かフライトシステムを装備させたものと思われます」

 基地を攻撃する火力と機動力を両立させるとしたら、そういう結論に達した。正面に注意を引き付けてから、側面に素早く戦力を送り込む奇襲作戦だ。危険も伴う賭けだが、成功すればかなりの効果が見込める。

「もし推測どおりの敵なら、何のことは無い、訓練で想定しつくした敵です。まともに当たれば勝てます。向こうもこちらの存在に気づいているでしょうから、少し手前で着地し、後は徒歩で近づいてくるでしょう。我々は敵が射程内に入るまでひたすら待ち、一斉攻撃をかけるのです。そうすれば勝利は疑いありません」

 ネスターは若干誇張して解説した。そうすれば兵士たちの緊張がほぐれるだろうから。

「参謀の言うことを信じようぜ。俺たちは勝てる!」
「わ、分かりました!」
「やってやりましょう!」

 敵に動きがあった。彼方のほうで土煙が上がり、偵察用羅甲がその姿を確認した。ネスターの予想通り、6型や7型を中心にした一大戦力が、背中にブースターユニットを背負いやって来る。操兵のカメラで見えるようになれば、間もなく射程内に入ってくる。

「タイミングは私が計ります。少佐の指示が下るまで、一切の発砲を禁じる」

 ネスターも気が逸り出した。
 来た。敵だ。周囲の緊張が、肌を刺すように感じられた。まだ合図は出さない。
 射程の長い7型が砲撃の構えを取った。すぐに、砲弾が飛んでくる。最前列の羅甲がたてを連ねて待つ。
 まだ砲弾は散発で、直撃も無い。6型と5型が更に前進。まだだ、合図は出さない。
 敵はアサルトライフルを構え、撃って来た。直撃。前衛の羅甲が揺らぎだした。いい加減、エドが焦れているのではないか、と思ったが、まだ催促は無い。信じてくれているのか?


「……」
「まだか?」

 兵士の一人が思わず唸った。焦るな。敵は基地を強襲することが目的だから、かならず進んでくる。だから、敵が死線を越えるまで引き付ける。死線とはすなわち、奴らを全滅させられる間合いということだ。
 砲撃が、僅かに止んだ。貝が殻を閉じたように動かない我々を見て、敵が一線を越えようとした。ネスターはそう判断した。

「今です!」
「撃てぇ!!!」

 何体もの羅甲が身を乗り出し、それぞれの火器を撃ち放った。地球軍は、更に近づこうと動き出したその瞬間を撃たれる格好となり、進むことも退くこともしかねている。
 最初の砲火で敵が二体ほど破壊された。みんな、緊張と不安を振り払うように撃ち続ける。また一体吹き飛んだ。しかしそれも敵の半分ほどで、被害を免れた者たちはすぐに隊列を整えて組織的な反撃を試みている。あれを崩すのは容易でない。
 敵の抵抗を破る方法をネスターが考えていると、エドの大声が聞こえた。

「八旗兵、続け!」
「おおう!」

 何をするのかと思ったら、ただ真直ぐに突き進んでいった。バカな、という言葉が出かかる。だがこの暴挙は、ネスターが予想していなかったように敵も想像していなかったようだ。最初の一飛びでエドの陵鷹は間合いの半分を詰め、次の一歩で肉薄していた。
 近距離から陵鷹のガトリング砲が火を噴き、拡散ビーム砲が敵を焼き払う。接近武器を持たない陵鷹だが、型破りな戦法で敵を圧倒していた。
 だが、さすがに裁ききれない。砲弾が直撃する。すると、八旗兵の絶璃が一糸乱れぬ動きで敵陣を切り裂きだした。地球軍が圧されて下がる。ネスターは驚きつつ、味方に側面援護を行うよう指示を下した。
 八旗兵の進撃はまだ続く。距離が開いたところで陵鷹のレール砲が連射されると、敵の意志は挫けたようだ。背を向けて敗走を始めた。敵の一体が痛んだ足を引きずりながら逃げる。その背を討とうとしたパンを、ネスターは引きとめた。

「参謀殿、何故止めるのです?」
「奴をここで倒す必要はありません。すぐに追撃命令が出るでしょうから、せいぜい味方の足を引っ張ってもらいましょう。さあ、すぐに補給を済ませてください」

 雑甲が運んできた弾薬を受け取り、盾を失った機体は代わりの盾を渡してもらう。撃ち合いで羅甲が一体大破していた。これも雑甲の手で後送されていく。パイロットは死んでいた。
 司令部に戦闘結果を報告すると、返事に追撃命令が下った。体勢を整えたランカスター隊はすぐさま敵を後を追った。



 ネスターの策は当たっていたようだ。少なくとも、路傍に放棄された5型を確認したので、いくらか敵の逃げ足を縛ったことは伺える。二時間ほどの追撃で彼らは敵を捕捉した。一度機体から降りて集まり、敵の様子を探る。

「この先2kmのところに敵はいるようです」

 偵察隊から報告があった場所には町がある。彼らはそこを動かずにいた。

「追いつけたのはいいが、あいつらどういうつもりだ、参謀?」
「おそらく我々の接近に気づいて、迎え撃つ気になったのでしょう。そうなると、近くに敵の増援が来ている可能性もあります」
「味方と合流して戦う気か」
「ですが、別の意図もあるでしょう」
「うん?」

 エドは怪訝そうな顔になった。ネスターの語気が苦味を帯びたからか。

「敵はきっと、我らアムステラ軍が市街地に攻撃しないことを計算に入れているのです」
「ほう」

 驚いた様子もなくエドは頷いた。
 アムステラ軍が民間人に危害を加えないということは、長い戦いの中で地球人には織り込み済みだろう。一部の例外を除いて、この方針は軍部に徹底されている。今回はそれを逆手に取られる形となった。

「あの町に住民はどれだけいるんだ?」
「どうも人が住んでる気配はありませんよ、隊長。みんな逃げちまったんじゃないですか?」
「確認できなければ、断定するべきじゃねえな」

 いつになくエドは慎重な様子だった。ネスターとしても歯痒い。ランカスター隊に加わってからの初勝利が、このような形で幕を下ろされることは納得がいかない。すでに勝利と言っていい戦果は挙げたが、足りない。勝利とは弱者を強者に変える魔法の美酒なのだ。今のランカスター隊には、躍り上がるような勝利が必要だというのがネスターの考えである。

「少佐、敢えて進言します。あの性根の曲がった連中を町ごと打ち破りましょう」
「市街地に攻撃を仕掛けろと?」

 当然エドは難色を示す。

「いいですか、あんな町に人はいません。奴らが街中に陣取ったことから考えてもそうです。そして今、奴らを倒せば、今後町を盾にして生き延びようとする愚か者どもは現れなくなります。何より我々の目標は地球の特機を見つけ出して倒すことです、彼らを捕虜にして小さな情報でも引き出すべきです」
「町に攻撃はしない」
「少佐!?」



 ぐずぐずしていれば敵に有利となる。ネスターに焦りが込み上げる。

「奴らをみすみす逃がしてしまうのはもったいない。考え直してください」
「あいつらは倒す。だが町に被害は出さない。分かったか?」
「そんな……。あの市街地では遮蔽物が多過ぎます。こちらに不利です。余計な被害が出てしまいます」

 煮え切らない。いつも奔放で周りを困らせるのに、ここに来て頑迷に過ぎる。ネスターは怒りすら覚えた。その気持ちが、思わず口に出てきた。

「貴方の叔父であるフランダル中将は強行手段を厭わぬ人だったではありませんか。何を今更そんなことを!」
「何だと?」

 凍りつくような視線。エドが怒っている。ネスターの初めて見る怒りの表情は、普段エドが見せる遊び好きのボンクラ貴族の物ではなかった。彼の踏み入らざるべき領域に、自分は踏み込んでしまったのか。
 兵士たちだけでなく八旗兵までもが数秒間、身じろぎ一つしなかった。それだけエドの怒りは場を支配していた。それも、すぐに消えて失せた。エドは彼らの想像以上に感情を制御して見せた。

「参謀。奴らを町から引き出す方法を考えろ」
「……」

 ネスターよりエドの方が遥かに落ち着いていると、認めざるを得なかった。そして彼は考えを変える気が無いことも分かる。ネスターは半ば呆れながら、頭の中で即興の案を捻り出す。

「敵を誘き出そうと言うのでしたら、囮を使うのがいいでしょう。いわゆる”釣り野伏せ”という戦法です」

 それは古来からよく使われる戦法だった。先鋒が敵と戦うと、わざと負けたフリをして逃げる。追ってきた敵を味方が待ち伏せている場所まで引き連れ、これを討つ、という物だ。だが守りやすい地形に篭る敵を引き出すのは容易でない。

「彼らを誘い出すほどの囮となると、少佐が単機で敵の前面に出て行くしかないでしょうな。それも自身がアムステラの高貴な生まれであることを喧伝しながら、いかにも敵を舐めてるように見せて」
「それで上手くいくのか? 怪しまれないか?」
「普通ならば怪しまれるでしょうが、今回は成功すると思います。我々の追撃は素早く、少佐だけが先走りしていても、さほど不自然ではありません。それに先刻の戦闘時、陵鷹で一見無謀な突撃をしてあります。その前例が彼らには説得力ある物となるでしょう。最も、多大なリスクを負うことになりますが」

 言うだけは言った。上手くいくかは正直なところ五分五分である。
 聞き終わったエドの表情は、

「ちゃんと有るじゃねえか、俺様を完全勝利に導く策がよう」

 不敵な小僧の物に変わっていた。

「まさか、やる気ですか少佐?」
「モチ。誘いは俺だけでいい。警戒されないよう、他の奴らは引っ込んでな。パン、八旗兵だけは一緒に戦え。やり方は任せるぜ」
「お任せください。必ずや、勝利をその手に」
「よっしゃ始め!」

 何ということだ。もうネスターに彼らの思考は理解できない。敵に一人で仕掛けるという上官。それに疑問の一つも漏らさず従う家臣団。
 彼らはもう行ってしまった。失敗すれば、それもいい薬になるだろうか。ネスターは仕方なく、エドが危機に陥った時のフォローだけはしようと、残存部隊をまとめて隠しておいた。機を見計らって、助けに行こう。



 作戦は始まった。陵鷹は先の戦いで軽い損傷を負ったが、補修もしないで戦いに臨む。

「俺様の名はーーーエドウィィィィン・ランカスターァァァァ! アムステラの貴族だ!!」

 大音量で叫びながら突き進む。あからさま過ぎてバレやしないかと気になった。
 射程内に入ると、すぐに地球軍の迎撃が始まった。エドは、攻めあぐねるように右に行ったり左に戻ったりを繰り返した。反撃は芳しくない。町中に撃つことはせず、明後日の方向に弾を飛ばす。時々「卑怯者!」と罵声を浴びせたりしたが、敵は中々町から出てこない。
 陵鷹の胴体に攻撃が当たった。エドはよろめきながらも体勢を整え、また敵を罵りながら、少しずつ後退し始めた。聞いていると本当に悔しそうだ。
 変化は突然のことだった。
 地球軍の6型が一体、果敢に進み出て陵鷹に挑んだ。エドは本当に驚いた様子で、最初の一撃をかわすと、思わず後ずさりしていた。よくよく考えると、地球人が自分たちの町を盾に取るという行動に、心から賛同することもないのか。
 その勇敢な敵は続けて陵鷹に切りかかった。彼を助けるため、残っていた者たちも後からやって来た。陵鷹はたまらず逃げ出す。背後から容赦ない攻撃が続き、それはもう完全な敗走だった。
 通信機からは情けないうめき声まで聞こえてくる。それは敵にも聞こえていたようで、益々勢いをつけて追いかけた。
 だがそろそろ、敵が罠の可能性に気づくかもしれない。ここまでは上手く運んだのだ、隠れている八旗兵が打ちかかれば、完全に敵を破れる。
 今だ! ネスターは拳を握り締めた。

 だが、来ない。

 八旗兵が現れない。その間に陵鷹が7型のキャノン砲の直撃を受けた。
 助けに行くべきか。ネスターがそう思ったとき、7型の頭部が弾け飛んだ。
 何が起きたのか。狙撃だ。どこから、誰が? エドウィン・ランカスターに関わる者でそれを尋ねる者はいない。あの執事だ。知らないうちに近くまで来ていたのだ。
 続けてもう一機、対物ライフルで胴体を砕かれると、敵は罠に嵌ったことを悟って逃げ出した。先ほどまでいた町めがけて。だがそれは果たせなかった。
 彼らの逃げようとする先に、八体の絶璃が立ちはだかっていた。その姿はさながら、地球人には死刑執行人に映ったことだろう。驚いたのは敵だけではない。ネスターは彼ら八旗兵が最初から敵の逃げ道を塞ぐことを狙っていたのだと、ここでようやく知った。



 地球軍は抵抗をやめて素直に降伏した。彼らの中には士官もいて、尋問する相手としては申し分ない。
 エドが陵鷹から降りてくる。彼を見るネスターの表情は、何か異質なものを見るような物に変わっていた。

「どうした参謀? 一発やった後みたいな呆けた面しちまって」

 口を開くとエドはやはりエドだった。だが、八旗兵や執事が彼に忠節を尽くす理由が少しだけ分かったような気がした。
 捕虜を連れて基地に戻ると、司令部から賞賛の言葉を贈られた。隊員たちも初めての勝利に喜んでいる。エドも相当浮かれた様子だった。
 捕虜を引き渡した後、ランカスター家の執事が戦死者のことをエドに伝えているところに通りかかった。23歳の青年士官には、死という事実をどう処理すればいいか、戸惑っているようだ。彼は後日、不器用に遺族の元へ手紙と共に金一封を送った。そのことが遺族にとってどう受け止められるかは分からない。この時ばかりは、エドは初々しい若者だった。
 数日後、ネスターはエドから夕食に誘われた。事後処理が済んだので、戦勝を祝うのだという。あれぐらいの戦いを祝おうという考えには幼稚さが無くもないが、ネスターはエドの招待を受けた。その席には部隊の面だった者たちがみんな呼ばれていた。

「今夜はシェフたちが腕によりをかけて料理を作りました。存分にお召し上がりください」

 執事に案内されて椅子に座る。いい椅子だ。シェフも男爵家に仕える者たちを本星から連れてきたという。何という道楽だ。平民のネスターには呆れて言葉も無い。

「失礼ですが、少佐はこのような宴をよく行うのですか?」
「はい、週に少なくとも一度は」
「そうですか……」
「御屋形様は大勢で食事をしたりゲームをするのが大変お好きです。先月は地球の方を連れてこられましたから、私も驚きました」

 拉致してきたのだろうか。不遜な疑問が浮かぶ。

「始まりは先代の御屋形様が亡くなられた頃でした。食卓が寂しくなったので、私に同席するように言われたのです。それから使用人たちも席に着かせる用になりました。段々と多くの方を、段々と身分に分け隔てなく、どんな方でもお招きするようになっていったのです」
「……」

 テーブルに並べられた料理は、どれも滅多に味わえることがない上等なものだった。酒が入りだすと冗談が飛び交う。相手が誰でも、自由な会話がそこにある。パンにセクハラをしたエドが床に叩きつけられた。それでもお互い笑っていた。

 ランカスター隊を自分で叩き直したつもりでいたネスターだが、その実、この男に才能を有効利用されたような気すらしてきた。実は彼に率いられている一人に変わりないのか。ネスターはエドという男が益々分からなくなっていった。



……


「ドクター・マッコイン。連合部隊が負けたようだ、戻ってこない者も多い」
「足を引っ張ってくれるわね。せっかくこの子が完成間近なのに」

 暗い地底の奥底で彼らは話し合う。

「ジャングルの司令どもは我々に一任してくれているのに、奴らと来たら。捕虜が口を割ればここの位置がばれるぞ。どうするのだ?」
「簡単には割り出せないわよ。それだけの擬装はしてあるわ。それに、この子がついてるでしょう、フフッ」

 マッコインは自信ありげに笑う。二人を側で見下ろす無機質の塊。その双眸はやはり暗闇を映し出していた。
 ヨーロッパのある山奥でのことである。



<続く>