超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette Princess−
序幕
橙なる斜陽の光が、凄惨たる戦場に一筋の光明を与えていた。
映し出されたのは、夥しい数の人型兵器の残骸。
兵共が夢の跡。
この地獄のような舞台に立つ機影は僅かに2つ。
漆黒の翼と3本の角を持った『悪魔』と、それに対峙する半壊した『6型』機動兵器。
勝敗は既に決している。
『6型』の戦闘続行不能は誰の目にも明らかだ。
周囲に散らばる無数の残骸は、元は全て地球側の兵器であり、その壊滅的な打撃は彼らの戦術的な敗北をも物語っている。
真に恐るべきは、この惨状を作り出したのが、事実上アムステラ帝国最強と謳われる漆黒の悪魔、唯一機によるものである、という事実。
塵芥の如く。羽虫の如く。傍らに人無きが如く。
唯々、圧倒的な力を持って撫で斬りにされた。
『黒竜角』の進撃を阻むものは、このフィールドには存在しない。
「ちっ。弱ェ。弱すぎる。どいつもこいつも、ちょっと触れただけで壊れやがる。
前菜にすらなりゃしねぇ」
苛立ちを隠そうともせず、漆黒の悪魔の操者が呟く。
彼は既に、この戦闘に対する興味を半ば以上失っていた。
「……貴様の勝ちだ。アムステラの黒き悪魔。
基地も部下も全て失った。最早、このままおめおめと本国には帰れん。
止めを刺して行け。
それが敗者に対する戦士の情けだ」
『6型』のパイロットは痛恨の言葉を吐き出す。
未だ若き女性指揮官の、震える声。
だが、『黒竜角』の操者は、彼女の願いを笑殺した。
「はっ。知るかよ。止めを刺せ、だァ?
嫌なこった。俺は強い奴にしか興味が無いんでね。
お前に殺す程の価値は感じないんだよ。」
そう言い放ち、彼女に背を向ける。
「待てっ! 貴様っ! 私に生き恥を晒せと言うのか!?
敵に情けをかけたつもりか!? 殺せ! 私を殺していけ!!」
「ギャンギャンわめくんじゃねえよ、女。
言っただろうが。殺す価値も無ぇ、ってな。
情けをかけるつもりも毛頭無ぇさ。
死にたけりゃ一人で勝手に死にな。
…まあ、てめえはそんなガキの玩具みてーな機体でここまで戦ったんだ。
褒めてやっても良い。他の奴よりゃ楽しめたしな。
名前位は覚えててやっても良いぜ?」
そう言って、女性指揮官の怒号を軽くいなす。
振り向きもせず、『黒竜角』は無防備な背中を彼女に晒したまま歩みを進めた。
「俺に殺されたきゃ、もっと強くなるんだな。
少なくとも剣王機(ヤツ)の前座になる程度には、な」
膝を付き、嗚咽を漏らす彼女の耳に飛び込んで来たその言葉。
恐らくは一生涯忘れうる事の出来ぬその一言。
「じゃあな、女…………悪ィ。やっぱ名前忘れちまった」
敗戦の将となったこの女、ベロニカ=サンギーヌ少佐は、壊れかけたコックピットの内側を拳が割れんばかりに殴りつけ、獣の様な咆哮を上げた。
例え、屈辱に塗れ。
矜持を傷つけられ。
失意の涙に濡れても。
彼女の命脈は尽きない。
彼女を操る運命の糸は未だ途切れては居ない。
この日こそが新たな彼女の再生の時。
これは魂の戯曲。生命の歌劇。
運命に抗い、這い蹲りながらも再び立ち上がり、前に進もうとする者達の物語。
荒唐無稽な人形劇の幕は上がる。
続く