超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette Princess−
第一幕 天上の神は嘲笑う
「お前には失望したよ、ベロニカ」
フランス陸軍・対アムステラ侵攻対策司令部・セドリック=サンギーヌ准将は、顔の前で両手を組み、苦虫を噛み潰した様な顔で、そう吐き捨てた。
その眼前には、先の戦いで屈辱的な敗北を喫した彼の実娘、ベロニカが下唇を噛み締めて俯き、神妙な顔立ちで訓辞を受けている。
「『失望』とは『期待』の裏返し。…解るか? 私はお前に目をかけていたのだ。
いつかは私の後継となるであろう、とまで思っていたよ。
女の身でありながら佐官の地位に引き上げてやったのもその為だ。
…だが、お前は私の期待を裏切った。如何に相手がかの『黒き悪魔』とは言え、僅か一機の敵相手に虎の子の精鋭部隊と防衛基地を失った。
私の顔に泥を塗ってくれたな、ベロニカ。
何か申し開きはあるか?」
「いいえ。何もございません、准将。
全ては私の未熟が引き起こしたもの。頂いた戦力を徒に消費した罪は決して消えるものではございませんが。
本当に申し訳ありません」
平身低頭、謝罪の言葉を口にするベロニカ。
だが、セドリックの怒りは最早収まる鞘を失った兇刃の如く、容赦無く彼女に降り注ぐ。
「才能があったからこそ、これまで目をかけてやってきたと言うのに。私の見込み違いだったようだな。
お前の存在の意義は何か? ベロニカよ。
……最早、軍から身を引き、唯の市井の娘となるか? それも良かろうな」
その言葉を聞き、弾かれた様にベロニカは顔を上げる。
「お父様っ! それは…」
「ここでは『准将』と呼べ。そう何度も教えた筈だ。
…それが出来ぬと言うならば、もう金輪際、私を『父』と呼んでくれるな。
私の血筋に、無能者は必要無い」
事実上の、勘当通告である。
それだけ、セドリック准将の怒りは根が深いものに思われた。
「おいおいおい。それは幾らなんでも厳し過ぎるんじゃあ、無いですかねぇ?」
唐突に、司令室のドアの方向から聞こえた間延びした声に、2人は視線を向ける。
そこに立っていたのは、針金を思わせるような長身痩躯の男。
皮肉そうに歪んだ口元と、蜥蜴を思わせるような眼が印象的である。
「ローラン、か。何用だ? 今は取り込み中だぞ。この無礼者」
「取り込み中なのは知ってますよ。何回ノックしても誰も返事してくれないんだから。
悪いなー、と思いつつ勝手に入っちゃいました。別に盗み聞きしてた訳じゃあ無いんですがね。」
男の名はローラン=ド=アトレーユ。
対アムステラ侵攻対策司令部・大佐の地位に、知略と戦果のみを持って昇り詰めた切れ者である。
「大体、たった一回失敗した位で親子の縁を切るだの。辞めてしまえだの。
大袈裟すぎると思うんですけどねぇ、僕は。
そんな事を言ってたら司令部には誰一人人材がいなくなってしまいますよ、准将」
腕を広げ、芝居がかった口調で語りかけるローラン。
セドリック准将はそれを聞いて鼻を鳴らし、鬱陶しそうに返答した。
「出過ぎた事を申すな、ローラン。それは貴様の与り知らぬ話よ。
そんな戯言を言うためにここに来た訳ではあるまい。
早く用件を言わんか、この道化者が」
「いやあ、これは失敬。
そうですね。他人様の家庭の問題に立ち入る権利は僕には全く無い。
いやはや、ご尤もな事で。
ただね、准将。僕の用件は実はそのお話に無関係では無いんですよ。
一言で完結に言うと……『娘さんを僕に下さい』って話ですからね。ふふふ。
僕の子飼いの部隊にね、どうしてもその人が欲しいんです」
その言葉を聞いたセドリック准将の目の色が明らかに変わる。
「ほう…技術開発『教導団』か。開発中だった例の新機体が完成したと言うのか?」
「はい、左様で。まさにその機体の正パイロットとして、『鮮血のベロニカ』を置いて他にこれ以上の適任者がおりましょうか?
だから軽々しく、軍人を辞めろなどと言ってもらっては困るんですよ。
ただ、親子の縁を切ると言うならむしろ好都合です。これまでずっと貴方の庇護下にあった所為で、誰も彼女を異動させる事は出来なかったのだから。
構わないでしょう? 准将。もう彼女は指揮官ではなく、一軍兵なのだし」
爬虫類を思わせるような、不敵にして不気味な笑みを浮かべてローランは語る。
「………良かろう。構わん。その娘の処遇、貴様の好きにするが良い」
一瞬の躊躇の後、准将は僅かに俯きそう呟く。
「感謝の極み(メルシーボークー)」
慇懃無礼に腹の前に片手を添えて、ローランはお辞儀をしてみせる。
「勝手に話を進めてしまったが。ベロニカ君も異存は無いね?」
沈黙を保ち、粛々と二人の会話に耳を傾けていたベロニカだったが、ゆっくりと是肯した。
このままでいれば降格は免れず、あまつさえ実の父の手によって軍籍を排除される可能性があった。
それをこの男の唐突な口添えで、言わば拾われて九死に一生を得た形になるのだから。
異存を挟む余地などない。
「勿論、私に異存などございません。軍命ならばそれに従うのみです、アトレーユ大佐」
「宜しい。では行こうか? 色々と書類上の手続きを済ませねばならん。
急ごう。これでプロジェクトが漸く前に進む。ふふふ、忙しくなるぞぉ」
彼女の返事など、耳に入ってないかのように。彼は独り言を呟きながら司令室のドアを開ける。
ベロニカは、父セドリックへ一礼をし、その後に続く形で踵を返した。
「……ベロニカ。本当に、それで良いのだな?」
彼女の背中に呼びかけられる、父の声。
「……すみません、准将。私にはこの生き方しか思いつかないのです」
「今なら、戦い以外の生き方も選ぶことも出来るのだぞ? 私の元を…軍を離れれば、お前はもう、その運命に縛られずに済む」
彼女には解っていた。
父が自分を戦場から遠ざける為に、わざとあのような態度で突き放した、と言う事を。
「今更…私に普通の女として生きよ、と。そうおっしゃるのですか?
そんなの…虫が良すぎます。貴方は戦い以外の世界を教えてはくれなかった。
貴方は、お母様が倒れた時ですら、軍務を優先したのでは無いですか。
そしてそれを、忠国の志と誇っておられた。
…選ぶべき選択肢なんて、私にはもう一つしか無いのですよ。
私は、戦う事でしか、貴方の娘である事を証明できないのですから」
それを聞いたセドリックは、激しい後悔の念に見舞われる。
何故、先ほどのローランの蛇めの提案を一蹴しなかったのか、と。
自分の立場など気にせずに、無理にでもこの娘を戦場から遠ざけるか、或いはずっと自分の手元に置いておくべきであった、と。
日増しに先立たれた妻に類似してくるこの娘に、愛憎渦巻く感情を抱き続け、それ故に必要以上に自分と同じ道を強いた。
結果として娘に歪な人生観を植え付けた。
それは自らの罪。歪んだ愛情。
そしてこの娘は、それに縛られ続ける、哀れな操り人形。
「私はこの場所に、必ず帰ってきます。
貴方のご期待に沿う戦果を持って。貴方の娘に恥じぬ力を手に入れて。
だからどうか、それまで私をお見捨てにならないで。
お願いです……『お父様』」
そう言い放ち、振り返ったベロニカの哀しげな顔は、最早、相違点を探す方が難しいと言うほどに…
彼の愛した妻と全く同じ表情であった。
音を立てて閉まりゆく扉を呆然と見つめながら、セドリック=サンギーヌは理解した。
呪縛に囚われているのは自分自身であった、と言う事を。
天上の神は嘲笑う。
台本を破り捨てる事の出来ない、不器用な三流役者達の道化芝居を尻目に。
続く