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コッペリオン -fragment- 

前編




 窓の鉄格子の隙間から差し込む僅かな光が、幼き少女の横顔を照らしている。

下弦の月が朧気に輝き、久遠の闇に一筋の光明を与えているのだ。

この狭き地下室の中においては、それが唯一の光といっても過言ではなかった。


 部屋の隅にひっそりと鎮座するのは、未だ幼き少女であった。

膝まで達しようかという長い金髪を振り乱し、無造作に汚れた床に触れさせ。

虚空をただ只管に見つめている。

さながら朽ちた西洋人形(ビスクドール)の様な、生気の篭らぬ表情で。


 彼女がこの地下牢に幽閉されて如何ほどの時が経ったのだろうか?

幾重にも連なる夜を数えているうちに、その作業が億劫になった。

そのうち少女は、数えることを辞めた。


 虚ろな視線の先にあるのは闇。漆黒の闇。渦巻く暗闇。

そう形容する以外に術の無い、唯々暗き空間。

だが、少女の眼には確かに『視えている』。

そこに蠢く人影が。


 少女はにこり、と微笑み、静かにこう呟いた。

「こんばんは、おじいちゃん。今夜はどんなお話を聞かせてくれるの?」


 人影が闇の中でゆらり、と揺らめく。

彼女には『視えている』。

そこに恰幅の良い老紳士の姿が佇むのを。


『…ア…ザ…レア……私の…可愛い…ア…ザ…』

 
 彼女の耳にはしかと『聴こえている』。

その人影がゆっくりと口の端を動かし、自らに語りかけた言葉が。

自分の名を呼ぶ声が。


老人の眼は酷く悲しげで…そして慈愛に満ちていた。

囚われの身となった愛孫の境遇を哀れむかのように。


「え? 寂しくは無いのかって? 何でそんな事を聞くの?

…寂しいわけ無いじゃない。私の傍には何時だって、"みんな"がいるんだから」


 彼女には『視えている』。

自らを取り巻く無数の人影が、闇の中で蠢く姿が。

中には四肢を欠損した者、正視に耐えぬ裂傷を負った者、怨嗟の篭った瞳で睨みつける者の姿も見受けられる。

だが、少女はそんな事を全く意に介そうともしない。

皆、彼女の大切な友人なのだ。


「私は独りじゃないよ、おじいちゃん。

ここには、お友達がたくさんいるもの。

だから、外の世界よりもずっと、楽しいよ」


 少女は笑う。

屈託の無い表情で。


アザレア=クラドヴェリー。

黄泉路の女王。

死霊と戯れる女。


 後に強化人間研究史上、最大の問題作と謳われる事となる披検体の、知られざる過去。

彼女が運命の舞台に上がる日は、未だ遠い。



*****



 幼き頃から、自分は特殊な存在であることを認識していた。

初めてそれを確信したのは、子供同士の遊戯の最中のこと。

自分たちが興じるままごとに、あの子も混ぜてあげようと。

指さした先には、膝を抱えて佇む同年代の少女。

だが友人たちは、きょとんと顔を見合せてこう言い放つ。


「何を言っているの? あの子って誰のこと? 誰もいないじゃない」


友人たちはきっと、あの子を仲間外れにしようとしているんだ。可哀想に。

そう理解した。優しき心根を持つ彼女に、それは堪え難きことだった。

 故に、癇癪を起こしたように喚き散らした。意地悪しないで混ぜてあげようと、と。


だが友人たちは、理解できないという表情で呆けたように立ち尽くすのみ。

…『4人目』の少女の姿が『視えている』のは自分だけである、と把握するのにしばしの時を要した。

そのうち、強硬に『見えない』もう一人の人物の存在を主張し続ける彼女を、周囲の人間は避け始めるようになった。


「アザレアちゃんって…何か気持ち悪いよね」

「お化けが見えるらしいよ。でも、ママはそんなものはいない、って言ってた」

「あの子、嘘吐きだから。そうやって注目集めようとしているんだ、って先生が言ってたよ」

「もう一緒に遊ぶのやめにしない?」


 人は自分に理解できぬものを遠ざけ、異端を排しようとする。

幼子にとってはより顕著に、純粋であるが故の残酷さで。


 アザレアは独りとなった。

そして彼女は学ぶことになる。自分に『視えている』世界は、彼女だけの特別なものであると。

それを他人に口外することは、災いを招く、と。

大人も子供もみな一様に、彼女を避けた。汚らわしい物を見るような視線を向けて。



*****



 やがて彼女は深夜、人目を忍ぶように、唯ひとりかつての遊び場へ向う。

砂場にばらまかれた、ままごと遊びの破片をかき集め。

天候も昼夜を問わずそこに座り続ける少女に話しかける。


「こんにちわ。貴女はだぁれ? 一緒に遊ぼ?」


 その少女の儚げで物憂げな視線が、自分の境遇と重なって見えたから。

この子はこんなに近くにいるのに、誰にも気づかれない。理解されない。

永劫の孤独。それはどんなに辛いことだろう。

想像するだけで胸が締め付けられるように痛い。


 少女は少しだけ微笑んだように見えた。

自分だけに視える友人ができた。

もう、独りでは無い。



*****



 クラドヴェリー子爵家は武家の名門であった。

代々に渡り優秀な軍人を輩出し続け、名声は収束することを知らず。

人々は称賛と羨望の眼差しを持って、彼らの名を呼んだ。

…半世紀前までは。


 かつては少佐の地位まで上り詰めたという、退役軍人・セリム=クラドヴェリーは、かつての自らの栄光に思いを馳せる。

剣林弾雨を潜り抜け、このアムステラ神聖帝国への忠義の志を持って祖国の礎とならんことを。

それのみを唱え、数々の武功をあげてきた。


 だが、仕事のみに注力し続けた、彼の家庭は決して、幸せなものではなかった、という。

自分の妻が病床に伏した際も、彼は遠方の星へと遠征中であり、その死に目に間に合うことすら適わなかった。


 彼の息子はその父の行為を激しく責め立て、ついには親子の縁を切ると言い残し、姿を消した。

愛する妻の死に続いての、息子の出奔。

ここに来てこの不器用な男は初めて、自らの生き方を顧み、激しく後悔を覚えたのである。


 セリムは軍を退くことを決意する。帝国将軍テッシンの特選部隊『虎煉騎』への編入という名誉ある誘いすら辞して。


 息子の行方は杳として知れず。跡継ぎのいない武門クラドヴェリー家の命脈は絶たれた。

齢60を前にして、彼の顔は一気に老けこんだように見える。


 死んだ妻の面影に良く似た一人の孤児の娘を引き取ったのは、その家庭を顧みなかった半生の罪滅ぼしのつもりであっただろうか。

それとも、残りの人生の目的を失った孤独な老人の、自己満足であったのだろうか。


 いずれにせよ、セリムはこの娘を孫娘同然に愛情を注いで育てることを誓った。

娘には血の繋がりが無い事を隠し、本当の祖父であると信じ込ませた。


この娘の名を「アザレア」という。


 夢見がちな少女であった。

霊魂の存在を心から信じ、何もない空間に話しかける様な奇行もたびたび見られた。

だが、セリムはその行為を決して咎めようとはせず、自由闊達にこの娘を育てた。

武門の家を継がせようと、躍起になって厳しく育てた自分の実の息子とは裏腹に。


 魑魅魍魎の類を信じる心も、それに対する畏敬の念も、成長するにつれて薄れていくもの。

周囲に奇異な目で見られる事もあろう。しかし、それは彼女にとっては必要な経験。

そうやって、人間社会というコミュニティを、傷付きながら学んでいく。

抑えつける事は彼女の感性を殺す事に他ならぬ。

自ら学ばねば意味が無いのだ。そうやって誰しもが大人になっていくのだから。



 実際に、アザレアはその妄想癖と少々体が弱いという点を除けば、心優しく聡明で、その歳にしては出来過ぎている程に良い子であった。

セリムは泣きながら帰ってくる彼女に優しい言葉を投げかけ、お前は間違った事をしていない、と言い聞かせる。

彼女はひとしきり"祖父"の胸で思いの丈を吐き出した後、疲れて夢の中へ。


 全てが満たされた日々であった。

戦いに明け暮れた毎日がまるで遠い昔の事のように思えた。

過去の咎は、新たな人生の至福の中において記憶の隅へと追いやられ。

長き月日が過ぎ去った。


 その幸福が、いつしか永劫に続くものと思い込み。

彼は忘却しかけていた。


自らが、未だ、憎しみ渦巻く螺旋階段を登り続けていることを。



*****
 


 それは春雷轟く、豪雨の夜。

一人の男がふらり、と屋敷の門を叩いた。

濡れ鼠になったその人物は、応対した女中にこう告げたという。



「父、セリム=クラドヴェリー子爵侯へ、お目通り願う」と。



 実子ダレル=クラドヴェリーの、突然の来訪。

"帰宅"と言い換えぬのは、セリム自身、この男を既に決別した過去の一部として認識していたからなのであろうか?

セリムの胸中は複雑に入り混じっている。


懐かしき我が子との再会を喜ぶ気持ち。

かつて、軍務を優先させ、ないがしろにしてきた家族への罪悪感。

そして…現在の平穏で幸せな毎日が変貌を遂げる予感。


そんな思いが渦のように湧き上がる。



「ダレル…か。息災であったか? これまでどこで何をしておった?」


 胸中の動揺を隠し、努めて穏やかな声で、眼前の息子に声を投げかける。

記憶にある姿に比して、やせ細った息子の顔はさながら幽鬼の如く目に映った。


ダレルはその質問には答えようとせず、口の端を歪ませながら、実父に向けてこう言い放つ。


「お父さん。

僕は別に、貴方と昔話をしに来たわけじゃあ、無いんですよ。

ビジネスの為に、ここに立ち寄ったまで。

第一、本気でそんな事を知りたがっている訳でもありますまい?

貴方が自分以外の人間に興味を抱くなんて事、天地が引っくり返ったってあろう筈が無い」


 暗い瞳で父を睨みつけ、痛烈な言葉を投げかける。


「………」

 セリムは押し黙る。

予想はしていたが、ここまで剥き出しの憎悪を浴びさせられるとは思っていなかった。


過去の事は全て水に流し、もう一度家族としてやり直す…

甘い考えながら、僅かに抱いていた淡い期待は粉々に砕け散った。




「おじいちゃん…お客様が来ているの?」

 ふと、声の方角に視線をやれば、ドアの隙間から、アザレアがこちらの様子を伺っているのが目に留まる。


「アザレアッ! もう寝なければいけない時間だろう? いい子だから、寝室に戻りなさい」

 この醜い言い争いを、孫娘には見せたくない。

その一心で、滅多に発しない強い口調で怒鳴り声を上げる。



「でも、さっきからお手伝いさん達の姿が見えないの。

お客様にお茶をお出ししなきゃ…」



「いいから戻りなさい!」


 祖父の怒声に怯んだアザレアが、ビクリと肩を震わせ、廊下を駆けていく。



そして、去っていく彼女の後ろ姿を、睨みつけるように見つめていたダレルが、怨嗟の篭った声を発する。


「おやおや。今の娘は一体どこのどなたかな?

妾に産ませた貴方の子ですか? それとも身寄りの無い子を引き取って育ててるのですか?

…ふん。母さんを見殺しにした男が、今更、家族ごっこか。罪滅ぼしのつもりか?

呆れてものも言えない。

どんなに聖人ぶろうが、僕は知っている。

貴方の本性は"人殺し"だ。

戦場で躊躇いも無く多くの命を奪い、そして身近な命すらも顧みることの無い、最低の人間だ」



「…お前とお前の母さんには、どんな謝罪の言葉をもってしても許されない事は解っておる。

許されようと思う行為自体が虫の良い事だとは解っておる。

だが、これだけは忘れないでいて欲しい。

わしはお前たちを確かに愛…」



「そんな事は聞いていない!!! 聞きたくも無い!!!

それは貴方の言い訳だ。そう思っているなら何故、行動で示そうとしなかった!?

母さんはなあ、自分が倒れても尚、あんたの戦場での安否を気遣っていたんだぞ!!


それを、それを何で…」


 溢れ出る感情の奔流。

激情に身を任せ、怒りをぶつける息子の姿は、セリムの犯した罪の深さを嫌が応にも思い出させる。

目に見えぬ溝は深く、両者の間に刻まれている。

最早、これ以上の問答は意味を成さない、と彼は思い知る。


 僅かな間を置き。

はあはあ、と息を切らせて立ち上がったダレルが、ふと我に返り、再びソファに腰を降ろした。


「………失礼。

僕としたことが、取り乱しました。

最初に言ったように、そんな昔話をしに来た訳じゃないんですよ。


ビジネスの話をしましょう」




「…ビジネス…だと?」



「そう、ビジネスです。

…貴方が本当に、心から亡き母さんの魂に詫びるつもりがあるのなら…


『我々』の活動に力を貸して頂きたい。

僕はねえ、お父さん。


このアムステラという惑星から、全ての戦争の火種を消し去りたいんですよ」


 
 ダレルの唐突な申し出に、驚きを隠し切れぬセリム。

そんな彼の様子に注意を払うことも無く、ダレルは言葉を続ける。


「気の遠くなる程の年月をかけて、このアムステラ神聖帝国は様々な場所に進軍し、侵略し、他星系にまでその版図を広げてきた。

それは争いの歴史。現在の繁栄がそれに起因するものだと言うことは周知の事実です。

しかし、それは本当に幸福な事なのか?


侵略され、蹂躙された星々の嘆きが聞こえませんか?

戦いの中で散って行った人々の魂は果たして安らかに天に昇ったのでしょうか?

それは焼き払われた国家の民のみならず。

祖国の為にその命を散らせて行った我が軍の兵士たちも同じ。


………貴方も被害者の一人なんですよ、お父さん。

この悲しき時代に、踊らされたに過ぎない哀れな存在なのです。


真の平和を手にしたければ、戦争そのものを根絶しなければならないんです。


……聖帝と皇族の支配によって戦火を拡大し続けるこの国は、酷く病んでいる。

今こそ我らが民意を代表して立ち上がらなければならない」



 セリムは理解した。

このフレーズには聞き覚えがあった。

それはこの時代の嫌戦気運に乗って設立した、反アムステラ活動団体"ピースミリオン"の教義。


宗教結社"べヌウ"に代表される反国家テロリスト集団と並んで、政府にマークされる組織。


平和を掲げる団体でありながらその行為は過激であり、現政府に対して破壊行動を行う事も厭わない。


鳩の姿を借りた鷹たち。


それが世の人々の見解であった。


 彼の息子ダレルは、家族の絆を引き裂かれた憎しみを、そのまま『戦争』そのものに向けて発したのだ。

ピースミリオンの教義は、母親を失った悲しみで行き場を無くしていた彼の心の拠り所になっていたに違いない。

…何かを盲信的に信奉するということは、自らの考えを放棄する事に近い。

それが解らぬ程、愚かな息子ではなかった筈だが。


しかし、彼にこのような道を選ばせてしまったのも、自分の責任だろう、とセリムは考える。



「…わしに、何をしろと言うのだ? 力を貸せなどと申すが、こんな老人に何が出来ようか?」



「勿論、戦力として加わって欲しい訳じゃありませんよ。

はっきり言いましょう。僕が欲しいのは、このクラドヴェリー家の資産。

軍資金がねえ、尽きかけてるんです。

そこで『ビジネス』ですよ。

貴方は今まで通り、ここで隠棲していれば良い。

唯、黙って我々に出資してくれれば、それで良いんですよ。


そうですねえ、さしあたっては20億程の資金が必要です」



 馬鹿な、とセリムは心中で呟く。

全盛期ならばいざ知らず、斜陽のこの子爵家に、そのような大金を捻出する術などあろう筈が無い。


「…お前は正気で言っておるのか?

この家のどこにそんな金があると思っておる?」


そもそも、国家転覆のテロ活動の軍事資金に投資など、心血を注いで国の為に戦ってきた彼に出来る筈が無かった。


最早、これは親子の情などが入り込む余地の無いスケールの話である。


「ご先祖様が残した財産…ここには無くとも、どこかに残してあるでしょう?

子供の頃に聞いた事がある。他ならぬ貴方自身から。


クラドヴェリー家は初代が偶然発掘した金鉱を元に現在の繁栄を遂げた、と。

掘り付くし、既に枯れた鉱山は廃棄されたが、捌ききれなかった金塊(インゴット)の山は、未だに何処かの山中に隠してある、と」



「何を言い出すかと思えば…そんな御伽噺を信じておったのか?

あれは、わしが子供の頃に爺様から聞かされた作り話をそのままお前にしただけだ。

最早、この家にはわしら家族が細々と暮らすだけの金しか残っておらん」



 戯言だ。

そう一笑に伏した。

だが、ダレルの顔は至って真剣だった。


「僕もそう思っていましたよ…

でもね、我々の調査部が当時の記録を洗いなおしたところ…

"クラドヴェリーの隠し黄金"は確かに存在した。ある時期の史書にはそうはっきりと書かれている。


その総額は50億を下る事は無い。

そしてその在り処は、当主のみに口伝で伝えられ、その存続を保ってきたと…」



「くどい。

隠し黄金だと? そんなものは知らぬ。

なあ、ダレル。お前がその怪しげなテロ集団を抜けて、真面目に働くと言うならば、残った我が家の僅かな財産をお前に全て与えても良い。

アザレアとわし二人が生きていく分には、軍の退官金で食っていける。

だからのう…」



 その言葉を聞き、再び激昂するダレル。


「テロ集団!? 今そう言ったんですか?

自らの欲望のままに軍を動かす聖帝を廃し、その支配を終わらせ、平和の世を築こうという崇高な我々の思想を、テロ行為だと!?」



 ここまで、息子への負い目から沈黙を守ってきたセリムだったが、現人神同然と教わり続けた聖帝への冒涜についに耐え切れず、大声を発してしまう。


「不遜な事を抜かすでないわ! この痴れ者がっ!!

聖帝陛下の名を、口に出すだけでも畏れ多いと言うのに、不敬の極みなるぞっ!!

お前の様な不埒者にくれてやる金など、一銭も無いわ。

貴様を未だ我が息子だと思ったわしが馬鹿だった。

早々に立ち去れいっ!!」



 怒鳴り返すセリム。

交渉は完全に決裂した。


「ああ、良く解りました。

貴方は骨の髄まで軍国主義に毒された愚物なんですね。

……態度と対応次第では過去の過ちを許してやろうとすら考えていたのに。

もうこちらも忍耐の限界だ。


おい!お前たち!」



 ダレルは持っていた通信機を取り出し、声を張り上げる。


程なくして、彼の仲間と思しき武装集団が、ドアを蹴破って室内に突入してきた。

恐らくは屋敷内のどこかに予め潜ませていたのだろう。

黒き戦闘服を身に纏った男達が、一斉にマシンガンを構えた。


「話し合いによる解決はもう望めない。

平和を尊ぶ我らとしては甚だ残念だが」



「ふん、とうとう尻尾を現したか、奸物どもめ。

何が平和を尊ぶだ。力を持って事を運ぼうとする貴様らのやり方の一体どこに、現政府を非難する資格があるというのだ?」



「大事の前の小事ですよ。奇麗事だけでは革命は為し得ない。

我らの行為は全て、ひいては将来の平和に繋がるもの。

何とでも言いなさい。そんなもので我らの聖戦を止める事は出来ない。

さて、お父さん。

隠し黄金の在り処を吐く気にはなりましたか?

今ならまだ、命だけは助けてあげても良いんですよ?」



「何度も同じ事を言わせるな。

そんなものは知らん。知っていたとしても、貴様などに教えるものか。

在りもしない黄金の幻想を抱いて一生彷徨うがいいわ。

さあ、殺すなら殺せ。

退いたとはいえど、わしも帝国軍人の端くれ。忠告の士が死などを恐れるものか」



 無数の銃口を向けられても、微塵も恐れる様子を見せぬセリム。

その様に苛立ちを隠そうともしないダレル。


「つくづく…貴方は愚か者だ。

この期に及んでまだ、この腐った国に忠誠を示すのか?


…ふん、まあいい。

これを見てもまだ、同じ台詞を吐けるかな?」


 ダレルが指をパチン、と弾く。


すると、新たな武装兵が、縛り上げられた女中たちと……そして、セリムの最愛の孫娘アザレアを羽交い絞めにして部屋の中に入ってくる。



「ア、アザレア…!?」


「おじいちゃん…」



 か細く、消え入るように泣き声を上げるアザレアを見て、セリムは血相を変える。


「さて、もう一度聞きますよ。

『隠し黄金の在り処を教えてくださいませんかね?』お父さん。

…僕たちも、こんな可愛らしい娘さんや罪も無いお手伝いさん達まで殺したくは無いんですよ。

だから、どうか強情を張らずに教えて下さい。お願いします」



「し、知らん…いや!

何とか思い出す! すまん! だから、その子を離してやってくれ! 頼む!」


 必死の懇願。

その様子をみて、ダレルは深いため息を吐く。


「はあ…そうですか。

その様子だと、本当に何も知らないみたいですね…

残念ですよ、お父さん。非常に残念です。

この家に残ったはした金みたいな財産なんぞに興味はありませんし…

じゃあ、さようなら。今までお世話になりました」



 パァンという乾いた破裂音。

ダレルの手に持った拳銃から凶弾が放たれた。

額を打ち抜かれ、吹き飛ぶセリムの脳裏に、走馬灯のように過ぎるのは…

亡き妻と、幼き息子と数少ない団欒の食卓を囲む風景。

そしてそこには、居る筈の無いアザレアの姿も。

皆、一様に幸せな表情で笑いながら…


彼は心の中で呟く。


『どこで間違ってしまったのだろう?』


そして、自分の姿をみて泣き叫ぶ、最愛の"孫娘"を視界に捕らえながら…


『アザレア。私の可愛いアザレア。願わくば…』


願わくば、死して魂のみになっても、お前の幸せを守り続けよう。



それが彼の最後の思考。最後の願いと相成った。



 おじいちゃん、おじいちゃんと、屍と化した養父の元で泣き続けるアザレアを尻目に。

冷血のテロリスト達が会話を交わす。



「あーあ。殺っちまった。いいんですかい?」



「…仕方無いだろう。本当に知らない、ってんだから。

そもそも、僕はこの男が心底大っ嫌いでね。こうなることはある意味必然だよ。

ふん、気にするな。こんなとるに足らん男一人死んだところで、我々の計画に支障は無い」



「残った女どもはどうします?」



「現場を見られたんだから、生かして返すわけには行くまいよ。


……いや、娘は殺すな。


『クラドヴェリーの隠し黄金』について、何かしらの情報を持っている可能性はある。

今は混乱してるが…落ち着いたら尋問してみるさ。


アジトにつれて帰って…地下牢にでもぶち込んでおくとしよう」



*****



 次第に冷たくなっていくセリムの身体を抱きながら、アザレアは泣き続ける。


『アザレア』


 我が名を呼ぶ声にふと見上げれば、そこには最愛の祖父の姿。

不思議な現象であった。

自分の腕の中に居るはずの、祖父が安らかな顔でこちらを見つめている。


『アザレア…願…くば……てもお前…傍に』


ああ、おじいちゃん。生きていたんだね。

うん。そうだね、私達、ずっと一緒だよ。


 既に体温を失った祖父の身体をそっと地に置き。

アザレアは語りかける。


永遠の存在となった祖父に。



私は、独りでは無い。

眼を瞑ればいつもそこには、大切な貴方がいるから。


例え向かう先が冥府の迷宮(タルタロス)であったとしても。
 


冥界の鳳凰は、その翼で小さき身体を覆い隠し。

地上へ羽ばたく時を待つ。



To Be Continued…