『朋友よ』


 薄暗き洞穴の景色はまるで深淵の底の様に。

目を凝らしても決して、全てを認識することはできない。

故に、その景色は声だけが暗闇の中から響いて来るような、奇妙な一場面に思えた。


『我が朋友よ。私の心臓が未だ鼓動を刻んでいるのは、貴方達のお陰に他ならない。

私はこの恩に報いたい』


 壮年の男が暗闇の中へと語りかける。

その声は山彦となって洞穴の中へと響き渡った。


しばしの沈黙の後、その男とは別の"声"が荘厳な響きを持って木霊を生み出した。


『小さき異邦の者よ。礼には及ばん。我らは大した事はしておらぬ。

ただ横たわるお主の身体を、この洞穴へと運んだだけよ。

お主のその姿の、物珍しさ故にな。

流れ着いた船の中、数多の屍に囲まれて唯一人、お主のみが息をしていた。

礼を言うのならその幸運を神に、頑健な身体を産み落とした母に。感謝の祈りを捧げるが良い。


我らは誇り高きモルディバの民。戦えぬ者から何かを奪う事はせぬ。

それを助けられた、と思うのはお主の勝手よ。

しかしお主が今、生きておるのは即ち、死神との戦いにて命を勝ち取ったからに他ならぬのだ。

それにな。お主の語る異邦の地の物語は誠に興味深く、この退屈な幾百の夜を楽しませてくれた。

報恩というならば、それだけで十分だ。異邦の朋友よ』

 
 先住民族の"長"は淡々とそう言い放つ。

長の姿は、この暗闇の中、仕切られた分厚いカーテン越しからは伺い知ることは適わない。

だが、彼らの言語は、長く同じ時を過ごすうちに自然と覚えることができた。

全てを聞き取ることはできずとも、それが友愛に満ち溢れた内容であることは十二分に理解できた。


『だがそれでは、私の気が済まない。

この地を立ち、故郷へと帰る前に、貴方達へ贈り物をさせてもらいたい』


 そう呟き、男は懐から一枚のプレートを取り出す。

それは即ち、聖なる文字刻まれし"黄金"の碑…







コッペリオン -fragment- 

中編







 白昼夢。


そう呼ぶのは正確では無いかもしれない。

何故ならば、彼女が鎮座するこの暗き地下牢には、昼夜の区別など存在しないのだから。


 アザレアは覚醒し、ゆっくりと周囲を見渡した。

目を凝らしても包まれた暗闇が晴れる事は無い。

だが、彼女にはしかと"視え"ている。


彼女を取り囲むようにして立ち並ぶ、無数の異形の人影達が。


 かつて、最愛の"祖父"セリム=クラドヴェリーは諭すようにアザレアに語った事がある。


お前が見ているのは"死者の魂"なのであろう、と。

 それが視えると主張したが故に、友人たちに疎まれ、遠ざけられ、傷つけられた彼女に、祖父は優しく言ってくれた。

『わしはお前を信じておるよ』と。


それはこの上も無く、嬉しい事だったけれども。


彼女には一つだけ納得できない事があった。


 死んでしまうという事は、この世から無くなってしまう、という事に同義のはずではないのか?

つまり、目の前に居る存在が"死者"であるとするならば、その相手は本当は『存在して居ない』、という解釈になる。

こんなにもはっきりと自分の眼には視えているのに。


 彼女には区別がつかないのだ。

祖父が言う、"死者の魂"と、生きている人間の姿が。


 彼女は彼らを掛け替えの無い友人達だと認識していた。

それを『存在しない』と断定してしまうのは、余りにも寂しいことではないか。

彼らは確かに、そこに"居る"のだ。その存在に優劣をつけるような真似をしてはならない。



 故に、彼女は目の前の人影に届くよう、十分な声量を持って話しかける。



「ねえ、今のは…誰? 誰の"思い出"なの?」



 すぐそばに居た、隻眼の少女に問い掛ける。

先ほど"視た"夢は、貴方のものなのか?と。

しかし、相手は首を横に振り否定の意を示した。




 初めは、唯そこに姿が"視える"だけであった。

長くそれに触れるうちに、彼らの声が"聞こえる"ようになった。


そして長きに渡る幽閉生活の中で。

彼女は、牢の中で話し相手になってくれる彼らの事を、もっと知りたいと願った。

彼らの語る物語を、もっと詳しく。更に深く。

 
 ある日、彼女は経験した事も無い情景を、あたかも自分が体験しているような臨場感で見る、という不思議な体験をした。

さながら、映画のワンシーンを再生するように。

しかしそれは第三者の視点からでは無く、相手の視点からの記憶の追体験。


 最初は唯の夢だと思った。

だがそれは"友人"達が語る物語の内容と余りにも符合し過ぎていた。

言葉を超越し、相手の意識とリンクする。

唯、姿を見るのみならず、声を聞くのみならず、相手の思考を『感じ取る』

それは相互理解を求めるが故に派生した、能力の延長。

地下牢への幽閉という、非日常から獲得された副産物。


 彼女は日々、彼らの語る様々な物語をその脳髄に焼き付けることで、牢獄中の停滞する時間を渡り続けてきた。

語られる幾千の物語は、どれもアザレアには新鮮で興味深いものであった。

その中でも強烈なインパクトを持つ物語ほど、明確なビジョンを伴ってフラッシュバックする事があった。


 『サイコメトリー』

場に漂う物質の記憶の、読み取りと再生。

後に研究者達によってそう分類(カテゴライズ)される事となる、彼女の"能力"



 だが、先ほど彼女が"追体験"した物語は、これまでに語られぬ、未知の代物であった。


故に、彼女は語り部を探す。

「今のは誰の思い出なのか?」と。

しかし、問い掛けても問い掛けても、返ってくるのは否定の意思のみ。


 
 こんな事は初めてであった。

出所不明の"記憶"

魚の骨が咽喉に支えている様な、気持ちの悪さが残る。


 ふと隣を見れば、一人の老人が立ち尽くし、こちらに向かってしきりに何事かを呟いているのが聞こえた。

セリム=クラドヴェリー。

彼女の最愛の祖父にして『永遠の存在となった』存在。


「おじいちゃん? 何か知っているの?」


 セリムに向き合い、彼に"同調"しようとする。

それは聞き耳を立てる行為に良く似て。


彼らの声は意識を集中させる事でよりはっきりと聞こえてくる。

更に集中させ、意識に潜入(ダイブ)すれば…相手の記憶の再生(リプレイ)が可能となる。

即ちそれこそが意識の『追体験』。



 潜る…潜る…意識の海により深く…深淵の狭間に在りし、最愛の人の記憶へと辿り着かんがために…

漂う記憶の断片(フラグメント)をかき集める。

深く。より深く………



 だが、その集中は、無作法に響く一つの足音によって乱され、途絶えることと相成る。

カツ、カツ、カツと己の存在を誇示するが如く石畳を叩く革靴の音を聞き、アザレアはトランス状態を解いてそちらを振り返る。


「やあ、お姫様。ご機嫌如何かな?」

 牢の前で立ち止まり、少女に声を投げかけるは、幽鬼の如くに痩せた若い男。


ダレル=クラドヴェリー。


最愛の"祖父"を殺害し、彼女をこの牢獄へと押し込めた張本人。

そして、血の繋がらない"祖父"の実の息子…



「こんばんは、ダレル」

 しかし、アザレアは笑みを浮かべて鉄格子の向こうの男に応待す。

そこに憎しみの欠片すら感じない。


 当然だ。

彼女には死者と生者の区別は無く。

祖父は今でも彼女の傍らに居るのだから。

そもそもが、『仇として認識していない』のだ。


 投獄された、という事実すらも、何らかの理由あっての事であろう、と。

他人を疑う事を知らぬ少女は、この忌むべき殺人者すらも受け入れようと欲している。


故に彼女のあどけない笑顔は、第三者から見れば酷く不気味で、不可解な物に映るであろう。




*****




「アザレア。『隠し黄金』について、何か思い出しましたか?

どんな些細な事でも良い。あの男から何か聞いてはいないのですか?」


 幾度と無く繰り返された、この問答。

鉄格子の向こうでダレルが、椅子に腰掛けたまま、冷たい視線をアザレアに向けた。


父・セリムが戯れに育てた娘。

唯それだけの、彼にとっては無価値な…むしろ唾棄すべき存在であった。


一度たりとて家庭を顧みることの無かった男の、醜い自己満足。家族ごっこ。歪なる愛情の結晶。


それがこの、アザレア。


 この娘を生かしておいたのは、唯一つの理由からである。


『クラドヴェリーの隠し黄金』。


彼の祖先が発見し、秘匿したと言われる財宝へ到る、唯一の手がかり。


感情的になり、何の情報も引き出せぬまま、セリムを殺害してしまったのはダレル痛恨の失敗であった。


 セリムの血族は今や、自分を除けば誰一人として生存していなかった。

勿論、自分はその伝説を子供の頃に聞いた御伽噺程度にしか認知していなかった。

だから黄金の在り処を知る者がいるとするならば、セリムが愛情を注ぎ、孫娘同然に育てられたアザレアしか、可能性は残されていなかった。


 自分や母とは対照的に、惜しみなく愛情を注がれた…赤の他人。

ダレルは無意識に歯を軋らせた。

そして再び、目の前の少女を睨みつける。

この娘が生きていること自体、母に対する冒涜なのではないか? とすら思えてくるのだ。



 しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。

彼にはどうしても、金が必要だった。


 ダレルが所属する、"ピースミリオン"という組織…聖帝の支配からの独立、そして侵略戦争の根絶を謳う政治結社。

その理想を掲げ、邁進しているはずの組織の上層部は、今や"友愛"をスローガンに戦争反対を唱えて議席を奪い合う、議会の一政党に成り下がっている。


 ダレルはそんな現状を腐敗している、と憤っていた。

日和っている。そうとしか考えられなかった。



 国家の体制そのものを変える為には、実力行使より他に道は無し。

平和は多くの犠牲の元に成り立つものである。

戦争根絶を成し得るには、国家転覆、それを成し得るべし、と。



 軍資金が必要だった。

大規模なクーデターを起こすために、どうしても金が要る。

軍備の増強然り、兵力の確保然り、兵糧の備蓄然り。


 彼は焦っていた。

自分の高邁なる思想が、組織内で多くの賛同者を得た事は喜ばしい事だった。

しかし、肝心の上層部が、彼らを鷹派と罵り、破壊行動を自重せよとの命を下す。



 もう、あの政権を欲っするだけの肥えた豚共に、期待はできぬ、と。

失望し、独自に行動する事を決意した。

だから彼は自分に賛同する同志達と共に、軍資金をかき集める活動を始めた。


しかし、組織のパイプラインを借りずに金策を行うのは簡単な事ではなかった。

表立った行動もできず、秘密裏に出資を依頼した各方面からは、テロリストに協力はできぬと塩を撒かれる始末。


 だからこそ、『隠し黄金』等という、不確かな情報を頼りにせざるを得なかった。

この世で最も憎むべき、父親に頭を下げてでも…

これは『ビジネス』なのだ、と割り切って。




 だが、いざセリムを前にして、溢れ出る感情の奔流を抑える事が出来なかった。

部下達の手前、余裕を見せてはいたが、本当は殺すつもりは無かった。

つい、かっとなって…というのが正直なところなのである。



 故に、ダレルは焦っていた。


そして父が死の直前に見せたあの反応。

財宝の事など知らぬ。あんなものは作り話だ、と。

演技には見えなかった。

…本当に知らなかったのではないだろうか?

隠し黄金の伝説は、本当に唯の伝説で…自分の行動は全て徒労に終わってしまうのではないだろうか、と。



 そんな不安が鎌首をもたげて来る。


現に、このアザレアと言う少女…何度、隠し黄金について、問い掛けても問い掛けても…


「知らないよ」


と答えるのみ。



 孤独な幽閉生活により精神に異常を来たしたのか、虚空に向かって話しかけたり、一日中返事も無く呆然と座している日もあった。


場合によっては拷問を行い、無理にでも吐かせようと考えていたが、この状態では逆効果であろうか。


それに…個人的な感情を抜きにして冷静に考えれば、この娘には何の罪も無いのだ。

手荒な真似は気が咎める…そう考えるのは、ダレルに残ったひとかけらの良心であったのだろうか。



 だからこの日も、焦る気持ちとは裏腹に、半ば期待せずに投げかけた。


「何か思い出しましたか?」と。



だが、その日のアザレアの反応は、いつもとは違っていて…


「うん。"黄金の碑文"…きっとダレルが欲しがってる宝物と、何か関係あるよ」


にこり、と歳相応の可憐な笑顔を浮かべていた。




*****



『これは…?』


 族長は、男が差し出した黄金のプレートを手に取り、しげしげと眺めた。


『文字通りの贈り物だ、朋友よ。

これは、私がかつてこの星系を探検していた際に発見した遺跡から失敬して来たものだ』


 プレートには、古代の文字と思しき文字が刻まれている。

『ほう、これは…碑文…のように見えるな。何と書かれているのか?』


 族長は興味を示した模様だ。

だが、男は悪びれもせずに、肩を竦めてこう言い放つ。


『さあ? 私が聞きたいくらいだ。

私は冒険家であって、学者では無いのでな。

それは母星に持ち帰って、そういうお偉い先生に高値で売りつけようと思った代物だ』


『盗掘か。褒められた行為ではないな』


『ああ、他人から褒められる様な人生は歩んでいない。

運悪く渡航中に"敵性生物"に遭遇したのも、きっと、罰が当たったのだろうな。

だが、幸運にも貴方達に拾われたのは、まさに神の思し召しだろう。

これを機に、私はこの危険な仕事からきっぱりと足を洗う事にする』



 族長はそれを聞き、愉快そうに笑う。


『そうか。厄払いの意味も込めた贈り物か。

ならばこれは貰って置く。

我らにこの碑文の価値を判断する術は無いが、朋友のこの先の人生に幸あらんことを祈り。

我らの宝として祀らせてもらうとする』


 男は族長のこの暖かい言葉に感涙し、そして祈るように名を呼んだ。


『ありがとう、モルディバの"ゴライアス"(偉大なる長)。我が朋友よ』


『礼には及ばぬ。達者で暮らすが良いぞ、小さき我が朋友"クラドヴェリー"』





*****



「…! アザレア、今何と?」


 ダレルは思いもかけぬアザレアの反応に、思わず椅子を後ろに倒して立ち上がる。


「"碑文"だよ、"黄金の碑文"。

…私、頭良くないから、それが何なのかは解らないけど、そう言ってたの」



 実際、アザレアは"夢"の中で登場人物達が呟いたその単語を、ただ鸚鵡のように繰り返しただけ。

その内容も酷く胡乱なもので、半分も理解できてはいない。

しかし、ダレルはとうとう、隠し黄金の秘密に一歩近づいた、と解釈したようだ。


「おお、とうとう話す気になってくれたか…ふ…ふはは…やはり実在した! 隠し黄金は実在したんだ!」


 高笑いを続けるダレルに、アザレアがおずおずと声をかける。


「それが貴方が欲しがっている物なのかどうか、まだ、解らないよ」


「結構だ。手がかりが見つかっただけでも上々。

兎に角、その"碑文"とやらはどこにあるんです?」


「解らない。もう少し深く"潜って"みないと。

誰が教えてくれたのか、誰の思い出なのかもはっきりしないの」



 相も変わらず、理解し難い事を呟くアザレアに苛立ちを覚え、笑声を止める。

この娘、自分が助かりたいが為に謀っているのではないか?

或いは完全に正気を失ったか?


「…セリムから聞いた内容を、思い出した…或いは隠していた秘密を話す気になった、という事ではないのですか?」



「違うよ。おじいちゃんは本当に何も知らなかったと思う。

…たぶん、たぶんね。私の考えなんだけど。これはもっともっと…昔の人の記憶。

おじいちゃんが生まれる前の、そのまた前の、ずうっと前の人の思い出。


"クラドヴェリー"…って呼ばれてた。碑文を持ち込んだ人が。

もしかして、おじいちゃんの…貴方のご先祖様…なんじゃないかな…?

昔の人過ぎて、中々ここには出てきてくれないんだけど」



 ダレルには理解できまい。

否、最初から理解しようとしていない。


アザレアの見た"夢"…それが、進化したサイコメトリー能力の発現による白昼夢であった事など。

"黄金"という単語をキーワードとして、セリムの持つ記憶を辿り、その父・祖父・曽祖父…と何代も血の樹系を上流へと登り続け、無意識のうちに辿りついた奇跡であったことなど。


皮肉にも、それを助長したのは、獄中の孤独であった。

話し相手を求め、"死者"と対話し続け、開眼に到った『黄泉路の女王』。


 この世にアザレアという名の怪物を生み出したのは、他ならぬこの男・ダレル=クラドヴェリー。


だが、そんな事は知る由も無い。


彼は、ただの気の触れた娘の妄言、と聞き流す。



「………そう、ですか。つまり君は、初代クラドヴェリー卿、直々に宝の在り処を教わった、と」


 話を合わせ、情報を更に聞き出そうとする。


「推測だよ。それに在り処はもうちょっと調べて見なければ解らない。

もう少しだけ時間をくれないかな?」



 この期に及んでの時間稼ぎ。

やはり、自分が助かる為の嘘だったのだろうか?



「………どの位あれば、調べる事ができるんだ?」


「一両日中。約束は出来ないけど、その位あれば…何とか辿り付けると思う。

その代わり、約束して欲しい事があるの」



 来たぞ、と。

ダレルは警戒の色を強めた。

自分に取引を持ち掛けている。

中々にしたたかな娘。


「…黄金の在り処を教える代わりにここから出して自由の身にして欲しい、という所かな?

時間を与えるのも、その条件を飲むのも構いませんが、飽くまでもその情報の真偽を確かめてから…

つまり、実際に隠し黄金が見つかった場合、という事になりますよ?」


 ダレルは釘を刺す。

命まで取るつもりは無いが、このまま我々の内部情報を知る彼女を野に放つ事は出来ない。


最大まで譲歩して、組織の一員として働いてもらうか、一生涯をこの牢獄で暮らしてもらうか、だ。

否、牢を出てもう少しマシな場所に移り住んで貰うのも良い。

ただし、籠の中の鳥として、外部には一切触れさせずに。


それはもし情報が本当だったとしても、虚偽だったとしても、だ。

後者であったのなら、目の前に自由をちらつかせて、何としても真実を吐かせなければならない。

本当に黄金の在り処を知っているのならば、だが。




だが、アザレアの持ちかけた取引は、彼が想定していたよりも遥かに予想外のものだった。


「ん…違うよ。私がお願いしたかったのはそういう事じゃない。


もし、宝物が見つかっても、『それを悪い事には使わないで欲しいの』」



「………はァ??」


 唐突に、そんな事を言い出すアザレアに対し、思わず間の抜けた声で応えてしまう。



「おじいちゃんが…言ってるんだ。

今もそこで、哀しそうな顔で言ってるんだ。

『ダレルにはこれ以上、不幸になって欲しくない』って。


そして…貴方のすぐ傍にいる人が…

言ってるよ。『この子は本当は優しい子なんだ』って。

貴方に悪い事をして欲しくないんだって」


 アザレアの指し示すスペースに思わず眼を向ける。

背筋が冷たくなる。

…誰もいない。誰もいるはずがない!



「………だいぶ前に写真で見たことがある。

生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、若い頃のおじいちゃんと…写真の中で一緒に、幸せそうに笑ってた。

その人って、きっと貴方のお母さ…」



「やめろぉっ!! それ以上戯言を言うな!!」

 
 耳を塞ぎ、思わず大声で叫んでしまう。

まるで、自分の心の中の、大切なものを触られるかのような不快感。

嫌が応にも思い出させられる、罪悪感。



「死んだ人間が、言葉を話すものかっ! 死んだ人間が、姿を現すものかっ!

気味の悪い事を言うなっ!! この嘘吐きめっ!!

この…『化物』めぇっ!!!」



 狼狽し、喚き散らす。

彼は母親を心の底から愛していた。

それ故に、母をないがしろにした父親を憎み…そして手にかけた。

ならば、父親の事は…本当に憎いだけの存在だっただろうか?

こちらを振り向いてくれぬ反発心が、色々な汚濁を飲み込み肥大し、不幸なすれ違いを続け、次第に憎しみへと…



本当に、僕は、お父さんを コ ロ シ タ カ ッ タ ノ … ?



心が軋む。


あの時、父の返り血で真っ赤に染まった自らの手で…いくら洗い流しても血の匂いの消えぬその両手で…頭を掻き毟る。


どんなに強がっても、どんなに偽悪の仮面を付けようとも、"親殺し"の重圧は心の片隅にこびり付き、自身の精神を苛むのだ。





「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…」


 アザレアはダレルの怒鳴り声に萎縮し、目から大粒の涙を零しながら謝り続けている。

…解っていたはずだ。もう何年も前の幼き頃に…

何故、忘れてしまったのだろう。

『私だけに視える、この人達のことを、他の人に伝えてはいけない』というルール。


 私だけに視える、この世界は。

他の人にとっては決して幸福ではない、禁断の世界である、と。

避けられ、疎まれた幼年時代を想起し、今再び思い至る。



 人が向き合い、直視する事を避ける、死者の世界とは。

人間がやがて到達する大いなる終焉。

そして、生きとし生ける者はほぼ例外なくそれを恐れる。



 だが、人が本当に忌み嫌い、遠ざけようとするもの…

それは、自分自身が過去に犯した罪の重さに他ならぬのでは無いだろうか?


死とは即ち、忘れ去る事。

死とは即ち、開放される事。


肉体が死しても、人々の心にその記憶が残る限り、こう言い換える事ができるだろう。

『誰かの心の中に生き続ける』と。


人々の心から薄れ、忘れ去られる事を、その固体の死と定義するのならば…

彼女の能力は、死する事を許さぬ呪いに他ならぬ。



それは、この上も無く、残酷な事なのかもしれない。


 

 たがて、取り乱し、怒鳴り散らし、肩で息をしていたダレルが、ゆっくりと呼吸を整え立ち上がり、アザレアを睨みつけながらこう告げる。



「………良いか? お前の言うとおり、あと2日だけ待ってやる。

それまでに、隠し黄金の在り処を教えなかったら殺す。

それが嘘だった場合も殺す。

『悪事を働くな』、だと? ふん、今更、後になど退けるものか。


戦争の無い世界を築き上げるために…喜んで、僕はこの手を汚し、地獄に落ちてやるよ」


 
 ダレルの眼に灯った暗い炎は、彼の破滅を加速させる物に思えた。

文字通り、彼の精神は地の底へと堕ちたのだ。



 絶句するアザレアの目に映るのは…彼女の傍らで哀しそうに首を横に振るセリムの姿と。

ダレルの背後で彼を抱きしめるようにして涙を流す、セリムの妻。




 しばしの沈黙の後に。

不意に、ダレルの胸の通信機が鳴り響く。



「何だ?」


『ダレルさん、貴方に面会希望です。その、"バロネス教育機構"の者だと名乗っています』



 それを聞き、ダレルの目の色が変わる。

バロネスは、彼らが出資を依頼した有力企業及び機関の中の一つ。

パトロンとして、我らの活動に賛同し、力を貸してくれる気になったのだろうか?


「解った、すぐにそちらに向かおう」


 通信機を切り、ダレルはアザレアを一瞥する。

その目には汚らわしいものを見るような侮蔑の色が見て取れた。



「………もう一度だけ言う。

死にたくなければ、有用な情報を教えろ。

解ったな、アザレア」



 そう言って地下牢に背を向け、靴音を響かせて去っていくダレルの背中に…


「ごめんなさい」


 アザレアはそう一言、呟いた。




*****




『船の修理は万全なのか? クラドヴェリー』


 族長・ゴライアスがその巨体を揺らせながら、洞穴の中より姿を現す。



『ああ、これでもメカニックの腕はその辺の本職の奴らより上だよ。

何せ、私はこの道30年のベテランだからね』


 探検家・クラドヴェリーは、屈託のない笑顔でそう応えた。


ゴライアスの全身は、重厚そうなな鎧に覆われていた。

クラドヴェリーの倍はあろうかというその巨躯は、鍛え上げられた戦士が醸し出す風格があった。


彼の周りを取り囲む、部族達もまた一様に2mを越える体躯を持っていたが、族長たる彼のサイズは頭一つほど抜きん出ていた。


 このモルディバの地では、血縁関係ではなく、彼らの中で最も大きく、最も力強い者が族長を継ぐ。

"ゴライアス"とは個人の名ではなく、その最も強き者に与えられる称号だと聞いた。



 兜には顔を覆う布が取り付けられている。

日の下に素顔を晒すな、というのが彼らの流儀である。

それが何時、誰によって取り決められた法なのか、知る者は既にいなかったが。


 覆布によって隠された表情は、こちらからは確認する事は出来ない。

が、これより母星へと帰る自分との別れを惜しんでいる事が声から聞き取れた。


 彼らはその獰猛で勇敢そうな風貌に似合わず、情深く、誇り高き部族。

故に、彼との別れを寂しがり、すすり泣く声さえも聞こえた。


それを聞いているうちに、クラドヴェリーの心中に、危険を冒して母星アムステラへと帰還せずとも、ここでこの気の良い朋友達と一生を共にするという選択肢が浮かんでくる。

だが、彼の妻と子供達は今、この瞬間も彼の生還を待ち詫びている…



 その心境を知ってか知らずしてか、ゴライアスはこう言い放った。


『我が朋友よ。お前の故郷はここよりも100年も200年も文化の進んだ星なのだろう?』


『貴方達を侮辱する気は無いが、科学技術の一点のみに絞ればそうだ、と言える』


『ならば…我らと一つ、盟約を交わさないか?』





*****




 ”ピースミリオン”の大陸北西部の区画を統括するビルは、人口80万人ほどのこの都市の、やや郊外に位置する場所にそびえ立っていた。

このビルは、表向きは政治団体の事務所だが、地下にはテロ組織のアジトが存在している。

ここを拠点として、彼らは活動を行っていた。

このような目立つ場所にあって、警察機関の監視をかいくぐって行動を行えているのは、ひとえにこの団体の権力の大きさを示すものであろう。



 その門戸を叩いた『バロネスの使い』を名乗る"二人組"。


今、ダレルの目の前にいるのはそのうちの一人。

優雅な振る舞いでソファに腰掛け、出された紅茶を飲む女


第一印象は、『嫌な笑顔の女』だった。


ダレルは、彼女を値踏みする様に見つめる。


歳の頃は、24、5といった所だろうか?

紫がかった黒髪に、黄金色の瞳。

整った顔立ちをしていた。だがどこか、妖しく、底知れぬ雰囲気を持つ女だった。

口元には薄笑いを浮かべ。しかし、その金色の瞳は少しも笑ってはいない。


 この眼は、何と形容するのが相応しいのだろう。

その双眸の奥に宿るもの。

上手い表現が見当たらなかった。



「ヴァネッサ=カーストンと申します。お見知り置きを」


 そう言って差し出した名刺には、こう記載されている。


『バロネス教育機構・技術開発主任兼"ニルヴァナ機関"総責任者 ヴァネッサ=カーストン』と。



 この若さで大した肩書きを、とダレルは一人ごちる。

最も、何の技術開発なのか、"ニルヴァナ"という名称の機関が一体どのような性質のグループなのか、解りはしなかったが。


「カーストンさん…とおっしゃいましたか。

この支部のリーダーをさせて頂いておりますダレル=クラドヴェリーと申します」


 そう言いつつ、座した彼女の後ろに控える、奇妙な"連れ"に眼を向ける。



二人の使者のうちの、もう一人が、この…"少年"である。


 少年、と表現したのは、"彼"が酷く小柄であった事から類推したものである。

その小さな体躯に不釣合いな程に大きいマフラーで顔の下半分を覆い、これもまた不釣合いなサイズのコートで体全体を隠している。

実際のところ、彼が少年なのか少女なのか、果ては青年なのか老人なのか、それすらも一目で判別する事が出来ない。


一言も発言する事無く、先ほどから落ち着き無く、視線を部屋の四方へと走らせている。



 違和感が服を着て歩いているような、そんな存在であった。

故に、ヴァネッサに紹介を促すように視線を送ったが…


「ああ、この子の事はお気になさらずに。

私の息子のような者ですから。唯の付き添いですよ。今のところはね、うふふ」



「は、はあ…」



 ヴァネッサは彼に名乗らせる事もせず、紹介もするつもりが無いようだった。

奇妙な、と言う以外に言葉が見つからない、そんな使者達であった。




「カーストンさん。本日、こちらまでご足労頂きまして真にありがとうございます。

用件というのは、本日、この場を持って例の件のご返答を頂ける、という事で宜しいのでしょうか?」


 ダレルはこのどこか腰の座りの悪い空気を打破したく思い、単刀直入に切り出す。

例の件とは即ち、こちらの活動への出資の件。



 このバロネスという組織、表面上は教育福祉機関としての顔を持っているが。

裏ではかなり非合法な研究に手を出している、と聞く。

その研究の具体的な内容までは調査できなかったが。

昨年の秋から、それをネタにして、半ば脅しのような形で資金援助の協力を仰いでいた、というのが実のところである。

即ち、自分達に協力しなければ、貴方達の行っている研究という名の犯罪行為を、新聞社を通じて公表しますよ、という事だ。



 ダレルは、その裏工作が成功の憂き目を見て、慌てて出資の申し出を受けてやってきた、と思い込んでいた。

だが、彼は知らない。

"バロネス教育機構"が、彼の所属する"ピースミリオン"よりも遥かに力を持った組織であり、軍上層部との癒着により、幾らでもそんな情報をもみ消す事が出来る、という事実を。

即ち、ダレルの脅迫に近い出資協力要請は、初めから『相手にされていない』という事を。


故に、そんな裏事情は資料では読んでいたものの、すっかり頭の中から抜け落ちていたヴァネッサは、呆けたように口を開け、こう応える。


「…? 例の件、と申しますと?」


 この態度に、今まで下手に出ていたダレルも憤慨したようだった。


「おや? 聞き及んでませんか? あの時の窓口は…確か、ケリア=ミルノードと言う方でした。

ミルノード女史から、最重要事項として申し送りを受けているはずですよ!」



「ああ、ケリアの事は良く知ってますけども。この前のお食事をご一緒させて頂きましたが。

特に何も聞かされていませんのよ。

なにぶん、彼女とは部署が違いましてね。

その辺りで行き違いがあったのかも知れませんねえ」


 そう言いつつ、しきりに腕時計を眺めるヴァネッサ。



 部署が違う、とこの女は言う。

つまり、"ニルヴァナ機関"と言うのは、バロネスの経理部門だろうか?

最初に応対したミルノードと言う女が、そちらの専門では無かったので、ヴァネッサがここに来た…


いや、おかしい。それなら申し送りが無い、等という間抜けな話は有り得ない!


舐められている、とダレルは感じた。

そうやって煙に巻く気だろうか?

このまま向こうのペースに乗せられてアドバンテージを取られてしまうのは、交渉上の利点を失う事となる。

故に、机を両手で激しく叩き、立ち上がる。


「ふざけるな! 聞いてないだって?

だったら何をしにここに来たというんだ?」


 激昂したダレルを見下すように視線を送り、再び時間を気にするヴァネッサ。


「…五月蝿い男ねえ。

貴方みたいな小物と悠長に話してる時間なんて私には無いのよ、ダレルさん。

何をしに来た、って? 知りたいのね?

ああ、そうね、じゃあ単刀直入に用件を言わせて貰うわ」


 豹変したように、ヴァネッサの口調が変わる。

口元には例の笑みを浮かべたまま。

そしてこう告げる。




「貴方達、 死 ん で く だ さ ら な い ?」




 この女は…今何と言った?

死んで…死んでくれと、そう言ったのか?


ああ、ここに到って、彼女の黄金色の瞳の奥に宿るものの正体が、はっきりと解った。


『これは狂気だ』

そう形容するのに相応しい。


ダレルの思考は今、混乱の極地にある。


 この女は…やばい。

冷や汗を流しながら、彼の第六感が全力で危機を告げていた。

ダレルは、緊急招集用のボタンを押し、戦闘員を呼ぶ。


「な、何を言っているっ! この狂人がっ!! 

僕を誰だと思っているっ! ここをどこだと思っているんだっ!!」


 そう叫び、拳銃を突きつけるダレル。



「だからぁ、ここはピースミリオン大陸北西支部、で、貴方は支部長のダレル=クラドヴェリーさんでしょ?

その位は覚えているわよ、やぁねえ。

あら? ご理解頂けない?

ちょっと単刀直入に過ぎたかしら? ごめんなさいね。

…うん、お仲間がここに来るまで、もう少しだけあるみたいだし。

仕方ないから説明してあげるわ」


 不気味な程の冷静さで、カップに残った紅茶を飲み干す。

そして語り始めた。


「私の統括する、"ニルヴァナ機関"って言うのはねぇ、所謂『強化人間の実戦データを採集する』ための部署なの。

強化人間、ご存知かしら? ああ、ご存じない、って顔ね。全く、教養の無い男はこれだから。

一言で言うと、『人間の領域を超えた兵士』を作る研究かしら? んー、ちょっと語弊があるわね。でも面倒だし、その認識でいいわ」



 銃口を突きつけられても尚、動じる事無く語り続ける、狂気の笑みを浮かべたヴァネッサと向き合い、トリガーを持つ指先が震えているのを感じる。


「それでね、実戦投入のテストをしたいんだけれど、これが中々見つからなくってね。

侵攻戦争の前線に送るにはちょっと調整が足りないし、かと言って正体不明の敵性外宇宙生物なんかにぶつけて貴重な試験体を失うのも馬鹿らしいでしょう?

まずは、ごくごく一般的な人間の兵士とね、戦闘させるのが第一相なのよ。

そこで白羽の矢が立ったのが、貴方達。

『死のうが生きようが、誰も気にしないし、誰も困らないテロリストさん』ってわけなのよ」


 
 ダレルの震えは止まらない。まだか…まだ仲間たちはこの場に到着しないのか?

永遠にも感じる、心細き数分間。


「馬鹿なっ! 我々はピースミリオン。恒久平和の革命兵だぞ!

我々を相手に戦うと言う事は、組織そのものを敵に回す、ということっ!!」


「ああ、それがそうでも無いみたいよ?

貴方達の上層部達とはもう、話が付いてるみたいだし。

まあ、総選挙の前の大事な時期ですしねえ。

あんまり派手に暴れられても困るんじゃないの? 私、あんまり政治には興味無いのだけれど。

残念な事にね? 煮るなり焼くなりお好きにどうぞー、ただし一人も生かして返すな、なーんて命令受けてるのよ、これがね。

後始末は、事故に見せかけて何とでもなる、って事ね。


………お分かりかしら?


貴方達は、 切 り 捨 て ら れ た の よ 」



 実にサディスティックな、残忍な笑みで、妖婦はくすくすと笑う。


その時、背後の扉が打ち破られ、待機していた完全武装の戦闘員達が次々と部屋の中に突入してくる。

ホッ、と安堵の溜息を漏らし、ダレルは強気な姿勢でヴァネッサに抗弁す。


「黙れ! 誰がそんなことを信じるものか。

我々には正義がある。理想がある。そして覚悟がある。


どこにその強化人間兵とやらを控えさせているのかは知らんが…お前たちの様な狂人に、みすみすやられる我々ではないっ!!」


 次々に向けられる重火器の銃口にを見据え。

妖婦は笑う。嘲う。哂う。声、高らかに。


「アハハハハハハハハッ 知らないわよ、虫けらの正義だの理想だの覚悟なんて!

どこに控えているか、ですってぇ? 馬鹿なの? ねえ、貴方馬鹿なの? 

ホントに察しの悪い男ねぇ、ダレル=クラドヴェリィィィィッッッ!!

さっきから貴方の目の前にいるじゃないの!!」



 すっ、と。

音も無く、戦闘員達とヴァネッサの間に割り込んで来た、小さな影。

ゆらり、と、場の空気が歪んだ。そんな錯覚がした。


 ロングコートの裾と、長いマフラーの端を地面に垂らし、引き摺りながら。

"少年"が立っていた。

ブツブツと、何やら呟きながら。


「…! まさか、こんなガキが…」

 ダレルがそう叫んだ瞬間。


少年の胡乱な視点が一点に定まり。

両目がカッ、と見開かれた。

瞳孔が猫科の獣のように小さく収縮する!


その異様さに、たじろぐ彼らを尻目に。


ヴァネッサが後ろから、少年を抱きしめながら耳元でこう囁く。



「さあ、ミッションスタートの時間が来たわよ、私の可愛い坊や。

命令(オーダー)は、唯一つ。


『 喰 ら い 尽 く せ 』(Bite evrything!!)


貴方の力を見せるのよ、"七罪のチャカ"!」



 ヴァネッサが、少年のコートとマフラーを勢い良く剥ぎ取る。



少年の身体は、獅子の様にしなやかで雄雄しき筋肉に覆われていた。

少年の爪は、灰色熊の様に鋭利に研ぎ澄まされていた。

少年の犬歯は、餓狼の如く長く伸び、獲物を食らい尽さんと…




「グウオオオオオォォォォォォォァァァァァァァアアアアアア!!!!!!」


 少年は咆哮す。

地獄の番犬の如き唸り声をあげながら。



「う、撃てぇーーーーーーっ!!!」

ダレルの号令は、その咆哮に完全に掻き消された。



災厄が、始まる。



*****



 暗き地下牢の片隅で。

アザレアが呟く。


「"黄金の碑文"は…盟約の証」


 ツッ――っと、頬を伝う涙。

再び記憶の海へとダイブした、彼女は全てを理解した。

遥か古の遠き異星にて交わされた約束を。


「ごめんなさい、ダレル。やっぱり…貴方にあれを渡す事は出来ない」

 願わくば、彼が己の罪を悔い改め、残りの人生に幸あらん事を。


時を同じくして地上にて起こっている惨劇を、彼女は知らない。


過去の記憶は知り得ても、現在の事象を認識する事が出来ぬとは、何たる皮肉。

しかし、願わざるを得ない。

それは適わぬ夢なれども。



*****



 ピースミリオンの戦闘員達は見た。

マシンガンを持ったままの、自らの両手が宙を舞うのを。

 
 彼らは見た。

己の臓物が引き摺りだされ、ばら撒かれる様を。


 彼らは認識した。

自らの脳漿が飛び散る感触を。




 それは最早、戦闘ですらない。一方的な殺戮。

鏖(みなごろし)のセレナーデ。


狩る者と狩られる者。

一匹の肉食獣に蹂躙される子羊達の群れ。



 "チャカ"は一切の躊躇無く、目の前の獲物の息の根を止めていく。


その超人的な強さを目の当たりにして尚、戦意を保つ事は例え良く訓練された兵士達にも不可能な事であった。


仲間たちの血潮が飛び散る中、ダレルは腰を抜かしてその場に座り込んだ。


死を実感した、彼の胸に去来するもの。


『何故こんな事になってしまったのだろう』


『僕はどこで間違ってしまったんだろう』



走馬灯のように頭をよぎるのは、かつての母親と過ごした日々。



―――ねえ、お母さん。どうしてお父さんは帰ってこないの?―――


―――お父さんはね、私達の事を守るために戦っているの。立派なお仕事なのよ。だから少し位会えなくても我慢しないとね―――


―――えー? そんなの嫌だよ。僕、みんなで一緒に遊園地に行きたい―――


―――戦争も激化してきているし。しばらくは難しいわね…ごめんね、ダレル―――


―――どうして、戦争なんてするんだろうね。皆、仲良くすれば良いのに―――


―――本当ね。戦争なんて、無くなってしまえば良いのに―――


―――そうだ、お母さん。僕ね、大きくなったら、戦争を止めさせるお仕事がしたいな。そしたらお父さんも帰ってくるよね…―――




 ああ、そうか。

何で、僕は、この世から戦争を無くそうと思い立ったのか。

漸く思い出したよ…



 チャカの獣の右手が、最後に生き残ったダレルの顔を掴む。

キリキリと万力の様な力で締め付けられ、軋む顔面。




「…最期に、言い残す事はあるかしら、ダレルさん?」


 サディスティックな笑みを浮かべたヴァネッサの声が、遠くから聞こえる。



「……ごめんなさい、お父さん。僕は……」


 石榴のように。

ダレルの頭部は弾け飛び。


それが彼の最後の言葉となった。



「そう、ご苦労様」


 さして興味も無さそうに、ヴァネッサが呟いた。



そして腕時計のカウントを止める。


「1分36秒。うん、まあまあね。

トランキライザーの効果が切れるまでちょっとタイムロスあったみたいだし、実際は1分30秒ってところかしら」



 両手から血を滴らせながら、獣の如き少年…チャカが唸り声をあげた。


「うぉい、ヴァネッサァ! これで終わりかよ。何回も何回も変な薬打ちやがって。

俺が注射大っ嫌いだって知ってんだろ?

あーもーストレス溜まるわ。全っ然、食いたりねえ」



「あら、お早うチャカ。完全に眼が覚めたみたいね。ご機嫌いかが?」



「だから、最悪だって言ってんだろ? くそっ、美味ぇもん食わしてくれるって言うから、テストとかに乗ってやったのに。

食わせてくれるってのは、こんな雑魚共のことかよ!

消化不良もいいとこだぜ。つーか肉! ちゃんとした動物の肉食わせろよ、ニンゲンの肉なんて臭くて食えねーって」


 はぁ、と溜息を吐き、ヴァネッサは答える。


「元気いいのねー。まあ、オトコノコはその位が可愛いんだけど。

心配しなくても、研究所に戻ったら一杯食べさせてあげるわよ。極上のサーロインステーキをね」



「マジでぇ? やったー」


 そう叫んで満面の笑みを浮かべる少年には、先ほどの殺人鬼の形相は微塵も残っていない。


「それにしても、あんた、もう少し綺麗に始末できないのぉ?

返り血でスーツ汚れちゃったじゃない」


「知るかよ。喰い殺せ、って言ったのはてめーだろ?」



 スーツに染みた血の斑点をうんざりしたように見つめ、ヴァネッサが歩き出す。


「シャワー浴びて、着替えてくるわ。

あんた、暴れ足りないって言うんなら、このビル隈なく探して、生き残りを狩ってきなさいな。

きっちり、きっかり、一匹も残さずにね」


 それが、受けた命令の達成条件でもある。

目撃者を残しては隠蔽工作も面倒になるからだ。


だが、既に戦闘データも取れた今、そんな後片付けの様な仕事に食指が動くはずも無く。

ヴァネッサは興味無さげに、彼に仕事を丸投げした。



「ちぇっ、めんどくせーこと押し付けやがって。

まー、いいや。暴れ足りねえのも事実だし。もう少し腹も空かせないとせっかくの肉が楽しめねえ!」



 狂犬が、階下の闇に勢い良く消えてゆく。

その姿を見送ったヴァネッサは、悠々と屍と血の海を踏みしめて入り口へと向かった。



*****



『盟約?』


『そう、盟約だ。我らが出会った縁を忘れぬために』


 ゴライアスが、先日、クラドヴェリーから譲り受けた"黄金の碑文"を懐から取り出す。


『これは貰うのでは無く、預かるという事にしよう。何時しか、お主が再びこの地を訪れる時のために』


『成る程。それは良い案だ。しかし、ゴライアス。私はもう若くは無い。もう一度、生きているうちに、この地を訪れるのは…』


『それ以上の言葉は無用。お主が来れないのなら、お主の息子、そのまた息子、誰でも良い。我らはいつでも此処に居る』


 クラドヴェリーには、ゴライアスが言わんとしている事が理解できた。

お互いの友情を忘れる事無く。子々孫々に到るまで、この絆を続けよう。


『…ああ、それは素敵だな。実に素敵だ。何時しか、この航路から全ての外敵が消え、我が母星アムステラとの間に架け橋が出来た暁には…』


『いつか、"クラドヴェリー"の名を持つものが碑文を取りにくる。その日まで、これを我らが命を賭けて守り抜くと誓おう。戦士の民モルディバの名に賭けて』


 遠き異郷の朋友同士が、熱く両手を握り締める。


クラドヴェリーは思う。

生態系の違う惑星の住人同士でも、こんなに分かり合う事が出来るのだ。

何時しか、この世界から争いの火種が消え去る事も、決して夢物語ではない、と…




*****



 記憶の断片(フラグメント)が、パズルのピースの様にはまった。

アザレアの頬を伝う涙は、止まる事無く。


"クラドヴェリー"の血族は、この盟約を忘却の彼方へと押しやってしまっていた。

何百年もの歳月をかけて、記憶は少しずつ摩滅していったのだ。


かの"ゴライアス"は、遠い異郷の地で、未だに、朋友が"黄金の碑文"を取りに来るのを待ち続けているのではないだろうか?

そんな、有り得ない可能性にも思いを馳せてしまう。



ごめんなさい、と。


 もう一度、呟いた。

私欲の為に黄金を探す、ダレルには渡す事は出来ない。

例え、彼がクラドヴェリーの血族だとしても。

この秘密は話したくは無かった。




 ふと。

石畳をヒタ、ヒタと摺り足で歩く足音が聞こえた。

いつものあの、力を誇示するように歩く痩せた幽鬼の様な男の足音ではない。

見知らぬ、人物の音。



 窓から差し込む仄かな月明かりに照らされた、少年の顔は返り血で紅く染まっていた。

そして、同時に理解した。


ダレル=クラドヴェリーが、『こちら側の住人になった』事を。


一瞬でその記憶が読み取れるほど、少年に付着したダレルの断末魔の記憶は鮮明で…



アザレアは呟く。


「ダレル…貴方は最後にやっと…気づいたんだね。

おじいちゃんと貴方のお母さんと…

これで、これからはずっと一緒だよ。

もう少し落ち着いたら、みんなでお話しようね」


 少年が、こちらの気配に気づいた。


「…? そこに、誰かいんのか?」


 この少年が、ダレルを殺し、階上で何十人もの人間を殺害した。

その事実は先ほどのダレルの記憶で読み取っている。


そして少年が、『この建物に存在する全ての人間を始末する』という使命を帯びている事も。


 死は怖くない。

彼女にとって、最も身近な事象であるからだ。

死は消滅ではなく、永遠の存在へと到る術。


だから、恐怖は無かった。


むしろ、ここで自分も生命を捨て、おじいちゃんや他の友人達と共に永久に生きる。

そんな顛末も悪くない、と思い始めていた。

セリムと過ごした日々を除いて、彼女には外の世界にいて楽しかった記憶は無い。


だから、恐怖感は無い。


「でも痛いことされるのは、嫌だなあ」

そう思っただけだ。


「お? 何だ、女じゃねーか。

お前、こんなとこで何やってんの? さっきの奴らに捕まってたの?」


 鉄格子の向こうから、少年が興味津々の様子で語りかけてくる。


…この子も、私の能力を知ったら気持ち悪いって言うのかな?

そして、あの時のダレルみたいに怒って…


手早く、殺してくれるだろうか?


そんな、諦めにも似た考えが彼女の頭を支配した。


故に、笑顔でこう語りかけたのだ。


「こんばんは、チャカ。"七罪"のチャカ」


 記憶の中で彼はそう呼ばれていた。

それを復唱しただけの事。

だが、これを聞いた人間は大抵、同じ反応をする。

  
 
「おう。………あれ???

俺、名前教えたっけ?」


 そう、そうやって疑心暗鬼に囚われる。

そして、自分の理解できる答えを自身の中に用意して無理やり納得させる。


…少年は、どうやら余り知恵の方は回るタイプではないようで、それを理解するのに少し時間がかかったが。



「教えてもらってないよ。

でも、私には解るの。

君の周りに、ほら、たくさんいるから。

君を恨む人たちが…何十人も…」


 無理をして、少し意地悪な言い方をしてみた。

勿論、相手を怒らせるため。

心の優しい彼女は、それだけで罪悪感に包まれてしまったが。


だが、少年の反応は全く予想しなかったものであった。


「…え? 何? それってさ、もしかして…

お前、お化け見えんの? お化け」


 目を輝かせて、身を乗り出すチャカに、たじろぐアザレア。


「お、おばけじゃないよう…」


「だって、そうじゃんか。俺がさっき殺した奴らだろ、それ。

すっげー、ホントにいるんだ、お化け見える奴って」


 小躍りする少年に唖然とするアザレア。


ああ、そうか、と。

アザレアは納得に到る。


この少年には、『罪悪感』というものが備わっていないのだ。


憎かったから相手を殺すのではなく。

自分にとって邪魔だから殺すのではなく。

自分の物にするために殺すのではない。


唯、呼吸をするように相手を殺す。

体を動かすのが好きだから、相手を殺す。

殺せば褒美がもらえるから、相手を殺す。


 七つの大罪を犯す事すら、躊躇わぬ。

純然たる殺戮人形。

そうなるように調整された強化人間。


脳にかけられたあらゆるリミッターを外す事の出来る、稀有なる存在。



人間が本当に恐れるのが自分の犯した罪であるとするならば。

果たして、それを持ちえぬ彼は、人間であると定義できるのだろうか?



「君は、怖くないの?」


「何が? 死んだ奴に何か出来るわけでもねーじゃん。何を怖がるってのよ?」


「ううん、それもあるけど…私の事が」


 恐る恐る、そう尋ねてみた。

いつも、恐れられ、疎まれ、遠ざけられてきた。

孤独な少女は、とある一つの期待をしてしまう。


「はぁ? お前、馬鹿にしてんの? 何でこの俺がお前みたいな草食動物を怖がんなきゃいけないんだよ。

変な奴ー。…あ、なんかお前ってさ、アレに似てるな。ウサギ。なんかプルプルしてる奴」



「に、似てないよ。私、草とか食べないし」



「冗談だっての。ハハッ、面白い奴だな。んー、気に入ったぜ。お前、名前は?」



 少年は、屈託のない笑顔で話しかけてくる。

こんな人間は、初めてだった。


「あ、アザレアだよ…」


「おう、アザレアか。んじゃ、さ」


 そう言って、少年は鉄格子に掴みかかり…信じられない膂力でそれを左右に引き伸ばした。


「んぐっ…ぎっ…っと、よっしゃ。これで出れんだろ。こっちに来いよ、アザレア」



 鉄格子が変形し、子供一人が通れる程度の隙間が生じていた。


トクンッ、と彼女の鼓動が高鳴る。

先ほど、決めたばかりなのに。

この牢獄で一生を過ごしてもいい。

否、永遠を過ごしてもいい、と。

外の世界には出たくないと。


「ねえ、私を殺しに来たんでしょ? こんなことしていいの?」


「ん? あーそうだっけ、そう言えば。別にいいんじゃね? つーか、殺すの今やめた」


「…いいよ、私、ここから出たくない」


「あー? 良いから出て来いって。

こんなとこにいたらカビ生えちまうぞ。

大体お前、ちゃんと風呂入ってたのか? 臭うぜ? 出てちゃんと体洗わねーと」


「…ッ!」


「せっかく可愛い顔してんだからさ。勿体ねーだろ」



 アザレアの顔がカァーッと上気する。

そんな事を言われたのは初めてだった。

心臓の高鳴りは次第に増していく。



 自分は期待しても良いのだろうか?

この少年は自分の、友達になってくれるのではないか?と。

おじいちゃん以外で、初めて出会った、自分を恐れ、疎み、遠ざけない存在。


「ほら、来いよ」


 チャカが差し出す右手を、しっかりと握り。

アザレアは鉄格子の向こうの世界へと、一歩を踏み出す。



*****



「それで…女の子同伴で帰ってきた、って訳?」


 ヴァネッサが心の底から溜息を吐く。


「う…なんだよ、いいじゃねーか、別に」


「あんた…確かに私は言ったわよね? 『一人も生かさず始末しなさい』って…」


「こいつ以外には誰もいなかったって!

そりゃあもう、隅の隅まで探したんだもんよ!!」


 まるで、母親に叱られる子供のように。

言い訳をするチャカ。


「全く…こうなっちゃったらもう、仕方ないけども。

あんた、晩御飯抜きね」


「!!!」


 既に、食堂の方向からは肉汁のたっぷりと詰まった、ステーキの匂いがしていた。

それを我慢しろというのは、拷問に等しい。


 横暴だ、と未練たらたらと喚き散らすチャカを無視して、ヴァネッサはアザレアに話しかける。


「ええと、アザレア、って言ったっけ?

うーん、上にどう報告したらいいのかなあ」


「うん…ごめんなさい。勝手に着いてきちゃって、迷惑だよね、ヴァネッサ」


「迷惑っていうか…私、基本、子供好きだから、しばらく面倒みるのは構わないんだけどね。

ここで始末する、ってのも何か後味悪いし…ん?」


 ヴァネッサが違和感を感じたようだ。

すぐにチャカの方を振り返る。


次に口を出る質問は、容易に想像がついた。

あんたが、私の名前を教えたの? と。


だから、先にこう答えてみせる。



「背の高い、銀髪の…泣きぼくろのお兄さん。

優しそうな、ちょっとかっこいい男の人。

貴女のすぐ傍にいる、その人が教えてくれたんだよ、ヴァネッサ」


 アザレアは、ここでも試してみたくなった。

この人は怒るだろうか? 気味悪がるだろうか? 私を遠ざけるだろうか?

友達になりたい。もっとたくさんの人と友達になりたい。

上辺だけの関係でなく、この能力も込みで付き合ってくれる人達と。


 だから、チャカにしたことと同じ行為を、ヴァネッサにもして見せた。


ヴァネッサは唖然としてこちらを見ている。


…失敗だっただろうか?


「なー? すげーだろ、こいつ。お化け見えるんだぜ。

こんな事出来る奴、研究所ん中にもいねーだろ。

つーか、何? 誰それ? アンタの昔の男?」


 チャカの無邪気な喝采を聞き流し…ヴァネッサはアザレアの両肩を強く掴んだ。


「ねえ…見えたの? 本当に見えたの? あの人の姿が…」


「っ! …痛いよ、ヴァネッサ…ごめんなさい…怒らないで…」


 はっ、と我に返り、両手を離す。


「いいえ、こっちこそごめんなさい。

…正直に言うとね、チャカから聞いた話、半信半疑だったのよ。

死者の記憶を読み取る能力、なんて。

現在のアムステラの研究の中でも、実証されてはいないわ。

それが出来る、と吹聴した自称超能力者たちも悉く偽者だったしね」


 ヴァネッサの黄金色の瞳に、次第に狂気の色が宿る。


「…あの人の事を…私は誰にも話した事が無いのよ? アザレア。

少なくとも、この研究所勤めになってからは全く、ね。

…過去の関係は全て、清算してきたしね。


だから、貴女の今やって見せた事を本物と仮定するわ。

そしてそれは研究費をかけて調べるに値する能力。


良いわ、アザレア。貴女、私の娘になりなさい。

五月蝿い上の連中の言う事なんてどうだって良いわ。強引な手を使ってでもねじ込んであげるから」



 ヴァネッサの熱を帯びた瞳に気圧されつつも、アザレアは自分に、『娘になれ』と言った彼女に胸の熱くなるような思いを感じていた。

セリムはかつて、自分に『孫になれ』と言い、惜しみない愛情を注いだ。

それを思い出し、再び感涙に咽び泣く。



「ありがとう…ありがとう…ヴァネッサ」



「あら、やだ。そんな、泣かなくても良いのよ。

何か欲しいものがあったら遠慮なく言って頂戴。

出来る限りの工面はするわ。その代わり、私の研究には常に協力してもらう事になるけれど」


 アザレアを抱きしめ、頭を撫でるその仕草を見るに、"子供好き"という言葉に偽りは無さそうだった。


アザレアはひとしきり涙を流した後、遠慮がちに一つの要求を提示する。


「あのね、調べて欲しい事があるの」


「なぁに? 大抵のデータベースはここに揃っているわよ。言ってごらんなさい?」


「"モルディバ"という星の場所。そこに到るための航路。

そして可能なら…そこに、連れて行って欲しいの」



 そこは、盟約の碑文、黄金の絆が眠る場所。

数百年の時を超え、血の繋がらぬ祖先の為に。それを待つ朋友との約束を果たす為に。

最後の"クラドヴェリー"は生まれて初めて、自分の意思で異郷へと到達することを願った。




To Be Continued…