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超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette Princess− 

第八幕  ハイド・アンド・シーク




 取り囲む狩人達の輪は次第にその幅を縮めていく。

一糸乱れることの無い、八旗兵達の猛攻は、徐々に彼ら教導団の戦力を削っていく。
加えて、遥か彼方より飛来する、寸分狂わぬ狙撃手の砲撃。

次々と断末魔の叫びをあげて倒れていく味方機たちを目の当たりにしながら、ベロニカの焦りは募る一方だった。


「お姉様っ! マズいですっ! 突破されます!」

「おい! ベロ公! このまんまじゃジリ貧だぜぇ? マジやべーぞ?」


 奮闘する仲間達も同様に、次第に動きに精彩を欠くようになる。

「解っている! 何とか奴等の綻びを見つけ、反撃に転じねば…」

 でなくば、屍を晒すのは自分達の方になる。志半ばにして、何も為す事の出来ぬまま。

真に恐るべきは死ぬことではない。志半ばにして生涯の幕を下ろすこと。それが何よりも怖い。



「…機体の性能とパイロットの技量に頼った戦いではここが限界、か。仕方が無いな」

 ローランは一人、やや不満げに呟く。

作戦行動を全て前線の者に任せていたのは、より純粋な戦闘データを得たかったから。

故に極力口出しはしないようにしていた。総司令官としてはあるまじき行為なのだが。


「でもまあ、十分な戦果はあげたかな? おおよそ予想通りのスペックだったな。

コッペリオンにより改良を加える必要性があるな」


 ローランは右手の中指で眼鏡のフレームを持ち上げ、そんな感想を漏らす。

そして、科学者としての好奇心にあふれた双眸は、策略家特有の黒い輝きに満ちたものへと変わる。


「あー、ベロニカ君。聞こえるかね? 僕に一つ、提案がある。乗ってみる気はあるかい?」

 どこか他人事のような、マイペースな通信。


ベロニカは目の前の敵と交戦を重ねつつ、苛立ちを隠しながらその質問に応える。

「…データ収集の時間は終わりですか? この戦況を打破できる策ならばお聞きします。それ以外は従いかねます」


「宜しい。ならば指揮権を僕に戻してもらおうか? こんなところで貴重なコッペリオンと君達を失う訳にはいかんからな」

 そう言いながら、全味方機に通信を入れる。


「各機、戦闘を続けながら傾注したまえ。これより、戦力を二手に分け、後退しつつ敵の迎撃に当たる」


「戦力の分散? 本気ですか? 敵に後を見せれば容易に突破され、あの凄腕の狙撃手に狙い撃ちにされる一方…」


「人の話は黙って最後まで聞きなさい。その狙撃手、及び包囲網を完全に無力化するための策だ。モニターを見たまえ。

…赤く光るポイントが確認できるかね? ベロニカ君率いる本隊は、敵と交戦しつつ本艦を守りながら少しずつ後退し、ここを目指す。

リリィ君、ゲバール君率いる少数別働隊はその隙に散開して、予測範囲内に居る狙撃手を探し出し、これを討つ。
 
これまでの攻撃から、狙撃しているポイントの大まかな位置は特定できたからね」


 ローランの作戦指示は澱みなく、自信に満ち溢れている。


「…本隊の戦力が不足です。狙撃手を探し出す前にこちらが潰される可能性が高い」


「そこはホラ、君に頑張ってもらうより他に手は無いよ。

大丈夫。君がその指揮官としての能力をフルに発揮して防御と逃げに徹すれば、十分に持ち堪えられる計算だ。

僕は過小評価も過大評価もしない。勝算はある」


 ベロニカは自らの上官に対する懐疑的な思いを捨て去ることは出来なかったが、このまま闇雲に戦い続けても状況は好転しない事を悟っていた。

故に、これ以上の反論を止めた。


「…承知しました。やってみます。

しかし、我々本隊が目指す到達目標ポイントには一体何があるのですか? 隠された軍事要塞が? 用意された補給物資? それとも味方の増援の当てが?」

 モニター内で赤いランプの点滅によって示されるポイントに目を向ける。

撤退のエンドポイントとして示される位置である。そして仮にも策士として知られる男の立案した作戦だ。

敵の攻勢に対抗する為の何らかの用意がなされているはずである、とベロニカは判断した。


「ふむ。言葉で説明するのは面倒だし、時間が惜しい。概要をそちらに送ろう。戦いながら読みたまえ」

 さも不承不承な声色で、ローランは呟く。

同時にミッション内容が次々とモニター上に流れ出す。

ベロニカは襲い来る絶璃の攻撃をかわしつつ、読み取ったその内容に驚愕の表情を浮かべる。


「こんな…博打のような作戦で!」


「博打はお嫌いかね? 僕も当たるか外れるかの丁半博打は嫌いだ。

だが、それが投げたダイスがほぼ狙った目を出す仕掛けを有しているとしたら?

大丈夫。僕を信じたまえ。この作戦は、7割近い確率で成功する。

ああ、君の、さっきの質問、一番最後のだけは正しい。『増援』ね。うん、当ては無いことも無い。

こんな面白そうな舞台に、『あの男』が黙って観戦しているだけのはずは無かろう?

それを踏まえての成功確率は75%だ」


 のらりくらりとこちらの言い分を受け流すかのようなローランの返答に、心底苛立つベロニカだったが。

これ以上は不毛な事だと自分に言い聞かせ、問答を止めた。

どの道、従うより他に勝利に通ずる代案は無い。


「教導団員各位に告ぐ。各機、応戦しつつ、散開。その後、旗艦を守りつつ目標ポイントまで撤退。

リリィ機、ゲバール機はその隙に乗じて身を隠し、狙撃手を見つけ出し、これを討つ。繰り返す…」


 浮き足立っていた仲間たちは、新たな指令を受け少し平静を取り戻したかのようだ。

ベロニカを中心として、少人数で旗艦を防衛する陣を敷き、残りの損傷の大きい機体は全て、相手の目を眩ませる様に散り散りの逃走を始めた。


「ィヤッホゥーーーーー!! 二人の初めての共同作業だぜェ!! スナイパーの野郎、見つけ出してゼッテーぶっ殺してやる!!

ウェへへ…まさに俺様たちの愛が試されるミッションだねぇ、リリィちゅわーん!!」


 狙撃手掃討の任を受けたゲバールの、場の空気を読まない独白を、リリィは完全に無視した。

そのまま、リリィのコッペリオンが敵機の猛攻の間を縫って、いち早く狙撃予測地点の山頂へと向かう。


「アォォォォォォォ!! 無視しちゃ嫌ァーーー」

 大袈裟なリアクションを取りながら、ピグマリオンがそれに続く。

その怪しげな挙動は、八旗兵達を戸惑わせる一因となり、結果として陽動の成功に一役買った。


 一瞬の怯みを見逃さず、ベロニカ機の一撃が目の前の絶璃に強烈な一撃を喰らわせた。

そしてすぐにローランの乗る地上戦艦にピタリと張り付き、防衛体制に入る。

前線の流れは明らかに動こうとしていた。

手負いの獣たちの反撃が今、始まる。 


*****


「む? 彼奴ら、逃げるつもりか? ならば追撃を…」

「いや、2体の敵機が執事殿の下へ…捨て置いて良いのか?」

「ど、どうする? 我らも二手に分かれて双方を追うべきか?」


 攻め手の八旗隊たちは明らかに動揺を見せている。

彼らはフランダル家の優秀な手足ではあっても、各々が頭となる資質は持ち合わせていない。

故に、こういった絡め手は苦手とする所であった。


「うろたえるな愚か者!」

 通信機から鳴り響く、凛とした一喝。

八本の手足の一人にして、唯一、『頭』として機能する将器・パン=アルバードの声。


「パ、パン様ぁ…」


「情けない声を出すな。…私の絶璃の修理は既に完了した。ただちに出撃する。

エド様の陵鷹も間も無く戦線に復帰する。もう少しの辛抱だ。

お前達はそのまま奴らを追え。執事殿の下へは私が向かおう」


 その声はさながら、戦女神の如く。彼らの士気を高揚させるには十分なものであった。


「…お前達。指揮官不在のこの状況で、ここまで良く頑張ってくれた。その…礼を言う」

普段は厳しい顔しか見せない彼女の、些か照れた様な語調で投げかけられた、この労いの言葉に、八旗隊たちは鼻息を荒くして呼応した。


「うおおおおおおおおお!!! 勝利は目前だぁ!!!」

「行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

 気力を奮立たせ、連戦の疲れなど吹き飛んだかのように、彼らは後退する敵の軍勢を追撃し始めた。



「ツンデレが板に付いてきたじゃないか、パン」


「…飴と鞭、と言って頂けますか、エド様。それに奴らが頑張っているのは真実です」


「そうだな…お前達には本当に苦労をかける」


 エドウィン=ランカスターは、陵鷹のコックピットの中で静かにそう呟いた。

圧倒的な火力を誇るこの機体。しかしその裏返しの様に、補給や修理は通常の倍近くの時間を有するのだ。

その間は部下たちが戦っているのを、手をこまねきながら見ているしかない。

だが、その無力な待ち時間もすぐに終わる。


「エド様、一足先に行って参ります」


「ああ。お前に任せる。…俺が行くまで、絶対に死ぬな」


「…御意」


 片腕にして半身。部下にして相棒。

言葉を投げかけたのは、エドが自らの背中を任せられると信じた女。

故にこれは指令ではなく、嘆願。

誰一人欠ける事無く、勝利の栄光を我が手に。

それは指揮を執る者にとって極めて困難で、そして贅沢な願い。

だが、それは決して蔑ろにはできぬ彼の王道。



*****


 
 執事は、山頂から狙いを定めていたターゲットたちが、次々と狙撃の射程範囲外へと消えていく様を目撃していた。


「ほほう。見事な引き際。敵ながら天晴という所ですな」


 そんな感嘆の言葉を漏らす。

自分の役割は相手の足止め。つまり、彼は既に十二分にその仕事を果たしたと言えよう。

出来れば敵の主力…取り分け二体の新型機はここで撃墜してしまえればベストだったのだが。

そう容易く落とせるほど、敵も甘くは無いようだ。


そしてどうやら、こちらの位置を把握されたらしい。

インサイトを通して、白と黒の敵機が、猛スピードでこちらに向かってくるのが見える。

迎撃することも考えたが、その二体は通常の量産機とはタイプが違う。

弾丸が効果的に装甲を通るかどうかは定かではない。

一撃でコックピットを狙い撃つ事が出来なくば、徒に攻撃すべきではないが、相手のパイロットは間違いなくエース級。

恐らくは藪を突いて蛇を出す結果に終わるだろう。

スナイパーにとって、狙撃地点を知られると言う事は致命的な事柄なのだ。



 彼はスナイパーライフルを納め、逃走の準備を進めた。


『執事殿。敵がそちらに侵攻中です。速やかに退避を』


 パン=アルバードからの警告の通信。

穏やかに執事は答える。
 

「解っておりますよ、パン殿。既にこの場を放棄し、基地の方へ向かうところでございます。

ご心配無く。既に逃走ルートは確保しております故に」

 執事は万事抜かりなく、生い繁る木々の間を縫いながら山間部へと降りていく。

この経路を道なりに行けば、駐屯基地まで敵の目に触れる事無くたどり着けるはず。

いざとなれば身を隠す事もできる樹海ロードだ。

最短の道ではなく、多少のタイムロスを覚悟して敢えてこちらのルートを咄嗟に選択したのは、老練の戦士のなせる業であろう。


「承知致しました。ならばこちらもその経路を逆進して合流致します」

「ほっほっほ。うら若いレディをエスコートするのは、本来はこの老体の役目でしょうに。申し訳ありませんな、パン殿」


 紳士的な態度でジョークを返す。

一部の焦りも無く。


 だが、次の瞬間、この歴戦の勇士の双眸は、大きく見開かれる事となる。

レーダーに示される敵機の熱源反応の一つが、凄まじいスピードでこちらに向かって直進してくるのが見て取れたからである。

反対側の麓にあった敵機の反応が、障害物たる『山岳』を突っ切って、『道なき道』を闊歩する。


「馬鹿な…『飛行型』は追跡してきた2体のいずれにも相当しなかったはず…」


 つまりこれの意味するところは一つ。

『隠された連絡トンネル』或いは『地下通路』。

アムステラ側には知られていない、見えざる経路がこの周辺には張り巡らされている、という事。

この速度で迫られれば、狙撃型羅甲の鈍足ではいずれ追いつかれる事は必然!


 ツッ…と、一筋の汗が執事の頬を伝って落ちた。

冷や汗をかかされたのは何十年ぶりのことだろう。


「全く…昔の血が騒ぎますなあ」

 呟き、再度パンへと通信を入れる。

「パン殿…少々状況が変わりました。私はここで、彼奴らを迎え撃つ事にします。

闇に隠れ、闇より狙い打つ。狙撃手としての本分を今一度、果たさせて頂くことにしましょうぞ」

執事の闘争心が、蒼炎の如く静かに燃ゆる。


*****


 リリィはローランの指示通りの経路を突き進み、執事の狙撃型羅甲に次第に肉薄しつつある。

驚くべきは、指定された岩陰や崖の斜面に、寸分の狂いも無く連絡通路が用意されていた事。


「この辺りの山はね、元々鉱山だ。今は資源枯渇の為、廃棄されてしまっているが。

至る所にトンネルが存在するのは予定調和の事。

アムステラの連中がこれを放置してくれていたのは幸運だった。

軍事利用でもされていれば面倒なことになっていたからね」

 廃棄された鉱山等に興味を示さなかったのは、アムステラが数多の他惑星を蹂躙し、宝玉の如きレアメタルの数々を手中に収めていた事にも原因を有するのかもしれない。

或いは基地を制圧してまだ日が浅く、周辺の調査が不十分だった事が要因か。

何にせよ、こちらのみが把握している『近道』は、使い方次第で強力な武器となる。

これがローランの言う『勝算』の一つである。


「すごいです。大佐、久しぶりに仕事してますねー」

「失敬な。それではまるで僕が普段は働いていないみたいに聞こえるじゃないか」


 そう言いつつ、彼の目は蓄積された機体データからひと時も離れることは無い。

この男がもし、その有り余る研究者としての情熱を全て戦略を練る事に傾けていたら、どれほどの戦果をあげることができるのだろう。

かつてそう嘆息したのは、他ならぬセドリック=サンギーヌ准将であっただろうか。


 残念ながら、研究に没頭している時の彼は、『昼行灯』そのものであることは否めない。


「それにしても、よくこんな細かい通路まで覚えてますね。地図を見ながらでも迷いそうなのに」

 正確なナビゲートを続けるローランに、そんな疑問を投げかける。


「ああ、この辺は元々、新兵時代の僕の管轄エリアでね。…忘れたくても忘れられはしないさ」

それよりも、そろそろ追いつく頃だ。気を引き締めたまえ、リリィ君」

 リリィ機の索敵レーダーに敵機の反応が示される。その背中は目前だ。

そして遂に、疾走する狙撃型羅甲の姿を肉眼で確認できる程にまで、その距離は詰められた。


「…見えたっ! 逃がしませんよっ!」

 ブーストを全開にして、その背に迫るリリィ。


だが、その様子をモニターで追っていたローランの頭を一つの疑問が過ぎる。

「…おかしい。あの機体の動き、直線的過ぎはしないか?」

 逃走経路を密集した森林地帯に選び、あれだけ老獪な動きでこちらの追っ手を振り払おうとしていた敵の動きとは思えない程に。


「待て、リリィ君」

 咄嗟のローランの制止の声は、既に攻撃態勢に入っていたリリィの耳には届かず。 

輝く右腕のピンポイントバリアパンチが、狙撃型羅甲の背中に炸裂した。


 だが、その瞬間。

突如として、爆音と共に『羅甲の体が爆ぜた』。

眩い光を放ちながら。


「えっ…?」

 小さく呻いた彼女を包む、目も眩まんばかりの閃光。

その衝撃はリリィ機を後方に吹き飛ばし、同時に放たれた閃光は彼女の視力を一時的に奪い取った。


「目…目がっ…見えない…何が起こったの…?」

 仰向けに倒れたまま、両目を押さえるリリィは混乱をきたしている。


「やはり罠か…しまった。『閃光爆弾』を自機に仕掛けての自爆…

いや、違う。玉砕覚悟の行為ではない。

あの機体の最後の動き、『自動操縦』か…

パイロットは既に退避済みという訳だ…」


 ローランは苦虫を噛み潰した様な表情で、そう分析する。

敵は追いつかれることを悟った段階で、速やかに操縦機構をオートに設定し、同時に予め仕込んでおいた閃光爆弾を時限でセットしたのだ。

そして自らは巻き込まれない場所に避難し、獲物が網にかかるのを待つ。

敵は根っからの『狩人』だ。

まさか、自らの乗機すらも囮にして、追跡者を無効化するとは。

相手は並みの手練ではない

だとしたら…次に予測されるのは…


「リリィ君! 速やかにその場から離れたまえ! 奴はその森に…『潜んで』いるぞっ!」
 
 未だ起き上がれぬコッペリオンのコックピットに、ローランの声が鳴り響く。


*****


「『隠れんぼ』はお好きですかな? お嬢さん」

 樹上より、倒れたコッペリオンを見下ろしながら、執事は呟く。

その肩には大型のロケットパンツァーが担がれている。


「対戦車用パンツァーファウストにございます。如何に重装甲の機体とは言え、乗っているのは生身の人間。

これをコックピットに喰らって、果たして無事でいられますかな?」


 その照準は、仰向けに倒れ、無防備に急所を晒す、コッペリオンのコックピットにしかと合わされている。

「何も正面から撃ち合うだけが闘いではございません。

闇に潜み、標的を狙い撃つ事こそが狙撃手の、ひいてはゲリラ屋の闘い。

さあ、お嬢さん。覚悟は宜しいですかな? お別れの時間にございます」


 死神の足音はヒタリヒタリと迫り来る。

狩人の指先は、今まさにその引き金を引こうとしている。

大鎌にて静かに首を刈るかのように。


 リリィの視力は未だ回復せず、コッペリオンは微動だにできずにいる。

万事休すと思われたその時であった。


 照準機を通して狙いを定めていた執事の視界が、突然黒一色に染まった。


「!?」

 思わず声にならぬ叫びをあげ、サイトから目を離した執事の眼前には、漆黒の機体。

存在感すら感じさせずに、ぬっ、っと樹の陰から現れ、その姿を見せた。


そして耳障りな声が辺り一面に響き渡る。


「イヒィッ!!! やっとみつけたぜェ、このゴルゴ野郎!!!

よくも俺様のリリィちゅあんに酷い事してくれたなっ!!」


 そう、音も無く現れ、騒音と共に現れたのは『ピグマリオン』。

もう一人の追跡者、ドゥール=ゲバールである。


「なっ! この男、いつの間に…」

 熱源レーダーから目を離したのは、羅甲を囮にして脱出し、白い機体に狙いを定めていたほんの短時間。

その間にこの機体は…こちらと同じく木々の間に身を潜め、チャンスを窺って居たとでもいうのか?


「『隠れんぼ』はなあ、超得意なんだよォ!! 自慢じゃないが、ガキの頃からな!

何せ、最後はみんな俺様を見つけられなくて、先に帰っちまうんだからな!!

暗闇の中に独りだけ置いて行かれたのは一回や二回じゃねーぜ!!」


 本当に自慢にならない事を叫びながら、ゲバールが執事に銃口を向けた。


「相手が悪かったな、じーさん!! 俺様はリリィちゃんの半径500m以内から離れた事なんて無いんだぜ?

いつ如何なる瞬間でもすぐ側で見守っているんだ。だからてめえがリリィちゃん狙ってる事はお見通しだったぜェ。

これぞまさに愛の力!

さあ、武器捨てて頭の後ろに手を組めよ!」


「…無念。このようなふざけた輩に邪魔をされるとは…」


 執事は痛恨の思いでパンツァーファウストを投げ捨て、投降の姿勢を取る。


「ゲバール君、お手柄だ。遅れて作戦進行中かと思っていたら、何時の間にかそんなところに居るとは、僕の予想の斜め上だったよ」


「イヒィ。当然ですよ! 泣く子も黙るエースっすから!」


 と、調子に乗ってふんぞり返るゲバール機の背後に、立ち上がったリリィのコッペリオンが近づく。


「あ! リリィちゃーん。俺様の大活躍、見てくれた? 惚れ直したっしょ? 

君の事は何時でも見守っているからねぇ…イヒヒヒヒ。

さあ遠慮せずに俺様の胸の中に飛び込んで来るんだ! さあ! 早く! ほら早く!」


 両手を広げ、怪しげな腰つきで誘うゲバール。

そして、リリィ機がゆっくりとその胸に飛び込んで行き…

強烈な右ストレートを放った。

吹き飛ばされるピグマリオン。


「ぎゃぼっ! な、何するんだよーリリィちゃんー。俺様だよ? 君の最愛のゲバール様だよぉ?」

 リリィのコッペリオンが更なる追撃の一撃を喰らわせようとした瞬間、ローランが慌てて静止に入る。


「ま、待ちなさい、リリィ君。君が攻撃しているのは(一応)友軍機だ。落ち着きなさい」


「………あ、ごめんなさい。ちょっとまだ視界と機体制御が安定してないんです。

さっきのダメージが抜けきれて無いみたいで。

潜んでいた敵かと思ってつい殴っちゃいました!」


「あははは、リリィちゃんはおっちょこちょいだなあ。そんな君も萌え萌えなんだけどねぇ。イヒィ!」


 ゲバールの鬱陶しい語りが通信に乗って流れる中、コッペリオンのコックピットの中で、チッ、と静かに舌打ちする音が聞こえたが、ローランは黙っておくことにした。


「さて、君たち、作戦遂行ご苦労様。直ちに帰投してくれ。

僕はもう一つの作戦のサポートに入る」

 
 通信が切れる。

リリィとゲバールは後退中の本隊へと合流する為に踵を返す。

その前に投降した執事の身柄を拘束しようと機体の腕を伸ばす。


 だが、その時、頭上から舞い降りる機影が一つ。

飛び掛る斬撃をすんでの所でかわし、飛び退いた二人が見た敵機。

それは、巨大な『鑽』を携えた恐るべき敵『絶璃』。

八旗兵を束ねる者・パン=アルバードの愛機である。


「執事殿。遅くなりました。申し訳ございません」

 パンは一瞬でその状況を見て取った。

そして我が身を恥じる。

自分がもう少し速く到達出来ていれば、執事をこのような危険に晒す事は無かったはず、と。
 

「いえいえ。時間通りの到着でございますよ、パン殿。

こちらこそ、不覚をとりました。『銀色の魔弾』も錆びたものです。

申し訳ございません」


 絶璃の背後に庇われる形となった執事が自嘲気味にそう返す。


「とんでもない。お一人でよくぞここまで戦いくださいました。

どうかお退きください。後は私が引き受けましょう」


 そう言い放ち、敵2体を見据えつつ、月牙鑽を頭上で回転させた。

そして刃を相手に突きつけて名乗りを上げる。


「かくなる上は、一秒でも速くお前達を葬り去る。

それが遅参のせめてもの挽回。

鍔家流槍術…パン=アルバード。いざ、参る」

 
 月下の刃がその煌きを増した。



*****


 
 撤退しながらの防衛線を敷く、教導団本隊の戦いは熾烈を極めていた。

執事の狙撃と八旗兵達の猛攻によって、その大多数が浅からぬ傷を負い、事実上の戦力はベロニカのコッペリオン一機のみ、という状況でもあった。

負傷者達を無理に旗艦の防衛に当たらせようとはせず、撤退途中で散開させ、離脱させる。

この作戦は彼らの逃走にも一役買っていた。

しかし、当然の事ながら、味方の戦力が減れば減るほどに、それを指揮するベロニカにかかる負担は増す。

旗艦と周囲の友軍を防衛しながら、陣頭指揮を執りつつの撤退戦。

これは敵を殲滅する事の何倍も難易度が高い。


 ましてや相手は統制の取れた八旗兵の精鋭たち。

相手の機体も一部損壊し、消耗しているとは言え、一般兵とは比較にならぬ腕の猛者達が7機、次々に襲いかかってくるというこの状況下で、彼女は奮闘していた。


「ベロニカ君、朗報だ。別働隊が狙撃手の撃破に成功した。

先ずは条件1をクリア。

あと少しだ、ベロニカ君。粘ってくれ」


「了解。目標指定ポイントまであと1km。

…そしてこの地形。好都合です。例の策、ここで仕掛けましょう。

このまま全速力で突っ切ってください。」


 ローランの乗る地上戦艦が、最大出力で後退を始める。

それを見咎めた絶璃の一体が後を追おうとするも、コッペリオンの一撃を喰らって足止めを喰らった。


「さあ、お前達。ここから先は一歩も通さん。心してかかってくるがいい」

 ベロニカ機が後退を止め、その場に仁王立ちの様相を呈する。

残った数少ない友軍機は全て戦艦の後に続いて下がっていく。


「この新型…自分の身と引き換えに仲間を逃がすつもりか?」

「見事な覚悟。だが貴様も逃げた連中も生かして返すわけにはいかん!」


それを聞いてベロニカは不適な微笑を浮かべた。


「元より死は覚悟の上だ。だがお前ら如きに我が命、くれてやる訳にはいかんな。

お前達を全て撃破してから後を追うつもりさ」


「貴様っ! 我々を愚弄するか? この状況が見えていないのか?」


「貴様らこそ。周りを良く見るがいい」


 八旗兵達は言われるままに周囲を見渡す。

この地点まで、彼らは切り立った崖に沿って谷底を直進してきた。

自然の造った広大な峡谷である。

その道幅が…山を下る毎に次第に狭く細くなっている事に、戦いに没頭していた彼らは気付くことは出来なかった。


 今や、彼らの立っている場所は、さながら両側をほぼ垂直の崖に挟まれた細き通路。

つまり、これの意味する所は…


「私を倒さなければ、お前達はこれ以上先には進めないと言う事だ。

そしてお前達は今までのように、四方を囲んで多面的に攻撃を仕掛ける事が出来ない。

数の上では7対1だとしても。この狭さでは同時に攻撃できるのは精々が2体か?

おまけに、私が護衛すべき対象は既にこの場を離れつつある。これで戦いに集中できる。

条件は出揃っているんだよ、アムステラ兵の諸君。

さして何の作戦も無く追ってきた、お前達の負けだ」


 ベロニカの挑発。

八旗兵たちが色めき立った。


「何をっ! 小賢しい理屈を並べ立てた所で、貴様も疲弊している事には変わらん」


「我らの実力を甘く見るなよ、女!」


 繰り出される八面六臂の波状攻撃。

重なりあった状態から攻撃する陣形パターンも、彼らには存在した。

鍔家流の真髄は、個々の卓越した体術のみならず。

その多彩な陣形技にこそ、真価を発揮するものなのだ。


 その攻撃を収束エネルギーソードで受け流しつつ、カウンターの攻撃を返す。

前の者を踏み台にして頭上を取ろうとした敵機を、内臓マシンガンで迎撃する。

ベロニカの攻撃の応酬も、彼らに一歩も譲ることは無い。


「こいつ…この新型のパイロット…口だけではない。強いぞ!」


「油断するな! ならば全力を持って倒すまでだ! 『七星』の陣を仕掛ける!」


「承知!」


 号令と共に、八旗兵達の絶璃がジェットチャクラムを一斉に構えた。


「ほう? この場面で繰り出すと言う事は、奴らの『奥の手』か?」


 ベロニカのコッペリオンが両腕を交差させて身構えた。

次の瞬間、7つの機体から同時に放たれたチャクラムが、変幻自在の軌道を描いてベロニカを襲う。

鍔家流、数多の陣形技の中で最も攻撃的な陣、それがこの『七星』の陣。

本来は、投げつけられたチャクラムによって動きを止められた標的を、長たるパンが月牙鑽の一撃によって仕留める事で完成する陣形技。

今はその要となるべき存在を欠いてはいたが、その殺傷力は尚も健在であった。


 ベロニカは神経を集中させ、向かい来るチャクラムを、両腕に発生させた収束エネルギーソードで次々と切り払っていく。

だが、全てを切り落とす事は適わず。コッペリオンの装甲の表面に無数の裂傷が刻まれた。


「致命傷を避けたのは流石というべきだな。見事だ。

だが、次は確実に仕留める」


 八旗兵達が、再び必殺の陣形を組み始める。


「…乗っているのがコッペリオンで無ければ、今の交戦で沈んでいたな。

やはり私はまだまだ修行が足りない。

この技、できれば真っ向から破ってやりたい所だが…そろそろタイムリミットだ」


 ベロニカは悔しそうにそう呟いた。

そして間髪入れずに、通信機に向かって叫ぶ。


「大佐! 時間は稼ぎました。『策』の首尾は如何か?」


「ああ、良くやってくれた、ベロニカ君。既に退避完了済みだ。

そして何時でも発動できるぞ。

直ちに君もその場から逃れ…」


 その時、上空より、けたたましい騒音が聞こえる。

バルルルルルルルルルルルル

それは耳を劈くような『プロペラ』音。

谷間に射す西日が一瞬にして遮られ、谷底に影を形成した。

見上げればそこには、年季の入った旧型戦闘機が舞っていた。


「…『アロンズィ』だと?

そんな大昔の骨董品を…一体誰が?」


「何者だ!? 我らの邪魔をするか!」


 ほぼ同時に、ベロニカと八旗兵が声を上げた。

そして、プロペラ音に負けぬ大音量で放たれた声が、山びことなって木霊した。



『何者か、と問うたな? ならば名乗ろう。

我が名はサンジェルマン。シャルル=ド=サンジェルマン!!

巨悪を断ち切る剣なりっ!!!』



 唖然として戦闘機を見上げる者達を尻目に、ローランは一人、暢気な口調で呟いた。


「ああ、やっと来ましたか。遅いですよ、全く。

このまま最後まで隠れているつもりかと思いましたよ」


「何を言うか愚か者。

我輩は逃げも隠れもせん。この機体の調達に少し手間取っただけだ」



「サ、サンジェルマン卿! ご無事だったのですね。

では、大佐のおっしゃっていた『増援』の当てというのは…」


「如何にも。我輩である」

 
 八旗兵達は、予想外の男の出現に戸惑っているようだった。

攻撃の手を止め、呆然と上空を見つめている。


「サンジェルマンだと…? 生きていたのか。貴様、不死身か!?」


「不死身ではない。だが、正義を為す為ならば何度でも蘇り、戦場に舞い戻るさ」


「世迷言を!! たかが旧式の戦闘機が一機で何ができる!」



 サンジェルマンはその問いに答える事も無く、更に声を張って叫び声を上げる。


「ローラン! 仕込みは万端なのだな?」


「はい。既に、条件2はクリア済みです。

ベロニカ君、今すぐその場から退避したまえ」


「りょ、了解!」


 ローランの指示の直後、コッペリオンが飛び上がってアロンズィの脚部を掴み、そのまま共に上空へと舞い上がる。

地に残された八旗兵達が、慌ててそれを見咎める。

手にしたチャクラムを投げつけ、撃墜しようとするも、既に高く舞い上がった戦闘機を落とすことは極めて困難であった。



 そして、プロペラの音が小さくか細くなった時…彼らは新たに耳に入ってきた新たな『音』をはっきりと聞いた。


ドドドドドドドドドドドド


『音』は次第に大きく、こちらに近づいて来る。


振り返った八旗兵の一人が、叫び声を上げた。


「み…水ぅっ!!??」


その正体に気付いた時。

既に彼らになす術は残されていなかった。

彼らが敵を追って辿ってきた谷底を、山頂から麓へとかけて、凄まじい『水流』が流れ来る。

後はただ、水龍の大顎に飲み込まれるのみ。

そのまま、彼らの機体は大河の流れに逆らうことは適わず、下流へと流されていった。



 ローランは、眼鏡のフレームをクイッっと持ち上げ、一人呟く。


「策は為りました。全ては予測の範疇です」


*****


 ローランの提唱した『策』。

それは、自然の力を利用して敵を一掃する、極めて大胆な作戦であった。

この辺りの地形は元々川の氾濫が多く、それぞれの支流をダムによって堰き止める事で下流の安全を確保した経緯があった。

それは麓に軍事基地を造る際に、必要となった工事である。故に、新兵時代にこの辺りに駐屯していたローランは、建設されたダムの位置を完全に把握していた。


 作戦の全貌はこうである。

まず、撤退すると見せかけてゆっくりと敵を、逃げ場の無い切り立った崖に囲まれた谷底まで誘き寄せる。

そこに到るまでに散開させた負傷兵達は、散り散りになって逃げると見せかけて、それぞれ山頂へと向かい、合図と共に支流を堰き止めるダムを破壊する。

地上戦艦及び残った本隊は、川の水が届かない高さの、安全な位置まで退避する。

そしてベロニカが単騎、敵を食い止め、そこに敵を足止めする。

そのポイントは、全ての支流が一点に集まる様に計算された場所。

後はギリギリまで敵を引きつけてから退避し、堰き止めていた水流を一気に流せば、この作戦は完遂である。


 サンジェルマンの出現は、作戦成功の為に保険としてかけていた事項の一つ。

逃走中の彼に、プロペラ機『アロンズィ』の格納場所を教え、作戦ポイントまで誘導する。

それによって、敵の注意を引き付けさせ、騒音によって水流の瀑布の音を打ち消させる。

壮大なカムフラージュである。これで相手が逃げ遅れる可能性は倍増する。

そして、ベロニカの安全も確保できる、という寸法であった。



*****


 アロンズィのコックピットから降りてきたサンジェルマンは、予想以上の深手を負っていた。

先ほど、あれだけ騒がしく動き回った人間には思えない程に。

出血は酷く、何箇所もの骨折を抱えているようだった。


「サンジェルマン卿! その傷は…」


「なあに、掠り傷である。

ふむ。誰かと思えば、君は、サンギーヌ殿の娘御ではないか。

随分美しく成長したものだ。我輩が知っているのはこんなに小さな頃であったぞ」


「な、何を。お戯れを。そんな事よりも医療班! 早くこの方を艦内にお連れしてくれ」



「大丈夫だと言っておろうに…

だが、人使いの荒い男だな。君の上官は。

協力してやったと言うのに労いの言葉もかけてはくれん」


 ローランがその言葉に呆れた様に返答する。


「…そもそも貴方が当初の作戦を無視して、勝手に先走った挙句にデュランダールを壊すからでしょう?

あの有様ではデータの回収も出来やしない…

負傷は自業自得です。

最初から我々の到達を待って合流していれば、もっと余裕を持って作戦行動を行えたというのに…」


「五月蝿いぞローラン。お前の言う事はグダグダと小賢しくていかん。

過ぎた事を何時までも悔いても仕方無かろう。

機体は壊れるものだ。だから終わったら速やかに直せ。

それがお前達技術屋の仕事であろうが」


 ビキッ、とローランのこめかみに血管が浮かび上がる。

昔からこの男はこうだった。

自分の失敗に反省も後悔もしない。


「しかし、どこで作戦内容の打ち合わせを?

そんな時間があったとは思えませんが…」


「ああ、我輩が遺憾ではあるがランカスターに不覚を取った後、林の中に身を隠している最中にな。

そこの根暗メガネから通電があってな。『動けるなら協力しろ』と。

全く、生意気な。頼み方がなっておらんぞ」


「…どこに隠れているかも解らないから、手当たり次第に暗号通信を送っただけですからねぇ。

でも来てくれたお陰で、お陰で作戦がよりスムーズに進みました。

まあ、無事で何よりです。」


 と、その時。

こちらに向けて猛スピードで接近する大型の機影がレーダーに反応する。


モニターに映し出されたその威風堂々たる姿を見て、サンジェルマンが呻き声を上げた。


「『陵鷹』…ランカスターめ! …既に臨戦態勢は整ったと言う訳か。

おい、6型でも7型でも良い。動かせる機体を出せ。

我輩が出る!」


「いけません!

その重体でこれ以上戦えば、今度こそ命に関わります。

お下がりください。そしてしばしご自愛を。

私が行きます。名高きエース機。相手に取って不足は無い…

お任せください。必ずやこの戦いに勝利を。」


 ベロニカが闘志を込めた瞳でそう宣言した。


フランダル艦隊・最強の敵『陵鷹』が、万を持して再び戦場に舞い戻る。

それを迎え撃つはコッペリオン。

現時点での互いの最強の戦力同士の対決。

激闘に終止符が打たれる時は近い。



続く