超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette
Princess−
第七幕 獣の行軍
戦場の熱を帯びた律動が全身を駆け巡る。
大地を踏み締める鐵鋼の両脚が、一歩ずつ鉄火場へと歩を進める。
掲げたハンマーの拳は目の前の敵を打ち砕かんがため、振り下ろされし時を待つ。
戦場。そこは弱肉強食の理が罷り通る、獣の世界。
ベロニカ・サンギーヌは、湧き上がる原始の衝動に身を震わせた。
さながら獲物を前にした肉食獣がそうするように。
「さあ、私は戻って来た。この血と汗と怒りと恐怖と狂気と死に満ちた、麗しき戦場に」
人知れず呟かれたその言葉。
あの屈辱に満ちた敗北から一ヶ月。
彼女にとってはこれは、言わば再起を誓うリベンジマッチ。
昂ぶるは必然。
「ベロニカ君。もう直ぐ戦闘エリアに到達する。今回の作戦を復唱したまえ」
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、背後の補給艦に同乗するローラン大佐からの通信が届く。
「はい。『シャルル=ド=サンジェルマン中佐の部隊を援護しつつ、速やかに基地を占拠。返す刃でフランダル軍残党を殲滅』
優先順位は降順で。基地を占拠することが我々の勝利条件、ですね?」
内心の興奮状態とは裏腹に、ベロニカの思考は極めて冷静である。
炎の如き激昂と氷の如き深謀。
大胆な行動力と繊細な戦略を併せ持つ事こそが彼女の将官としての器。
「うむ。全く持って正しい。正しいが、一つ大事な事が抜けているぞ、ベロニカ君。
『可能な限り、敵の兵器を無傷で鹵獲すること』だ。
敵の優れた技術力を解析し、それを地球の兵器開発の礎にする事。我々技術開発教導団に課せられた使命の一つでもある。
…見た所、羅甲タイプの兵器が中心の様だから、雑魚は幾らでも壊して構わん。だが報告にあった『陵鷹』。あれだけは別格だ。
あのサイズにあれだけの火力を凝縮し、内包する技術。実に解析のし甲斐がある。
可能な限り無傷で捕らえたまえ。いいね?」
「………了解いたしました。『可能な限り』善処します」
気楽に言ってくれる、という言葉を辛うじて飲み込む。
技術仕官上がりのこの大佐は、幾ら権謀術数に長けていても真の意味では戦場を知らないのではないか? とすら思う。
敵の主力兵器を無傷で捕らえる。それがどれだけ難しい事かを理解していない訳は無いのに。
ましてや相手は数々の友軍を破壊してきたエース機。
初めから壊すつもりで…殺すつもりで挑まねば、鉄屑に成り果てた機体の中に屍を晒すのはこちらの方だ。
故に、この指令は最初から無いものとして作戦に挑むべきだ。
『生け捕り』など、余程の実力差が無い限り、可能な事ではない。
…そう、例えるならば、あの黒き悪魔のような。恐るべき高性能機を駆る、人外の腕を持ったパイロットでも無い限り…
無意識のうちに歯軋りの音が漏れた。
そして決意する。いずれは自分もあの悪魔の領域に足を踏み入れてやる、と。
「宜しい。期待しているよ。さて…そろそろ到着のはずだが…おかしいな。合流予定の部隊の姿が見えないが…」
その言葉にはっと我に帰り、周囲を見回す。
確かに、合流ポイントに指定された山岳の中腹には人っ子一人居ない。
「むう…本当ですね。作戦の変更があったのでしょうか? それとも何らかのトラブルが…」
「そんな筈は無いだろう。それなら事前にこちらにも連絡が来る筈だ。まさか…」
ローランは慌てて個人通信回線を開く。
「こちら技術開発教導団司令、ローラン=ド=アトレーユ。サンジェルマン中佐、至急応答されたし。繰り返す…」
応答は…無し。
罅割れたノイズ雑じりの通信が途切れながら虚しく彼の声を反芻させた。
モニターは正常に起動せず。唯そこには暗闇が映し出されるのみ。
ここから類推できる事。
それは現在、『デュランダール』のコックピットが決して浅からぬ損傷を受けていると言う事。
そして搭乗者のサンジェルマンが、応答できる状態に無い、或いはその場に留まっていない、と言う事。
ローランの予感は、切り替えた画面に映る、前線の状況を捉えた望遠カメラの映像によって確信に変わる。
死屍累々と積み重なれた敵味方の機体の残骸。
それは明らかにその場で激しい戦闘が行われた事を示していた。
カメラが、両腕を失い、その動きを止めたデュランダールの姿を映し出したとき、ローランはこの男には珍しい激昂を見せて、艦のコンソールを両拳で打ちつける。
「あの男…またしても無断で兵を動かして先行突撃したな…ああ…僕のデュランダールが…なんという無惨な姿に…」
「大佐! そのような事を言っている状況ですか!? 速やかに、一変した戦況に対応したご指示を! お願いします」
作戦進行に支障をきたす由々しき事態にも関わらず、壊された機体の心配をしているローランにベロニカが激を飛ばす。
傍目にはどちらが指揮官なのか解ったものではない。
確かに総指揮官たるサンジェルマンの独断先行は咎められるべき。しかし、それは後回しにすべきだ。
恨み言を繰り出しても戦況を変えることは出来ない、という事を彼女は熟知していた。
「くっ…解っている!
各員に次ぐ。作戦内容、基地の奪還・フランダル軍残党の掃討、こちらに変更は無し。
但し、第一の優先事項、サンジェルマン中佐率いる本隊の援護…これを負傷者の救出へと変更だ
宜しいな? 繰り返す…」
戦傷者の救助を行いながらのミッションは、その難易度が何倍にも跳ね上がる。
これでは戦闘データの収集、という彼自身が最も優先したい行為が覚束無くなってしまう。
ローランは苦虫を噛み潰した様な表情で、作戦変更の指示を飛ばした。
彼はこめかみに血管を浮き上がらせながら、あの馬鹿め…! と人知れず呟いた。
サンジェルマンは国の英雄。それを見捨てたとなれば、彼の研究活動に影響が出ないとも限らない。
彼としては不本意ながら、その身柄の安全を確保する事は最優先事項にせざるを得ない。
あの男との共同作戦は、教導団設立以前から何度もあったが、碌な目に遭った記憶が無い。
疫病神が…ともう一度毒づく。
しかしながらこの二人が組んで行ったミッションは、実は唯の一度も失敗した事が無い。
これだけ双方が個性的な人材でありながら、である。
毒づきながらも、ローランはこの暴走気味の幼馴染を最大限にサポートしてきたし、サンジェルマンは後方支援を全て彼に任せて遠慮無く前線に突撃してきた。
本人達は否定するであろうが、恐らくはこれがベストコンビなのだろう。上層部の意見もそれに合致していた。
故に、回ってきた任務が今回の作戦でもある。
ローランは怒りを静める為に大きく深呼吸を行い…作戦開始の号令を発した。
「それでは諸君。存分に戦ってきたまえ。オフェンスの2トップはベロニカ君、リリィ君のコッペリオンが行う。
後続の6型・7型・A‐72混成部隊は、ゲバール君、君が指揮を執りたまえ」
「イッヒィ!!! やぁっっっっと、俺様の出番が来たぜェ!!! なんか2話くらい出番が無かった気もするぜェ!!!
うぇへへへへ〜、俺様専用機も貰ったことし、もう大活躍間違い無し!!! リリィたん、俺様の活躍を見ててね〜
君のハートを鷲掴みにしちゃうんだからね〜 さあ俺様の最強伝説は今ここから」
聞こえてきたゲバールの大音量の独白が余りにも耳障りだったため、ローランはおもむろにプツン、と通信回線を切断する。
他の隊員達も皆一様に同様の行為を行った。
…小隊指揮を任せるのは人選ミスだったかな…? と軽い後悔を覚える。
だが、性格上問題があっても、彼の腕は確か…のはずだ、と自分に言い聞かせる。
何よりもコッペリオンの実戦投入はこれが初陣となる。
なるべく多くのデータを取る為に、あの2人には指揮系統に囚われずに最前線にて戦って欲しかった。
気を取り直して、再び通信を開く。
「ベロニカ君、リリィ君。準備は良いな?」
「はい、いつでも行けます」「準備、OKです♪」
「宜しい。コッペリオン、出陣だ!」
号令と共に飛び出した、機械人形が2体。
それは戦場に解き放たれた2頭の獣の如く。
*****
突如としてその奇襲を受けた前線のアムステラの軍勢は戦慄を覚えた。
山間から凄まじいスピードで迫り来る、赤と白の新型機。
先の『蒼雷騎士団』との戦闘で受けた損傷の修復も補給もままならぬまま、なす術も無く薙ぎ倒されていく羅甲達。
コッペリオンは華麗に戦場に降り立ち、演舞を行うが如く次々と敵機を破壊し、目の前に血路を開いていく。
それはさながら、踊り狂う美獣の舞。
立ち塞がる者達は彼女らの獲物となり、糧と成りて朽ち果てん。
「リリィ、余り前に出すぎるな。手痛い反撃を喰うぞ」
傍らで戦う白き機体に通信を飛ばすベロニカ。
シミュレーション戦を除けば、これがリリィの初の実戦となる。
彼女らが駆るコッペリオンと同じく。
ベロニカにしてみれば、未だ物心付いたばかりの幼児のようなものだ。
如何に才能があろうとも、自分がサポートしてやらねばならない。
「大丈夫ですよ。解ってますから♪ 心配性ですね、お姉様は」
言い放ちつつ、目の前の羅甲を蹴り飛ばし、ワイヤーナックルを撃ち込む。
胴体に風穴を空けられた敵機が完全に機能を止めた。
エネルギー収束ソードで相手を両断しつつ、ベロニカは相方の様子を確認する。
…その言葉とは裏腹に、模擬戦の時よりも動きが固い。操縦の感覚はシミュレーションとほぼ一緒だというのに。
気負っている。緊張している。初めての実戦に。
彼女の側を離れるべきではない。
そう判断したベロニカは、敵の各個撃破よりもリリィ機の側にてサポートを行いつつ相手を迎撃する戦法を取ることとした。
アドバイスを送ろうと、彼女に通信を再び飛ばそうとしたその時。
耳障りな声がコックピット一杯に飛び込んできた。
「ぬをおおおおおおおお!!! そのまたぐらに、今! 必殺の! …ワイヤーナッコォッ!!!」
訳の解らぬかけ声と共に、ゲバールの駆る黒き機体が敵機を撃ち抜く。
キィィンと響く耳鳴りに眉を顰めながら、ベロニカが怒りの声を上げた。
「五月蝿いぞこの変態男!! 黙って戦えないのか貴様はっ!!」
「うぇっへっへー、リリィちゃーんみてるー? 俺様、今、ものっそい活躍してるよ? 見て見て、ほらほらぁ!!」
戦闘中だというにも関わらず、怪しい動きで両腕をひらひらと動かすゲバール機。
リリィは当然の如く、聞こえぬフリで敵を撃破し続けている。
ゲバールの口上は尚も続く。
「くっくっく…アムステラの雑魚共。運が悪かったなあ。この俺様と俺様専用の最新鋭機『ピグマリオン』の前に立ったのが運の尽きよォ。
この漆黒の機体はなぁ、7型とコッペリオンのQ極の融合機!! 双方の機体の利点を併せ持つ、次世代のスーパーロボットなのだァ!!
ねえ、大佐!! そうですよね!?」
「………えっ? ああ、うん。まあ。そうだね」
一心不乱に戦闘データを取っていたローランは、自分への突然のフリに驚き、曖昧な返事を返した。
ゲバールが『ピグマリオン』と呼んでいるその機体。
それは先日のシミュレーション戦闘の後に、ゲバールが自分専用の機体が欲しい、と子供の様に駄々をこねるのが余りにも鬱陶しかったため、ローランが有り合わせのパーツを使って組んだ、言わばコンパチ機体である。
その実体は、中破した7型の胴体に、コッペリオン開発の段階で発生した、規格に満たない余剰パーツを組み込んだ代物。
機体を大破させるのが前提のゲバールに取っては最適の機体であるとも言えた。
しかし、それは言葉を選ばずに述べるなら、『7型に毛が生えた』程度の性能のスペックであるはず。
だが、先ほどからのゲバールの動きを観察する限り、国連開発の最新量産機であるA‐72の性能すら凌駕している様にも見える。
恐らくは小隊指揮を任された嬉しさと、新型機(だと思い込んでいる)を与えられた高揚感が、彼に実力とスペック以上の力を発揮させているのだろう。
「あ、こら。ジャン、隊列を乱すんじゃねえ! ポルナレフ! 深追いすんじゃねえぞ。じっくりとしつこく粘っこく、相手をの動きを見据えるんだ。
良いな? おめーら」
…意外にも、混成小隊の指揮の方も上手く機能しているようだ。
低く見積もっていたゲバールの評価を改める必要があるかもしれない。
思い込みの力とは恐ろしい。全く、扱いやすい男だ、とローランは心の中で呟いた。
*****
エドウィン=ランカスターは、基地内で愛機『陵鷹』の補給を行いつつ、破竹の勢いで突入してきたフランス軍の動きを苦々しくモニターで確認していた。
サンジェルマン戦で追ったダメージも抜け切らぬ、今の戦力では彼らの進軍を阻むのは難しい。
「エド様…羅甲第3小隊、突破されました」
「エド様! 第6小隊、沈黙致しました。奴らがこちらに到着するのは時間の問題かと」
次々と入る部下達の報告はどれも胃が痛くなる内容だった。
「了解だ。前線の兵に無理はさせるなよ。突破された隊は速やかに戦線から離脱だ。ええい、くそっ、陵鷹はまだ動かせんのか?」
「エド様」
「何だっ!?」
苛立ちを募らせるエドに、パンが嗜めるように声をかける。
「落ち着いてください。司令官の動揺は兵に悪い影響を与えます」
「………おう。そうだな、すまん。報告を続けろ」
幾ばくか落ち着きを取り戻したエドに、パンが耳打ちをする。
「『デュランダール』の残骸を回収に向かった兵からの報告です。
コックピット内はもぬけの殻だった、と」
「……何ィ? パイロットの…あの馬鹿貴族は? あの損傷で脱出したってのか? 死んでてもおかしくない程のダメージだった筈だぞ?」
「はい…フランスの増援を確認し、それに備えるために基地への帰還を優先させたのがタイムロスになった模様です。
恐らく、サンジェルマンはその間に息を吹き返し、自力で何処かへと退避したものと思われます」
「…何てしぶとい男だ。ふん、まあ良いさ。捕虜を人質にするつもりは無い。そんなエレガントじゃない真似は俺様の戦いには合わん。
ただ、奴がどんな面してんのか拝みたかっただけだ。
どうせその傷では遠くまでは逃げられんだろう。奴一人逃がしたところで戦況には影響は無い。放っておけ」
会話の最中にも、敵はじわじわと基地へと近づいている。
最早、迎撃以外の事に気を取られている余裕は無さそうだった。
「お困りの…ご様子ですな、お屋形様」
物静かな声が後方より聞こえる。
振り向いたその先に立っていたのは、只ならぬ雰囲気を醸し出す、白髪の老紳士だった。
「…執事(バトラー)! 何でここに来た? まだ傷は癒えてないんだろう? 無理せず療養してろって言っただろうが?」
執事(バトラー)と呼ばれたこの男、かつて『銀色の魔弾』の異名をとった歴戦の勇士にして、現在はランカスター男爵家執事を務める猛者である。
だが、つい先日起こった、反アムステラテロ組織『ベヌウ』の蜂起事件の折、浅からぬ傷を負って療養生活を送っていた筈だ。
エドとパンは目を見開いて、執事の側へと駆け寄った。
「執事殿! ご無理をなさらずに!」
「ほっほっほ。心配はご無用。傷はもうすっかり治りましたとも。
何よりも、お家の一大事というこの戦況に、私が何時までも寝てなど居られましょうか?
…なぁに、憂慮する様な事態でもありませぬよ。この程度の窮地、フランダル様達と共に戦場を駆けたあの時代に比べれば、危機のうちにも入りませんなあ」
その強気な言葉とは裏腹に、執事の顔色は優れない。
恐らく、未だ立てるような状態ではないのだろう。
主の危機を知り、文字通り老骨に鞭を打って、病床を飛び出して来たに違いない。
「執事…! お前…待てよ。まさかその体で出撃するつもりじゃないだろうな?」
「お屋形様。それ以上はどうか申されますな。…この老体にこの先できることなど限られておりますれば。
未来は若者たちの為のもの。あたら兵達の命を散らせるのは不本意でございましょう?
……いやいや、そんな目をなされるな。心配は必要ありませんよ。何も死に行くという訳ではございませんから。
ただほんの少し…時間を稼ぐ程度の事はして見せましょう。お屋形様達が万全の体勢で彼奴らを撃退できますように。
この老いぼれにも、その程度の事はできます故」
執事は最敬礼の姿勢で、そう言い放つ。
エドは、咽喉から出かかった言葉を飲み込み、こう言い放つ。
「執事…絶対死ぬんじゃねえぞ。危なくなったらとっとと逃げろ。良いな?
こいつは命令だ。
…お前のことは、もう一人の親父だと思ってる」
その言葉を聞き、執事の両目に、涙が浮ぶ。
「何と…何と、ありがたきお言葉か。
…拝命いたしました。必ず生きて帰りましょうぞ。『銀色の魔弾』の名に懸けて。
エド様は実に良い目をなされる様になられた。
もう、私がお教えする事等、何もございませんな。
…更に良い将と成りなされ。
では、行って参ります」
踵を返した執事の背中は、エドが幼き頃に見た父親のそれにそっくりであった。
*****
周囲を山と木々に囲まれた道筋を、教導団の面々は進軍する。
展開していた敵機達は何時しかその数を減らし、最早彼らを阻む者は居ないかのように思われた。
このまま山地を抜ければ、地図に示された奪還目標の基地に到達できる筈。
機体の微小な損傷を除けば、ほぼ無傷の状態である。
進軍の途中で救助した『蒼雷騎士団』の面々も、戦傷は負っているもののその多くは命を取り留めたようだ。
このまま行けば、ミッションは極めて完璧に近い状態で完遂できる。
…ただ一つ気がかりなのは、総指揮官たるサンジェルマンの消息が依然として掴めない状態だという事である。
「なーんだ。楽勝じゃねーか。名高いフランダル艦隊ってのも案外大したことねーんじゃね?」
ゲバールが既に戦勝ムードで、そんな言葉を吐く。
「油断をするな、馬鹿者。この地形、身を隠すにはうってつけだ。
…もし私が相手の指揮官ならば、ここで奇襲をかける」
ベロニカがゲバールを嗜める。
ゲバールはそれを鼻で笑いながら突っぱねた。
「はん。奇襲かけるだけの戦力が残ってればの話だろ? 奴さん達、既に一杯一杯だったじゃねーかよ。
砲戦型も飽きるほど倒したしよ。駒が足んなきゃ、仕掛けるもんも仕掛けられねェ。そうだろ?」
一理ある、とベロニカは考える。
相手方の損傷を見る限り、余力を残して戦っているとは思えなかった。
サンジェルマン達の独断先行は決して褒められた行為では無かったが、その突撃の威力は想像を超えるものであったと考えられる。
ベロニカはローランに指示を仰ぐ。
「ふむ。私もゲバール君と同じ様に敵の戦力を見積もっていたが。
奇襲には注意を払うべきだね。
森林地帯を抜けるまでは陣形を組みつつ、ゆっくりと進軍するとしようか」
左右前方をコッペリオン2体で、後方をピグマリオンが守る陣形を組み、彼らは進む。
周りに鬱蒼と茂った木々達の影が酷く不気味な印象を与えた。
静寂。
機体のエンジン音のみが規則正しいビートを刻み続ける。
その静寂を破ったのは、彼らの陣形の内側で突如上がった破裂音。
皆が一斉に音の方向を向く。
そこには頭部を失った6型がオーバーヒートを起こしながらその場に立ち尽くすのが見えた。
「ッ!? 伏せろォ!!!」
皆が唖然とそれを見つめる中、ベロニカが叫び声を上げた。
教導団の猛者達は、自分達に何が起こっているかも理解し切れぬまま、脊髄反射的にその声に従って身を屈めた。
そして、今度ははっきりとその目で確認する。
屈むのが遅れた7型の一機の胸部を、飛来した大口径ロングライフルの弾丸が貫くのを。
動力部を撃ち抜かれたその機体は僅かにもがき、前方に手を伸ばしながら、紅蓮の炎を上げて爆散した。
「…狙撃されている? まさか、一体どこから?」
この木々の合間を縫って、視認できない距離から正確にターゲットを狙い撃つ。
並大抵の腕では出来ない芸当だ。
どよめきと共に、彼らの間に動揺が走った。
「お、お姉様っ!」
左前方を守っていたリリィ機から発せられた、悲鳴の様な声。
茂みから凄まじい速度で飛び出してきた敵機の一撃を、リリィはすんでのところでかわして見せた。
「くっ…やはり、奇襲…! しかしこの最悪のタイミングで…」
「ぐぅああああああああ!!」
味方の悲鳴に振り向けば、ライフルの一撃によって沈む6型の姿。
そして、右後方の茂みから襲い掛かってきた敵機の『鑽』の一撃が、虎の子のA-72の右腕を切り落とす。
気付けば完全に周囲を囲まれている。
陣形を乱された彼らを見て、次々にその姿を現した『絶璃』達のモノアイが怪しく光を放った。
「さあ…我らの力を発揮する時が来た。今こそ、エド様、そしてお屋形様への忠義を見せるとき!!
八旗兵、いざ参る!!」
一方、山頂部に陣取り、唯一人、大型の対物ライフルを構える執事は、その鷹のような鋭い双眸で獲物達を見つめている。
「………貴方たちに恨みはございませんが。お屋形様の覇道の為に、消えて頂くとしましょう。
この『魔弾』から逃れる術は…ございません」
見えないスナイパーの脅威と、取り囲む八旗兵達の凶刃。
完全に乱された陣形。そして広がる動揺。
狩人達の包囲網は、獣達の行軍をしかと捉えた。
続く