超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette
Princess−
第六幕 奇跡の騎士
フランス陸軍中佐・シャルル=ド=サンジェルマン。
通称『英雄』サンジェルマン。
彼のその二つ名が畏敬を持って叫ばれ始めたのは今より1年前のこと。
ヴェルサイユにて秘密裏に開催された国軍軍事会議が行われる最中、突如強襲したアムステラ神聖帝国軍。
この時、未だ地球の軍事技術はアムステラのそれに追いついてはおらず、敵の圧倒的な軍勢の前になす術もなく衛兵達は蹴散らされ、フランス国軍の主要な将官達は虜囚の憂き目を見た。
まさに壊滅の危機、である。如何にアムステラが『紳士的』な捕虜開放政策を取っていたとはいえ、みすみす敵軍の将たちを易々と解き放つ事があろう筈もなく。
国の命運、ここに尽きたりと囚われの将官の誰しもが思った。
その時である。
完全に包囲された議事堂の門目指し、都市部の外延から突如現れ、突貫をかけた一体の『5型』(この時は未だロールアウトされたばかりの、言わば最新鋭兵器である)
それは弾丸の如く。それは雷光の如く。
ただ真っ向から一直線に向かい来るその突撃を阻もうとした羅甲達は、パーツを四散させながら唯の鉄屑へと成り下がっていく。
その5型を操るは、当時未だ軍の一少尉、一パイロットに過ぎなかったシャルル=ド=サンジェルマン。
端から見れば、敗北の決まった戦いを受け入れぬ、猪武者の暴走。愚者の悪足掻き。死にたがり屋の自殺願望。
だが、その突進は確実にアムステラ軍の精鋭たちを薙ぎ払い、モーゼの十戒の如く血路を開く。
誰もこの男を止めることは出来ない。
後に『ヴェルサイユの奇跡』と戦史に名を残す、伝説の『一騎駆け』である。
都市の制圧を終え、敵の首魁を完全に拿捕し、大勝利の美酒に酔おうとした矢先に起こったこの奇襲。
アムステラ兵達の心中は如何ばかりか?
大群は烏合の衆と化し、狭き空間に密集した強力な機動兵器達は、お互いの動きを阻む障害物へとなり果てる。
そして始めは唖然として彼の突撃を見ていたフランス軍の残党兵達も、戦況の変化を感じ取り、彼に続いて突撃を始める。
敵軍の隊列は大いに乱れ、命令系統の混乱は避けられぬ。
こうなれば最早、数の上での有利は消え失せる。
追記しておくが、サンジェルマンは決して、世界の名だたるエースパイロット達と比較して、ずば抜けた操縦の腕を持っていたわけでは無い。
『覚悟』の差。これは時に戦略を超えた効果を発揮する事がある。
ありていに言えば、死をも恐れぬサンジェルマンの覚悟が、勝利を目前にしたアムステラ兵達の慢心を打ち破った、という事になろうか?
勿論、戦況の変化はそのように単純な精神論のみで片付くものではない。
この突貫が行われたのが、侵攻作戦成功直前の最も気の緩みを誘う瞬間だった事が要因で或る事は前述の通り。補給もままならぬまま、サンジェルマン達の奇襲を許してしまった。
それに加えて、アムステラ側にこの都市の地の利が無かった事。ビル群を盾にして民間人を犠牲にする事は堅く禁じられている。故に有人都市部での防衛線には極めて不利。
更に、地球の軍勢が極めて屈強であるという情報が不十分であり、敵がたかが辺境の惑星の蛮族共、という侮りが無いとは言えなかった事。
そして何よりも、この時、侵攻作戦を指揮していた、ガデノーラという将が未だ前線に出た経験が少なく、机上で学んだ戦術知識しか持ち合わせていなかった。
彼は、この無謀な突撃を、教科書に照らし合わせて考えてしまった。
『これは陽動に違いない。小規模の軍勢による突撃の裏には必ず伏兵が存在する』と。
…まさか、何の策も無く、自らの命を顧みずに圧倒的多勢に戦いを挑む兵士が居る等とは彼には考え付きもしなかった。
そのまま兵の士気を取り戻させ、落ち着いて浮き足立った隊列を組みなおせば、サンジェルマンの5型及びそれに続く少数の機動兵器群など、容易に撃墜できていたはずだった。
しかしながら、彼が出したのは全軍撤退命令。
あまつさえ、人質を連れて撤退することすら失念し、フランス軍の将官達が混乱に乗じて逃走するのを許してしまった。
この時の大失態が、ガデノーラの軍人としての人生に大きな瑕疵を与えたと伝え聞く。本星に帰った彼は、特務機関とは名ばかりの閉職へと追いやられる事となる。
その後の彼の末路に関するエピソードに関しては、別の物語にて語られる事となるであろう。
これは様々な幸運が重なって起こったまさに『奇跡』
しかし初めに口火を切ったのは、無謀とも言えるシャルル=ド=サンジェルマンの勇気。
救出された将官達は、皆、異口同音に彼に感謝の言葉を投げかけ、『英雄』の名を称えた。
この日彼は『生きる伝説』となった。
*****
「へ〜 なんだかすごい人なんですね。サンジェルマン卿って人は」
どこか他人事のように、そんな感想を口にしたリリィを、呆れたように見つめるベロニカ。
事の発端はこうだ。
束の間の休日を楽しんだベロニカやリリィ達『教導団』メンバーに与えられた緊急任務。
それは、『シャルル=ド=サンジェルマン率いる中隊の援護に回り、敵に奪われた自軍駐屯基地を取り戻す』という内容であった。
フランスとスペインの国境近くに位置し、防衛戦略上の重要な拠点となる基地である。ここを何時までもアムステラ軍の拠点としておく事は許されなかった。
加えて、基地を占拠したのは世に名高き強兵・フランダル伯爵軍。しかし、首魁たるトーゴ=フランダルは戦傷の療養の為に不在、というこちらに有利な状況を備えている。
教導団の責任者たるローラン大佐にとっては、ロールアウトして間もないコッペリオンの実戦データを取るための絶好の機会であり、作戦成功の暁には研究の有用性が上層部に認められて、研究予算増額の申請が出来るというメリットの大きいミッションである。
しかしながら、作戦説明中にリリィが元気良く挙手をして、無邪気に質問の言葉を発した。
「はーい、すみません。そのサンジェルマンさんって誰なんですか〜?」
そこでベロニカが彼女の無知に驚き、本章の冒頭に語られた内容をかいつまんで彼女に説明した、と言う次第である。
「リリィ…いくら軍属になって日が浅いとはいえ、当時はTVのニュースでも連日のように特集が組まれていたじゃないか。
フランスの危機を救った英雄、という触れ込みで…本当に知らなかったのか?」
「あ、私あんまりニュースとか見てないんですよ。 1年前はアニメくらいしか見てませんでした♪。てへっ♪」
そんなやり取りを、コッペリオンのOSデータを組み直しながら聞いていたローランが、不意に横槍を入れた。
「ジェネレーションギャップって奴だね。リリィ君に取っては、現実のヒーローよりもブラウン管の中の『怪盗ロビン』の方がよっぽど魅力的だったのだろうのさ。
既に成熟した年齢だった君と違ってね」
「なっ! 失礼な。私も彼女とそこまで歳は離れていません!」
「そうだったかね? それは失敬。まあ、ベロニカ君くらいの年頃の娘は大概、あの『奇跡』を目の当たりにした所為で、あの御仁に対し映画の主演男優みたいな憧れを抱いていたりするケースが多いからな。
それはアニメの主人公に憧れるのとさして違いはないさ」
「そ、そんなんじゃありませんよ。ただ…私の父も、かつてヴェルサイユで囚われの身となった将官の一人でしたから
単純な憧れとか、そういうものではなく…軍人としてのその輝かしい戦歴に、敬意を感じているだけです」
「成る程。お父君の恩人でもあるわけか。しかしその口ぶりでは、あの御仁をさほど知ってる訳では無さそうだな。
まあ、確かに黙って立っていれば美男子であると言えない事もないし、貴族としての気品も備わっているように見える。
しかし実際は黙って立っていることの出来ない男だから、すぐに化けの皮を剥がされる。
彼の人間性を知った時の君の落胆振りが今から予想できるぞ」
からかいの言葉を投げかけるローランの口調はどこか弾んでいるようにも聞こえた。
他人との対話を重視しない彼にとっては珍しいことである。
だが、長年の悲願が適って機体を完成させ、理想のパイロットを手に入れ、研究の成果を戦場で試せるのだ。機嫌が良くなるのも無理からぬことだろう。
ふと、ベロニカはローランの口調にとある違和感を感じた。
「大佐… どうも貴方はサンジェルマン卿を良くご存知のご様子ですが。過去にご面識があったのですか?」
その質問に、ぴたりと作業の手を止めて、苦々しい表情を見せるローラン。
「…面識というか、腐れ縁だな、あの御仁とは。
僕の父が彼の父と懇意でね。幼少の頃は良く彼の邸宅の庭で一緒に遊んだもんさ。
…遊んだ、というか一方的に連れまわされたというべきなのか。
とにかく、子供の頃から人の話や要望を聞かない男でね。
それは今でも変わっていない。
…嘆かわしいことに、私が技術仕官時代にね、彼の所属していた機動兵器運用部隊の専属だったこともあるんだよ。
いつも、命令を無視して突っ走り、貴重なテスト機を大破させて戻ってくる男だった。
手塩にかけて作り上げた機体を木っ端微塵にされて、何度胃に穴を開けたことか。
それでいて、ちゃっかり戦果を上げてくるんだから、始末に困る。
先に君が語った、『奇跡』だって、あんなもの幸運が重なっただけのことだ。
まともな神経の人間は、敵陣のど真ん中に一人で突っ込んだりなどしない。
彼の敵機撃墜スコアは確かに世界有数だ。だが被撃墜数もトップクラス。
それも細心の注意を払っていれば落とされなかったようなケースで、堂々と真正面から突っ込んで落とされたり、大見得を切って隙だらけになったところで大打撃を受けたり…」
溜まりに溜まった相手への不満を思い出したかの様に、ローランは顔を歪めて吐露しだす。
「は、はあ…何と言うか、その、中々ユニークな御方のようですね…」
ローランの鬼気迫る様子に圧倒されたかのように、ベロニカは呟く。
その言葉を聞いて彼は、はっと気付いた様子で咳払いをしてみせる。
「おっと失敬。僕としたことが、少々大人気無かったね。
うん、まあ、出来れば二度と関わりたくない御仁ではあるのだが。
上からの命令では仕方がない。援護に行ってやるとしよう。
…僕の作った初めての特機『デュランダール』がどの程度機能しているかも再チェックしたいしな」
眼鏡の位置を指で直しながら、ローランはベロニカの方へ向き直してこう付け加える。
「最後に一つ君の言葉を訂正させてもらうとだね。
シャルル=ド=サンジェルマンは『ユニークな男』などではない。
一言で遠慮なく、寸分違わずに言い表すとするならば…
彼は 『 馬 鹿 』 だ」
*****
「遠からん者は音に聞け!!! 近くば寄って目にも見よ!!!
我輩の名はサンジェルマン!!! シャルル=ド=サンジェルマン!!!
巨悪を断ち切る剣なりっ!!!
下賎の輩共っ!!! 我が雷名に打ち震えるが良い!!!
そしてこの『デュランダール』の錆と成りて冥府へと誘われん!!!」
軍勢の最前線に立ちて気炎を吐くは蒼き騎士。
大見得を切りて、時代掛かった大仰なポーズで名乗りを上げる。
大音量のスピーカーから発せられる大声が止み、戦場に奇妙な沈黙が生まれた。
「………うむ。
今日も我輩は絶好調である」
満足気に呟くサンジェルマン。
彼の部下達は、その毎回繰り出される悪癖に慣れた様子で、気にする事無く彼の後に続いた。
唖然として彼の出現を見届けていた八旗兵達だったが、通信機から聞こえてきたパン=アルバードの怒声にはっと我に帰る。
「…おい。何故このタイミングでヤツに攻撃を仕掛けない?
隙だらけだったじゃないか!」
「…えっ? 攻撃しても良かったんですかねぇ?
そんなことしたら、卑怯っていうか、空気読めてないっていうか…ねえ?」
「…お前ら…」
パンは頭を抱えて部下達の間の抜けた発言を嘆いた。
敵の指揮官を容易く討ち取る絶好のチャンスだったと言うのに。
「まあ、そうイラつくなよ、パン。生理中か? そんな焦らんでもな、敵さんに出血大サービス! なーんて」
「…脳天から出血大サービスさせて差し上げましょうか? エド様」
「怖っ。軽いジョークじゃねーか。怒んなよー」
パンは先ほどから、エドの軽口と余裕が気になっていた。
彼女は自らの主の腕前を信頼している。
しかし、今の彼は明らかに相手を侮っている節がある。
影狼隊のバドスという男が、以前行動を共にしたときにこう言っていたのを思い出す。
『フランスのエースってな、とんだ雑魚さね。うちの隊長の手に掛かって一発KOよ。
後で知ったんだが、地元じゃ『英雄』とか言われてるんだってな。ありゃあ噂先行って奴だ』
あの情報を真に受けているのだとしたら、それは非常に危険だ。
彼女はアムステラの名だたる将兵達が、侵攻中にバケットヘッドの蒼き機体の餌食となって戦場に散っていったという報告を幾つか入手している。
食い違った情報の、片方のみを信ずるべきでは決して無い。
地力でエドが負けるとは思って居ない。しかし、油断は時に強者の足元を掬い、凄惨たる結末を引き起こす。
「ふむ。今日のアムステラ兵共は中々騎士道精神をわきまえた者達では無いか。
名乗りの最中に無礼な一撃を見舞った、この前の卑怯者共とは違い、風情を解する勇者達である」
感心した様子で、サンジェルマンがエド機に通信を入れる。
「フランダル軍の指揮官機とお見受けする。
貴殿の名は? 名乗るが良い。それが戦場の礼儀」
「あん? 俺様か? おう、トーゴ=フランダル伯爵が甥。ランカスター男爵家を束ねる者。エドウィン=ランカスターだ。
アンタ、中々面白い奴だな、バケツ頭(バケットヘッド)のおっさん」
「ふむ、良き名よ。同じ爵位を持つもの同士、正々堂々騎士の名に恥じぬ闘争を望むものである
さあ、構えよランカスター。これより我輩の全力を持って貴公の首を貰い受ける」
デュランダールが、その長き両腕を振り上げ、戦闘態勢を取った。
「サンジェルマン卿! 仕掛けるのはまだ尚早です。合流予定の援軍到着までもうしばしご辛抱を…」
嗜める副官の言葉を遮り、サンジェルマンが大声を張った。
「そんな悠長な事を言っておっては日が暮れてしまうわ!! 最早、我輩の熱き血潮は何人たりとて止める事は出来んぞ!!
全軍、突撃だ!!!」
戦場に叫び声が木霊し、開戦の火蓋は切って落とされた。
*****
「お前達は散開して周囲の羅甲共を叩け。我輩は真っ向から彼奴らに挑み、ランカスターの首を取る」
部下達に出された指示は至ってシンプルな、作戦と言うのもおこがましいほどに解り易い戦法。
サンジェルマンは常に自らが先陣を切って囮になり、隊列を崩された敵陣を味方の残存兵力で切り崩す、という戦いを好む。
性質が悪いのは、彼が決して兵法をわきまえぬ愚か者などではなく、敢えてその戦い方を選んでいると言う事。
正々堂々、真っ向からの力比べ。それが最も彼の信奉する騎士道に適った戦法だからだ。
そして、それが一番『目立つ』闘い方であるが故。
この暴走気味の上官の手綱を握るべき副官も、そんな彼の性格を知り尽くしている為、最早何の異論も挟む事無く、兵達を散開させる。
但し、彼らは十二分に理解している。自らを率いる将が、卓越した操兵技術を持つのみならず、熟考された戦術そのものを破壊する理屈を超えた存在だと言う事を。
それは一種のカリスマだと言っても支障は無いだろう。
そうして得た勝利の多幸感は何時しか、騎士達に狂戦士の蛮勇を授け、一騎当千の力を沸き上がらせる。
『蒼雷騎士団』と称される、サンジェルマン卿率いるフランス軍最強の部隊の屈強さはここに由来する。
最早疾うに旧式のはずの6型の、スペックを逸脱した強さに圧倒される羅甲部隊。
士気の高まりは留まる事を知らず、兵の熱狂は伝染する病の如く。
雄叫びを上げる勇猛果敢なる騎士達。
エドウィン=ランカスターの眼は、獲物を狙う鷹の如く、冷静にこの戦況を分析し始める。
敵の強さは一時的且つ爆発的なモチベーションの高まりによるもの。
先頭に立ってその両腕を振りかざし、凄まじい勢いで味方の羅甲達を薙ぎ払うあのバケットヘッド…デュランダールを仕留めてしまいさえすれば…
敵は容易に失速し、瓦解する。
「パン、俺様の考えていることが解っているな?」
「はい。我ら八旗の力を以て…サンジェルマンを討ち果たします」
以心伝心。
参謀にして片腕に相当する忠臣パン=アルバードは、既に部下達を所定の位置へと動かしている。
敷くは『八門金鎖の陣』。
即ち、フランダルの懐刀たる八旗兵、必勝の布陣。
「ほう? これはこれは。アムステラの将兵は中々勤勉な者達と見える。
孫子兵法に曰く、八卦の陣とは。これは驚いた。我輩、感動を禁じえんぞ」
サンジェルマンが嘆息を漏らす。
「…そちらこそ。兵法を知らない猪武者というのは偽りの姿だったようですね」
パンのその言葉は単なる皮肉ではない。
こちらの布陣を一目見ただけで見破った。この男はやはり只者ではない。
…もし、あらゆる戦術を知り尽くした上で、あのような稚拙な突撃戦法を取っているのだとしたら、その意図は何だ?
何かの策がある? こちらの動きなどお見通しと言う事か?
思考を駆け巡らせるパンには、まさかサンジェルマンが、その豊富な知識の中にある戦術の全てを『卑怯だから』とか、『目立たないから』という理由で実戦で試そうともしない、等と言う真実に到達することは出来ない。
彼にとっては全ての策は机上で語られる物語の一つであり、闘争とは真っ向からのぶつかり合い、それのみを指す。
つまりは陣形を組む事の重要性も、遊戯の一つと言う程度の認識しか持ち合わせていない。
高い教養を持ちながら、サンジェルマンの知識はその人間性により、実用に至ることは無いのだ。
「無礼な。我輩は一度足りとて自分を猪だと名乗った覚えは無いぞ。偽りを口にした事すらない。
甚だ心外である。
…まあ良かろう。その布陣、正面から叩き潰させてもらう!」
デュランダールが頭上にて、両腕をクロスさせた。
そして、空高く跳躍する。
「愚かな。多対一で最も取らざるべき戦法を!」
上空を見上げる八旗たちが一斉に、飛び上がったデュランダールに集中攻撃を仕掛けようとする。
即ち、飛行機能を持たざる機体に、滞空中に受ける攻撃を避ける術は無い。
ましてや、どうやら相手は接近格闘に重きを置かれて開発された機体。
先ほどから観察している限り、デュランダールの攻撃方法は、その両腕に設置されたクローによる切り裂き攻撃。
ならば火器も用いずに、どうやって地上からの攻撃に対する迎撃を行うというのか?
だが、彼らはその考えが誤りだった事を身をもって知る事となる。
次の瞬間、先頭に立っていた八旗兵専用機『絶璃』の頭部が、突如として胴体と別れを告げた。
デュランダールは未だ遥か上空にて滞空中。
しかし、かの機体の鋭い爪は絶璃の首元にしかと食い込み、その一閃にて敵を刎頚に処した。
「腕が…伸びた?」
攻撃を受けた八旗が一人は、その一瞬の攻防を網膜へと焼き付けていた。
デュランダールの振り下ろすように繰り出された蛇腹の右腕が、遠方より飛来し、眼前に迫り来る。
そしてモニターに走るノイズ。
暗転。
メインカメラを完全に吹き飛ばされたが故に。
視界を奪われ、狼狽する八旗。
「妖爪鬼と同様の…伸腕機構か!?」
皮肉にも、かつて自身を一瞬にして屠った機体と類似した技。
無数の蛇腹関節が絶え間なく稼動し、鞭の様にしなやかに、次々と彼らを襲う。
着地後も休む事無く連続攻撃。
「怯むな! 落ち着いて間合いを取れ。彼奴の動きを見極めろ!」
パンの的確な指示を受け、八旗達はもう一度陣形を組み直す。
しかし、既に『八門金鎖』は破られた。
一箇所でも綻びがあれば、この陣の鉄壁の防御は成り立たぬ。
「良く統制の取れた、良い動きだ。
ここまで極めるには並々ならぬ鍛錬が必要だったであろう。
そして、それは隊を率いる者の優秀さがあってこそ!」
サンジェルマンの敬意の篭った言葉。
それは真っ直ぐにパンの絶璃へと投げかけられる。
「ならば見事、受け止めてみよ! 我が正義の一撃を!!」
パン目掛けて一直線に向かい来る、雷光の鞭。
「…甘い! そんなスローな攻撃、既に見切った!」
パン=アルバードの恐るべき動体視力は、デュランダールの伸腕の鞭の動きを捉えた。
片腕に持った戟を回転させ、迫り来る蛇腕を到達間際で切断する!
神技と呼ぶに相応しき反応速度。
「見事! だがそれでは防ぐに足りん!」
次の瞬間、空中で、切断されたはずの腕が元の位置に引き寄せられるように戻った。
驚嘆に目を見開くパン。
これは…単なる伸腕機構では無い!
その一瞬の迷いがパンの次なる反応を遅らせた。
そのまま勢いを殺さずに迫り来る蛇の顎。
辛うじて両腕を交差させ、攻撃を防いだのは流石と言うべき行動だったが。
ガォン!という鈍い音と共に、遥か後方へと弾き飛ばされるパンの絶璃。
その身体は後ろの巨岩に激しく叩き付けられた。
この細腕のどこに、このような威力を発揮する余地があろうと言うのか?
八旗兵たちに戦慄が走る。
だが、交戦したパンにははっきりと理解できた。
切り落とした腕が元に戻った理由…
そして自分を弾き飛ばした恐るべき力…
これは…
「…『 磁 力 』、か」
「ウィ(そうだ)、正解だ。中々鋭いではないか。
これが我輩のデュランダールを最強の剣たらしめる能力!」
関節部に埋め込まれた強力な磁石の斥力と引力によって両腕の伸縮を。
引力を用いて、切り離された蛇腹関節の修復を。
斥力を用いて、単発ながら強烈な吹き飛ばし攻撃を。
搭乗者の使い方一つで様々な戦い方を可能とする機体。
これがローラン=ド=アトレーユが初めて世に出した特機・デュランダール。
「さて、貴公ら。冥土の土産にお見せしよう。
我輩の妙技をな!!」
サンジェルマンのその言葉と共に、デュランダールの両腕が、バラバラに砕け散った。
否、砕け散ったのではない。
切り離した関節の一つ一つが、浮力を得たように空中を舞い、機体の周りを衛星の如く回り始めたのだ。
その様はさながら、磁力を帯びた弾幕の如く。
そのまま無造作に、軸たるパンを失い、崩れかけた八旗達の布陣の中心に向かって歩き出すデュランダール。
「『マグ二ートジャグラー』…とくと見るが良い!!
真の騎士たる我輩の繰り出す、裁きの雷を!!!」
一歩ずつ、こちらに近づいて来る恐るべき敵を目前に、戦意を喪失する寸前だった八旗達だったが、歴戦の勇士たる彼らはすんでの所で自らに喝を入れる。
「う、うろたえるなっ!! こんなもの、ただのハッタリだ。
あんな小さな鉄くず如き、喰らったとしても豆鉄砲に過ぎないっ!!
先ほどの一撃は、磁力を持って斥力を発生させ、一斉に多関節を前方に押し出したが故に発生した攻撃!!
今の奴は自らその両腕を封じただけに過ぎん!!」
その彼らの目算は、勇気を奮立たせるに十分な信憑性を秘めていた。
ましてや多勢に無勢。
多少の反撃を喰らったとしても、自分達の一人でも敵の懐に入り込み、月牙鑽の一撃を持ってコックピットを破壊する事が出来れば…それはこちらの勝利を意味する!
「よせっ!! それは奴の思うツボだっ!!」
パンの叫び声虚しく、陣形を崩し、一斉に飛び掛る八旗兵。
それに呼応するかのように放たれる、デュランダールの鉄くずのシャワー。
案の定、その威力は絶璃の装甲を射抜く程のものではなかった。
だが!
次の刹那、八旗達の身体を突然襲う、激しい電流の痛み。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
放たれた散弾の一つ一つが『帯電している』。
これではまるで、電流を帯びたショットガンだ。
放電は瞬間的なものではあったが、それは彼らの動きを止めるには十分な一撃だった。
手品師の行うジャグリングの如く、放たれた鉄塊達が再び集まっていき、両腕を形成する。
バランスを崩した絶璃達は、放たれるクローの餌食となってパーツを飛び散らせた。
「………『電磁誘導』。まさかそんな芸当までできるとは………」
吹き飛ばされた時の衝撃を未だ身体に残し、顔を顰めるパンがそう呟く。
デュランダールの胴体の内部には、言わば巨大なコイル構造を取っている。
その内側に発生させた強力な磁力によって電流を誘導し…
身体の一部に一時的に電流を帯びさせる事ができる。
そして真に恐るべしはこの男・サンジェルマン。
この複雑な機構を持つ機体を完全に使いこなしている。
「なんだ、強いじゃねーか。バドスの奴の情報はとんだガセネタだったな。
…しかし、正々堂々だのと言ってる割にはトリッキーな戦い方じゃないか? ええ? バケツ騎士のおっさん」
突如、通信機から聞こえてきたのはエドウィン=ランカスターの声。
「愚かな。これは技術(ワザ)だ。そして機体の特性だ。
卑怯な真似は一つも行っておらんよ、ランカスター
我輩は正面から攻撃を仕掛け、正面から貴様らを叩き潰すのみだ。
なんの齟齬があろうか? 我輩は自らの騎士道を貶めるような行為は一切しない」
「ふん、違いない。確かにこっちがアンタの情報を知ら無すぎただけの話だ。
これは大いに反省すべきだな」
エドが苦々しく吐き捨てる。
「エド様! 奴の相手はこの私が…」
「パン、下がってろ。言っただろ?
この戦いは最初から最後まで俺様のショータイムだって。
そろそろ前座には引っ込んでもらわんとな。
足止めご苦労だったな。
…サンジェルマン。アンタの手品は既にネタが割れてるぜ。恐るに足らずだ。
それに…こいつらとの戦闘に夢中で、戦況を確認するのを怠っていたようだな?
周りを見てみろよ」
「…何だと!?」
その言葉にふと周りを見渡すサンジェルマン。
そこには展開していたはずの彼の部下達の機体が、無惨な姿で横たわっていた。
当初の目的であった指揮官たるサンジェルマンを仕留める事は出来なかったが、パン達は見事に彼の足止めを果たし、彼と隊員達とを分断して指揮系統の混乱を与える事に成功したのである。
如何に勇猛果敢な蒼雷騎士団とは言えども、陵鷹の大いなる羽ばたきを阻む事は出来なかった。
「貴様っ!! よくも我輩の部下たちを…」
「お門違いだぜ、おっさん。
アンタは確かに強い。それは認めよう。
だが自分の目の前しか見えてないんじゃ、指揮官としては失格だな。
それに…そいつはこっちの台詞だ。
『よくも俺様の部下たちを可愛がってくれたな?』
その借りは返すぜ、サンジェルマン!」
陵鷹が戦闘態勢を取った。
怒りに震えるサンジェルマンが、それに応えるかのように両腕を頭上にクロスする。
「かくなる上は、我輩一人で彼奴等を討ち果たし、この汚辱を雪ぐとしよう。…くっ、お前達、我輩の不甲斐なさを許せ」
戦術上、得策とは決して言えない指揮官同士の一騎打ち。
それは散っていった部下たちの英霊を弔わんがため。
始めに動いたのはデュランダール。
その長き右腕を更に伸長し、鋭い爪で襲い掛かる。
今度は初めから雷撃を帯びた一撃で。
エネルギーの温存など考えてもいない。
それを巧みにかわし、レールキャノンの一撃を敵機の胴体部目掛けて放つ陵鷹。
完全に照準はデュランダールを捉えた。
しかし…デュランダールが俄かには信じられぬ動きを見せる。
着弾の瞬間、コックピットブロックと胸部が…切り離された!
そしてそのままレールキャノンの弾丸は、当たる事無く後方へと流れ行く。
磁力を帯びているのは両腕だけではない。全身を磁力でコーティングされた機体。
それがデュランダール。
「馬鹿な! そんな使い方もできるのか!?」
パンの驚嘆の声。
「つくづくトリッキーな奴だ。だが、その防御も既に見せてもらった!
次は必ず落としてやる!!」
エドの頭の中で敵機撃墜へと到る過程がシミュレートされる。
一撃目にて胴体を切り離す。
ニ撃目にてそれぞれのブロックを同時に打ち抜く。
この全身武器庫たる陵鷹の火力ならば十分に可能だ。
「いい腕である。ランカスター、貴公は今までに我輩が会った中でも有数の好敵手。
ならば出し惜しみはすまい。全力を持って貴公を葬り去る!」
両腕の関節が拡散し、宙を舞った。
必勝のマグ二ートジャグラーの構え。
「この散弾を、果たしてかわしきる事ができるかな?
さあ、行くぞ!!」
「エド様っ!」
サンジェルマンの攻撃宣言とパンの叫びが重なる。
マグ二ートジャグラーはその猛威を振るいながら、陵鷹へと襲い掛かる!
その無数の弾丸から逃れる為に、エドが取った行動は…
旋回して左右に避けるのではなく。
飛び上がって上方に避けるのではなく。
飛び退いて後方に避けるのではなく。
答えは……『前方』!
ブーストを全開にし、全砲門を開きながら、デュランダールの居る場所へと真っ直ぐに体当たりを敢行した。
「!! 血迷ったか? 玉砕覚悟の特攻とは!? そんな事をしても無駄だ。放たれたマグ二ートジャグラーの餌食になるだけだ!!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!!!」
エドが雄たけびを上げた。
その時、陵鷹の全ての砲門が開かれる。
ガトリングガンが。拡散ビーム砲が。レールキャノンが。
迫り来る無数の弾丸を飲み込むように放たれる!!
これは回避行動ではない!
襲い掛かるもの全てを迎撃する、規格外の攻撃&防御!
その姿はさながら、突進する狂走戦車(クレイジーチャリオッツ)。
落としきれなかったマグ二ートジャグラーの散弾が、陵鷹の装甲を切り裂き…
しかしその突進は尚も止まらない。
放たれた砲撃を、胴体を切り離して回避したサンジェルマンだったが、その恐るべき突進力を阻む事はできず。
加速した体当たりによる、コックピットブロックへの痛撃を許してしまう。
激しい衝撃と共に、吹き飛ばされるデュランダール。
全身の骨が砕かれた様な痛みが駆け抜ける。
サンジェルマンはそのまま、意識を失って頭を垂れた。
肩で息をしながら、エドウィン=ランカスターは勝利の余韻に浸る事無く通信を開く。
「……おい、馬鹿ども! 無事か? 生きてたら返事しろ!!」
「…うーん…エド様…? おお! 勝たれたのですね!! 流石は我等が主!! お見事です!!」
目に見える機体の損傷の割には、八旗たちの傷は浅いようだ。
エドは胸を撫で下ろす。
「何が見事なもんか…
くそっ、直したばっかりの陵鷹が…傷だらけじゃねーか。
こんな勝ち方、エレガントでもスマートでも無い」
そう毒づくエドの機体が、グラリと傾いた。
それをパンの絶璃が支える。
「いいえ、お見事です、エド様。この勝負、我等の勝利…」
その時、新たなる敵機襲来を知らせるアラートが響き渡る。
「フランス軍の増援か…こんな時に」
舌打ちをして、モニターを見つめるエド。
そこには見たことも無い新型機の姿が映し出されている。
到着したるは『技術開発教導団』。
フランス軍虎の子の部隊。
激闘の幕は未だ下げられぬ。
続く