超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette
Princess−
第五幕 鷹は舞い降りた
アムステラ神聖帝国。その圧倒的な科学力と兵力を持って、外銀河全域にその版図を広げし超巨大宗教国家。
彼らが地球圏への侵攻を開始した時、母星に属する誰しもが、この青き美麗な惑星がその教義の旗の下に統一されるのは遠からぬことである、と確信していた。
しかしながら、技術力で大きく劣ると思われていた地球軍の反抗は、当初の予想を大きく上回るものであった。
K.G.Fを始めとする、強力な機動兵器達の前に、敗北の憂き目を見た強豪達は決して少なくはない。
武の誉れと謳われし、伯爵公トーゴ=フランダル。彼もその一人であった。
その強大な兵力を用い行った、勝つ為には手段を選ばぬ、民間施設への攻撃すらも厭わないアムステラらしからぬ侵攻作戦の末、日本での決戦に敗れて深手を負った。
療養の為、本国に帰還した彼の、権力の失墜は免れぬ。
だが彼はその信念を曲げず、再び起き上がる事を諦めてはいない。
「パンよ。首尾はどうか? 如才ないか?」
病床の身にあって、フランダルに許された行為は定期的に地球に駐屯する部下達へ伝令通信を送ることのみ。
常に前線に立って外敵を蹂躙してきた彼は、それを心より歯痒く思う。
「はい、御屋形様。地球侵攻の計画、全て順調でございます。
フランス、スペイン軍を撃退し、北海近郊の主要拠点を我らが手に抑えました。
全てご指示通りに進んでおります」
口元を大きく覆う布で隠した銀髪の美女が、主君たるフランダルの問いかけに傅きながら答えた。
「全て順調、か。…すまぬな。お前達には苦労をかける。
このわしの不甲斐なき有様を許してくれ」
かの敗北は、この気丈な老人の気炎を削いでしまったようにも思える。
かつての彼ならば、このような弱気な台詞は決して吐かなかったはず。
パン=アルバードは自らの主のその様子を痛切に感じていた。
「『苦労』などと…勿体のうございます、御屋形様。
我ら八旗は貴方様の手足。
御屋形様の思い描いた通りに動く駒。
なれば何をご遠慮する事がありましょうか?
我らの勝利は即ち、フランダル伯爵家の勝利。
例え貴方がどちらにいらっしゃろうとも、全ては御屋形様のお手柄ではございませんか」
忠臣の言葉を聞き、自嘲気味に微笑むフランダル。
「うむ。そうだな。弱音を吐くなど、愚の骨頂。
どうやらわしも歳を取ったようだ」
「とんでもございません。ですが無理はお体に触ります。どうか御身のご自愛を。 」
未だ傷が痛むのか、フランダルは時折苦しそうに顔を歪めている。
例え全快したとしても、前線に戻ることは難しいだろう。
しかし、パンは主の気性を誰よりも理解していた。
フランダルが再び自らの脚で立ちあがる日は、そう遠くは無い。
「ときに、パンよ。
あやつはどうしておる?」
恐らくは、自らの進退を何度も自問自答したであろうフランダルは、会話の最後にこの質問を投げかける回数が増えていた。
エドウィン=ランカスター。彼の唯一人の甥。フランダル伯爵家の後継と見なされる男。
先の戦いで更なる成長を見せ、家名を継ぐことを決意した最愛の甥。
「はい、御屋形様。現在は昼夜を問わずに、自ら操兵技術の練磨、用兵の研究、身体の鍛錬に励んでおられます。
エド様は良い意味でお変わりになられました。我ら八旗兵、あのお方を御屋形様と同様に主と仰ぎ、お使えする所存でございます」
どこか得意気に、まるで自慢の弟の成長を誇るかのような口調で、パンは返答を返す。
彼の女好きと軽口は相変わらずであるが、以前のようないい加減さはなりを潜め、最近では『将』としての片鱗を見せはじめている。
部下を気遣う事を忘れず、どんな階級の兵士にも気さくに声をかける彼を慕うものも多い。
ヨーロッパの精鋭達を相手に、フランダル不在の彼らが連戦連勝できたのも、エドの成長があったからであると言っても過言ではない。
敗北を糧とし、その度に強くなる。それがエドウィン=ランカスターという男。
忠節を尽くすに相応しい相手。
それを聞いて、フランダルは満足そうに頷いてみせる。
「そうか。宜しい。今後もあやつをサポートしてやれ。エドウィンには徳ある主君の道を進んで欲しい。
担がれるだけの神輿ではなく、自らが軍を牽引する将へとなってもらいたい」
「心得ております。エド様に『王道』と『覇道』の双方を。
その為ならば、我々は自らの手を血に汚し、如何なる謗りを受けようとも、その道に立ち塞がる障害を取り除きましょう」
忠実なる僕の、純然たる決意。
それは病床のフランダルを鼓舞する効果もあったようだ。
彼は極めて嬉しそうな表情を見せる。
「うむ。頼んだぞ、パン。そして更に精進せよ。…飽くまでも『エレガント』に、な」
通信が切れる。
定期報告を終えたパンは、軽く伸びをし、壁にかかった時計を見つめる。
時刻は11:20分。
そろそろ朝からトレーニングルームに入り浸っているエドが腹を空かせ始めた頃だろうか?
そう思い立ったパンは、昼飯に彼の好きなものを作って届けてやろう、と考えた。
鼻歌交じりで、まるで新妻のように手料理を始める。
バケット一杯に詰めた弁当を抱え、トレーニングルームのドアを開く。
「エド様、そろそろご休憩なされてはどうでしょう。余り根を詰めすぎるのも体に毒…」
目に入ったのは覆面をかぶったまま、物凄いスピードで腹筋をしている彼女の部下達の姿であった。
彼女の敬愛する主君の姿は、どこにも見えない。
何故こいつらは基地の中でまでこんな暑苦しい姿を…?
いや、それよりも。エド様は一体何処に?
混乱するパンに気付いた八旗兵の一人が、汗の匂いを体から発散させながら近づいてくる。
「おや? これはこれはパン様。美味しそうな匂いですね。…もしかして、頑張ってる我々に差し入れですかな? いやあ、これはありがたい」
バケットに伸ばした部下の手を払いのけ、ドスの効いた声で問いかける。
「…おい。エド様は何処にいらっしゃる? 早朝からこちらで鍛錬中とお聞きしていたのだが?」
「あー、エド様なら、先ほど、『あー、もー、疲れた。何でこんな良い天気の日に、密閉した空間で汗臭い男どもと一緒に過ごさねばならんのだ。もうやめた。ちょっと息抜きしてくる!』と叫んで窓から外に…
多分、いつもの場所でナンパでもされてるんじゃないですかね?」
「お、おい! パン様には内緒だぞ、って口止めされてただろ?」
「あ! やべっ。…ひ、ひぃっ、パン様、どうか気をお静めくださ…」
八つ当たりではあったのだが。
パンの怒りの矛先はこの哀れな部下へと向けられた。
グリグリと部下の頭を踏みつけながら、先ほどのフランダルへの報告に虚偽があった事を認めざるを得ない、と反省する。
基地に連れ戻し、いつもの倍のメニューを課さねばならない、と心に誓いながら。
*****
パリ南西部。
ショッピングモールをはしゃぎながら歩くリリィを見つめ、ベロニカは疲れから来るため息をついた。
もう何軒目であろうか。彼女に連れまわされて店を回るのは。
今、まさに模擬戦での『賭け』に負けた際の約束を果たしている最中なのである。
「あ、お姉様! あれ可愛い! 見ていきましょ?」
「おい、リリィ…もうそろそろ戻らないか?」
「えー? 折角休暇取れたんですし。もっと遊びましょーよー」
そう言って腕を組んでくるリリィに苦笑する。
だが不思議とまんざら嫌な気分はしない。
それは今まで、ベロニカが同世代の娘と一緒に気軽に買い物に行くような経験が無かったからでもあり。
はしゃぐリリィの顔を見ていると、なんだかこちらまで気分が高揚してくる気がするからだ。
リリィ=マノン=シーニュの笑顔は周囲の雰囲気を和らげる、そんな魅力を持った娘だ。
「お姉様! これ、どうですか?」
「ああ、良く似合ってるぞ。…だが、もう少し露出は少なめの方が良いかも」
そんなやり取りも嫌な気分はしない。
戦いの事のみに没頭し、如何にして相手を倒すかを考えながら生きてきた。
そんな日々がまるで遠い昔のことのように思えた。
買い込んだ服やアクセサリーを抱えて、路地を歩く。
そんな平和な休日がある事を、これまで思い描いた事も無かった。
「おーい。そこのマドモアゼル達。ちょっといいかい?」
ふと後から声をかけられて立ち止まる。
振り向いた先には、金髪で片目を隠した偉丈夫が立っていた。中々の美男子と言っても差し支えは無いだろう。
「む。御仁。何か用かな?」
不審そうな目でベロニカが応対する。
男は極上の笑顔で長い前髪をかきあげる。
「後姿を見て、俺様のセンサーにビビッ! と反応したのだよ。君達が類稀なる美女である、とね。
ほっほう。なるほど。これは上玉だ。やはりこのスカウターには僅かの狂いもない!
二人とも、俺様の女にならないか?」
ナンパ…と言うには余りにもストレートで遠慮の無い口説き文句。
「おお。そっちの彼女、凄い武器を持ってるな。3サイズは上から(以下略 と言った所か。
それにそっちの彼女も! 実に可憐だ。その花弁を俺様の手で摘み取ってしまいたい」
続けざまに放たれる、もはや口説き文句ですらないセクシャルハラスメント。
二人は顔を見合わせて、ひそひそと内緒話をする。
「むう、これはアレか?」
「アレですね、はい。アレと同類です」
二人の脳裏に浮かんだ、『アレ』が、潜んだ暗闇から両目を光らせながら、こちらにサムズアップをしてみせる。
「リリィちゅあ〜ん」という幻聴まで聞こえて極めて不快だった。
ポージングを取りながら、放送コードスレスレの言葉を連発するナンパ男を尻目に、二人は作戦会議を続ける。
「こういう場合、迷惑だ! とビシッと厳しく言ってやったほうが良いのかな?」
「はい! そうですよ。『アレ』の時も最初やさしく接してたら、あんな風になっちゃったんですから。
男の人って、自分の良い様に解釈しちゃいますからね。もう、勘違いしないように、心を鬼にして罵ってあげちゃいましょう!」
「おお。流石、現役で勘違い男を撃退し続けているだけあるな。頼もしいぞ、リリィ」
「よしっ、『アレ』を一瞬だけでも固まらせた台詞で行ってみます!」
とリリィが気合を入れる。ナンパ男が彼女の肩に触れてくると同時に放たれるリリィの痛恨の一撃。
「触らないで下さいよ。貴方、洗ってない犬と同じ匂いがするんですから!」
「ぶべらっ!」
ムンクの叫びの様なポーズで地に膝をつくナンパ男。
ダメージはかなりのものと思われた。
「えへへ、上手く罵れましたよ、お姉様♪」
「あ、いや、えっと、言い過ぎ…じゃないだろうか?」
「いいえ! 『アレ』はこの程度じゃすぐに復活してきましたよ。さあ、お姉様、とどめの一言を!」
「う、うん。やってみる…」
ベロニカは必死で辛辣な罵倒を考える。
頭を抱えながら、ブツブツと何やら呟いていたナンパ男が、復活の兆しを見せた。
「くぅ…こいつぁ効いたぜ。地球に来てから一番きつい一撃だったかもしれん。
だが! 俺様はこの程度ではダウンしないぜ。男爵家の名にかけて! ネバーギブアップだ!
マドモアゼル、俺の女に…」
「黙れ。気色悪いんだよ、この塩ブタが」
「まそっぷ!」
錐揉み回転をしながら後方に吹っ飛ぶ男。
もはやその顔には先ほどまでの余裕は全く感じられない。
「…や、やはり言い過ぎたか。むう。心が痛む」
「いいえ、この位やらないと奴らは懲りませんよ。お姉様、今の内に逃げましょ」
百戦錬磨のストーカーを相手取る彼女の前に敵はいない。
ナンパ男は、浮かんでくる涙を堪えながら、必死で自我の崩壊に耐えていた。
「もうダメだ。俺はブタだ。くそ、ちょっと泣きそうだ。いや、露骨に泣きそうだ。
…しかし! ここで退くのはエレガントじゃねえ!
死んだ親父も叔父貴も、今の俺の姿を見たらきっと落胆するだろう。
よし、逆に考えるんだエドウィン。『罵られるのも一つのプレイとしてはアリ』だと。
ふふふ。そう考えるとちょっと気持ち良くなってきたぞ。
よおし、マドモアゼル! むしろもっと俺を罵ってくれーーーー
って、もう居ねぇーーーーー!」
「エド様」
天下の往来で騒ぎ続けるナンパ男…エドウィン=ランカスター男爵公。
その姿を見かねたように、パン=アルバードが声をかけた。
奇妙なポーズのまま、固まったエドが首だけをそちらに動かす。
「………パン。いつから見てた?」
「………『俺はブタだ』くらいからでしょうか」
気まずい沈黙。
エドは、ふっ、と鼻で笑いながら、華麗に長い前髪を左手でかきあげ、威風堂々たる口調で言葉を発する。
「何の用か。我が忠臣、パン=アルバードよ」
「………何の用か、じゃありませんよ。トレーニングを抜け出して、何をしているかと思えば…」
主のごまかしきれない痴態を目にして、パンは深いため息をつく。
探しに出てこなければ良かった、と心の底から思いながら。
「ふっ。人間誰しも息抜きは必要だ。そうは思わんか?」
「ええ、思います。思いますとも。たっぷり息抜きは出来ましたか?
じゃあ帰りますよ。帰ったらスクワット500回、腕立て1000回、腹筋1000回 etc…
全部終わるまで夕飯は抜きですからね」
涙が目に染みる。
エドは肩を落とし、母親に連れられていく子供の用に、とぼとぼとパンの後について帰路を歩み始めた。
*****
駐屯基地へと戻った彼らを待ち受けていたのは、敵軍襲来を伝えるアラームの音。
「何事か? 状況を説明せよ」
「地球軍の奇襲です! 敵軍コードはフランス陸軍。6型、7型を中心とした混成機兵部隊です」
「ふん、制圧されたこの基地を奪い返しに来た、か。映像、出せるか?」
エドはモニターに映し出された敵軍の画像の中に、一機奇妙なシルエットの機体が混ざっているのを確認する。
「おい、あいつ… あの青いバケットヘッド(バケツ頭)は、この前の時はいなかったな?」
「データ照合完了。コードネーム『デュランダール』。フランス陸軍中佐シャルル=ド=サンジェルマンの機体と思われます」
「ほう? 聞いた名だな。叔父貴への手土産には丁度良い首かな?」
エドの発言を、パンが諌める。
「エド様、ご油断なされぬ様。相手は一国のエースです」
「心配するな。油断などしていないさ。ただ戦術を解さない猪突猛進の将だと聞くぞ。
それに噂では、影狼隊の隊長に一撃でのされたとか何とか」
「それを油断、と言うのです。ご自重ください」
エドはパンの戒めを、五月蝿そうに聞き流しながら、パイロットスーツに身を通す。
「まあ、何にせよ、罰ゲームみたいなハードなトレーニングをせずにすんだ、って事だ。
あのバケットヘッドには感謝しなければな。
丁重にお出迎えするとしよう。パン、『陵鷹』は出せるか?」
「はい、既に万全の状態に仕上がっております」
「ご苦労。ならば出るとしよう。
パン、八旗を率いてついて来い。
俺様のショータイムの始まりだ」
「御意」
傅くパンには理解できている。
エドのその自信が、決して慢心などでは無いと言う事を。
今の彼が戦況を冷静に判断し、的確な指示を下すことの出来る名将へと進化を遂げていることを。
八つの絶望を引き連れて、戦場に鷹は舞い降りた。
続く