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超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette Princess− 

第四幕  輪舞




 仮想空間内で繰り広げられし模擬戦闘は尚も続く。

休む間も無く出現した、砲戦仕様、空戦仕様、重装型の羅甲を、ベロニカの駆るコッペリオンは危なげも無く撃墜して見せた。


「ふむ。羅甲シリーズは物の数ではない、と言う事か。予想通りのスペックだぞ、コッペリオン。

だが、操縦者の経験が豊富すぎるな。恐らくはこのランクの敵ならば、見た瞬間に条件反射で対抗策が浮ぶほどには対戦慣れしている筈」

 口に手を当てて、そう分析してみせるローラン。

目指すべきは究極の汎用高性能機兵。熟練者以外の者が乗っても一定以上の戦果を上げなくては意味が無い。


「ならば、これはどうか?」

ローランはそう呟きながら、敵機出現パターンの高難易度ランクのボタンを押す。


ベロニカの眼前に出現したのは、超大型サイズの多足型機動兵器。

見上げなければ全体像が掴めぬ程の大きさ。その姿は圧巻である。


「ベロニカ君。この敵と戦闘した経験は?」


「…いいえ、ございません。

しかし、戦場にて目撃情報を耳にした事はあります。

通称『鉄騎蜘蛛』。

アムステラ軍の拠点防衛や基地制圧に用いられる決戦兵器」


「ふむ。半分正解だ。

目の前のそいつは君の言っている機体の下位機種さ。

脚が六本になっているだろう? しかもそのサイズでもアーキタイプよりも一回り小さいらしい。

…本音を言えば、八本脚の方が欲しかったのだがね。

サンプルが少なすぎて正確なシミュレートは不可能だった。

だが、そのタイプは先日鹵獲に成功し、解析してデータ化したばかり。

まだほとんどの兵が未遭遇だろう。

この機体を、完膚なきまでに破壊して見たまえ、ベロニカ君」


ベロニカは、聳え立つ巨大な鉄蟲を前に闘争心を奮い立たせた。

この程度の敵相手に遅れを取るようでは…あの黒き悪魔が棲む次元には到達し得ない、と。


「やって見せましょう。薙ぎ払うのが、AIが操る雑魚ばかりでは腕が鈍る」

 
 と、一言言い放つと同時に、敵機へ電光石火の勢いで接近する。

鉄騎蜘蛛の放つ砲撃を巧みにかわしつつ、収束ソードを抜き放つ。

その巨体が仇となり、相手はコッペリオンの機動性に対応できていない様に見えた。

一閃。

横薙ぎに放ったベロニカの一撃が、鉄騎蜘蛛の多脚の一本を切断した。

回転しながら宙を舞う脚が地面に到達する前に、コッペリオンがバランスを崩した敵機の腹の下に潜り込む。

その直後に、突き上げる様に放たれた『ピンポイントバリアパンチ』が、轟音と共にこの鉄の鬼蜘蛛の体を大きく揺さぶった。


 その一連の攻防を確認しながら、ローランは満足気に頷き、隊員達に声をかけた。

「ふむ。勝負が決するのは時間の問題、だな。

諸君、これよりAI相手の模擬戦闘から、『対人操兵器戦闘』のシミュレートに切り替える。

各々、準備は良いかね?」

 
 号令と共に、教導団の隊員達がそれぞれ個別の筐体に入っていく。

シミュレーター内に投影される機体は、彼らが普段使っている機動兵器の細かく微小な違いまでも、忠実に再現したものばかり。

極めて現実に近いバーチャル空間にて、限りなく実戦に近い訓練を、機体の損傷無く行うことが出来る。

それが教導団の強みでもあった。


 隊員達は何れも元はフランス陸軍内で優秀な成績を収めたパイロット達を、ローランが多額の給与を条件として引き抜いた者達。

故に、何れも自分の腕に自信を持っており、縄張り争いの意識も強い。


 ローランはそんな彼らの矜持を知りつつ、予めこう宣言していた。

『この模擬戦で最も優秀なデータを提供してくれた者に、専用にチューンした特機を与える。と』


ベロニカ=サンギーヌが噂に違わぬ腕を持ち、親の七光りで佐官になった訳ではない、という事がこれまでの攻防で解った。

しかし、配属されて突然、新型機のパイロット候補に選ばれるというのは許容できない。

そんな思いから、彼らは皆、彼女を叩きのめし専用機を受領する、或いは自らをコッペリオンの正パイロットとして再選してもらおう、と息巻いていた。


 中でも取り分け、ベロニカを倒す事に執拗な情熱を燃やす者が居る。

私怨が十二分に篭った情熱。

皆の目を盗み、いつの間にか、DTS対応スーツに身を包んでいたドゥール=ゲバールである。


「大佐ぁ! やっと俺様の出番ですねぇ? よっしゃ、あの牛チチ女…妖怪人間ベロ公め! 俺様のテクでヒィヒィ泣かせてやるぜっ!」

 ローランは彼の身に密着したスーツの、その不快なボディライン、取り分け大きく隆起した股間を極力目に入れない様にしながら呟く。

「ううむ。そのスーツ、むさ苦しい男が着るのは非常に目の毒だな。

それはさておき、ゲバール君。まさかコッペリオンでシミュレートを行うつもりか? 

君には7型で出てもらう、と伝えたはずだが?」


「納得行きませんよ! コッペリオンは俺様が頂くはずだったんだ。ダイレクトトレースの訓練だって何度も受けてる。

何であんな、いきなり来た新参者に持ってかれなきゃいけないんですか!?」


 鼻息荒く抗議するゲバールに、ローランはやれやれ、とため息をついてみせる。

「まあ、君の言うことにも一理有る。その気持ちは解らんでもない。

そう思って、わざわざ彼女の対AI戦を観戦して貰い、新型機には彼女が適任、と納得してもらおうと思ったのだがね。

代わりに僕がチューンした専用機では満足出来んかね?」


「駄目です! データを取る為にだけ作られた、極端なコンセプトのキワモノ機体はもうこりごりなんですよ!

俺様、何度それで死にそうな目にあったと思ってるんです!

コッペリオンがいいの! 正統派主人公機っぽいのがいいの! かませ犬はもう嫌なの〜!」

 幼児のように駄々をこねるゲバール。

当然ながら、可愛気は微塵も無い。


 ローランはその言葉が心外である、という素振りで眼鏡を中指で持ち上げて見せた。


「失敬な。死にそうになるのは君の腕が未熟だからだよ。

僕の想定した使い方に100%合致してればまず負けないはず。

まあ、君のその、どんな撃墜のされ方をしても『絶対死なない』タフネスぶりを僕は買ってるんだがね。

これほどテストパイロットに相応しい人間もいない、とすら思っている。

……まあ、そこまで言うんなら試してみるといいさ。言い争ってる時間も惜しい」


「うわーい! やったぞー! うぇへへへ、リリィちゃ〜ん。俺のかっこいいとこ見ててね〜 惚れ直させてあげるからね〜」

 そのローランの出撃承認を受け、ゲバールは挙動不審な動きで喜びを表現しながら、専用の筐体に入っていった。


  ゲバールの姿が完全に見えなくなった瞬間、彼の破廉恥な視線から逃れるように隠れていたリリィが、元気良く挙手をしながらローランに声をかける。

「はい! はーい! 大佐! 大佐! 私もやりたいです〜」

 模擬戦開始の号令をかけようとするたびに入る合いの手に辟易しながら、ローランはズレた眼鏡の位置を直した。


「リリィ君。『はい』は一回だ。君は今日は見学の筈だろう?」 

「えー? それじゃ、つまんないです。お姉様に私のかっこいいとこ見せられないじゃないですか〜」


 それは先ほどのゲバールの発言と類似した発想であるが、彼女はその事実に気付いていない。


「必要ないだろう。君のデータはそれこそ隅々まで熟知している。

ならば、戦闘を行っている時間が惜しい。

これはコッペリオンの『もう一人の操者を決めるための』模擬戦なんだぞ?」


 リリィは笑顔のまま、その質問に答える。

「じゃあ、こうしましょ?

私を出してくれたら、新しいダンスをコッペちゃんに教えてあげます♪

大佐、まさか私が踊れる種目が、アレで全部だと思ってませんよね?」


「………ほう?」


 ローランの双眸が怪しい輝きを見せた。

この娘もまた、ベロニカと同じくこちらの予想を上回るスペックを見せてくれる。

ならば、無駄と決め付けていたこの二人の対戦は新たなる高みをコッペリオンに与えてくれるのでは無いか?


 ローランは、DTSスーツをリリィに向かって放り投げる。


「宜しい、リリィ君。そこまで言うのなら、やってみたまえ。

時間が勿体無いからとっとと着替えて来なさい」


 リリィは目を輝かせてそのスーツを受け取る。

「やったー♪ 大佐のそーゆーとこ大好きですよ♪」


「む? こら。この場で着替えるな。更衣室に行きたまえ。その位の時間は待ってやる」



 意外にも息の合う、マイペース者同士の会話が終息した頃には、既に隊員達の戦闘準備は完了していた。


「宜しいか? 諸君。これより対人操兵器模擬戦闘を開始する」

 満を持しての号令の声。

呼応して動き出す隊員達。

激闘の賽は今、投げられた。



*****



 次々に襲来する機動兵器の群れ。

教導団の隊員達の猛攻を受けながら、ベロニカは戦慄を覚えると共に血潮が熱くなるのを感じていた。

人工知能相手では決して味わえぬ、戦場の駆け引き。

これこそがまさに、自分がつい最近まで身を置いていた鉄火場のリアル。


 その基本スペック以上の性能を引き出して見せる6型や7型の機動兵器達。

或いはその全てがカスタマイズされ、パイロットに適合した実力を引き出されているのかも知れない。


 対AI戦からの連闘となる彼女のコッペリオンの損傷は、シミュレーター上で一旦リセットされ無傷の状態に戻ったものの、搭乗者の疲労は蓄積する。

5体目の敵機の頭部を吹き飛ばした直後、ベロニカは肩で息をしながら前方の森林部の安全地帯へと機体を飛ばした。 

呼吸を整え、再戦に備える為である。

シミュレーター上のグラフィックとは言え、本物同然の質感を持った木々達である。

機体一機分の身を隠すには十分な大きさだと言えた。


 木陰に身を委ね、深呼吸をする。

さあ、倒すべき相手はあと何体か? と彼女がその歩を進めようとした時…

ベロニカの背筋に走る悪寒。まるで氷の塊を背中に入れられたかのような寒気。


 慌てて振り向いた彼女の目に映ったのは…

深い闇の如き漆黒のカラーリングが施された『コッペリオン』。

彼女の乗機と全く同じタイプの機体。

森林の薄暗い暗がりの中に佇み、そのカメラアイを不気味に光らせる姿は、さながら幽鬼の様に不気味であった。


「貴様っ! …いつの間にそこに… この私がここまで接近されるまで全く気配すら感じないとは…」

 ステルス機能搭載型か? かの『ファントム』の如き隠密性を備えた新機軸の…それもかなりの使い手…

と、未知なる敵への思案を巡らせ始めたベロニカの耳に飛び込んできたのは…酷く不快な、品の無いな高笑い。



「うぇっへっへっへ。カンの良いヤツだな、オイ。

そうです。俺様です。みんなのゲバール様です。

惜しい惜しい。あと少し遅けりゃ、俺様の正義のピンポイントバリアパンチが、お前のどてっ腹をぶち抜いてたのによぉ」


「貴様かっ! この変態ストーカー男!」


 一気に力が抜ける。

冷静に考えれば、いくらリアルでも所詮シミュレーターはシミュレーター。

気配だの闘気だの覇気だの、曖昧な感覚まで再現される筈はない。

ベロニカは先ほどの自分の杞憂を恥じ、赤面しながら咳払いをした。


「ストーカーちゃうわー! 俺のは純愛だ。ファンタジーなんだ!

それもリリィちゃんにだけ向けられる究極のディープラヴ。

お前みたいな賞味期限の切れたおっぱい女に、誰がストーキングなんぞするものかぁ!

この妖怪人間! ベロ公! やーいやーい!」


幼稚な罵詈雑言を飛ばすゲバールに、心底呆れたようにベロニカは深い溜息を吐いた。


「お前はここに口喧嘩をしに来たのか?

だとしたら用は無い。早々に帰って寝ろ。

そして出来ればもう二度と起きてくるな」


「ぬ、ぬぁにぃ!? クソッ、どこまでもムカつく女だぜ。

良いだろう。この『不死身の魔蟹』『褐色の矮星』『超最終兵器』『ナイトストーカー』と数々の通り名を自称する、ドゥール=ゲバール様の実力を見せてやるゥ!」


激昂したゲバールが、挙動不審な動きを見せながら、両腕をグルグルと旋回させて襲い来る。

一見、子供の喧嘩の様な攻撃であるが、その速度はすこぶる速い。


「ほう? 何だ、意外にやるじゃないか。

単なる虚言だらけの自称エース、という訳でも無さそうだ」


 その怒涛の攻撃を危なげ無くかわしつつ、ベロニカはゲバールを賞賛してみせる。

おまけに、モーションが特殊すぎる為、次の攻撃の先読みが出来ない。

搭乗者の挙動を忠実に再現してみせるDTSには、このような使い方もあるのか、と素直に感心する。


「おらおらぁ! どうした? 防戦一方かよ? ええ? 『鮮血のベロニカ』さんよぉ。

…ああ、思い出したぜ、その名前。どっかで聞いた事あると思ったら、アンタあれだろ?

たったの一機の敵さんに基地壊滅されて、泣きながら逃げ帰って来た、っていう…

うへへへへ。情けねーの。『出戻りのベロニカ』とでも改名しやがれっての。

あーあー、お偉いさんの家系ってのは得だねぇ。親父の七光りで簡単に少佐にまでなれちまうんだもんなあ」


 その言葉を聞いたベロニカの動きがピタリ、と止まる。


「お? なんだ? あれあれ? 図星つかれて怒っちゃった? ひゃはははっ、人間ちぃーさぁーい。器ちぃーさぁーい」


 調子に乗ったゲバールの舌は留まる事を知らない。

だがこの時、彼は既にベロニカの怒りの琴線に触れてしまった事に全く気付いては居ない。

否、それは『逆鱗』と言い換えるべきか。


「…ふっ。貴様の言うとおりだよ、ゲバール。

私は負け犬。どう言い訳しようとも、生き恥を晒す無様な敗残兵。

それは紛れもない真実だ」


「んん? どうした急に? 随分しおらしいじゃねーの。降参する気になった、って事か? あぁん?

よーし、解った。それじゃ、心の広い俺様はお前の罪を許してやらんことも無い。

筐体から出て、全裸で土下座しながら『許して下さい、ゲバール様。ご主人様』と、今すぐに…謝って…ア…レ?」


 ゲバールは漸く気付いた。自らの根源から湧き上がる恐怖に。俄かに震えだす己の身体に。

これはシミュレーター。如何にリアル過ぎるほどに現実に近い物だと言っても。

そう、本来は決して感じる筈はないのだ。

彼女の機体から立ち上る、形容しがたい程に凄まじい怒気など。


「だが、お前は一つ、どうしても許せない事を口にした。

私を『七光り』と言ったな?

実力も無いのに、父親の力のみでのし上がった女、と。そう言ったな?」


「や、その… やだなあ、真に受けちゃった? 軽いジョークっすよ、ジョーク。

そんな事微塵も思ってませんって。ベロこ…いや、ベロニカ姐さん」


 己の身の危険を感じ、慌てて訂正するゲバールだったが、既にベロニカの耳には届いては居ない。


「それは私のみならず、大恩ある父・セドリック=サンギーヌをも侮辱する行為、と受け取ったぞ。

私を取り立てたお父様の目が節穴だった、とそう言い張るのだな?

許せんな。ああ、これは許せん。

……その身で知るが良い! 貴様が七光りと罵った、この私の実力を!」


 本当に許せぬのは自分自身。

父親の期待を裏切った、ベロニカ自身。

その記憶は、開けてはならぬパンドラの箱。



 ゲバールは失禁しそうな表情で「ひぃぃぃぃ!」と甲高い叫び声を上げ、その場から逃げ出そうとする。

だが、時は既に遅し。


 ベロニカのコッペリオンが両腕にフィールドを纏ったまま、凄まじい連打を敢行する。

殴られる度にひしゃげて、パーツを四散させていく、ゲバールのコッペリオン。

そのまま繰り出される、右のアッパーカット。

宙に浮いたゲバール機を、左腕に収束したエネルギーソードが一刀両断した。


「私は必ず這い上がる。このコッペリオンと共に」

 舞い散る残骸の中で、戦姫は再び、確固たる決意をその両目に宿した。


*****


「まあ、こんなものかな? ゲバール君、もう少し粘ってくれるかと思ったのだがねぇ」

モニターで二人の対決を見ながら、ローランは満足そうに呟き、コーヒーに口をつけた。


「感情によって戦闘能力が大きく上下するパイロット、というのは、僕としてはあんまり好ましくないのだが。

良いデータも取れたし、良しとするか。

今の彼女の連続攻撃、何というコードで登録しようかな?」


「はーい! 大佐、『くるみ割り人形』っていうのどうですか?

私の一番好きな曲目なんですけど」


 唐突に入ったリリィの通信に、ふむ、と頷いて返答する。


「まあ、良いんじゃないか? というか、洒落た名前を考える時間など割きたくもないし。

それで登録しておこう」


「相変わらず温度低いですね〜、大佐。

もうちょっと熱くなって下さい。

次は私の主演目ですからね♪」


「ああ、年甲斐も無く心臓が高鳴ってるよ。どんな珍しいデータが取れることか、とね。

さあ、真打(プリマ)のリリィ君。存分に踊ってきたまえ」



 リリィの純白のコッペリオンが、ブースターを加速させる。

その姿はさながら、大きく翼を広げた白鳥の如く。


 彼女がベロニカの元に到達した頃には、既に先に出撃した他の隊員達はその戦闘能力と意欲を失っていた。

つまりこれが事実上の最終戦、となる。


「お姉様♪ お疲れですか? まだお元気なら、私と遊んでくださいな♪」


「…リリィか。成る程。その機体のもう一人の正式パイロットというのはお前だったのだな?

問題無い。この程度、疲れたうちにも入らんよ」


 強がって見せるベロニカだったが、その疲労は着実に顔色に表れている。


「ベロニカ君。もしこれ以上戦えない、と言うならこの勝負、ひとまず預けて明日にしてもいいよ?

そんな状態では実力を出し切れないだろう?」


 ローランの問い掛けにベロニカは大きく首を振ってみせる。


「心配はご無用です、大佐。搭乗者の極限状態での戦闘スペック、というデータも一考に価するものでは?」


「うーん、そうだねぇ。僕としてはもう十分にデータは取れてるし、言わばこれは番外戦みたいなものだから。

どちらでも良いんだよ、実は。

でも、君の言う状態でのデータもちょっと興味あるし。

解った、じゃあ戦闘を続けたまえ」


疲労困憊のまま頷くベロニカだったが、一呼吸置いてローランが放った一言が彼女の心を奮い立たせる。


「ベストの状態でも、たぶん、現時点では君は彼女には勝てないだろうし」


 …なんだと?

馬鹿な。私がこんな、年端も行かぬ少女に、遅れをとる、と言うのか?


 疾風の如く。

ベロニカのコッペリオンがリリィの機体に先制攻撃をかける。

だが、その攻撃を、リリィはひらり、と風に舞う一片の羽の如くかわしてみせた。


「っ!?」

 驚愕。

これが機兵の為せる動きなのか?


軽やかに着地したリリィが、間延びした声で通信を開いてくる。


「ああ、お姉様。気を悪くしないでね?

大佐が言ってるのは、別に私の方が強い、とか、そういう事じゃないですから。

ただ、ちょっとだけ、私の方がコッペリオンを上手く使える、ってだけです。

このコ、私の妹みたいなものなんですから♪ えへへ」


 人機一体。

先ほどのリリィの動きはそんな言葉が相応しい程に現実離れしていた。

『妹』。

その言葉に大きな齟齬は無い。

何故ならば、コッペリオンは、その開発の段階より、稀有なる才能を持つバレエダンサーであったリリィ=マノン=シーニュのモーションデータを取り込み、

限りなく人に近い重装機動兵器として日の目を見たのだから。

さながら姉の背中を見て育った妹の如く。


なれば、同型機を操る二人の対決の、どちらに一日の長があるのかは明白である。


「…大佐。彼女の戦歴は?」


「無いよ。実戦に出たことは一度も無い。シミュレーション戦での戦闘経験のみだ。

半年前まで市井の娘だった訳だしね」


 ローランのその言葉を聞き、ベロニカは奥歯を噛み締める。


「リリィ、戦場は遊び場では無いぞ。そして舞台の上でもない。

戦闘を甘く見るな」


「あーもー、怒っちゃ嫌ですって。

大佐が変に挑発するからですよ、もー。

甘く見てませんよ。戦うのはとっても怖いですもん。

でも、今、この仮想現実の世界の中では誰も死なない。

誰にも遠慮せず踊ることが出来る。

だから、私にとってはここはステージの一部なんです」


 リリィの独自の理論。

それはベロニカには受け入れがたいものであった。

物心ついた頃より、父親に戦場の心得を叩き込まれてきた彼女にとっては。


「解った。お前に戦場と言う物を教えてやる。

ここがお前のステージだというならば、私を負かしてその証を立てて見せろ。

そんな結果は永遠に訪れんがな」


 冷ややかに。

極めて冷ややかに、ベロニカは宣言する。

その瞳に怒りは無く、憤りもない。

そこには厳格なる師の様な表情があるだけだ。


「良いですよ〜 私も負けません!

じゃあ、お姉様、私が勝ったら、私の言う事、何でも聞いてくださいね♪」


「かまわん。好きにするがいい」


「はい♪ じゃあ行きますよ〜」


 リリィ機が高く、高く跳躍をする。

身構えたベロニカの機体を襲う、激しい連続蹴りの衝撃。

その動きは華麗にして美麗。

リズムに乗ったダンスの如く。

これは最早、戦闘とは言えない。

舞踏の一種だ。


「えい、やー!」

 気の抜けた声で繰り出されたピンポイントバリアパンチを、ベロニカは紙一重で避ける。

そして間髪いれずにカウンターの一撃をリリィ機に放った。


 初めてヒットするこちらの攻撃。

しかし、手ごたえは感じない。

リリィが攻撃に合わせて自ら後ろに飛んだ為である。


「わわっ、さすがお姉様。一筋縄では行かないですね」

 そんな感想を漏らすリリィを尻目に、ベロニカはローランに向かって怒号を放つ。


「大佐! 機体のレスポンスが遅い! DTSの調子は万全なんですか!?」


「違う、ベロニカ君。レスポンスが遅いんじゃない。君の動きがDTSの限界反応を超え始めているんだ。

その誤差を自分で理解して、機体の方の動きに合わせたまえ。

君とリリィ君の最大の違いを教えてあげよう。

ベロニカ君、君はコッペリオンを兵器として捉えている。

しかし、リリィ君はその機体を体の一部、或いは家族として捉えている」


「ご高説、痛み入る」

謎かけのような曖昧な言葉にベロニカは苛立ちを隠せない。

だが、機体との反応の『ズレ』は理解した。


 次第にベロニカの動きはコッペリオンと一体化し始める。

機体の腕は自分の腕。機体の脚は自分の脚。

エンジン音は自らの鼓動。


 人機一体。

これがその境地。



「すごい…お姉様、ホントにすごい。

もうそんなに動けるの?

ぞくぞくしてきた。貴女となら、私…」


 リリィ機の右腕に、エネルギーフィールドが収束し始める。

シールドを形成するのではなく、ソードを作り上げるのではない、もう一つの攻撃法。


「…収束エネルギー砲。『溜め撃ち』、か。

甘いぞリリィ!

そんな時間など与えるか!」

 
 そう言い放ち、明らかな隙を見せたリリィ機にピンポイントバリアパンチを放つベロニカ。

だがそれに合わせて、エネルギーを溜める姿勢のまま高く跳躍するリリィ。

ベロニカ機の拳が空を切った。


「なん…だと!?」

 有り得ない。

そう頭に思い浮かべたベロニカは、自分が機体を体の一部である、と捉える事が出来ていなかったことを悟る。


 滞空しながら、リリィ機の『光の腕』は次第に輝きを増し。

落下と同時に放たれたワイヤーナックルが、ベロニカ機を捉えた。


「はい♪ これが新しいダンスです♪ コード『白鳥の湖』♪」


 動きを止めたベロニカのコッペリオンを襲う、連続蹴り。

そして左のピンポイントバリアパンチで大きく後ろに弾かれたと同時に、放出される右腕の収束エネルギー砲。

逃げ場は、無い。


「決まったな」

 ローランの呟きと共に、モニターにはベロニカ機の、右肩から下と胸部を大きく抉られた無惨な様子が映し出される。

あの砲撃がクリーンヒットすれば、耐え得る事は不可能だ。


 誰しもが、リリィの勝利を確信した。

だが、その瞬間。

ベロニカのコッペリオンのカメラアイが一際大きく輝いた。


 その機体表面に、オーバーヒートの電流を迸らせつつも、ベロニカのコッペリオンはまだその命脈を絶たれては居ない。

彼女の不屈の闘争心と同じく。


 刹那。

最後の力を振り絞って放たれた、ベロニカ機のピンポイントバリアパンチがリリィ機のコックピットを打ち抜く。

勝利を目前にし、完全に弛緩していたリリィの顔が恐怖に歪む。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

悲鳴と共に、彼女は『死』を体験した。

余りにリアルな仮想現実の中での、明確な死。


それと同時に、ベロニカ機の動きも完全に止まる。

その場に残された、壊れた人形が二つ。


 筐体の中が暗転し、ベロニカは疲れ切った顔で扉を開ける。

勝利と呼ぶには余りにも、無様な勝利。


「この結果はまさに予想外だったよ、ベロニカ君。

失礼だが、まさか君が勝利するとは夢にも思わなかった」


「いいえ、ローラン大佐。

この模擬戦、私の負けです。

あのリリィの収束砲は、私のコックピット近くまで到達する一撃だった。

ここが戦場ならば、その衝撃で私の意識は持っていかれていたでしょう。

言わば、痛覚の無い仮想現実(シミュレーター)で、勝ちを拾ったに過ぎない」


「勝負に勝って試合に負けた、と言う所かね?

だがあそこまで破壊されても、怯まずに反撃できるパイロットはそうはいない。

君のスペックには驚かされるばかりだ。

お陰で良いデータが取れたよ。感謝する」


「…戦場のリアルには程遠い、か。

私もまだまだ修行が足りないな。

偉そうな事を言ってすまなかったな、リリィ」


 そう呟きながら、リリィが入っている筐体を覗く。

彼女は、最後の『死』の感覚に意識を持って行かれたままのようだ。

尻餅をついたまま、放心状態で虚空を見つめている。


 扉を外側から開け、リリィを無理矢理外に連れ出すベロニカ。


「おい。しっかりしろ、リリィ。指は何本に見える?」


「…三本。ぅ、ぅ、うぇぇぇぇん、お姉様。怖かった。怖かったよぉ」


 正気を取り戻すと同時に、ベロニカの胸に顔をうずめて泣き崩れるリリィ。

その髪を撫でながら、ベロニカはリリィに言葉をかけた。


「ああ、その恐怖を決して忘れるな。

戦場では、恐怖を知らない者から死んでいく。

怖れを受け入れ、それを乗り越えろ。

そうすればもっと、今よりも強くなれる…」


まるで自分に言い聞かせるように、ベロニカは呟く。


「ぅ、ひっく…ひっく…」

 泣き続けるリリィに微笑みをかけながら、ベロニカは優しい口調で彼女に話しかける。


「おい、いつまでも泣いているんじゃない。

勝負はお前の勝ちだぞ、リリィ。

約束どおり何でも言う事を聞いてやる。

だから泣き止むんだ」


「……ぅ、ひっく、本当? 何でも良いの?」


「ああ、私の出切る範囲の事ならな」


 リリィが上目使いで、こちらを見つめている。


「じゃあ、恥ずかしくてとてもここでは言えないような事でも良いの?」


「う。いや、もう少しハードルを下げてもらえると助かる」


「じゃあ、明日、お買い物に付き合って下さい。買いたい服があるんです」


「ああ、その位ならお安い御用だ。荷物もちでも何でもやってやるさ」


 その言葉に、彼女は潤んだままの目を輝かせて喜ぶ。


「やった♪ デートだ♪ お姉様とデート♪」


「え? いや、単なる買い物…だよな?」


 本物の姉妹のように戯れる二人には、既に先ほどまでの死闘の面影は見えない。

この日、ローランの思惑通り、二人は各々のスペックを超越し、コッペリオンを更なる高みに押し上げてみせた。


 ベロニカは頑なに閉ざしていた心を少しだけ氷解させ、リリィは戦場の恐怖を知った。

それは長い目で見れば小さな一歩だとしても。

彼女たちを包み込む運命にとっては、初めて月面を踏んだ人類の一歩にも匹敵するものであった。

続く