超鋼戦記カラクリオー外伝 −Marionette Princess−
第二幕 邂逅
フランス陸軍・技術開発教導団は、技術仕官上がりの軍人・ローラン=ド=アトレーユ大佐が設立した、事実上の独立機動部隊である。
新兵器開発部門と連動して、ロールアウトした機体の性能チェック及び戦闘データのフィードバック、そして新型兵器の戦術的運用を検討・構築することを目的とした試験部隊。
しかしながら正規軍には無い強力な兵器群を保持した、その戦闘能力の高さは折り紙付きであり、現在では対アムステラ神聖帝国の切り札であると目されていた。
「ベロニカ君、ご苦労様。それじゃあ、14:00より、新型兵器運用試験を開始するからね。それまでは好きに基地内を回ると良いよ。」
ローラン大佐は、自室に入るや否やそう言い放ち、自らが基地に招いた筈のベロニカに一瞥すらくれる事も無く、PCの電源を点け、モニターを凝視し続けている。
ベロニカはそれに面食らった様子で恐る恐る彼に声をかける。
「あの、大佐。申し訳ございません。他の隊員への顔見世や今回の新兵器の詳細について、運用試験の概要etc… 全く私は聞かされておりませんが。
全くミーティング無しで作戦を開始される予定で?」
ローランは依然としてモニターから目を離さない。
「ああ、そういうのは作戦が始まったら全部一緒に済ませるよ。僕は無駄な事が大っ嫌いでね。
他にやる事は山ほどあるんだ。
時は金なり。人生の残された時は限られている。一分一秒たりとも無駄にはしたくないのさ。」
そう言って退室を促すローランに、腑に落ちない表情で従うベロニカ。
「これがローラン=ド=アトレーユ大佐か。噂に違わない変人だ。
しかし数々の戦果を上げている。指揮官としての腕は確かだ。
……必ず這い上がってみせる。この基地を起点として、な。」
拳を握り締めて廊下を歩く彼女の脳裏に飛来するのは、あの屈辱の敗戦の事。父セドリック准将の事。
そしてあの『黒き悪魔』の事。
…力が欲しい。
何者にも怯む事無く戦い続ける力が。
歩きながら思いを馳せる彼女の思考を妨げたのは、前方から聞こえて来た喧騒の声だった。
やや剣呑な様子の、男女の声。見れば何やら言い合いをしている二人が立って居た。
何やら揉め事を続けている様だ。
「なあ、リリィちゃ〜ん。そろそろ俺様の愛に応えてくれる気になった〜?」
「なりませんよ! なにが『そろそろ』なんですか!」
「連れないなァ。俺の何が不満だってのよ。泣く子も黙る撃墜王。金もある。将来性もある。ルックスもイケメンだ。
おまけに非常〜にマメな男よ、俺様は? 全然君を寂しがらせたりしないよ?」
「全部、それ全部『自称』じゃないですか… 大体、15分おきにメール送ってきたり、物陰からこっちを何時間も無言で見つめてたり、
人の下着盗んだりするのって『マメ』とは言わないですよ!
はっきり言ってキモいですから!」
「ははは、照れちゃって、可愛いなあ。その言葉は最近流行のツンデレ発言として受け取るぜ?」
「NO! 絶対デレません。デレませんよ? 貴方に対してだけは! ダメだこの人… 早く何とかしないと…」
…痴話喧嘩、と呼ぶには余りにも一方的な状況のようだ。
声をかけられているのは未だ10代後半と思しき少女で、男の方は少なくとも一回りは年上に見えた。
犯罪の匂いがプンプンする。もし、少女の主張している、男の悪事が真実なのであれば、由々しき問題である。
この男は全女性の敵だ。
そう思い立ったベロニカは、男の背後に立ち、二人の諍いに割って入る。
「おい。貴様。いい加減に退いたらどうだ?
どう見てもその娘、嫌がっているじゃないか。」
声をかけられた男は、眉を変形させて嫌そうな表情で振り返り、ベロニカを嘗め回すように見つめた。
「ああん? アンタ何よ、ねーちゃん。アンタには関係ねーだろ?
人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んじまえ〜 ってありがたい格言、知らないのかよ?」
「貴様のそれは恋路とは言わんよ。一方的な押し付けだ。これだけ明確に拒否されているのだ。大人しく諦めろ。
大体、自分の業務もこなさず、真っ昼間から基地の中で女を口説くとは。栄光あるフランス軍人の風上にも置けん奴だ。
貴様の名前と所属を言え。」
男は明らかに気分を害したようだ。まるで街の悪漢の如き形相でベロニカに睨みを効かせて顔を近づけてくる。
「おうおう、ねーちゃんよ。随分偉そうな態度じゃねーか? ああん?
俺様の名? 泣く子も黙る『教導団』試験部隊最強のパイロット、ドゥール=ゲバール少尉様を知らんのか?
いずれはこの国最強のエースとして名を轟かせると専らの評判なんだぜ?
さてはアンタ、新入りだな?
大体、リリィちゃんは拒否なんてしてないぞ? お前は何を言ってるんだ? これは彼女の高度な愛情表現なんだぜ?」
「断じて違います!!!」
リリィと呼ばれた少女は本気で嫌そうに、整った顔を歪ませて否定した。
だがその言葉がこの男に届いている様子は微塵も無かった。
「ほう? それは失敬。私も軍に入って長いが、一言も貴様の名前や武勇伝を聞いた事が無かったものでね。
貴様はかの『英雄』サンジェルマン卿に比肩する腕を持ったパイロットだと言う事か。成る程成る程。
……無理だな。そのような戯言、誰が信用するものか。
娘一人の気も引けないその体たらくで、一体世間にどんな名を轟かせる心算だ、ゲバール少尉?
世紀の変態か? 伝説の性犯罪者か?」
毒舌。まさにその一言に尽きるベロニカの言葉に、ゲバールは茹でたタコの様に顔を真っ赤に染める。
「ぬ、ぬぁんだとぉ? このアバズレがー! お、お、俺様に向かって何という口の聞き方を〜!
もう許さん! 裸に引ん剥いてセーヌ河に放り込んで、魚の餌にしてやるぜぇ〜!」
そう叫びながらわきわきと怪しい手付きでベロニカに掴みかかるゲバール。
ベロニカは、やれやれ、と一つ溜息を吐いた上で、その腕を捻り上げ、そのまま一本背負いの要領でゲバールを壁に投げつけた。
グシャッ! と嫌な音を立て、顔から壁に激突するゲバール。
彼は「うわらば」と奇妙な呻き声を上げて、口から泡を吹きながら完全に地に伸びてしまった。
「わあ、すごーい! ジュードー? かっこいい!」
リリィの賛美の声が聞こえる。
「口ほどにも無い…こんな奴が本当にエースだとしたら、この部隊の先行きが不安になってきたな」
「大丈夫ですよ〜 その人の言ってる内容はほぼ虚言ですから。
それよりも、危ない所をありがとうございました〜 その人にしつこく言い寄られて困ってたんですよ」
目を輝かせて、ベロニカの手を握りしめ、感謝の言葉を述べるリリィ。
その先ほどまでと打って変った様なテンションに、戸惑いながらベロニカは返答する。
「いや、礼には及ばんよ。私はああいう高慢にして軟弱な輩は大嫌いなんだ。
また何か嫌な事をされたら、何時でも相談してくれて構わんよ。
君はここのスタッフかな?」
「はい! リリィ=マノン=シーニュと言います! 半年ほど前からこの基地で働かせていただいてます〜
宜しくお願いしますね、えーと…」
「ああ、失敬。まだ名乗っていなかったな。
ベロニカ=サンギーヌ。…階級は中尉だ。本日付を持って、技術開発教導団のテストパイロット部隊に編入される事になった。
宜しく頼む、シーニュ君」
依然として手を握ったまま離さないリリィをいぶかしみつつ、ベロニカは自己紹介を済ませる。
リリィは何故か頬を紅潮させ、熱っぽい潤んだ視線をベロニカに向けたまま、会話を続けた。
「リリィ、って呼んで頂いて結構ですよ、中尉。
あのあの、一つだけお願いがあるんですけど、宜しいですか?」
「ん? なんだ? 私に出来る範囲の事ならば構わんよ?」
「中尉のこと、『お姉様』って呼ばせて貰っても良いですか?」
「…………はぁっ!?」
この基地の所属員は、どうやらいずれも司令官に劣らぬ変人ばかりのようだ、とベロニカは理解し、頭を抱える。
果たして自分はこの部隊で上手くやっていく事が出来るのだろうか? と。
この先彼女を待ち受ける運命に比べれば、受難、と呼ぶにはそれは余りにも次元の低い内容の事象であったのだが。
続く