ブラックストライカー 第1話



深夜のオランダ近海、深度七百メートルの位置にそれはあった。
狩闇の移動拠点、潜水空母『深抜(しんばつ)』。航行速度は遅く武装も持たないが、取り込んだ海水を化合爆発させる特殊なエンジン(変換効率は劣るが、マテリアルオーブの構造を水中用に、人工的に再現した物と考えて差し支えない)で、他とは比較にならないほど長期潜行が可能な艦である。
加えて、『水面下で細々と活動する』というコンセプトが不評だったのか製造数は非常に少ない。
地球の軍隊だけでなくアムステラ本国にも存在を察知されてはいけない狩闇にとって、これ以上のものはなかった。


「作戦開始まであと三十五分・・・・・・そろそろ搭乗待機の時間か」

深抜後部の格納スペースで、レイブは自らに与えられた機体を今一度眺めた。
何の変哲もない国連量産機、『6型』―――――それが、アムステラの艦内にあるという違和感を未だに拭えきれずに。
ちなみに、入手経路はレイブの知るところではない。いや、知る手段がない。本来OSに記載、または機体に刻印されているはずのシリアルナンバーが存在しないのだ。おそらく製造段階からの横流しでなのだろう。自分が言えたことではないが、軍から裏切り者が出るなど世も末だな、と改めて思いながらレイブは機体に乗り込んだ。

「調整も万全、オートプログラムも俺に適したものを選択してある・・・・・これで、以前の機体と同じになったわけか」

地球を見限りアムステラ側についたというのに、乗機が全く変わらないというのは不思議な気分だった。乗り慣れたマシンに対する安堵と共に、まだ自分は英国陸軍にいるのではないか?という錯覚が抜けきれない事への不安。
初任務の緊張も混じって、コントロール・パネルをいじるレイブの手つきはどこか辿々しかった。

「また民間施設の攻撃ですか・・・・・・ははは、スリルが無いなぁ」

本作戦を共にする仲間、スカッド・クラークが不満そうに呟くのが聞こえた。元はドイツ陸軍の人型兵器パイロットだったらしいが、脱走し、テロ組織に所属。しかる後に狩闇にスカウトされたという黒い経歴を持つ男だ。
しかし、狩闇においては別段珍しいタイプではない。属している地球人の九割は、こうした反政府勢力からの引き抜きだった。死刑・終身刑の執行猶予中にスカウトされた人間だっている。彼らの入隊理由は至って単純、『どうせ抵抗できずに終わるのなら』という、退廃的な考えだ。人格の破綻した彼らにはもはや、未来は見えていない。あるのは盛大な破滅願望だけだ。狩闇に入隊してからのこの一週間、レイブは数人の隊員と顔を合わせたが、まともに言葉のキャッチボールをできた試しがない。狩闇においては、明確な目的と志を持つレイブがむしろ異端者であった。

「俺にとっては、ここにいる事自体がスリルだがな・・・・・・。それよりも、時間があるならもう一度作戦内容を確認しておけ・・・・・・」

そう言って、レイブは通信機器のボリュームを聞こえる最下限まで落とす。
今回の作戦内容はオランダ空軍基地の――――――周辺施設の攻撃だ。発電プラントや各種工場がその目標となる。どれも民間との共有・共同運営であるためアムステラ正規軍には手が出せなかった場所だ。深夜帯であるおかげか、幸いにして労働者は少ないようだったが、だからといって気分良く攻め入る事のできる場所ではない。レイブはデータ上の地形図と侵攻ルートを睨み付けながら、自分の思考を機械的なものへと変えていく。


(・・・・・・気は引けるが、狩闇しか俺が『奴』に近付く道はない)

ほとんどの場合、狩闇は軍事拠点そのものではなく、輸送経路、周辺施設の破壊による拠点の機能不全を目的として動いている。創始者を初めとした主要メンバーが軍上層部に多く存在する狩闇には、地球上の各地域の戦況や新規攻撃目標など、有用な情報が入ってくる。そうした意見を『憂慮』し、侵略の足がかり、きっかけを作る為に動いているといっても過言ではない。表だった結果を求めない崇拝派のなせる業だった。

『出撃まで残り三分・・・・・・レイブさん、準備はできていますか?』
「ああ・・・・・・」

『監督官』という、地球のそれとは多少意味合いが異なる役職に就く少年、ゼオードからの通信が入る。それがプライベート回線だったので、よからぬ事を言われるのだろうとレイブは顔を険しくした。

『わかっているとは思いますが、あなたにとって今回の作戦は踏み絵みたいなものです。本来なら、絞り滓程度とはいえ、件の機体についての情報を持つあなたをここで投入したくはなかったのですが・・・・・・一応出しておけと、上からの要請があったわけで』
「当然の判断だ。ここで切り捨てられるわけにもいかない・・・・・・気は乗らないが、手は抜かないつもりでいる」
『ならいいんですけどね・・・・・・。せっかく用意した機体を、くれぐれも無駄にしないで下さいよ』

嫌味の塊のようなゼオードにとっては、無口でリアクションの薄い自分はさぞ扱いにくいだろう、とレイブは推測する。だが、けして感情の起伏に乏しいわけでも、悟りを開いたわけでもない。表に出さないだけで、胸中では山ほどのマイナス感情が渦巻いている。

『・・・・・・では、作戦開始です。みなさんのご健闘をお祈りしています』

基地のレーダーから外れた、郊外の沿岸部に深抜が到達した時点で作戦は開始された。オープン回線に切り替えたゼオードの声と共に、搭載戦力である『6型』三機と、『7型』二機が上部ハッチの解放とともに出撃する。そして、ここから先は作戦予定にないイレギュラーの発生如何に関わらず、ゼオードから通信が入ることはない。何が起ころうとも、予定時間内に帰投できなければ機体が勝手に自爆するという、最悪の通信傍受のリスク低減方法だった。一般の尺度では十分高価な部類に入る7型(無論、6型もだが)すらも隠蔽工作のためには容赦なく切り捨てるというやり方には感嘆の言葉すら浮かぶ。

「こちらに、基地の迎撃部隊全てを相手にするだけの戦力はない・・・・・・スピード勝負というわけか」

南下しながら、目標施設五カ所を撃破。そのままノンストップで港湾部に移動し、先回りした深抜に乗り込むという手はずになっている。ただし、空軍基地だけあって戦闘機やヘリなどの航空戦力は充実している。陸戦機体が追いつく前に全滅させるのが理想だが、シミュレーションの予測撃破率は最高で六割。あとは、多少の損害覚悟で逃げに徹することになる。作戦の内容上、武装は貧弱でも機動性でわずかに勝る6型で良かったと、レイブは上の采配に感謝した。

「陣形も何も・・・・・・って感じですね。海底暮らしが長かったせいか随分と欲求不満でして、ちょっと先行させてもらいますよ」
「固まっていた方が安全だぞ」
「安全・・・・・・?どうだっていいですよ、そんな事は・・・・・・!」

そろそろ基地のレーダーにも反応が出るというような距離で、スカッドの6型は急加速する。いくら敵が見えないからといっても、単機での突出が危険である事に変わりはない。レイブは制止しようとするが、また別の6型から、その行動自体を制止される。

「放っておけよ、ここは普通の軍とは違う。止めなくとも、上からやかましく言われることはないさ。そもそもあの男は話を利くような奴じゃない」
「分散すれば俺達の生存率だって低くなるんだぞ・・・・・・?」
「狩闇に来た時点で、何を・・・・・・」
「・・・・・・っ」

こいつもか、と、レイブは苛立たしげに寮機を睨み付ける。狩闇(ここ)には『死人』しかいない。
将棋で例えるなら――――自分達は確かに、盤の中央で戦う主力の駒でない。一度敵の駒に取られ、もとの味方の本陣に切り込むために、生存とは程遠い『あり得ない』場所に配置される捨て駒だ。
レイブ自身も、死を覚悟してここへ来た口である。だが、復讐を終えてなお命があるなら生きたいと思うし、その後に狩闇を抜けられるならそうしたいとも思う。万分の一以下の可能性に対して、出来うる限りのことはやっているつもりだった。

「それでも、同じの穴の狢か・・・・・・!」


作戦自体は、ひどく単調だった。
けたたましいサイレンの音も、搭乗経験のある戦闘ヘリを撃つのも、物言わぬコンクリートの建築物にアサルトライフルを撃ち込むのも、イメージほど感情が波打つことはしない。単機で突撃したスカッド機を含め、全機損傷は軽微で、ほぼ完璧に任務をこなしたといってもいい。瞬く間に攻撃目標全てを火の海に変えると、予定通りのルートで港湾部へと向かう。
幸運だったのは、こちらが国連量産機を駆る部隊ということで、最初の銃弾を撃つ瞬間までは敵性勢力と判断されなかった事だ。基地の人間も、何故このご時世に反乱など、と驚いたことだろう。
狩闇の活動自体は数ヶ月に渡って続いているらしいが、テロが発生したと世界的に報道されることは少ない。なにせ今や世界中がアムステラとの激戦の最中で、伝えるべきニュースは山のように存在するし、狩闇の及ぼす被害などエースクラスの部隊がもたらすそれに比べれば微々たるものだ。正直なところ、あまり警戒されているとは言い難い。

と、ほんの僅かに安堵したのがまずかった。
自分達のような不届き者がノーリスクで事を終えられるわけがない。非スーパーロボットとしては最悪の部類に位置する戦力がレーダーに反応する。

「最後の最後で・・・・・・!」
「どこまでも追ってくるからな、アレは」

遙か彼方から飛来する、三機の機動マシン。無視することもできず、後方の7型二機が射撃体勢に入る。

「厄介な機体だ、撃ち漏らすなよ・・・・・・」
「わかってる・・・・・・!」

向かってくるのは、グラニ・M(マスプロダクト)。ノルウェーの多段可変型スーパーロボット『グラニ』の量産型で、EUを中心に国外へも提供されているマシンだ。ソルダート(人型)形態時は6型でも応戦可能なレベルだが、今の、飛行能力を備えたダイバー形態は接近されると対処が難しい。加えて水中戦にも対応しているため、潜水後の深抜に対しても追撃が可能だ。
装甲の厚い深抜だが、水中というのは宇宙よりも厄介で、たった一つの小穴が艦を沈める要因となる。魚雷程度でも十分な脅威となり得えた。

しかし、脅威という点ではこちらも同じだ。7型の両肩に装備されたハングオーバーキャノンは、量産機程度なら、一発の直撃で大破に追い込める威力を持つ。翼一つ失うだけでも致命傷となる飛行タイプなら尚更だ。もっとも、反動が大きく、ターゲットロックに時間がかかることから使いこなすには熟練の腕を必要とする。正直、狩闇隊員の身の丈には合わない武器だが今はそう言ってもいられない。射程の内側、射角の外に入られる前に、二機は二連続で、計八発の砲弾を発射する。

「速い・・・・・・!?」

現実は非情だった。グラニMは三機とも、機体を斜下降させてものの見事に砲撃を回避する。
事前に回避運動に入らなければ間に合わない距離、だが同時に7型の砲口の向きを確認できない距離でもある。おそらく機体が見えた時点で攻撃を確信したのだろう。可変機を任せられるだけあって、パイロットの読みと判断力はこちらと天と地ほどの差があった。

「次弾の装填は間に合わない・・・・・少し遠いが、撃つしかないか」

しかし、この回避パターンはある意味でチャンスでもある。レイブは6型を走らせ、手にしたアサルトライフルを高度を下げたグラニMの一機に向け、引き金を引く。つられるように、他の二機もレイブの援護に入った。ライフルの適正射程を僅かに超え、自動照準も機能しなかったが、百発近い斉射は二機のグラニMを小破、大きくスローダウンさせることに成功する。逆に、残った一機が放ったマシンガンもレイブの6型の左腕、肘から先を綺麗に撃ち抜く。ぞわりとするものを感じながらも、再び寮機と共に、レイブは港へ機体を走らせた。

「今与えた損傷のおかげで、ダイバーの潜水能力は格段に落ちたはずだ。追撃は続行するにしても多少距離は置くようになる・・・・・・これで十分だ。海上を飛んで追って来るだけなら、深抜なら問題はない」
「無傷の一機は?」
「規模不明の戦力に対し、単機で突っ込んでくる事はしないだろう・・・・・・お前とは違うんだ」

断言はできないが、戦場におけるセオリーを今は信じるしかなかった。自分の周りにいる四人を仲間と呼ぶつもりは毛頭ないが、それでも見捨てておけないほどにレイブの『まともにして異端』な性格は頑なだった。



続く