ブラックストライカー 第2話
二ヶ月前――――英国陸軍南方基地 周辺
レイブ・ローウェルは体を震わせ、ただ底抜けの恐怖を味わっていた。
コクピットの正面モニターに映し出される、目を覆いたくなるような地獄絵図。
豪雨が降り注ぐ荒野、そこに倒れ伏す人型兵器の骸、骸、骸。総計二十三機。
5型と6型、キャノンショルダー、そして羅甲――――戦闘に参加した、レイブ機を除く全てである。
傍目には数を把握できないほどに、どれも死に様は惨たらしかった。全身を蜂の巣にされ、切り刻まれ、五体満足の機体は一つもない。
唯一生き残ったレイブの6型も、頭部半壊、左腕欠損、右脚膝関節破損という、もはやまともに動くことすら出来ない程の損傷だ。
飛散した装甲とオイルが地面を満遍なく埋め尽くす光景に、レイブは思わず顔を背ける。
しかし、激しい雨はそんな惨状を見せつけるかの如く、炎と土の煙を次々とかき消していく。
「ぁ・・・・・・」
最高に狂った戦いだった。なにせ両陣営共に、敵機は一機も撃墜していない。
突然に、『味方機同士で撃ち合いを始めた』結果がこれだ。
通信が途絶して、理不尽極まりない状況下に置かれた者達の、錯乱の叫びを聞かずに済んだのは不幸中の幸いだった。
全幅の信頼を寄せていた隊長。
入隊時から十年近く生死を共にしてきた戦友達。
そして、両親を失ったレイブにとって唯一の家族――――自分の後を追って軍に入隊したばかりの弟。
心の拠り所だった者達が一人残らず、理解不能な現象により散っていった。しかもその内数機は、自らの機体が手にかけている。
現実を受け入れきれず、レイブは泣くことも出来ずに怯えた声をあげる。
この惨状を作り上げた張本人、レイブ機の後方に立つ白い巨人は――――今は不気味なほどに平静を保っていた。
全身から機体冷却による蒸気を噴き、エンジンを安定稼働領域へと戻しつつ、頭部をゆっくり回転させながら、冷静に周囲を見渡す。何の感情も持ち得ぬ非情な態度だった。
「お前は一体何だ・・・・・・何処の所属で、何故こんな事を!」
戦場に現れた謎の機体。純白の装甲を纏ったチェスのキング。全長三十メートルを超える、縦に細長い不気味な人型だ。
後頭部と両腕から計三本のブレードアンテナを突きだして、それは電波塔のように直立していた。
いや、巨人の役割は実際に電波塔そのものだった。アンテナから発せられた強力な怪電波により、全てのマシンがコントロールを奪われ、自らの同胞に銃口を向ける狂戦士と化した。レイブ機が今こうして暴走を止めているのも、全ての対象物が完全に沈黙したからであった。
一体何故、地球とアムステラ、双方の殲滅に及んだのか。理解は及ばない。理解できたところで、納得できる訳もないが。
「答えろ・・・・・・!」
本当なら勧告というプロセスを無視してマシンガンを乱射したいところだったが、機体のコントロールは今もなお支配され続けている。
強力なジャミングにより通信回線も遮断されたままだ。悲しいことに、この叫びには激情を吐き出す以上の意味は存在しない。
「くそっ・・・・・・制御系を完全に掌握されている!」
コクピットハッチにはロックがかかり、操縦桿も各種コントロール・パネルも手動操作を全く受け付けない。まともに機能しているのは外界を映し出すメインモニターぐらいだ。エンジンも未だ稼働状態にあるようだが、操縦できないのであれば実質的な停止と何ら変わりはない。
レイブの怒りと悲しみに反し、6型は教師に怯える生徒の如く、身じろぎできずに立ち竦む。
それだけでは終わらない。生き残った最後の目撃者を始末するべく、白い巨人は電波に乗せて新たな命令を下す。
自身に武装が搭載されていないからか、それとも関わった痕跡を残したくないのか――――操られた6型はサイドアーマーから高周波ナイフを取り出して、自らのコクピットへ深々と突き刺す。その過程は説明するほど長いものでもなく、何の躊躇いもない、ドン、という鈍い金属音を伴った一撃だった。
刃渡りの関係上、動力炉に達して爆発することもない、極めて静かな終末――――
「――――――俺、は・・・・・・」
生きていたのは、直前での本能的な判断によるものだった。シートベルトを外し、身をよじらなければ確実に体が両断されていただろう。
レイブは呻きながら、シートの隙間から上体を起こす。
「奴は・・・・・・!?」
衝撃で気を失っていたのか、ナイフを突き付けられた時点から既に十数分が経過していた。
反応がないのを見て、恐らくは仕留めたと勘違いしたのだろう。巨人は既に何処かへと消え去り、
代わりにコクピットハッチの向こうからは救助に駆けつけた隊員達の悲痛な呼びかけと、ハッチをこじ開けるレーザーカッターの、けして好きになれないジリジリという異音が聞こえていた。
簡単な治療と問診の後、基地指令への状況報告の最中――――レイブは茫然自失となった。
あれだけの異常事態に発展しておきながら、映像記録、通信記録、足跡――――白い巨人の存在を証明するものが何一つ現存していなかったからだ。唯一、基地との通信を断絶した広範囲の電波障害は確認されていたが、それだけで機体を特定するには至らない。
大体、同じ部隊の所属でもないマシンが、双方の機体からコントロールを奪うという機能自体が、信じられることがなかった。同士討ちの証拠である機体の骸は存在するのに、だ。レイブとて、出来ることなら悪い夢であったと思いたいぐらい。しかし肉眼で見てしまった以上、もう一縷の希望も抱くことはできなかった。
レイブは途方もない喪失感と、激昂すら越えたドス黒い怒りを得て、静かに息を吐く。
軍に属し、前線に立つ以上は普通の人間より何倍も死に迫る。今日の戦闘で一人や二人は犠牲が出ていた可能性だって否定は出来ない。その結果に対し、私怨を押し殺さなければならないことは承知の上だ。一人や二人に自分が入ることも覚悟している。
しかし、今日の『これ』だけは認められない。認めてはいけない。多くの仲間を失い、やり場のない悲しみと絶望に暮れる面々を一瞥して、意識を介さずに言葉が口から漏れ出る。
「逃がさん、奴だけは・・・・・・・!」
このまま軍に居続ければ、白い巨人にまた会うことがあるのだろうか、と恐ろしく冷ややかな思考が脳内を巡る。
だがそれも数秒、担架を降り、機械の如くあらゆる色を失った顔で、レイブは基地指令に一言告げる。英国陸軍少尉の肩書きを捨てる旨をだ。
待ち続ける必要はない。既に軍人として戦う目的が、生活を除けば、自分の中から一切合切消滅してしまった。レイブは自分の狭い対人関係と、掲げられた正義への無頓着さを少しだけ呪う。
皮肉なことに、全てを失ったこの瞬間にこそ、ずっと空だった心身は満たされていた。
「どこの誰が作った物かは知らないが――――――――探し出して、必ず消す」
恐らくは生まれて初めての、身を焦がすような執念は、それからすぐに一人の少年をレイブの元へ使いに出させた。
現在――――国連開発機構 英国支部 地下ブロック
「お久しぶりです所長・・・・・・・こいつの開発具合は、どうですかね?」
「現段階で、目標の三割弱」
機体の整備・乗降時に用いるクレーンアーム式の梯子車の上には、二人の男が立っていた。
一人は、開発機構の守備隊用のパイロットスーツに身を包んだ、いかつい顔つきをした大男だ。
粗暴な外見とは裏腹に、寸分の隙もない繊細な注意力が放たれている。
そしてもう一人は、現代科学の最高峰であるこの組織にそぐわぬ格好をした男だった。
よく整えられた金髪と髭、ぞんざいな着こなしのスーツ。ビジネスマンというより、プロのサッカー選手あたりにいそうな容姿だった。
「とりあえず羅甲――――現在運用されている、比較的新しいバージョン二つ三つに関しては、最低限のコントロールが出来るようになった。だが・・・・・・実戦投入となるとまだまだ厳しい。カスタム機、ワンオフ機には全く対応できないしね」
「半年かけた割には、全然じゃないですか」
「おいおいおい・・・・・・効果範囲が限定されているとはいえ、根幹から技術の異なるアムステラの機動兵器にアクセスできるんだ。快挙だよ、快挙?褒められて然るべき事なんだよ?」
ただそれが実用化までに膨大な予算と期間を費やすというだけで、いとも簡単に計画が却下されてしまうのが社会だった。
いや、その二つこそが何にもまして重要なのだろう。
「完成すれば、アムステラに対し最も効果的な切り札となるというのに・・・・・・お偉方はこれだからいけない・・・・・・」
男はぼやき、本来厳禁であるはずの煙草を吹かしながらタッチパネルを操作―――――連動して、目の前に聳える白い巨人の胸元まで、自分達の乗るバスケット部分を上昇させる。
更に十メートルほど上から、二対、計四つのカメラアイが二人を見下ろす。スーツの男は目を合わせて律儀に挨拶をし、コクピットブロックとはまた別の、もう一つのハッチに貼り付けられた厳重封印のテープに視線を移した。中には、他機とは比較にならないほどのサイズと容量、そして処理速度を持つ大型量子コンピューターが格納されていた。
第三種 総合電子戦支援 人型機動兵器――――機体名称『ホワイトピラー』。
三本の大型ブレードアンテナから発信される量子コンピューターウイルスにより、戦域内に存在するマシンを支配下に置くことが出来るという、恐るべき能力を備えた『スーパーロボット』だ。
ただし、一重にウイルスとはいっても、インターネットを飛び交うそれのような感染力は持っていない。
最新技術の塊である人型兵器――――特に異星のマシンである操兵に、遍く通用する強力なウィルスの作成など、そもそも不可能であった。
よって、感染対象となるのは、この英国支部に詳細な解析データが存在する機体のみに限定されていた。一機体毎をピンポイントで狙い撃ちにするウイルスというわけである。
現在ウイルスが通用するのは、開発機構内でデータ公開の行われている1型から7型、それに世界の一部量産機が数台というところだった。
本来対象とするべき操兵は、非改造の純正羅甲ですら危ういレベルにある。
永きに渡りアムステラの主力量産機を務める羅甲は、年代による相当数のバージョンが存在し、内部の伝送系もそれそれで大きく異なる。この誤差にウイルスを対応させるために数十機分のデータを採取して、現在ようやく、比較的新しい羅甲のみに通用するウイルスが完成した所だった。
現段階でも場所さえ選べば一度や二度は活躍してくれるだろうが、前線投入――――安定した結果を出すには、更に多種の鹵獲が進まなければ話にならない。もちろん、プロテクトを破り解析できる事が前提条件で、かつ一機種につき数十のサンプルが必要である。アムステラへの脅威となるにはまだまだ、年単位での歳月を要するだろう。
支部所長であるスーツの男、マウザー・ハインシュタットは遅々として進まぬ計画に、夢の見過ぎなのか?と自重するような笑みを浮かべた。
「量子コンピューター自体にもまだまだ欠陥が多いし・・・・・・これのスペックアップも予算をかけなきゃならない。ほんとに、いつ完成するんだか」
「ははは・・・・・・そっちの認可も取らないといけませんね。おかげで二ヶ月前は散々でしたよ」
開発機構の本部に送りつけた仕様書には、この『ウィルス』は全く別の形で記載されている。
理想的なフォーメーションの構成、パイロット負傷時の緊急操作etc・・・・・・外部操作による戦域内の味方機への総合的な操縦サポート。
現段階で十分実現可能な、けして嘘ではない内容だ。
実際、そうして上の調査をパスし、開発予算と施設外での運用テスト許可を取得していた。
もっとも、ウィルスを試すためには周到な準備―――というか外的要因に頼るところが多く、実戦でのテストは二回のみに留まっているが。
「羅甲に発信したはずのウィルスが、その時交戦していた基地の部隊にも適用されて・・・・・・アレにはさすがの私も肝を冷やしました」
「大丈夫だよ。ウィルスプログラムには俺の母親ぐらい口うるさく『ホワイトピラーには攻撃するな』ってコマンド打ち込んでるから。どんなバグでも絶対にどれかが参照されるはずだ・・・・・・って毎回言ってるでしょ」
「いや、発覚の可能性ですよ。私の失態ですが・・・・・・生存者を出したじゃないですか。あれから、ちゃんと隠蔽工作は行ったんですか?」
「あの戦闘結果は未確認機体の仕業。・・・・・・今のところは、それ以上の問題には発展していない。ただしもう、英国(ここ)では使えないだろうがね」
マウザーからは、ホワイトピラーの所行に対する罪悪感らしきものは微塵も感じられなかった。
書類の書き損じ程度の、そんな、あたかも取り返しが付くような程度にしか顔色は変化していない。
乗り手は自分であったにも関わらず、言葉とは裏腹に粗野な笑いを崩さない大男も大概だったが。
「まぁ、そういうわけでさ・・・・・・・今の仕事を片付けたら、しばらくホワイトピラーを米国支部に移そうと思うんだが。君がいない間、他にも色々面倒事が起きたし」
「先月、スパイが摘発された件ですか?それなら向こうで聞き及んでいますが・・・・・・」
「悲しいことに、また別件さ」
神様の嫌がらせか?とマウザーは嘆息して、自分の持つ携帯端末を操作する。
そして、ブックマークしてあった過去のニュースを二件、大男に見せた。いずれも軍事関連、EU内で起きたテロ行為の報道だ。
「・・・・・・最近、近隣諸国でアムステラの襲撃に紛れて目的不明のテロが起きてる」
「テロですか・・・・・・このご時世に?」
「そう定義されているだけで、連中の目的は不明だがね」
国連量産機を駆る所属不明の部隊によるテロ事件。三週間前はオランダ空軍基地、先週はフランス海軍基地がそれぞれ周辺施設を攻撃されて機能不全に陥っているという。どちらもすぐ近く、英国の海を挟んだ向かい側だ。
目撃証言こそないものの、襲撃部隊は潜水艇所持の可能性が高いとされていた。この支部は結構な内陸部に存在するのだが、だからといって危機感を持たないわけにもいかない。場所が近い以上、何かしらの形で影響が及ぶ事もあるのだから。
「おそらくは同一部隊・・・・・・しかも二回とも軍の追撃を振り切って逃げ延びている。手練なのか、指揮者が有能なのか、はたまた運が良かっただけか・・・・・・何にせよ、アムステラの侵攻幇助だけは止めて欲しいもんだ。自分達の首を絞めるだけだってわからないのかねぇ」
「艦艇持ちって事は、バックに誰か付いてるかもしれませんよ」
「あぁ、そういう・・・・・・しかしどちらにしたって、部隊か首謀者のどちらかが捕まるまでは危険ということだ。非常時受け入れの言い訳になるから、俺達には悪くない話なんだが」
「ですが空路も危険ですよ?大西洋・・・・・・海の真ん中ですと、アムステラの奴らも容赦ないですし」
一応、マウザーは一支部の所長として、輸送時に軍から護衛を依頼する権限もあるし、彼らに守秘匿義務を課すことも可能だ。
が、余所に借りを作るのは望ましくないし、情報漏洩のリスクも可能な限り避けたい。せいぜい空軍から戦闘機小隊を派遣して貰うのが限度だろう。残りは、そう――――自分の手持ちから出す他なかった。
「『ヴァルオン』で、君が護衛してくれればいい。英国支部が開発した、8型との開発競争に敗れた可哀想なマシン・・・・・・無いよりは幾分ましだろう」
「もう試作一号機以外は廃棄したんでしょ?勿体なくないですか・・・・・・?」
「出番があれば、だが。お偉方を見返すいいチャンスになる。そう悲観したものじゃないさ」
ホワイトピラーの方は『見返すどころの話じゃない』がね、とマウザーは内心で苦笑混じりに呟いた。
続く