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ブラックストライカー 第3話



「……また、あの夢か」

必要最低限の設備のみが置かれた『深抜』の船室でレイブは目を覚ます。
消えるわけもない、過去と呼ぶにはまだまだ新しい記憶。脳内に刻み込まれたその映像は、恐ろしく正確に、何度も夢の中で再生される。
決意が衰えていないという事実だけが、レイブの自我を保つ唯一の薬だった。

「お目覚めのようですね」

上体だけ起こしてしばらく呆然としていると、ゼオードが薄笑いしながら部屋に入ってきた。
許可もノックもなく、権限で部屋のロックを勝手に開けてきたのだ。
レイブは毒を吐くこともなく、反射的にゼオードを見遣る。

「起床時間まであと一時間半もあるんだがな……」

一体何の用だ――――とは言わない。
通常、招集には艦内放送を使い、ブリーフィング以外で込み入った話がされる事もない。
わざわざ自分を訪ねてくる時点で用件は決まっているからだ。
レイブの意識は既に、ゼオードが今やって来たのが果たして嫌がらせか、それとも切迫した状況なのかというレベルにあった。
結果は、両方だった。

「狩闇……というより、あなたにとって緊急の事態が発生しました」
「どういう意味だ」

尋ねると、ゼオードは数秒勿体ぶってから口を開いた。
普段全くからかい甲斐のないレイブが珍しく食いついてくるのが余程ご満悦らしい。
ただ、その件はゼオード自身にも面白くない内容であるらしく、すぐにいつもの冷酷な顔つきに戻る。

「……これまでホワイトピラーを静観していた正規軍が、とうとう重い腰を上げてしまいました。三日後に、国連開発機構の英国支部にエースクラスの部隊を派遣するそうです」
「――――何、だと?」
「軍内部に存在する狩闇メンバーからの確かな情報です。もっとも、確実性をあなたに証明する術はありませんが」

大きく目を見開いて、レイブはゼオードを凝視する。
懸念はしていたが、まだ時間的猶予があると思っていただけに衝撃も一入だった。

「ホワイトピラーに関する情報は、軍の諜報員が得た断片的なスペックデータと、あなたの証言のみ。しかも後者――――実戦におけるウイルス機能の作用具合は狩闇内部にしか知れ渡っていません」
「そんな不確定情報で……いや、だからこそか」

ホワイトピラーの持つウイルスが操兵や地球製の機動兵器に対し、どの程度通用するのかは依然として判明していない。
強力な、あるいは大量の操兵を送り込み、それらが丸ごと支配下に置かれるという最悪の可能性も想定する必要があった。
損失としてはある種、撃墜されるより質が悪い。
しかし、支部とはいえ国連直轄の施設である。半端な戦力では偵察も務まらない。
そうした悪循環が発生していたからこそ、『正規軍が攻撃できない場所への攻撃』を活動目的とする狩闇の攻略目標となり、レイブの目的とも合致したわけだが――――
少し、動くのが遅かった。必要な戦力を揃えるまでの間に、正規軍が被害覚悟の早期撃破を決断してしまったらしい。

「狩闇はどう動くつもりだ……?」

レイブは威圧の眼差しを向ける。
なにせ自分は、『この一目的』の為に狩闇に入隊し、引き金を引くのも躊躇われる非道な任務をこなしてきたのだ。
もちろん自身も、何度死ぬ目に遭ったかわからない。
ゼオードが今ここで「正規軍に全てお任せしましょう」とでも呟こうものなら、後先を考えず殴りかかる心構えだった。
ゼオードもそれを覚悟しているのか、返答は少しだけなだめるような声色だった。

「理論上は、正規軍に先んじての攻撃は可能です」
「……」
「当初の予定通り、本日21時よりイギリス南西の無人島で補給部隊と合流します。そこで対電子戦装備受け取り、各機に組み込むのに一日。上陸地点に到達して、英国支部までの森林・山岳地帯を移動するのに数時間……」

ホワイトピラーのウイルス攻撃への対抗手段として、狩闇が用意したECM(電子対策)装置。
ともすれば機体より高価な代物だ。
これさえ組み込めば、電磁欺瞞により完全ではないにしろ、機体を外部干渉から守る事が可能とされていた。
だが地球側では量産機レベル――――狩闇のコネクションで入手可能なレベルにまで浸透している技術ではなく、用意された機材はアムステラ製だという。
深抜のメカニックは、地球側の兵器をマニュアル程度にしか整備できないアムステラの人間だ。
操兵用のそれが6、7型にどこまでマッチングするかは眉唾だった。だが他に選択肢はないので文句は言っていられない。

「物資の受け取り後、移動しながら整備を行えば正規軍より一日早く作戦を決行できるということか」

語気を強めてレイブは確認する。それは少しだけ脅迫じみていたのかもしれない。ゼオードは面倒臭い相手を前にゆっくりと頷いた。

「出撃のタイミングを窺うことが難しくなりましたが、作戦の停止命令は出ていません。本艦……深抜の物理的・情報的安全が確保できるなら、実行しても構わないと仰せつかっています」
「曖昧な指示だな……。決定権の委任か?」

狩闇内部の指揮系統に詳しいわけではないが、ゼオードが純然たる指揮官でないことぐらいは承知済みだ。
上からの作戦命令をそのまま通達するか、状況に応じて微調整を加えるだけのオペレーターと隊長の狭間のような存在――――そんなゼオードに作戦実行の是非を委ねるというのは、レイブの知る限り今回が初めてであった。
自分が知らないだけで実は相応の権限があるのだろうか、と考えていると、それをレイブの表情から読み取ったゼオードは「そんな上等なものじゃありませんよ」と否定した。

「上でも意見が分かれているらしく、責任逃れの意味でも現場判断でどうぞと、そういう事です」

小汚い爺さん達だ、とゼオードが呟くのが見えてレイブは少しぎょっとする。
笑み以外でここまで大きくゼオードの表情が崩れるのを見るのは、初めてのことだった。

「……それで、お前の判断は?」
「決行しますよ。手柄を上げれば、もう少し安全なポストに異動になるかもしれませんし。それに目の前で復讐、復讐と血眼になっている人がいますしね」
「そうか、感謝する……」
「感謝?結構ですよ。今回の作戦は、投入戦力の回収を想定していないんですから」

内陸部奥深くに位置する開発機構の英国支部から、同等の距離を戻ってくることは不可能に近い。
目的地でどうこう以前に、往路の迎撃、復路の追撃ですら相当の危険が伴う。
よって作戦では、深抜は搭載戦力を送り出した後、当該外域から撤退する手はずになっていた。
今回に限っては、帰還の望みそのものが絶たれた正真正銘の捨て駒だ。
普通の軍隊なら命令変更の申し立てなり、隊員の命令放棄なりがあってもおかしくない内容なのだが、ここは狩闇で、命令を下す側も受ける側も異常だった。艦内には、いつも通りの静かで殺伐とした空気が、作戦通達後の今も流れている。
レイブにとっては、満足この上ない環境だった。

「十分だ。ホワイトピラーさえ破壊できれば悔いはない」
「全く・・・・・・あなたが一番まともで、そして一番狂っている」

ゼオードは呆れ顔を見せるが、それ以上レイブをなだめる事も挑発することもしない。
そんな『駒』としての扱いを快く思っているあたり、やはり自分もどこかおかしいのだという自覚はあった。
すると直後、ゼオードはポケットから、玩具屋で売っているような折りたたみ式の将棋セットを取り出した。
それを見た自分の目が少しだけ光を取り戻すのを、レイブは感受する。

「上から与えられた戦術プランに納得がいかず、許可を頂いて自力で修正プランを練り上げている最中なんですが……これが中々大変でしてね。頭の柔軟のために、一局付き合ってくれませんか?」
「・・・・・・どうして俺が将棋ができる事を知っている」

イギリスで最も競技人口の多い盤上遊戯といえばチェスだ。
特機『ウインドスラッシャー』のパイロット、ヘンリー・ウィリアム・クレイトンを始めとして、国内には数多くの天才・強豪が存在する。国籍はわかっているのだから、勧めてくるならまずはそちらが妥当なはすだが――――

「限られた戦力を駆使した、知略一本の高潔な戦い……という柄には見えませんから。捨て駒が活きて力を持つ、将棋に行き着くんじゃないかと」
「……おかげで、近場には対戦相手がいなかったな」
「でしょうね」
「アムステラにも、将棋はあるのか?」
「『旗地』という、チェスに似た遊戯はありましたよ。ただ僕も、こちらの方が性に合っているみたいです。地球に来てからは連日ネット対戦ですよ」

マグネットの盤に張り付いた小さな駒を剥がしながら、二人はまるで二日後の作戦など存在しないかのように淡々と言葉を交わした。
しかし、それはあくまで表面上の話。
成駒に変わることなく、敵陣を食い破る『歩』。
駒一つを挟んで向かい合う『王』。
棋譜を書くのが馬鹿らしくなるほど品性に欠け、定石を嘲笑う薄汚い戦術の数々。
盤の片隅で、数百手に渡り病的に互いを食い合う、歪に入り乱れた駒。

此度の作戦に対し、二人がどれだけの執着を注いでいるかは――――後の盤面を見れば明らかだった。

「いい音だ……」

高解像度のテクスチャーが織りなす、青塗りの空。
物理演算エンジンで生み出された、触れれば霧散する雲。
そんな、限りなくリアルに近い仮想空間を深紅の戦闘機が駆け抜ける。
機体名称『ヴァルオン』。
国連開発機構英国支部が、かつて『8型』のトライアルコンペに提出した可変式の機動兵器だ。
特徴は、巨大な前進翼、胴体中央から伸びる二門のリニアライフル、可動式の大型スラスターによるVTOL(垂直離陸機能)。
件の選考においては、空戦でトップクラスの成績を収めている。
しかし、悪く言えばそれ『だけ』だ。
空戦能力を重視しすぎるあまり、残り半分―――人型形態時の性能が『3型』程度という酷い有様だった。
人型のまま飛行、高機動戦闘を実現した『8型』に対し、ヴァルオンは大型戦闘機の底面に人型兵器を繋ぎ合わせた無駄の多い構造になっている。
要は、人型形態時に戦闘機を縦に背負うことになるわけだ。高出力のスラスターを以てしても補えない明らかなデッドウェイトである。
よって、当然の如く選考は現行の『8型』に惨敗。
汎用性がなさ過ぎることから『ナイトブリンガー』のような別口の量産計画に移されることもなく、現在では開発元の英国支部でお蔵入りになっていた。

変形機構の芸術性が足りなかったかな、とマウザーは自省する。
しかし今、シミュレーターの中とはいえ大空を気持ちよく飛び回るヴァルオンを見ると、あれこれ後悔する気も失せるのだった。

「どうだいクランツ君、久々のヴァルオンは」
「飛んでいる分には良い機体ですよ。ただ……」
「何か不備が?」
「機体越しに伝わる大気の流動と、体をギチギチ締め付ける加減速の反動……これが航空機動の醍醐味でしてね」
「無いに越した事はないだろう」
「あるんですよ、それが」
「……相変わらず、戦闘機乗りの感性は理解できないね」

コンテナ一つ分はあろうかという巨大なシミュレーターの中には、複数のリングが重なってできた球体コクピットが存在する。
これがフレキシブル回転することで、機体の機動を再現しているのだ。
ただ加重までは完全に再現できないので、実機とは違う重力感覚に麻痺して『酔う』人間も多い。
もっとも、このいかつい大男――――クランツは何事もなく機体を操作していた。
シミュレーターの外にいるマウザーと言葉のやり取りができるくらいの余裕。
筋骨隆々とした四肢と生まれ持った強靱な三半規管は、紛い物の重力程度では微塵も屈しない。
あまりにそつの無い、淡々とした試運転にマウザーは飽きて、自分の作業に戻ることにした。
そもそも、クランツの暇つぶしに付き合う時間的余裕などマウザーにはない。

「失敗のない男は、使えるが退屈だな……」

クランツ・ディブリアという男は、英国支部の守備隊員として派遣される以前、空軍在籍時から――――与えられた命令を完全遵守することで有名だった。
予想通りの敵数を撃墜し、予定通りの時刻に帰還してくる。
人間同士の思惑が交差し、互いの優劣がリアルタイムで変動する戦場の中で、一人だけゲームで遊んでいるかのような不気味さをクランツは持っていた。
その異質感のせいか、他者から好かれているとは言い難い。しかし、一部品としての信頼性はこの上なく高い。
戦場においてはタブーであるはずの固定観念を周囲に植え付けるほどに、クランツの戦果は安定の域にあった。
もちろん、命令を遵守するだけではただの生真面目な一兵卒だ。戦場にはそんな輩は数多く存在する。
クランツの場合は、明らかに命令と飽和状態の実力があった。しかも本人にはその自覚がない。
無意識下で、指示の枠内に収まろうとする節があった。
その本質全てを見抜いたとき、マウザーはあらゆるコネクションを使ってクランツを国連の守備隊にスカウトしていた。
その判断に間違いはないと、二ヶ月前の一件を経た今も断言できる。

「彼は随分とホワイトピラー暴走の一件を気にしているようだが……駒の打ち手である俺の責任以外の何物でもない」

「ああまったく、物質世界はどうしてこうも複雑で、人間の与り知らぬ部分が多すぎるのか……。これじゃあ完璧主義が馬鹿みたいじゃないか。全く苛立たしいね」

シミュレーター室の数ブロック先、自分のパーティションの奥でマウザーはスタンバイ状態のパソコンを復帰させる。

「だからこそ、こいつには頑張ってもらわなければならない。全てを支配し、戦を勝利に導くキング……」

画面には、今もなお開発中のホワイトピラーの図面が表示されていた。
腰から脛までを多う扇柱型の装甲の他、下半身に補強改造を施した『ハードとしては』完成系の状態である。
ソフト面―――ウイルスの方もデバッグだけは何とか終了し、然るべき相手にだけはしっかりと働いてくれるという所だ。
ただ、マウザーの頭の中では既に完成したホワイトピラーがシミュレーター以上の再現性を以て世界を蹂躙していた。
幾つもの駒を従え、完全統制の布陣で敵を攻め落とす。一切無駄のない美しく高潔な戦いがそこにはあった。

「いつか大半の兵器のデータを手に入れたとき……こいつで俺だけの戦争を始める。不純物一切無しの、整然たる棋譜を並べるんだ」

自分の美的感覚が一般のそれから大きく逸脱していることなどマウザーは考えることもないし、例え知っていても止めることはない。

狩闇とホワイトピラー、そしてまだ見ぬ第三者――――アムステラ正規軍の戦いはもうすぐそこまで迫っていた。



続く