あーるへナーガ! 中編


格納庫に並び立つR5とナーガをスガタ達は見上げていた。

「今回のテストではスガタさんがカスタム修斗相手に移動を繰り返しながら
全兵器を使用してもらい、その後私がナーガで倒されたパイロット達を回収。
この流れで問題ありませんね?」

フェミリアの確認にダリップは「ああ」とだけ、短く答えた。

「それで今回のやられ役の修斗ですが…大丈夫なんですか?」
「…うむ」

フェミリアに問われ、ダリップは少しだけ眉間に皺をよせながら、
入り口の方に並ぶ今回のテスト用の修斗タイプの方を見る。
そちらではやられ役として集められたO.M.Sのパイロット達が何やら騒ぎ立てていた。


◇◇◇


「機体(からだ)が重い、こんな不安な気持ちでテストプレイをするのなんて初めて、
もうなにもかもが怖い!」

そう言ったのはEランクチーム、テロ・フィナーレのリーダーであるマミッタ・マミッタ(通称マミマミ)だった。
リーダーとはいっても彼女以外のメンバーは全員既にDランク以上に昇格し他のチームに組み込まれており
現在は今回初仕事となるマルー以外にはメンバーはいないのだが。

「テストプレイで色んな機体乗って来たけれどこんなに酷い反応のはこれが初めてよ」
「うー、マミマミさんそんなに酷いのかコレ?」


ここに来る前は大羅建機に乗っての倉庫番ぐらいしか経験が無く、
修斗自体乗った事の無いマルーにはこのピンク色に塗られた通常より一回り大きい修斗の
レスポンスの良し悪しはまるで分らなかった。

「ええ、今回メインはR5とナーガのテストプレイなんだけど、この修斗で破防鋼の新しい使い方の
テストも行うという事になっているの。私達3人が乗せられているこの機体が一回り大きいのは
上からPG用の装甲を修斗型に打ち直して重ねてあるからよ。名付けて『オーバーボディ』!
理屈上ではダメージを一回だけ肩代わりしてくれるのだけど…動きが鈍くなりすぎて実戦じゃまともに戦えないわ」
「仮に一回防げても2撃目がかわせないという事だ」
「ゼダ、お前はしゃべるな」


マミマミの事は素直に聞くマルーだったが、ゼダに対しては会ってからずっとこんな感じに嫌っている。
まあそれも無理も無い事だろう。毎日社内報で自分のランキングを確認していた彼にとって突如Aランクに
現れたゼダは理不尽に自分の順位を一つ落とす憎むべき存在だったのだ。
(最も、ゼダが入る前も今もマルーがEランク最下位なのは変わらないのだが)


「何でAランクのお前がマルーと一緒に仕事する!イヤミか!」
「マルー君やめなさい、ゼダ君が泣いてるでしょ」
「泣いてないんだが」
「ほら、怖がらないで鼻水拭いてねゼダ君。いい、マルー君?
このゼダ君は副社長の毒牙にかかり突然Aランクに配属されてすごく戸惑ってるの。
本来はEランクの初めての仕事であるこの演習に参加しているのもその為なのよ」
「…分かった、ゼダ、ウンコ漏らすほど怖いだろうけど一緒に頑張ろう」
「分からない事があったり泣きたい事があったらいつでも聞いてね。
マミマミお姉さんが胸を貸してあげるわよ」
「…」


ゼダはこの万年Eランク女隊長と頭の悪いルーキーが自分を嫌っている事を理解した。
だがこの組織内で働くという事はこういう事なのだ。
O.M.Sでの報酬は借金あるいは懲役年数の相殺の為に使われる。
元々が犯罪者や借金で追いつめられた連中の集まりであるゆえに
仲間内で仕事を取りあう事もありえると聞かされている。
彼らの様にただ目の前で文句言ってくる分にはまだマシと言えるだろう。

ともあれこのオシリス社内シミュレートでしっかり学べる事は学んでおかないと
後に不味い事になりそうなのは確かだ。
ゼダはマミマミと同じ様にピンク色の修斗の手足を軽く動かしそのレスポンスを確かめる。
やはり重い、このオーバーボディ防御用としてはハッキリ言って役に立たない。


「おー、これが修斗の動きか。マミマミさんは重いって言ってるけど別にそんな事ないと
マルーは思うんだがなー」

ただ一人、完全に新鮮な気持ちで乗り込んでいるマル―だけはまるで別の機体に
乗っているかのような感想だった。



◇◇◇



イン英伝で使用された場所と比較して倍の広さを持つオシリスの実戦想定の
模擬戦用施設。その中央に配置されたR5から全機体に対して最後の通信が行われた。


「いいですかー、今からジャミングランチャー全弾ぶっ放すからこれ以降10分は別エリアへの
通信や誘導兵器が上手く働かないけれどルーキーさん達はびっくりしないでくださいねー」

直後、真上に発射されたジャミングランチャーは空中で方向を変えた後見事各エリアに分散され着弾した。


「さてと、ここからは残りの兵器を使ってこの広い戦場にバラバラに散らばった三人を
倒していくわけですねー、ジャミングが切れる前に一人は倒しておきたい所ですが―」

その時だった、突如巨大な機械の腕が地面スレスレを飛びR5に襲いかかる。

「っと!」

横に飛びスガタは剛腕を紙一重でかわす。ナーガにも3機のやられ役にもこんな武器は無いし
受付のおねーさんがブロディアパンチで乱入したわけでもない。

「ジャミングってのは一長一短だ。通信がやられるって事、
すなわちこうやって俺達の侵入を楽にしてくれる事に繋がるわけだ」

攻撃を外した巨大な腕は右回りに旋回して戻っていく。
その先には宙に浮く下半身の無い巨大な茶色のロボットがあった。

「し、侵入者ですかー!?こんな巨大な機体が一体どこから」
「5型強襲テスト機、こいつのデータは俺達にとっても非常に有用なのよね。
と、言う訳だ。テストパイロットのお前さんが誰かまでは調べられなかったが、
ここまでは計画通り。さあ、お前にはこの『幻狼』にやられてもらうぜっ!」


バキィン!
侵入者の機体から再度腕が分離しR5に襲いかかる。先程は辛うじてかわせたが今度は両腕同時である。
両腕だけでは無い、胴体も背中の中型スラスターでジグザグに飛びながら機銃を乱射して迫ってくる。

「こ…こいつはちょっと不味いですねー。『予想していた』とはいえゼダ君かマミマミと合流したい所ですよー」

ファランクスで腕の打ち落としを試みるが見た目通りに腕の装甲は厚く大した効果を与えられない。
このままでは敗北し、動けなくなったこの機体を奪われ自分は殺されてしまうのだろう。
スガタはダメージを最小にするように下がりつつ他のテスト参加者のいるであろう方へと方向を変えていた。



◇◇◇




「う…ぐ…!」

マミマミの乗るピンクの修斗、その中央には槍が深く刺さっていた。

「やっぱりこの機体動きにくいわ…!」
「酷い機体ね、ブッ刺した私が言うのもなんだけど可哀そうだねホント」

槍を投げつけた襲撃者、6型に似た羅甲を操る女から声がかけられる。

「アーアー、この距離なら通信届いてる?R5はどの辺にいる?教えてくれたらトドメは刺さないであげるよ」
「言う訳ないでしょ、己の命の為に仲間を危険にさらすわけにはいかない!」
「そういう台詞は…まだ勝算がある時に言うべきだろっ!」

6型もどきから再び投擲される短槍、増加装甲をつけた動きにくい修斗には決して避けられぬ速度・タイミングだった。
そう、それが本当に修斗だったならば。

「オーバーボディパージ」

マミマミは冷静に胸に刺さった槍を抜き、ぽっかりと空いた穴に修斗の腕を突っ込み一気に力を込めた。
たちまち全体にピンク色の装甲全体に亀裂が入る。
そして今までとは打って変わって軽やかな跳躍で槍を避けたとき装甲は完全に崩れ落ち、
修斗とは似ても似つかない機体が内側から現れた!

「我らの神の名の下に敵を撃たん、駆けよサントレッター!」

バチカンの騎士タイプと同型のフレーム、だが剣の代わりに小ぶりの銃を構えたその機体から
とてもEランクのパイロットと思えない凛とした気迫が6型もどきとそのパイロットに流れ込む。
侵入者グーチェはこの時ようやく気付いた。
ジャミングに合わせて侵入しR5を奪う計画、それ自体がオシリス側に筒抜けであり、
このテストは自分達をおびき寄せる罠だったのだと。


「…チッ、マルーめ。本当に役に立たないな、あの小僧は」

グーチェは自分達に情報をもたらした青年に毒づきながらも予想外の格を持つであろう目の前の相手に興奮していた。

「まあいい、ロシア以来久しぶりの強敵の予感だ。これはこれでたっぷり楽しませてもらうよ!」
「その口今すぐ叩き折って上げます、塵は塵に、灰は灰に!」

6型もどきは槍を投擲用の短いものから長槍に持ち替え、サントレッターはトランペットのごとく先端の開いた銃を構えた。


◇◇◇


「ムー、ムー!(何なのよ!マル―はなにをされてるのかわからないよ!)」

スガタからジャミングランチャー発射の通信を受けた直後、
マルーは突如フェミリアから機体を降りる様に宣告され、そしてこのざまであった。
両手両足には手錠をはめられ、口にはガムテープ。
この任務で自分の実力を見せてやろうと息巻いていた先にいきなりこれである。

「生きていたかったらその辺でじっとしていなさい」

それだけ言いフェミリアはマルーを草むらに蹴飛ばす。

「ムムー!(R5をマル―のスーパーテクニックでけちょんけちょんにしてやりたかったのに、こんなのってないよ!)」


マルー、彼こそがこのミッションの要であった。だが同時に彼が一番現状を把握していなかった。
そして困惑し続けるマル―を更なる驚愕が襲う。
自分を蹴飛ばしたフェミリアがその場で突然服を脱ぎだしたのだ。
パイロットスーツの下から現れたのは競技用の水着の様にも見える別のパイロットスーツ、
何のために重ね着をとマル―が考えている間に彼女は脱ぎ捨てた服をそのままに水着姿でナーガへと戻っていく。
そしてナーガへと…いや、フェミリアが乗り込んだのはナーガが運搬しているコンテナの方だった。

フェミリアが入り込んだコンテナ、しばらくするとそのハッチが音を立てて開き中からは
ヨガの修行者のごとく手足を窮屈そうに折りたたんだピンク色のスーパーロボットが現れる。

「ラクシュミーΩ発進!」

フェミリアがコンテナの機体を飛び立たせた、その直後だった。
一本のビームが地面を薙ぎ払い、マルーの乗っていたオーバーボディ付きの修斗とナーガに大穴が空き
そしてバランスを崩した2機はほぼ同時に転倒した。

「ム、ムムムー!!!(あ、R5のビームガンすごい!)」


マルーの感想は残念ながら不正解である。
ラクシュミーΩが向かう先、大型のビームライフルを構える銀の縁取りの羅甲が存在していた。
最も、草むらに伏せているマルーの肉眼にはそのシルエットすら見えず彼の間違いは修正されなかったのだが。


「ムー(オシリスのお仕事ってマル―が思ってたのよりずっと大変。
今マルーに出来る事、それは穴を掘る事。自分の無知と無力にショックだけどとにかく穴でも掘っているよ)」


ザクザクザク。
手錠がかけられたとはいえマル―の両手は後ろに回されているわけではない。
彼はその両手でもって自分が入る為の穴を掘り始めた。
無事生還する確率を上げるため、そして急転し続ける事態の恐ろしさに目をそむける為。
ザクザクザク…ドドドドド。

「?」


ドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!

「ムー!(今度は何!?)」

響き渡る足音、そして強風。マルーの隠れている草むらの手前をオーバーボディを装着した修斗が走りぬけていった。

「…ムタ?(ゼダ?)」


スガタはR5に乗っているはず、フェミリアはさっき行ってしまった。消去法で残る二人のうち、
自分とフェミリアの配置されたエリアに近い方がアレのパイロットではないかとマルーは推測した。
ゼダが乗っている(かもしれない)修斗は足を止め倒れているマルーの機体とナーガを確認する。
と、次の瞬間突如バリバリと音を立て修斗の頭部から二本の巨大な角が飛び出し両手から獣のごとき爪が生える!
そして、ピンク色のオーバーボディは崩れ落ち、中から黒い悪魔のごとき謎機体が産声をあげた。
体を震わせこびりついた破防鋼を全て落とした謎機体は再び走りだす。フェミリアが飛んでいったのと同じ方向へと。


マルーには何が何やらさっぱり分からなかった。マルーは一杯考えた。考えて考えて考えて―

ザクザクザク。

無駄だと思い考えるのをやめた。

(続く)