あーるへナーガ! 前編


ダダダダダダダッ

インドはガネーシャモーターズ所有の開発予定地、広大な平原をスーツ姿の男女が並走していた。
男はタリッブ・ミルザ。この私有地の所有者でありオシリスグループ幹部会の一人としても有名である。
女はフェミリア・ハーゼン。インド特殊消防部隊、通称『PG隊』のオーナーであり
PG隊の機体ピンクガネーシャのパーツの大半はガネーシャモーターズ所有の工場で生産されている。
つまり、二人は商人と顧客の関係にあり、今回ファミリアがここに来たのも商談の為だった。
だが、この日の商談はPGのパーツ発注の交渉だけでは無かった。

「ふむ、破防鋼の発注をな」
「はい、来月からは2倍の発注をお願いしたいのです」

そう言い、フェミリアは鞄から新型の設計図を取り出し広げタリッブに手渡す。
もちろんこの間も二人の足が止まる事は無く呼吸も乱れない。

この一見異様な光景はタリッブの趣味―では無く盗聴対策の為である。
二人が交わす言葉の内容は、一言拾われれば数十社の株価が動く程の内容である。
だからこそ走る、方法は至ってシンプルだがこの形式で商談をしている時は
服に盗聴器が仕掛けられでもしていない限りマトモな会話が他人の耳に入る事は無い。
最も、タリッブの健脚についてこれない相手との交渉では別の手段を取るのだが
今はそれを語る必要は無いだろう。

「エジプトのアルへナを元に設計した人型機動輸送機…『ナーガ』か」

偶然か狙ったのかは分からないが、タリッブは自分が仲間内で呼ばれる渾名と同じ
仮称を与えられたソレを見て僅かに口角を上げる。
それを見てフェミリアは今回の商談への手ごたえを感じていた。

「従来のPGとの組み合わせによりさらに広範囲に、より現地へのニーズに応えた
活躍が期待でき、ガネーシャモーターズのイメージ向上に繋がるはずです。
ぜひ、良き判断を」
「フェミリア君、これはいい機体だと思うよ。だが破防鋼をより多く君に売るとなると
その分の歪みが別の分野に生じる。金銭面での問題は無いが、オシリスとて無限の社員と
工場を所有しているわけではない」

破防鋼とはフェミリアの父ライブ・ハーゼンが開発した気泡を意図して混ぜ込んだ
繊維状の軽金属を専用の機械で束ねて製造する鋼材であり、連合量産機に使われる鋼材と比較し
製造費が安く、工程が短く、機体への取り付けも楽でマニュアルさえあれば新人一人でもラインを担当できる、
ここまで聞けば夢の様な鋼材である。

だが主なそして致命的な欠点が二つ。
一つは戦闘用の装甲にはとても採用出来ないほどの脆さ。
ライブは1型の軽量化に自身の開発した破防鋼の採用を提案したが、射程外からの機銃で
レンコンの様に穴が開くその装甲を見て国連の偉いさん全員が首を横に振ったという。
現在では破防鋼を主装甲に使った機動マシンはパイロットの生命を脅かすので
違法になっている国もあるぐらいだ。
最も、消防及び避難誘導目的のPG、そして今回のナーガに関して言えば敵の正面に立つ
運用が想定されていないので破防鋼を使っても何ら問題は無い。

だが二つ目の欠点、こちらが今回のやっかいな点になっているのだが、
先程述べた様に破防鋼の生産工場にはそれ専用の機械が必要となり
その機械がやたらに大型なのだ。
それを一旦設置したらもうその工場では破防鋼以外の製造は殆ど出来ない状態になってしまう。

「今までも君の部隊の為に精一杯の便宜を図って来たつもりだ。
これ以上の破防鋼の生産にただで首を縦に振るわけにはいかないのだよ」
「ただでは…ですか。なら―」

◇◇◇


【数日後】

『R5』と呼ばれる機体がある。
型落ちとなった5型に強襲装備と新型OSをつけた実験機であり現在世界に数機だけ存在している。
その内の一機がオシリス社に流れ着いていた。
だが、新機軸とはいえ実験機は実験機でしかない。データを積み重ね実戦用に調整しなければ
ただの鉄くずである。

故に、早急な演習が必要とされていたのだが肝心のテストパイロットが決まらないでいた。
R5のクセの強い全武装を的確に扱えかつ、現在手の空いているパイロットがオシリスお抱えの
傭兵団O.M.S.には存在していなかったのである。
まあ、

・胸部ファランクスに武器一体型盾という玄人向け武装の使用に自信がある
・ジャミング強襲型という敵地に踏み込んで死の舞踏を踊る機体、
しかもいつどこが不調になるかわからない試験機に好き好んで乗り込む
・6型以降がメインの今、しかし5型のフレームでの動きを得意とする人物
・で、割と手が空いている

こんな条件そうはいないのが現実だろう。
だが、ついに条件に合う人物が見つかったのである。

◇◇◇


「こんにちは、ベトナムから来た、マルー、です!!!!!」




(し〜ん)


オシリス社の受付に到着するや否やマルーと名乗った青年は元気よく自己紹介した後
直立不動のまま動かずじっとしていた。
これには受付のおねーさんも苦笑い。だが、そこはプロ。
多少のタイムラグの後、営業スマイルを取り戻しマルーに問いかける。

「えー、マルー様本日はどういった御用件でしょうか?」
「仕事しにきました。マルーはオシリスで初めての仕事するよ。
マルーは初めてのお給料で歯を直します」

にっと笑い欠けた前歯を見せる。
そして、マル―のこの受け答えで受付のおねーさんは大体の要領を得ていた。
彼はO.M.S.に配属されたばかりの新人なのだろう。
彼が負債者なのか犯罪人なのかは分からないがO.M.S.の新人の中には彼の様に
任務が与えられた後どこにいけばいいのか分からずここにきてしまう者が割といる。
おねーさんは手元のタッチパネルでO.M.S.一覧から彼の名を検索すると、
予想通り任務達成数0の新人の一人に該当者があった。

マルー・ロディム 19歳 男
機動マシン経験あり 射撃適正:中の中 白兵適正:中の上
言語能力及び判断力に難あり(読み書きは可)
現ランク:E(任務未達成)
所属チーム:なし(テロ・フィナーレに配属予定)

さらに彼の詳細を検索し行くべき場所を調べると、本日社内演習所にて
試験機模擬テストに参加となっていたので演習所への道を丁寧に教えてやる。


「おおーっ、マルーはあっちに行けばいいのか。おねーさんありがとうございます!
それで、えっと、それと」
「はい何でしょうか?」
「お、おしっこ」
「途中の廊下にトイレがありますのでご自由にお使いください」


マルーがズボンを押さえながら走り去った後受付のおねーさんはふうとため息をつく。
今日はもうあんな疲れる相手がこなければいいのだがと願い、その願いは5秒で却下された。


「こんにちはー、インドからきたスガタ、でっす!!!!!!!!」



(し〜ん)

「え、えースガタ様本日はどういった御用件でしょうか」
「仕事しにきましたー、スガタはオシリスで初めてのお仕事なんですよー、
スガタの歯は綺麗だからお給料は歯医者以外で使いますよー、あははー」

受付のおねーさんの手が机の下で怒りに震える。
この女性、さっきのやりとりが面白くて真似しているのだろう。絶対そうに違いない。
だが、自分は受付のおねーさん。オシリスの顔である。どんな客でも決して怒ってはいけない。
冷静に、さっきと同じ様に傭兵で検索する。結果O.M.S.一覧に彼女の名は無かったが
外部派遣の案内にスガタの名が表示された。

『本日の演習所使用予定
テストパイロットとして外部からオードリー・スガタさんをお招きし
かねてよりテスト予定だった5型強襲の操作テストを行います。
このテストに参加する当て馬役パイロット以外は演習所に立ち入らない様にしてください』

受付のおねーさんはスガタに演習所までの道順と途中の廊下のトイレを自由に使っていい事を教え、
彼女が笑いながらズボンの前を押さえスタコラッサッサと走って行くのを見送った後、
次の客が来るまでに冷静になろうと深呼吸を始め―



「こんにちは、アメリカからきたゼダ、で…す」
「ほら、ゼダファイトっ」
「俺はこんな冗談をする為にあんたの部下になったんじゃあない」
「アドリブとユーモアで上司を喜ばせるのも仕事よ。ホラ、あんな風に」
「こんにちは、インドからきた、フェミリアでっす!!!」
「同じくインドからきた、ダリップです!!!」


―受付のおねーさんは限界突破した。
(ギギギー、あのベトナム人が変な事したせいで後続が皆…っていうか幹部ー!!)

マルーが帰りにここを通ったら問答無用でBダッシュで助走つけて殴ろう、
そう決意した受付のおねーさんを誰が否定できようか。

(続く)